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「身嗜みはこれでいいわよね……。」
姿見の前で、白のペプラムトップスと青のロングスカートを着た自分を見てぽつりと呟く。服に目立った皺などもないし、問題はないと思う。
……どういうわけか、へその下に令呪が現れた手前、それを隠すための服装にはなってしまうのだけど。
「準備もこのくらいで大丈夫かしら……?」
他に何か持っていく物はないか自室を見回す。海外へのパスポートはペレス島で行われる聖杯戦争への参戦が決まったその日のうちに申請して、一昨日受け取り今は麦わら帽子と共に机の上に置いてある。ペレス島へは船を使わないと行けないため、その近くまでの空港のチケットとペレス島へ向かうための船のチケットもショルダーバッグの中に入っている。ホテルも既に父が手配してくれているので問題はないだろう。残っている魔術道具や魔導書も、今回の聖杯戦争で使うのには嵩張るため置いていくことにした。
あと必要なものと言えば英霊……サーヴァントを呼ぶための触媒くらいのものなのだけど─────
トントン、とドアをノックする音が聞こえる。
「はい?」
ドアを開けると、うちで働いている家政婦『宮友』さんが立っていた。
「おはようございます、お嬢様。」
そう言ってロングスカートの端を摘み恭しく礼をしてくる。
「も、もう……私の方が一回りも年下なんですから、そのようになさるのはやめてください、宮友さん。」
「いえ、そういうわけにも参りません。確かに年齢で言えば私の方が上でございますが、立場は違います。私は旦那様に雇用された一労働者、そしてお嬢様は私から見れば雇用主である旦那様の愛娘でございます。そんな方に対して礼節を欠けば、私は旦那様に仕事を辞めさせられてしまうでしょう。」
凛とした顔立ちの家政婦である宮友さんが表情を崩さぬまま、淡々とありのままの事実を語る。そして咳払いを一つし、用件を告げる。
「こほん。それよりもお嬢様────旦那様が書斎にてお待ちでいらっしゃいます。」
「お父様が……」
「事の仔細に関しまして、私は何も仰せつかっておりません。恐らく、お嬢様とお二人で話したいことなのでしょう。」
「そう、ですか……。」
恐らくはサーヴァントを召喚するための触媒のことと……聖杯戦争へ赴くための心構えあるいは薫陶を授ける、といったところだろうか。「お嬢様。出立のお荷物は出来ていらっしゃいますか?」
「え、ええ……。あとはパスポートを持てば終わりですけれど……。」
「ではお荷物の方は先に下に下ろしておきましょう。里道さん、すみませんがお嬢様のお荷物を運んでくださいますか?」
宮友さんが近くにいた初老の男性─────里道さんに声を掛ける。
「ええ、分かりました宮友さん。蘇芳お嬢様、お荷物はどちらに?」
「あ……待ってください、今、持って参りますから。」
一度部屋の中へ引っこみ、机の上のパスポートをショルダーバッグの中に入れて、麦わら帽子と大きめのキャリーバッグと共に部屋の外まで持っていく。
「すみません、お待たせしました。」
「いえいえ待ってなどおりませんよ。では、お荷物は車の方に運んでおきます。」
「はい、よろしくお願い致します。」
「そちらのショルダーバッグは如何なさいますか?」
「これは……お父様から何かいただくかもしれませんので、私が持っています。」
「かしこまりました。」
里道さんが礼をして荷物を抱え、宮友さんが立っているところとは逆方向に向かう。
「では参りましょうか。」
「……ええ。」
宮友さんが先導する形で前へ行き、私はその後ろをついて行く。
しばらくして父の書斎の前で宮友さんが足を止めて立ち止まる。私も彼女に倣い足を止めて立ち止まる。
宮友さんが父の書斎のドアを、トントントン、とノックする。「旦那様、お嬢様をお連れいたしました。」
「中に入れてやってくれ。」
「かしこまりました。……お嬢様、中へお入りください。」
そう言って宮友さんは書斎のドアを開け、私に中へ入るようにと誘導する。……そんなことをしなくても逃げることなんてできはしないのに。
開けられた書斎のドアの前に立ち、父に向かって一礼する。
「おはようございます、お父様。」
「おはよう、蘇芳。そんなところに立っていないで早く中に入りなさい。」
「……はい。」
「静音は外で待っているように。くれぐれも聞き耳なぞ立ててくれるなよ?」
「承知しております。」
宮友さんが書斎のドアを閉める。もうこの場には私とお父様の二人しかいない。
「さて……。お前を呼んだのは他でもない、今回の聖杯戦争についてだ。」
場の空気に緊張感が満ちる。
「お前にも概要は説明したと思うが……覚えている範囲で構わないから私に説明してみなさい。」
「はい、お父様───────」
息を、すう……はあ、と整え、記憶にある聖杯戦争開催の経緯を引き出し頭の中で簡略にまとめ、声に出す。
「……まず、事の発端は地中海に地殻変動の影響で浮上してきた『ペレグリヌスベース』───以降は『ペレス島』と呼称させていただきますが───の中核部分にて、聖堂教会が願望機相当の魔力反応を検知し、それを『聖杯』と認定したことが始まりです。」
目線で、父の様子を伺う。
「……続けなさい。」
「……はい。教会はまず第一にそれを確保、次いでペレス島そのものも手中に収めようとしましたが……ペレス島からは現代において貴重とされる鉱石資源が産出されるため、周辺諸国から多くの抗議が寄せられ、静謐を主とする教会は抗議を受け表層地帯……現在のペレス島における居住区や観光地などがあるエリアを開放しました。」もう一度だけ息を、すう……はあ、と整える。
「しかし最近になって教会より『ペレス島にある願望機を優勝商品とした戦いを夏に行う。』というメッセージが魔術協会、及び魔術協会に関連する組織の上層部に密かに届きました。お父様はその情報を手に入れ、私の聖杯戦争への参加を取り付けた──────」
「結構。それだけ覚えているのなら改めて説明する必要は無いな。さすがは才能ある『黒鳥家』の後継者だ。」
「……っ、ありがとう、ございます……。」
嗚咽が漏れてしまわぬよう、下唇を強く噛み締める。父にバレてはいけない。もし私が兄にされている仕打ちを知ったのなら─────兄がどうなるかなんて明白だから。
「だが、所詮は教会が流した情報だ。必ずしも届いたメッセージに書かれていることが真実であるとは限らない。そも"願望機"とは言っているが……それが真であるかどうかなど、こちらでは判断のしようがことだ。」
「……そうですね。」
「故にこそ、注意は払わねばならん。お前に求めることは、ただ一つだ。」
父がこほんと咳払いをする。
「─────何をしてでも生き残れ。それが私がお前に求めることだ。」
「えっ……?」
思わず素っ頓狂な声が出る。生き残れ?聖杯戦争で優勝しろ、ではなく?
「たとえ無様を晒しても、生き恥を晒してもかまわん。私達にとって『お前は』大切な後継者だ。後の代のためにも、お前を失うわけにはいかんのだ。かのエルメロイ家のような惨状になるのは御免だからな。」
「…………はい、分かりました。」
まるで『お前の兄はそうではない』────そう言い切っているも同然ではないかと思ったが、口には出さない。「差し当たって、お前に渡すものがある。」
そう言って、父は書斎にある机の二番目の引き出しからトネリコの木で作られた木箱を取り出し、私の前に持ってくる。
「……?あの、それは一体──────」
「今回の聖杯戦争のために大金を叩いて購入したある英雄にまつわる触媒だ。お前なら見ただけでそれが何であるか分かるだろう。」
父がトネリコの木箱の蓋を取る。
そこにあったのは、黄金色の捻じ曲がった刀身。
「……っ!?これは、まさか──────」
「お前が思った通りの英雄だよ。そしてこの戦いにおいては、お前を守る剣となり盾となるだろう。」
父が蓋を閉じ、私の手に木箱を持たせる。
「飛行機の時間も近い、そろそろ出立しなさい。」
父が書斎のドアを引き、外で待機していた宮友さんに声をかける。
「静音。蘇芳を車まで連れていってやってくれ。」
「かしこまりました。」
「私も愛娘の出立を見送りたいから、同行させてもらうが……かまわないね?」
「はい、旦那様の仰せのとおりに。」
では参りましょうか─────宮友さんが先行し、その後に父、さらにその後に私が続く。
玄関を出ると黒のリムジンと共に里道さんが待っていた。
「お待ちしておりました。出立の準備は出来ております。いつでもご出発出来ますよ。」
「ああ。……蘇芳、乗りなさい。」
「……はい。」私が前に出ると、里道さんがリムジンの後部座席のドアを開ける。
「よろしくお願いします、里道さん。」
そう里道さんに言って会釈をし、リムジンに乗り込む。私が乗り込んだのを確認してから里道さんがドアを閉める。
「では、里道さん。くれぐれも蘇芳に怪我のないよう頼むよ。」
「心得ております。蘇芳お嬢様に万が一のことなど起こしませんとも。」
昔からの付き合いである父と里道さんのやりとりの後、里道さんが運転席に乗り込みシートベルトを締める。私も後部座席ではあるが、近年の法改正のことを覚えているのでシートベルトを締める。
「では、出発致します。お忘れ物などはございませんね?」
「……ええ。出発してください、里道さん。」
「かしこまりました。」
里道さんがクラクションを軽く鳴らし、シフトレバーを入れ、アクセルを踏み込む。
ゆっくりとリムジンが前進していく。
ふと後ろを振り向くと、そこには深々と礼をする宮友さんと手を後ろ手に組み私を見送る父の姿があった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「………………………」
「………………………」
重い沈黙が空気を支配する車内。
沈黙の主たる原因は私だ。何度か里道さんに話しかけられても「はい」だとか「ええ」だとか、そんな風に返してしまうから会話が途切れて後に続かない。里道さんの振ってくれるお話はどれも他愛のない世間話程度のことばかりなのに、だ。
それゆえに、空港まで続いている高速道路に入ってからはてんで会話は無くなっていた。「はあ……。」
ため息を吐く。里道さんに対してではない。何を話せばいいのか分からない、会話を続けられない、そんな弱虫で情けない自分自身に嫌気が差して。
「蘇芳お嬢様。」
そんな空港に続く高速道路に入ってから、初めて里道さんに話しかけられる。
「……なんでしょうか?」
「蘇芳お嬢様は旦那様……お父上のことはお嫌いですか?」
「えっ───?」
そんなことを言われて私は即座に返答できなかった。
「ご安心ください。ここでの会話は旦那様には内密に致しますので。」
「そう言われましても……。」
私は答えに窮してしまった。
父のことを嫌いであるはずがない。魔術師としても、一人の父親としても、尊敬に値する人物だと私は思う。
けれど、それでも答えに窮したのはひとえに兄のことがあるからだろう。
私が兄よりも優れた魔術師としての才を見せたあの日から、父にとって……いや、父母にとって兄はどうでもいい存在になったのだ。そうなる前は私がそうだった。幼くしてバイオリンのコンクールで賞を取った時も人前でこそ褒めはすれど、人前でなくなればそんなことはどうでもいいと言わんばかりに無視をした。兄や里道さんや宮友さんに褒められて嬉しかったが、だけどそのことをいの一番に褒めて欲しかったのはやはり他ならぬ父母なのだ。
だから父母の興味を惹くために、当時どういうものなのかも、何に使うものなのかも分からない魔術器具に手を出して、なんとか完成させてみたのだ。……それが結果として兄との関係に軋轢を生むことになったのだけど。
「蘇芳お嬢様。」
思考の渦に飲まれかけていた私を、里道さんが優しい声音が正気に戻した。
「……何かしら?」
「お優しい蘇芳お嬢様のことです。きっとお父上のことは好きでも、兄上である千寿様のことで素直に好きだと言えないのではありませんか?」
「────っ。」当たりだった。いや、きっと私が分かりやすいだけなのだろう。
「私はそれでも良いと思いますよ。」
「そう、でしょうか……?」
「人の評価というのは時が経てば変わるもの。子供の時には輝いて見えていたものが、大人になればどこにでもある普通のものに見えてしまう。逆もまた然りです。」
「……私には、よく分かりません。」
手を膝の上で小さく握り締める。里道さんが、ははは、と笑う。気が付くと空港はもう目と鼻の先だった。
「蘇芳お嬢様にも、いつか分かる日が来ますよ。」
里道さんは穏やかな笑みを浮かべて、そう言う。
「…………はい。」
私は、一体どんな表情(かお)でその言葉に答えのだろうか?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
空港にて里道さんに「では、お気を付けていってらっしゃいませ。」と見送られ、空港の国際線ターミナルから出立した。一度フランスで飛行機を乗り継ぎギリシャからバスでペレス島行きの船が出ている港へ向かい船に揺られ、日本からかれこれ半日以上。
「はあっ……疲れた……。」
ようやくペレス島に到着した。時差ボケによる倦怠感はあるものの、動けないほど酷くはない。空を見ると既に夕焼けが差し込みつつあった。
「先に監督役の方に挨拶しないといけないわね……。」
夜になって訪れても迷惑だろうし、早めに済ませてしまおう。
「とりあえずは市街地ね。ホテルもそこにあるのだし、監督役に挨拶してからチェックインしても問題はないはず。」もしかしたら晩ご飯を食べ損ねるかもしれない、とも思ったが普段からあまり多く食べるというわけでもない。一食程度抜いても問題ないかもしれないわね。
そんなことを考えながら市街地行きのバスに乗りこむ。船に乗っている時も味わったが、日本とはまた違った潮風とその匂いはここが日本から遠く離れた異国の地であることを実感させる。
「まもなく"市街地・教会前"です。お降りの方は─────」
バスの硬貨口に空港で両替した小銭を入れ、バスを降りる。
目の前にあったのは、およそギリシャの市街地の雰囲気にそぐわない厳かな礼拝堂。色こそ白色であるものの、外見は明らかにギリシャ正教会のものではなく彼らの本山─────聖堂教会でよく見られるものだ。
ドアの取手を掴み、トントン、トントン、と四回ノックする。
「はーい、少々お待ちくださいねー。」
建物の内部から若い女性の声が聞こえてくる。声の感じからして、私とそう年は変わらない……ように思う。
「すみません、お待たせしましたー……って、あら?あなたは──────」
出てきたのは年若い……というより明らかに私より年下の少女だった。見た目から考えるのならば、ここに勤めているシスター、だろうか?
ともかく、挨拶をしないのは失礼だろう。
「お初にお目にかかります。私は黒鳥蘇芳というものです。魔術協会より今回の聖杯戦争のために遣わされました。今日は監督役の方にご挨拶に参りました。」
深々と頭を下げる。すると嬉しそうな声が聞こえ、右手を上げさせられ小さな両手で包まれてしまう。
「まあ!あなたがそうなのね!会えて嬉しいわ!」
「は、はあ……。」
確かに同年代ではあるのだし、喜ぶのは納得できる。とはいえ目の前の少女が監督役だとは、とてもではないが思えなかった。
「あの、失礼とは存じますが、監督役の方はどちらにいらっしゃいますか?」
「はい?監督役は私ですが?」
「え?」「え?」
思わずお互いに聞き直す。……そんな馬鹿な。目の前にいる少女が、この聖杯戦争の監督役、だって言うの?「あのー……失礼ですが、もしかして私のこと聞いていなかったりします?」
「え、ええ……。私は父を経由して今回のお話をいただきましたので……。」
「あー……まあ、そうですよねー。私みたいな小娘が監督役とか、普通は思いませんものねー……。」
ずーん、と目の前の少女が暗くなる。
「す、すみません……お気を悪くさせてしまって……。」
「あー、いえいえ、仕方のないことですよ。私だってこんな小娘が監督役だ、なんて言われたらビックリしますもの。」
あはは、と快活に笑ってみせる少女。
「こほん。では私も自己紹介をば。私はメイベル・B(ブルトン)・クラークと申します。此度の聖杯戦争を監督せよ、との命を教会より受けて、このペレグリヌスベースの地に派遣されました。万が一の際には教会までお越しください、何があっても必ずその身を保護させていただきます。これでも代行者見習いですので、腕には自信がありますよ?」
悪戯っ子な笑みを浮かべるメイベルと名乗った少女。私は改めて礼をする。
「先程は失礼致しました。これからよろしくお願いします、ミズ・クラーク。」
「メイベル、でかまいませんよ。私もあなたのことは、スオウ、と呼ばせていただきますので。」
彼女と互いに握手を交わす。
「ところでスオウ。サーヴァントの召喚はお済みですか?」
「いえ、それはこれからです。」
「早くした方がいいですよ。他の参加者達はもうサーヴァントを召喚していますから。」
「……ご忠告、感謝します。それでは私はこれで失礼します。」
私はもう一度メイベルに礼をして、父が予約したホテルへ向かった。ホテルのチェックインを済ませ、キャリーバッグから陣を敷くための道具を一通りショルダーバッグに入れて移動する。
神秘の秘匿のことを考えると市街地や倉庫街などでの召喚は避けるべきだと考え、あまり人が立ち寄らない場所の方がいいだろうと考え─────
「ここで良いかしら……。」
青々とした木々が生い茂るペレス島西部にある森林地帯の開けた場所に、私は足を踏み入れていた。
周りは既に闇に覆われており、これ以上深くなれば戻ってくるのは容易ではないだろう。
「早く済ませてしまいましょうか……。」
ショルダーバッグを手頃な切り株の上に置き、ショルダーバッグから陣を敷くための道具を取り出し、手順に沿って陣を敷いていく。陣を描き終えたところで、私はトネリコの木箱から触媒である黄金色の捻じ曲がった刀身を取り出す。
「あとはこれを陣の中央に置いて、と……。」
これで準備は整った。
「すう……はあ……」
深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
大切なのはここからだ。「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。祖には我が大師黒鳥天彦。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。」
「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。
繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する─────」
大気に満ちる魔力(マナ)の動きが変わる。
「───── 告げる。」
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。」
魔力(マナ)が突風となって吹き荒び、周囲の木々を揺らしていく。あと少し─────
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ───!」
最後の詠唱を終え、陣の中央に巨大な魔力が収束し、閃光を放って爆ぜる。
「きゃっ────!?」
その衝撃の強さに私は思わず目を閉じ、自分の身体を支えきれずに尻もちをついて倒れる。
「─────────あ、」そして私が再び目を開くと、私は言葉を失った。
目の前にいたのは、先程まではそこに存在しなかった長身の精悍な男だった。
すらりとした長い手足、深い青色の髪、夜であろうとはっきりと認識することが出来る真紅の双眸、蒼い装束と肩当てとプレートメイルのみの軽装鎧、その上からでも分かるほどに鍛えられ練り上げられたしなやかな筋肉。
だが何よりも目を引くのは、その背にある黄金の光を放つ螺旋状の剣。その剣が何であるか、見間違いようもない。
男が口を開く。
「サーヴァント、セイバー。召喚に応じ、参上した。」
男の眼が尻もちをついたままの私に向けられる。
「────問おう。お前が、オレのマスターか?」
返答次第では即座に斬る。そう意思が込められている気がした。
「え、ええ。私が、あなたのマスター、です……。」
「そうか、そりゃあ良かった!こんな別嬪さんを殺 すなんざ寝覚めが悪りぃからな!あんたがマスターで良かったよ!」
がはは、と豪快に笑うセイバー。
「立てるか、マスター?」
「え、ええ……。ありがとうセイバー。」
セイバーが右手を差し出し、私がその手を握るとそのまま私を引っ張り上げ立ち上がらせる。
「マスター、あんたの名前は?」
「……蘇芳。黒鳥蘇芳よ。」
「黒鳥蘇芳、ね。よし、覚えたぜ!オレの真名は────」
「クー・フーリン。ケルト神話、アルスターサイクルで語られる大英雄……よね?」
「お。なんだ、オレのこと知ってんのかい?」「お。なんだ、オレのこと知ってんのかい?」
「触媒を見たときに『もしかして』と思ったもの。あなたではなく、兄弟子のフェルディアが召喚されるかもしれないとは思ったけれど……。」
「なるほどね。まあ、改めて自己紹介させてくれや。」
セイバーが私の顔をじっと見て改めて名乗りを上げる。
「オレの真名はクー・フーリンだ。今回はセイバーのクラスでの現界だが……まあお互い悔いを残さないように頑張ろうや、マスター。」
「ええ、こちらこそよろしくねセイバー。」
改めて握手を交わす。
今日この夜、私は一つの運命と出会った────のかもしれない。第■回、三日目戦闘開始します。
『弁護士士郎の今日のごはん。本日はあったか寄せ鍋を……』
『男子バスケ、昨日の来栖ストームズは……』
暇を持て余したアサシンが見てるテレビの音声が聞こえる中、昼食の準備をする。
といっても自炊したのはご飯位で、味噌汁はフリーズドライだし、漬物とエビフライとスコッチエッグはスーパーで買ったやつだけど。
少し多めだけど今朝は食欲が無くてお粥と沢庵で済ませてたから、この位食べないとアサシンが満足しないし。
「アサシン、飯にするぞ」
という感じに、昨日の乱戦が嘘だったかのように平穏な時間を過ごす筈だった。
他陣営に比べて消耗が大きかったのもあって少し様子見に徹しつつ身体を休める……その判断自体はおかしく無かった筈だ。
しかし、それが起こったのは、食べ終わって後片付けしようとした時だった。
隣室から強烈な轟音と振動、それに結界が容易く破られ、崩落する壁は竪琴……自動的に侵入者の気力を減退させる音を鳴らす魔術礼装を押し潰した。
「チッ、反則にならねえギリギリを!逃げるぞ!」
そして、状況を把握しきる前に俺はアサシンにマンションから連れ出された。「アーチャー、これ、本当に大丈夫なんですか?失格になりません?」
「安心しろ、敵サーヴァントが敵マスターを守る余裕も、敵陣営が脱出する余地も十分に与えている。最も、そうでなくとあのサーヴァントならマスターを連れて脱出してるだろうな」
雑居ビルの屋上から敵陣営の拠点があるマンション……というか、敵の拠点の隣室へ
まさかの砲撃。
更に、マンションが壊れない程度に拠点となる部屋以外へと砲弾が撃ち込まれていく……。
拠点にしようとした北西の山が運営の管理下にあって入れなかったのもありますけど、情報収集に徹している間に二陣営も敗退したのはアーチャーにとっても衝撃だったようで……結局、割り出した敵拠点の破壊へと作戦を変更する事になりました。
ちなみに、手鏡を起点に幻影を発生させているので、相手に見られる事は無いはずです。
「これで終わりだ」
おっと、いよいよ敵拠点となる部屋に砲撃……限界を迎えたマンションが崩壊しました。
この他にも二つの陣営の拠点を目星がついてますし、残る一つの陣営もその片方と同盟を組んだようです。
ええと、次は……。「伏せろ!」
アーチャーが叫ぶと同時に降り注ぐ矢の雨。
咄嗟に身を伏せると、此方に飛んでくる矢は全てアーチャーがサーベルで叩き落としましたが……何かが割れる音。
そちらを見ると幻影を発生させていた手鏡が矢に貫かれていました。
「砲撃の来る方向から此方のおおよその位置を割り出したか……来るぞ!」
矢が飛んできた方向には、褐色の男が弓を構えていました。以上です。
来た道を戻りながら、ライダーさんは私の置かれている状況を一つずつ丁寧に教えてくれました。
今回の聖杯戦争はどこかにあるダンジョンの奥底にある聖杯への競争であること。
正式に参加を認められるためには、どこかにある教会まで行って監督役の人に報告する必要があること。
でも、その前であっても敵の「魔法使い」であるところの人たちは(正確には「魔術師」というのが正しいのだけれどね、とライダーさんは注釈をいれました)平気で襲ってくるから備えておく必要があること――
それからややあって、実感が無いなりにも私がこれらのことを呑み込めたことを確認するとライダーさんは言いました。
「どうするにしても――とりあえずまず、マスターは家に帰って服を着替えるべきだね。エレガントなドレスだけれども、あまり動き回るには向いていないとライダーは思うよ」
その通りでした。
なるべく見つからないように抜け出すために、私は着の身着のままこっそりと抜け出してきたのでした。
あまり装飾の多くないフォーマルなドレスとはいえ、ここまで来るだけで何度も着替えてくるんだったと後悔したくらいですし、当然のことです。
しかしながら私の口をついて出てきたのは、そんな論理的な考えとは正反対の言葉でした。
「嫌です!」
「どうして?服装のことを除いても、何かと準備は必要だとライダーは思うけれど」
「それはその・・・・・・ほら!私、ワクワクしちゃって今すぐにでも行きたいなーって言いますか!」
「そんなハイヒールじゃ、ダンジョンなんて歩けないよ」
「うぅ・・・・・・それはその通りですけど・・・・・・」>>23
煮え切らない態度の私にライダーさんはううん?と首をひねりました。
が、すぐに大きくうなずきました。
「わかったよ。事情は分からないけれど、戻りたくない理由があるんだね。でも、そのままっていうのはやっぱり危ないから――誰にも見つからないようにこっそり荷物だけ取りに行こうよ」
「そんなことできるんですか?」
「当然!ライダーは『騎兵』のクラスで召喚されたサーヴァント。このクラスのサーヴァントは便利な乗り物を持っているんだ。それに乗って、窓からピュッと入っちゃおう」
この提案は、私にとって渡りに船でした。
両親に見つからないことが大前提ですが、服装はともかく大切な宝物を置いてきてしまったので、それだけでも回収したいというのが本心だったからです。
ライダーさんにしてみても「これ以上は譲らない」といった様子であったため、私は今度こそおとなしく従うことにしました。>>24
◆◆◆◆◆◆
帰路の半ばくらいまで来たときでしょうか。
突然、先を行っていたライダーさんがはたと足を止めました。
「妙に人通りが少ないとは思っていたけれども・・・・・・見つかったか!」
一瞬何を言っているのか理解できなかった私でしたが、すぐにハッとしました。
ここに至るまでの20分ほどの道のり。その途中で確かにまだ誰ともすれ違っていません。
いくら中心部から離れているとはいえ、ここは観光地。まだそこまで遅い時間でもありません。これだけ歩けば、1人2人くらいには出会って当然とも思います。
表情をこわばらせたライダーさんの様子からいっても、敵の魔術師が人払いを済ませていたという事なのでしょう。
『命がけで戦う』。ライダーさんはそう言っていました。
これまでどこかテレビ番組の設定のような気持ちで聞いていたこの言葉が急に現実的に感じられ、心臓の鼓動が早鐘のように響きます。>>26
以上です。
市街地での正面からの戦闘。
ルドルフ2世の初手は、目先の脅威と判断したジェラールに向けて金糸で編み上げた無数の鎖付き楔を飛ばします。
来野を守りつつの撤退戦を意識しているため、可能な限りアウトレンジからの攻撃を行い隙を見ます。
山星さん、よろしくお願いします!鏡のようなものを見ているのかと思った。
どこか私に似ていて、どことなく私と違うそんな女性の夢。
彼女は私と違って可憐で、華やかで、とても可愛らしくて。
隣にいる彼が笑うのは、当然のようなことに思えて。
「アー……チャー……」
目が覚めて最初に出たのは、そんな力無い言葉だった。
全てを見ていた。パスを通して知覚していた。
彼の生き様を。彼の王道を。ファラオという一つの在り方を。
「アーチャー……アーチャー……アーチャー……ア、メン……」
私を守ると、共にあると誓ってくれた弓兵(かれ)は、狂戦士(へび)と相打ちになった。
彼女が……クローディア嬢が隣で寝ていることを忘れてしゃがみこみ、そのまま泣き崩れる。
手放したくなかった。失いたくなかった。私の起源は譲渡。それは理解していたつもりだけど、まさかここまで無くすなんて思ってなかった。
……本当に、笑わせてくれるわ。
まさか勝ちまで『譲る』ことになるだなんて、誰も思わないじゃない。
「本当に、馬鹿な女……」
何も、何も出来なかった。
共に戦うことも。勝利に貢献することも。彼が聖杯を手に入れる一助にすらなれなかった。
彼には与えられてばかりで、何かを与えることが出来なかった。>>28
「何が譲渡よ。馬鹿じゃないの。肝心な時には役に立たないくせに」
口から出るのは呪いに濡れた言葉ばかり。
ああ、本当に。この感情が私を塗り潰して、息の根を止めてくれたらいいのに。
「そう泣くな。せっかくの美人が台無しではないか」
私は馬鹿で。どうしようもなく、最低な女で。
だから、掛けられた声に即座に反応することが出来なかった。
「アー、チャー……なんで、どうして……」
テラスに立っていたアーチャーの姿を目視して、慌てて表へと飛び出した。
貴方は消えた、倒されたはずじゃ。それだけの言葉がどうしても口に出来ない。
だって、それを言ったら……私たちの、ううん。彼の負けを、認めてしまうことになるから。
「……曲芸。見事なり。シズカ、汝はな。あの直前で余との契約を断ち切った……それに汝の起源が加わり、今の余は、この地の聖杯と契約を結んでいる。とは言っても、あまり猶予はないのだがな」
「……そう。どうしようもないとは思ってたけど、土壇場で仕事をしたのね。私の起源は」
ということは……あの人が、きっと彼の妻。
彼の夢を見たということは、大なり小なりまだ繋がりがあったというわけね。>>29
「うん? ……汝と起源の間にどのような悶着があったかは知らぬが……まあともかく、だ。
―――ごめんよ、シズカ。僕は負けた。サーヴァント失格だ」
頭を下げる少年王。歳も変わらず、背丈もほぼ私と同じ子供。この小さな身体に、私は幾度となく助けられてきた。
少年王ツタンカーメン、18王朝を収めたファラオ。幾度となく戦場を駆けたその背中が、小さく震えていた。
―――私は、彼にどれだけの重荷を背負わせていたのだろう。
―――私は、彼にとってどれだけの重荷となっていたのだろう。
「そんなことはない!」
その華奢な肩を掴み、私は思いの丈を吐き出した。
「貴方に出会えてよかった。貴方と戦えてよかった。私は不出来で、みっともないマスターだったけど、貴方への想いは誰にも負けてないつもり。そこだけは、誰にも譲らない」
「そうか……それは良かった。感謝するぞ、マスター。
余は―――いいや。僕は、君という女性を誇りに思う。
君に出会えたこと、君と戦えたことは僕にとってとても幸福だったさ……君は似ているんだよ。アンケセナーメン……僕の、かつての妻だった女性に。
ああ、ごめんよ。もう少しだけ君の助けになりたかったけど、これでお別れだ」>>30
消えていく。アーチャーが、アメンが消えていく。
こんな状況でも私は何も出来なくて、ただ思ったことを口にすることしか出来なかった。
「……十分、よ。十分なくらい、貴方には助けられてもらった」
「そうかい? ……そう言われると心配だな。僕がいなくなって、朝起きられるといいんだけど」
「大丈夫よ。元々一人だったんだから」
「朝起きて、着ていた服を脱ぎ散らかすというのは……」
「そ、それは貴方が脱がしただけでしょう!?」
馬鹿。本当に馬鹿。私の初めて返しなさいよ。
最後の最後までこんな調子。出会った時と何も変わらない―――今では、永遠に続くことを願ってしまうような時間。
だからといって、こんなことをいつまでも続けるわけにはいけない。
私は生者で彼は死者。こうして交われたことが本来なら有り得ないのだから。
呪う、ということは魂から零れた感情を以てこの世界に働きかけるということ。
魂というカタチに触れる私達は、死者と生者の境を厳守しなければならない。>>31
日が昇り、朝焼けの光が私達を優しく照らす。
聖杯大会中は太陽を見ることがあまり出来なかったから、その光はまるで施しのようだった。
それでも。不思議と懐かしくは感じなかった。
「ファラオというのはラーの息子、太陽を司るものなんでしょう? もう少し発言に清くありなさいよ」
……きっと、貴方がそばにいてくれたからね。アーチャー。
「確かに君の言う通りだが……今の僕がファラオを名乗るのはおごがましい。僕はアーチャー……君を守る、ただ一人のサーヴァントさ」
「羞恥心とか無いのかしら……じゃあ、私も言わせてもらうけど」
「うん。どうぞ?」
『今までありがとう。貴方に出会えて良かった』
それだけを。ただそれだけを伝えればよかったのに。
振り絞って、振り絞って、振り絞って振り絞って振り絞って。
出たのは、あまりにも単純な言葉だった。
「―――アーチャー。貴方を、愛しています」>>33
「本当に……貴方は、最後まで変わらない……」
サーヴァント、アーチャー。ツタンカーメン。
あまりにも劇的だった彼との出会いは、その最期の瞬間までもが絵画のようだった。
「……ありがとう。アーチャー」
ツタンカーメン。偉大なるファラオ。ラーの息子。太陽のような人。
私はこれからも進んでいきます。貴方との出会いの全てを胸に抱いて。
前を向いて、まっすぐに―――こんな私のことを誇りと呼んでくれた貴方の顔に泥を塗ることがないように。
私はきっと迷いません。私の胸の中には貴方がいる。
貴方が私の進む道を照らしてくれる限り、私はきっと大丈夫。
「貴方は、太陽。これからも貴方は私を照らしてくれる……そうでしょう? アーチャー?」
朝の強い日差し、アメリカ独特の気候を肌で感じながら私はそんなことを何ともなしに呟いた。
誰も聞くものがいないはずの言葉。そんな独り言に……
『無論。余は汝の従者である故にな。マスター』
いつかどこかで聞いたような言葉が、耳をくすぐった。>>34
◆
その日、夫婦の元に一通の手紙が届いた。
夫婦は中を開き、たいそう喜んだという。
さて。その内容とは……?
『親愛なるお父さんとお母さんへ。お久しぶりです。静香です。
詳しく話すと長くなるので手短に済ませますが、以前話していた古書堂の件について前向きに考えてみたいと思います。
大事なことと思うので、先んじて手紙を送らせてもらいました。また今度電話をしようと思います。言質が欲しいならこれを使って好きなだけ呪術をかけてください。
私は逃げも隠れもしませんから、どうぞお好きなように。
それと、年明け前には一度帰国しますので。話はその時にでも』
第一回聖杯大会・5日目早朝
アーチャー(2騎目)陣営/エピローグ『曙光の別離』End.>>35
以上ですvs山星不湯花&キャスターの続きです。
相手を打ち倒すための宝具同士の鍔迫り合いであるならば、神秘の寡多はあれど、より深く踏み込んだ方が押し込めるものである。
百鬼夜行のもののけたちへと神代の毒が浸透していく。
しかしながら、届かない。それはまるで上流から下流へと向かう川の流れに逆らうようにして槍と毒が浸透していくが、大きな流れは変わらない。
「っつぅ…………!!」
ランサーはさらに空中で槍を投擲する。杭打ちのように射出された槍は毒の魔力を推進力にして、穂先で百鬼夜行をかき分け撃ち抜いた。
駆け抜けた槍は群を抜け空を裂き、しかしながら何にも突き刺さることなく飛んでいった。
「割に合わない……!」
つまるところ、キャスターとそのマスターを取り逃したのだ。>>37
ところで。一方で、あった。
空中に向けて思いっきり投げさせた上に、キャスターによって喚起状態を解除させらものだから、ただの魔術師に戻った青年がまっさかさまに墜落した。
「あでっ」
まずひっくり返ったせいで肩から地面に激突して、
「ふげっ!」
そのままバウンドして、
「ほでっ……!」
3回目でごろごろ転がって、ルーカスはようやく地面にくっつくことができたのだった。まあ相当に格好は悪いけれど、とりあえずオーディエンスは退場したであろうし、観客に見えない位置ならいいだろう。ストーリー・アウト。ここからは幕外のことである。
「いっ…………いだだだだ…………」
「……済まない、仕損じた」
ランサーは地面に刺さっていた槍を拾い、マスターの元へと歩いてきた。すでに限界まで高められていた敏捷のステータスも、もとの、(それでもランサーらしく高いのだが)数値に戻っており、それも含めて戦闘が終了したことを両者に理解させていた。
ルーカスは仰向けに転がってぴくりとも動かない。
「マスター……マスター?」
「……………………た」
「もしかして、立てな」
「逃した逃した逃した逃した逃した!逃したぁ!!」
打って変わって仰向けのまま、ルーカスがじたばたと手足を振り回す。先ほど地面に激突した肩や、戦闘中に負傷した腹部はやや庇いながら、とにかくじたばたしていた。
「あああああああああ逃したぁぁ!!!仕留め損なったああああ!!!!」>>38
ランサー・テレゴノスは、はぁ、とため息をつく。
「思いのほか元気そうでよかったよマスター」
「いやあランサー、そこまで元気ではないかな」
とりあえず呪詛だけは解析して外しておくよ、と言うと、魔術師の両腕の魔術刻印が明滅を始めた。黄泉比良坂が展開されて、神の光を喚起するまでの間に受けた亡霊たちからの呪詛を、一つ一つ解析して、知恵の輪を外すようにほどいていく。最初にキャスター側から雨のように降り注がれた攻撃や、終盤に全員が揃った状態でキャスターから撃たれた乱撃を全回避させたタネもここにある。
つまりは、光量子を用いたフォトニック・コンピューターのまねごとである。
魔術師の魔術回路はスマートフォンに匹敵するほどの演算機能を持たせることができる、なんてことを誰かが言った。携帯端末は単なるトランシーバーでは無い。持ち歩きの可能なコンピューターである。魔術師はそれを体内に内蔵出来る上、ルーカス・ソールァイトはさらに光素を用いることでさらに演算機能を増産している。
結果として、ちょっとしたルームくらいのコンピューターのスペックを出力することが出来ているのだ。解析、演算、資格情報を与えられた上での分析ならば、個人で相当なことまで出来てしまう。
「ん……解けた。それでダメージがなくなるわけでは無いのだけれどさ」
ルーカスが体を起こす。ホコリを払って立ち上がる。>>39
「だから言ったのに。とりあえず直感的にも早々に退かせておいた方がいいんじゃないかと」
「いやいや、とりあえずも何も、セイバーもアーチャーもライダーもキャスターも、全員僕たちで始末するんだよ、ランサー?」
「全員がバトルロワイヤルをやっている中でうちのマスターだけは勝ち抜き戦をやっておられる」
「うん?本当なら同じことだよ?僕が本当に強ければ」
「はぁ……君は勝つ上では良いマスターかも知れないが、生き残る上でははずれだよ。まったく」
言われる当の本人は気にせず体を伸ばしている。
「それにしてもキャスターのマスターは興味深い…………人間でないと意味がない僕の決戦術式(ワールドエンド)に引っかかっていたのに、人でない部分もあるようでいて、うん…………おもしろい」
こくこくと1人で勝手にうなずいてランサーの方に向き直る。
「また、やるのかい?」
「うん。またやるよ?出来れば今からでも追いかけ回したいくらい」
リスクマネジメントが出来ていないうちのマスターは、きちんと手をかけていないとでしゃばりで死ぬ。
ランサーはそう理解してルーカスに肩を貸した。>>40
「あぁ……ところで、僕が導くに足るような英雄がその辺に転がってはいないものだろうか」
「そこらで拾うより君がなった方がよほど早いのでは?」
「ランサーは馬鹿だなぁ、この手のものは魔導士が自分でなるなんて言ったらひどい目に遭う前フリと同じなんだよ」
「あと交戦していないのはどこだったかな、セイバーとライダーには仕掛けた後にキャスターの方から来てくれて手間が省けたわけだから」
「じゃあ次バーサーカーだけ早々に始末したら面倒になる前にアサシンを仕留めておこうかな」
キラキラと今後の展開を語る。
彼にはそれを実現できるだけの実力はあるのだから。
Battle_is_over.
Lancer_and_Master_outed.暗殺者が握る黒いナイフは不規則な軌道を描いて此方を刻もうと迫り来る。
とても捉えどころがなく、一定の形を有さない。まるで黒いガスか雲のように、勝ち筋を掴み取ることが困難な戦い方をしてくる。
決して強い訳ではなかった。
アサシンの霊基は不安定で、それは先程対峙した亥狛も知るところだ。
けれど目の前で刃を振るう彼女にそんな素振りは見られない。ただ純粋に不気味で、底知れなくて、怪人という名に相応しい。
アサシンは軽く肩で息をしてからナイフを構え直す。
ランサーは彼女の一挙手一投足を見逃すまいと、集中力を研ぎ澄ます。
二度不覚を取った相手に油断などない。
たとえ戦闘力は此方が上手であろうと、向こうには自分達が予想だにしない戦略の幅があるし、なりふり構わない分非道な手段も厭わない。>>42
基本的に、戦闘は非情な者ほど強い。
こだわりがなく呵責もない方が取れる戦術が純粋に多くなるからだ。
騎士道に重んじ、精神の高潔さが戦闘力に直結しているランサーはそういった点でいうなら特別使い難い類の英霊と言えよう。
「──────、」
黒い刃が光る。
手に持ったナイフをランサーに投擲したアサシンは、彼女の槍がナイフを弾くタイミングに合わせて胸許まで入り込んだ。
「ばーか、隙だらけだよん」
背後に忍ばせたもう一本の凶刃を、今手に持ち、ランサーの頸筋に正確に突き立てる。
突如。
アサシンの視界が激しく揺さぶられた。
うっかりカメラを落っことしてしまったみたいに、目の前の世界がぐるぐる揺れる。
同時に顎に走った鈍痛。
それはアサシンが何らかの手段で吹き飛ばされた事実をまざまざと思い知らせる。>>43
停止仕掛けた思考を叩き起こして、体制を整える。
アサシンが涙目で睨むようにランサーを見つめると、彼女は膝を高々と上げていた。
「テンカウ(膝蹴り)とか騎士道としていかがな訳!?」
「蹴り技上等、モードレッド卿直伝の喧嘩殺法です!
…私も騎士としてどうかと思いますが、貴女にはこちらの戦闘法のが有効とみました」
そういうか言わないか、ランサーはアサシンとの距離を詰める。
休む暇は与えない。
逃げる暇は与えない。
吐く息一つ許さず、反撃の糸口さえ手繰らせない。
銀色の連撃は少しずつだが確実にアサシンの身体を消耗させる。
戦術の幅に差があるなら、思想の都合上外道になれないのなら、それを補って余りある強さを持てば事足りる。
円卓の面々を始めとする騎士達はそういった理念の元鍛錬を続け、過酷な旅をやり仰せた。
ならばその末端に座すガレスもその例に違わず────有無を言わさぬ強さをもって、敵の奸計を薙ぎ倒す。第■回、時間進めます。
『……市在住の岩野栗太さんと薩摩豪さんがさつ害された事件で警察は昨日、無職の赤城疾風容疑者を逮捕し……』
テレビからニュースの音声が聞こえてくる。
というのも、拠点から脱出した俺達は近場の小さな家電店に緊急避難したからだ。
運営の人払いにより店内には誰もいないとはいえ、こんな所に隠れているとは思わないだろう。
しかし、さっきの容疑者の名前って実家と同じ街の魔術師だったような……魔術自体はバレてないみたいだし、まあ良いか。
「さて、俺は行ってくる。マスターは此処に居ろよ」
と言って、アサシンは店を出て駆け出す。
唯一生き残った弟、ドゥフシャーサナへ加勢するために。屋根の上を駆け抜ける。
目標はビルの屋上……跳躍して、ドゥフシャーサナが足止めしてる奴に鎚鉾を振り下ろす。
とはいえ、屋根を飛び移りながらでは流石に狙いが甘い……軽く避けられた。
「初手から人の家潰すとは……やってくれるじゃねえか」
「新手……いや、そちらが本体か」
ヨーロッパ辺りの軍服を纏い、二角帽を被った男装の麗人……クラスは恐らくアーチャー。
その真名は、マスターがすぐに見抜いていた。
『あの帽子!?それに大砲まで……ナポレオン、そいつはナポレオンだ!』
ナポレオン・ボナパルト……フランスの英雄。
目の前に居る奴の戦慣れした感じからしても、恐らくは正解……しかし、どこか得体の知れない悍ましさを感じる。
けど、考えるのは後だ……アーチャーが引き抜いたサーベルによる斬撃を鎚鉾で受ける。
続いて放たれた蹴りを避けつつ下段に構え……鎚鉾の振り上げからの突き、そして背中を向ける程に大きく振りかぶってからの横スイング。
だが、相手のサーベルも伊達じゃない……攻撃を全て受け流された。「チッ、アーチャーの癖にセイバー並かよ」
「そちらこそ、残ってるクラスからしてアサシンといった所だろうに」
これだけの攻防で互いの実力を読み合う……小手調べは此処までだ。
俺は側転の要領で鎚鉾の振り上げと蹴りをほぼ同時に行い、着地と同時に鎚鉾を左右に振るう。
それらを全て避けきったアーチャーに対して更に鎚鉾を振るい、そのまま突きを放つ……が、有効打には至らない。
そんな中、ドゥフシャーサナとアーチャーのマスター、和銀京郎が動き出した。
「アーチャー、支援しますよ」
「邪魔はさせねえぞ!」
アーチャーのマスターこと和銀京郎が手鏡を取り出し、ドゥフシャーサナの矢がその手鏡を粉砕する。
鏡を媒体に魔術を行使するようだが、発動前に鏡を割れば良いだけの事。
それを尻目に鎚鉾をアーチャーに振り下ろし、それを受け流したアーチャーが体制を整える間に上段に構え、振り下ろす。
ドゥフシャーサナの矢がアーチャーの退路を絶つ中、鎚鉾とサーベルが打ち合った。以上です。
魔術の痕跡は完璧に消せたのに、科学捜査で普通に逮捕された魔術師が居たようです。目を開けると、何処かの病院らしき部屋だった。
私は、確か屋敷に攻め込んできたサーヴァントと遭遇して、令呪を……。
「お目覚めになりましたか?檜葉靖彦さん」
そこで漸く、この部屋に誰かが……いや、アンジェリーナ・コスタが居る事に気付いた。
しかし、何だこのプレッシャーは……彼女は所詮表の世界にかぶれた小娘でしかない筈。
得体の知れない恐怖の余り、思わず袖を捲って右腕を見るが、そこに有る筈の預託令呪は無かった。
「預託令呪なら、小聖杯が貴方の元から奪われた時点で私に移るようになってますので……ええ、勝手な事を困りますもの」まさか、全部バレている!?
この私が掌の上で踊らされていた……だと……!?
私は咄嗟に歌魔術を使おうとして……激しい胸の痛みで大きく息を吸うことさえ覚束ない。
「あら、言い忘れましたけど肋骨が何本も折れてますので、余り喋らないほうが良いですわよ。さて、私達は、正当な勝者から報酬を掠めとろうとするものに容赦はしませんので……ええ、速やかに……」
いや、歌えたところでどうしようもない。
痛覚を刺激する歌では彼女には通用しないし、私の歌が起こす魔術的防御では良くても死ぬまでの時間が延びるだけだ。
おのれ、嘗ての名門たるハルピア家が……時計塔を追われても檜葉家と名を変え、以前の管理者である大文字正義を家系ごと潰し、それでも刃向かってきた星野家を滅ぼし、この地の管理者となった我が家系が……こんな、こんな所で……。
「処分されて下さいませ」というわけで、管理者の末路でした。
時系列的には三日目の午前になります。「あぁ、すいません。私ばかり話してしまって」
「いえいえ、問題ありませんよ。人と話す事には精神を安定させる効果もあります」
そう言って西行は続けて?と促す。歓談による精神的効果もあるがこの調子でこの異聞帯の事を聞き出すことも目的だった。
実際その後火の着いた様に話し出したミュンヘンからは有益な情報も幾つか聞き出せた。
王国軍の兵達は『亜人兵』と呼ばれていてそれぞれが五種族から更に遺伝子操作によって創り出された屈強な戦士たちであること。ミュンヘンの夫は退役した亜人兵であること(この際「夫は国よりも自分を守ると言ってくれた」等と盛大に惚気られた)
そして夫との馴れ初めから楽しげに話し始めたミュンヘンを見て二人は情報収集を切り上げ、暫く聞き手に徹する事にした。
しかし楽しい時間はそう長くは続かず、時系列が現在に近付くにつれてミュンヘンの顔に陰りが見え始める。
「夫は私とミュウから変異種を遠ざける為に一人で戦って……変異種と相討ちになって、命を落としました。あとは皆さんが知るように病弱な私を養う為にミュウは命懸けで魔獣を狩るようになって…
本当はあの時、私が死.ねば良かったんです。いえ、今からでも私が死.ねばあの子は無理に魔獣を狩らずとも王都でも何処でも行けるのに…」
それは、これまで話し続けたことで勢いに乗り口をついて出てしまった秘めた本音。自分の為に我が子が危険を冒す事が、自分が娘を縛り付けている事が耐えられないという母親としての言葉。それは一概には間違いと言えないかもしれない。しかし
「──それは、違いますよ」>>53
ミュンヘンと三号が顔を向けた先にはそれまでの人あたりの良さそうな表情が抜け落ちた西行が居た。
痛々しいほどの沈黙が場を支配する。
ミュンヘンの喉から「ひ」と引きつったように息を呑む声が聞こえたところで、見かねた様子の三号があえて大げさに椅子を鳴らし立ち上がった。
「……マスター・キャスリーン。相手は患者です」
「………そうですね」
西行が静かに顔を抑え、その手が離れた時には、今一度しっかりと優しい微笑みを貼り付けていた。
先程までの沈黙はまるで幻だったのではないかと思わせるほどに、欠陥の見当たらない穏やかな笑顔。しかし部屋の温度が下がっている状態であることは依然変わりない。
「……少し、外に出ますね。あとはよろしくお願いします」>>55
「意味、と言われましても…」
少し考え込んだ後ミュンヘンは改めて3号を見る。
「本来、弱肉強食のこの世界で私のような病弱な者が生きているのがおかしいんです」
それからミュンヘンはこの二年間自分がいるせいで娘を縛り付けているのではないか等の思いの丈を論う。しかし対する三号の中では呆れを超えて怒りすら浮かんでいた。
ミュンヘンの言っていることは結局は死ん.で楽になりたいということに他ならず、娘であるミュウ本人の気持ちを考えていない独り善がりなものである。その上治る気がない患者にはどんな治療を施しても治るものも治らない。
「本当に、死ん.でもいいのですか?」
三号がミュンヘンの話を遮り放った言葉にミュンヘンがびくりと体を震わせる。>>56
「あなたはさっき旦那さんが亡くなった事に涙しましたがそれはミュウちゃんもまたお父さんを亡くしたということ。あなたはミュウちゃんに父親だけでなく母親も亡くさせたいのですか?
ミュウちゃんの事を思うのなら、生きてください。あの子だってあなたを見捨てて楽に生きるよりも大変でもあなたと一緒に生きたい。そう思ったから今の生き方を選んだんでしょうから。
身体を治して健康になって、一緒に狩りをするなり王都へ行くなりする。ね、その方がずっと良い。」
三号がゆっくりと言い聞かせるように話していくと徐々にミュンヘンの目に涙が浮かんでくる。涙はやがて目の端から零れ、口を押さえて泣きじゃくる。
「私…本当に治るんでしょうか…?」
「ええ、治します。どんな手を使ってでも。ですがその為にはまずあなたが治ろうとする気概を見せなければ」
ミュンヘンは頷き涙を拭うと椅子から立ち上がる。その表情は晴れやかで先程まで思い悩んでいたのが嘘のようだ。
「私、西行さんに謝ってきます。それから改めて私のことを治してくださいとお願いするんです。
ミュウのためにもどんなに苦い薬でもどんなに痛い注射でも頑張りますっ」
そう言ってぱたぱたと走り去って行くミュンヘンを見送り、三号はこれから必要になるであろう医療器具や薬品を取り出しながら通信越しに一連の流れを聞いていた西行の様子を伺うのだった。>>44
打ち合いを始めておよそ数分が経った。
迅速なるランサーの槍撃。それを避けて再び攻撃に移ろうとするアサシン。
互いに決め手に欠け、睨み合いが続き、戦況は硬直している。
何も知らない第三者ならそう判断するだろう。
だが、それは突然だった。
「ぐっ…!?」
空中で、静止したかのようにアサシンは硬直する。まるでアサシンの周りだけ重力が増えたかの如く、そのまま力無く落下した。
驚きの声を漏らしたのはランサーと亥狛だけでは無い。アサシン本人もだ。
「あぁ…そうか…もう限界か…」
金色の粒子がアサシンの手足の先から溢れ、空へ溶けていく。霊基の崩壊。サーヴァントとして、現世からの消滅が近い証だった。
普段のうるささは鳴りを潜め、ただ茫然と消えていく己の体を見つめるアサシン。依然としてランサーは構えを崩さないがアサシンはそんな事は気にせず座り込む。>>59
「………」
アサシンがランサーのマスターを攫ってから数分。ウィリーは場所を移動することもなくその場にいた。
使い魔にあるまじき自我の確立。魂単位での悪性。そして活動をすればするほど進行する霊基の崩壊。
アサシンは、聖杯戦争を勝ち残る上ではあまりに『ハズレ』といって差し支えの無い要素の塊であった。
湧く情も無い。
「これ以上は無意味だ」
そして、既にウィリーはこの伏神での聖杯戦争から降りるつもりであった。脱落者も増えてきた現状では、マスターを失ったサーヴァントが都合良くいるとは思えないし、何よりあの影のような存在は気がかりであった。
あのようなイレギュラーがいる以上、聖杯も正常に活動しているとは考えづらい。
…時間の無駄だ。起源が示した目的を達成するためにこれ以上、不確定なことに余計な時間は割けない。寿命を得る方法も世界を探せばきっと見つかるはずだ。
「惜しいことをした」
この手で拷問し、殺したライダーのマスターを回顧する。きっと他の記憶と同様、永遠にウィリーの中には残り続けるのだ。
最も、彼は今更こんな事では顔を歪めたりはしないが。>>60
「あぁ、そういえばこれがまだあったな」
左手の内側に発現した令呪を見やる。アルファベットのような形で構成されたそれは、一度アサシンに使ってからそれきりだ。
解析し、蒐集したくもあるがこの街を出れば消えてしまうし残ったとしても預託令呪として監督役の元に行くだけだ。
「………」
ならばこの手で使い、その効果を知るべきだろう。彼の中に唯一残っている人間らしい感情、魔術への興味心が鎌首を上げる。
例えば霊基の格が低いサーヴァントには令呪がどこまで通用するのか───
「令呪を持って命ずる」
…本当に興味心だけだろうか。どこか、色素の濃い感情も混じってるように思えた。
「アサシン。お前の可能性を全て見せてみろ」
少なくとも穏やかな最後など、悪役には相応しくないだろう。>>61
マッドガッサーの正体は諸説ある。
男であったり、女であったり、改造生物であったり、サイボーグであったり、はたまた宇宙人という荒唐無稽なものまで。
共通項が見当たらない数多の正体は当時のアサシンの犯行が鮮やかであることを示すが、霊基の不安定さも示している。
スキルである『可能性の闇』を持って制御しているそれが今、マスターの令呪によって全て同時にこの世界へと引き摺り出された。
「⬛️⬛️⬛️⬛️⬛️⬛️⬛️────!!!」
「何だ、あれ…」
亥狛は本能的に思わず後退りしてしまう。
アサシンの体のシルエットが無くなったかと思えば不定形に歪む。そして腕が何本も飛び出してきたかと思えば蒸気が噴き出し、触手が地面を這いずり回る。
瞬く間にアサシンはアサシンで無くなってしまった。
「⬛️⬛️⬛️⬛️!?⬛️⬛️⬛️⬛️!!!⬛️⬛️⬛️⬛️⬛️!!!」
完全に霊基が崩壊しきっても尚、令呪による強制力と魔力によってアサシンは現界をし続けていた。抗えるほどの霊格を持たないアサシンの自我は完全に無くなり、抑えきれない衝動のままに暴走するだけだ。
プライドのある怪人では無く、ただの怪物がそこにはいた。>>62
「⬛️⬛️⬛️⬛️!!!」
闇雲に振り回された手がコンクリートの地面を叩く。
それだけで建物全体が揺らぎ、亥狛は思わずよろけてしまう。
ここに長くいては危険だと判断し、視線を左右に振るが咄嗟に飛び移れそうな場所は無い。
するとランサーが亥狛の横に並び立つ。
「イコマ、ここは私に任せてください。一撃で終わらせます!」
「…あぁ、任せた!!」
「はぁっ!!」
二人を潰すべく伸ばされた巨大な腕を飛んで躱し、そのままランサークラス特有の迅速さで腕を登って怪物の頭の上にまで到達する。
そして槍を両腕で構えた瞬間、白亜の光が強まり輝きを放つ。
「参ります!!我が全てを輝きへ!!信じるものを貫くため!!無穢なる誓槍(ノゥブル・マナス)!!!」
宝具の真名解放。
それは今までとは桁外れの強さをサーヴァントに与える。悪と名の付くモノはその槍の前に、消滅するしかない。>>63
「⬛️⬛️⬛️⬛️⬛️ーーー!!!」
目の前の脅威を感じ取ったのか怪物も触腕を振り回して反撃に出るが、ランサーに触れようとした端から浄化されるかの如く消えていく。
人に害をなす悪という可能性を保有する怪物と、善性の結晶であるランサー。相性は正しく最悪であった。
「これで…終わりだ!!」
魔力の奔流を穂先の一点に集め、怪物に向かって放つ。その一撃で、伏神市の空に蔓延る暗雲は吹き飛んだ。
そして、全てを受け止めた怪物の巨体は光の波濤へと消え失せていった。
「これが…宝具の力か」
改めて己がどれほど強大な存在を従えているのか、亥狛は実感した。伝説に名を刻み未来でも語られるとはこういう事だ。
「大丈夫でしたか、イコマ」
「あぁ。…手強い相手だった」
アサシンとは最初から最後まで分かり合えず、言葉をぶつけ、拳を出しあった。
だが、彼女との出会いがあったからこそ亥狛は自身の願いに対する覚悟を決めることが出来た。「随分と………慣れてないなぁ」
サーヴァントであると思われる方は警戒心を抱いているし、何よりこちらに手出しができるようにしているが……マスター側のなんて隙。おそらく戦い慣れていないのだと。
「動くと痛ぇぞ」
その言葉とともに駆け抜ける爪の軌跡が空に色を描く。飛んでくる、少女の首元を正確に狙い、そのままもぎ取ってしまうだろうと誰もが予想できるほどの死の鎌になって飛んでくる。
「そうはさせないのがサーヴァントだろう!」
「ええ、そしてやはり時には主を押し退けるのも、またサーヴァントでしょう」
主人と己を守るように張り巡らされた金の楔が獣を穿たんとする時に、そこの狭間に旋風が巻き起こり、獣を吹き飛ばす。
「………お前がやるのか」
「ええ。相手はサーヴァント。マスターも神秘の古さで劣るとは思いませんが、いかんせん性能が違うでしょう」
「任せよう、ジェラール。僕たちのサーヴァントは強いんだから」「というわけで、こんにちは。黄金の君」
「黄金の君というのはもしかしてルッ………私のことを言っているのかな?ふむふむ、ふむ……良い!実にいい名称だ!」
「………喜んでもらえてよしとしましょう」
踏み込んだ勢いを利用して繰り出された回し蹴りは巻き起こした風の後押しもあるのか素早く硬い。人間の頭なぞ簡単に蹴り潰してしまうかのように。
「甘いぞ!その程度で負けるようではな!」
回避行動を取れば即座に蹴りの勢いを利用してさらに強い一撃をかますつもりであったが、回避行動の一つも取らずに激しい速度でライダーは後ろに引き寄せられる。そのおかげで生じた隙を突いて編み出した金糸の殴打と刺突に阻まれ、再びアウトレンジの膠着状態へと持ち込まれてしまう。
「………困りました。咄嗟の判断力が素晴らしい。これでは中々進みませんね。どうしましょうか」
「その風の技を使ってみたらいいと思うよ。私は」
「ふふ、そうですね……これなんていかがでしょうか」
手拍子と共に噴き上がる焔。轟々と叫び暴れ狂うその紅い腕はまるで蛇のようにライダーに喰らい付く。
「………起きよ」
「っ……」
爆炎は突如宙に満ちた大水によって掻き消える。息を吸うかの如く自然法則を起こすバーサーカーには、それは何かはわからなかった。「空想具現化ではない……まあ、当たり前か。それにしても、今のは……」
「余所見をしている暇はないぞー!君の手からは何か呪いに似たものを感じるけれど、だからといって当たらなければどうということはないんだからな!」
「拳を当てても砕かれない……先ほどのやり取りでこちらの硬さを把握してそれに対応した質にしたのか?巧いですね」
殴打をしてもぐにゃりと衝撃が逃され、引きちぎろうとするとびよんと音を立てるバネであるかのように伸びる。こちらの攻撃の仕方に合わせた対応力の高い攻撃である。
「こっちにも飛んでくるんだが。あーめんどくさ」
「あわ、あわわ……一つ一つはそこまでだけど……」
アドニスを片手で抱き抱えながら拘束、もしくは牽制を試みようとする金糸を打ち砕き続けるジェラール。サーヴァント同士の戦いのそれと違ってこちらに対し傷つけようとするほどの殺意は感じないのはわかってはいるが、なにぶん面倒くさい。
「ジェラール、離して。あの子に武器をあげに行くから」
「………怪我したらどうすんだ、大人しく抱かれてろ」
「過保護だよ、それは。こんな状況なら僕の方が有用だし」
言うが速いか動くが速いか、アドニスの首から噴き出した大量の血液が刃となり金糸の鎖を断ち切りバーサーカーとの間に隙を作る。そこを逃さず、アドニスは己の腕に手を添えて……
「剣の一つや二つ、使えるよねっ……!」
引きずり出した腕骨を剣のように変形させて、そのままそれをバーサーカーへと投げつける。無論、その程度の速度であればバーサーカーが受け止め損ねることはない。「……この骨一つで上質な概念武装に類するほどの神秘。外敵からの傷でなく、己の意志での肉体分離作動だからこそできる芸当……きっと魔力を溜めて式を発動させたんだね。だから腕も問題なく生えてる」
剣に病を纏わせ、駆け抜ける。拳という打撃や握力という圧に耐え切れるように性質を変化させた金糸も、切断する刃物的特徴のそれの前ではまるで糸のように、などとは言わないが砕かれていっている。
「この距離ならこっちの方が速いかな?でも、どうせ防ぐんだろうね」
「………なんでわかったのか、不明であるな」
「勘」
首筋に刃が届き、柔らかい肉が裂けてしまうのかという所に、それを防ぐように鋼鉄が挟み込まれる。相当な動体視力や判断力、予見しているなどといった要素などがなければなし得ない出来事だろう。戦士の中には動体視力に優れたものも多いので参考にはならないが。
そしてそこにカウンターとして張られていた金糸の串刺し刑とも言えるような杭……ほとんど不意打ちに近いものをライダーに距離を取られたとはいえ見越していたともいうべき避け方で躱したバーサーカーもバーサーカーである。ライダー陣営に手番、お返ししますー
来栖市北西部、大聖杯を設置するためその全域を工房化した森林地帯。
そこを走る侵入者が二人……筋肉質な中年男性と癖毛の黒人女性。
男の方は確か……隣町の魔術師、板野智久だったか。
彼等を囲もうとするのは幻聴を起こそうとするものから霊障による攻撃を行うものまで多種多様な霊達。
しかし、女が何かを唱えるとその髪が伸び、電撃を纏って霊を振り払っていく。
見慣れぬ魔術……いや、呪術のようだが、もう関係ない。
何故なら、たった一つの銃弾が彼女の心臓を撃ち抜いたのだから。
「アロム!?」
板野が女の名前を叫ぶがもう手遅れだ。
凶器は、俺達魔術系スタッフに支給された専用拳銃。
神秘を付与された50口径徹甲弾は、当たりさえすればサーヴァントにもダメージを与えられる可能性もあるという代物だ。「くそっ、魔術師がこんな物を……!?」
腰に付けているアステカ辺りの魔術礼装らしき物のおかげか、素早い動き次々放たれる弾丸を避けていく板野。
それと同時に、岩石を念動力の如く浮遊させ、此方目掛けて射出してくる。
こんな苦し紛れの攻撃を喰らう部下など居ないが、流石に攻撃は途絶えてしまう。
だが、俺が手を出す必要は無かった。
「こ、今度は何だ!」
剣と円形の盾を持った骸骨がこの場に現れ、板野を襲う。
中世の兵士の人骨に霊を憑依させたそれは、生前の技量はそのままにゴーレムのように動き出し、主であるアンジェリーナに与えられた命令に従って行動する。
そう、この森林に何十体も存在する内の一つが、此処に駆け付けた。
そして、岩石を操って俺達を牽制するので手一杯な板野に抗う手段など残っておらず……骸骨の剣が、板野の首を刎ねた。以上、ふと第■回の大会中の大聖杯防衛の様子を書いてなかったのを思い出したので、小ネタとして書いてみました。
「ぐふっ……英雄どころか、それすら超える怪物とは、な……すまねえ、マスター……」
ランサーの魔槍によってサーヴァントの魂である霊核を貫かれ、逆流する血液を吐く。ライダーの霊基を形作る霊子が霧散し続けていく。
もう、エーテルで受肉するだけの力が無くなっている。
「ぁっ、ライダー……」
へたり、と地面に座り込む。
不意に訪れた別れに、言葉も出ない。
確かにペウケスタス自身、戦闘力に秀でた戦士ではない。
防衛、それも主の守護という役割に特化した盾持ちであるのが彼だ。怖がりで、傷付くのが嫌な癖に、目の前で失われる命には自分の安全よりも敏感な。
でも、こんな突然に。
敗北という二文字を突き付けられるなんて。
「まぁ、こんな半端者を召喚(よ)んでくれて、ありがとうな……」
その言葉を最後に、騎兵の英霊ペウケスタスは消滅した。>>74
「短い間だったけど、ありがとう。私のサーヴァント」
天を仰ぐ。
涙の一つや二つ、流れるかと思いきや孤独が当然となった自分の心は、とうに乾いていたらしい。寂しくはあるが、哀しくはない。
夜の暗闇に、照明の灯りが眩しく映る。
彼らが乗っていた乗用車、あるいは輸送車の類だろうか。
これから聖杯大会の運営者が、アスパシア一人だけが残された戦場に駆けていくのだ。
「これからの、事。もっとちゃんと考えなければね」
封印指定という事実上の死刑宣告を、乗り越えるための意志を振り絞ろうと、立ち上がるために膝に力を入れた。
征服王イスカンダル麾下、例外的な八人目の側近護衛官(ソマトピュラケス)。ペルシス……ファールス州……の太守。後継者(ディアドコイ)の一人。
エウメネスを裏切った時も、私が見た情けない顔をしていたのかな。
「さよなら、ライダー」>>75
ライダー、君を追想する終幕
以上で第■回のライダー陣営は完結です~>>65
足元でサイレンの音がする。
騒がしく右往左往する喧騒、その少し高いところでシスカは事態の行く末を静観する。
アサシンとバーサーカー、二騎の怪物達は停滞しつつあった聖杯戦争を面白いぐらいに引っ掻き回してくれた。
これで残る陣営も僅か三つ。聖杯が万能の願望器として機能してくれるまで、あと少しとなった。
ちらちらと光る街の灯りは通常運行。
人がばたばたと倒れ、下界は猫を放り込まれた鼠の群れの様に混沌としている筈なのに、人の世は変わらず回り続けている。
何とまあ冷たいことか、と思う。
どうやら人の社会は他者を偲び歩みを止める一瞬の余裕さえもないらしい。
「無粋なことだなぁ」
無感情に呟く、頬杖をついて何とも退屈そうな顔を浮かべながら。
フィルター越しに眺める世界は本当に灰色で現実味がない。いつだったか仮想の街を創造するゲームをしたことがあるが、それに似た感覚だった。
作るも壊すも思うがまま、そこに住まう人間の意思など一切考慮しない俯瞰した視点は、どこまでも自分を残酷にしてくれる。>>77
こと聖杯戦争において舞台となったこの街はある種の箱庭といっても過言ではない。
出過ぎた陣営は討伐指令を出されるというがそれも魔術の秘匿と聖杯戦争の運営に支障をきたす場合に限っての話だ。
やり過ぎなければ問題ないこと、そのラインは件のアサシンが示してくれた。
右手に宿った令呪をみやる。
綺麗に三画残った歪な流線型は、真っ赤に脈動している。
自らの従者は酷く身勝手で使い所の悪い、躾のなっていない猛犬のようなサーヴァントだ。
だが馬鹿と鋏は使いようといったもので、役に立たないわけではない。
使い所さえ誤らなければ絶大な力を発揮してくれる。
今日のように。
「さて……従者を倒された気分はどうだい?」
振り向くと、床に座り込んだ玲亜の姿がある。
アヴェンジャーの姿はない。
ただ絶望に打ちひしがれた様子で地面と睨めっこするばかりで、シスカの問い掛けに答える余裕はなさそうだ。
「……安心したまえ、君を殺.すつもりはないよ。君にはメッセンジャーとしての仕事が残っているからね」>>78
一歩、また一歩と哀れな少女に歩み寄る。
この世で最も残酷なキャットウォークでつかつかと。
最早あの子に成す術はない。魔術の腕もサーヴァントの戦いも、全て自分が上回っているのだから。
残された行為は勝者による慰めか、それとも蹂躙か。
選択はシスカに委ねられる。
肩を掴むと、玲亜の身体が少し跳ねた。
「亥狛くんに伝えるんだ。親離れの時は来たぞ、と」>>69
戦いの世界において最大の敵は「迷い」だという。
怒り、恐怖、動揺、日々の生活から生まれるちょっとした悩み。それらの積み重ねが肉体を硬直させ、洞察力を失わせ、ときとして歴戦の戦士を敗北へと導く。
武道に精神修業が取り入れられるのも、『無我の境地』へ至りこういった雑念を追いやるためである。
長い時間をかけて、一本の丸太から仏像を彫りだすように少しずつ戦うための自分を象っていくのだ。
『(分割思考並行接続(トレース・オン)――主人格遷移・“黒”(ブレインシフト・ニグレド)!)』
達人でも一筋縄ではいかないその工程を、ライダーは“戦闘に向いた自分”へと文字通り「思考を切り替える」ことで瞬時に終わらせた。
彼の中に埋め込まれた5つの分割思考による順応力と常人の5倍ならぬ5乗の思考演算力。
それが、地力で劣る彼の持ちえる最大の武器である。
◆◆◆◆◆◆>>80
(やはりこの者・・・・・・強い!!)
敵マスターへのけん制で注意をそらしつつ、相手が踏み込んできたタイミングを狙ってカウンター攻撃。
動きを完全に読み切り、不可避の一撃だったはずのそれを、はかなげな少年の姿をしたサーヴァントはこともなさげにかわしてみせた。
すかさず距離を取りながら追撃の杭を放つが、それも全て見た目からは想像もつかない円熟した剣さばきで切り払われてしまう。
魔力で練られた金糸をただの糸であるかのように軽く薙ぎ払ってしまうあの剣が自分の首を捉えたら・・・・・・たとえ身の入っていない一撃だったとしても、霊基を破壊されてしまうであろうことは容易に想像がついた。
戦闘の局面は、圧倒的に不利な中、いつ崩れてもおかしくないような危うい均衡の上に成り立っている。
このまま長引けば相手の奥に控えている荒々しい男が行動を起こすかもしれないし、騒ぎを聞きつけた別陣営が現れないとも限らない。
ここを切り抜けるには短期決戦しかない!
そう判断したライダーは再び大量の杭の弾幕を飛ばしながら、あえて余裕のある声色を作った。
「なるほど、素晴らしき戦いの腕であるな。だけど、この程度ではライダーには一向に届かないぞ!」
「見え透いた挑発・・・・・・しかし、確かに。マスターの方もいい加減やきもきしている頃でしょうし、この辺で終わりにしよう。いくよ」>>81
小柄なサーヴァントは静かに答えると、黄金のつぶての中へと飛び込んでいく。
そして、不規則な軌道で襲い掛かるそれを時に切り払い、時につむじ風のようにすり抜けながら、一瞬でライダーとの間合いを詰めた。
ライダーはまだ杭を発射したときの反動で動けない。
「すでにその攻撃は見切りました。さようなら」
その首へ狙いをつけて、すいと白刃が構えられた。
◆◆◆◆◆◆
(かかった!)
絶体絶命の状況にありながら、ライダーは勝機を感じていた。
もとよりあの程度の攻撃でこのサーヴァントを仕留められるとは思っていない。本命は――
ライダーのマントを貫いて、ひときわ鋭い杭が相手のサーヴァント目掛け飛び出した。
弾幕と同時に背後へ放った一本!
電柱に巻き付けるように向きを変えて戻すことで、自らの体をブラインドにした完全な死角からの時間差攻撃だ!!>>83
もうだめだ。諦めかけたその時。
どん、と重い衝撃を脇腹に感じ、同時にライダーの体が小さく弾き飛ばされた。
それまで首があった場所を白刃が鋭く通過する。
一体なにが、と衝撃のあった方へと視線を向けると、子猫ほどの大きさの白い生き物が宙に浮いているのが目に入った。
鯨だ。小さな鯨が宙を泳いでライダーに強烈な体当たりをかましたのだ。
呑み込めない状況への動揺を別の思考回路へ押し付け、あくまでも冷静な頭を最大限に回転させる。
どんな理由であれ、一瞬の時間を稼ぐことができた。
策をめぐらせても勝てないのなら、やるべきことはひとつ。逃げの一手である。
すかさず地面へと手を当てる。そして、今のライダーが持ちえる最大規模の攻撃魔術を行使する。
「『理導/開通(シュトラセ/ゲーセン)』ッ・・・・・・!!」
稲妻のような錬金反応が周囲へと走り、敵サーヴァントの足元に巨大な奈落が口を開いた。>>84
お待たせしました。
山星さんにバトンをお返しします。
よろしくお願いします!───────なんだろう。アレは、いったい何だろうか。
崩落に巻き込まれ、上は落石下は奈落に落ちゆく最中にあの白くて可愛らしい怪物が何だったのかを夢想する。陸に浮かぶ鯨なんていただろうか。
「白い、鯨……そういえばモビーディックなんていう神獣がいた気がする。でも、うん。あの破壊兵器にあんな器用な真似は出来ないよ」
不意を突かれたとはいえこの眼は本質を見抜くから。あのライダーの殺意が視えるし、そこ行使する技が魔力の流れからしても魔術に相当するものだとはわかった。しかし、あの白鯨がライダーの産物であるかといえば否だろう。
あれは「生物」ではない。生きているものではない。真っ当に生きて真っ当に育って真っ当に子孫を増やす生態系のそれではない。単細胞生物のように生命に溢れてすらもない。この眼が映すそれは今を生きる輝ける生命などではなかったのだから。
「それにしても底は見えなかったけど。アレだけじゃないかなぁ。………底といえば、これどこまで落ちるんだろう。適度なところで上がらないとマスター達が心配だなぁ」
いったい奈落に果てはあるのか。長ったらしい詠唱は無しの魔術による地形崩壊のようだからマントルほどではないとは思うが、と前置きをしつつ下を眺める。
眺めてしまった「──────────」
いけない。これはワタシ(ガイア)とワタシ(死)には天敵だ。死にはしないが本能と理性が総動員で周りを殺し尽くしてしまう。何かはわからないがそれだけは確かで、だからこそこのままゆっくりと上がり続けるという選択肢は取れずに─────
『お前じゃ咄嗟の判断はつかねぇよ。大人しく俺に代われ』
「………バーサーカー、大丈夫かなぁ」
「生きてはいるな。それまでだが」
地表にて、己がサーヴァントが落下した様を眺めた二人は相手の様子を伺っている。はてさて、どうしたものか。あちらはサーヴァントがいない自分らを攻撃する様子はないようだが、それは令呪による転移のカウンターを警戒してなのかそれをするほどの魔力がないのかはたまた別の理由なのか。
───────まるで、気圧が粘性を帯びたように、己の身を縛り付けるように。とりあえず身構えてはみようとした瞬間に二人の体は固まって、動けなくなる。それと同時に襲う倦怠感。魔力が持っていかれたのだ。彼らの魔力はそこらの魔術師のそれではなく、インチキともいうべきものではあるが、まさかそれがここまで削られるとは思わず。「ごめんね。ちょっと急いで出ないと僕が壊れかねなかったから」
その元凶たるバーサーカーが、宙を浮きながら現れる。彼の周りを取り巻く砂塵はざあざあと極小規模な砂嵐を展開している。
「………嘘だろう?あの数の落石だぞ。というか、浮かんでいるのか、魔術で?」
「神代の魔術師ならば魔術で浮くのも造作もないでしょ。尤も、僕は魔術師じゃないしこれは魔術でもないっていうのは君もマナの流れからわかるだろうけど」
「ならば、尚のことおかしい。君のそれは魔術の範疇でないというなら何だという」
「さあねぇ。今は混乱してるかもしれないけど、君ほど聡明な英霊ならすぐに辿り着けるんじゃないかなぁ。あとこれは君のアイデアのおかげだよ」
降り注ぐ多数の落石を砂に分解し、大気の操作によって己を浮かせて急上昇する。馬鹿みたいなことを馬鹿みたいな魔力を使ってしでかした。
「とはいえ、マスターがこの調子なのでここでお暇させていただこうかなぁって。ね、美しき黄金」
「………………」
「美しさとは、其れすなわち欲望の発露だ。
美しき女や男はそれを好む者に組み敷かれ、稀代の美術品は金稼ぎの道具あるいは強欲により所有権を主張され、美しい生物や風景は傲慢な人々の価値観で無理に保全される。
美しく人知を超えた神だってそうさ、人の信仰で歪められる。そうなり得る状況を作り出したのは人間なのにね」
いつのまにか現れていた黒と白の双子の虎がマスターを1人ずつ背負う。
「美しさとは穢されるもの。誰かの欲望で支配されゆくもの。けれど……本当に存在する天上の美というものは誰にも触れられないものだ。絵に描き、文にしたため、詩を唄い、それでも表現しきれぬもの。君は、どちらかというとこっちだと思うよ」
「随分と褒めてくれるではないか。私のことをなぜそこまで評価するのか、気になるところではあるね」
「………なんでだろう。この眼で捉えた色が映し出してるまんまだから、君の人物像とか僕は知らないし勘みたいなもんなんだよねぇ。また出会う時が来たら、もしその時に君を理解できたら、その理由を言わせてもらうよ」話はそこで終わり。そう打ち切るように、大穴の横に砂山を積み、大の大人ほどの大きさの鳥に乗って狼と共に去って行こうとバーサーカーは振り返って、ああそうだけれど一つ言うことがあったんだと思い出して振り返って。
「僕たち、この戦闘を終了して帰っても良いのかな?殺し合いはこちらも撤退を選ぶつもりだけど話があるなら付き合うけど」終わりです
なんかお話する!とかならこのまま続行ですしいや戦闘終了、解散ー!というのであれば多分バーサーカー達はこのまま拠点に帰ります>>57
***
「……全く、君というやつはとんだ困り者だよな」
自分を背負う男が一歩足を進めるたびに、ぐらぐらと頭が揺れるような感覚がした。話すのも気怠いので黙っているとどうやら真面目に聞いていないのだと判断されたらしく、男がさらに話を続ける。
「術に頼って無理矢理体を動かさなければ歩くこともできない状態なのに、こんな辺鄙なところまで隠れに来て。右足を捻っているのにも気づけないほど具合が悪いんだろう?腫れ上がっている」
確かに気づかなかった。体はいつだってどこかしら痛いものだったし、いちいち何処が痛いかなど付き合わせて考えてはキリがなかったのだ。それに、痛がったところで何かが起こるとも思わなかった。
「とにかく……体を無理矢理動かすのは禁止する。少なくとも、俺と仕事をしている間は許さないと思ってほしい。必要なら、契約に含めようか?」
文句をつけたいところだが、喉が痛くて声を出すのが面倒極まりない。背中に顔を預けながらも、不服を示すように首を動かした。
「………あのなぁ……心配しなくても、俺以外だって君の世話を嫌がるような者などいるものか。我等が大望……一族の存続のために生まれる究極系が、とんでもない偉業じゃないなんて保証は何処にもないからなぁ。見た目が怖い、雰囲気が怖いで怯えるような者はうちにはいらない」
事もなさげに、そいつは人間を切り捨てる宣言をしていた。普通の人間から見たらきっと情がないだとか怖いだとかいうのだろうが、こういう冷徹さと打算があるからこそ俺は気に入られているのだとも思う。俺は、こいつにとってこれ以上なく役に立つ。それ以外に、こうしてわざわざ連れ戻しに来るほどの理由が思い当たらなかった。>>91
「……なんだ?違う理由かな?」
歳は大して変わらないのにこうして子供のように扱われている気がするのは、取引相手として文句が言いたいところである。そう思って口を開いたが、依然喉は痛いままだったので必要最低限だけを述べる事にした。
「………いつものこと…放って、おけば、治る……手間の無駄、は、必要ない」
「君なぁ。いつも偶然大丈夫だっただけで、これから本当に駄目な時が来るかもしれないだろう。そうなったとしたら非常に寝覚めが悪いから、俺は何度だって探しに行くからな。手間の無駄を惜しむなら、落ち着いて寝てもらおうか」
口を開いたせいか、余計に全身が苦しくなった。反論したいのは山々なのだが、もう諦めて寝てしまいたいほどに今日の調子は最悪だった。こういう状況は情報処理の効率的にも非常にまずい。
「……本当に俺の事を考えて手間を省きたいのなら、是非とも完治して元気になるといい。……理由が理解できないなら、利用するためだということでいいから」
最後の言葉は聞こえないと思って言ったのだろうが、俺の耳は余計なことを聞きつける事に関しては一級品だったので一言一句逃さず聞こえていた。
あの時は何を言いたかったのかよくわからなかった。けど––––
***>>92
「……他の奴らに何言われるかは知らんが」
西行が物陰に潜むような姿勢で背中を丸めると、艶やかな黒髪が腿の上に散った。
「助けられる気がない奴を助けるなんざ不可能だ」
だから、仕方ない。
あの時のことも、あの時のことも、あの時のことも、あの時のことも。今回のことも。
一切合切仕方がない。そういうものなのだ。だから、誰一人だって悪くはない。悪いとしたら自分だけ。
「……問題はこれからの身の振り方だな。旅時代とは違うから、嫌んなったら離れりゃいいってわけにゃあいかねェ」
いかないから、今までみたいに逃げることもできない。
「……………やだなぁ」
通信越しに流れてくる声に耳を傾けることも煩わしいと思いつつも、全部投げ出すわけにもいかない。そうして、西行は膝を抱えていた。……有り体に言うと、拗ねているのだ。なまじ大抵のことはやりたい通りにできる故に、そういうわけにもいかない他人の思想に関わる問題に関しては投げやりになりがちなのが西行の欠点であった。
通信機の向こうからは、女性の泣き声が流れてきている。
生来、西行は愁嘆場が嫌いである。周りの人間が感情に塗れるたびに、その場に入り込めないという疎外感だけが増していく。共感しているふりというのも気が乗らねど、しなければひとでなしと謗られる。そんないるだけ損の場というのが、彼の「辛い場面」への認識だ。
なので、通信機の向こうの彼女がこちらに「謝りに来る」と言った時も、驚いたり怒ったりする以前に「どうしよう」という困惑が勝っていた。
助けを求めてくれなかった相手に、助けを求めなかったことを謝罪に来られた事などない。ならば、どう対応するのが正解なのか。
その疑問に解をつける前に、彼女は此処にたどり着く。着いて、こちらに頭を下げる。
そうなれば、彼にできる事は「わかりました」と言って治療に戻る事だけだった。>>89
「……いや、強いていうのなら。もう二度と会う機会がないことを、ライダーは切に願うよ」
というわけで、戦闘終了でお願いします。
ライダー陣営はこの後、ライノの泊まっているホテルに荷物を取りに戻ります。
他の方々、リレーの続きをお願いします。アサシンの消滅、そして聖杯戦争の敗北を悟ったウィリーは一人、誰もいない路地裏を闊歩していた。
月がいつまでも空から無くならないように、彼の顔には一切の焦燥も浮かんでいなかった。今はただ思考にのみ集中させる。
「解析した暁には蒐集してやろう」
左手の内側には一画だけ、令呪が残っていた。聖杯戦争の環境下でしかまず手にできないそれは他の魔術とは比べ物にならないほどの希少性があるはずだ。
この伏神の土地においての聖杯戦争が終わるまでに解析する必要がある。
「………」
そうしてウィリーが拠点である廃ビルに向かって歩を進めている時だった。
何かの違和感を覚えたウィリーは足を止めて振り返る。
「何だ…?」
胸の奥がざわつく。
誰かにつけられているわけではない。気配を遮断できるアサシンはもういないはずだ。
だが、何かがいる。油断せず周囲を警戒し、魔術回路を起動させる。対物ライフルの銃弾であっても弾き返せる障壁をすぐに展開できるようにするためだ。
恐らく銃を構える時間は無いだろう。ウィリーは冷徹な視線を路地裏の奥へと投げかける。>>95
「………」
痺れを切らしたかのように、突然それは現れた。
暗がりから、影から、闇から、姿を見せる。いや、それを姿と言っていいのかわからない。
一つだけ確かなのは、ウィリーが一番会いたくない相手だったということだ。
「………!!」
詠唱をするために出すはずだった声が詰まる。手が意識とは逆に震えだした。
あの時英霊ですら喰らおうとした正体不明の脅威が、スコープ越しでは無く目の前にいる。魔術師然とした鋼の理性を持ってしても、意識を失わないようにするので精一杯だった。
全く知らないのならまだ良かった。一度、それを見たことがあるという『記憶』こそが恐怖の温床となり、彼らは増殖を繰り返す。
「 」
影は言葉など使わない。
ウィリーの周囲を静かに取り囲む。純然たる捕食の意思だけを剣のように突きつけた。
「ふざけるな…!!」>>96
ウィリーは逃走を選択した。自身の肉体へと強化魔術を多重に詠唱し、人類が本来出せるスピードを遥かに超えた速度で路地裏を抜け出す。
この辺りの土地勘なら全て頭に入っている。最短ルートで廃ビルに転がるようにして入り込むと、そこで始めて振り返った。
殺.風景な深夜の車道には誰もいない。
「 」
当然だ。
廃ビルの中に、既にそれはいたのだから。無駄な足掻きを嘲笑うように影は動きだすがウィリーもまた同様だった。
「TURN・ON(目覚めよ)!!」
廃ビルに仕掛けてあった爆弾を詠唱によって起爆させる。万が一侵入者が来た時に備えてあったものだが、今がその時だろう。
一階から屋上までにある全ての『爆発反応装甲(リアクティブアーマー)』が連鎖的に次々と廃ビルの中で爆発していく。
「………ぐっ!!」
大きな破壊音と砂煙が一帯を支配する。殺.せたとは思えないが、それでもある程度は神秘の入った火薬なのでダメージは与えられたはずだ。
命の危機があるというのならもうこの街にいる意味はない。令呪は惜しいが、本懐を果たせなくなる事が最も恐ろしいことだ。
ウィリーは時間を稼いでいる間に急いで逃げ出そうとする。>>97
だが。
「 」
「 」
「 」
「 」
影はウィリーを囲む。それは遊びの時間の終わりを告げていた。
全ての方向から瞬く間に手が伸ばされ、彼の全身を強く握りしめた。
「が、ぐ、ぅう…!!」
叫ぶ事すら許されず、視界が全て黒く染まった時、ウィリーは無限に広がる別世界の入り口を見る。
そして彼の手だけは、何かを掴もうと最後まで空へと向けられていた。
人の欲に終わりは無いが━━━━
「俺は、まだ…何も…!!」
━━━━死ん.でしまえばそこまでだ。決着がついてから数分後。
怪物はその身を正義の光によって吹き飛ばされ死んだが、怪物の核となっていたアサシンはまだ生きていた。
「はぁっ…はぁっ…」
最も、下半身が無くなり地面を這いずる力さえ残っていない者を生きている、というのが正しいかはわからないが。
「ここ、までか…」
時間が来たようだ。アサシンの上半身が光の粒へと変わっていき、空へと溶けていく。自分が為したいことは為したのだからもういいだろう。
未だに喧騒が絶えない街を見下ろすとふと、何気なく生前を思い出そうとした。
ガスマスクの怪人を作り出したあの田舎町。100年近く時が経った今でも残っているのだろうか。
と、ここでアサシンはあることに気がついた。
「あれ…?誰だっけ私…?」
過去が、思い出せない。自分の名前も、親の顔も、どうやって死んだのかも、どうして怪人となって犯行を繰り返したのかも全てが靄にかかったようだ。
僅かな記憶にすら手が届かない。>>99
「あーそうか…」
簡単な話だ。
英霊としてのマッドガッサーは、『あの街で暴れ回った正体不明の怪人』という人々の憶測の情報だけが全てであり中核だ。そこに経緯や過去は一切合切不要なのだろう。
「とりあえず知らない人たち沢山苦しめた分だけ知名度、上がってるといいなぁ…」
今更動揺などしない。周囲から愛された善人の死期のように穏やかな声色でありながら、腐りきった根本は変わる事なく。
「そしてマッドガッサーはぁ…またいつか、帰ってくるぞ!!!」
そう言い放ってようやく現世から闇へと退去した。
ガスマスクの下に顔があるかは、誰にもわからないままだが━━━
━━━あるとするなら満足げに笑っていたのだろう。「さて、どのような方が来るのでしょうか…。楽しみですね。それにしても、月が綺麗だ」
今己が居るのはペレグリヌスベース、通称ぺレス島。その倉庫街と港をつなぐ中心…から少し離れた場所にある半ば朽ち果てられた廃工場である。この聖杯戦争が開始される少し前に不祥事があったらしく、現在は人の往来が減った…というような事をマスターである刹那様から聞いた。立体駐車場や陳列しているコンテナなど、ぺレス島の工業の賑わいがある程度うかがえる光景である。
さて、ではなぜ己がそのような場所に佇んでいるのかと言えば、それはひとえにマスターである刹那様からの依頼だからである。
◆◆◆
「ほほぅ…、これがサタンのスペックなんだネ!結構色々出来て便利そう…」
己のステータスを確認し、興味深そうにうなずく刹那様。持ちうる能力、つまり己の宝具や刹那の魔術といった部分を確認しあい、方針を決める、という流れになった。聖杯戦争に参加するに辺り、我がマスターはまぁまぁ戦略眼を持っている、と考えてよい気がする。
そうして最低限以上のコミュニケーション…すなわちお互いのどうしても嫌な事やしたい事などを開示しあい、己は他のサーヴァント、ひいてはそのマスターの能力などを把握する為の威力偵察を行い、その間にある程度なら自衛も出来る刹那様は此度の聖杯戦争を管理する監督役に挨拶する為に聖堂教会に向かう、という事になった。>>101
◆◆◆
さて、まずは周囲にある程度のサーヴァントの気配を感じるまでぺレス島を歩き回り、気配の感知や丁度よい戦場になりそうなココを見つけ、威圧による敵寄せを行った、という訳です。とりあえずは挑発にかかる方がいないか、待ちの一手、といった所でしょうか。ふふ、なんて冗談を言っている間に、他のサーヴァント様が来ましたね。
「なんだぁ?挑発、戦闘の誘いを行うサーヴァントがいるんで来てみたら、案外貧相な恰好じゃねぇか。待ってやるから、マスターに頼んで治癒でもして貰え」
「お気遣いには感謝いたします。が、この傷は己の誇りのようなモノでしてね。最初から保持しているものですから、治癒も何もないのです。さて、その闘気。セイバー或いは三騎士のいずれかとお見受けしますが、如何でしょうか?」
まず相対する事になったのは、獣のような戦士と、少々不安げな雰囲気を身にまとう少女。ふむ、なかなか良き試練のようですね。立ち塞がれるのが楽しみです。
「さてな、そんなのは戦闘じゃどうでもいいだろ?それがアンタの全力を出せる状態だってのなら是非もねぇ、人気もねえし、さっさとおっぱじめようや」
そういって構える己と戦士と己。構えるは剣と拳。己が行うべきは威力偵察。手のうちは出し過ぎない方がいいでしょう。まずは徒手空拳で…
「がっ…!?」
視点がブレる。頭部がクラクラしますね。角の一部が抉れた、ですかね?威力。そして痕跡から見るに狙撃でしょうか。暫定的ですが、アーチャーも釣れたというのは大きな収穫と言えましょう。
「着弾などの状態から推理するに、そちらですかね?」
腕を振り、予測した狙撃地点に向けて黒雷をいくつか放つ。相手に当たるかは二の次であり、牽制が第一目的だ。目の前の剣士から目を離す訳にもいかない訳ですし、ね。さぁ、己と彼と、まだ見ぬ貴方で、互いの試練を始めましょうか。「■■■■■■■■───ッ!?!?!」
ライダーの一矢 ……宝具が、バーサーカーの霊核を打ち砕き、フラカンの霊基が崩れ落ちる。
堕ちた神霊であれど、核を破壊され、要となる契約者(マスター)を喪ったとなればこの後に待ち受ける未来は消滅のみだ。
(あぁ……消える、我が……消える)
他の者からすれば狂戦士の英霊(サーヴァント)の消滅に過ぎないが、フラカン自身にとって、この終焉は異なる意味を持つ。
本来、フラカンの意識は星を放浪する残留思念であり、偶然にも狂戦士として召喚されたハリケーンという霊体に寄生するカタチで自身を聖杯戦争に参加する一騎であると定義付けていた。
つまり、フラカンは聖杯に呼び出された座の英霊ではなくそれ以前から世界に漂っていたモノだ。
そして、狂戦士の霊基と複雑に癒着してしまったその自我は、霊核の破壊と共に致命的な破損を受けてしまっていた。
聖杯戦争のサーヴァントであるハリケーンのみならず、神代から原題まで生き長らえてきたフラカンの意思もまた世界に溶けようとしてる。
仮にフラカンという存在が再度世界に出現したとして、ソレは世界に合わせてカタチを変えた存在、今まで保ってきた自我とは異なる存在となっているだろう。
(神代から、零落して尚、消え果てることを拒んだというのに……よもや、死者の影法師如きに……)
自身にとって疎むべき神性を有するサーヴァントによって討ち取られたことにフラカンは屈辱を感じていた。
(我は何を間違えた……何故……)>>103
残滓となってまで意識を保ち続けたはずの自身がどうしてこのような目にあっているのかと、思考を巡らせる。
そして、幾度となく思考の中に去来するのは猜野 芽衣の姿であった。
(クハハ、 神代の終わりから数千年の放浪……そのうち、たったの二日に過ぎぬ時間で……我は満たされていたというのか……)
数千年間、執着した筈の自己さえ投げ出してしまうほどに……。
誰よりヒトを拒んでいた筈の神(フラカン)が、よりにもよって芽衣(ヒト)に満たされていたのだ。
結局のところ、誰かと共にありたかったのだ。忘れられたくなかったのだ。
それに気づいた時には既に後戻りは出来なくなっていた。
だから、ここから先に吐き出されるのはただの虚勢だ。
(芽衣は我という万能(カミ)を手にしながら、それを手放した……覇久間の聖杯とやら、我すら翻弄した貴様という万能(カミ)に、人間共がどのような所業を成すのか……せいぜい楽しみにしているが良い、クッ クハハハハ!!)
覇久間における聖杯戦争、四日目にして遂にサーヴァント一騎が脱落した……。>>104
(私は……台風からはじき出されて、それから、どうなったんだっけ)
令呪の行使後、魔力消費と風雨による体力低下により失われていた、芽衣の意識が覚醒する。
夏美達に後を託したはずだが、自身がその後どうなったかについては覚えていない。
「目を覚ましたか、バーサーカーのマスター」
「……ッ!?」
目を覚ました芽衣を待ち受けていたのは先日の戦いで邂逅した、上から目線で全てを品定めするような褐色の男。
「わ、私を……助けてくれたの?」
「あぁ、凡俗の人間如きを拾い上げるなど業腹だが……貴様も聖杯戦争のマスターだからな」
そう告げて、男は芽衣の手の甲を見遣る。
男── ゲーティアは狙っているのが芽衣の令呪であることは明らかだった。
芽衣はゲーティアの動きを警戒し、身構えるが……>>105
「……ッ痛 !」
突然、眼が疼き出して痛みが走る。
それは芽衣の持つ“天気を読む”異能 晴眼が発動する前兆であった。
芽衣の眼は、望む望まないに限らず近い未来の空模様を映し出す。
日常的にも起こり得るが、突発的な痛みを伴う場合は余程の異常気象である確率が高い。
それを覚悟し、芽衣が覗き込んだ空の景色は……
(何、これ……?)
“視た”はずの空の景色が、何であるか理解出来ない。
そんなことは芽衣にとってははじめての事だった。
天気に精通し、フラカンという災害と共にあった芽衣ですら察せない『何か』。それが空まで届いている。
或いは他の魔術知識を持つマスターであれば理解出来たかもしれない。
だが、理解出来ずともソレが先のフラカンの暴走に負けず劣らずの厄災であることは芽衣の“眼”にも明らかだ。
そして、芽衣が“視た”景色には、ソレだけでなくゲーティアと同じ褐色の少女……アサシンの姿が映っていた。>>106
「……今のは、何? 貴方と一緒にいたあの娘は、一体何をするつもり……?」
「千里眼や占星術とは異なるが、予見を可能とする眼か、煩わしいな」
「質問に答えて!」
「コチラに答える義理がない。 貴様はただ残った令呪を差し出せば良い」
「私達みたいにまた覇久間を巻き込むつもりなら、令呪は絶対に渡さない……!」
「では月並みだが力尽く奪わせてもらおう。 使い魔の無い人間にどう抵抗できる」
ゲーティアが腕ごと奪い取ろうとするように芽衣へと迫る。
彼の言う通り、サーヴァントを持たない芽衣には抵抗する事が出来ない。
それでも、皆が各々の想いで覇久間を守るため奮闘した事実を知っている芽衣は、また街を巻き込みかねない存在に対して気丈に睨み続けていた。
ゲーティアの魔の手が芽衣まで届こうとした瞬間……
「セイバー!」
「えぇ、分かっているわ!」
かつて芽衣を狙った刃が、目前のゲーティアに向かって振り下ろされた。>>107
「不意打ちとは、最優の騎士が聞いて呆れるな」
ゲーティアは悪態をつきながら、刃を躱す為に芽衣から手を引いた。
「生憎と、暗躍は其方だけの特権ではありません。 事が動くとしたら全員が対バーサーカーで消耗したこの瞬間だと思っていましたよ」
刃が向かってきた方向から一人の男が姿を現す。
アレン・メリーフォード。セイバーのマスターである私立探偵だ。
その傍には当然ながらセイバーのサーヴァントであるオードリー・ヘップバーンも控えていた。
「それで、どうしますか? 貴方が彼女を狙うのであれば、僕達は二つの理由で彼女を護り、貴方と戦う覚悟もありますが……」
「私も構わないわ。 バーサーカーとの戦いでは他のサーヴァントに役どころを持ってかれてしまって不完全燃焼ですもの」
徹底抗戦の姿勢を見せるセイバー陣営に対してゲーティアは嘆息した。
「魔力のリソースを得る為に戦い、魔力を失うなど割に合わん。 先に貴様らに手を出してアレにとやかく言われるのもあまり気分がよくない」
そう告げると、ゲーティアは拍子抜けするほどアッサリと身を退いた。>>108
「大丈夫ですか、猜野芽衣さん?」
ゲーティアの撤退を確認すると、アレンは芽衣の元へと駆け寄ってきた。
「えっと……貴方はどうして私を助けてくれたんですか……?」
今まさに命を救われたとはいえ、一度は命を狙われた相手であるため、警戒を緩められない芽衣。それに対してアレンは……
「窮地の淑女を助けるのは紳士として当然、などと言えれば格好もつくのでしょうが……ひとつは彼の陣営が新たな令呪(リソース)を獲得するのを妨害するため。そしてもうひとつは……」
一旦、話を区切ってからアレンは自身の携帯を取り出し、芽衣へと差し出した。
「探偵としての仕事です。あなたのお姉さん……猜野聖さんから貴女を捜索するように、と依頼が来ていましてね。 電話、繋がりますよ?」
「……聖が?」
聖の行動によって九死に一生を得るカタチとなり、芽衣ははじめて純粋に姉に感謝した。5/1 狂陣営 『九死に一生』 了
アレンにより救助された後、芽衣は一時的に覇久間の教会にて保護され、聖杯に回収され令呪が消失したのを確認した後に教会から去った。
一度参加した以上、最後まで事の行く末を見守るべきかとも考えたが、自衛の手段を持たない芽衣では徒に身を危険に晒すだけである。
それは自身の命を救ってくれた夏美やアレン、他のサーヴァントに対する恩を無下にする行為だ。
故に芽衣は早急に覇久間の地を立ち去るという選択を採った。
(猜野本家のゴタゴタに巻き込まれるのも、勘弁したいところだしね……)
先のバーサーカーの暴走で、仮にも猜野の代表であるマスターがサーヴァントを制御化に置けていなかったこと、またソレを秘匿していたことについて教会や蒲池の家から問い詰められているらしい。
芽衣にも当事者として申し訳なさを感じつつも、自身も猜野の策とフラカンの存在に巻き込まれたようなモノであるため、わざわざ擁護する気にはなれなかった(何より魔術の話は専門外。魔術師同士で話し合うべきだろう。)
「夏美ちゃんとキチンと話せなかったのは名残惜しいけど……」
彼女もまた聖杯戦争の参加者であり覇久間における御三家の魔術師。
夏美にとっても今が大事な時期なため、芽衣が余計な気を遣わせるワケにはいかなかった。
(……頑張ってね、夏美ちゃん)
先日見た“未来の空模様”を思い出し、僅かな不安が過ぎり、芽衣は夏美達の無事を祈った。>>111
「芽衣〜〜〜!!」
色んな事を思案していると、遠くから軽自動車が芽衣に向かって走ってきた。
車から聞こえてくる声の主はアレンの連絡によって、芽衣を覇久間まで迎えに来た、姉の猜野聖であった。
「芽衣! 怪我はない? 体調は……っていうか生きてる!? 足はある!?」
「聖、うるさい。」
「だって、芽衣が何日も連絡くれないし、猜野の本家も知らないっていうし……私のせいで芽衣の身に何かあったらって思うと……」
やたらめったら喋る聖にウンザリしつつも、芽衣はその反応が何も大袈裟なモノではないと気づいていた。
一歩間違えたら、というよりも助かった方が奇跡的な状況だったのだから。
それから芽衣は覇久間で何があったか、かいつまんで説明した。
聖は半信半疑と言った様子だったが、芽衣からするとストレート全て信じ込むよりは余程安心出来る反応だった。
「まぁ、でも……私が普段研究している超能力者(ヒト)達も、そのカミサマとそんなに変わらないのかもなぁ……何処か理解を求めていて寂しがり屋だ」
「そう、かもね……」>>112
聖の意見に芽衣は曖昧な返しながらも同意した。
芽衣は聖の言う超能力者にはあったことはないが、フラカンが何より理解者を欲して共に在りたかったというのはよく分かっていた。
「ねぇ、聖。しばらくこういう依頼とかの連絡はしてこないで」
「……もしかして、というかやっぱり怒ってる?」
芽衣の呟きに、聖は恐る恐ると言った感じで問いかける。
その問いかけに芽衣は穏やかな口調で返す。
「ううん、そういうことじゃなくて……ちょっと、もう一度また一から勉強したいなって……」
結果の出せない自分に絶望しても、誰かのスター性を羨望しても、やはり幼い頃に見た「お天気お姉さん」になるという夢はまだ芽衣の中で燻っていた。
折れても、挫けても、自身の想いを欺いてしまえば、やがて自分自身も見失ってしまう。
それを知っているからこそ、芽衣は前を向くしかないのだ。
フラカンを呼び出した芽衣の、法では裁かれない罪もまた、それを抱えて生きることでしか贖うことは敵わない。
「どんな心境の変化があったか、私には分からないし……芽衣なりに辛かったんだろうね。でもさ、今の芽衣……いい顔してるよ」>>113
「そうかな……?」
「でも芽衣、辛かったらすぐお姉ちゃんに言ってよ」
「うん。ありがとうお姉ちゃん。」
斯くして、猜野芽衣はマスター権を放棄し、万能の願望器を手にする機会を失った。
5/2(土) 雨上がり/エピローグ 了「―――匂いが、するわ」
召喚から数十分。ホテルに向かう足取りの最中、弓兵(アーチャー)――――パウサニアスはそんなことを口にした。
正確にはアーチャーの持つ理性蒸発の効果だったのだが、今の2人は頓着していなかった。
アーチャーは自身の感覚に自信があったし、そのマスターは、アーチャーの勘を信用していた。
弦には確信があった。目の前は少女は狩人という共通点によって召喚されたのだろう。
が、その確信は脆くも崩れ去ることになる。
「いたわマスター! 早速行きましょう!」
遠距離も遠距離、まだ気づかれていない相手に、少女は突撃を決めようとし。
「―――いい加減にしろよ。餓鬼」
次の瞬間、流れるような男の動きに抵抗できずに捕らえられた。>>115
銃口を喉元に突きつけ、人の姿をした獣は唸るように告げる。
「お前は何だ? 狼か? 狩人か? その銃は飾りなのかよ、ああ?
別に強制をするつもりはねえが……英霊(せんし)として戦場に立つなら矜持を持て。
狼なら獣らしく、狩人ならクレバーに――――好きにしろ、どちらでもいい。
―――どっちに転ぼうが、俺にとっては同じことさ」
静かな、それでいて確かな怒りを内包した男の声。
それに真正面から対峙した少女は。
「そんなの……わからないわ……だって、考えたことがないんだもの……」
涙ながらにそう吐き出した。
召喚当初の獰猛さはどこに消えたのか。今ではどこにでもいる―――景伏弦の娘と同年代の少女にしか見えない。
「……泣くなよ。ああ、悪かったよ。餓鬼っつうのは言いすぎた。
まずは深呼吸しろ。それから、泣くのをやめて銃を構えろ。
アーチャーっていうくらいだ。構えるくらいは出来るだろう。
わからんって言うなら教えてやるさ。獣としての戦い方も。戦士としての戦い方も。
だから……もうそんなに泣くな。可愛い顔が台無しだ」>>116
ポケットから取り出したハンカチで少女の涙を拭き取りながら、先程までが嘘かのような柔らかい声で弦が語りかける。
子供は苦手だ。我が子ならともかく、他人の子となるとやりづらい。
それが泣き出したのだというのだから、今の彼にとっては手に負えなかった。
景伏弦は人面獣心の戦士である。
暴性に乗じて全てを破壊し尽くすことも、敵の裏の裏まで読み尽くすことも、彼にとっては児戯に等しい。
死神と呼ばれた狙撃手がいる。
殺人機と呼ばれた傭兵がいる。
戦技の教導は、彼にとっては最も簡単なコミュニケーションだった。
ここは既に戦場となっている……少なくとも、泣いている子供相手に右往左往するよりは、強引にでも自分の得意な領域に引きづり込む方がマシだろう。
「そうだ。それでいい。今はまだ待てばいい。撃つべきタイミングってやつは相手が教えてくれる。
お前はただその時を待てばいいんだ―――よし! よくやった!」
男が内心でガッツポーズをしたその瞬間。
「マスター! 避けて!」
狙撃手(しょうじょ)は悲痛な叫びが、戦場にこだました。>>118
以上です競走馬か原動機付自転車もかくやの速度で疾走する銀河と、それに隣り合って飛行するカーペットに乗ったキャスターとセイバー陣営。
「──────いた!あの時のサーヴァントと…………何、アレ……?!」
「アレは…………!『降臨者(フォーリナー)』!?」
ビルの屋上で戦闘する二体のサーヴァントを見つけたキャスター陣営は、アサシンと思しきサーヴァントと相対する『アーチャーらしきナニカ』を見て驚愕する。
「フォーリナー……余所者?」
カーペットに乗ったハリーが、小首をかしげ聞き返す。
エクストラクラスにアヴェンジャーやルーラー等がいるとは聞いたがフォーリナーというクラスなど聞いたことがない。
「フォーリナーは虚空より来たるモノ……夢見るままに待ちいたる神……要はこの世のルールを外れた存在だ」
「故にフォーリナー、か…………って、アレ?キャスター普通に喋れてないか?!」
今まで気がつかなかったが、銀河の翻訳を通さずに会話ができていることに驚くセイバー。
「制限が解けたんだ…………………………相手が相手だからな」
彼女の言葉を聞いて、セイバー陣営も気を引き締める中、銀河は今朝のキャスターとの会話を思い出していた。>>120
@@@
「《マスター、調子は大丈夫か?》」
「あ、うん!大丈夫!一日寝たからぜんぜんへーき!!」
「《……マスター、君に私の宝具が持つ力を教えておくよ》」
「宝具、って確かサーヴァントが持つ必殺技みたいなモノだよね……」
「《そうだ…………私の宝具は二つ、この世ならざるモノを討つ為の方法が記された宝具、それを用いて人外の存在を封印する宝具だ。この世界のモノで無ければ更に効果は高くなる》」
「……私がキャスターを召喚できた理由に関係してるんだよね」
「《………………………………そうだ》」
「……そっか、やっぱりそうなんだよね」
「《もし、私がこの宝具を使用するときは約束してくれ。『君は、責任を持つな』》」
@@@
「……………………むちゃ言ってくれるなぁ」
ぼそりと、か細く呟いた一言は風の音と近づく戦闘音にかき消されていった。>>121
第■回投下は以上です。
やっっっとできた!!!!とりあえず開戦までの流れが出来たので、投下します
無事にセイバーを召喚した私は、召喚陣などの周囲の片付けや魔術の痕跡を消す隠滅作業をしていた。
「……ふぅ、血痕はこれで大丈夫ね。あとは────」
「なあマスター?」
ふと、後ろで見ていたセイバーから怪訝そうな声で話しかけられた。
「見てて思ったんだけどよ、そいつはマスターが片付けなきゃいけないもんかい?」
「いえ、必ずしもやらなければならないことではないですけれど……。」
「ならそんなもん、監督役にでも押しつけりゃいいじゃねえか。わざわざマスターがやる必要あんのか?」
「それはそうですけど……。でも、監督役のメイベルさんは私とそう歳は変わらないように見えましたし、そんな子にあまり負担は掛けたくありません。私個人で出来ることがあるなら、出来るだけメイベルさんを頼ることがないようにしたいんです。」
先刻会ったシスターの少女─────メイベルの姿を思い出す。
私ですら『クー・フーリンのマスター』という大役が務まるかどうか不安で仕方がないのに、彼女は『聖杯戦争の監督役』という私よりも何倍も重く難しい役目を背負っている。もちろん一概にどちらの方が辛いかなんて語れるものではないけれど、それでも彼女の方が私よりも忙しいのは確実だろう。
それならば、出来るだけ彼女に迷惑はかけたくない。私個人で完結できることならば、私個人でなんとかできるように努力するべきだろう。
セイバーが呆れたように頭を掻いて言う。
「まあ、なんだ。マスターがそうしたいなら好きにすりゃあいいさ。」
「セイバー……。」
「とはいえ、今みたいなのんびりとした時ならいいがな、本気で俺がヤバいって思った時はマスターの意思に関係なく引っ張ってくからな?」
「……ええ、分かりました。その……ありがとう、セイバー。」
私は謝意をこめてセイバーに頭を下げる。
「別に感謝されるようなことじゃねえよ。オレはサーヴァントだからな、出来る限りマスターの意思は尊重するだけさ。」>>124
「それでも嬉しいです。あなたほどの英雄がここまで私に歩み寄ってくれるだなんて、正直思ってもいなかったから。」
これは私の勝手な想像だけれど、基本的に『英雄』と呼ばれるような人達は周りを振り回すものだと思っていた。もちろん大なり小なり個人的な思惑とかもあるかもしれないが、それでもやはり神話や歴史に名を連ねるような大人物ほど周囲の人間を振り回しているという印象が強くある。
名を挙げるのであれば、たとえば一代でマケドニア帝国という巨大な帝国を築き、世界に大きな影響を与えたヘレニズム文化を作り上げたアレキサンダー大王。
元々の自領の国民だけではなく、敵国の国民すら魅了し心酔させ巨大な版図を作り上げただけでも凄まじいけれど、それ以上にインドの更に果て─────この場合は現在の地図で言うなら中国あたりが妥当だろうか─────を目指そうとする王に将官や兵士が反発するまで誰もがかの王の背についていったというのは驚嘆すべきことだと思う。それほどまでに魅力に満ち溢れ、そして正負どちらにせよ事を為す人物であったという何よりの証拠だ。
マケドニア帝国そのものは高熱で床に臥せたアレキサンダー大王が最期に遺した言葉、『最強の者が国家を継承せよ』の一言が原因で分裂してしまうが、逆を言えばもしアレキサンダー大王が床に臥せず存命していたのならマケドニア帝国の分裂はもっと先の話だったとも言えると思う。
他にも例を挙げるならば新大陸を発見したクリストファー・コロンブス、フランス革命の後に市民からの支持を得て皇帝となったナポレオン・ボナパルト。日本でならば、第六天魔王とも並び称された織田信長、農民から太閤にまで上り詰めた豊臣秀吉あたりがそうだろうか。
兎にも角にもそんな人物ばかりゆえか、本で読み知り出来る範囲の中で私の中の『英雄』とは即ちそういう存在なのだ。
多くの人々を魅了し、惹きつけ、夢を見せ、そして大事を為す者。
それこそが『英雄』なのだと。
だから、クー・フーリンほどの大英雄が私の意思を尊重してくれるだなんて、とてもではないけれど考え付かなかったのだ。>>125「そんなに不思議なことかねえ……。」
「私はそう思った、というだけのことですよ。きっと他の人なら違う感想を持つと思います。」
「ま、こちとら仕事で来てるようなもんだからな。なら、雇用主に従うのは当然だろ?オレにはその辺のこだわりみたいなのが無いからな。どんな善人だろうと、どんな悪人だろうと、基本的には従ってやるさ。まあだからってなんでもかんでも従うってわけでもないんだが。」
「分かってます。あなたにはあなたなりの意志や信念があって、それに私が反さない限りは見逃してくれているだけなのですよね?」
「そういうことだ、よく分かってんじゃねえか。いや、分かりすぎてるというべきか?」
「そんなことはない、と思うけれど……。」
でも確かに小学生だった頃の周りと比べられると、よく『黒鳥さんは物分かりがいい子ね』などと言われた回数は多い気がする。
同時に『黒鳥さんは周りの子より大人びてるのね』なんて言われたことも多かったと思う。
でもそれはそう見えただけ。
あの時には、もう、私は────────
「……っ!」
目に、涙が浮かびかける。あの日のことを思い出したから。
幼い私が、無邪気に兄から何もかもを奪って、そして『魔術師(この場所)』に立つことになったあの日。
あの日から、私が目指すべき道は一つとなった。
今回の聖杯戦争もそう。
私の意思なんて、介在する余地もない。
なのに、私は心を捨て切れないでいる。
魔術師には不要な物だと、何度も教えられているのに。
兄に対する気持ちを捨て切れない。
魔術師として不要な物のはずなのに、私はそんな気持ちを切り捨てられないでいる。>>126
そんな私の様子を不審がったセイバーが話しかけてくる。
「……どうしたマスター?」
「っ、な、なんでもないわ、セイバー。も、もう少しで片付くから待っててもらえるかしら?」
「おう。ゆったりと待っとくから、そんなに急がなくてもいいぞー。」
私は平静を取り繕い、残っていた隠滅作業を手早く終わらせ、荷物を抱えた。
「ごめんなさいセイバー、待たせてしまって……。」
「気にしてねえよ、マスターが必要だと思ったからやったことだろ?なら、その行動に胸を張りな。せっかくのスタイルが台無しだぜ?」
と、セイバーは私のお尻に手を伸ばして触ってきた。
「きゃっ……!?ちょ、ちょっと、セイバー……!」
「ははっ、なかなか良い尻してんじゃねえか!やっぱ美人ってのはこうでなくちゃな!」
「も、もう……!そういう冗談は嘘でもやめ──────」
私が否定の言葉を言い掛けた時、背筋にぞわりとした感覚が駆け抜けていった。
そして、瞬時に───────とても強い殺気を感じ取った。
「─────っ!?セイバー、今のってまさか……!?」
「ああ───────どうやらそう遠くないところに誰かサーヴァントがいるらしい。」
セイバーが武器を構える。
「行ってみるかいマスター?これが罠の可能性も捨て切れねえが──────」
「……行きましょう。どちらにしたって戦う相手の情報は必要だわ。」
ここで避けたところで、どのみちいつかは戦う相手─────敵なのだ。それなら手持ちの情報(カード)を増やすのに越したことはないはず。>>127
「決まりだな。それじゃ─────よっ、と。」
「え、わ、きゃっ……!?」
セイバーは武器をしまうと、軽々と私の体を両腕で抱え上げた。
「セ、セイバー……重く、ないかしら……?」
「重いどころかむしろ軽すぎるくらいだ。ちゃんと飯食ってんのか、マスター?」
「べ、別に人並みだと思う……けど……。」
真っ赤な嘘だ。私は本来自分が食べるべき物を、兄にいつも譲っている。そうでなくとも、元からあまり肉が付きにくい体質なのだけれど。
「それじゃ、しっかり掴まってろよ?一気にかっ飛んでいくからな─────!」
一瞬の間のうちに、セイバーが殺気の出処へと跳躍する。
しかしながら、サーヴァントが自身の力を引き出して跳躍……もとい移動するということは、即ちジェットコースターの最大瞬間速度を初速で味わうようなもので。
「きゃあああ.あああ.ああああ─────────っ!?」
私は情けない絶叫を薄闇の空に響かせたのだった。>>128
私とセイバーが殺気を追って辿り着いたのは、ペレス島の市街地からやや外れたところ。
廃工場、とでも言えばいいだろうか。
多くのコンテナが打ち棄てられたその場所に、セイバーに抱えられた状態から私は地面に降り立った。
そしてその場に似つかわしくない異形の様相をした─────それこそ『悪魔』という呼び方が相応しい姿をしたおそらくサーヴァントだろう青年が、私達を見つめるように立っていた。
「……っ!」
ただそこに立っているだけ。
にも関わらず、私の足は目の前のサーヴァントが放つ重圧を前に竦み上がっていた。そばにセイバーがいなければ、きっと膝から崩れ落ちていただろう。
セイバーが私を守るように前へ出る。
「嬢ちゃん、下がってな。」
「え、ええ……。セイバー、気を付けてね。」
セイバーに励を送り、セイバーの言葉に従い彼の後ろに下がる。
セイバーは剣を抜き、そしてサーヴァントと思しき青年を誘うように煽る。
「あぁ?なんだよ、『戦おうぜ』なんてこれ見よがしに殺気を垂れ流しにしてる奴がいるから来てみりゃ、ずいぶんと華奢で貧相な体つきの奴しかいねえじゃねえか。そのなりじゃ大方、テメェのクラスはキャスターかアサシンってとこか?チッ、ちょいとアテが外れたな。」
……煽りにしてはなんだか本音が混ざってるような気がしないでもないけれど、今はそれは置いておこう。
対する謎のサーヴァントはそれを何とも思っていないように、揚々と言葉を返す。
「ふふ、ご期待に添えずすみませんね。ですが、この傷は己の誇りのようなモノでしてね。最初から保持しているものですから、治癒のしようがないのです。」
そして、セイバーを挑発するように言葉を続ける。>>129「さて、その闘気。セイバー或いは三騎士のいずれかとお見受けしますが、如何でしょうか?」
「さあな。剣を持ってるからセイバー、なんて安直な考えはやめた方がいい。俺はランサーかもしれねえし、ライダーかもしれねえし、もしかすりゃあバーサーカーかもしれねえぞ?ま、戦いになりゃそんなのはどうでも良くなるさ。生きるか死ぬか───────あるのはただそれだけだ。」
剣を謎のサーヴァントに向け、構える。
「来ちまったもんは仕方ねえ。さあ、かまえな。テメェの素っ首……斬り落としてやるよ。」
「それが出来るものならすればよろしいと思います。まあ、不可能だと思いますがね?」
謎のサーヴァントも拳を構え、臨戦態勢を取る。
「はっ─────勝手にほざいてろ!」
セイバーが謎のサーヴァントに駆けようとした、刹那。
「がっ……!?」
「─────っ!?」
パァン、と廃工場に乾いた銃声が木霊し、謎のサーヴァントの頭の角が欠ける。
セイバーが念話をかけてくる。
「(どうやらもう一騎、この誘いに乗った奴がいるらしいな。)」
「(ど、どうしましょう……!?)」
「(落ち着けマスター。焦ったら、向こうの思う壺だ。周りをよく警戒しろ、今はそれだけでいい。)」
セイバーとの念話が切れる。
謎のサーヴァントの方を見ると、角の部分を押さえながらも狙撃された方向へと手を翳し、
「着弾などの状態から推理するに、そちらですかね?」
そう言って腕を振り下ろし、黒雷を数発放つ。
凄まじい稲光と熱が広がり、土煙が周囲に満ち、その黒雷の着弾点に僅かながら魔術で編まれた障壁を視認した。>>130
もう一つの陣営がそこにいるという証拠。
今ここに、一つの乱戦が幕を開けた。はい終わり!こっからは話し合っていきましょー
第■回投下します。
『亡くなられたのは来栖市桂町にお住まいの星野 亮さん……』
テレビからニュースが流れる中、アサシンとの視界共有で戦闘の様子が映し出されていく。
最初こそ此方が押してたものの、急にアーチャーの動きが良くなって膠着状態に陥りつつあるのが素人目にも見えてくる。
今も、振り払うような鎚鉾の一撃を避けたアーチャーがサーベルの乱れ突きを放ってくる。
ゲームによくある百裂突きを再現したかのようなそれをアサシンは鎚鉾で捌いていく……だが、後一歩が足りない。
ドゥフシャーサナが敵マスターの牽制で動けない以上、撤退するか令呪を使うかしかない……だが、この状況は程なくして動いた。サーベルの間合いから離れ、乱れ突きを凌ぎきる。
一時的に任意のスキルを獲得する能力を持っているらしく、技量差による優位は消えつつある。
だが、手の内を暴いてもないのに逃げる訳には行かないと俺は接近して鎚鉾を振るう。
やはり空を切るがこれは見せ札……現世のゲームとやらにあったサマーソルトキックなる技、それを再現したものが本命だ。
しかし、それすらも見抜いたかのように避けられ……着地の隙を狙おうとしたアーチャーを第三者の斬撃が襲った。
「っ!?……お前は!」
その斬撃をサーベルで受け止めたアーチャーは、斬り上げ、斬り下ろし、横薙ぎと続く斬撃を避けてそのまま距離を取る。
その視線の先に居た襲撃者は……セイバーだ。
「フォーリナー、貴女の存在を見過ごす訳にはいきませんので」
「フォーリナー?……一体何を言って……ごえっ!?」アーチャー、いやフォーリナー?のマスターがセイバーに問い掛けようとして、鞭のように束ねられた風の打撃に倒れた。
セイバーのマスターの仕業だ……この手際、相手を無力化するのに慣れてやがるな。
しかし、フォーリナー……エクストラクラスか?セイバーが嘘を吐いてないのは確かだが……まあ、奴の得体の知れなさを考えるとエクストラクラスのほうがしっくりくるな。
「よく解らんが、とりあえずだ。セイバー、今回だけは味方で良いんだな?」
「ええ、あのサーヴァントは危険です」
断言するセイバー……茅理銀河のサーヴァントが入れ知恵したか?まあ良い。
「ならば、合わせろ!」
アーチャー、いやフォーリナーとの距離を詰め、鎚鉾で薙ぎ払う。
大振りのそれを避けるフォーリナーだが、ドゥフシャーサナの援護射撃で逃げるルートは固定され、そこにはセイバーが居る。
セイバーが放つは袈裟斬り、横薙ぎ、唐竹割り……避けきったフォーリナーだが、その姿勢は崩れている。
その隙にフォーリナーの左手側に回り込んで跳躍、渾身の力で鎚鉾を振り下ろす。
咄嗟に奇妙な形状の笏を実体化させて受け止める。
だが、鎚鉾が笏をへし折り……いや、その衝撃すらも利用してフォーリナーが後ろに飛ぶ……なんて直感と思い切りだ。
だが、奴もそろそろ限界の筈。手にした鎚鉾が天井に突き刺さって新たなひび割れを作りながらも、俺はそう叫んだ。
それに応えるかのようにサーベルを投げつけるセイバー。
そのサーベルを叩き落としたフォーリナーだが、その頃には既にセイバーが距離を詰めていた。
そして、セイバーの手には新たなサーベルがあり、フォーリナーを切り裂かんとばかりに振るわれた。
最早、フォーリナーに打つ手は無い……筈だった。
「『深淵に吼えよ、不可無き皇帝(マイン・ポッシブ・バッテリー)』」
その時、悍ましい何等かの力で空間が歪んだ。
原理も過程も解らないままにフォーリナーは斬撃を避けて間合いを抜け出し、ドゥフシャーサナの目の前に現れてサーベルを横に一閃。
ドゥフシャーサナの上半身だけが衝撃で浮き上がってそのまま後ろへと倒れていき……その命と共に消滅する。
それを為しやがったフォーリナーの軍服には歪な五角形の紋様が浮かび上がり、背には触手が出現。
そして、その左手には人皮で装丁された本が握られていた。以上です。
さて、どうしますか…。先ほどの狙撃への反撃はしましたが、おそらく防がれた、少なくとも大きなダメージにはなっていない筈。己は着弾の衝撃で吹っ飛んだ頭部、そして負担がかかった首の調子を戻す為に、ポンポンと頭に手を当てつつ考える。仮定戦況はセイバーとアーチャーとの乱戦、となればあらゆる距離からの攻撃へと対応できる状況に己を置いておいた方がいいでしょうか。そうだとしても、今は『堕天・暁の明星(ルシフェル)』の権能だけを行使するべきでしょうね…。『戦嵐・異邦より来る悪獣(セト=アン)』は範囲も広いですし、まだまだ隠しておきたい手札です。情報改竄という己のスキルも過信し過ぎはいけませんし、あまり派手にやり過ぎて監督役様たちから睨まれても刹那様に申し訳ないですし。
「などと、考えている時間も無さそうですね?」
思案しつつも顔を上げると、そこには急加速によって己に近づき今にも斬撃を浴びせようと剣を振り上げる獣のような彼がいた。>>139
「おいおい、敵である俺を前にして余所見と考え事たぁ余裕だ、なっ!!」
気合いと共に、己に彼の剣が届く…。その直前に、己は両腕をドラゴンのそれに変え、頭部を保護するように掲げる。
刃物と龍の鱗がぶつかり合い、甲高い音が響く。その音と同時に、彼我は衝撃によって弾かれ、後退する。とその間、つまり先ほどまでどちらかの頭部が存在していた空間を喰らうように弾丸が通り過ぎ、コンクリートの地面を抉った。
「ふふ。先ほどは失礼しました。獣のように鋭い貴方。ええ、確かに試練の最中に他に気を移すなどいけませんね」
己がそんな事を言う間にも、獣の彼は剣を振り回し、追撃をしようと此方へ前進してきます。斬撃を主体に、蹴りや拳打などを織り交ぜ、流れるように吹き荒れるような一撃を絶え間なく己の肉体の芯や致命となり得るであろう場所にに叩き込まれようとしている。それに対して、己はドラゴンと化した己の爪と鱗を最大限活用し、手の甲や掌で衝撃を受け流し、前腕を鎧のように扱って防御。そして剣と体術の隙間を穿つように此方も爪による攻撃、そして電撃による射撃を行う。
そういった舞踏のようにも思える攻撃の応酬の間に、噛み殺さんとでも言わんばかりの銃撃が彼我の肉体を狙う。コレは軽装とは言え鎧を纏う彼の方が脅威度は低く、しかし避けながら己に対して連撃。
己も負けじと反撃を当てにかかる。しかし、後退しながらの行動はやはり大変ですね。拍子と言いますか、調子が狂いますから。そうこうしているうちに廃工場には破壊の嵐が吹き荒れる。コンテナや地面が斬り開かれ、或いは凹み。弾丸によって抉れたり、穴の開いている場所もあり、アスファルトの地面がまるで満点の星空のようですね。
と、いうような事を思いつつ、顔の間近まで降りかかった斬撃を大きく弾き、一度距離を取る。フフッ、やはり此度の試練も素晴らしいですねぇ。。。
「いやはや、汝様は素晴らしい試練ですね。そこまで強くない己としては非常に嬉しいです」>>140
拍手をしながら、眼前の彼と、此処にはいない暫定アーチャー様に向けて、拍手をしながら讃える言葉を放つ。正直言ってもう少しは拮抗できるかも、などと考えていたのでかなり素直な賞賛だったのだが、彼にとっては不快な言葉だったようだ。露骨に、という程では無いが、見て分かる程度には顔を顰められてしまった。
「なんだよ、妙な事言い始めやがって。聖杯戦争ってのに参加した割には、苦戦の状況でも笑顔たぁおかしなヤツだぜ」
「ええ、そうですね。己は、他のサーヴァントの方とはまた違った動機で参戦しているのでしょうし。しかし今の苦境では中々に己の本懐は遂げられません。と、いう事で。己は汝様とまだ見れない狙撃の何方かを両方等しく相手どる為、こうする事にしましょうか」
己の顔へと自然と浮かんだ微笑とともに、己の体はふわり、と浮かんだ。己の背中に在る翼によって飛翔を開始したのです。コレによって剣士である彼とはヒット&アウェイにより距離をとりつつ削り、常に移動する事で狙撃の何方かには狙いを絞らせ難くする、という戦略である。
「では、行きますよ。乗り越えて下さいね?」
そう言うが早いか、己の体は加速した。ドラゴンの爪による斬撃攻撃や同じく飛行開始と同時に生やした竜の尾を振り回し。無差別に、全方向に雷撃を撒き散らして戦場である廃工場とその周囲の土地を思い切り蹂躙する。先ほどよりも更に激しい斬撃と打撃、雷撃によって地面やコンテナが焼き切れ、立体駐車場の鉄骨が曲がり、己という試練を存分に世界に示す。縦横無尽の雷雨!斬撃と衝撃の嵐!ああ、己は、サタンは此処にいる!!…楽しい。やはり、己の力を振るい、試練そのものと成れるのはいつも己が領分や矜持を満たす感覚がして楽し
「…ん?」>>141
世界への敵対者として高揚した気分の中で、鈍痛が体に響いた。その痛みによって少しクールダウンし、ドクドクとした痛みの原因を見やると、腰から胸元にかけて斜めにバックリと斬り傷を負っている。丁度袈裟斬りの逆、と言えば解りやすいだろうか。どうやら先ほどまで主である儚げな雰囲気を纏う少女を庇いつつ回避に徹していた獣の彼が、変幻自在の跳躍によって己にその剣で傷をつけたようですね。「どうだ!!」と誇るような勝気な笑みが眩しい。だが、やはり跳躍。次の一手をどうするか、と悩ましくしかし楽し気な空気もまた帯びている。
「…ゴプフッ。…フフ、フハハハハハッ!!!」
口と胸元から、血が流れる。ふむ、当たり前ですが、かなりのダメージのようですね。”敵対者”の応用によってはまだまだ戦闘続行は可能かもしれませんが、思考の隅に「撤退」の二文字は置いておいた方がいいかもしれません。
「素晴らしい!!素晴らしいですよ獣のような汝様は!!ああ!やはり汝様のような人間が試練を乗り越えていく時はいつも心が荒ぶります!ああ、天上に御座す主たる貴方に、変わらぬ感謝を高らかに謳いましょう!ハレルヤ!いざ此処に、万雷の喝采と絶対的な祝福を!!喉が裂ける程に!声が掠れる程に!!アリルゥゥイヤァァッ!!!」
ああ、己は嬉しい!己は高まっている!威力偵察を、と仰った刹那様には悪いですが、己は今酷く感動しています。素晴らしい、褒め称えなくては!そう、我が力を更に披露して差し上げなくては!!…己の背後に、バチバチとゴロゴロと力が集まる。黒雷が、暗雲と共にやってくる。
「世界は愛に!試練に!悲しみ、怒り!そして喜びに満ちている…っ!!!──真名封鎖、宝具限定解放──『■■・■■□■(◆◆◆◇◆)』!!!」
そして己は、先ほどの小手調べに放っていたよりも更に威力の高まった雷撃を降り注がせた。
さぁ、どう防ぎますか!?見せて下さい。貴方の試練の踏破を!……そして。雷撃が地面に到達する前に。
廃工場に可憐な少女の「──真名封鎖、宝具限定解放──『■■■■□■■■■(◆◆◆◇◆◆)』ッ!!」という叫びが響いた。ああ、新しく試練の挑戦者がいらしたのでしょうか!?フフフフ、胸が躍りますねぇ!!第■回を投下します。
大会SS
「─────あ」
「止まるな!マスター!」
斬殺されたアサシンの姿に一瞬攻め手が止まった銀河へ襲いかかるも、触手が不可視の障壁に阻まれる。
障壁に弾かれ、あらぬ方向にいったそれはハリーの風の刃とセイバーの太刀筋に切り刻まれたが、すぐに再生。
「や、はり、この世界(ホシ)では……カラダが上手く動かない、な……」
ぎくしゃくと人形のような動きのフォーリナーが声を発するが、その声音はまるでコンピューターの合成音声のような───それでいて背筋があわだつような恐怖の疼きをかき立てる音色が含まれた───モノだった。>>144
「マスター……『アレ』はまだ使えるか?」
「…………正直不安はあるけど、何とか……!」
そう言って、銀河は何処からともなくピースを取り出した。
しかし、そのピースは通常のモノよりも大きく、シルバーのパーツを隔てて若草色と桃色の二色に分かれていた。
「十分だな」
そう言って、キャスターの体からは一冊の本が飛び出した。
「みんな……少しだけ、時間を稼いでくれ……ヤツを『封印』するッ!」
「「「OK!」」」
【NINJA PHASE!】
【心に忍ばす無慈悲な刃……………影に潜めば者と化す!】
銀河が銀色のパーツを回転させ、矢印を桃色側に合わせベルトに装填する。
それに危機を覚えたのか定かではないが、フォーリナーがサーベルを構え人知を超えた速度で迫る。>>145
「させん!」
それに対し、セイバーが放たれた剣閃と触手を文字通り切って落とし────。
「シッ……!」
─────いつの間にか懐に潜り込んだハリーの風を纏った拳ががら空きの顔面に突き刺さり、フォーリナーが大きくたたらを踏む。
「大変身(トランス・エボリューション)!」
その隙を突いて、銀河が詠唱(せんげん)。それと共に装甲が取り付き、障子戸が勢い良く閉まり少女を隠す。
「■■■■■■■■■■■!!!!」
全方位からフォーリナーがやたらめったらに触手を伸ばす、セイバー陣営は紙一重で全て避けるも、それらは障子戸に向かっていく。
「まずっ……!」
焦るセイバーのマスター、しかしそんな彼を余所に障子戸が勢いよく開き、影が躍り出る。
瞬間、触手が全て切り裂かれフォーリナーの左腕が落ちる。
その後方、避雷針の上に立ち太陽を背にした姿────!
【METAMORPHOSE!NINJA GLADIUS!】
成長した姿の銀河が、そこにいた。>>146
投下は以上です。
腹は決まった、ならば後はやってみせるのみ。「マスター・・・・・・出発の準備をしようとは言ったけれども、それはちょっといろいろ持ちすぎじゃない?ってライダーは思うよ」
ライダーはあきれた様子でため息交じりに言った。
なにせ下畑ときたら、大きなリュックサックぱんぱんにものを詰め込んで、その上、両手に抱えるような鳥を象ったぬいぐるみクッションを押し込もうと悪戦苦闘しているのだ。
「でもですね、この子を置いて行っちゃうのはちょっとかわいそうって言いますか」
「必要なものだけでいいよ。重くて動きにくくなっちゃう」
「うーん、わかりました。じゃあ、ちょっと荷物を整理しまして・・・・・・そうだ、この子がいれば寝袋とかいらないですね!この辺を置いていきましょう!」
「いや逆!」
せっかくしまい込んだ荷物を再びひっくり返そうとするマスターを、彼女の従者は慌てて制止する。
「マスター・・・・・・さっきも伝えたと思うけれども、これから始まるのは遊びじゃなくて危険な戦いなんだよ?本当にそういうものが必要なのか、ライダーは疑問に思うよ」
「いえいえ、だからこそです!そういう戦いにこそこの子を連れていくことでですね――」
「連れていくことで?」>>148
「――途中で私の人生が終わることになったとしても、大切なものに囲まれて最期を迎えられるじゃないですか」
屈託ない笑顔でそう言い放つ少女に、ライダーははっと息をのんだ。
そうだ。「願いを叶えるために聖杯を奪い合う」という聖杯戦争のルールにおける大前提のため「そんなものなのだろう」と流していたが、この少女はやけにあっさりとこの戦いで自分の負うリスクを受け入れている。
果たして闘争から縁遠い暮らしをしているただの少女が、こんなにも軽いのりで命を天秤にかけられるものなのだろうか。
「・・・・・・マスターは死に急ぐヒト?」
思わず口をついて出たその言葉に、下畑は困ったように苦笑した。
「いえ、そういうわけでは。私は今の生活で最高に幸せですから、死にたいとかはありません。さっき襲われたときも、怖くて怖くてドキドキでしたし。ただ――ただ、そう!プチ家出的な!!」
「プチ家出?」
「そうです!私の両親ときたら、こっそり抜け出したことに気が付かないくらい、私のことなんてどうでもいいって思っているんですよ。本当に生粋の仕事人間。だから、家出です!私がいろいろ荷物をもって出ていったら――」
そのあとに言葉は続かなかったが、ライダーには「心配してくれるといいなぁ・・・・・・」というつぶやきが聞こえた気がした。>>149
幕間。とりあえず以上です。>>149
そうであるならば。曲りなりとも人生の先達として示すべき道は一つだろう。
「マスター、この戦い、絶対に勝とう」
それが“どの自分”の言葉なのか、ライダー自身にもわからなかった。
だが、構わない。仮にも自分であるのなら、どれに聞いても同じことを言うだろう。そういう実感があった。
「マスター。実はね、聖杯戦争に参加する資格を手にした者には2つの選択肢があるんだ。マスターとして戦争を戦い抜くか、もしくは――教会に令呪を返還して棄権するか。先だった戦闘でも肌で感じ取ったとは思うけれども、ライダーは決して強いサーヴァントではないよ。実際、相手は小手調べといった様子だったのに、全力を尽くしてなお届かなかった。もしマスターの助けが無かったら、もしくは相手が撤退する気になってくれていなかったら、あの場でライダーたちは終わっていただろう。それどころか――今、この瞬間に朧げながら感じる戦いの気配を考慮しても、もしかしたらライダーたちの戦闘能力は一番低いかもしれない」
ライダーは下畑をまっすぐに見つめた。
続く言葉を静かに待っているこの純粋な少女に、このような試練を与えて、果たしていいのだろうか。もしかしたら、このまま棄権して当たり前の生活を平穏に過ごすのが幸せなのかもしれない。
だけれども、少しでも人生を変えようと思うのであれば。変わっていかなくては。
「それでも一緒に戦うことを選んでほしい。勝とう、マスター。幸いにも此度の戦いは『聖杯探索』。正面から戦わなくてもいい。最後まで生き残って聖杯を手にすれば、その陣営の勝利だ。勝ち残ったその先で、必ず君の望みは成就する。だから、共に“最弱”なれど“勝者(さいきょう)”になろう」
ライダーの全力の思いを受けて、一瞬の沈黙ののち、下畑は微笑んだ。
「もちろんです。よろしくお願いします」
「ありがとう!そして、改めて自己紹介を。サーヴァント、ライダー。真名、ルドルフ2世。“魔術皇帝”ルドルフ2世だよ。よろしく、マスター」>>151
追加分ここまでです。
この後、ライダー陣営はどこかのホテルで一泊してから地下探索に繰り出す予定です。第■回、投下しますね。
「『深淵に吼えよ、不可無き皇帝(マイン・ポッシブ・バッテリー)』」
再びの宝具発動。
悍ましい気配と共にフォーリナーの左腕が瞬時に再生し、斬り落とされた触手が意思を持つかのようにセイバー達へと襲い掛かる。
正直にいって信じ難いが、奴の宝具は不可能を可能にする……いや、奴の言葉で言うなら不可能を無くすといった所か。
「それは、さっきも見たよ!」
全身にハートマークが描かれた忍者へと姿を変えた銀河も負けてはいない。
影に潜り込んで移動し、姿を現したかと思えば全身のハートマークから生やした刃で触手を切り刻んでいく。
そこにセイバーとそのマスター:ハリー・ウォーカーの攻撃も加われば、動き出した触手は瞬く間に全滅……が、フォーリナーは笑みを浮かべている。。
「触手では足りんか……ならば目覚めよ、『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』」
フォーリナーの左手にある本……いや、もう一つの宝具が魔力を放つ。
そして、聖杯からの知識で言うならタコとヒトデとイソギンチャクをごちゃ混ぜにしたような化物……海魔が次々と召喚されていく。
「銀河はそのまま切り込んで、ハリーとキャスターは私が守ります」
「解ったよ。グラディ影刀!」胸部のハートマークから刀を引き抜いた銀河が、海魔の群れへと駆け出す。
影と高速移動を使い分け、海魔を切り捨てていく銀河。
近付いた海魔を斬り伏せつつ、手が空いたらサーベルを投擲して遠くの海魔を縫い付けるセイバー。
ハリーの風魔術による援護もあり、海魔の群れは本による召喚で個体数を維持するのが限界といった所か。
だが、フォーリナーの余裕は崩れない。
「成程、しかし此処までだ」
そう言い、フォーリナーは銀河のサーヴァント、キャスターに大砲を向ける。
褐色の肌の豊満な女性の姿をしたキャスターは、宝具らしき本を使って封印の術を準備しているようで、一切の身動きをしていない。
故に、一度砲弾が放たれればキャスターは一溜まりも無いが……大砲は内側から爆散した。
「何!?」
「一人見落とした代償は高く付いたな、弟の仇」そう、大砲が爆散した原因を作ったのは俺だ。
フォーリナーの意識がセイバー達に向かっている隙に俺は一度気配を遮断。
後は、フォーリナーが大砲を撃とうとする直前に鎚鉾で殴って砲身を歪める……そうすれば、行き場を失った力が大砲を破壊するって寸法だ。
最も、爆発の効果範囲から逃れきれずに俺も手傷を負ってしまったが、動けない程ではない。
そして、大砲を破壊されて驚いたフォーリナーを見逃すセイバー達ではない。
「隙有り!」
セイバーのサーベルにハリーが風を纏わせ、フォーリナーが持つ本目掛けてセイバーはそれを投擲。
咄嗟に叩き落としたフォーリナー……だが、サーベルが纏った風が海魔を薙ぎ倒し、フォーリナーへと続く一本道が出来ていた。
『絶命NINPOW』
目にも留まらぬ速さでその道を駆け抜け、フォーリナーの両手足を蹴り上げる銀河。
すると、十字架状のエネルギーが宙に浮かびあがり、フォーリナーを磔にするかのように拘束。
『GRAND CRUSADE!』その十字架よりも高く銀河が跳躍し、フォーリナーの心臓目掛けて渾身の跳び蹴りを放つ。
率直に言って、今まで俺が見た銀河の技の中で最も強力な攻撃だ。
奴が俺の知っている概念では説明の付かない力で戦っているので説明出来んが、恐らくはサーヴァントの命に届き得るだろう。
しかし、それでもフォーリナーの霊核を破壊するには僅かに足りなかった。
「……『深淵に吼えよ、不可無き皇帝(マイン・ポッシブ・バッテリー)』」
落下しながら瞬時に再生し、何事も無かったかのように着地するフォーリナー。
致命傷一歩手前の状態からも瞬時に再生する化物……だが、その抵抗も此処までだ。
それを示すかの様に、キャスターはその宝具の名を唱えた。
「『終の空より、汝を久遠に堕とす(フェイタルコード:アル・アジフ)』」「で、フォーリナーが封印されたのを確認したらすぐに撤退したと」
「流石に手傷負ったままあいつ等と戦ったらろくな戦果も挙げられんだろうし」
失った拠点の代わりとして、どうにか見つけ出した空家。
撤退したアサシンと合流した俺は、そこを仮の宿として過ごす事にした。
最も、財布とスマホは無事だったので明日からは何処かのビジネスホテルにでも泊まる予定だ。
電気もガスも水道も止まってるし、家具も無いから大会終了まで過ごすのは厳しい。
「まあ、手傷と言っても明日の朝には治る程度だし、飯にしようぜ」
と言ってコンビニで買った弁当を取り出すアサシン。
ちなみに、俺が焼きそばでアサシンがカレーライス。
常に財布を持ち歩く癖が無かったらこうやって食事をするのにも苦労していたと考えるとゾッとする。
袖口とポケットの鎖を除いた魔術礼装は全て失われ、アサシンの弟達も全滅した。
残ってる参加者の中でダントツに消耗していて、先の事を考えると気が重い。
けど、諦める訳にはいかなかった。「終わりました、わね……」
思わず、後ろの椅子にもたれかかりました。
変貌し、その性質を顕現させたフォーリナー:ナポレオン・ボナパルト。
それは、大きな被害を出す前にキャスターの手で斃されました。
一歩間違えれば討伐令どころか大会の中止まで有り得た事態……この大会も、そう何度も開催は出来そうに無いですわね。
「……冷や汗まで……私もまだまだですね」
とりあえずは、他の事を考えましょう。
敗退した参加者の内、アスパシア・テッサロニカは敗退後即座に来栖市からの脱出を希望し、私達はそれを受理しました。
彼女を密かに狙っていた蛆と毒虫を操る執行者、レーマイア・ギミマフィアスは不慮の戦闘で死亡していますし、封印指定にされる前に少しでも移動しておきたいのは当然と言えるでしょう。
私達に出来るのはそこまで……後は、彼女次第ですわ。
一方、リザ・ハロウィンは来栖市に残って観戦希望……のはずが今日の朝食にイチゴジャムトースト二枚を食べ終えた所で急遽脱出に方針転換。
傍迷惑な話ではありましたが……フォーリナーの一件に比べれば可愛いものですね。
「今日敗退した和銀京郎は、大事をとって今日一日は安静……骨折等はないとはいえ腹部への攻撃で気絶してますからね」
結局、問題が一つ片付いた所で大会はまだまだこれから。
気を抜いてなど居られませんわね。以上です。
猫さんもフォーリナーさんも多忙な為、後からキャスターの宝具シーンを書き出せるようにしつつ、三日目を終わらせておきます。「…まさか人理の危機とはいえ、再びこの地を拝む事があるとはな。」
そう一人零しながら、ランサー・趙雲子龍は湖畔に足を踏み入れた。
時は三国時代。厳密に言えば三国時代の特異点。何らかの原因により黄巾が復活、否、黄巾を付けてはいるが、実際の黄巾党とは似て非なる魔が跳梁跋扈し、混沌を呼び起こしている地。彼は、この地にはぐれサーヴァントとして召喚された。
まだ鍵となるであろうマスターにも、他のサーヴァントにも遭遇できていない為、放浪の身となっている。
この地は赤壁。嘗て覇を唱えんとして常勝に近い戦果を挙げていた曹操軍を、孫権と劉備の連合軍が下した運命の地。
この周辺で川が氾濫する、どこか恐ろしげな声を聴いた、等の噂を小耳に挟み、その歩みを赤壁に進めてはみたものの…一見、黄巾の魔は見当たらず、長閑な地の様には見える。
…だが、黄巾どころか、鳥の鳴き声一つすら聴こえない。数多の戦場を経験した趙雲にとっては、どこか不穏な空気を感じざるを得なかった。
(…何かが妙だ。)
そう感じた時だった。少年の歌声が、彼の耳に入ったのは。
「…?」
どこか惹かれる様な、あどけなさが残る声。しかし、これは…
趙雲は、音を出さない様に、歌声の源がいると思われる浮島に近付く。
木々の生い茂る小島の崖の上。そこには、黒い特徴的なフードを被った少年がいた。彼は此方に気付いたらしい。歌うのを止め、不思議な顔で偉丈夫を見る。
「…わぁ、大きいお兄さんだ!!」
警戒もせず、子供らしい明るい顔でこちらを見る。どこか妙な感覚を覚えながら、話しかける。
「……少年。…申し訳ないが、一つお聞きしたい。」
「…なんだい?お兄さん。」
そう言って、少年は此方を見つめる。
…その時、気付いた。
…奇妙な線が入った目。そして服の裾から見える、触手の様な物に。>>161
ぼくは今。とても大きい川ですごしている。不思議な川だった。おんねんとか、とうし。とか。そういったモノが渦巻いていて、なんだか気分が良い。だけど、最初はあまりよく無かった。だって、人どおりが少なかったもの。だから川の水で遊んだり、お歌を歌ったりして、誰か来ないかなぁ、って。してたんだけど、誰も来なかった。迷子になるのもイヤだったから、「だれかー」って旅人さん?みたいな。のが通りがかった時に声を出したら、逃げられちゃった。悲しい。
ぼくは、たぶん、はぐれサーヴァント。最初のお友達(ますたー)は、居ないし。水遊びも飽きちゃった。海は。苦手で、川なら、そこまでじゃなかったけど、さ。でも…寂しい。
「だれか、来ないかなぁ…」
そんな事を呟きながら、ぼくは今日も歌を歌う。誰か、ぼくを見て?ぼくと遊んで、いっしょにいてくほしい…。
背後で、音が聞こえたような気がした。もしかしたら、誰かがぼくの友達になりに来てくれたのかもしれない。ふふ、そうだと。嬉しいね?振り向くと、そこには緑色がキレイな武具で。身を包んだ男の人がいた。
「…わぁ、大きいお兄さんだ!!」>>162
嬉しいな、楽しいな。きっと、ぼくとなかよくなってくれるんだ!自分の顔がほころんでいくのが、分かる。
「……少年。…申し訳ないが、一つお聞きしたい。」
お兄さんは、ぼくと遊んでくれる前に、気になった事があるみたいだ。なんだろう。
「…なんだい?お兄さん。」
「俺は、この周辺の変な噂を聞き調査に来たのだ。川の氾濫や、変な声だな。少年は何か知らないか?」
なぁんだ、そんな事か。それは、きっと。ぼくだ。
「ぼくだ、よ?でも、恐ろしいなんて言われると。嫌だな、ぼくは。友達になって欲しいだけなのに」
あぁ、さっきまでの期待が、しぼんでしまうのを、感じる。きっと。このお兄さんは、ぼくと遊んでくれないみたいだ。ぼくを????りに。来たんだ、それならしかたない、よね?ぼくは怒られるの、イヤだから。このお兄さんをからかって、遊ぼう。
「お兄さんは。ぼくの友達に。なってくれない、よね?だから僕。は、貴方で遊ぼうかなって思うよ」
ぼくは、ぼくの持っている、宝具。それを解放、して。両手や周りでうごく、ぼくの触手で、海賊さんが持つみたいな剣。カトラスをじったいか、させて。持つ。チャンバラごっこ、だ!
「やはり…貴殿がここら一帯に影響を及ぼしている黄巾の魔か!子供故、殺しはしないが、少々痛い目には合ってもらうぞ」
お兄さんも、やる気十分。だ!きっと、楽しく遊びになる、よね。>>163
「お兄さんは。ぼくの友達に。なってくれない、よね?だから僕。は、貴方で遊ぼうかなって思うよ。」
目の前の少年がそれを言った瞬間、趙雲は後ろに飛び退いた。その無垢な言葉とは裏腹に彼から感じる圧。それは、少年が只者ではないという事を気付かせるに十分であった。
「やはり…貴殿がここら一帯に影響を及ぼしている黄巾の魔か!子供故、殺しはしないが…少々痛い目には合ってもらうぞ。」
趙雲は確信していた。この少年は、間違いない。サーヴァントだと。ならば…背に掛けている、包帯に包まれた得物を抜き、彼は詠唱を唱え始めた。
「…我は猛風を手懐けし者。風を纏いし我が槍には、敵う者無し。荒ぶれ、涯角槍!!」
唱え終わった瞬間、趙雲の周辺に風が息吹き始めた。それと同時に、包帯から現れるは深緑の槍。生涯無敗と言われた槍。涯角槍を構えて、趙雲は臨戦の態勢を取った。
「わぁ、かっこいい槍だね。楽しくなりそう!」
「…少年、得物を取れ。始めよう。」
「うん!それじゃあ、遊ぼう!!」
その瞬間、先程まで静まり返っていた湖から、騒めきが聞こえ始めた。>>164
緑色の槍兵と、碧い騎兵の武器が激突する。ランサーの槍捌きはなるほど歴戦の強者。それまでの戦いの経験と彼自身の闘志、更には無辜の民草を恐怖させる魔を討たんとする気迫がその穂先に乗っている。
対するライダーが振るう武器の軌跡は、ランサーとはまた違った強さがある。それは、多勢、手数が多いという強みだ。武威という物は全く感じられないが、自らの両腕、そして身にまとう触手に持たせた剣が変幻自在の動きを見せる。一つの剣を躱したら他の剣が迫り、息つく暇がないと思わせる程の連撃だ。
その数の脅威にランサーは刮目するものの、冷や汗一つ掻かず、冷静に対処していく。カトラス向かってくるを弾き飛ばし、続いて襲い掛かる日本刀を同じように吹き飛ばす。中華刀をベキリと折り、レイピアを折り曲げる。だが一度視界に入った刃物を幾度負っていこうがその刃物は全く尽きる事が無いように思えた。
どちらも相手に負けじと攻撃を続けているが、なかなかどうして埒が明かない。ランサーの一撃は使い捨てられる剣に阻まれ、ライダーの武具はランサーの槍に壊される。
「ふむ。なかなかだな、少年。尽きぬ武器を持つとは…。君の正体はまだ掴み兼ねているが、俺をそう簡単に倒せるとは思うなよ」
戦いの高揚に身を任せ、ランサーは不敵に笑った。逆にライダーは、頬を膨らませ、不機嫌な様子を隠そうともしていない。チャンバラごっことはいう物の、あまり相手に攻撃が届いていない事が不満なのかもしれない。
そうした撃ち合いが暫く続き、ランサー、ライダー二騎の周りにライダーがまき散らした壊れた武具の小さい山がいくつか出来た頃、ライダーがランサーから距離を取った。
「なんだか、チャンバラ。ごっこは、飽きて来ちゃった。だから、今度は、お兄さんとぼくでボール遊び。しよう?」
そういったライダーの背後に、大小さまざまな丸い機械のようなモノが具現化した。機雷だ。
それが、二騎のサーヴァントの周りを回遊していく。起爆するのは、そう遠いタイミングではないだろう。>>165
「機雷か…!」
回遊する大量の丸い爆弾を見ながら、趙雲は高速で情報を整理する。
この少年は無数の剣を操り、そして機雷を少年の意思で出現させた。魔力による物だろうか?
クラスは何だ?真名は?恐らく中華の者ではない事は分かるが…
いや、考えても仕方ない。取り敢えずは、機雷をどうするかを考えろ。
そう己に言い、翡翠の槍兵は策を巡らせる。
「お兄さん、早く動かないと、ボールが。割れちゃうよ?」
「…溜まってるな。ならば!!」
その時趙雲は、思い切り槍を地に突き刺した。
「お兄さん、何を…」
「涯角槍、風圧解放!」
瞬間、趙雲の槍を起点として、荒ぶる竜巻が引き起こされた。
涯角槍。彼の宝具が一つ。それは風を吸収し、エネルギーに変える槍。噴出させ槍捌きの速度を使い手に応じて底上げする。それが通常の使い方だが、応用として、地に突き刺す事で一時的に、少し小さいが竜巻も巻き起こす事ができる…!!
かなりの風のエネルギーを消費するのが欠点だが、それを加味してもかなり強力なカードと言って過言ではないだろう。
それを利用して緑の槍兵は、竜巻を巻き起こし、機雷を打ち上げて爆破させる作戦に出たのだ。
そして、大小の機雷を打ち上げた今こそ、サーヴァントの少年に攻撃を仕掛ける好機!
「はァッ!!」
趙雲は、少年へと槍を構え突進した!>>166
「あ。危ない、ね?」
自身へと突進してくるランサーを眼前にして、ライダーはのほほんと呟いた。
「えっと。どうしよ、ぅかなぁ」
そんな事を呟きながら、自分の前に鉄板やテトラポット(消波ブロック。海岸にあるコンクリートなアレ)を具現化し、ランサーの槍から己を守る為に楯、身代わりにする為だ。
しかし、ランサーの槍は、生半可な障害など意にも介さず、それらを粉砕し、ライダーの小さな腕を切り裂く。その裂傷は
血を吐き出し、ライダーの魔力を確実に削っていく。先ほどまでのランサーの防衛により、それらしいチャンバラごっこが出来なかったライダーは更に機嫌が悪くなり、激痛に顔を歪ませる。
ライダーはその恨みをぶつけるかのように魚雷を召喚し、ランサーに向けて発射した。しかしランサーは、華麗な身のこなしでその突撃を躱す。しかし、そのある種無防備になったランサーの体を、触手で拘束し、ライダーは崖から飛び降りた。
その墜落の先にあるのは赤壁の大河。ランサーは水面に激突する直前に、すんでの所で触手を引き離し、足元へ魔力を集中させ、川の水面から少し距離を開けて立つ。静かな大河の真ん中で、ランサーは周囲を警戒する。態々触手を一本犠牲にしてまで此処にやって来たのだ、おそらくはこの川が奴本来の土俵だ、と。
そんな危惧を証明するかのように、大河に船が浮上する。そこまで大きくは無いが、素早く移動しそうな小型の帆船だ。
「ぼくはね、此処だと。強い、よ?」
さぁ、第二ラウンドの開始のゴングが鳴ろうとしている。>>168
川岸に爆音が響いた。少年には、勝負は決した様に思えた。だが、それは一瞬にして払われた。
「…あれ?お兄さんは?」
爆煙が消えると、緑の槍兵も、それがいた痕跡も無い。
「こっちだ。」
「えっ…!?」
その時、風が吹き始めた。それと同時に、男が船頭に降り立つのが見えた。
その男、紛れもなく先の槍兵、趙雲子龍。
「どうして、お兄さん、が?ここに?」
「俺の得物であり宝具、涯角槍は、風を吸収し、力に変えられる。それが例え、爆風であってもな。そして槍の一部分から風を噴出させる事により、この程度の距離ならば即座に飛び移れる!」
趙雲は、雄々しく不敵な笑みを見せた。そして、槍を構え始める。
その時、川に風が吹いた。川風である。
風は強く、船の周囲は水に囲まれている。
まさしく、両者共に有利な決戦の地!
「…うん、楽しい!楽しいよ!!じゃあ、今度こそ、行くよ?」
「望む所だ…!!行くぞ!」第■回投下します。
「エビグラタンとアイスクリームに……」
「……とピラフですね。ご注文は以上で……」
俺達が居る来栖市北部のファミレスに店員の声が響き渡る。
客の話し声で賑やかなのもあり、これなら此方の話を聞かれる心配も無いだろう。
褐色の肌に赤髪という目立つ容姿のアサシンも気配遮断スキルを使えばそこらの通行人程度の存在感になるのも検証済みだし、漫画喫茶のシャワーで身嗜みも整えているので目立つ事は無い筈。
「しかし、拠点にしてる訳でも無い公園を工房化とは……一体何考えてるのやら」
そう呟くアサシン。
というのも、俺達はランサー陣営から小聖杯を奪取する為に動いていた。
このままセイバー・キャスター同盟とランサーが潰し合うのを待ってたところで、結局は小聖杯を得た勝者と戦う羽目になるだけ……そうなれば、余程相手が消耗してない限り俺達が先に息切れする。
だからこそ、小聖杯を手に入れた上でセイバー・キャスター同盟とランサーが潰し合う形に持っていくしかないというのが俺達の結論だ。
その為、大会初日のSNSで得たランサーのマスター:天音木シルヴァが人形劇をしていたという情報を元に来栖市北部を探索。
しかし、ランサー陣営の拠点は見つからず、代わりに見つけたのは工房化していた公園だけ。
公園に誰かが住んでる痕跡どころか人通りすら無いし、拠点探しは早くも暗礁に乗り上げた。
「魔術師としての技量に差が有り過ぎて全く手出し出来ないし。しかも、相当な魔力をを溜め込んでるっぽいから、無理矢理干渉したら何が起こるか想像も付かない……」「……まあ、とりあえず拠点だが……北部にもホテルの類いは数軒あるが、それ以外の施設に忍び込んでる可能性は否定出来ねえ」
実際、俺が初めて見た聖杯大会の番組でもライダー:ヘロストラトスのマスターが敢えて廃工場を拠点に選んでいた。
最も、序盤にセイバー:宇治の橋姫とそのマスターである日本人らしき女性が襲撃してきて、その女性の放った跳び蹴り一発でマスターが気絶。
ヘロストラトスも初手に放った右フックを避けられ、そのまま宇治の橋姫によって×の字に切り裂かれて敗退という瞬殺劇のほうが印象深かったけど。
「って事は、やっぱり……」
「奴等を誘き寄せるしかねえ」
アサシンの気配遮断を解いた状態で北部をうろつき、ランサー陣営を誘き寄せる。
ルール通りならアクセサリー化してる筈の小聖杯を奪う必要がある以上、俺もアサシンの近くに……それどころか、人形使いを相手にする以上アサシンのすぐ傍に居ないと危ないか。
どうにかしてアクセサリー化した小聖杯に触れてそれを奪って即逃走……成功率は低いけど、これが俺達に残された唯一の活路。
といった所で店員がやってきた。
「肉野菜炒めとガーリックライスのセットとビーフとマグロのダブルステーキプレートになります。ごゆっくりどうぞ」
こうして二人で食事するのも最後になるかもしれない……そう思ってつい奮発した昼食。
それを食べ終えると、俺達は何も言わずに席を立ち、支払いを済ませて店を出る。
そして、起死回生の作戦が始まった。以上です。
>>169
ランサーとライダーの戦いは、まさに佳境だった。武芸者として高い戦闘力、即ち質を持つ個人であるランサーがライダーの命を穿つか。具現化するモノの質は平均すればそこまで高い訳では無いライダーが、数の暴力でランサーを磨り潰すか。そういった戦いである。武威を示す槍と、それを繰る武練。対するは海の悪魔、そして沈んだモノの怨念だ。
機雷が宙を漂い、起爆のタイミングを今か今かと待ち。そして魚雷はランサーを狙い撃つ好機をうかがっている。その兵器と爆破の大瀑布を、ランサーは跳躍によって弾き飛ばし、蹴り飛ばす。そして首魁たるライダーの首を狙う。
だがライダーも黙ってはいない。戦士としての技術はランサーに劣るかもしれないが、群を操る力量はかなりの手腕だったし、子供故の純粋さ、無垢な残酷さは全くサーヴァントとしての戦闘能力に些かの支障は無く、むしろそれによるある種型が存在しない独特過ぎる戦闘スタイル及び変幻自在にして無尽の戦法はランサーをライダーを致死に導く領域まで到達させることを許さない。
「ふふっ、楽しい、な。さっきまでは。当たらない、事にイライラ。してたけれど。沢山のオモチャで遊べるの、いい、よね。まとあてゲームとか。そういうのみたい、で楽し。いよね」
「生憎だが。俺はそんな気分にはなれんな!」
気合一閃。叫ぶと同時にランサーは周囲の機雷を槍技によって一掃した。だがそれでも尽きぬ武器、兵器の数々、それはさながら遮那王牛若丸と武蔵坊弁慶の攻防を思わせる光景であったし、或いは兄と弟が遊んでいるソレにも似ていた。見る人が見れば、演武のようだと感嘆の声を上げたかもしれない。しかし、やはり先ほどまでの景色とは違う所が一点。お互いに消耗している事であった。
ランサーは跳躍や武威による体力がジワジワと削れていたし、ライダーは度重なる具現化で魔力が減っていた。それでもお互いに民を恐怖から守る為、そして自分の笑顔、楽しさの為に、戦いを続ける。それはまだまだ続くだろうと思わせるモノであったが、やはり変化は訪れる。ライダーの剣撃が、ランサーの槍を叩き落としたのである。
「い、ま。だぁ~!」
戦の素人だとは言え、それを見逃すライダーでもない。ここぞとばかりに一気の攻勢へと打って出る。そして、ランサーは…。>>174
「ッ…!!」
槍を叩き落とされた。一瞬狼狽するランサーの隙を無垢なライダーは逃さなかった。
「今だぁ!!」
ライダーのその一声で、大河に落ちていた剣が八方より現れる。逃げ場は無いと悟り、武練を積んだランサーも肝を冷やす。
「お兄さん、怖い?けどね、僕は、楽しいよ?まだ、遊びたいけど、これで、バイバイだね。」
「…。」
「…お兄さん?返事してよ。」
「…怖い、か。」
そう零しながら、ランサーは、鞘に収めていた青い柄の剣を取り出した。
「…紅き稲妻宿す剣よ、万夫を穿ちて凱を叫べ。」
突如、銀色だった刀身が紅に輝き出す。そしてライダーは、それだけでなく、緑の槍兵の纏う闘気が鋭くなるのを感じた。早く、やらないと、まずい。そう本能で感じた少年のライダーは、腕を振り下ろし、剣を限界の速度でランサーへ撃ち込む。
「宝具解放、断て!『青紅剣』!!」
…瞬間、彼は雷の如き素早さで周囲の剣を砕いた。確かに剣が刺さる音も聴こえはする。だが、振り下ろした刃の殆どは、赤い残光が消える頃には鉄の破片と化していた。
「……なんで…」
そう悲痛の言葉を上げた瞬間、ライダーは眼前に圧を感じた。そこには、身体の所々に剣が刺さり、息を荒げているにも関わらず、堂々と立ちながらこちらを睨むランサーの姿があった。
「…怖いか、と言ったな。」
「……」
「…確かに、怖くない訳ではないさ。…だがな。長坂での主と共に逃げた民や、夷陵での我が主を護れなかった時の恐怖に比べれば…恐るるに足りん。」
一瞬、何処か哀しげな顔をしたランサーは、再び稲妻の消えた剣を構える。ライダーは…>>175
困ったなぁ…、とライダー。デイヴィ・ジョーンズは思った。
お兄さんとのチャンバラごっこは非常に楽しめるものであったが、割ともうやれることが無いのだ。カトラスなどの剣では軽い。この漢を貫く事は出来ないだろう、と感じた。機雷や魚雷などの武装も弾かれたり防御されたりで、多分もう使う意味が無いだろう。いや、めくらましなどのかくれんぼで使うなら意味があるかもしれないが、少なくとも自分は大事なたからものであるオモチャを、そんな風にムダに使いつぶす事には、気が進まない。
しかし、このお兄さん。カッコイイなぁ、とライダーは改めて思った。武力の高さやその武の力強さや美しさであったり。一番スゴいな、と思ったのは、その「他者を守る」という信念の強さだ。その心を、ライダーは評価した。
そういえば、お兄さんが言っていた
「あれ、黄巾って。なんだろ?」>>176
「…え?」
咄嗟の言葉にランサーは、目を少し丸くして幼いライダーを見た。
「…ねぇ、お兄さん。黄巾、って何だい?」
ランサーは呆気に取られ、脳内が少し混乱したが少なくとも少年には攻撃の意思は完全に無いという事を認めた緑の槍兵は、剣を納めながら問いを掛けた。
「…あ、あぁ。その…黄巾は、この特異点で暴れている凄まじい勢力を誇った賊の事なんだが……もしかして、知らないのか?」
「うん、そうだね。」
「…誰か、俺以外のサーヴァントや珍しい服装の人物には会ったか?」
「いや。会ってない、かな。」
ランサーの声が徐々に震え始め、顔が強張り出した。
「…つまり…特に悪意は無く、この辺りにいただけって事か?」
「うん。僕はこの辺りで遊んでいて、お兄さんと遊ぼうかなって思っただけだよ?」
ランサーは、石の如く固まった。
(つまり…俺は完全に敵を見誤り、敵ではない者に誤解で戦いを挑んでしまったという事…しかも、無邪気な少年に、痛い目に遭ってもらうと言った…?)
全てを悟った時、趙雲は顔の前で右の拳を左手で包む動作を取っていた。
「えっ!?お兄さん、どうしたの!?」
「すまない…!!本当に申し訳ない…!!!」>>177
「…本当にすまない。黄巾を倒すという目的に夢中になり、敵ではない者と戦ってしまう等…」
「お兄さん、大丈夫だよ?僕は、とても、楽しかったし。それに、かっこよかったよ?」
「……貴殿には格好よく見えるかもしれないが、少なくとも格好付く様な物では無いだろうよ…」
そう話しながらランサーとライダーは、湖畔の木の下で身体を休めていた。
両者余り消耗している様には見えず、怪我も互いに軽症であった為に回復はした。
「…ところでお兄さんは、何で旅をしてるの?」
少年の質問に、偉丈夫は向き直った。
「…俺も、貴殿と同じくはぐれサーヴァントとして召喚された身だ。奇しくも、俺の生前と同じ時代の特異点にな。人理の危機ならば、可能性はあると思った故に現在マスターやサーヴァントを探しながら流浪の身になっているのだが…」
「お兄さん、旅をしているの!?」
食い気味に、少年は偉丈夫の説明に割り込んだ。
「まぁ、そうだな。…噂も解った故にそろそろ出立しようとは思うが…」
「そうなんだ。楽しかったから、さみしいな…そうだ!お兄さん、僕も連れてってよ!」>>178
突然の少年の言葉に、趙雲は驚いた。そして同時に少し考え、口を開く。
「…此処はもういいのか?」
「うん!水遊びは、充分やったし、お兄さんと一緒なら楽しそうだもん!」
無垢な少年の瞳を見て、趙雲は軽く微笑んだ。それは彼が戦闘時には見せない、柔らかい表情だった。
「…そうだな……ならば、共に行こうか。…言い忘れていた。俺はランサー、真名は趙雲子龍。貴殿は?」
「ライダー。デイヴィ・ジョーンズ。よろしくね!」
微笑み合った後、二人は立ち上がり、足を進め始めた。>>142
時はランサーが戦闘に乱入する少し前に遡る。
「駄目」
「そんな!」
提案を呆気なく却下され驚くランサー。彼女は索敵中に一騎のサーヴァントを発見し、彼が他のサーヴァントを誘い出そうとしているのを見て自分達も参戦したいと言い出したのである。
「まだ敵の情報は何も分かってないでしょ?そんな状況で首を突っ込むなんてリスクが高いよ。今回は傍観に徹して情報収集して次の機会を待つ方がいいよ。
聖杯戦争ってのは別に倒した数で勝敗が決まるんじゃない。バトルロワイヤルなんだから極端な話最後に生き残ってればいいんだからさ」
「それは、そうなんですが…」
それでもなんとか説得を試みようとするランサーの姿に飛鳥は魔術の師である朽崎遥の言葉を思い出した。
「(マスターとサーヴァントで聖杯戦争に掛ける心意気の重さが違うことがあるって遥さん言ってたっけ。確かに私にとっては程々に聖杯狙いつつレアな素材も手に入ればいいな程度のつもりでもパラスちゃんにとっては生前巡ってこなかった実戦。少しでも戦いたいってことなのかな)」
飛鳥が朽崎から聞いた話では一世一代の願いを掛けたマスターとまた次の機会があると切りたくない切り札を封じていたサーヴァントの軋轢が致命的な決裂を齎したという。
出来ることなら目の前の美少女とそんな別れはしたくない。ならここは最悪勝てなくても死ななければいい自分が折れるべきかと飛鳥は思案する。>>180
「はぁ、仕方ないなぁ」
「マスター!」
「ただし!」
ぱぁっと明るくなったランサーの顔の前に飛鳥が指を三本立てて突きつける。
「三つ条件がある。全部守れるなら行っていいよ。
一つ、あくまで今回は威力偵察。少しでも不利になったら撤退すること。
二つ、宝具の防御を他の人に割譲しないこと。
三つ、フィルニースを代理マスターとして連れて行くこと。どう?守れる?」
「一つ目と二つ目は分かるのですが、三つ目の代理マスターとは?」
その質問にフィルニースが割って入る。
「早い話が影武者だよ。僕が人間に化けてマスターのように振る舞えば他のマスターからは僕がマスターのように見えるからね」
「あとは二つ目の理由に関係してて私がついて行くとパラスちゃんは私のことも守らなきゃいけないでしょ。そうなった時に宝具の防御をこっちに割くのは良くないからさ」>>181
「分かりました、全部守ります。なのでその…」
すぐにでも戦場へ飛び込んでいきたそうにうずうずした様子を隠せないランサーの様子に飛鳥は思わず笑みを浮かべる。
「うん、行っていいよ」
「やったー!」
「っと、その前にフィルニースが化ける姿を決めとこうか。うーん…」
少し考えた後飛鳥がフィルニースに指示を出すと「あの姿あんまり好きじゃないんだよね」とぼやきつつもぐにゃりと姿を変えていく。
「さて、行こうか。ランサー」
「は、はい!(凄く印象変わったなぁ)」
フィルニースが化けた姿、それはフィルニースが初めて捕食した魔術師である“成人男性”の姿であった。
「(心做しかマスターと似てるような…?)」
黄色人種系の黒髪ということでそう見えたのだろうと結論付け、ランサーは目的地へと跳んだ。>>182
現在に戻る。
アサシンの雷撃を防ぎながら戦闘へ乱入したランサーは瞬時に思考を巡らせた。
「(さて、どちらに加勢すべきか。個人的には恐らくセイバーである彼の方と戦ってみたいですがここはやはり手負いの方を共闘して落とした方が確実)
敵の敵は味方、とまでは言いませんが今は手を組みませんか?」
ランサーはセイバーとそのマスター黒鳥蘇芳に向けてそう言うのだった。「ほ、本当に行くんですか…?」
「そりゃ、ここまで来たんだからな」
覇久間市内。中心部からやや離れ、昔風の風情と道の造り、家々の並びを抱える住宅地のまた少し奥まった位置。大きく、広く、古式ゆかしき邸宅の門前で、キャスターと郁は顔を見合わせた。
バーサーカーの討伐戦後の打ち上げで、郁自身は疲労からポテトをつまみ腹を膨らすのに精一杯で何も聞けていなかったが、キャスターはライダーたちの居所を聞き出したという。そうして、今こうやってその居所の前に立っている。また、帰ってから戦闘でのサーヴァントたちの立ち回りを観察し、そこから得た情報より力量を類推し、その結果バーサーカーが脱落した後の連中だとライダー、アサシン、アーチャー、セイバーのいずれもが強力であり、ランサーはそれに数歩半劣るもののそれでも実戦慣れした動きを見せていたと聞いた。やはりというか、キャスターたちより下はいないらしい。
それと同時に、各々の真名というものにもある程度の目星がつくこととなった。それでいてキャスターは「小生の真名、多分現時点で分かる奴いないと思うなー」と誇らしげに言っていたが、正直相手方の真名が分かっているのも、キャスターの真名が分かっていないのも現状大きなアドバンテージになるとは思いにくい。
だから、ライダーたちに会う。聞くにライダーのマスターの少女は今回の聖杯戦争の監督役であり、そこそこに良識も備えている。そして、キャスター曰く「無色で無欲で無難で、そんな無い無い尽くしだからこそゆとりがある」性格らしい。そんな彼女ならばと二人で訪問することになったのだ。>>184
「そんじゃ、折角だしピンポンダッシュでもしてみるか?」
「い、いやそんなことしちゃ怒られますよ!」
ライダーの強さを直に見たというのに、キャスターは変わらず呑気なことこの上ない。信頼してはいるが、やはりもう少し見ていて心配になるようなものではない方がいいなと思う。
「然らば、気を取り直して…ピンポーン!」
別に口で言わなくても良いのに、キャスターはインターホンを押し、音を真似して声を出した。邸宅周辺に人がいなかったことを有難く感じる。
しかし、こうやって眺めると先入観込みとはいえ「魔術師らしいな」なんていう勝手な感想が浮かぶ。古びていて、それなのに整然としていて、周りの景観に馴染むことを良しとしない。生垣や草木は高く太く生い茂り、側面から中のことを窺うのは難しい。郁の実家だって旧くこそあれ、このような異様な雰囲気を湛えてはいなかった。そしてその異様さは「魔術師の家だから」というもので納得ができてしまうような種類のものであった。
そんなことを考えていると、インターホンから少女の────恐らくは邸宅の使用人の声がした。キャスターが掛け合うと、「少しお待ちください」という声を最後にインターホンが切れ、そして門の奥の扉が開く音が聞こえた。
「どうぞ、お上がりください」
出てきたのは声の主で、いかにも使用人といった外見の女性だった。彼女の先導に対してキャスターは「どうもどうも」と会釈をしながら遠慮なく入っていき、郁も慌てて後を追った。
通されたのは客間であろう一室で、和風な外観の邸宅の中で希少な洋風の空間であった。大きな深みのある色合いの机と椅子はどちらも上質で、ホテルのものと比べても相当に座り心地がよく、その分人を畏まらせるもので、何か先方から動きがあるまで郁は身だしなみを見える範囲だけでも整えた。見ると、手首の付近に薄い、少し大きなかすり傷があった。
その後、使用人がお茶を二つ分運んできて、そのまた後、扉が開きライダーたちが現れた。まず威圧感のある大男で、次に鮮やかな髪色の少女。いつ見ても目に悪い。>>185
「また急だな。俺たちがいなかったらどうする気だったんだ?」
「またまた。ちゃんとアポ取ったじゃん」
「…「いつか行けたら行く」のどこがアポになるかわからないんだが」
「まあまあ、たらればは話したって仕様がないし。…それで、何の用?」
キャスターとライダーの漫才のようなやり取りを諫め、少女は居直り敢然と郁たちを見る。ライダーも同様だ。真っ直ぐな視線は矢のようで、逸らし、半歩引こうとするが、座っているために脚を動かすことが出来ず、一連の挙措は背もたれにより深く背を埋めるに止まった。
「いやさ、そう畏まらんでも。大したものじゃないし」
「どうかしら。キャスターが陣地を離れるなんて相当だと思うけど」
「はは、流石はお嬢さん、鋭いねえ。目移りを気取った小生の上さんくらいだ」
「世辞は良い。あまり長くは聞けん」
「手厳しいねぇ、小生喋らなきゃ死んじゃう系なのにー」
緊張が微かに滲んだ空気を濁す────よく言えば和ませるのは、いつだってキャスターだった。郁はこの二人と相対しているだけで息が詰まりそうだし、今だって、キャスターが不用意なことを万一言ってしまわないかと気が気でない。無論、キャスターのことは、殊談判などの「言葉」を介した事においては信頼している。しかし、いかにキャスターが口上手でも、相手がどういった人物か正確に掴めぬ以上心の平安は認められない。
いつだってそうだ。安心したときに恐怖は訪れる。胸をなでおろすと同時に厄災は注がれる。笑んだ瞬間に化け物は嗤ってくる。美しいものは醜くなって、正しいものは歪んでしまう。信じられるのは一つだけしかない。「信じる」なんて感情も朧げだ。>>186
「ぷっはー、いや、お家柄はお茶にも現れるんだねー。何杯でもいけちゃいそうだよ」
「それはどうも。本当に何かを褒めるのが得意なのね」
「そりゃあ、小生媚び諂い崇め奉るのにかけちゃ折り紙付きだかんな!」
「…いい加減、本題を聞きたいのだが」
「ガビーン、小生の話つまんないんですかい?」
「そうではない。ただ、その褒め言葉は長くは聞いていたくないんでな」
「ひっどいなー。…まあ、こっちは頼む側だし?お茶も十分堪能できたし。とりま、端的にいきましょうかね」
チラとキャスターがこちらに目配せをしてくる。緊張を解す…わけではないが、場をある程度温めてから話を切り出すというのは予定通りだ。予定通りにいった、というだけで気が幾分か軽くなり、しかし一方でその後の完遂へ意識を向けさらなる重圧を覚える。
それを振り払うのも兼ねて、郁はキャスターに頷いてみせる。
「…うん、頼み事ってのも単純なもんだ。ズヴァリ、…もし、其方らが聖杯を得たのなら。その時は、小生らに聖杯を譲ってほしい」
言葉選びは簡潔に。けれど間はやや緩慢に。キャスターは朗らかな笑みを消して、真剣そのものな眼差しで正面に座する二人を見張る。緊張を溶かして生まれた水をまた丁寧に凍らせるようにして、場を築き上げた。
二人の反応はというと、少女はただでさえ大きな瞳をいっとう大きく丸めて一種の驚愕と不信を隠しきれずにいる。もう一人、ライダーは瞼を閉ざし、眉根を寄せて、しかし自身のマスターのように瞠目の色は見せず、空気の流れを汲み取っているように黙している。
キャスターは喋らない。少女も、ライダーも、勿論のこと郁も。今の彼に、普段の饒舌さはない。どれだけ空気が重くなろうと、張りつめようと、濁しも和ませもしないでいる。そんな中で、口火を切ったのは少女だった。>>187
「……なるほどね。どうして私たちにそれを?」
「決まっておろう。其方らが現状最も力があると見受けたからだ」
「ほう、言ってくれるじゃないか」
「言っておくが、小生の観察眼と有言実証率は伊達ではないぞ。いかに強かろうと、物事には因果というものがある。それを加味した上で、花は桜木人は武士の御言葉に則って、桜木のように可憐な乙女子と、勇壮なる武士に頼んだのだよ」
読み通りの疑問が提起され、予定通りの旨を返す。万事恙ない。郁が心のうちで息を吐こうとし、ライダーが「ならば」と言葉を継いだ。
「ならば、その目的は何だ?何故聖杯を求める」
「初歩的なことだねライダー君。聖杯戦争に参加するようなの、多かれ少なかれ聖杯への欲と願いはあるでしょうに」
「だが、生憎と俺たちは監督役だ。ホストとして、景品の使い道くらいは聞かなければならない」
「あなや、其方思ってた以上にお堅いのね。OK、オーケー。お望みとあらばお聞かせしましょう。何故と言うにだね、」
「いや、お前に聞きたいのではない」
「……………へ?」
声が出たのは郁だった。視線を上げると、ライダーが郁を見ていた。後退りたくなって、後退れなくて、これ以上沈められないほどに背を背もたれに沈める。何を言われたのか脳が処理をしていない。ただ、予定通りではないことがわかる。
「前に聞いた。キャスター、お前は聖杯を求めようという気はそこまでないとな。では必然、聖杯を希求しているのはマスターだろう?ならば、マスター自身の口から聞くべきであろう」
「そうね。貴方じゃ、脚色が大半を占めそうだし」
「いや、なんとも。言い得て妙と言いたくなるけれど、素気無いもんだね…」>>188
二人分、四つの眼が郁に向けられている。一つ分でだって呼吸困難を感じるような眼が、四つ。沈黙がある。
予定なんてしていなかった。郁は座っているだけで、口から出すのはキャスターへの同調と約束してくれたライダーたちへのお礼だけのはずだったのに、よりによって、郁にとって最も言い難いことを訊かれている。沈黙は続く。
縋るようにしてキャスターに目配せをするが、キャスターの方も事態を十全に砕け切っていない。今頼るのは酷としか言えない。沈黙はなおも続く。
目を伏せる。うかうかしていればそれだけ信用度を下げていくというのは分かっているのに、その警句を優に超す形で困惑が心中を席巻している。思い浮かべるのは過去ばかり。脳裏を過るのは夢ばかり。誤った言葉を選んでしまって、皆に迷惑をかけてしまったり。言葉が運べず、無暗に不和を招いたり。読んで書くのは出来たって、話すとなると今までてんで駄目だった。
同じくして浮かんだのは不信と疑惑。ライダーたちへの懐疑。キャスターはああ言っていたが、それは表面的なものなのかもしれない。人間はふとした拍子に裏返る。或いは覆し、或いは掘り起こす。少女の鳶色の瞳は綺麗だ。だから怖い。綺麗な瞳は郁を嗤った。形良い口は郁を陥れた。確固たる理性は郁を千切った。いつかの誰かがそうだった。それに似ているように思えてならない。予定からの逸脱の焦燥を彼女に転嫁させているだけの取るに足らないものなはずなのに、疑心はそんな一義的なものとは思えないほどに厚く粘っこい。
でも言わなければならない。キャスターが折角ここまでお膳立てしてくれたのだから、それを最大限活用しなければならない。相手に疑心を抱いたまま真実を言う時ほど恐ろしい時はない。しかしその恐れを呑み下さなければいけない。
「………、……す…」
「?」
一音だけが相手に届いた。これだけで限界に近いが、相手は不審そうにしているだけで郁の言いたいことを理解してはいない。言葉の続きを、または言い直しを待っている。>>189
「……す、すいません。…詳しくは、話せません」
ようやく言葉が出た時、郁は前からだけでなく横からも、刺すような疑懼を詰めた目線を感じ取った。キャスターの中で組んでいたであろう急ごしらえの予定が崩れていく音がする。
少女が、愛想笑いをぎこちなく浮かべて、郁を眇めている。そして、一息吐いて、
「話せないっていうのは、どういうこと?やましいことってわけ?」
「ち、違います、でも、…本当に、詳しくは言えません。ただ、誰かを傷つけたりするものじゃありません。…誰も、傷つけるつもりはありません」
「…ものによるよ。本当にそうだとしても、頼み方によっちゃ…」
「本当です!…本当に、もう、嫌で…縁を切りたいんです。私、は…二度と…」
遠のく意識を何度も連れ戻す。洗いざらい話してしまいたい情動を何度も規制する。少女が見せる表情は不審を通り越してある種の心配すら浮かんでいる。自分が今どんな顔をしているのか、想像する余裕すらない。
あれは厄物だ。だから誰にも言わずにいた。キャスターにも、明確には話していない。話してしまえば、その者の記憶に残ってしまえば、言葉として刻まれてしまえば、郁の夢は他人の夢さえ食んでいく。少女は郁にとっては疑いと恐れしかないようなものだが、それでも、今は夢じゃない。なら、彼女は現実で、夢に来てはいけない存在だ。だから言えない。だから言わない。
「えっと、うん、これくらいで勘弁して頂戴な。ほら、今にも倒れそうだし。今日はお暇させてもらいたいね、返事は後日ってことで良いんで」
あまりの気まずさに耐えかねたのか、キャスターが乗り出して収拾をつけようとする。もしくは、よほど郁が酷い表情をしていたのかもしれない。事実、今の郁は正気とか理性とか平静とかを問われると答えられない。
そのままなし崩し的に辞去することになり、ふらつく足をキャスターに何度か支えてもらって邸宅を出た。最後まで少女とライダーは不安げな面持ちで郁を見ていた。
そうして邸宅の門を抜け、住宅街から脱した時、安心感────と呼ぶには些か無遠慮で蒙昧なものが突沸していくのを感じ、身体から力が抜け、重心の支えを失くした身は斜めに傾き、そのまま横に落ちていった。薄暗がりとなった視界の端では、乾ききらずに残った水溜まりが陽光を強烈に照り返していた。>>190
5月2日(土)覇久間術陣営以上です「はて、私は何故ここに召喚ばれたのだろうか」
懐かしい風を感じながら草原を歩きながら独り言を零す。人理が不安定なこの特異点とやらに召喚されたはいいものの自分が誰に、なんの為に召喚されたのか皆目見当もつかない。
ただ、神霊である自分を召喚できる存在となると心当たりも限られてくる。
「大なり小なりこの件にお前も関わっているのだろう?お前はいつも説明が足りない。それで要らぬ誤解を招いたり着いていけないと離反する者が現れるのだ、まったく」
独り言が愚痴に変わりながらも歩き続ける。なんとなく此処に来た方がいいという勘の赴くままに歩いた先、小さな森の入口でその男は立っていた。
「────久しいな。私を覚えているか?」>>193
「っ、消え────ぐぅっ!」
宝具であるフレイの剣。持ち主に勝利をもたらすという剣の効果でなんとか見失った彼の男、ボズヴァル・ビャルキの振るった刃に対応出来た。
受け流したとはいえ人外の膂力で振られたそれの衝撃が残る痺れた腕に無茶を言い原初のルーンを刻む。
「…ふふ。久し振りの再会だというのに、随分な挨拶ではないか。そんなに神々[私たち]が憎いか?狂戦士よ」
自身に一節、両手の剣にそれぞれ一節、周囲の地面に二節、今は私の背後になった森の木に一節、ルーンを刻んでとりあえずの仕込みは出来た。
「■■■■■!!!!」
あとはどうやってこの嵐のような攻撃の嵐を掻い潜って距離をとるかが問題だな。>>194
正に獣の如き……否、獣そのものを連想させる程にビャルキの剣戟は鬼気迫っていた。
しかし、そんな野生的な動きであっても戦士として洗礼された無駄のない剣技をローズルに叩きつけていた。
「ッ……理性のないバーサーカーでもあっても技量は色褪せないか」
剣だけでなく、四肢をも利用した肉弾戦で徐々に体力を奪っていく。
なんとか間を見つけては反撃に出るローズルだが、如何に神であろうとも生粋の戦士には押され気味になってしまう。
だが、それでいい。彼女からすれば致命傷を負わず、時間を稼いで自身の地の利を得られればいいだけなのだから、下手に反撃に打って出て返り討ちに遭うなんて事態は避けたい。
このままいけば、と考えたところで戦況が変化した。
「████────!」
「なっ────ぐぅっ!?」
バーサーカーが突きを放った瞬間、再び視界から消えた。
ゾクリと、悪寒を感じたローズルは直感で勝利の剣を背後に向かって振り払う。
────金属音と共に火花が散った。>>195
まったく!フレイの剣が無ければ二度は死ん.でいたところだ。第一私は別に戦闘向きな神霊ではないというのに、ぽんぽんと切り札を切りおって。
だがなんとなく読めてきた。奴の宝具は膨大な魔力リソースを消費して奇跡を起こす類のもの。剣に宿る魔力を見るに少なくともあと一回は使えるだろう。
「ふ、そんなに手の内を晒しても良いのか?それとも判断力まで獣に堕ちたか」
そんなことを言ってはみるが通じてはいないだろう。そういった理性を振り払い戦うからこその狂戦士[ベルセルク]なのだから。
戦闘向きではない頭を必死に回して打開策を考える。何とかしないと次も防げる保証は無い。
「くっ!」
思考にリソースを割いた分目の前の戦いが疎かになり攻撃を食らうようになってきた。このままではジリジリと削られる一方だ。
こうなったらやるしかない。この男の前で一瞬でも武器を手放すのは非常に怖いがそれでも────!>>197
視界を覆う程の土煙が戦場に舞う。
ローズルの放った一撃は物の見事な必中の攻撃と化し、如何なる英霊であっても致命傷は免れないものだった。
にも関わらず、彼女の心中は穏やかではなかった。
(……躱された。あの一撃を)
邪魔な土煙が晴れる。
そこにいたのはローズルただ一人で、敵として殺し合った筈のビャルキの姿がなかった。
そう、ローズルが地形を使い、原初のルーンを使い、宝具を捨てるという危険な行為まで進めた決死の作戦は────失敗に終わった。
油断はしていなかった。寧ろ最大限警戒して戦闘を行った……が、しかし失敗した。
(あの魔剣に込められた魔力リソースを全て消費させ、作戦通り宝具を起動させた……そこまでは筋書き通りだ)
一瞬の隙をついた攻撃であったので、魔剣の力を使い果たしたバーサーカーに回避する術はなかった筈だった。
だが、読みが外れてしまった。オーディンの叡智を以ってもっと深く観察するべきだった。
まさか、ビャルキの保持していた鞘が魔力ストックを補充する宝具だったなんて誰が思おうか。
あの僅かな時間で魔剣を鞘に収納し、抜刀と同時に能力を使うだなんて……理性のないバーサーカーに一杯食わされた気分であった。
「理性が狂気に呑まれようとも、確実に“神々(私たち)”を殺.す為の手腕は失われない……やはり、そんなに“神々(私たち)”が憎いか」>>198
勝利の剣を呼び戻し、擦り傷を修復しながら彼女は思う。
────憎いだろうな。ハクマ投稿します
バーサーカーの暴威──突如として現れた台風に被害を受けながらも営業していた、ファーストフード店に、一部の聖杯戦争関係者たちが集まっていた。
ブリュンヒルド・ヤルンテイン、彼女が召喚したアーチャー。
ローガン=クレイドル、彼が召喚したランサー。
蒲池夏美、彼女が召喚したライダー。
真逆小路郁、彼が召喚したキャスター。
総勢八名がファーストフード店に一堂に会していた。バーサーカーとの闘争で疲弊した彼らは誰が言ったのかハンバーガーを食べるためにやって来ていた。
郷土料理がヘルシー系なものが多いため食べ慣れていないハンバーガーの旨味にドはまりしたブリュンヒルド、当世の食べ物に関心が強いアーチャー、大食漢のライダーはセットメニューに加えて単品で多くのバーガーを注文していた。特にライダーは全メニューのバーガーを注文していた。無論、支払いはライダーのマスターである夏美持ちである。
「ば、バーガーにポテト! そしてコーラ! ふはぁっ、背徳的ぃ!」
「痴れ者が、口にものを含みながら話すな」
「ブリュンヒルド! 夜中にそんなに食べたら太るよ」
友人に諫言する夏美はセットメニューの中からポテトを黙ってライダーのトレイに移した。
「か、カロリーは怖いけど、後で運動するから!」
「引きこもりの汝が何を言うか」
「アーチャーはあたしへの扱いが冷たい!? うう~、でも困ったことに美味しい……」
べそかきながらもハンバーガーを齧るブリュンヒルドに、キャスターが微笑みかける。>>200
「安心するが良い。がんぜない子どもよ。この食べ物は丸い、つまりゼロ、カロリーゼロな! それにそなたが飲むウーロン茶は一緒に飲むとカロリーがゼロになるし、フライドポテトは細いからカロリーゼロだ!」
「そ、そうなの!?」
「ちょ、ちょっと嘘教えないでよキャスター!」
夏美の剣幕に無関係の郁のほうが怯えてしまった。ただキャスターの陰にいるため夏美には気づかれていなかった。
「嘘などではないぞ。我が国の英雄の末裔の金言だぞ」
「それはジョークの類なんだよ……」
呆れた様子のライダーの言葉にキャスターはなんと、と呟いて驚いていた。
「まあ、一応、あのホテルにはジムがあったはずだから使ってみたら……」
絶望に打ちひしがれているブリュンヒルドに夏美が慰めるよう言葉をかける。
そんな中、一人の男がやってくる。褐色の肌、編み上げた白髪、端正な顔立ちが人間的な温かみを感じない青年である。
「雑兵どもが雁首揃えているとはちょうどいい」
唐突に冷ややかでぶっきらぼうな声が放たれる。
「お前はアサシンの……」
ローガンが愕然としたように呟く。彼らの前に現れたのはアサシンの守護英霊であるゲーティアであった。ワイシャツに黒の細身のズボン姿である。
他のマスターたちも言葉こそないが、彼と同じように慄然としている。アサシンがいかに強大極まるサーヴァントであるのかはよくわかっているマスターたちは、背筋に氷塊が滑り落ちたような寒気がした。>>201
対してサーヴァントたちに大きな動揺もなく、だが油断もなく構えていた。
ゲーティアは相も変わらず名乗ることもなく、近くの椅子を引きずり、足を組んで座り込む。
「アサシンの走狗が如何なる用向きかな?」
アーチャーは名刀のような鋭い視線をゲーティアに向ける。
「今日はご主人様のスカートの中に隠れてなくていいのかい?」
「有象無象どもに割いてやる時間も惜しい」
「言ってくれるねぇ」
超越存在であるとい自負故、ゲーティアはアーチャーやライダーの不遜な態度にも片眉を吊り上げる程度でしか反応はしなかった。
ライダーも敬意を抱ける相手でもない相手の使い魔へ鷹揚になる気になれなかった。その経緯故、特権に驕る者の腐臭を感じ取ればその態度はより冷ややかになる。
キャスターはハンバーガーを食べながら状況を黙して見定め、ランサーは先日の雪辱を思い出し言葉こそ出さないが敵愾心剥き出しの剣呑な眼光を光らせる。
「貴様らの聖杯を求める理由を、主は望んでいる。疾く答えよ」
「ほほぅ、聖杯問答か? それは小生も興味あるなぁ」
「あなたも要求に乗っかるの?」
夏美の呆れたような視線にも、キャスターは平然としている。
「当たり前のクラウドデザイン。聖杯を求める理由は気になるだろう? お互いの望むところをわからないまま戦いあうというのも、ノーサンキュー、ノーメルシーというものではないか」>>202
饒舌な、それでいて本心を読みにくいキャスターの言葉に毒気を抜かれた、あるいは成り行きに身を流した者たちが話す者、韜晦する者、口を緘して語らない者もいた。
夏美はライダーがまた何か軽口を言わないようにと思い、彼女の胴回りよりも太い腕に手を添えて抑えていた。
◇◆◇
ゲーティアは話を訊き出すだけで、やってきた目的も語らずに消えた。それは一応の同盟関係だった夏美たちにも不可解な行動である。二階堂家は果たしてアサシンを統制することができているのだろうかと、夏美は不安を覚えるのであった。
これで以上です。予定していた内容は情報量が多くて一つの話に収めきれませんでした。「誘われてるね」
若い有望な子が無謀なことをする、というわけでないのだろう。むしろ最近の子はそこらの大人よりも物事を俯瞰して見る癖がある。その影響からか、諦めが早い子も何人かいたりするけれど。あと、若者の人形離れが早いっていうのも死活問題。
「乗ってあげてもいいけれど、圧倒的に有利なのはこっちなのよね」
「けど逃げるのはなんか違いますよねぇ。あ、それ美味しそうですね……そうそう、そこのそれ」
「アップルパイよ。はい、どうぞ」
アップルパイを作るなら、やはり林檎のキャラメリゼに手を抜いてはいけないと思う。シナモンを入れることを嫌う人は一定数いるけれど、私としては入れないとどうも美味しいと感じない。スパイスは人によって好みが分かれるからそれはどちらともおかしくないけれど、やはり個人的には、あって然るべきだと思ってしまうのだ。
「残存している子たちも少ないし、逃げてばかりいるのは……おかしな話よね」
「あなたの信条に合わないのではないですか?私も合いませんし」そうだ。それこそこの大会において私の定めた生き方だ。
つまらない幕引きなどで終わらせない。そのような生き方などさせないし、興味もない。それは私らしくないだろう。
「出ます。もちろんそれ相応の準備はしてからではありますが、彼らを殲滅します」
「そうでなくては。私も傾城の魔性。ただ待ち構えるだけでは面白くありません。それでは私の方が城ですもの」
踊れ、歌え、叫べ、騒げ。それは他の参加者だけでなく、私もそうであるべきだろう。高みの見物をする性ではないし、しようとする気にもなれない。
「ここで彼を落とします」
至高の人形劇にするには、人形も本気であたらねばならないから。「近くの廃れたお家にお邪魔しましょう。必然的に彼らの攻撃を防衛する形になりますが、むしろそれで歓迎ですわ」
娘の熱意を裏切って、継いだ血統はここで終わらせると決めたから。
「私も彼もマリオネット。さあ、戦の劇を行いましょう」
愛しい愛しい夢のため。
我ら傾城の魔導の主従、今こそ此処に王を陥す。第■回投下します。
俺達は、とある廃屋の前に居る。
ランサーらしき気配はその廃屋から動かず、此方を誘ってるのは明白だ。
「籠られたな。本来の拠点では無さそうなのが救いだが……」
「アサシン、気配遮断ならどうだ?」
「いや、俺のランクだと来ると解ってて待ち構えられたら途中でバレる。かといってこの状況で宝具使ったらペナルティ喰らうかもしれんし……それならいっそ強行突破だ!」
現代の知識だとヤクザキックとかいう蹴りで、玄関の扉を蹴破る。
すると、即座に棘の弾幕が迫ってきたので、それを回し蹴りによる風圧で弾き返す。
そして、棘を放った植物に右フックで止めを刺し……。
「これで……おおっと!?」飛んできた植物を咄嗟に頭突きで迎撃する。
続く二体の植物を左右のパンチで潰し、右拳からの回し蹴りで後続も潰す……まだ次々と増援がやってくるな。
武器を振り回すには狭い……が、やりようはある。
「しゃらくせえ……マスター、突破するぞ!」
俺がやるのは単純な事だ。
壁が壊れないギリギリの威力で右拳を振るう。
当然、直接殴られた植物は千切れ飛ぶが、それだけじゃない。
攻撃の余波だけで群がる植物が潰れていく。
元が植物だからか、それとも数を重視した為に性能が低いからか、こいつらは脆い。
だから、サーヴァントには通用しない程度の余波でも簡単に無力化出来る訳だ。
「よし、次が来ない内に進むぞ」以上です。
ペレスの続き投げまーす
「(マスターはそこの物陰にいろよ?巻き込まれたら危ねえからな。)」
「(え、ええ・・・・・・分かったわ。)」
魔術障壁と謎のサーヴァントの雷撃の衝突によって発生した土煙に紛れ、私は念話でセイバーに言われるがまま大きなコンテナの影に隠れた。
「(んじゃ、軽く暴れてくるわ。オレとアンタの華々しい初陣といこうじゃねえか!)」
セイバーは念話を切ると、土煙を割くように勢い良く飛び込んでいき、
「おいおい・・・・・・。敵である俺を前に余所見と考え事たぁ余裕だ、な!」
右上段からの袈裟斬りを謎のサーヴァントに向けて放つ。しかし、袈裟斬りが当たる寸でのところで謎のサーヴァントの腕が─────形状から考えるに竜種系のものだろうか─────に変化し、セイバーの攻撃を防ぐために交差して掲げた。
けれどそれだけではセイバーの剣の勢いは相殺出来なかったのか、後ろに弾かれるように謎のサーヴァントは後退した。セイバーもまたわずかにたたらを踏んだが、それでもすぐさま態勢を立て直し謎のサーヴァントへと疾駆する。
「ふふ。先ほどは失礼しました。獣のように鋭い貴方。ええ、確かに試練の最中に他に気を移すなどいけませんね。」
不敵に、そんなことを言う謎のサーヴァント。
だが、セイバーはそれを気にも留めず、連続で斬撃を放っていく。それだけでなく、剣を振る間を埋めるために拳や蹴りなどの格闘術も織り交ぜている。
『さすがはクー・フーリン!』と思わず称賛したくなるけれど、そこはグッと心の内に抑え込む。
謎のサーヴァントもただでやられてくれるはずもなく、変化した腕で攻撃を捌きながら爪による攻撃を加えようとしたり、電撃による射撃攻撃を行なっていた。>>212
それでも力の差ははっきりとしていた。セイバーが持つ『矢避けの加護』。この効果により、セイバーに襲いかかるはずの電撃による射撃攻撃はセイバーに当たる軌道から逸れ、周囲のコンテナを焼くように当たっていた。同時にセイバーと謎のサーヴァントに向けて、これもまた謎のサーヴァント─────あえてクラスを予想するなら、弓などの遠距離武器を扱うアーチャーだろうか─────の狙撃が放たれる。だが、それがセイバーに当たることはない。
ルーン魔術の一つ、恐らくは千里眼の効果を持つルーンが刻まれたルーンストーンがセイバーのはるか頭上で輝いている。きっと私が召喚陣の片付けをしている間に作っていたのだろう。謎のサーヴァントとの対決の僅かな間で頭上に放り投げ、隠れているもう一人の謎のサーヴァントの警戒もしていたということだ。
そして、それが何を意味するかというとセイバーはもう一人の謎のサーヴァントを認識しているということ。それは即ち、矢避けの加護の発動条件に他ならず。セイバーに当たるはずだった弾丸は悉くがセイバーを避け、コンテナに当たり弾けていく。
それゆえにセイバーは歩みを止めず、剣の間合いまで謎のサーヴァントに詰め寄り謎のサーヴァントの眼前に剣を振り下ろすが、謎のサーヴァントは辛くもそれが直撃するのを阻止し、大きく後退する。
「いやはや、汝様は素晴らしい試練ですね。そこまで強くない己としては非常に嬉しいです」
その言葉に、私は何故だかぞくりと背中に悪寒が走る感覚がした。
─────何かがおかしい。
追い詰められているのは向こうのはずなのに、私達の方が追い詰められているような。
セイバーもその言葉に気味悪さを感じたのか、分かりやすく悪態をつくように言葉を吐いた。
「なんだよ、妙な事言い始めやがって。聖杯戦争ってのに参加した割には、苦戦の状況でも笑顔たぁおかしなヤツだぜ。」
そう。実力差は明白、それに加えてもう一方の謎のサーヴァントの相手もしなければならない。
なのに、あまりにも余裕がありすぎる。>>213
私は、先程のセイバーの推測の言葉を頭の中で反芻する。
『そのなりじゃ大方、テメェのクラスはキャスターかアサシンってとこか?』
セイバーは謎のサーヴァントの姿を見て、そう推測した。もちろんセイバーの見立てを疑うつもりはないし、むしろあの歴戦の猛者たる大英雄が言うことなのだ。余程の詐称上手でもなければ間違っているはずもない。そういった経験の無い私には得られない知見から、セイバーはそう判断したのだ。
だから逆を言えば。セイバーのその判断に疑問や思考を巡らせるのが、マスターである私の役目・・・・・・なのだと思いたい。
「(もしも、あのサーヴァントがセイバーの言うとおり、キャスターかアサシンのクラスだったとして・・・・・・。そんな易々と前に、表舞台に姿を現すものかしら?)」
魔術師(キャスター)、暗殺者(アサシン)。
この二つのクラスはどちらかといえば真正面から戦うことには向かないクラスだ。権謀術数を張り巡らせ、敵の動向を窺い、隙あらば漁夫の利を狙うのがこの二つのクラスの常道であり王道だろう。キャスターであれば穴熊をして陣地を強化し神殿を作り上げて陣地に侵入してきた敵を討ち、アサシンであればあらゆる情報を集め闇に潜み敵の寝首を掻くのが戦術の基本となるはず。
だが目の前の謎のサーヴァントはそれらとは真逆、自らが前線に立ち戦いに交わるそれは三騎士のクラスや四騎士の残りであるライダーとバーサーカーのクラスが得意とする戦術だ。
だけどだとしてもおかしな点しかない。セイバーはまず私のサーヴァントだから目の前の謎のサーヴァントのクラスとしてはありえず、この場にいるもう一方の謎のサーヴァントがアーチャーならばそれもまたありえない。そうなるとランサー、ライダー、バーサーカーのどれかということになるけれど、謎のサーヴァントの得物や言動などから考えていずれのクラスの特徴にも当てはまらない。
「(バーサーカーなら、まだ可能性はあるかもしれないけれど・・・・・・。だとしても狂化の影響を受けていないとは考えづらいわ。)」>>214
バーサーカーのクラススキルである『狂化』。ランクの高さに応じて言語能力と引き換えにサーヴァントのステータスに上昇補正を加えるものだけれど、目の前の謎のサーヴァントの意思疎通具合を鑑みるにありえてもランクC程度が限度ではないだろうか。そうでなければ、あまりにも流暢に謎のサーヴァントは喋りすぎている。
「(あるいは自分の手札を晒さないために、あえて力を温存している・・・・・・?)」
恐らくはお互いにとって、これが聖杯戦争の初戦なのだと考えるとありえない話ではない。敵情視察が目的なのだとすれば、むしろ合点のいく話だ。
と、そこまで思考したところで。薄らと謎のサーヴァントが笑みを浮かべる。
「ええ、そうですね。己は、他のサーヴァントの方とはまた違った動機で参戦しているのでしょうし。しかし今の苦境では中々に己の本懐は遂げられません。と、いう事で。己は汝様とまだ見れない狙撃の何方かを両方等しく相手どる為、こうする事にしましょうか。」
背中にあった翼をはためかせ、謎のサーヴァントは空へと羽ばたいた。
「では、行きますよ。乗り越えて下さいね?」
そう謎のサーヴァントが言い放った瞬間、周囲の空間が魔力で歪んだ気がした。>>215
「チッ・・・・・・!マスター!」
「セイバ、きゃっ!?」
セイバーが左腕で私を抱え、近くのコンテナまで飛び上がる。
と、同時に。先程まで私がいた場所の地面が抉られていた。いや、それだけではない。この廃工場全てに、あらゆる攻撃が無差別に放たれていた。
「セ、セイ──────」
「マスター!舌ぁ、噛みたくなかったら黙ってろよ!ちょいと暴れるからなッ!!」
謎のサーヴァントの攻撃を、私を抱えたまま右手に持った剣のみで捌いていくセイバー。無理筋な攻撃も魔力放出スキルを利用することで筋肉の動きを加速させ、一つ一つ斬り伏せていく。
だけど、それにだって限度はあるはずだ。いくらセイバーが強くても、いつまでも出来るわけじゃない。セイバー自身、それは分かっているのだろう。
故に───────
「宝具、真名限定封印───────」
セイバーが言祝いだのは完全な真名解放ではなく、あくまでも一部分のみを使用する限定的な真名解放。それでもこの場においては十分のはずだ。
魔力が剣に満ち、輝きが増していく。そして宙に浮いたコンテナだったものに足がつくと同時に後方へと跳躍し、
「『陽光揺らめく光の剣(ソフド・クラウソラス)』──────!!」
右下から剣を振り抜き、謎のサーヴァントに向けて光の斬撃を飛ばす。そして、その一撃は確かに謎のサーヴァントへと届いた。
同時にセイバーが地面へと降り立ち、私を地面へと下ろす。けれど、私は気付いてしまった。
「マスター、怪我はねえな?」
セイバーが私の顔を覗きこむ。ニヤリと笑うその笑顔に、私は耐えられなかった。
「わ、私は平気よ!でもあなたの腕が・・・・・・!」
血が滴り落ちる左腕。もちろんセイバー本人からすれば大した傷ではないのだろう。けれど、私にとっては私が彼の足を引っ張ったから付けられてしまった傷にしか思えなかった。>>216
「ん?・・・・・・ああ、このくらいなんてこたぁねえよ。マスターがそんな顔するほどじゃねえさ。」
「で、でも!私を庇いさえしなかったら、あなたはそんな傷を負わずに──────」
済んだかもしれないのに。そう言おうとして、セイバーに頭を軽く小突かれた。
「あうっ・・・・・・!?」
「あのな、マスター。無傷で戦いを終えられる奴なんていねえんだよ。俺にしろ他の英雄にしろ、生涯一度も傷を負わずに死んだ奴はいない。むしろこういう傷なんざ日常茶飯事だ。こんなんで一々そんなこと言ってたら身が持たねえぞ?」
「で、でも─────」
「いいかマスター?俺は確かに強い。だが俺は無敵じゃねえ。傷は負うし怪我だってする。だけどそれはマスターの責任じゃなく、防いで凌ぎきれなかった俺の未熟だ。何よりも、だ。マスターは俺にとっちゃ大切な存在だ。それを守るのは当たり前のことだろ?」
「・・・・・・セイバー。」
セイバーが笑いながら軽く頭を掻く。
「あれだな。マスターは戦いにゃ、てんで向いてない性格だな!」
「うっ・・・・・・。」
「だけどな、俺はそれでもいいと思うぜ?全員が全員、戦うのが好きなわけじゃない。俺の時代だって、戦うことを拒む奴はいた。俺の時代はそういう奴ほど死ん でいったが……今の時代は違う。マスターみたいな優しい奴が無理に戦わなくても生きていける。ならマスターが戦いのためにわざわざ変わる必要なんてねえ。マスターがマスターのまま、マスターらしく戦う方法を見つければいい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
私らしく、戦う方法───────
「…フフ、フハハハハハッ!!!」
「──────!」
傷を負った謎のサーヴァントが高笑いする。
そして私達を睥睨すると、まるで賛歌を歌うように言い放った。
「素晴らしい!!素晴らしいですよ獣のような汝様は!!ああ!やはり汝様のような人間が試練を乗り越えていく時はいつも心が荒ぶります!ああ、天上に御座す主たる貴方に、変わらぬ感謝を高らかに謳いましょう!ハレルヤ!いざ此処に、万雷の喝采と絶対的な祝福を!!喉が裂ける程に!声が掠れる程に!!アリルゥゥイヤァァッ!!!」>>217
謎のサーヴァントの後ろに黒き雷雲が立ち込め、そして──────
「世界は愛に!試練に!悲しみ、怒り!そして喜びに満ちている…っ!!!──真名封鎖、宝具限定解放──『■■・■■□■(◆◆◆◇◆)』!!!」
放たれるは超広範囲の雷による爆撃。私は不意に悟った。
─────だめだ。いくらセイバーと言えど、これは防げない。
『矢避けの加護』はあくまでセイバー自身を狙う狙撃、射撃、あるいはそれらを含む遠距離攻撃において有効だ。
だが、それが広範囲に渡るものとなると話は別だ。なぜなら、対象がセイバーだけではないからだ。セイバーが避けられたとしても、私が避けられない。ましてやセイバーが私を置いて逃げる、なんて選択はしないだろう。私を守る選択をセイバーなら取るはずだ。
ルーン魔術である程度は防げるかもしれない。だけれど、それだって万全とは言い難い。
「チッ─────!」
それでも迫り来る雷撃から私を守るべく、セイバーが手元のいくつかのルーンストーンを使おうとした───────その瞬間。
「──真名封鎖、宝具限定解放──『■■■■□■■■■(◆◆◆◇◆◆)』ッ!!」
流星の如き白銀の槍が、雷撃を跳ね除ける。
私とセイバーの前に降り立ったのは、緑と銀の鮮やかなグラデーションが特徴的な少女だった。それも───────
「(この魔力・・・・・・!この子もサーヴァント・・・・・・!?)」
先程のことを考えると、恐らくランサーのサーヴァントだろう。
そしてランサーだろう彼女は振り返り、こう提案してきた。
「敵の敵は味方、とまでは言いませんが今は手を組みませんか?」
「え・・・・・・?」
それは、つまり。>>218
「俺達とこの場限りの同盟を組みたいってことか?」
「はい、そう受け取っていただいてかまいません。」
セイバーの確認に、彼女は肯定で返す。
「どうするマスター?こいつはこう言ってるが?」
「ど、どうって言われても・・・・・・。」
いきなりそんなことを言われても、どう返すべきかなんて私には分からない。
「セ、セイバーが決めてくれないかしら?私には、その、どうするべきかなんて分からないから──────」
「・・・・・・あのなあ、さっき言ったろ?『マスターの意思は尊重する』ってな。だからここはマスターが判断してくれや。こいつの言葉を信用するか否かを、な。」
「そ、そんなこと言われても・・・・・・。」
戦いとは無縁だった私にとって、あまりにもその判断は重すぎる。
彼女と手を組むことは、確かに、ここで相争うよりはいいのかもしれない。だけど、もし彼女がセイバーが疲弊したところを狙っているのだとすれば、簡単に首を縦になんて振ることは出来ない。
けれど、単純に善意で言ってる可能性だってある。紛れもなく本心で、私達に協力したいのだと。
信じれるものなら信じてあげたい。だけど、安易に信じるのは危険な気がしてならないのだ。
これは聖杯戦争。魔術師達と召喚されたサーヴァント達による命の奪い合い。あらゆる可能性を考慮しないなんて、私には出来ない。
我ながら、なんて臆病なのだろう。
差し伸べられた手を掴みたくても、その手を掴むことがとてつもなく怖い。手を掴んで裏切られることが怖い。見えた希望を奪われることが怖い。信じて大丈夫だと安心させられることが怖い。
覚悟なんて出来ていないのだ。
彼女の顔を見る。>>219
「(─────ああ。なんて、強いのだろう。)」
サーヴァントだからあまり外見はあてにならないけれど、それでも外見だけなら年はきっと私と変わらないはずだ。なのに、彼女の表情は強さを秘めていた。覚悟、とも言うべきだろうか。それほどまでに彼女の表情からは強い意志を感じられた。
それがとても羨ましかった。弱い私には、とてもではないけれど持ち得ないもの。
セイバーもそうだ。召喚された直後に見た、覚悟と自信に満ち溢れ堂々とした顔。それはきっと英雄であれば、誰もが持ち得るものなのだろう。
「(私には持てないもの─────)」
マイナス思考に沈みかけた時、ふとセイバーの言葉が脳裏をよぎる。
『ならマスターが戦いのためにわざわざ変わる必要なんてねえ。』
『マスターがマスターのまま、マスターらしく戦う方法を見つければいい。』
「(私らしく、戦う方法─────)」
そんなもの、まだ分からない。分からないけれど、でも─────
「・・・・・・ふふっ。私がセイバーの言葉を信じなくて、どうするのかしら。」
私は思わず自嘲するように笑った。自分が召喚したサーヴァントを、セイバーを信じなければ私は何も出来はしないのだ。だから、今はセイバーに甘えよう。
「・・・・・・決めたか?」
「ええ、もちろん。」
私は彼女に向き直る。
「あなたはランサー・・・・・・でいいのよね?」
「ええ、如何にも。私はランサーのサーヴァントです。」
彼女の確認を取り、私は大きく深呼吸をする。>>220
「すう・・・・・・はあ・・・・・・。」
緊張している自分を落ち着かせるためでもあるが、一つの決断を下す覚悟を決めるための深呼吸。
そして、私は私の決断を彼女に─────ランサーに伝える。
「ランサー、あなたの提案をお受けします。今、この場は共に戦いましょう。」
「・・・・・・ありがとうございます。その選択に感謝を。セイバーのマスター。」
ランサーはどこか安堵したような表情を浮かべ、胸を撫で下ろしたようだった。
「さて、話はまとまったみたいだな。なら、早速で悪いが──────」
セイバーが宙に浮かぶ、謎のサーヴァントに剣を向ける。
「一緒に、あの宙に浮かんでるアイツを撃ち落とそうや!ランサー!」
「ええ、もちろんです!セイバー!」
それを見て、謎のサーヴァントはケタケタと笑う。
「ああ!素晴らしいッ!なんて素晴らしいのでしょう!!己に立ち向かわんとする勇者が二人!まさしく試練とするにはこれほどのものはないでしょう!!」
両腕を広げ、そして高らかに謎のサーヴァントは宣言する。
「─────さあ、来るがいい!!己の試練を超えてみせろッ!!」
その宣言に応えるようにセイバーとランサーが、謎のランサーに向けて疾駆し跳躍する。
まだこれは、この聖杯戦争のほんの1ページ。
だけれど、私はこの日のことを忘れないだろう。以上でーす・・・・・・これ本当に序盤の展開?
魔神柱と呼ばれる高次元生命体が蠢く、枝木が重なって鳥の巣のような形状となった大樹、といった趣の足場を踏みしめる。それは見る者が見れば、ソロモン王の魔術回路を基盤にした固有結界に似て非なる、かつてネブカドネツァルが滅ぼした“ソロモン神殿”であると分かっただろう。
玉座には、まだ少女のごとき齢の女王がいて。
その傍らにはソロモン王の写し身たる使い魔ゲーティアが立ちはだかる。
「……こうも、馬鹿正直に来るとは思っていなかった」
「さすがに万を越える人々を無思慮に焼くと言うのであれば、応じる他ないでしょう」
アレン、最優たる剣士の英霊(セイバー)のマスター、アレン・メリーフォードは憮然とした面持ちで答えた。天上王ネブカドネツァルが“血迷って”セイバーが……陣地、そう魔術師の英霊(キャスター)の作る陣地……に来なければ、覇久間の民を滅ぼすと声高らかに宣言して、およそ6時間が経っていた。
「あまり上品ではないから、驚いてしまったけど」
「……貴様、ああ、セイバーか。ふん、これが最優の枠に収まった器とは。けっきょく“此度の”聖杯戦争で超抜種の域と言えるのは、このネブカドネツァルだけだったな。あの魔人が如きライダーは、惜しかったが。人の形を捨てて変生すれば神の階に足を踏み入れることも叶っただろうに」
(…………なるほど。此度、と称しますか。神霊の視座を持つ者は、高次元から異なる並行世界の事象を知り得るというのが時計塔の論文にあった、記憶がある。天上王も同等の視座に達しているという事か……!)
「それって要するに、貴方、上しか見ていないっていうことかしら」>>223
セイバー、その真名はオードリー・ヘップバーン。かの合衆国における名女優である。
美しく柔和な微笑みを湛えていた彼女の表情が、双眸が、“敵”を認識する。
「天上王なんて聞いて呆れる。理想(カミ)しか見て来なかったんだ?」
「――――」
「貴方は日々の暮らししか考えられない人たちのこと、知らないんでしょう。娯楽っていうものが何のためにあるかっていうの、分からない人なんでしょう。だから、“ネブカドネツァル”なんて名前を名乗れるのよ」
「――――知ったような…」
「知ったような口を利くのね、この私に」
(空気が、変わった……!)
アレンはようやく口を開いた天上王の威光、その重圧を肌で感じる。
ゲーティア自身はネブカドネツァルの守護英霊であり、七十二の魔神を再構築・再召喚した影法師である。神の如き術式とはいえ、人が作り出した存在であり、生命としての主体ではない。
真実、ネブカドネツァルは違う。
天上王と謳われ、地上に君臨した破格の人間。ソロモン王の罪の証。>>224
「その時をただ生きるためにビールを飲み、他者と交わる。そして友と笑い、泣く。それは確かに、人の営みでしょう。だが、それはただの生命活動の余剰に過ぎない。三大欲求とはよく言ったもの。ただそれを満たすことだけしか考えられないような者がいると――貴方も想像したことがあるでしょう?」
古代、神代とは魔術師にとっては確かに理想の時代だったのかもしれない。
かの英雄王ならば自らの治めていた時代の民草の方がより“強かった”と言えるのかもしれない。
だが、それは欺瞞であると、ネブカドネツァル個人は思う。
結局のところ、彼女の生きていた時代はあまりにも死に溢れていた。その中で、オードリー・ヘップバーンのような職種の提供する娯楽などは整った福祉、“パンとサーカス”のような基盤がなければ民衆は享受できないだろう。確かにエンターテイメントとは、精神を豊かにする。それは間違いない。だが、肉体(いのち)を豊かにするとは限らない。
歯車そのものではなく、歯車をロスなく回すために必要な潤滑油。
「――――ええ、覚悟していますわ」
確かに女優オードリー・ヘップバーンを知り得るのは、かつての貴族のような暮らしを佳しとするような…合衆国がそうであったように…だけだろう。
それでも、彼女はそれに救われた。
現実の厳しさを知らない女性ではない。国際連合児童基金の前身組織に助けられ、また自身の晩年を親善大使として捧げた人である。
「全人類を、お前では救うことはできない」
「それは前提が間違っている。救う、のではなく、助け合う。でしょう?」>>225
セイバーは、自身のマスターであるアレンの顔を見つめる。
いつになく真剣な眼差しを、アレンは気品と受け取った。貴族の振る舞いと言い換えても良い。真の意味で高潔なる人のノブレス・オブリージュをオードリーに見たのである。
「…………そうか」
「えっ?」
オードリーには天上王と呼ばれた女性の、嘘偽ざる本心が、その一言に現れたように思えた。が、それもネブカドネツァルから溢れ出す魔力の圧によってすぐさまかき消された。成人にしては小さい体であっても、ただの圧だけで身を浮かすような魔力の、波に。
「――――我が声を聴く者は、皆が予言の証人となるがいい。
決着は、空を流れる星が消えるよりも早く終わるだろう!」
アレンは令呪に力を込める。
セイバー、オードリー・ヘップバーンとの魔力の経路(パス)を強く意識する。
オードリーもまたその意図を正確に把握し、『列して称えよ、輝きし銀幕の星々を(ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム)』に魔力を注ぐ。
アサシン、ネブカドネツァルもまた自身の『聖なるかな至上の星(ロード・カルデアス)』を握る手に力を込める。>>226
覇久間リレー5月2日
『天の光、あるいは地の光』です~(……付き合いきれん。撤退するぞ。アーチャー)
男の放った念話には、明確な疲弊の色が見て取れた。
男が契約したサーヴァント、アーチャーの本質は子供だ。召喚してからの付き合いはごくわずがだか、人を見る目に長けた男はそれを察していた。
(撤退? もう? しょ、勝負はこれからでしょ?)
少女の些細な感情の変化を男は目敏く感じ取った。
震えている。怯えている。目の前のサーヴァント達の闘争を見て、完全に怖気づいている。
(これからだから、だよ? 分の無い賭けはしない主義でね。そら、行くぞ!)
懐から取り出したスモークグレネードを、男は渾身の力で地面に叩きつけた。そのまま少女を抱えあげ、煙に紛れて遁走する。
強化を施した全力疾走から約15分。
男を追いかける敵は1人もいなかった。>>228
◆
「……お前、ビビっただろ。わかるんだよ。そういうのは。職業柄でね」
「っ! ……そうよ。勝てない、と思った。当然よね。獣(わたし)が人に倒されるのは当たり前のことだもの」
溢れる涙を隠そうともせず少女は淡々と語る。背中がじわりと濡れていく感触、彼女は男の衣服で眼を拭いていた。
「それはどうかね? 獣害って言葉があってな。俺の国でもお前みたいな獣が暴れたことがあるくらいだ。そいつは人間の味を覚えた熊だったそうだぜ」
「獣が……?」
「ああ……獣(お前)が、だ」
背中に背負った少女の声色がわずかに変わったのを、男はまたも見逃さなかった。
「教えてやるよ、これから。お前が強くなれる方法ってやつを。そういうのは得意分野でね。これも何かの縁ってやつだ。
お前はこれから強くなれる。今のお前が弱いとも思わんが、成長ってもんに限界は無いからな。教わる気があるなら今の言葉は覚えておけ」
そこで男は一拍置いて。
「何より―――お前は、かつて人間戦車と呼ばれたこの景伏弦のサーヴァントだ。そんなお前が、強くないわけがないだろう?」>>229
以上です「ロード級の工房ならまだしも、私のような二流魔術師の工房でサーヴァントに対応できるはずもありませんし」
かといって、しっかり育てていた可愛い植物を殴り散らし荒らされるのは納得がいくかどうかと言えば否だ。あまり好ましくない、というか心に対して不健康である。
「んー……なら、こうかしら」
植物単体、人形単体で完結するならばそれは単なる植物使いや人形師であるというだけだろう。ベルリーズの一族の利点はそれらを使った人類文化と自然に富んだ空間の融合だ。ようは、点ではなく面。単体ではなく群体。その場を作り替えてこそだ。
「サーヴァントを最大限活かす。それがマスターのすべきことだと思うのよ、私は」
そうだ。サーヴァントという己を糸とした人形を最大限魅せるのであれば、彼女の特徴を活かした空間にすべきだろう。
「舞台設定変更。益荒男駆け巡り刃と刃が迸る、舞台は麗しき天守閣」サーヴァントでも、魔術師でも……神秘に類する者ならばその変化を感じ取ることができただろう。
マナが変動する。今までの流れが変わる。屋敷が揺れ動く。それは地震などではない。屋敷に生え蔓延り、絡みついた「植物」が揺れ動いて鳴動を起こしているのだ。
──────かのアッシュボーンが有する剥離城アドラ。その土地において「地上で最も優美なハイエナ」と称されたエーデルフェルトの令嬢は、他者が有する工房を侵略するために己の宝石で城の魔術経路を覆い、奪うといった仰天ものな事をしでかそうとしたという。
結果は失敗に終わったが卓越した魔術師が有する幾重にも神秘が張り巡らされた魔術工房においても「理論上は可能」とされたもの。ならば、それを魔術の手も入っていないただの土地で、魔術師が精魂こめて育て上げた植物で包み込んだならば?「あらかじめの詠唱、瞬間契約っ……!少し荒々しいけど、ごめんあそばせ。相手の領地に踏み込んだということは、それなりの覚悟があるのでしょう!?」
屋敷の中、その様相が一変する。床はすべて柔らかい草に覆われた草原となり、天井は果てが見えないような星空へと変化する。もちろんそれはそう見えるだけであって、高位の魔術師が時間をかけて用意する異界化の類や固有結界ではないのだが、「演出する」ことこそがオーレリアの魔術なのだから問題ない。
美しく、儚く咲く光の花々に囲まれて、まるで春風に攫われてしまいそうな無垢な顔を浮かべる人形がステップしながら緩やかにダンスを踊っている。
月に叢雲花に風。周りには崩れ果てた建物の残骸のような瓦礫。あいにく夜の散歩とするには向かない荒れた様子であるが、だからこそ命と命の奪い合いらしいというもの。見方によってはそれも風流。
慣れた足取りで槍を回す赤い着物の美女。彼女が放つ色気は、まさに傾城。
それは、この荒れた中にも美しさを残す戦場に咲く嫋やかな血の華のようにも、そもこの戦場を築いた忌むべき魔にも見えるのであった。それと同時に、アサシンのマスターに私は声をかける。
「ランサーが持つスキルの効果を倍増させているわ。常人は愚か、普通の……男の魔術師が彼女を見て正気を保てるかは私にはよくわからないけど。私の方に挑むか、アサシンの勇姿を見届けるか。貴方の思うようにした方がいい。勝っても負けても、きっと後悔する」
以上です。ランサーの持つ傾城魚のスキルの効能を補助して高めた……みたいな感じです
ワンランクも上がってるぐらい過剰な感じではないですあと魅了の魔眼の対抗レジストとかできるんじゃないかなぁ、とか意志の力で耐えれることも可能なんじゃないかなぁ、とは思ってます
お任せします空の彼方から、大きな崩落音がする。同時に、彼方にあった強大な魔力も大いに減衰していっている。
地響きとすら見紛う音はさながら魔神の叫びのようで、避難を続ける地上の住民たちはそこでまた更に悲鳴を上げ、慌てふためき混乱を極めている。どこへ逃げれば良いのか分からず、どうすれば良いのか分からず、危機が去ったのかも分からず、四方八方へ逃げまどい、荒れ狂う波か何かのような人いきれを作り上げた。そんな中で、もみくちゃにはならないようにと脇にそれた主従の二人がいた。
「あの、音は…」
「どうやら、セイバーたちがどうにかしてくれたようだな。あとは時間の問題といったところだな」
不安げに空を見つめるマスター、郁に、人麻呂は同じく空を見遣りながら呟くように答える。その声は、周囲の騒音に搔き消されそうなものであったが、しかし不思議に消えることなく音となって響いた。
アサシンが宣戦布告をして、その後に上空に大規模な結界────神殿と呼ぶに相応しきものが現れた。以前のバーサーカーの時と同様、いやそれ以上の災害が差し迫る中、一番に動いたのはセイバー陣営だった。次に、土地の管理者であるライダー陣営、アーチャー陣営、ランサー陣営が神殿へ向かっていくのを見た。人麻呂たちは、討伐へ向かうサーヴァントたちへ出来る限りの支援をかけ、見送った後に住民たちの誘導を戦況を見定めながら行った。
控えめに言っても、アサシンの異端とも称せる強さの一端は覇久間の地を容易に蹂躙する代物だった。それを、セイバーたちは迎撃し、押しとどめ、押し返し、そして、今この瞬間打ち勝ったのだ。主を失くした神殿は脆く壊れゆくのみで、遠目からではまる空中を流れ星が降り落ちているようにも見える。
その内で、一つ。唯の流れ星、神殿の瓦礫とは異なる色を認めた。
星は、翼を傷めた鳥が、それでも飛ぼうとするように、危なっかしくも、どこか物悲しく、一筋墜ちて行っていた。落下位置は、角度から見るに公園。奇しくも、人麻呂たちとアサシンたちが初めて顔を合わせた場所だ。>>236
「……行くか」
「え、…行くって、何処に?」
「さっき、アサシンが墜ちてった、そこに」
「そ、それ…は、危険では…?」
怯えた表情で郁がこちらを見ている。顔は白く、元気も生気も活気もない。思い出してみれば今日一日で色々なことがあって、その殆どすべてが郁にとっては疲労の原因となるものだった。何なら、今朝には熱中症でぶっ倒れていた。それを押して今までいたというのだから、感心も過ぎて呆れてしまう。
自分ひとりが行くとしても、郁は置いていくべきだ。しかしホテルに返すには事態の収拾が落ち着いていない。避難所に匿ってもらうか。
「いや、小生一人で行こう。其方は避難所で休憩しておれ」
「そういう訳には…」
「これ以上、身体壊して床に臥すわけにもいかんだろう?」
「そ、れは、そうですけど…」
「なぁに、小生は無問題さ。あのお嬢さんには一つ言ってやりたいことがあるからな。それまでは退場はさせられんよ」
「……わかりました。…何かあったら、必ず。言ってください」
「おうよ!そんじゃ、しばしバイビー!」
笑ってみせて、走る。その途中でも時々立ち止まって郁の方を見ると、彼も彼で人波を避けつつ避難所の方へ歩いていた。足取りにはまだ力がある。そして、人麻呂と違って振り向いてこちらを見たりはしない。己を信頼してくれているのであろう、と感じ、安堵の感情が浮かんだ。
その安堵をゆっくりと拾いつつ、自分は自分で公園へ駆ける。人いきれを掻い潜り、路地を通り抜け、カーブや坂道もひた走る。距離はそこまでないはずだが、それでもサーヴァントの消滅は早いときは一瞬だ。一瞬に間に合わなくては意味がない。>>237
そうやって、やっと辿り着いた時。公園の見慣れた土は、白い花に包まれていた。ここのような平地ではまず咲くことのない花────高貴な白、白い露に濡れて咲く花、エーデルワイス。その花畑と化していた。
花々の中へ、一足入れる。もう一足。更に一足。慎重に、雪山を歩くように進んでいくと、不意に視界の端に、白一面の世界には似つかわしくない色が映った。赤い、赤黒い、血の色だった。それを頼りに、また一歩ずつ足を動かしていく。血は進むごとに見える範囲が広がっていき、ついにはエーデルワイスを赤く染め上げる地帯を見つけた。その中心にいるのは、当然のことながら、あの日出会った少女────アサシンであった。
「────ねぇ、そこの魔術師さん?」
「……変わらないなぁ。いつから気づいてたよ?」
「気づいてなんていないわ。…ついさっき、何かいるなって思ったら、貴方だったの」
「………変わんないなぁ、ホント…」
少女自身は、傷つき、血に濡れ、今にも消え入りそうな姿をしているというのに、態度はやはり初対面での印象と違わぬ高慢で鳥瞰的なものだった。折角の儚さが台無しだな、などと思っていると、意外に余力があるのか、アサシンは口を開いた。
「…それで?私に何か用かしら?」
「ああ、そうそう。其方には一発ガツンと何か言ってやろうと思ってな」
「あら、何かしら」
「うんにゃ、今まで考えておったが…閃かんかった」
「……ならどうして、大事なマスターを置いてきたのかしら。貴方の首くらいなら、狩れるかもしれないのに」
「いや…それはないっしょ?」
「さあ。試してみる?」
「結構でーす。小生まだ生きてたいでーす」>>238
おどけた風にしていると、アサシンは笑った。まったくどこまで余裕があるのか知れたものではない。いつも傍らにいたあの男がいないだけましだと思っていたが、全然そんなことはなかった。
「とにかく。小生はな、其方に一つ歌を捧げようと思うのだ」
「歌?貴方、歌うの?」
「違う違う。詠うのさ」
もしかしたらこの少女は天然なのかも知らん。そんな考えがふと浮かんだが、今更相手の性格を類推したところで何にもならないだろうからと頭を掻き、気を取り直す。そもそも、天然という性格は当たっていたとしても治しようのないものだ。仕様のないことだ。
少女は、一体なにがあるのかと人麻呂を、大して期待とも言えない面持ちで見ていた。これが、人麻呂が彼女を高飛車だと思った所以だ。今見ると、ただ受け身になっているだけに見えてしまう。
「えー、こほん。では、アサシン。其方の今わの際に一首手向けよう。」
「“天の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ”────うむ。実に適した歌であるな」
人麻呂が、生前のうちに詠った歌の一つ。夜空に見る雲間の三日月を詠んだ歌。
アサシンは、これを聞き、なにを感じたのか。静かに目を瞑った。それが長くあったので、初めは人麻呂でさえ人間のように────あろうことか、生者のように、静寂のうちに果てたのかと思った。しかしそのすぐ後、アサシンはパチリと眼を開き、
「それ、私だけに詠ってはいないわね」
とだけ、射止めるように話した。>>239
「その通りだとも。其方のマスターのお嬢さん宛てでもあるさ」
「あの子が今どこにいるのかなんて知らないのに、思い切ったことをするのね」
「わからずともな、小生くらいになれば「この状況だとこんなことするだろうなー」ってのがわかるのよ。庶民派だから。小生」
「なるほどね。……えぇ。お察しのとおり。あの子は、今、飛行機に乗って、もうどこか…少なくとも、ここにはいないわ」
アサシンの傍にマスターの少女がいないのは不思議で、アサシンの大暴れ前に国外逃亡をしたのは容易に見当がついた。調べたところ、少女は覇久間の御三家の一角を担う二階堂家の娘のようで、縁を頼りに発ったのだろう。
「まあ、だからこの歌にしたのよ。お嬢さんの空の果てへの旅の無事を僭越ながら祈願して、な」
「その解説は、余計だったんじゃなくって?」
「だって、其方ピンと来てなさそうだったしー」
「あら、そんな顔、してたかしら」
「してなかったって言ったら嘘になるな」
「…でも、貴方も殊勝なものね。敵方の無事を祈るなんて」
「いやさ。お嬢さんは敵だったかもしれぬが、今は違うだろう。お嬢さんは今もっては唯の少女。ならば、己の言葉がそのあえかなる旅路の一助となるを願うのが小生という者よ」
「戦争には向かない寛容さね」
「まあなー。小生、唯の人なわけだし」
「…ありがとう。礼を言うわ」
アサシンは微笑んでそう言った。確かにそう言った。あまりに似つかわしくない言葉であったために驚いていると、彼女はその顔が愉快だったようでまた笑った。>>240
「そんなに愉快なもんかねぇ?」
「えぇ、とても。…でも、もうお終いね。少し残念だわ」
「これ以上暴れられたら実際小生たち終わってたからなぁ。…今度は、味方としていたいもんだ」
「…ロマンのあることを、言うものね」
「応とも。何度も言うが、小生は…唯の人、だからな。ロマン大好きな」
光が見えた。淡い、泡沫のような光が、現れては消え、消えては現れと、アサシンの姿を覆って、空へと昇っていた。それがサーヴァント、英霊としての消滅を意味することは、誰に言われるでもなくわかった。
アサシンはもう何も言わなかった。ただ、あんなに暴れたというのに、随分と安らかに、目を閉じて、その光の群れに包まれるを良しとして何もせずに時が過ぎるのを待っていた。人麻呂も同じように、移ろっていく時間の流れを見守っていた。
少女の身体の一片一片が溶けるように、攫われるように消えていく。風の吹くこともないまま、光たちは身体を撫でながら地を離れていく。エーデルワイスの花畑も、それに従って消えていく。人麻呂すらその景色に包まれる。
何も見えなくなって、そして何か見えるようになって、その時には、公園は元の、一脚のベンチが据えられたどこか殺風景なものになっていた。空を仰ぐと、色は既に夜の深い青へと塗り替えられていた。
そういえば、アサシンは────古き天上王、ネブカドネツァルは、あの時「またいつかの夜に会いましょう」なんて言っていた。それは、まさかこれも見越していたのだろうか。問う相手はもういなくなっていた。>>241
5月2日(宵)覇久間術陣営「空の果てへの旅」以上です。右回し蹴りに左膝蹴り、襲い来る茨をアサシンのラッシュが叩き潰していく。
ランサーとの距離は近い……アサシンに言わせれば正面にある扉の向こう。
アサシンが両手を組んで振り下ろし、扉を守る植物……その最後の一つを叩き潰し……その時、世界が塗り変わった。
「ランサーが持つスキルの効果を倍増させているわ。常人は愚か、普通の……男の魔術師が彼女を見て正気を保てるかは私にはよくわからないけど。私の方に挑むか、アサシンの勇姿を見届けるか。貴方の思うようにした方がいい。勝っても負けても、きっと後悔する」
先程まで屋敷にいた筈なのに、視界は夜の草原……いや、詳しく風景を眺める余裕なんてない。
ランサーだ、只でさえ人間離れした色気はこの空間によって増幅されて、正常思考すら奪わんとしてくる。
俺の魅了の魔眼とは出力が違い過ぎる……正気を保つので精一杯だ。
「落ち着け!」
空気を震わせるアサシンの一喝。
お陰で少しはマシになったが、とてもじゃないが身体を動かす余裕は無いし、アサシンの戦況も思わしくない。
鎚鉾の一撃はランサーを捉える事はなく、ステータスからしてフォーリナーよりは遅い筈のランサーの槍は今まで見たこと無かった位に当たるギリギリの所までアサシンを追い詰める。「ちっ、厄介な小細工しやがって……」
ふくらはぎを狙ったランサーの薙ぎ払いを、アサシンが後ろに跳んで避ける。
今度はアサシンが跳び膝蹴り……と見せ掛けて右足での蹴りに移行。
しかし、それは容易く柄で受け止められ、反撃の二連突きを鎚鉾で受けたアサシンがよろめき、そのまま後ろに下がる。
いや、何時ものアサシンならあの二連突きは受け流していた筈。
アサシンの動きを悪くしてるもの……答えは一つだ。
「令呪を以て命ずる。アサシン、魅了されるな」
ランサーの薙ぎ払いがアサシンの手から鎚鉾を叩き落としたその時、令呪の効果が発動する。
続く薙ぎ払いを後ろに跳んで避けるアサシン……これまでよりも早いタイミングでの回避行動。
そして、反撃の跳び蹴り……それはランサーが柄で受け止めたが、アサシンの行動は早い。
右腕を大きく振りかぶり、前進しながら振るわれた拳がランサーの左肩を捉えた。
咄嗟に後ろに跳んで衝撃を減らすランサーだが、その隙にアサシンは鎚鉾を拾い、構え直す。
『マスター、動くのは……無理そうだな。ビーマみたいな力任せが相手とはいえ、ライダーを殺った時の強化を使われたら不味い……よし、宝具を使うぞ。マスター、隙と動く余裕が出来たらどうにかして小聖杯を奪ってくれ』
『ああ、お前に任せる』槍を構え、迫り来るランサー。
俺との念話を終えたアサシンはランサーに先んじて突きを放って牽制。
咄嗟に足を止めたランサー目掛けてアサシンが鎚鉾を振り下ろし、ランサーは横
柄で受け止めてそのまま衝撃を利用して後ろに跳ぶ。
「我が親友よ。今一度、力を貸してくれ。『親友よ、共に戦え(ヴァスシェーナ)』 」
夜空に不似合いな火球が浮かび上がる。
直径数メートル程のそれは、英霊の座に居るアサシンの親友『施しの英雄カルナ』の魔力を借り受けた物。
火球自体が砲台となって援護射撃を行い、その連携で相手を圧倒するアサシンの第二宝具。
「という訳で、頭上注意って奴だ」
アサシンがそう言うと、ランサーへと降り注ぐように火球より炎が放たれた。以上、第■回の更新でした。
魅了を強化する空間が解除されない限り丈は動けません。
令呪使うのが精一杯で、魔術も使えない状態。
令呪で魅了耐性を得たアサシンは技量差でランサーに有利になれるのですが、ランサーを倒した時の強化魔術を使われたら、フィジカルの差が大きくなり過ぎて押し切られる模様。
最後の炎は、とくに支援とかなくてもランサーなら回避出来ます。攻防が続いてかなりの時間が経過した頃、ついに決着の瞬間が訪れようとしている……そんな空気が漂っていた。
アーチャーとランサー、両者の姿は激戦を終えた兵士のようにボロボロで、特に槍兵の疲労困憊具合はより酷く見える。
しかし、クレーターだらけの戦場の真ん中で対峙する二人は決して手から武器を離さなかった。それは英雄と呼ばれるにまで至った者の矜持────負けられぬ戦いに足踏みする武人としてのプライドがあったからだ。
テレビの前の視聴者たちも彼らの姿を見て息を呑んでいた。
「そろそろ年貢の納め時だね……魔力供給に問題はないとはいえ、精神的にくたびれていないとは言えない。なら、次の一撃で決着をつけた方がお互いの為だ。どうだい?」
ゲルトからの提案に双介は思慮する。
確かにこれ以上戦闘を長引かせれば埒があかないし、どちらかと言えばこちら側に不利になっていく可能性が高い。
自身のサーヴァントの事は信用しているが、ランサーはアーチャーのと比較しても段違いに消耗しているだろう。
故に、戦闘の長期化は得策とは言えない。なのでゲルトの口車に乗るのが正解なのだろうが……。>>247
(次で決着というのは、あの宝具を使うって事だ。あんなものを使われたら敗北は必須……!)
奥歯を噛み締める。
考えろ、考えるんだ。この状況を打破する方法を────そう思考を加速させるが、いかんせん彼は経験不足に加えて、相手は逆にこの手の修羅場を潜ってきた猛者に分類される。
こちらの練った策など直ぐに見破られるかもしれない。
(考えれば考えるほど、思考が泥沼化していく。どうすりゃ────)
そこで、双介はふと視線を感じる。
ランサーがこちらを尻目に何を訴えかけているようで、そこには決意の眼差しがあった。
────嗚呼、なんだ。ここに来て俺は、揺らいでしまっていたのか。
信用はしていたが、信頼はできていなかった。この二つは似ているようで違い、この認識の差で己は愚考してしまうところだった。
短い期間ではあったが、自らの相棒と呼べる槍兵からの激励で再認識する事ができた。マスターとして何をすべきかを。
正否なんて関係ない。自身が信じ、サーヴァントが信じてくれた事を成すのみ。
「どうやら、決心がついたようだね。じゃあこちらも遠慮なく────潰させてもらう!」
ゲルトの嘯きによって、彼の令呪が輝く。>>248
────令呪を以って命ずる。アーチャー、黄昏の射手よ、俺たちに栄光なる勝利を!
瞬間、アーチャーの膨大なまでの魔力が装填され、さながら神核を有したサーヴァントの如きオーラが渦巻く。
これは宝具開帳の前触れ────。
「やるぞランサー! ここが最後の気張り時だ!」
これは号令ではない、マスターとサーヴァントの双方が共に戦う為の壮大なる大挙である。
(そうだ、それでいいマスター。無闇に難しく考える必要はない。主の思うように、無策で挑む素人のような突拍子もない挙動の方が、この手の戦いに慣れた者に効く)
こうして、真の最終決戦の火蓋が切って落とされる。座敷に少女が一人、儀礼用の服に見を包んだ彼女は観客に対して口を開く。
「この番組をご覧の皆様は英雄を目にした事がありますか?
運命を打ち破った英雄、世界を救った英雄、歴史を変えた英雄を。」
少女は幾度となく繰り返した決まり文句を確かな想いの元に歌いあげる。
「貴方は怪物を目にした事がありますか?
運命を狂わせた怪物、世界を滅ぼした怪物、歴史を捻じ曲げた怪物を。」
彼女は剣を、かつてブリテンの王によって振るわれた最強の聖剣、最高の英雄譚の象徴を高く掲げ言葉を続けた。
「私の名前は木伽愛込。木伽の絶対者にして管理者。この物語の語り手。」
「今宵、新たな英雄譚がこの木伽にて興されます。己が願いの為に集いし15人の英雄と怪物による物語。」
「古き英雄、新しき英雄、そこにある全ての英雄が全霊を持って挑み───
旧き怪物、最新の怪物、そこに居る怪物達が心血を注ぐ、最高の戦いの幕開けです。」
「どうか、この戦いが皆様の感動を呼びますように。」スタジオのライトが、脇の控室にまで漏れている。その光はどうしようもなく眩しく、どうしようもなくあからさまで、二人の双子にはそれがどうしようもなく憎かった。
あの光は、世の中の呑気で事なかれ主義な連中の象徴だ。二人のことを知らん顔するような薄情者どもの視線だ。あの光はきっと、二人のことを知ったって「可哀想」「悲しい」なんていう他人行儀で淡白な感想を述べるだけで、テレビの向こうの物語としてしか処理しない。平和ボケした人間には、二人の人生すら紙上のものとして認識する。
だから二人は決意した。二人で眠れぬ夜を過ごした。二人で乾かぬ涙を拭った。二人で癒えぬ傷を治した。だから、二人で終わらぬ今を断とうと、そう約束し合った。
今を断つだけでない。二人の人生を知らぬ世の人間どもに、二人の人生を楽しもうなんて言う人間どもに、二人は刃を向ける。舌を焼いて、首を絞めて、指を曲げて、骨を折って、肉を裂いて、今を潰してやる。二人分の応報を、全世界に齎してやる。
「────ねぇ、クラウディオ」
「────なんだい、ベルディーナ」
二人の気持ちはいつでも一つ。片方の望むことだって、片方は脳裏を過るように浮かぶ。ベルディーナが手を伸ばすより早く、クラウディオはベルディーナの手を握った。強く、固く。それでいて、優しく、柔らかく。お互いの指を絡め合って、指の温かみを知り合うように。
クラウディオがベルディーナの顔を窺うと、ベルディーナはそれを知っていたようで、クラウディオの顔を見ていた。灰色の一対の瞳が、同じように、お互いに縋るような色を見せていた。
先に口を開いたのは、クラウディオだった。>>251
「僕たち、いつまでも一緒だよ」
二人の気持ちはいつでも一つ。片方が短い言葉の中に潜ませた意味だって、片方は文字を読むように理解する。クラウディオが言葉を継ぐより早く、ベルディーナはクラウディオに頷いた。
「えぇ。二人で、これまでだって過ごしたんだもの。何だってやってきたもの」
またお互いの瞳を見る。もう不安の色はなく、今はただ先を見通していた。
顔を近づける。額をくっつけて、二人の体温を計り合う。いつも何かをするとき、不安で怖くて仕方がないとき、こうやって気持ちを落ち着かせる。独りじゃないことを、二人のことを、そして、その二人は一つなことを、再確認するために。そんな二人だけのおまじない。
「ベルディーナ・ガウフレディさん、クラウディオ・ガウフレディさん!本番もうすぐです!」
二人のおまじないを遮ったのは、そんなスタッフのアナウンスだった。妙に弾んだ、明るい声が、二人の神経を逆撫でする。
二人は静かに頷き合う。もう決心はついている。次行うことを確認し合ったのだ────二人のおまじないの邪魔をした、あのスタッフをまずは殺そうと。
ひとまずは、同情を売ってやろう。二人の悲劇的な双子という「物語」を脚光の下に叩き売ってやろう。そうして、テレビの向こうで安寧を送っている人間たちお好みの「双子」になってやろう。
二人の少年少女は、それ以上は何も語らず、ただ手を握り合ってスタジオへと足を進めた。>>252
木伽術陣営「プロローグ/ベルディーナ・ガウフレディ&クラウディオ・ガウフレディ」以上です。木枷のある教会に、厳かなパイプオルガンの音が響き渡った。
「今日も、神のご加護があらんことを。」
神父は言い、指を組んで祈りを捧げた。
日曜礼拝の時間が終わり、教会にいるのは彼のみとなった。
「ここでの生活にも、大分慣れてきたな…」
伸びた後に体格の良い神父は立ち上がる。
「…では、行こうか。」
彼は、教会を出て車に乗り、テレビ局へと向かう。…その右手には、赤の刻印があった。
彼こそ、聖杯大会の参加者の一人、食満四郎助。聖堂教会より派遣された代行者である。>>254
話は、少し前に遡る。
地方のある教会にいた頃、食満四郎助含む聖堂教会はある男に目を付けていた。いや、正確には興味を持っていた、と言うべきであろうか。
木枷にある魔術用品店、ホエールズベリー。そこの店員として働く男、名を味陸十五。鯨憑きという謎が多い特異体質を持つ者である。
ある家系の者しか持たないという鯨憑きを持つ者。聖堂教会としては興味深い人物であり、彼を介して調査させていた。
しかしある時、そこの店主より送られた手紙により状況は変わった。
ウチの上客は聖杯大会の参加者のみ。部下について調べたいのならば、聖杯大会で優勝しろ。されば考えてやる、と。
故に彼は参加を決意した。別に挑発に乗った訳ではない。
聖杯を賭けた戦いにおいて勝者が得られる聖杯は大抵が偽物。私が勝ち取って聖堂教会で預かれば、最悪の事態が回避できるやもしれん。更に勝てば鯨憑きの調査も可能になるのならば、尚更参加して損はない。
それが教会の意向、彼への指示。そして彼自身も同じ考えであった。
そして彼は霊地木枷へ赴任し、着々と準備を整えていたのだ。>>255
「食満さん、スタジオへお入り下さい!」
スタッフの声が聞こえる。気を引き締めながら、常人の域を超えた歩行速度で階段を上る。
(…それにしても。)
食満は考える。
この地について調べていた時に、聖堂教会から奇妙な情報を耳にした。
霊地木枷では時折、生物が神隠しの如く消失する現象が起きているという。
聖杯大会や聖杯戦争がイレギュラー無しで終わった事など殆どない。もし、この地でイレギュラーが発生するのならば、木枷の特性が関わってくる可能性がある。彼はそう見ていた。
(…まぁ、始まる前から見える物より、戦いが始まってからでないと見えない物の方が多い。今考えても意味のない事だ。)
疑問を隅に置き、彼はスタジオに足を踏み入れた。
聖堂教会が為にこの大会で勝利を収め、偽の聖杯を保管するという固い誓いと、覚悟を胸に刻みながら。>>256
狂陣営プロローグ、以上です。第一回聖杯大会、決着SSです
参加者の方も、そうでない方もとくとご覧あれ「――令呪全てを束ねて、黒野双介が命じる」
悩み、迷い、考えあぐねた末。思い至ったのは、実に単純明快な結論だった。
敵アーチャーの宝具火力は圧倒的。こちらがどれ程パワーアップしたとはいえ、真っ向から喰らえば跡形もなく消し飛ばされるだろう。
加えて令呪によるブースト込み。防ぐにせよ避けるにせよ、その威力・速度は最早どれ程上昇したか、考えるだけでも恐ろしい。
だから――あえて、黒野は賭けに出る。
「今こそ苦難を乗り越えろ、ランサー!!」
かつて、ランサー・山中鹿之介は天にこう祈った。
『願わくば、我に七難八苦を与え給え』。尼子家再興を誓い、その為ならばあらゆる試練・困難を乗り越えるという決意を高らかに謳った逸話。
だが――今のランサーは、ただひたすらに、親友と認めた黒野の為に戦うと言った。
ならば。その親友たる黒野が捧げられるものは、この温存してきた三画に他ならない――!>>259
「……第二の主命、しかと承った。ならば!今こそ見せよう、我が神髄!!」
ランサーの総身に力が漲る。令呪のブーストを受け、召喚以来かつてない程に上昇したその霊基は、一時の間といえど確かに三騎士にふさわしい魔力に満たされた。
だが――立ちはだかる相手もまた三騎士。そして、正真正銘神代の英雄である。
「……良い絆だ。私とゲルトもそうですが、どうやら此度の召喚は主に恵まれた英霊が多いらしい」
無論、そうでない者達もいた。けれど、どうあれ皆己が主、あるいは目的の為に全霊を尽くし、そして退去していった。
故に――彼もまた、此処に全力を尽くすと決めた。
どれ程己と相手に実力差が存在しようとも。神代と近世、そこにある壁がどれ程高く、越えられぬものであろうとも。
目の前の槍兵は最期まで全霊を尽くすと定め、己に立ち向かう事を決めている。
ならば――その意志に、また主の援護に応えずして何が英霊か!>>260
「――白光装填。是こそは、天を穿ち日輪を射落とせし我が軌跡。その罪は贖えず、また赦しの機会もない」
朗々たる詠唱。迷いもなく、躊躇いもない。
生前の『あの時』のように――全てが遠く、されど妙にはっきりと映った決定的な瞬間が広がる。
「されど我に迷いなし。悔いもなし。我が生涯、我が研鑽、その全てを今此処に」
これで、決着がつく。
己の死か、槍兵の死か。いずれにせよ互いに全力を尽くしたぶつかり合い、まず無事で済むなど有り得ない。
だから――ランサーもアーチャーも。ただ静かに見据え、そして力を込めた。
「日輪よ、今こそ天空(ソラ)の果てに散り給え! 『黄昏の尽より眠る日射(ヌディ・ムバ)』!」
アーチャーの第三宝具が、宙を奔る。
それは地上に在って日輪よりなお眩く、また地上に在る如何なる科学の光に勝る神秘(モノ)。今は旧き、神代の彼方で見られた伝説の輝き。
如何に戦国の世が修羅に満ちた地獄だったとはいえ、一介の武将に抗える道理もない。次の瞬間、誰もが消し飛ばされるランサーの姿を予想・幻視した。
だが。>>261
「――――! ッ、ハァアアア!!」
……その瞬間。誰もが絶句し、呆然とした。
ランサーがやった事は、言葉にすれば大した事ではない。迫りくる白光を前に、ただ身をかがめ、そして一身に突っ込む。たったそれだけ。
槍兵(ランサー)の名にふさわしい、勇猛果敢な――あるいは無謀な突進で、されどその手に握りしめたるは剣士(セイバー)の如き名刀。
あまりにちぐはぐな光景は、されど直後、驚天動地としか言いようがない現実の前に覆される。
『嘘』
最初にそう漏らしたのは、誰だっただろうか?
遠い故郷の家族か。先に敗退した参加者のいずれかか。あるいは誰でもない、どこかにいる観客の一人か。
誰であれ大差はない。だが、その呟きは全くもって当然だ。
信じられない事に――全くもって、有り得ざる事に。なんと白光とぶつかり合ったランサーは、完全にその力と拮抗していた。
令呪によるブーストを受けた賜物か? 否、それならばアーチャーの側とて同じ事。むしろ互いのステータスを照らし合わせれば、明らかにアーチャーの方に分があって当然である。
しかし現実はこの通り。白光とぶつかり合ったランサーは、その圧倒的な破壊と熱量を前に一歩も退かず競り合っている。
拡散された光線が、その勢いを消す事なく周囲に飛び散り、無差別な破壊を齎す。
その猛威にたまらず、ゲルトも黒野もクレーターの向こう側へ避難し、とばっちりを回避する。
ついでに上空を旋回していた運営側の撮影用ドローンも何機か同時に消し飛ばされたが、まあこれは些事と言えよう。
慮外の光景を前に、誰ともなく観客の中から一つの感情が湧き上がる。>>262
『これは、もしかして』と。それは期待であり、本能であり、されどどこまでも無責任な祈りの類。
だが――現実は、決して温いばかりではない。
「……ぐっ、うう……!」
ランサーの肉体が焼け焦げ――否、溶け始める。
尋常ならざる熱量を前に強化された霊基が悲鳴を上げ、ついに限界を告げ始める。
「ランサー! うわっ!」
せめて声援を送ろうにも、相変わらず白光の余波はすさまじく、クレーターの外にまで破壊の雨は降り注いできた。
ランサーの側も気に掛ける余裕はない。既に刻一刻と肉体が崩壊し始め、最早四肢の感覚は失われていた。
絶望的な光景を前に、かろうじて追えていた観客の側にも諦観と失望が零れ始める。
『ああ、やはり駄目なのか』と。
それは確かに正しく――けれど。同時に山中鹿之介という男を、あるいは英霊という存在を、侮ってもいた。
「――ぉ、オォオオオオオッ!!」
崩れかけた霊基が踏み止まる。
裂帛の気合。文字通り魂すら込めた叫び声を聴き、その場にいた者もそうでない者も再び凍りつく。
霊基崩壊は止まらない。踏み止まったところで、それはあくまで気休め。数秒後に消える命が、数十秒延びたに過ぎない。
両腕・両足は残っている。けれど、それ以外の部位は消失寸前。皮が剥がれ骨と神経も露わになり、最早死人のそれと大差ない。
恐らく五感すら失われてる筈の中で、けれど――ランサーの進軍は止まらなかった。
砕け散りかけた刀身が、主の意志に応え、白光を斬り裂いて――>>263
爆発が起きた。
クレーター内部を揺るがし、外側にあってなお影響を免れ得ない大爆発。
黒野も、ゲルトも。たまらず吹き飛ばされ、短くない距離を転がる。
幸い両者とも身動きが取れなくなる程の怪我はなかったが――
「っ、ランサー!!」
起き上がる動作ももどかしく、黒野はクレーターへ向け駆け上がる。
爆発の余熱が身を焦がし、決して軽くはない痛みが襲い掛かるがそんなものは二の次だ。
ただひたすら、己が相棒の安否だけを気にかけて。その果てに、クレーターの中を覗いた彼が見たものは。
「…………ぁ」
白煙と砂煙の向こう側。そこに、人影が見えた。
見慣れた槍兵のものではない。
焼け焦げた古代中国を思わせる装束を纏い、赤い大弓を携えたその姿は――紛れもなく、アーチャー。
ランサーの姿はどこにもない。どれだけ見渡し、灼熱の中探しても影も形も見当たらない。
それは――彼にとって、認めがたい現実を意味していた。
「ラン、サー……」>>264
黒野は、何もできなかった。
相棒を消し飛ばされた事への怒りも、相手に対する憎しみも忘れ、ただ自分たちが負けたという事実だけが圧し掛かる。
覚悟していた筈だった。自分たちとアーチャー陣営の優劣は決定的で、まともにぶつかり合えばこうなる事は不可避だったと。
そう、覚悟・理解していて――けれど、全然足りなかった。
あの頼もしい槍兵が、麒麟児が負けた。その事実が黒野を容赦なく打ちのめし――ただ、砂の上に座り込むだけの抜け殻に変えていた。
「見事です、ランサー。極東の武人よ、貴方の一撃は届きこそしなかったが――確かに、日輪を穿った我が白光に劣らないものだった」
遠くでアーチャーが、亡きランサーへ惜しみない賞賛を注ぐ。
その言葉もどこか遠く。ただ黒野はいつまでもへたり込んだままでいた。>>265
これにて第一回大会決勝戦、決着です
やってもうた…令呪のくだり、ぼかすつもりがうっかり修正し忘れて三画って明言してもうた…
なので皆さん、一番最初の『三画』の部分は『令呪』に置き換えてください
最後なのにほんとしまんねえなもう木伽で行われるという聖杯大会。
聖杯戦争という儀式をエンターテインメントへと作り替えたモノ。
ソレに呪術使い────証亜 半月(あかしあ なつき)は参加した。
(神秘の秘奥、聖杯に降霊儀式・英霊召喚……だったっけ……? 随分と俗っぽくなって。別に魔術にそこまで思い入れがあるワケじゃないから気にしないけど)
大会に参加するとはいえ、半月には魔術に対する感慨も根源到達に対する欲求もない。
半月は魔術師の一族の子として、「概念受胎」という特殊な術を介したカタチでこの世に生を受けた。
一族は半月を魔術の成果を記録するために使い、更に魔術研究の支援を行うパトロンへの交渉材料として用いた。
具体的に語るにはあまりにも悍ましい様々な出来事があり、結果的には半月を求めたパトロンの暴走、ある意味では一族の自滅というカタチで出来た隙に乗じて半月は自由を手に入れて、今ここにいる。
半月にとって魔術とは悪感情を抱く外法であり、それが踏み躙られたところで何の感傷も抱かない概念である。
そんな半月が何故聖杯大会に参加したかと言えば、それは一重に安定した生活の確保の為だった。
一族から解放された半月はその後、行くあてもなく彷徨っていたところを自身のような異能を有する者を引き受ける施設に暫くの間、世話になり……
そしてまた何処を目指すでもなく、放浪の旅に出た。
とはいえ、身寄りもない根無し草な半月が真っ当な手段で旅先での安定を確保出来るはずもなく、半月は皮肉にも一族の術によって獲得した魅了の能力を駆使して旅を続けていた。
自らを魅力的な女性へと変化させる術を用いて半月は時に男を誑かし、時には暴漢を誘ってから返り討ちにして金銭を巻き上げて生活してきた。
しかし、そんな真っ当ではない生き方にも飽き飽きしていたところで、木伽の聖杯大会の噂を聞きつけた。
聖杯大会は木伽という特定の地域で行われるエンターテインメントであり、参加者には木伽に滞在する限りは生活の保障も約束されている。
少なくとも男を堕落させ、食い物にするよりは上等でまともな生き方が出来る……そう確信した半月は最低限の生活用品と知人からツテで入手した“聖遺物”だけを持って木伽の地を訪れていた。>>267
画面越しの視聴者に娯楽を提供する為の舞台に対して、半月は意外にも乗り気であった。
(こっちはもう他者に向けて媚びるのも、演じるのも慣れっこだからさ)
どうすれば自身が魅力的な女性に見えるかを半月はかつての“経験”から完全に把握していた。
半月にとって相手の望む姿になるという行為はそれだけ人生に染み付いたルーティンなのだ。
(あとは程々に、目立たないように立ち回って出来るだけ長い時間生き残って……願わくば最後まで……)
聖杯大会は原則マスターの殺.害を禁じている以上、一定の安全は確保されている。
ならば後は可能な限り大会運営に生活の面倒を見てもらおうと戦術計画を立てる半月だったが、そこまできてふと思い至る。
─────もし、最後まで勝ち残ってしまったら、その先はどうするのか
元々、半月は願いがあって参加したワケではないし、聖杯に対する執着もない。
だが、もしもその権利を────万能の願望器を手にしてしまった時、半月自身は一体何を願うのか……
(………願い、願いは)
>>269
「証亜って、呼ばれ慣れていなくて……出来れば下の名前で呼んで欲しいなぁって」
「そ、それは……」
男が明らかに狼狽する様子を見て、半月はクスッと密かに嗤う。
放送業界に身を置き、可憐な美少女や麗しい美女との仕事にも慣れているはずの大会スタッフであっても半月の持つ“妖しい”魅力には耐性を持っていないようだった。
「証亜の家にはあまりいい思い出がなくて……」
追い打ちをかけるようにか細い声で半分は真実を交えた弱みを男に見せる。
初対面で名前呼びをするのは相手にも抵抗があるだろうが、半月側が「そうして欲しい理由」を提示すれば、人の良さそうな男側からは断れないだろうという半月の経験則からくるアプローチだ。
人を魅了する半月の愛嬌に加えてスキンシップに名前呼びまでさせれば、後から半月の虜にするのは容易い。
「まぁ、そういうことなら……それでは半月さん、出番なので準備を……」
「はぁい。わざわざお声かけいただいたばかりかワガママまで聞いてもらって、本当にありがとうございましたぁ」
案の定名前呼びを受け入れたスタッフに半月はその手を軽く握ってからやや過剰に感謝を告げる。
男の方は「自分はまた別の持ち場があるので」とやや顔を紅潮させながら、足早にその場を去っていった。
「オチたな……」と半月は先程のスキンシップに乗じてスリの手法で入手した彼の名刺を見ながら確信する。
後は次以降会った時にでも、半月の方から名刺に書かれた名前を呼んでやれば、彼は完全に術中に堕ちるだろう。>>270
男を揶揄い、いつも通りのメンタルを取り戻すと、先程の自分らしくない考えも馬鹿馬鹿しくなってしまう。
(そもそも聖杯なんて胡散臭いモノに信じてないし……手に入れたら好事家にでも売っぱらって旅費の足しにでもした方がマシだよな)
聖杯大会に対してそんな粗雑な考えを抱きながら、半月はスタジオに足を踏み入れる。
大会への真摯さは欠けているものの、誰かに見られることには敏感な半月は、入場と同時にスイッチを切り替えるように“外面”を取り繕った。木伽アーチャー陣営プロローグ以上です
まさか、ここまで拮抗するとは予想だにしていなかった。
令呪を消費して底上げされた対神宝具の火力と真っ向からかち合い、そして生身のまま力比べをするなどと誰が思おうか。
極東の英霊、麒麟児と称された武士の名に恥じぬ気迫ぶり。
自分は一介の只人であるし、このような言葉を口にする事すら烏滸がましいのは分かっているが、賞賛せずにはいられなかった。
神代の大英雄相手に一歩も引かず、最後まで戦い抜いた戦士を。
────ランサーの霊基が消滅する。
白煙と砂煙で隠れていて確認はし辛いが、確かにランサーは跡形もなく消滅した。
敬意を表する相手ではあったが、やはり対神宝具への突撃は無謀としか言いようがない。
一時的に拮抗し、押し合いを繰り広げる勇姿を見せつけられたものの、冷酷な言い方になってしまうが“無意味”な衝突であったのは最初から分かっていた。
合理的な視点で物事を見るのであれば、ランサーの最期は愚行という他ない。しかし、感情的に見れば彼の最後の行いをただの愚行を片付けられない……片付けたくない。
ゲルトはどちらかと言えば前者の方に考えが寄るのだが、今回ばかりは心情的に後者へと寄っている。
これも聖杯大会を経験して余裕ができた事の現れなのか、単にあの光景が美しく映ったかたなのかは分からない。
ただ、これだけはハッキリと言える。>>273
「見事だったよ、黒野双介くん。君は確かに無力なマスターではあったけど、同時にもっとも困難な相手であったのは間違いないよ」
この言葉を〆に、アナウンスが流れる。
『第一回開催、スノーフィールド聖杯大会で見事勝利を掴んだのは、参加者の中でも圧倒的な戦闘経験を持つ事から高い勝率を期待されていた「ゲルト・リスコフォスとアーチャー」の陣営だ────────!!!』
勝者が決定するアナウンスと共に、これまでに戦った者たちを祝福するかのようなムードのある音楽が流され、最終決戦場に指定された巨大クレーターに紙吹雪が舞落とされる。
これでようやく大会に優勝できたのだと実感したゲルトは、渇望していた願いが叶う喜びから小躍りでもするかと考えていたのだが、静かに笑みを浮かべるだけ終わった事に自分でも意外に思っていた。
────そうか、俺は勝てたんだな。
「おめでとうございます、マスター」
「ああ、やったよ。それもこれも君が強かったお陰だ」
何を莫迦な……と、アーチャーは首を横に振りながら手をあげる。
それに釣られてゲルトも手をあげ、そして────乾いた音が響き渡った。>>274
短くなってしまいましたが、ゲルト視点での決着時描写。ふと、顔を上げてみた。
瞬間容赦なくスタジオを照らすライトが目を焼く。網膜に焼き付いた白とも黒とも透明とも言えぬ光の残滓を飲み込むように脳に刻む。
今日も俺の五感は、身体は、心は、その存在を保ってくれているらしい。
───ああ、最高だ。
今日も自分は夢の時間にいるのだと再認識する。
とっくに終わったこの人生(ゲーム)。コンティニューもエンディングもないまま始まっちまったニューゲームが今の俺だ。
ああ意味なんてわかんねェだろう。俺だってちゃんと理解してるわけじゃない。神も悪魔もそっぽ向いた俺を見つけたのは、誰だってよく知るやつだったってだけのハナシ。
目だけでなく、音でこの世界を実感する。スタッフたちが歩き回る足音、指示となって飛ぶ怒声、『ジャック』の名を呼ぶ誰かの声───……
「ん? 俺か?」
「ジャックさん! もうすぐ始まります!」
どうやら出番らしい。
「おっとといけね、遅刻はまずいな」
半ば無意識に心にもないことをつぶやきながらスタッフの指示通り舞台へと向かっていく。
始まりますはごほうびタイム。辛いことも苦しいことも特に乗り越えたわけじゃない俺だけのボーナスステージ。
聖杯大会とかいうバカが集まるバカみてぇなバカ騒ぎ。なんて俺に相応しい遊び場でしょうこんなの絶対ワクワクしちゃうぜ。
「さァて今回は主役ってわけでもねェ、遅れて登場なんて贅沢は無しでいこうか」
意味深に無意味に両手を広げ、満面の笑顔で舞台へ上がる。魔王のように、道化のように。
今日も変わってくれるこの世界を楽しむために。『もうすぐ時間、よね。大丈夫、ソフィ?忘れ物無い?薬と『種』は持った?誰かに付き纏われたりとかは?』
「もう……心配し過ぎだよ。危険は少ないって言うし。怪我だって自分でも大体治しちゃうんだから」
大好きなお姉ちゃんとの電話。
大会開始直前、最後の待ち時間。
大会中に電話する事が出来るかどうかも解んないし、とっても大切。
「それに、大会に出るって決まったらアンジェリーナさんとマグダレーナさんと一緒にビーハイブまで来ちゃうし」
『だって、ソフィが物凄く慌ててたもの。どうせ、ソワソワしてお花の水やり忘れてたでしょ』
「うぐっ、言い返せない……けど、本当にびっくりしたんだからね。でも、嬉しかった」
大会参加者に応募したのも、それに当選したのも神羅さんを通してお姉ちゃんに伝えてたけど、まさか会いに来るなんてあの時は思わなかったなぁ。
普段は私が里帰りするだけだったし、ビーハイブに部外者が来るのもアンドリューが死んだ時以来だし。
『クスッ……けど、無茶したら駄目よ。皆だって助けに行けないし、頼れるのはサーヴァントだけなんだから』あの時、神羅さんとアンジェリーナさんが皆を集めて話した事だけど、聖杯の奪取も潜入工作もまず間違いなく不可能。
こっそり一般市民のフリをして手助けするのも対策されてると想定したほうが良いのだとか。
アンジェリーナさんは、「私が運営なら最低でもこれ位はしますわ」って色々とえげつない事を言ってたし。
「それはきっと大丈夫だよ。だって……」
ビーハイブに保管されていた触媒達。
実際に見るのは初めてだったけど、蘇の中でも一目で気に入ったのが神代ギリシャの綺麗な貝殻。
どの英霊の触媒か確定してない物だし、呼びたい英霊の触媒がなかった時は調達するって言われてたけど、どうしてか目が離せなかったし。
アンジェリーナさんもムスペルヘイムの残滓という石とかコサラの王ラーマの矢尻とか、凄そうなもの持って来てたけどどうにもあの貝殻みたいにしっくりきた感じはなかった。
だから、きっと……。
「縁が有るのかもって、マグダレーナさんも言ってたでしょ」
『それもそうね。けど、絶対に無事に帰ってくる事。時間とか色々掛かるけど聖杯じゃないと絶対に叶わない訳でも無いんですもの。大きな怪我もなく帰って来るのが最優先よ』「勿論、解ってるよ。あっ、そろそろ時間。またね、お姉ちゃん。メアリさんとマーガレットさんにもよろしくね」
これで電話はおしまい。
ドキドキしてた心臓も、気が付けば元通り。
声を出さずに待っててくれたスタッフさんにお礼を言って、私はスタジオへと駆け出すのでした。「なっ…!警備は何やってたんだ!ヤツはそれなりに厳重注意対象だと…っ」
聖杯大会運営対策室に、ニコラス・マイカルの驚愕の声が響いた。それを真正面から浴びた青年(少し前まではアーチャー陣営の担当だったが、戦況の変化で担当が変更になった)は、オドオドとしながらも反論する。
「そ、それが……、監視していた人が言うには、交代制で見張っていたそうなんですが、全く脈絡も無く霧か霞かみたいな感じでなんらかのおかしな挙動をする間も無く消えたとか…。」
つまりバーサーカーのマスターである朽崎遥、脱走である。>>280
「あ~、疲れた。死ぬかと思った。ってのはまぁどうでもいいとして。ま!コレで~?悪は滅びて~?正義なヤツらが大団円ってねぇ。ハハッ、最高じゃん、貴方もそう思わない?ねぇ、源、、、おじいちゃん…あー、源勇さんだった」
とある海域に浮かぶ監獄の面会室で、ヘラヘラと朽崎遥は口にする。
「儂にとってはどうでもいい喃。ヌシの活躍も少しは見せて貰ったが、あまり楽しい場面は無かった喃。大体経験した事ばかりじゃったし。まぁ、ヌシが満足してるなら良かったのではないか?というか何故ココに来た?」
拘束服を着ているが、それが既に破れそうになっている、筋骨隆々の老人が、朽崎遥に疑問を投げかける。それに対して、
「え?ああ簡単ですよ。色々と無茶したんでね、治療と口封じとか?の工作をしようかな?と。面会って手順踏めば、割と好き勝手できますしね、ココ」
「ほぅ。。まぇええわいハイエナ坊主。好きに滞在しておれ。対価に今度の死体処理は格安で請けて貰うが喃」
と、あまりマトモではない取引が行われた直後に、電話の着信音が鳴り響いた。
「了解で~す、3割引きぐらいでいいですか?あ、電話だ。出ますね」
顎をしゃくって許可をもらった朽崎遥は、画面をタップして電話に出る、直後。>>282
と彼の妹、朽崎誉の怒号が轟いた。ガラスの向こうにいた大村源勇も、思わず朽崎遥、ひいては彼の持つスマートフォンに思わず注意を向ける程の大音量であり、勿論ソレを至近距離から受けた朽崎遥は身を竦ませる。
「な、、何?」
『ああ兄貴か!?コレで心置きなく叱れる!』
そんな風な。怒った顔が間近に浮かぶような剣幕に、朽崎遥もタジタジである。
「誉、俺、そんなにキレられるような、、、、事はいつもしてるけど……。そんな怒鳴らなくても」
一旦宥めようとした朽崎遥の発言は更に妹の、家族の神経を逆撫でした。
『心ッ配したんだアタシは!なんだよあの爆発!?兄貴が他人にちょっかいかけて周囲を振り回すのなんて日常茶飯事だからいいけどさぁ!アレはなんなんだ!』
「えッ!?あ、あれは……何したっけ俺…、、?あ、朽チ裂キ、九相。図と言って。あ~ク.ソッ。頭馬鹿になってるな…」
朽崎遥の説明、あるいは弁明を、妹は聞く耳など持たない。
『アタシは、あの時!兄貴がマジで死んだじゃないかと思ったんだぞ!!』
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ぁ」
そっか、と放心したように椅子に腰を落とす朽崎遥。
「ご、めん。どうか、してた、かも。次から、やらない。。。。」
それは、その様子を見ていた大村源勇が「一瞬廃人になったか魂が抜けたんじゃないかと思った喃」という程のショックだったようだ。しかし、それも長くは無く。しばらくすると顔に生気が戻り、いっそ朗らかな程、妹に向かって笑顔で投げかける。
「早く体調治して、帰るよ。お土産は何がいい?」「ランサー、回避。片腕までなら燃やして構いません」
「御意」
膨大なる熱量が辺りを焦がしていた。それは人の力では再現し得ぬ焔。日天(スーリヤ)の放つ滅びの業火。施しの英雄が親友のために放つ炎。その熱量は人が簡単に受け止め切れるものではなく、またサーヴァントであっても直撃は避けたい。
「水でブーストをかけます。ダッシュ」
水流をランサーの足元に発生させ、それに上手く乗ったランサーの速度を向上させる。元が海の生き物なのか、流れに適応してスラスラと回避したランサーは背中に少し重めの火傷を負うだけで済んだ。
「かと思えば動きにディレイがない……その宝具、随分気軽に扱えるようですね」
「友と俺の共同戦線だ。片方が戦っている際に片方が使い物にならないなどあってたまるか!」
単純な技量で人ではないランサーが人として積み上げてきたアサシンに勝てるわけもなく、これからは飛び出てくる火球に注意しながら戦わなければならないという状況。それはつまり、長期戦になればなるほど不利であるということと変わりはない。「………ランサー。ここで、仕留めるわよ。だから……ごめんなさい、やってもいい?」
「ええ。もちろん、構いませんとも。最後の両分を履き違えなければ、ここで勝つためにも」
「ありがとう。……舞台設定を変更。傾国の美女ではなく、傾城の大海魔に!」
傾城傾国。時の皇帝を骨抜きにし、国を傾けるほどの悪政を為させたという程の美貌であるという美女、そこから転じて凄まじいほどの美しさをもつ女性を表す言葉。
今までは、赤ゑいが放つ“魔性の美しさ”を際立たせていた。………しかし、ここで方向を転換する。
今この空間に展開されている風景は滅んだ城。そこに佇む紅い美しい女。人によっては女がその美しさで城を掻き乱し壊したのかとも感じるだろう。だが、人の中にはこうも感じる人間もいるはずだ。
──────こんなに美しい人間が無傷で独り佇んでいたのは、この女が人ごと城を砕き塵にしたのではないかと。そのような、怪物なのではないかと。「ぬ、ぅ、おっ……!」
先程と同じように得物を打ち合ったアサシンが吹き飛ぶ。攻撃が当たったのではないし、上手く受け身を取ったためにダメージはないものの、大きな衝撃だ。
驚いたのはそれだけではない。吹き飛ばされる際に隠しておいた飛刀を投げつけたとき、その刃が一切通らなかったのだ。
「………お前、おおよそ人間の体ではあるまいよ」
「ひどい言い草はやめてくださいませ。それに、これが本性でもありませんので」
いつのまにかランサーが所持していた槍の穂先はさらに毒々しく、形状すらも変わっていた。太く、太く、敵の体を貫いて仕舞えば最後、引き抜いたときに酷い傷痕を残すと想像されるおぞましい形。
ランサー自身が思うように跳ねる鞭のようにしなる槍を、人間らしい精度と引き換えに獣の如き速さで振るう。わざとらしい人間アピールを止めて、獣の勘で英雄を穿つ。「ここまで見せたら、まあランサーが人のサーヴァントでないことはわかるわよね。だから……ええ。本当の意味で、逃してあげるわけにはいかなくなっちゃった」
しなる銀の糸が、動きが軽くなった齋藤を狙う。
「あっちの勝敗がつくかこっちかはわからないけれど。覚悟して」
ランサーの傾城香の美女としての魅力ではなく怪物としての城陥しな物理部分を強調させた形になります「どうにか、間に合いましたか」
キャンプ場で川魚を串焼きにしながらそう呟く。
聖杯大会で敗退したロバート・ボラゾンの経営する孤児院が人身売買で摘発されると解ったのが一昨日の話。
警察の目に触れる前に魔術関係の代物全てを処分する為、観光客に扮して現地に向かい、今日の夕方にこれを完了。
ラジオから流れるニュースで孤児院での捜査が始まった事が報道されたのが現在という訳。
『孤児院を経営するロバート・ボラゾン容疑者は負傷による入院生活が続いており、警察は……』
聖杯大会で片腕を失ったロバート・ボラゾンは年齢もあり、魔術刻印が無ければ昏睡状態になりかねない程に衰弱している。
その為に入院が長引き、人身売買の隠蔽工作が出来なくなったのが孤児院の摘発を招いた。
まあ、これだけ神秘の漏洩の危機を招いた以上、もう病院から出てくる事は無いでしょうけど。
「スティード・メリエールの方は何の問題も有りませんし、現状の後始末はここまでですね」
実家の鉄工所の資金繰りに困っていたスティード・メリエールには、魔術関係の買い取りの話が幾つか持ち上がっているようで。
どれもまともなバイヤーなのは確認が取れてますし、悪い方向に転ぶ事は無いでしょう。
「後は、聖杯大会そのものをどうするか……上の判断次第ですね」以上、魔術協会の一般職員を語り部にしての第一回ロバートのエピローグでした。
僭越ながら、担当者が不在のスティードさんの分も合わせました。「ふっふっふ、はっはっは。はーはっはっは!」
控え室にて一人高笑い。胃がちくちく痛むがとにかく少しでも自らを奮い立たせるべく声をあげるあげる。自分でもどうかと思うほどテンションを上げて笑い、しばらくしてラウは力なく椅子に体を預けた。天井の照明を遮る様に令呪が刻まれた手をかざし、自分が聖杯戦争にマスターとして参加したという現実を飲み込もうとする。
日本にて聖杯戦争が執り行われる。その報せを耳にして彼は友人を頼って色々犠牲にして軍資金を手にし、時計塔を飛び出していた。友人である女子生徒は驚くべき事にどこからともなく英霊を呼び出す為に触媒まで提供した。勿論無償なはずはなく、必ず優勝する様にという脅迫も添えてである。
そしてラウはマスターとなり木伽聖杯戦争に参加する事になった訳なのだが、いよいよ開会式という時になった彼は唐突に正気に戻ってしまった。
(どうすっかなこれ。いやマジでどうすっかなこれ。もしかしなくてもマスターでアマチュアなの俺だけだよね……さっきすれ違ったけど超ヤバそうな奴らばっかだったよ?これ俺明らかに初っぱなに噛ませ犬になって負けちゃう奴じゃない?)
現代魔術科の生徒として聖杯を手にし、ロードの名に箔をつける。
自分の名を世界に知らしめる。
そして愛する妹を救う。
こうした野望を抱いて参加したはいいものの、ラウは今更になって自分がマスターとして、否、魔術師として酷く不出来な人間であると思い出してしまったのである。魔術は優れていると言えず代わりにと作りだした香水も制御不可能、そんな自分が何故マスターになどなろうと思ったのか、何故マスターになってしまったのか。
胃がきりきりと痛む。聖杯戦争と銘打ってあるものの、秘匿とはなんだったのかと言わんばかりに公共の電波に乗せられて世界中に放送される。もしも下手を打てば、みっともなく敗北すれば、世界中に情けない姿を見せる訳である。>>290
「……あぁちくしょう、何してんだろ俺」
膝がガタガタと震える。自分ならやれる、そんな風に考えていた事が恥ずかしくて仕方がない。今すぐにでもこの場から逃げ出したい衝動に突き動かされそうになりながら、それでもラウの脳裏には旅立つ日に手を振ってくれた妹の姿がよぎった。
いつ自分を失ってもおかしくない、彼女はそんな恐怖に常に晒されている。だと言うのに時計塔に一人残してこんなところへ来てしまった。
(何してんだろ、じゃないよな。うん、そうだ。アイツの為にやるしかねぇ。俺はアイツの兄ちゃんなんだ、兄ちゃんは……妹の前ではカッコイイ兄ちゃんなんだ)
「ラウさん、そろそろお時間です」
ノックの後にスタッフがドアから顔を出す。ラウは「分かりました」と答えると、おもむろに椅子から立ち上がった。懐から気付け薬のような効果を持つ香水を取りだし、わざとらしい仕草で体に匂いを染みつかせる。
「……よぉし、見てろよ天才さん達。俺の力を見せてやろうじゃねぇか」
先程までの萎縮は何処へやら、ラウは自信過剰ないつものペースを取り戻す。目指すは優勝、聖杯である。遅れてしまい申しわけないライダー陣営プロローグでした
「さぁ、いよいよ始まります──」
喧しい関係者の言葉を要所以外を聞き流しながら時を重ねながらじっと椅子に身を預ける。
(くだらないな)
聖杯大会。
誰が考え付いたのかは知りもしないが、実に狂っている。隠すべき神秘を衆目に晒しだしたばかりか娯楽として消費される。よくもまぁ今の今まで魔術を行使出来る神秘が残っているものだと内心愕然とする。
古めかしいコートを羽織った異風の男──、バートランド・オールドリッチは魔術師だ。思うところは有るにしろ、根源到達の為の足かけ手段の一つがあるのであればこれを利用しない、という判断はなかった。
カチリ。カチリ。カチリ。
バートランドの身に着けるいくつもの時計がそれぞれ異なる指針を刻む音が響く。
「……時間だ」
機械が動作を始めるかのようにぴったりのタイミングで魔術師は立ち上がる。
番組がどうこう、盛り上がりがどうこうなどとはバートランドには関係が無かった。余計なモノは漏らさずただ聖杯獲得の為に動く。全ては、魔術師の悲願。根源の為に。「────さて、お次は可愛らしい双子の登場だ。ガウフレディ姉弟だ!」
舞台袖から伝わっていたスタジオのライトは予想していた以上に明るかった。
中背よりほんの少し低い背丈の男が、喧しく双子についてを種々の言葉で視聴者に紹介している。今すぐにでもその口を針で千本ほど糸を通してやりたくなる気持ちを、お互いに隣同士の肌をくっつけ合うことで堪える。やがて男は、手に持ったマイクを二人に向けて、同時に鼻っ柱をへし折りたくなるようないけ好かない飾った笑顔を見せた。
「まずは、そうだな、この大会の参加理由なんかを聞こうか」
互いが互いの身体の震えを感じた。思い出す。折檻と拷問の日々。「聖杯」なんてあやふやなものを手に入れるための人生の魔改造。苦痛と恐怖を以て踏みにじられた過去は、双子の決別への意志に粘っこくしがみついてくる。
この眼前のカメラを通して、彼奴らも見ているのだろう。そして、自分たちは彼奴らに望まれた言葉を答えとして出さなければならない。愛想よく、礼儀正しく、真面目に。
────だが、それが何だというのだ。二人は手を繋ぎなおし、どちらからともなくマイクに顔を近づけ、はにかんだようにしながら、
「私たち」
「僕たち」
「「ガウフレディ家から独立するの」するんだ」
スタジオは途端にざわつき、男も意外そうに目を瞠って二人を見ていた。しかし二人はそちらに目を向けず、真っ直ぐに、カメラを見つめている。カメラの向こうの彼奴らに、復讐と憎悪の念を一心に詰めて。
クラウディオが、依然唖然としている男からマイクを奪い、周囲のことなどお構いなしに言葉を継いだ。>>294
「僕たちは、これまで、聖杯の入手のために無理やり家の連中から訓練まがいの拷問を受けてきたんだ」
「そう。それで、反対すると…折檻をされたわ。今までに、何度も、何度も」
べルティーナも、クラウディオに合わせて己の素性を話す。内容について何の相談もしていないのに淀みなく話せるのは、お互いがいるからだろうか。
スタジオは二人の過去を聞くにつれ静かになっていき、同時にまた別の異様な空気が流れた。二人にはわかる。これは「面白そう」という好奇の空気だ。嫌悪感が腹の底から湧き出そうになるのを抑え、双子は素性話を締める。
「だから、二人で決めたんだ」
「二人だから、決められたの」
「この大会に優勝して、聖杯を手に入れて、」
「二人で、唯の二人として、魔術とも縁を切って、暮らすって」
嘘は何ら交えていない。全て真実だ。二人が目指すは大会の優勝、そして聖杯の獲得。そして、魔術との絶縁を果たし、二人だけで、平和に、いつまでも暮らすこと。そんなおとぎ話のエンディングのようなものを、二人は掲げる。
尤も。その行間に、「世の中の知らん顔でいる連中の蹂躙」というものが含まれているのは、お互いを除いて誰も知らないのだが。
「これは…中々に壮絶な挑戦者なようだ。では、召喚したい英霊などはいるかな?」
「誰でもいいわ。きっと力を貸してくれるはずだから」
「出来れば、強いと安心できるけどね」>>295
調子と笑顔を取り戻した男の質問に、雰囲気を少し緩めて双子は答える。英霊の召喚にも家の連中が必死になって入手した触媒がある。誰のものかは聞いていないが、誰でもいい。令呪を使ってでも二人に協力させてやるつもりなのだから。
男は「ほほう」と口の端を上げながら小さくそう漏らし、さらに訊ねた。
「では、他にも参加者がいるわけだが、誰か警戒すべき相手はいるかい?」
「…そうね…バートランドさん、かしら」
「…そうだね…あの人は、隙がなさそうだから」
バートランド・オールドリッチ。魔術師らしい魔術師としては完成系に最も近しいあの男は、家の連中を思い出してしまい少なからず苦手意識を覚える。隙が無いのもこれから事実になるだろう。
なるほど、なるほど、と男は感心そうに頷く。
「聖杯にかける願いは、やはりご本家との絶縁…かな?」
「えぇ。あと…いつまでも平和に暮らしたいわ」
「誰にも見つからないような処で、ね」
顔を向け合い、微笑み合う。寂しく冷たい夜、夢物語のように二人で何度となく語らったものが、こうやって口に出せたのに、なんとなく二人とも心が弾んだのだ。>>297
以上、木伽キャスター陣営、ガウフレディ姉弟インタビューでした人型に変化したフィルニースの案内でうち(大鳳家)の山を散策する。
「もー、お兄ちゃんったら素材集めくらい使い魔に頼めばいいのに」
そう、あれは今朝の出来事。お兄ちゃんが私に山の中にある魔術触媒となる茸の採取を頼んできた。お猿のパンチに命令すれば部下の猿達を使って集められると思うのに。まあ、いいけどね。
「足元滑りやすいから、気を付けろ」
「うん、ありがとう。フィルニース」
登山仕様としてがっしりした大人の男の人に化けたフィルニースの手を取って整備されてない斜面を上がっていく。
「飛鳥、少しいいですか?」
「ん?どうしたのシャリーファ?」
「いつもなら森中に分布しているはずの使い魔達の声が聞こえません。妙な胸騒ぎがします。…騒ぐ胸はありませんが」
最近シャリーファが漫画の影響でジョークを言うようになってきた。
っと、それより確かに意識してみると使い魔じゃない普通の動物の鳴き声はちらほら聞こえるけど使い魔が全く居ない。これは何かあるのかもしれない。>>299
「フィルニース、出来るだけ広い範囲にサーチ。あと私を開けた場所まで連れて行って」
『ワカッタ…』「了解」
髪飾りからフィルニースの分体を出して細く広い範囲に拡散させて私自身は大人型のフィルニースにしがみついて山中を駆ける。うん、こういう時大人型は便利。
「フィルニース、どう?」
『ナニカクル…ハヤイ…』
「!?」
何かが猛スピードでこっちに向かってくるっ。人の形をしてるけどこのスピード、只者じゃない!
もしかしてこいつが山中の使い魔に何かしたのかな。どうしよう、とりあえずお兄ちゃんに連絡────いや、これくらい自分で対処するんだ!
「フィルニース!シャリーファ!」
サーチから戻ったフィルニースが液状の身体を硬質化させて盾になる。そしてシャリーファは私の体に巻き付いていざという時に私の体を動かす補助をしてくれる。
『セッショクマデ3…2…1!』
ガキィッ!と大きな音がして盾に衝撃が走る。よし、なんとか防げた。あとは少し距離をとって襲撃者の顔を確認する。
「拙の初撃を防ぐとは。……やりますね」
「可っ愛!?」「ヤバい!?」
咄嗟に右袖の鎖を伸ばし、強引に糸の軌道を変える。
そのまま相手の攻撃に合わせ、次々とポケットの鎖を射出。
案の定、そのどれもが撃ち落とされるが、それでも時間を稼ぐ事は出来てる。
いや、それでもポケットの鎖は次々と無くなっていく以上、悪あがきでしかない。
何より、アサシンも抑え込まれつつあった。
ランサーの突きを跳躍して避け、そのまま落下の勢いも乗せて鎚鉾を叩き込む。
しかし、ランサーは異形の槍でそれを受け止めると、人どころか並の怪物では有り得ない力に任せて此方を強引に押し返す。
吹き飛ばされる俺。
ランサーとの間に割って入るように着弾した炎によって追撃は避けられたが、構え直した頃には既にランサーが接近していた。
振り下ろされる槍を受け止め、後ろに飛んで衝撃を和らげるが、劣勢は明らか。
そもそも、先手を取り続けて打撃の『檻』を作り、敵に思うような攻撃をさせないのかああいう力任せな奴への必勝法だ。
それを強引に突破出来る膂力と耐久力をランサーが得た以上、戦法自体が破綻している。
相対的な膂力の差は生前のビーマとの差を超えてるし、炎が掠めた位では動きが落ちるようなダメージを受けない……全力でもないのにこれとは、神代の怪物でも無けりゃ有り得んぞ。「だが、このまま終われるかよ……っ!?」
言葉と裏腹に身体の動きが止まった。
傷は無くともこれまでの戦闘でじわじわと蓄積したダメージで身体の動きが鈍り、遂には一瞬だけ身体が動かなくなるという形で表面化してしまった。
既にランサーは動いている……走り回る事で降り注ぐ炎を回避し続け、その勢いを攻撃へと転換するつもりだ。
だが、俺の動きは遅れた……このままでは間に合わねえ。
「避けろおぉっ!」
その時、令呪の魔力が身体を駆け巡った。
出来れば此処で使わずにいたかった最後の一画……その力で思いっきり跳躍する。
下には、大きく弧を描くように走りながら槍で薙ぎ払うランサーの姿……もし喰らってたら鎧ごと腹を抉り取られていた。
しかし、俺達の限界もそこだった。
「ぐあぅ!?」
マスターの悲鳴が聞こえる。
視線を向けると、散乱する鎖の中で倒れ伏すマスターの姿。
戦士としての才覚も力量も無いマスターでは、ランサーのマスターには時間稼ぎすら厳しいのは解ってた。
だから、それまでにランサーを圧倒して隙を作る作戦だったがこの始末……つまり、戦う前から俺達は負けていたということを今更ながらに思い知らされる。「両袖の鎖は伸展させるものだと思わせておいて、左袖のそれを射出して令呪を使う隙を作る……貴方のマスターはよく戦ったわ」
戦っていたのに身体はおろか衣服にすら傷一つ無い女……ランサーのマスターが堂々と話す。
無力化した以上、マスターに危害を加えるつもりは無いようだが……かといって俺がマスターを拾って逃げようとするなら、ランサーの槍が俺を貫くだろう。
最早、俺達に手札は残ってない。
だが、俺達にだって意地がある。
「ああ、そうだ。俺達は負けた。だがな、このままタダでやられるつもりもねえ。もう少し付き合って貰うからな、せいぜい消耗しやがれ」
確かに俺はランサーに勝てない……だが。一人の戦士として戦い、より多くのダメージをランサーに与えて俺達の爪痕を残してやる。
そう誓った俺はランサー目掛けて走り出し、鎚鉾を真横に振るった。以上、第■回の更新です。
>>300
迅龍は依頼を受けた。とある女性と戦う事を決定した。迅龍は依頼を問わぬ。迅龍は、魔導と仙術によって完成された人形である。主を探し、人助けをして暮らしてきた。なので自分の主になったくれるかもしれないモノには、人一倍従順であった。今回の依頼主は、朽崎遥というヘラヘラとした青年である。とある縁で関わった後に、色々と支援をして貰っている。今回は、とある人物と戦って欲しい、という事だそうだ。迅龍は回想する。
◆◆◆
朽崎遥は、いつものような笑顔で、拙に「ちょっと女の子襲ってきてよ」といった。拙は何故だと聞く。この人とはそれなりの付き合いだし、あまり問題は無いが、やはり気になったのだ。
「実はさ~」
と。彼は少々気怠げに、
「彼女、強いんだよね。師匠としては、まぁ正直問題ないと思うけど、やっぱ経験値は積ませたい訳。だからと言って僕がやると稽古つけるで済むのかという問題がなぁ…。修行じゃなくて殺し合いになるんじゃないかと不安でさぁ。その点、君ならフィジカル系の強さだし、丁度いいかなぁ、って。よろしく~」
まぁ。なんであれ、他人の役に立てるのは非常に嬉しい。>>305
◆◆◆
回想終了。起動を開始、。事前に戦闘舞台だよ、と教わった山の中には、下準備として呪符や死想魔術用のぬいぐるみなどを隠して置いたりして貰った。急降下して、二本の刀を抜いて。
ガキィン!と。自分の日本刀と、対象が瞬時に用意した楯がぶつかる音が響く。比喩抜きで”飛んで”来たのに、その状況判断は凄いな、と簡単に思った。
「ぐにゅ~り、べた~り、ぼとり。はじめまして。えっと、自己紹介?いる?拙は~迅龍。です。あなたをコテンパンにしに来ました。ぺこり。こてり」
ぼぇ。さて、本腰を入れて。真面目にまじめに。挨拶は大事だ。お辞儀をして、名も名乗る。
「拙の初撃を防ぐとは。……やります、ね」
「可っ愛!?」
意外な反応をされた。正直、すぐそういう事を言われるとは、思っていなかった。さて、これからどうしたモノか。
まずはセオリーというか、どんな強さの人なのかを見る為に、様々な変則機動でターゲティングされないようにして斬りかかる連撃を行う。斬撃がヒットするかは度外視で、兎に角高速で移動しながら切る、斬る、伐る。樹木をジャンプ台に。そこら辺の石ころも蹴り上げて飛ばして。テレビのカメラが俺の一挙一動を見逃すまいと狙い続けている。
これが俺にとっては少し、意外だった。
あのカメラを通して俺の行動、俺の一言、何から何までが視聴者の皆様にお届けされる。となりゃ人並みに緊張でもできるかと思ってたがそんなこともなかった。
どころか、カメラを向けられてるとイラつきさえする。さっきからマイクを握ってペラペラ喋ってるヤツもついでにイラついてきた。
なるほど俺はテレビカメラってやつが嫌いらしい。根拠をご親切に言葉にしてやるのも面倒だが、とにかく嫌いのようだ。
思いがけない形でまたひとつ自分のことが知れた。なら、些細なイラつきも寛大な心で許してやろう。
「さって、そろそろジャックくんのインタビューいってみよう!」
寛大な心があるので、早くも飽きてきたインタビューにも真面目に答えてやることにする。ああ、早く終われ。
「まず、この聖杯大会に参加した理由は?」
「ない」
「ないィ?」
「参加できそうだから参加した。それだけ」>>307
「それだけ? へぇぇ、この大会に求めるものはないのかい?」
「ないんだなぁこれが。まあ強いて言うなら遊ぶためかな」
テキトーに答えつつスタジオの反応を眺める。多少のざわつきはあれど、驚いたり意外に思っているような人間はいなかった。
結構結構、どうぞそのまま俺のことをそこらの愉快犯だと思っててくれ。どうせ何一つ間違っちゃいない。
「では次の質問。召喚したい英霊は?」
「さーて……いねぇな。そもそも俺は英霊サマのお名前なんぞ知らねえんだけどな。
ま、なんでもいいさ。贅沢言やウマが合う相手がいいが、そんなのはじめましての後じゃねぇとわからないしな」
「おやぁ? 能力の強さは重視しないのかな?」
「そんなのはいらねぇさ。信じられないほど弱くたっていい。
友情とか絆の力でジャイアントキリング! 視聴者サマも大喜びのアレ、狙ってみるのも悪くない」
「こいつは挑戦的なファイターだ。では次に、他の参加者で警戒すべき相手は誰か教えてもらいたい」>>308
「警戒すべき相手ぇ? さぁどうかな、どうだろうなぁ、俺が今大会ぶっちぎりの最弱なのは間違い。全員が警戒すべき相手で全員が脅威だろうさ」
「では、全員がライバル?」
「おっ、それだな、いいねぇ"全員がライバル"っての! つまんねェ優等生みたいだ!」
「番組的には優等生なだけじゃ困る。せめて誰かひとりにはコメントしてほしいところなんだが」
「つってもな、つまんないんだからしょうがない」
「脅威ではなく、つまらないと?」
「ああそうだつまんねェ。バートランドにシロスケ、それとあの物騒な姉弟。こいつらはとびっきりつまらない。
逆にちょっとでも期待できそうなやつはラウ君とかってのとソフィ嬢だな。今後に期待しなくもない、ってところ。
最後のひとりは……ま、端から眺めとけきゃそれでいいかな。アレぜってぇ即死呪文使ってくる宝箱の同類だぜ?」
「……ひとりどころか全員分のコメントをいただけるとは」>>310
「ギャルのパンティーをもらうんだよ、定番だろ?」
「…………はぁ」
「あ、やっべ伝わってない? 伝わってないかー、OK言い直そう。
俺が叶えたいのは『くだらない願い』さ。せっかくの万能の願望器なんだ、キレイな願いなんて叶えさせちゃもったいないだろ?」
「なるほど結構! 価値観は人それぞれだ! それでは最後に一言!」
「おいリアクション諦めたろ。ま、いいか。んで最後のコメントね……あー……。
視聴者の皆様におかれましてはどうか、最期まで飽きずにご覧いただきたい。参加者一同っ、心ゆくまで遊んでやるさ」
「はいっ、ありがとうございましたー!!」
はーやっと終わった。さー帰ろっと。
……ん? なになにスタッフさん、なにそのハンドサイン、え? まだ帰っちゃダメ? 全員分のインタビューが終わるまで?
……………オイ、マジでか。今、テレビの中でしか見たことないスタジオに私は居る。
想像してたよりもキラキラしてて、ライトがほんのちょっぴり眩しくて……バラエティを余り見ない私でも見とれちゃってたり。
芸能人に憧れては居ないけど、それでも少し感動しちゃう。
「続いて、これまた可愛い女の子。ソフィ・セーレイズさんへのインタビューだ」
わわっ、私の番だ。
へ、変な顔になってないよね。
「落ち着いて。ほら、笑顔、笑顔。さて、この聖杯大会に参加した理由は何かな?」
うう、少し恥ずかしい。
でも、答えは決まってるから、男の人にしては背の低い司会者さんの質問にこう答える。
「助けたい人達が居るから、です」
け、敬語のほうが良いよね、こういう時。
「無理に敬語使わなくても良いよ。いや、むしろ普段通りに喋ってね。さて、助けたい人達って?」うぐっ、余計な気遣いしてた。
「ええと……もう一つの家族、かな」
気を取り直して、平常心で。
WASPの事、余り話さないほうが良いよね。
「成る程、聖杯への願いはその関係……いや、それはまた後で聞くとして。召喚したい英霊は居るかな?」
「ええと、仲良くなれそうな人が良いかな。強くても私と仲が悪かったらきっと負けちゃうし」
本当は触媒を用意してるのも、その触媒が誰の物か判ってないのも、秘密。
こんな所で言ったら駄目な事位、私だって解ってる。
「さて、参加者の中で警戒すべき相手は居るかな?」
「ううっ、全員警戒してて……みんな強そうだし……」
実際、殆どの人が強そうだったり、突き抜けた性格だったりで……唯一そんな事はなさそうなラウって人も追い詰められたら何かやりそうだし。「じゃあ、気になる人は?」
「それなら……ガウフレディさん達かな。その……私も、『皆』も、もしかしたら同じ目をしてたかもしれなくて……」
WASPがまだ『施設』だった頃、皆がしていた目。
何一つの希望もなく、ひたすら全てから目を反らし続けるような光の無い冷たい目。
WASPになってから見ることも無くなったそれをもっと酷くしたような目。
きっと、もう私なんかの言葉は届かない……けど……。
それはそれとして、同い年なのにあのお胸の大きさはズルい。
「そう、か……。いや、気を取り直して、聖杯にかける願いは何かな?」
「さっきも言ったもう一つの家族……その身体を治す……それが私の願い。その為に頑張るって、決めたから」勝てる保証なんてない、聖杯が本当に叶えられる力を持ってるかどうかも解らない。
それでも、その為に私はこの大会で戦うんだ。
「良い願いだ。最後に何か一言あるかな?」
「それなら……お姉ちゃん、『皆』、私頑張るよ。最後まで諦めないから、テレビの前で応援しててね」
最後の一言は笑顔と共に。
弱くて一人だと戦えない私だけど、気持ちだけは負けられない。
だから、精一杯の笑顔でそれを表して。
「微笑ましい一言、ありがとうございました」
こうして、私の戦いは始まった。以上、木伽、ソフィのインタビューでした。
「さあーて、ではラウ君にインタビューしようか。我々が調べてみたところ、なんと彼は魔術師の秘奥「時計塔」に在学しているという事以外一切無名!挑戦的だねえ」
この野郎、さてはさらりと弄っていくつもりだな?とラウは司会者の思惑に気付きわざとらしく足を組んで見せる。少しでも自分を大きく見せようというつもりだったのだが、なんだかそれはそれとして恥ずかしくなり、すぐに戻した。
「それで、だ。ラウ君が聖杯戦争に参加する理由は何かな?」
「理由……」
カメラがじっとラウの顔へと向けられる。公共の電波に乗って自分の言葉が世界中に発信される、それを意識した上でラウは、
「腕試し、とでも言っておきますか」
「腕試し?」
「私はまだ学生の身ですが、それでも魔術師です。自分が魔術を扱う者としてどれほどの力を有しているのか……それを確かめたい。本来は戦闘を目的としたものではありませんから、一笑に付されてしまうでしょうが」
自分でもどうかと思うほど微妙にそれっぽい演技をしてみる。優秀、というよりかは得体の知れない人間を装ったつもりだったのがラウはあまり自信がなかった。けれど挙動不審な姿を見せるよりかはずっとマシである。
「なるほどなるほど、予想よりしっかりしてるね。テレビに出るの今日が初めてだろうに。えーとそれじゃあ、どんな英霊を召喚したい?」
「意気投合できる、とにかく話の合う英霊ですかね。強い弱いではなく同じ目的のもと、分かり合える存在と巡り会いたいかな、と」
「堅実な考えを持っている様だね。年齢の割にしっかり者なんだねラウ君は。それじゃあ他の参加者の中で気になっている人はいるかい?」
気になっている人、それはつまるところ敵としてどれくらい注目しているかという意味なのだろうがラウは思わず口元に手をやって考えてしまう。
全員です!とかふざけた回答したらちょっと調子に乗りすぎだ。いません、と言うのも取り繕い過ぎる。
と、そこでラウは会場内ですれ違った女性の事を思い出した。どこか不思議な匂いをしていた彼女の名前は……>>317
「証亜さん……でしょうか。第六感と言いますか、こう、言葉にし難い何かで彼女に興味を惹かれています」
もっと言葉を選べばよかったなと口中で愚痴る。これでは気になるの意味がまるで違うものではないか。
しかしながらラウは証亜半月から得体の知れない匂いを感じ取っていた。他の参加者達とは異質なのである。
ジャックという名の青年からはカビ臭い匂いがする。まるで何十年も経った本の様なものだ。
バートランド・オルトリッチからは錆びた鉄を思わせるツンとした匂いがする。生き方が表れていると言っていいが、ラウは近付きたくない。
ソフィ・セーレイズからはお日様と土、そして草の匂いがする。聖杯大会の参加者達の中で最も優しい匂いだ。
ガウフレディ姉弟からは並々ならぬ怒りと濃厚な血の匂いがする。怒りの匂いというものは例えるならばアンモニアの様な強い刺激臭だ。
食満四郎助からは特におかしな匂いは感じられない。教会の神父らしい埃っぽさだけだ。だが神父というものは大概怪しいもの、要注意人物であることに変わりはない。
だが証亜半月は違う。彼女の身から発せられる匂いは熟れ過ぎた果実を思わせるほどに甘ったるく、荒屋敷まきなを彷彿とさせた。けれどその甘い匂いと一緒に別の匂いが混ざっているのだ。妹のミアの様に、あるいはロードの弟子である灰色の少女の様に。
「えー、なになに急にアタックするつもりなの?年頃の男の子だねー「
「え!?あ、いやー!そう言うつもりじゃないんですけど、恥ずかしいな!」
適当に相槌を打ちつつもラウの中でモヤモヤと半月への興味が湧いてきていた。あの匂いの正体を確かめたい。可能な事ならサンプルを入手したい、そう思った。以上ラウのインタビューでした
「さて、お次は元柔道オリンピック候補という異色の経歴の神父、食満四郎助へのインタビュー、行こうか!!」
陽気に聴こえるインタビューの声とマイクが、私の方に向く。
「…はい。」
「うぉっ、表情の圧が凄い。それで、この聖杯大会に参加した理由は?」
圧が強かったかと反省し、表情を柔らかくする事に努めながら返答していく。無論、ここは聖堂教会である身を隠し通さねばならない。
「えぇ。聖杯への願いは特に無いのですが、勝てばある貴人との面会を約束してやるとある方に言われたので、参加しようと決めさせていただきました。」
「おぉ、貴人との面会。どういう界隈の人なんだい?」
「まぁ、魔術関連の要人、という感じでしょうか。」
一応嘘は言わずに答える。迂闊に聖堂教会やホエールズベリーの件を明かしたら、私にとっても彼らにとってもまずい事になるのは明白だろう。特にホエールズベリーは木枷の認識外である。認識されてはならない。>>320
「ほほう、いかにも真面目そうなプレイヤーだ!それじゃあ、召喚したい英霊は?」
まぁ、これは隠す必要はないだろう。
「意思疎通ができる英霊ですね。気を通わせる事ができたら尚良しという感じです。」
「正統派だね。じゃあ、参加者で気を付けるべき相手はいるかい?」
ふむ、と手を当て考える。危険な相手は直感的に考えるとバートランド氏やガウフレディ姉弟辺りであろう。しかし、最も底が見えず、最も脅威になり得る相手は…
「ラウさんでしょうか。」
「ふむ?」
「一見、普通の様に見える者が、最も強い者だったという事は先史以来沢山見られますからね。柔道をやっていた時もそうでした。他の人からの評価がどうであれ、私にとっては警戒すべき相手です。」
そう、彼の様な者はトリックスターやジョーカーの様な者になり得る。過去の聖杯大会や聖杯戦争のデータを見てもそれは確かな物だろう。
「ほほう。そういえば柔道家という事は、素の力も強いのかな?」
「まぁ、そうですね。余り使わないですが…」
笑いながら答える。実際、護身術ならばこの中の負けないという自信はあるが、勝負を決めるのはやはりサーヴァントだ。>>321
「聖杯に賭ける願い…は、さっき無いって言ってたから、最後に何か一言。」
「正々堂々、闘わせていただきます。よろしくお願いします。」
「ありがとうございました!!次は…」
波風立たずに自分のインタビューが終了した。ほっと息を吐きつつ、来る戦いへの覚悟を決める。
…悪いが、私の正道にかけて、負ける訳にはいかない。
聖堂教会、そしてホエールズベリーよ。我が戦い、ご照覧あれ。「さぁて、お次は麗しい淑女 証亜半月さんへのインタビューだ」
カメラのレンズが半月を捉えると、瞬時に半月は『向こう側』の人間が喜びそうな淑やかな仮面を被ってみせる。
こうした演技は半月には手慣れたモノでたかだか数分のインタビューでボロを出すような真似はしない。
(それにしても、淑女……ね)
魔術師を演者としてキャスティングするような組織の人間であるならば、自分程度の偽装など軽く看破されることも考えていたのだが……拍子抜けするほどあっさり見てくれに騙されてくれた。
それとも、そう扱う方が撮れ高になると敢えてコチラを泳がせているのかもしれないが……。
(どちらにせよ、やることがいつもと変わらないのはやりやすいけど)
数秒のうちに思考をまとめ、半月はインタビュアーに向き合った。
「この聖杯大会に参加した理由を教えてもらえますか?」
どうやらインタビュアーも参加者毎に態度を変えることでこのインタビュー自体を演出しているようだった。
他の参加者に向けた気さくさよりも自身を敬うような印象を半月は受けた。
「知人から紹介を受けまして……聖杯顕現という奇跡が見られることに興味を持ったので」>>323
前半は本当だが後半は真っ赤な嘘だ。
流石にその日の飯と宿の為に参加したと正直に告げては外面を取り繕った意味が無い。
「なるほど確かに聖杯なんて画面越しならともかく直で見れるのは参加者ぐらいですからね!それでは次の質問ですが……召喚したい英霊は決まっていますか?」
「そうですね……恥ずかしい話ですが、歴史や偉人に関しては最低限の知識しかなくて……ですから特定の英霊というよりは自分の身を預けられるような、頼りになる英霊が来てくれると嬉しいです」
自らの弱味を見せつつ、当たり障りのない回答で質問を流す。
英霊の特定に繋がる触媒の話もここでは黙っておく。
大会期間中、出来るだけ長く木伽に滞在したい半月にとっては外面を保つのも大事だが、目立って標的になることも避けたかった。
地味ながら優等生であること、それが今回の半月の目標だった。
「参加者の中に警戒している相手、気になる相手はいらっしゃいますか?」
そんな半月を試すように次なる質問が投げかけられる。
「もちろん、参加する以上は全員がライバルだと思っています。……ただ、気になる相手であればラウさんでしょうか」
「意外ですね、彼のどういったところが半月さんの琴線に触れたのでしょうか?」>>324
「そうですね。年齢が近いのもありますし……私にはない緊張感のようなモノを感じて、こちらも精一杯応えなきゃって思わせてもらえます」
全員がライバル、そんなありきたりな返答をしながらも、半月は冷静に他の参加者を品定めしていた。
まずバートランド・オールドリッチ。アレは典型的な魔術師だ。恐らく色仕掛けで篭絡出来る類ではないし半月の個人的な感性からしても魔術師は嫌いだ。
次に食満四郎助。アッチは逆に模範的な代行者。姦淫や男色は教義が認めていないし、それを遵守するタイプだろうからやはり論外だ。
ガウフレディ姉弟。こちらも魔術家系だがどちらかというと半月側に近い雰囲気だ。家に嫌気がさして参加したクチだろう。
二人で完結した間柄ゆえに、半月がつけ入る隙はなさそうだし、自身と似た境遇であったとして互いに理解者がいるという彼/彼女らの在り方は半月としては受け入れ難いものだ。
ソフィ・セーレイズに関しては言うまでもなく女性である。コチラからアプローチをかけることはまず無いと言っていい。
無垢な雰囲気は意図して妖艶さを醸し出す半月では出せぬ美点だが、それだけならば聖杯大会では脅威にはなり得ないと断定する。
そして、ジャックを名乗る青年。アレは得体が知れない。
それなりに人間を見てきた自負がある半月の眼にもアレは不気味だ。
何も考えていない童心の持ち主のようで老練したかのような諦観が見え隠れしている。出来ることならば関わり合いは避けたい。
そういう意味ではラウのような人間が一番やりやすい。
魔術師ではあるがバートランドのような生粋の研究者とは違う、見栄とプライドを持っていて、けれど僅かに自信を欠いた人物。
ああいう緊張感で張り詰めたような性格は、半月にとってはやり易い。
(まぁ、こんな立ち回りに対する評価なんてサーヴァントが召喚されたらいくらでも覆るし、あてにならないんだけどな)>>324
また、思考を打ち切って次なる質問に備える。
「それでは最後に────ズバリ、聖杯にかける願いは!」
(やっぱり、これ系統の質問は来るよなぁ……)
つい先刻、半月自身が悩んでいた願いに対する質問。
あの時は聖杯なんて売り払って路銀に変えようと結論を出したが、流石にインタビュアーを前にそれは言えない。
「その、まだ自信が無くて……ここで言うのも恥ずかしいので……聖杯を勝ち取ることが出来たら、その時また改めてお話します」
そこで半月はらしくもなく苦し紛れの誤魔化しをした。
「なるほど、願いに関しては勝った後でのお楽しみ、サプライズ発表ということで……半月さん、インタビュアーにお応えいただきありがとうございました!」
インタビュアーのフォローで何とかその場をやり過ごし、半月はホッと胸を撫で下ろした。「ここがペレス島……か」
フェリーから降り立った少女は初めて訪れた島を眺めて呟いた。
淡い色合いのニットカーディガンにチェック柄のフレアスカートを着た線の細い少女。
ストレートの長髪をゆるく三つ編みに縛り、リボンを飾っている。特徴的な薄い空色を湛えた瞳や白い生糸のような細い指。それは儚げという形容が相応しい。氷肌玉骨な少女。
真府四方……現在はヨモ・ヘルメの名で呼ばれることが多い少女が、その島に降り立ったのは夏のある日だった。
地中海で地殻変動によって海底から浮上した構造物島。名を「ペレグリヌスベース」。通称ペレス島。
驚くほどに青い空。日差しも強いものの、故郷である日本の夏と違い空気が乾燥していて湿度は低いので蒸し暑さはない。
四方は先行してペレス島に赴いた親族が待っているホテルへ向かった。
彼女の右手に滲んだインク文字のような、不思議な形の痣にも見える紋様──令呪とよばれるそれが発現したのはつい最近だ。
突如として発現した令呪について調べて、ペレス島における聖杯戦争を知った四方は彼女が養子となってお世話になっているヘルメ家を通じてグレーヴェンマハ家の後押しを受けて聖杯戦争に参戦することになった。
「はぁ……魔術師同士の決闘か……気が重い」
四方は数日前から焼けつくような胃のあたりを抑えて呻き、嘆息する。
「それに……聖杯による悲願の成就、か……」
緊張と不安もあって心に間隙ができたのだろう、無視していた声が聞こえてくる。いくつもの囁く声。
「五月蝿い!」
と呟いた。自己嫌悪の浅い池の底に、深い穴が空いていることを悟ったのである。
ペレス島にあらかじめ彼女の本家が用意した住宅街の一軒家にたどり着いた。元々が日本人である彼女からすれば、洋画に出てきそうな豪邸である。インターフォンを鳴らせば本家の使用人が出迎えた。案内された居間で待機していた四方の伯父であるセドリック・バーセルがさっそうと立ち上がって彼女を出迎えた。>>327
俗社会では政治家としても活動している彼は、長身な眉目で舞台俳優のような優れた容姿をしている壮年の男だ。
「お世話になります。おじ様」
「よく来てくれた、ヨモ。はじめての土地だからね、迷子になってしまわないかと心配したよ」
「ご、ご心配おかけしてすみません。ちゃんと住所は教えてもらっていましたから……」
まるで屋敷の主のように部屋が似合うバーゼルに進められて四方は椅子に座り、彼らか説明を受ける。受けながら心の片隅には澱のようなものが溜まる。それは呵責。一族を裏切ることへの呵責だった。
バーゼルは四方に令呪が発現したことを知り、本家グレーヴェンマハと交渉して四方への支援を取り付けたのだ。グレーヴェンマハ家も自分たちの魔術でなくて一族から根源い到達する者が現れるという箔を求め、バーゼルの提案に乗ったのだ。
(だけど……)
四方は内心嘆息する。彼女の願いは根源に到達することではない。真の願いは自己の統一化。身体中から囁く声、砂の城のように脆く崩れてしまいそうな自分が自分なのかという不安。その不安と恐怖を払拭できるのであれば魔術師の悲願であっても棄てることが彼女にはできた。
「ヨモ、どうしたのかね? 到着したばかりで疲れたのかな」>>328
音もなく思惟の泡が弾けて、四方は、バーゼルと相対している自分を、あらためて確認した。
「す、すみません……」
「いや、いいよ。我々は別に用意した拠点に移るからゆっくりと休んでくれ。今日の夜にはサーヴァントを召喚するつもりなのだろう?」
「はい、貴重な聖遺物をご用意していただいてありがとうございます」
四方はバーゼルへ深々と頭を下げる。聖杯戦争に臨むにあたって四方が衝突した問題。それは召喚の触媒となる聖遺物を用意することだ。英霊の触媒となるものなので大変希少なものとなるのでそれを用意する金策が必要だったのだ。
「ははは、気にしなくていいよ。それに芸術を愛する者が多いグレーヴェンマハ家としては召喚のあとには是非とも蒐集品のひとつにしたいそうだよ」
バーゼルが使用人に持ってこさせた櫃を、四方へ差し出した。四方は緊張しながら受け取った。
「あ、はい……。お金も出していただきましたし、そうしてください」
バーゼルの交渉によってグレーヴェンマハ家からの出資してもらい、時計塔の考古学科一級講師で四方が師事しているカイホスルー・アードゥルから紹介してもらったニューヨークの古美術商を営む魔術師から購入した触媒だ。
櫃を受け取った四方の手から汗がどっと出てきた。
◇◆◇>>329
夜、ペレス島の森林地帯。日中に見つけて確保しておいた霊地で四方は召喚の準備をする。もしかしたら召喚する前のマスターを狙う待ち伏せがあるかと疑った。だが幸い、そこは誰もいなかった。鞄から溶かしたルビーが入れた容器を取り出した。魔力の籠った宝石溶かしたものだ。
溶解させた宝石をもって魔法陣が描かれる。消去の中に退去、退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲んだものだ。
「魔法陣……よし」
歪みのない線であることを確認して、四方はひとつ頷いた。
四方は調達した触媒を日中に用意した祭壇に置く。
その触媒は世界的な文豪が書き記した古びた紙片。数百年前の文字が記されたその紙片で数億円の価値がある。
古美術商から触媒を調達するとき、候補として残ったのが『文豪が書き記した古びた紙片』、『ブルボン朝の財宝』、『怪物グレンデルの骨』。財力的な理由もあって古びた紙片を購入することになった。
紙片が納められた櫃を持つ四方の手が震える。
──召喚するときに燃えちゃったらどうしよう……。
「大丈夫大丈夫……」
四方が自分に言い聞かせながら、召喚の儀式に移った。>>331
魔法陣に恒星のような輝きが生じ、その中から人影が現れる。
「サーヴァント、キャスター。召喚に応じ参上した」
「──っ!」
緊張と興奮のあまり失語した四方が、茫洋と見上げた先にいるのは魔導の雄たる超越存在だった。
黒炭のような髪と瞳、親でも死んだかのような仏頂面で、陰険な学者のようにも冷厳な僧職にも見える黒衣の男。
キャスターと名乗る男が自分を見下ろしている。何か言おうとするも四方が混乱しているうちに、キャスターは彼女の手を取り立たせてくれた。
「あ、……すみません」
言ったあとにこの場合は「ありがとう」と言うべきだった、と四方は後悔した。
「いや……気にするな」
キャスターは素っ気なく言った。
「それで、君が私を召喚したマスターでいいのかね?」
「は、はい! ヨモ・ヘルメと言います。至らない点もあるかと思いますがご指摘いただければ善処しますのでよろしくお願いします!」
キャスターは目を細めた。
「しっかりしている」
……そんなこと、生まれて初めて言われた。
「プロスペロー、召喚に応じ参上した。孤島に追放された阿呆でよければ自在に扱いたまえ」>>332
キャスター陣営1日目終了です。バーサーカーとライダーの衝突などがあった日の前日になります。第一回聖杯大会、黒野陣営の敗退インタビューSS投下します
>>334
――それでは、Mr.クロノへのインタビューを始めさせていただきます。
「はい、よろしくお願いします」
こちらこそ、よろしくお願いします。敗退直後で気が重いかと思われますが、どうかしばしのお付き合いを。
「ええ勿論。……他の参加者さんだって、同じように答えてきたんです。俺だけ例外って訳にもいかないでしょうし」
そう言っていただけると有難いですね。――では、お言葉に甘えて早速質問していきましょう。
まずは、契約したサーヴァントであるランサー氏との日々についてお聞かせください。
「初っ端からきついの持ってきますね……」
気を悪くしましたか? でしたら質問を変え――
「いえ結構です。どの道答えないといけない内容でしょうし。……とはいえ、何から答えればいいんでしょう。何しろこの六日間、色々ありすぎまして」
それもそうでしたね。では、Mr.クロノから見たランサー氏の印象からお答えいただけませんか?
「俺から見たランサーの印象、ですか。――最初に感じたのは、『爽やかそうなイケメン』ってイメージでした」
イケメン、ですか。
「ええまあ。そりゃ、そっちのハリウッドとかの俳優さんとかには負けるかもしれませんけど、俺にとってランサーはいつも頼りになる……そう、兄貴分みたいな奴でした」
ほほう、兄。>>335
「俺んち、妹はいるんですけど兄や姉はいなくて。だから物心ついてからはずっと俺が兄として色々面倒見てたりしたんですよ。まあ、最近じゃあいつもすっかり成長して俺の事なんか気にもしてない感じですけど」
それは不仲、ではありませんよね?
「いやいや、そういうのじゃないです。よくある反抗期的なやつですよ。――でも、だからこそっていうのかな。ランサーと一緒に居た時は、素直に頼ったり甘えてる時間の方が多かった気がします」
成る程、よく分かりました。では、次の質問へと移らせていただきます。
アサシン――この場合はヘンダーソン氏ではなくメリエール氏の陣営ですが――を除くほぼ全ての陣営と交戦したMr.クロノですが、敵対した陣営の中で一番厄介だった陣営は誰になるでしょうか?
「一番厄介って……それ、俺の実力知った上で言ってます?」
ええ、存じております。その上でお答え頂きたいのですが。
「はぁ……と、言われましても。初っ端からやらかしてた朽崎――バーサーカー陣営とか敵対してる間はずっと生きた心地しなかったし、アサシン陣営もいつ不意打ちしてくるか分からない怖さに付きまとわれてたし機動力のありそうなライダー陣営とかもマスターが名門魔術師とかいう分かりやすい強敵だったし。キャスター陣営に至ってはマスターのあの子が何かヤバいの纏っててそっちの方が怖かったし。最優で名高いセイバー陣営なんてまともにやったら序盤のステータス差もあってまず間違いなくこっちが不利になるだろうと思ってたし、アーチャー陣営に至っては封印指定執行者なんて実力者に加えて得体の知れない乱入者まで現れたし……」
――その。失礼を承知で申し上げますが、改めて振り返るとよく生き残れましたね。いやルールでそういうのは禁止されているんですが。
「全くです(ク.ソデカため息)。正直、今になって自分の無謀さを嫌になる程痛感してます」
それはつまり、参加した事も後悔してると?
「……まあ、その。全くしてないと言えば嘘にはなります。――でも、プラスマイナスで言うなら、間違いなく自分にとってはプラスになる経験でした」
と、おっしゃいますと。>>336
「俺は結局、何も分かっちゃいなかったんですよ。物語や創作で馬鹿みたいに憧れて、惹かれて、夢を見て。肝心の登場人物たちがどれ程苦労して、ボロボロになってその結末に至っているのか、まるで思いを馳せていなかった。自分自身の至らなさも含めて、です」
「でも聖杯大会に参加して、ランサーと出会って。それから5日間ずっと戦い続けて、念願だった非日常を散々味わって。それでようやく、自分の馬鹿さ加減と夢見がちっぷりに気づけた」
……それはつまり。もう非日常への未練はないと?
「ええ、全く。というか、これでまだあるとか言ったら怒られるだけじゃすまないでしょう。両親にも、妹にも。何より――今も座から見守ってるかもしれない、あいつにも」
「俺の願いは、この大会に参加できた時点でほとんど叶ってた。その上で、当の英霊にも諭してもらえた。だから、ここから先は俺が身をもって示していく番です」
「俺はどこまで行っても日常側の人間で、でも非日常に関わらなくても満たせられるものはあるって。もう非日常はこりごりだって、そう座にいるあいつへも示していくのが目標です」
良い考えだと思います。廃工場でのやり取りが効いてた、という事ですかね?
「……………………。やっぱ、あれ、見てたんです?」
ええ、勿論。それはもうノーカットで。
「――――――――うわぁ。恥ずい、恥ずかしい。やば、今になって顔から火が出そうになってきた……。すいません、あの辺の記録だけなかった事にとかは」
ダメです。というか無理です、もう全世界に知れ渡っているので。
「――――(赤面しながら俯く)」
えー落ち込んでいる所真に申し訳ありませんが。もう一つ質問に答えていただいてもよろしいでしょうか?
「容赦ないなあんたら……」
それが仕事ですので。では、質問内容ですが――実際の所、どうすればあの最後の決戦を勝つ事が出来たと思いますか?>>337
「…………(羞恥が解け、真顔に戻る)」
無論、Mr.クロノとMr.リスコフォスの実力差は存じ上げております。契約したサーヴァント同士の差も含めて。
その上で、お答え頂きたい。貴方は、どうすれば勝てたと思いますか?
自分が魔術師であれば、そうでなくてもせめてMr.リスコフォスに張り合えるだけの力を有していれば。あるいは――契約したサーヴァントが、もっと優れていれば等々。どうか素直なお気持ちを聞かせ願いたい。
「素直な気持ち、ですか」
はい、どうぞご自由に。放送禁止用語に引っかからないレベルであれば、という条件付きですが。
「では最初に前提を。――サーヴァントに関するスペック云々については俺はまったく気にしていませんし、今更それが原因だったというつもりもありません」
「召喚時点で分かれた、もっと優れた英霊であれば。そういうのはこの通り簡単です。そして、その上で言い切ります。――ふざけんな、と」
――――。
「優れた英霊であれば? 召喚に失敗した? そんなもの、言い訳でも何でもない。俺、さっき言いましたよね。『自分の馬鹿さ加減と至らなさを痛感した』って」
「そんな俺が――サーヴァント同士の実力差を考えこそすれ、それを理由に敗北したと押し付けるような事、冗談でも口にするとでも?」
……失礼。こちらの配慮不足でした。ご気分を害し、申し訳ない。
「いえ、こちらもカッとなってしまいました。すいません」>>338
「けど――これだけははっきり言っておきます」
「あの戦いを分けたのは、俺がマスターとしてどうしようもなく足りてなかったから。ランサーは――山中鹿之介幸盛は最期まで、俺の為に全霊を尽くしてくれていた」
「だから、負けた理由も責任も全て俺にある。あいつには、責められる要因なんて何一つない。どうか、どうかそれだけは正しくお伝えください」
かしこまりました。番組の信頼と名に懸けて、必ずや。
「ありがとうございます」
それでは、そろそろインタビューを終わりたいと思います。
ああそうそう、忘れる所でした。この後、Mr.クロノは如何されるおつもりで?
「――勿論、故郷に帰ります。家族に無事を知らせて、帰りの飛行機に乗って、それで――直接、顔を会わせて色々話し合う。やるべき事は山積みですから」
成る程、分かりました。
それでは今度こそインタビューを打ち切らせていただきます。本日はありがとうございました。
「……ふぅ」
インタビューを終え、泊まっていた安宿の部屋に戻る。
そのまま着替える暇も惜しみ、ベッドへと思いっきり横になる。
――疲れた。本当に、疲れた。
昨日の激闘の疲弊も癒えない後に、敗北者向けインタビューへの出席。その撮影も終わり、やっと帰ってきた訳だが……
「――――」
うつ伏せから、仰向けになる。>>339
一人きりになった部屋は、狭いにも関わらずどこか物寂しくて。
それが単純なスペースや調度品の問題ではなく、昨日まで確かに一緒だった存在がもういないのだと実感してしまって。
「…………ぁ」
そう気づいた瞬間、両目から涙がこぼれた。
あの時。砂漠の決戦で敗北し、呆然自失のまま運営が手配したバスに乗って。その間もずっと心ここにあらずの気分のまま、観客からの大歓声も遠くに聞こえてて。
帰って確認したスマホに、実家から大量のメールと通話記録が届いている事に気づいてたにも関らず。出る気に慣れないまま、結局今日のインタビューまで放置してて。
それもこれも全て、ランサーがいなくなった事を受け入れられていなかったからだと。今になって、ようやく自覚した。自覚、できた。
だから――
「(もうちょっと。もうちょっとだけ待ってくれよ、父さん、母さん、仁美)」
今だけは、やっと訪れたこの時だけは。
思いっきり、泣かせてほしい。
敗北の悔しさでも、己が無力さへの憤りでも、まして俺を打ち負かしたゲルト達への逆恨みでもなく。
ただ、短くも濃い日々を共にした、最高の親友との離別を。どこまでも、どこまでも噛み締め、明日への糧に変える為に――。
その日。俺は今まで生きてきた中で一番と思えるくらい、泣いた。>>340
以上、黒野陣営これにて第一回聖杯大会より退場となります。お疲れさまでした。
後日また帰国後の黒野のその後的なSSは上げるかもしれませんが、それはまた別のお話という事で首尾よくキャスターの召喚を終えた四方は儀式の痕跡を消していた。その作業中にキャスターはペレス島を探査していた。
「……」
何か話さなければ……! 四方の脳内はぐるんぐるんと動いていた。
サーヴァントは魔術師たちがごく普通に使い魔とするような魑魅魍魎、怨霊の類とは格が違う。
魔術師の使い魔と言うには畏れ多い超越存在たる境界記録帯(ゴーストライナー)。キャスターは本来、四方ごとき魔術師に従属される存在ではないのである。
「あ、あの……。本当にお会いできて光栄です。伝説の魔術師にこうしてお会いできる機会があるとは思っていませんでしたから」
「伝説とは、過分な評価だな」
キャスターは口の端に苦笑を乗せる。それでも不快という様子はなかった。
四方のおべっかではなく紛れもない本心である。歴史に残る魔術師という存在には自分の遥か高みにある先達として畏敬の念を抱くのだ。
エルサレム王国を栄えさせ、七十二柱の魔神を統べる魔術王ソロモン。アーサー王の師であったキングメーカーである花の魔術師マーリン。五大を支配せし錬金術師ヴァン・ホーエンハイム。神智学の祖たる神智学者エレナ・ブラヴァツキー。
それら偉大なる先達とあのキャスターは、四方にとっては肩を並べる存在である。
大魔術師プロスペロー。ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『テンペスト』の主人公である。>>342
大魔術師プロスペロー。ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『テンペスト』の主人公である。
「あの男の遺物で召喚されるとは……」
キャスター──プロスペローは親でも死んだような仏頂面で、触媒として用いた聖遺物である紙片を見つめていた。もしも視線に物理的なエネルギーが含まれていたら紙片は消滅していただろう眼光の鋭さだ。
「もしかしてシェイクスピアと親しい間柄だとか」
「それはない」
「すみません!」
食い気味に答えたキャスターに委縮して反射的に謝罪する四方。禁忌の箱をうっかり開けたと彼女の心臓は強烈にステップをふんで踊りまわった。
一方のキャスターもばつが悪そうに顔を顰めた。少女を怯えさせてしまったと自己嫌悪に陥った。
「あの劇作家とは会ったこともない。私にとっては造物主に等しい者だが麗しい関係でもないのだ」
「そ、そうなんですね。すみません……。か、考えてみれば脚本の内容は……あの、すみません……」
「心遣いに涙が出るよ」
キャスターは感情のドアに忍耐という錠をかけていたのだが、シェイクスピアに関わることでは、その錠があやうくはじけてとびそうになる。灼熱した毒舌の熔岩を少女に吐き掛けるようなことは彼の矜持から許し難いことだった。
「あの、キャスターこれは決して野次馬根性で訊いているわけではないんです。同じ聖杯戦争で共闘するものとして、マスターとしてですね」
「前置きはいい、何を訊きたいのだね?」
「すみません。聖杯を求める理由を教えてください」
四方の瞳をキャスターはじっと見下ろしている。拒絶されるかと四方は思ったが、キャスターはマスターをかえりみて、苦笑とも自嘲とも区別しがたい表情をにじませていたのだ。>>343
「魔術師としては、褒められたものではないよ。私の願いは──根源への到達ではない」
キャスターの言葉に四方が瞠目する。彼女のそれは純粋な驚きであり、失望や軽侮ではないことは彼にも伝わっていた。プロスペローが一段と目を細くした。そしてキャスターは話出した。
自分が戯曲の主人公そのものではないこと。正確にはその戯曲のモデルとなった人間。生前は別の名前や人生があった。しかし、プロスペローと似た精神性、経緯を持つことによって死後にプロスペローという概念と習合することで英霊プロスペローとなったこと。
「つまり、キャスターは虚構から生まれた存在ではなくて、実在の魔術師と幻想の融合ということですか」
キャスターは憮然としていた。
「融合というよりも実在した者を素材に作り出された幻想の産物だろう」
キャスターは苦々しく頭(かぶり)を振ってみせた。
「プロスペローになった私にも、かつては抱いた狂おしい情念、何をおいても大切だと思う者がいたはずだった。プロスペローたる私だからこそ、あるはずなのだ。だが、それは幻想によって塗り潰され失われた。──それを取り戻したい」
プロスペローがみずからのルーツを語ることで、四方の瞳に興味の色をたたえたがプロスペローは、自身に関する話題を発展させる気はないようだった。
彼は顎を撫でると、自分自身を突き放す口調を作った。
「つまり、私は一度、自己を喪失した男だ。失ったものを取り戻すのは私にとって根源に到達することよりも重大なことなのだ」>>344
プロスペローの声は、四方の胸に重く沈みこんできた。彼女は息をのんで、孤島の魔術師の確固たる覚悟が現れているような力強い肩の線を眺めた。
砂の城のような自分を、どうにか変えたいと願い。そのために根源へ到達すら否定する姿を、彼女はキャスターを重ねていた。言うべき言葉を見出せずに立ちすくむマスターを見やって、キャスターは微笑した。
「先達として失望させたならば申し訳ない」
「い、いえ! そんなことありません。大切なことを教えてくださってありがとうございます」
四方は本心を明かしてくれたキャスターに感謝した。自分も彼の誠意に報いたいとそう思った。
「私の願いをお教えします。その前に、知っていて欲しいのです。私の本当の名前を」
彼ならば万能の釜の力をもって悲願を達成する同士になれるのではないかと、彼女はそう期待するのだ。>>345
キャスター召喚直後くらいのSSです。聖杯戦争の進捗というよりコミュニケーション回です。「では、バートランド氏のインタビューに移らせてもらおう!」
スタジオを盛り上げようと攻め攻めの姿勢で進行を務める男はマイクの矛先をバートランドに向ける。
それを眉一つ動かさず静観する男に内心寝ているのか聞いていないのか手ごたえのなさに不満を抱きながら先を進める。
「時計塔から参戦したこの男!これまでの参加者にも魔術協会からの魔術師がいたがこの鉄面皮はいか程か!さぁ、その動機を語ってもらおう!」
ちらっ、と目線を差し向けたバートランドが口を開く。
「──それはわざわざ聞くような事なのか?」
「はぁ……?」
「聖杯を手に入れる、これ以上の明白な目的が分かりきっているのに時間を使う意義があるのかと言っている」
「いや、そこは番組の盛り上がりというかな……!」
(おいおい、なんだこの愛想と空気の読めなさは。コイツ、そもそも趣旨分かってんのか……?)
「では、聖杯にかける願いは!」
「いう必要が?」>>347
「召喚したい英霊は?」
「ここで相手にサーヴァントを絞らせる情報を吐けと?」
「…………」
「…………………」
おいふざけんなよこのヤロウ。盛り下げることばかり言いやがって。
無言の静寂が響くスタジオ。それまでインタビューで盛り上がっていた場はこの男によって完全に凍結していた。
ただ無為に時間が過ぎる中、はっとしたように何でもいいから場を繋げようと男はさらに空虚な言葉を繋げる。
「他の参加者の中で気になる警戒──」
「──時間だ」
ぼそりと呟く男がゆるりと席を立ちこの場から去ろうとする。
「ちょっとまだ聞きたいことが──」
「インタビューに費やす時間は10分だけだという条件で出たはずだ。これ以上は時間を浪費するつもりもない。元より僕は魔術師だ。神秘を隠匿する人間がくだらない娯楽の為に自らの魔術を開示する訳がない」
静止に聞く耳すら持たずに歩いていくバートランドはふと思い出したかのように足を止めると一言付け加える。>>348
「警戒しているわけではないが、そこの女。随分ちぐはぐな音が聞こえるな。耳障りなので早く矯正した方が良い。」
見向きもせずにそう言い放った男は今度こそスタジオを立ち去って行った。「─────さあ、来るがいい!!己の試練を超えてみせろッ!!」
さて、それでは。先ほどまでの己よりも更に速い飛翔速度で連撃を浴びせて……、などと考え始めたその直後。
(やっほー、サタン!今ねぇ、聖堂教会への訪問と監督役への挨拶が終わったよ!、それと滑り込みでビジネスホテルの一部屋取れたから、一旦帰ってきて!)
ん、おっと。刹那様からの念話が来ました。
「と、思いましたが。──やめましょう。では~」
そうサーヴァントのお二人とお嬢さんに大き目の声で告げ、己は刹那様が提示してくださったビジネスホテルとやらに帰還しましょうか。おっと、あの方たちからの攻撃を受けないよう、高度も上げないと、ですね。>>350
「ただいま帰還しました、マジェスティ。さて、首尾はどうですか?」
サタンは刹那の前で霊体化を解きつつ、聖堂教会での成果を聞く。すると刹那は嬉しそうに、
「ん~、まぁ。悪くは無い感じ?監督役はメイベルちゃんって女の子!あくまで潜在的な敵対関係かもだけど、優しそうな子だったね!この聖杯戦争が終わったら、また遊びに行きたいなぁ。それで?サタンの方は、他の人達と戦ってみてどうだった?」
そういった刹那は、先ほどサタンを治癒した事を思い出しつつ、おずおずと質問する、情報収集と監督役への挨拶、別行動をしようと提案した結果、サタンはかなり大きな負傷をして戻ってきた。それが後ろめたいというか、少し不安になったのだろう。
そんな不安を打ち消すかのように、サタンは微笑を浮かべて、所感を伝える。
「はい、先ほどのの威力偵察では、恐らくですが、セイバー、ランサー、アーチャーの三騎士と関わるコトが出来ました。セイバー様は軽装、己の雷撃に対する対処から考えて、防御系では無くスピードで回避するタイプでしょう。近距離での雷撃も躱されたので、そういった概念防御的なモノを持っている可能性がありますね。逆にランサーは雷撃を防御した正統派な騎士、でしょうか?あまり関われなかったので、あまり言及出来る事は少ないです。それはアーチャーも同様。完全な遠距離タイプでしょうか、抉るような銃撃を行うスナイパー。着弾点に矢が残っていないので銃弾かなぁ、と予想しますが、それだと真名の予想がしにくいですね」
滔々と話すサタン。今回は威力偵察であり、”『戦嵐・異邦より来る悪獣(セト=アン)』”やスキル”敵対者”を本格的に使用していない為、まだまだ余裕があるような雰囲気である。
「それで、そちらは?何か収穫はありましたか?」
穏やかな笑顔のまま、そう切り出したサタンに対して、刹那はこの聖杯戦争ではペレス島の下層にある空間を下りていかなければ聖杯を得る事は出来ないという情報を伝えた。そして二人は協力しつつ、頑張って地下を攻略していこう、と志を新たに、明日を考え、刹那の箱庭鍵呪法による寝室のガードと、サタンが万が一に備えれ寝ずの見張りをするという形で一時の休息を取るコトとした。(刹那はサタンにも睡眠を!と主張したが、サタンはサーヴァントには必要ないと言って辞退した。刹那が持ってきた書物などを読んで時間を潰すそうだ。)>>306
はっ、いかんいかん。顔がよくてつい口走ってしまった。よく見たらでっかいし、彼。
うん、よく見たら異様な格好だった。僵尸っていうのかな、ホラー映画で見たことあるアレの姿にそっくりだった。それでもパッと見顔がいいし全体的な雰囲気もなんだか小さい子っぽい感じがする。
「拙は迅龍(シュンロン)。貴女を襲うよう言いつけられました……程々にお覚悟を」
「襲うって、誰に言われたの?」
「それは…守秘義務、です」
僵尸の御札で身体能力を上げる魔術?それとも僵尸そのもの?どっちにしろシャリーファが効きそうだけど高速で動き出した相手の動きに素の身体能力でついていけない。シャリーファの身体補助を外したらやられる!
「っ、フィルニース!」
「どォらっ!!」
控えてた大人型フィルニースがウル〇ァリンみたいな鉤爪を出して迅龍に殴り掛かる。避けられたけど拳が当たった地面に小さなクレーターが出来る。……鉤爪、要る?
「これなら、どうです」
「くぅっ!」>>352
離れたと思ったら木が一本根元から切られた状態で投げつけられた。なんとかフィルニースで防いだけど…ってかうちの山の木伐採するとかなんてことしてくれるのあの人ーっ!
「もう怒ったんだからー!フィルニースッ!」
「ハイヨー」
フィルニースからある武器を取り出す。藁納豆みたいな形の弾頭、1m近い砲身。個人で手に入れるにはちょっとお高くつくから一発限りの大技。RPG-7ロケットランチャー!
木一本切られたのに対する仕返しにしてはやり過ぎ、というか寧ろこっちの方が森へのダメージ深刻な気もするけどそれはそれ。ちょっと確かめたいこともあるしね。
「吹っ飛べー!」
フィルニースの感知で居場所を探って移動先を予測して思い切り発射し…大、爆、発!
爆煙が晴れるより前に背後からの気配に(フィルニースが)気付く。
「当たりま、せん」
「だよねっ」
背後から斬りかかってきたのを防ぐ。でもまあ、これでなんとなくあたりはつけられるかな。>>353
────その頃、大鳳邸
「あちゃー、飛鳥ちゃんったら隙を作ってもない相手に撃っても当たる訳ないじゃないか」
世にも珍しい千里眼を保有する使い魔、アイの視覚を投写し一部始終を観戦している男が二名。大鳳飛鳥の兄大鳳京介と魔術その他諸々の師、朽崎遥である。
「いや、あれは中々の一手だな」
「うん?どうしてそう思うのさ京介君」
「まずあの砲撃は相手に当たることを目的としていない。本当の目的は小規模とはいえ山の中で爆発が起こった際に俺が感知出来ることを見越して緊急事態を知らせるため。或いはこれに俺が無反応ならば迅龍の襲撃は俺が関与しているということが分かるという訳だ」
「なぁるほどぉ。となるとこれがあくまで実戦を想定した訓練だってバレちゃった訳だ」
「そうなるな。所謂ステージ選択ミスというやつだ」
「んー…まあいいか。どっちみち飛鳥ちゃんにはこの戦いを通じて弱点を克服してもらわなきゃいけないしね」
からからと笑って朽崎遥は二人の戦いに視線を戻した。「いいでしょう、異邦の益荒男」
振るう毒槍を掻い潜り、穿つ打撃が毒の滴を弾き飛ばす。ランサーの勝ちはほぼ必然、しかしそこに至るまでに圧倒的な差があるかといわれるとそうではない。
身体能力の暴力。それは確かに脅威だし、鍛え抜かれた武は時に単純な暴力にも劣ることはある。故に今回もそうではあるのだが、しかしランサーは戦闘になど慣れていない。なぜなら、戦ったことはないのだから。
しなる槍はランサーの人ならざる本能のままに振るうもの。跳ね上がり、突き刺さり、しかしそれは人の流儀ではない。そこにつけ込み穿つ矛はランサーの体を的確に抉る。「………なんだ、お前。戦うことに慣れていないのか。いや、そもそも………戦いたく、ないのか」
「ええ。戦って何がいいことだっていうんです?私という怪異を構成する要素(ファクター)からしてそうなんですよ。座に戻ったら調べてみるといいと思いますよ。経験として次の現界に持ち込めずとも、こういうものがいるんだって気持ちになります」
「ふむ、それもアリか。………じゃあ、なんで戦っているんだ」
「なんででしょうね。ああ、うん。どうでしょう。戦っているという自覚がないと申しますか。実はこれもそこまで大事じゃなくて……生きてた頃なんて私の図体はもっと大きかったので、体を島と見間違えて抉られることも、少なくなかったんです」
体を抉られて、痛い。痛いけど、うん。それだけ。もっと抉られたら怒るのかもしれないけれど、今はそうじゃない。
「もちろん、痛いのは嫌だから今も昔も身じろぎをします。痛いことはしないでほしい、だからここから退いてください、そんな感じで。生前はそれにびっくりして帰ってくれますし、今はこの振るう槍がその行動の代わりです」
「驚いたな。その強さ、てっきり太古から英雄共を蹂躙し尽くしていたかと。お前、本質は戦とは無縁か。ならばそれは、単純な種としての強さか」
「無辜の怪物、その他のサーヴァントとなった後の補正もあるでしょうがね。ええ、悲しいことに」英雄が、目の前の紅い怪物の本質を理解したその瞬間にこそ、怪物の槍はより一層煌めいて。
「だから、あまり私にしがみつく殿方は少し力を込めて吹き飛ばしたくなるのです」
己の身から出る鮮血に身を濡らしても、顔色ひとつ変えずに力を込めて振り抜かれた怪物の尾が、アサシンを吹き飛ばすようにしなり、うねり、腹を打った。聖杯大会が終結した後のことだった。
ゲルトは優勝者としてインタビューを受け、様々な質問を投げ掛けられては答える“作業”を終えて、放心状態になっていた。
勝利した事による余韻か、壮絶な戦いを目の当たりにした後の疲労感か、或いは両方かもしれない。
取り敢えず彼はホテルの一室のソファにて身を投げ出していた。
────嗚呼、勝てたんだな。
実感が湧かない。積年の願いがこれで叶ったのだという実感が湧かない。
人体から不要な物質が取り除かれ、正常な肉体になった感覚は掴めているが、それでも……と、目元を覆い隠すように腕を当てる。
暗くなった視界。感慨に耽るには丁度いいとばかりに、ゲルトは聖杯の間での出来事を思い起こした。>>358
────聖杯の間────
優勝者に当てられたその場所は、膨大な魔力が充満する聖域であり、娯楽の賞品を渡す場とは思えない所であった。
しかしゲルトの目の前には正真正銘の魔術界における万能の願望機たる『聖杯』が鎮座していた。
成る程、こんなバカげた魔力量を有しているのなら一人や二人の願いを叶えるなど容易いだろう。今まで仕事柄で見てきたどのアーティファクトよりも、途方もない代物である事が理解できる。
「それで、この場で願い事を言えばいいのかな? まるで子供の童話みたく単純明快なお願い事を、ね?」
「……警戒は不要かもしれませんね。周囲に不穏な気配及び魔術の類いは感じられません」
「そっか。なら、誰にも邪魔されずにやってしまおうかね」
待ちに待った願望を成就する時。
この大会の噂を聞きつけた頃から抱き続けた呪縛からの解放。
己の体を蝕むだけの兵器を取り除き、今度こそ自由となって新たな人生を送るのだと。
自分でも珍しいと思う程の鼓動が速くなっていくのを感じる。高揚し、まるでプレゼントを貰う前の子供のような心境だ。>>359
「我、聖杯に願い奉る」
意識は聖杯に、しかして一瞬だけアーチャーに一瞥する。
期間は一週間と短い間柄だったが、それでも心を通わせる事ができたと思っている。共に壮絶な戦いを潜り抜け、時には莫迦な雑談をし、時には心の内を明かしたり、時には月を見て酒を交わしたりもした。
何よりも趣味嗜好が似通っている部分がある。これは既に兄弟よ呼べる仲なのではないか……と一瞬考えたが自惚れが過ぎるので掻き消しておく。
ともかく、ここまで来れたのはアーチャーの力あってこそだ。故に、最後になるかもしれない最高のパートナーとの別れを告げるように拳と拳を合わせる。
────ありがとう、アーチャー。本当に、本当にありがとう。それしか言葉が見つからない。
「我が身に自由を……この忌まわしい兵器を取り除いて、自由が欲しい」
そう唱えると聖杯は忽ち輝き、この空間が光に包まれる。
ただの魔力の奔流でしかないのに、何故か温かな気持ちになるのは高揚感のせいだろうか。それとも、幸せそうに『あり女性と抱き合っている相方』の影響か。
どちらにしても悪くない気分であった。暗殺者の英霊(アサシン)として現界したネブカドネツァルが、覇久間市上空にて神殿を顕現させている一方、かつてそのアサシンのマスターであった二階堂夢莉は。
日本最大の空港である東京国際空港、その通称を羽田空港、にいた。
「…………っ」
「夢莉は、アサシンのコト、やっぱり気になる?」
「あ、いいえ……」
「隠さなくても良いよ、態度に出てるし」
「ぁ……、はい」
「うん、夢莉の過去を“覗いた”から分かるよ。知っている人がどうなるのか、どうなってしまうのかっていうのは不安にもなるよね」
「……はい。無事でいられるっていう保証は、無いんですけど……」
(まあ、十中八九は退去することになるだろーよ)
二階堂夢莉をエスコートしているのは、祖父が魔術師の伝手を辿って連絡が取れた、母方の実家、荒屋敷家の者だった。
その名前を荒屋敷まきな。制服を崩した着こなしもさることながら、ハート型のサングラスが度肝を抜いた。しかし似合っていないというわけではない。それどころか、この少女にはこれが普通なのだと思わせる自然さがある。
母方、荒屋敷が本当に魔術師の家系ならば、それは自分が思っているよりも“堅気”ではないということになる。覇久間で顔見知りになった魔術師のマスター達はそう恐ろしくはなかった(アサシンが傍にいたからかもしれない)が、祖父から聞く話では一般人の犠牲などそう関心を持たないのが常だという。
もしかしたら、この奇抜な外見の人も、そういった非人間的な内面を持つのかもしれない。
と考えると途端に、背筋に冷や汗が流れた。>>361
「あたしの役目はここで終わり。後はキリクってヤツに任せた」
「えっ……」
「そもそもアタシ、荒屋敷とは本当は関係が悪いんだよねえ。うきな叔母さんもやっちゃったし」
「え? そ、そうなんですか?」
「だから仇なのよ。でも安心して、これから来るキリク君はまー真っ当に英国紳士属性は無いこともないから」
「――いや、あるさ。あるとも」
「キリク君!」
「やあ、ミス・マキナ。彼女が護衛対象かな。僕の名前はキリク。キリク・レナだ。よろしく」
荒屋敷まきなが邪道の派手さならば、キリク・レナは正道の派手さだ。
高級ブランドの仕立てなのだろう純白のスーツを堂々と着る青年を見て一瞬で、この男はアサシン…ネブカドネツァル…と同類だと察せた。身体を一分の乱れなく巡る小源(オド)と、他者を威圧させる“正しさ”。この人は生まれながらに俗世とは隔絶した境地に立っている。
「僕のホームであるトルコの魔術都市、イスタンブールにある学院に、ということで良かったかな。ああ、魔道を志して欲しいと言っているわけではないさ。当面は生活に慣れるまでは秘書のような仕事、君達の言葉ではアルバイトかな? とりあえずの衣食住と娯楽は保証するよ」
「あ、ありがとうございます……?」
「護衛はどうした護衛は~」
「野次馬か、君は。ああ、時計塔の君主(ロード)のお歴々、それに至宝ヴォ―ダイムでなければ問題ないさ」>>363
『星が墜ちるより、迅く』
覇久間リレー、アサシン陣営『天の光、あるいは地の光』の続きです~
同じページに話が続く予定です>>363
魔神柱が織り成す異形の空中庭園、その上層に。
かつて彼女自身が滅ぼしたというソロモン神殿の名残が見受けられた。そう滅ぼしたのではなく、魔術王ソロモンの偉業それ自体を己の物としたのだ。
セイバー、オードリー・ヘップバーンは、彼女に言わせれば“単機能の”英霊だった。いいや、映画の小道具に模した礼装などの対応能力こそ豊富ではあるが、究極の一には遠く及ばない。故に、評価するならば、あの光の剣。聖剣だけだ。
対してこちらの手札と言えば、この神殿を形作る七十二柱の魔神。神代にのみ可能とされた原初の天体魔術。そして、人理を写すカルデアの剣。
ネブカドネツァルの体表に顕れた魔術回路が、快音を立てて迸る。
正々堂々とはいうが、それは真っ向勝負を意味しているわけではない。
「セイバー!」
「――――っ!」
アレンの勘、探偵として培った洞察力と知識が不意打ちに対応する。
地面のみならず四方八方から、この神殿そのものを形成する魔神柱が蠢き、魔力光を放ったのだ。本来ならば収束されるはずの魔力の流れが妨害される。
こうなると魔神柱の群れか、ネブカドネツァルか。どちらか一方しか対処できない。つまり、相手は真名解放の準備を済ませ、こちらはそれができない。確実に追い込まれているということを意味していた。
(しまった、最初から一手足りなかったのか――)>>365
「――すまない、野暮用があって遅参した。セカンドオーナー代理の使い魔(サーヴァント)として、道を拓くぐらいのことはさせてもらうぜ!」
「貴方は……ライダー!?」
「あら、派手に誘いすぎたかしら……!」
北斗七星を象る、極光とともに極東独特の武者装束に身を包んだライダーが、セイバー達の進撃を妨害する魔神柱をなぎ倒していく。
突然の乱入に、多少の動揺こそしよう。だが、ネブカドネツァルの手の内にある、『聖なるかな至上の星(ロード・カルデアス)』は既に臨界を迎えている。あとはただ真名を宣言するのみとなっていた。
「……地を照らし、空に在り、天上の座標を示すもの。
顕現せよ、人理の礎――『聖なるかな至上の星(ロード・カルデアス)』!」
カルデアス内部の仮想運営によって証明された、人類史と同等の熱量を有した光条が解き放たれる。龍脈焼却型礼装にも比肩する魔力放出はたちまち、この神殿すら余波によって融解は避けられないだろう。
「マスターめに免じて一矢のみ、一矢のみだ」
「――鼠、アーチャーか!」
ネブカドネツァルの剣を握る腕が、オルヴァル・オッドルが狙撃した矢によって大きく弾かれる。>>366
予定していた箇所を外れたとはいえ、それでも宝具の攻撃範囲は段違いに広い。なにせ元からEXランク(規格外評価)。奔流から逸れていたとしても、たかが軸が歪んだ程度で避けられるものでは到底ない。
避けられないのならば、受け止める他ない。
それだけの話だ。
「弁慶とかいう奴ほどではないが、セイバーとそのマスターは俺の背にいろ。守ってみせる」
「それはっ」
「無駄口を叩くな、あの女の魔術回路は異常だ。すぐに次が来るぞ!」
オードリー・ヘップバーンとそのマスター、アレン・メリーフォードを庇ったライダー・平将門の霊基(からだ)が膨大な熱量に焼かれていく。
血すら流れずに蒸発し、皮膚は炭化していく。蚩尤と例えられた鉄身であろうと関係ないだろう。本来ならばそのまま霊核(たましい)すら燃え尽きる。そのはずだった。
『妙見祈願・七天武者(なむみょうけんだいぼさつ・ななつのかげを)』なる第二宝具。これは生前に、妙見菩薩から授けられた七人の影武者を代替生命と成したもの。
オルヴァル・オッドルの矢によって直撃コースから外れた、この位置ならば第一宝具に第三宝具を用いて、幾分か耐え切れる――――
「ありがとうございます、ライダー……!」
「行こう、セイバー!!」
光の幕が消え去ってもなお、人影がある。>>367
セイバー達は無傷で眼前に立っているという事実。
「――アサシン、天上王ネブカドネツァル。今の貴方を見た時から不思議だったのです。誰よりも未来を観ることに優れた魔術師である貴方が、ライダーの出現を予測できなかった。アーチャーの一撃を避けられなかった。七つの時、ネブカドネツァルは獣の如き狂気に陥るという。おそらくはもう星見の叡智は失われたのでしょうね。
その眼に、貴方が勝つ未来は、まだ見えていますか――――?」
再び、カルデアスの炉が灯る。
クールダウンなんていう概念は無いかのように。
だが先程の焼き回しにはならない。
なぜならセイバーのマスターであるアレン・メリーフォードがいて、セイバーのサーヴァントであるオードリー・ヘップバーンがここにいる。
後は天上王ネブカドネツァルの骸、その心臓に剣を突き立てるだけで良い。
堂々と、自らの胸の内にある光を信じればそれで良い。
多くの人が歩んだハリウッド殿堂の道。人の心を豊かにする善性の文明が築き上げた、音楽、演劇、ラジオ、テレビ、そして映画。近代を代表する五つの娯楽における偉業が失われることのないようにと惑星(ほし)に刻まれた、エンターテインメントという人の夢のカタチ、その具現。
「『列して称えよ(ハリウッド・ウォーク)――――
――――輝きし銀幕の星々を(オブ・フェーム)』
少し眩しいけれど、よろしくて?」>>368
輝きが神殿に満ちて、花となる。
ここに天は地に落とされた。ここはとある喫茶店。
聖杯大会から数ヶ月が経過し、色々とあって追われる身ではなくなったゲルトは、一服しながら現在までの出来事に思いを馳せていた。
自由になったのではっちゃけみたところ、女性の地雷率が上がって望んでいない既成事実を作らされそうになったなど、涙無しには語れない思い出がたくさん。
可笑しいかな、あたかも佳き思い出のように脳内で再生されているが、そんな事実はない。目を血走らせながら迫る女性たちには恐怖しかなかったと記憶している。
一旦これらの悪夢は隅に置いといて、ゲルトはこれまでに訪れた地を想起していた。
先ず初めに、己の相棒として召喚された英雄の故郷へ向かった。ただ彼は神代の住人なので、生前の記憶を垣間見たゲルトとしてははまったく異なる景色を目にする事は分かっていたが、それでも行きたかった。
次に黒野双介へのサプライズ訪問。単にビックリさせたかっただけである。
後は各地を巡って、様々なものを見た。夏空市を、ヘイスティングズを、メイズを、etc……。
「さて、次は将来設計でもしないとね……」
執行者時代に稼いだ資金も無限ではない。そろそろ収入源を作らねば貯金が尽きてしまいかねない。
それに────
「幸せな家庭に、憧れがないと言われれば嘘になるからね」
家庭を持ちたければ、佳き父親でなければならないのだから。>>370
これにてゲルト編は終了です。第一回聖杯大会、後日談SS黒野編投下します
>>372
「おーい黒野くん、ちょっといいかい?」
「はい課長。何ですか?」
「いやね。急な話で申し訳ないんだが、このデータ整理を頼めないかなって。本来は別の者が対応するんだが、そいつが今日急病で……」
「分かりました。すぐ取り掛かります」
「本当かね! いや助かるよ、このお返しはいつかするからよろしく頼む!」
律義に礼を言う課長を見送り、早速仕事に手を付ける。
頼まれたデータ整理はそこそこ量があったが、それでも普段の業務と並行する形で充分処理できる程度だ。
終業時間内に間に合うようテキパキ片づけていくと――ふと、すぐ傍に人の気配を感じた。
「お疲れ様です、黒野さん。これ、よろしければどうぞ」
「ああ、長谷川さん。いつもありがとうございます」
「いえいえ。これも仕事ですから」
同僚の長谷川瑞希(はせがわ・みずき)さんからコーヒーカップを受け取り、一口啜る。
いつもながら見事な手際と言うべきか。温度も味も絶妙に整えられたそれは部署内のみならず社内全体で密かな、そして確かな評価となっており、仕事の能率アップに大きく貢献している。
実際俺も入社してから何度文字通り美味しい思いをした事か……。>>373
(と、いけね。今は仕事に集中しないと)
思わず抜けかけた気を引き締め、再度目の前のPCに手を伸ばす――途中で。
ふと、カップに何か貼り付けられている事に気が付いた。
それがカラフルな付箋である事に気づき、何事かと剥がして確認すると。
『今日の昼、二人だけで話し合う時間持てませんか? 長谷川』
と。実に流麗な文体で書かれた伝言が一つ。
その内容・意味について見つめる事1分足らず。書かれた内容を正確に理解して――同時に、とてつもない衝撃が脳を襲った。
(――え。え゛っ!? こ、これってもももしや、そういう……!?)
心臓が早鐘を打つ。この会社に勤め始めて早数年、想像だにしていなかった事態に思考回路が完全にバグる。
思わず長谷川さんの方を振り向くと、ちょうど当人も気づいたのか、こちらに小さく手を振り返してきた。しかも笑顔付きで。
「……よし。よぉし!」
できる限り小さく。だが、どうしようもない程隠し切れず。
興奮も露わに仕事へ取り掛かる。
急にガッツポーズを取った俺に課長や他の同僚が驚いていたものの、俺は完全に意識する事なく集中していた。
それからだいぶ時間も経った、正午。お昼休憩を迎え、俺は昼食を取りに社員食堂へと来ていた。
今日のメニューはちょっと奮発して唐揚げ定食。普段は素うどんやカップ焼きそばで済ませているが、今日は特別な日という事でささやかな贅沢を選んだ。>>374
それもこれも――。
「あ、黒野さん。こっちです、こっちー」
この、女子社員と二人きり(厳密に言えば他の社員も大勢いた為、完全な二人きりではない)で会話できる絶好のチャンスだからこそだ。
弾みそうになる足取りを微妙に堪えつつ、俺は長谷川さんの向かいに着席する。
「お、お疲れ様です。長谷川さん」
「ええ。黒野さんも、お疲れ様です。どうです、仕事の方は? 片付きそうですか?」
「あ、はい。大丈夫です! 午前中の内に頑張ったおかげで、今日中には余裕で片付きそうです!」
思わず力の入った返事になってしまうが、まあ仕方ない。
何といっても異性との会話、それも上司のような気を遣う存在ではなく同僚というある意味対等の相手なのだ。
いや礼儀という意味で気を遣いこそするが、それはそれこれはこれ。ぶっちゃけ自分の年頃で異性とのこういった機会に心躍らない者はいるだろうか? いやない。
ニヤケそうになる顔を全力で取り繕いながら、俺は早速本題に触れる。
「そ。それで、長谷川さん。話したい事っていうのは、一体」
「あ、そうでした。実は、黒野さんに聞きたい事がありまして」
「聞きたい事?」
「ええ――その。黒野さんが参加したっていう、聖杯大会ってイベントについてなんですけど」
「――」
聖杯大会。その単語を聞いた瞬間、俺は自分の表情が固まるのを実感した。
同時に、先程までの興奮が急速に冷めていく。翻って湧き上がるのは、緊張と警戒。そして――疑心。>>375
「……あの。長谷川さん、そういう単語はあまり大きな声で言わない方が」
「え。そ、そうなんですか? 私、何かやっちゃいました?」
一方、長谷川さんはといえば本気で分かっていないのか、可愛らしげに慌てた様子で戸惑う様を見せる。
幸いにも周囲には聞こえなかったのか、こちらの会話に耳を澄ませていそうな者はいない。誰も彼も、各々の昼休憩に夢中といった具合である。
――本当に夢中なのかどうかは、分からないのだけども。
俺は小さくため息を吐き、あからさまに気が進まない――ように見える――態度をとる。
「……こちらも運営さんの方から色々言い含められててさ。守秘義務とか他言無用とか、今でも有効な契約とか結ばされてるんだ。だから、俺が語れそうな事は公式で発表されている以上のものはないんだよ」
これは本当の事だ。
全ての戦いが終わり、大会運営に呼び出された俺はいつになく真面目な顔をした運営の人たちと対面し、いくつかの書類を書かされた。
内容は基本、大会初日に聞かされたものとほぼ同じ。大会の内容について必要以上――この場合は、運営側が公開している情報以上のもの――を言及しない事。また、破った場合のペナルティについてといったものだった。
俺としてもあまり自慢できるような戦いぶりではなかったし、何よりあいつと過ごした日々はなるべく自分一人の胸の中にしまっておきたかった。
照れくさいのを承知で言えば――一生の宝物、というやつである。
とはいえ世間の方はそうもいかない。
大会が終わり、帰国するまでの道のり――どころか、帰国して以降も。時折、俺の下には独自取材を申し込みに来たパパラッチやフリーの記者が現れた。
大手のマスメディアが押し寄せて来なかったのは、事前に大会側があらかじめ優先的に契約を交わしてたのと、俺たちと同じように『念押し』されていたからだろう――とは。後々どういう手管か俺の住所を知り尋ねてきたゲルトや朽崎の言である。>>376
まあ、それでも俺の対処法としてはどうしようもない。言うな、と言われている以上破れる筈もなく、常に『大会運営の方に聞いてください』の一点張りで対処した。
中にはしつこく何度も訪れる奴らもいたが、それも帰国前に貰っていた運営への相談・連絡先に知らせてみたらぱったり来なくなった。……そいつらがどうなったのかは知らないし、知りたくもない。正直、ちょっとだけ後悔してる。
あと、それ以外だと『尼子一族研究会』なんてニッチな歴史同好会なんてのもいた。何でも俺がかの山中鹿之介と契約していた事を聞きつけ、是非とも取材したいと懇願してきたのだが――これについても、丁寧にお断りした。
さて。話を戻して、長谷川さんの事だが。
「うーん……そうなんですかぁ。じゃあ、やっぱりいいです。すいません」
予想外にあっさり引き下がっていた。
「いえ、その。私も社内の噂で聞いただけと言いますか、好奇心半分でというか。でも、やっぱり本当だったんですね」
「あー、まあ。うん」
どうも深く追求する気はないらしい。こちらとしても助かったと言うべきか、やれやれと言うべきか。
……思えば、早いものであの大会から何年も経った。
あの後、詰めかけてくるマスコミをどうにかかいくぐり、無事故郷へと帰りついた俺に待っていたのは――完全に説教モードと化した両親と、怒り泣きで抱き着いてきた妹だった。夢を見ていた気がする。
長い、永い、永遠にも似た夢を。
鼻をくすぐるのはミントに似た紫煙の香り。嗅覚を燻るようなその刺激に、私の意識は目覚めた。
「おはよう静香。次の交差点、右で良かったっけ?」
運転席に座る金髪翠眼の女性。オフショルダーのニットを着た美女……うん。見た目だけなら美女の姿をした女が、口から煙をくゆらせながらそんなことを尋ねてきた。
「この近くの交差点って一つしかないからそれであってるけど。というかここどこよ」
「その交差点の近所のコンビニ、その駐車場よ。あたしは道なんてわからなかったし。あまりにも気持ちよく眠ってたから起こすのも悪いと思ってね。ついでに一服しようと思ったの」
「携帯で道を調べたら良かったんじゃないの」
「昨日から止まってんのよ」
「……私の携帯でデザリングを飛ばせば?」
「……あ」
「あ、じゃないわよ馬鹿。もう一服は済んだでしょ? 出発しましょ」
「はーい」
「あと、貴女の携帯料金は後で払いに行くわ」
「ええ!? いいの!?」
「私だって不便だもの。来月の給料から天引きするからそのつもりで」
「……はーい」>>378
吸殻を灰皿に投げ入れ、しょんぼりとした顔で車を発進させる美女。
彼女の名は瑞希七海。蓮見家は古くから彼女の実家と関わりがあり―――端的に言うと、腐れ縁の幼馴染というやつだった。
彼女とは、昔から「私が古書堂を継いだら雇ってあげる」と約束していたのだ。
「はあ。気前がいいんだか悪いんだか」
「店長だもの。締める時は締めないと」
そう。今日から私は一国一城の主になる。
両親に兼ねてから打診を受けていた古書堂を正式に譲り受けたのだ。
今思えば、私が彼を喚んだのは必然だったのかもしれない。
かつては国を統べる王として、多くの人々の生活を背負った彼。
いずれは店主として従業員の生活を背負うことになっていた私。
過去と未来、一つの店と一つの国という大きな差はあるけど。
私と彼は、どうしようもなく似通っていたのだ。>>379
「で、ここが古書堂? こんな店が華宮にあったのね」
「知らなくても当然よ。認識阻害の結界を張ってたし」
「へー。ダイアゴン横丁みたいなことするじゃない。あれはちょっと違うところもあるけど」
「ダイアゴ……何?」
「……あんたね。仮にも店長なんだから、メジャーな本くらい目を通しておきなさい。ハリーポッターも知らない本屋の店長なんて聞いたこともないわ」
「…………善処するわ」
ハリーポッター、確かに名前は聞いたことがある。
悔しい。七海に、七海に正論を言われてしまった……!
「ああ? んだよ。やかましいと思ったらお前か。ワルキューレ」
「やめなさいよ人間戦車。ワルキューレなんて『型』に収めないで。色々と都合が悪いって言ってるでしょ」
「知らん。そんなんで腕を落とす方が悪い」
地響きのようなバリトンボイス。
店の扉から現れたのは、迷彩を施したコートに身を包む身長2mはあろうかという巨漢だった。>>380
「な、七海……? 七海さん? この人は?」
「前に言ってたでしょ? バイトに心当たりがあるって。それがこいつよ。見た目はこんなんだけど、腕は確かいたたた! 痛い! 痛い馬鹿! もげる! 頭がもげる!」
「見た目はこんなんだけどは余計だなあ」
グローブかと思うような巨大な握り拳を、大男がグリグリと押しつける。
「あー。あんたが店長? 俺は景伏弦。職業は傭兵。特技は戦闘全般と中国拳法だ。自分で言うのもなんだが確かに腕にはちょいと覚えがあってね。荒事は俺に任しときな」
「ええ。頼りにしてるわ。景伏さん」
「弦でいいよ。店長さんにさん付けされるのはむずがゆいぜ」
差し伸べられた右手に右手で応じる。傷だらけの手。戦士の手。
彼が入れば百人力だろう。
そんなことを思いながら―――私はふと、彼の後ろにいる少女に視線を投げた。>>381
「ねえ。貴方達、あの子が見えてない?」
「あの子? え、ええ!? 何あの子。あんたの連れ子?」
「は? い、いや違う。確かに子供はいるが。そもそも、お前に合わせるはずがねえ」
「ちょっと!? どういう意味!?」
「言葉通りの意味だが?」
言い争う2人に背を向けて、私は少女に歩み寄る。
しゃがみこみ、目を合わせ、柔らかな口調に務めるようにしながら私は彼女に語り掛けた。
「あなた、お名前は?」
「小鳩。小鳩だよ。おねえさんは?」
「私は静香。蓮見静香だよ。あなた、昔からこのお家に住んでたの?」
「そうだよ? もしかして、だめだった」
「うーん……あなた、このお家は好き?」
「うん! とっても!」
「そう……でも。ここは本当は私のお家なの。ねえ小鳩。あなた、このお家にいたいでしょ?」
「うん!」
「じゃあ。お手伝いをしてもらうことになるけど。大丈夫?」
「いいよ。だいじょうぶ!」
ニコニコと笑う幼女―――もとい、小鳩。私は彼女を抱き上げ、唖然とする二人に向き直った。
「そういうことだから。2人ともよろしくね」>>383
◆
「そうして見ると、普通の女の子なんだけどねえ」
静香の寝顔を横目に七海が呟く。
聖杯大会。
七騎の英雄と七人の魔術師がぶつかり合う、大会とは名ばかりの戦争。
そこで、彼女は何を見たのだろう。
どんな出会いを、どんな別れを経てここにいるのだろう。
静香は変わった。古馴染みの彼女にはそれがよくわかる。
普段はどこか抜けていた彼女に、どこか芯が通ったように見える。
それは、七海の周りによくいる人間がする顔と同じだった。
小説家になりたい。
作詞家になりたい。
何がしかのクリエイターになりたい。
そういったなんらかの夢、進むべき目標、自分にとっての道を照らす太陽が見えているような、そんな眼をしていた。
「随分とまた、いい顔をするようになって……まあ、今の顔はちょっと、いやだいぶ緩いけれど」
笑顔のような、泣き顔のような顔。
瑞希七海の知っている、瑞希七海の知っていた蓮見静香の顔。
その安らかな寝顔を見て、七海はある答えに辿り着いた。>>384
「そういうこと、か。
あなたはまだ、夢の中にいるのね」
夢を見ていた。
長い、永い、永遠にも似た夢を。
第一回聖杯大会・アフターエピソード
アーチャー(2騎目)陣営/『遠い夢』End.>>377からの続きです
妹からは、散々泣かれた挙句にボッコボコにぶん殴られた。
……正直、あそこまで泣かれるとは予想だにしていなかった。
確かに思い出せば、旅立つ前は「何考えてるの馬鹿兄貴」と言われもしたし、結局旅立った日も拗ねた様子でこちらを見向きもしなかった。
その時点で俺の選択に不満を抱いているのは分かってはいたのだが。
『馬鹿、バカ、ばか!! 兄貴のバカ!! しんじゃったら、かえってこなかったらどうしようって! ずっと、ずっとこわかったんだから!!』
めちゃくちゃに泣きながら、こちらを殴ってくる妹――仁美の顔は今でも覚えている。
両親の説教もさることながら、こいつを泣かせてしまった事はかなり落ち込んだ。
泣きやんだ後も、こちらとは一言も話さず――それでいて、起きてる間はずっと傍にいたがる妹の姿を見て――俺は、改めて自覚した。
……ああ。やっぱり俺は、『こっち側』の人間なんだな、と。>>386
父と母からは無茶した事を散々に怒られ、責められ、安堵され。それからしばらく、遠出や旅行。あるいは必要以上の外出を禁止されて。
妹からは、散々泣かれた挙句にボッコボコにぶん殴られた。
……正直、あそこまで泣かれるとは予想だにしていなかった。
確かに思い出せば、旅立つ前は「何考えてるの馬鹿兄貴」と言われもしたし、結局旅立った日も拗ねた様子でこちらを見向きもしなかった。
その時点で俺の選択に不満を抱いているのは分かってはいたのだが。
『馬鹿、バカ、ばか!! 兄貴のバカ!! しんじゃったら、かえってこなかったらどうしようって! ずっと、ずっとこわかったんだから!!』
めちゃくちゃに泣きながら、こちらを殴ってくる妹――仁美の顔は今でも覚えている。
両親の説教もさることながら、こいつを泣かせてしまった事はかなり落ち込んだ。
泣きやんだ後も、こちらとは一言も話さず――それでいて、起きてる間はずっと傍にいたがる妹の姿を見て――俺は、改めて自覚した。
……ああ。やっぱり俺は、『こっち側』の人間なんだな、と。>>387
それからというもの、俺はきっぱりとそれまで抱いていた憧れ――非日常への執着を、振り切る事に専念した。
帰国し、大学生活に復帰して以降。ずっと疎かにしていた就職活動に励み、手頃な就職先を見つけ、そこに入社できるよう全力を注ぎ。
その合間に、両親や妹を安心させられるようできる限りの償いをして。
そうして、ようやく今の職場に落ち着き――こうやって真っ当に働き続けている。
思い返せば入社直後もこうして散々同期や上司からも聖杯大会の事について絡まれたりもした。
その度にあれやこれや、適当に言い逃れしつつやり過ごしてきたのだが――今日、久々に聞かれて動揺してしまったのは否めない。
「あ、それじゃ私はこの辺で失礼しますね。黒野さんも、午後のお仕事頑張って下さい」
「あ、ああ。そっちも、頑張って」
長谷川さんが席を立ち、後には俺一人残される。
結局、思い描いてた甘い予感は儚く消え去り――俺は一人黙々と、唐揚げ定食を完食するのであった。>>388
『――どうだった? 彼の様子は』
「所見ですが、やはり暗示やその他の契約に触れた様子はありません。また、こちらの正体についても勘づかれた様子はないかと」
『そうか。引き続き監視を行うように。最早サーヴァントも持たず、刻印も有さない一般人とはいえ、やはり万一の事もあるからな』
「了解しました。――ゲルト氏やクチサキ氏との接触の方はどうなさいますか?」
『そちらについても手出し無用だ。片や元封印指定執行者、片や極東の田舎魔術師。いざとなれば、対処法はいくらでも用意してある。むしろ不用意に刺激する事が神秘の秘匿を脅かしかねないと見るべきだろう』
「……仮に、ですが。もし、彼がまた魔術や神秘の類に興味を持った場合、いかがいたしましょうか?」
『どうもこうもない。所詮魔術刻印を得た所で始まりたての4流、いや5流以下か。いずれにせよ、我々の手に負える程度の存在だろう』
『それよりも、例の大会運営からの接触の方を警戒しろ。今更絡んでくる価値があるとも思えんが、万一の可能性もある。境界記録帯の触媒にされても面倒だ。もう一度言う、引き続き監視は怠るな。こちらからは以上だ』
「了解しました。通信終了」>>389
そうそう。ちなみにだが、大会で知り合った連中との付き合いはまちまちだ。
まちまち、というのは、知り合いこそすれ、今じゃ全く連絡を取らない奴らがいるのと――どういう訳か、俺の住所を知って顔を出したり年賀状を送ってきたりする奴らがいるからである。
具体的に言うと前者がルーカスやクローディア、スティードにボラゾン爺さん。後者がゲルトと朽崎である。
ボラゾン爺さんに関しては、帰国後まさかの人身売買ニュースを知り、地味に驚いた記憶がある。
結局大会中まともに話した事は一度もなかったし、半分くらいは俺たちのせいで退場させられたようなものだったが……。
というかルーカスは大丈夫だったのだろうか。あの後大会スタッフに保護されてたまでは見たけれど、あの後の安否とかはまるで聞かなかったし。
俺自身、下手したらああなっててもおかしくない立場と無力さであったからあまり同情や偉そうな事を言える立場ではない。ない、のだが。それでもやはり、思う所がないと言えば嘘になる。
だがまあ――恐らく、二度と会う事はないだろう。俺は結局、『こっち側』を選び、あいつの誘いは拒んだ。
なら、それが俺とあいつらの全てだ。俺の今も、あいつらの今も、これから先――話の種になる事こそありすれ、交わる事は二度とあるまい。
ゲルトと朽崎にしても、顔出しこそすれ深くかかわってこない辺り、つまりはそういう事なんだろう。これもまた、一つの線引きなのだ。
日常側は日常側で。非日常側は非日常で。>>391
締まらない形になってしまいましたが、お待たせしました。
これにて黒野編後日談、完結。そして、第一回聖杯大会における黒野パートも完全終了です!
今までお疲れさまでした!「ぐうぁっ!?」
しくじった。
鳩尾への打撃は鎧をも砕き、内臓にさえダメージを与えた。
僅か一撃貰っただけでこの有り様だ。
ランサーの本質に気付いた際の僅かな隙、それを奴は今まで見せる事のなかった槍のしなりを以て付いて見せる……見事としか言い様が無い。
しかも、ランサーの真名はファスティトカロンか……日本の魔性辺りと混ざったが故に姿が美女となっているようだが、その本質は島程もある巨大な海魔だ。
サーヴァントの霊基でそこまでの大きさになれるかどうかは別としても、『戦士』として召喚された俺にそれを打倒出来る火力は無い。
此処まで何もかもが噛み合わんとは、つくづく俺も運がねえ。
人の身で世界を変えようとした強欲な王には似合いの結末だとでもクリシュナ辺りは嘲笑うか。
「くっ、人の大きさに押し込められてその力とはな……ファスティトカロン」
「そちらこそ、流石の技量です。異邦の王、ドゥルヨーダナ」再びランサーが迫る。
痛みでふらつく足元を堪えながら薙ぎ払い
を避け、それに続く突きも避けようと身体を捩る。
穂先が右頬を掠めて痺れるような痛みが走るが、構わず右から左に鎚鉾を振るう。
距離を取って躱すランサー。
俺は、そのまま踏み込んできた奴の一撃に備えようとして……再び身体を痛みが蝕んだ。
毒だ、毒が槍に塗られているのは察していたが、少量で此処までとは……。
こうなることを解ってたかのように振るわれる槍を避けようと咄嗟に右へと飛ぼうとして……毒の痛みで鈍っていた身体では間に合わず、左腹部が大きく抉られた。
「うわああぁっ!?」
激痛と共に感覚そのものが鈍っていく。
奇跡的にも肺と心臓が無事だが、致命傷に代わりはない。
立っているのがやっとの俺に止めを刺そうとするランサー。
しかし、降り注ぐ炎が間に入る事で阻止される。
俺の魔力だけでどうにか一発だけ撃てる状態のまま維持していた宝具……それが僅かな時間を稼ぎ、その役目を終えた。「……まだ、だ……」
俺は、最期の力を振り絞って鎚鉾を上段に構えてランサーを見据える。
ランサーもまた槍を構え直して俺に向き直り、これで止めとばかりに突撃する。
対する俺も後の先を取ろうとして、接近するランサー目掛けて鎚鉾を振り下ろす。
紛れもなく今出せる最高の一撃。
しかし、それを見越して僅かに走る向きを変えたランサーに届く事はなく……異形の槍が俺を貫いた。以上、第■回の更新でした。
「───抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」
捻りも何もない教えられた通りのご丁寧な詠唱。その最後の一節の締めくくりと共に刻まれた魔方陣が呼応する。
今、ここに、俺の運命共同体となるサーヴァントが召喚されようとしている。
聖杯大会一日目の深夜零。人気のない学校の屋上でこの召喚の儀式は行われていた。
周りにはカメラどころかスタッフひとりだっていない。けっこうしつこく召喚のシーンを撮らせてくれと言われたがお断りさせてもらった。番組的にはどうしても欲しい画なんだろうが諦めてくれ。
なんせこの瞬間は俺だって楽しみにしていた。今もワクワクしている。こんなお楽しみを独り占めしないなんてそれこそウソだろう。
……まぁ、最悪のパターンで『俺』が召喚されちまう可能性もあるがその時はその時だ。
そんなこと考えている間にも魔法陣に集う魔力は高まり光を増していく。
魔力は乱れることなくひとつ形を成すべく蠢く。
───きた。
確信と同時に光も魔力も収まった。魔法陣の中心には、すでにひとりのサーヴァントが降り立っている。
現れたサーヴァントは思いのほか小柄だった。
シンプルな鋼色の甲冑を身にまとっている。特徴らしきものは兜についた羽根飾りくらいで装飾類は一切ない。武器は持っていないが、持つなら剣か槍だろうと思わせた。
こんないかにも『騎士でござい』な姿をしておいてガトリングガンやミサイルを持ち出したりはしないだろう。したらしたて面白いが……いや本当に面白いな、パッと出してりしねェかなガトリングガン。
「サーヴァント・セイバー。召喚に応じ参上した。……ボクを喚んだのはキミかな?」
兜の奥から聞こえてきた声は女の声だった。それもかなり若い。
サーヴァントは基本的に全盛期の姿で召喚されるそうだが、こんな若い時代がこいつの全盛期なのか。よっぽどくそったれな晩年を送ったと見える。
そんでもってこいつはセイバーを、最優とされる剣士のクラスを名乗りやがった。おいおいマジか。俺みたいなのはアサシンあたりを召喚するかと思いきやセイバーかよ、なんか間違ってねぇかコレ。>>397
ま、いいか。ちょっと遊び方が変わるだけだ。それよりもやることやっておかねぇとな。
「ああそうだ俺がお前を喚んだ。で、だ。楽しい楽しい自己紹介の前に、マスターとして聞いておくべきコトがひとつある」
「それはボクの真名よりも優先することなのかな」
「もちろん。俺たちという関係の大前提になる」
「ふぅん。それで、何が聞きたいの?」
「お前は聖杯を求めるか?」
この質問にこいつがどう答えるかで今回の遊びの面白さが違ってくる。
さぁさぁ頼むぞ我が奴隷。俺の望むとおりになっておくれよ。
「聖杯を求めて戦えるか? 最後まで勝ち残る覚悟はあるか? その仮初めの命を、俺のためにためらうことなく使い潰すと誓えるか?」
「うん。ムリ」
答えはノー。
こいつはこの戦いに真面目に臨むつもりはないとそう言った。
言いやがった。
言ってくれた。
「そうかよかった! 実は俺もそうなんだ! いやそう言ってもらえてなにより!」
「あれ、いいんだ?」
「ああいいとも! 実を言うと俺もこの戦いは勝ちにいくつもりなんてない」>>398
「おいおい願いとかないのかい。じゃあキミ何のためにボクを喚んだのさ」
「決まってんだろ。思いっきり遊ぶためだよ」
白い歯を見せて笑ってやる。
セイバーは無言で小さく身体を揺らす。かしゃりと軽く鎧の擦れる音が鳴った。今のはひょっとして肩をすくめたのか。
「おいおいノーコメントはツライぜ。なにかは言ってくれよ俺は義理人情を尊ぶ男だぜ?」
「ボクのマスターは命知らずな変わり者でした、と。これで満足?」
「おお満足満足。さーこれで契約成立だ
俺はセイバーから一歩下がって右手の人差し指を立てる。そこに三画の令呪が互いによく見えるように。
これが俺とこいつを縛りつける楔で、鎖であると理解できるように。
「それでは楽しい自己紹介といこう。俺の名前はジャック。世界にそっぽ向かれた噓つきさ、よろしくなセイバー」
「ジャック……ジャックね、うん覚えたよ。……それじゃ、ボクの番だね」
一度口を止めたセイバーが右手でふっと自分の兜をなでる。
またたきの内に兜は小さな光の粒となって消えていた。微笑を浮かべたセイバーの素顔と、まとめて括られた銀色の髪が月の光に晒される。
綺麗だと、思うべきなんだろうな。
面白くもつまらなくもねェが。
「ボクはクリスティーナ。自由と芸術を愛する女王クリスティーナ・アレクサンドラさ、よろしくねマスター」どこかの街で、テレビが付き、チャンネルが合う。
────本大会としては初の、いわゆる本場ロンドンからの刺客としての参戦でしたが、決着した現在の心境をお聞かせ願いますか?
『最終日まで残ることができなかったという意味では残念ですが、番組を盛り上げる役割を果たすことは出来たでしょう。中途退場の人間として、決戦を行った2人に敬意を』
────なるほど。また今大会において特筆すべきであった人間、参加者についてもお答えいただけますか。
『最終日まで残った2名、黒野双介氏とMr.ゲルト・リスコフォスはどちらが勝ち残ってもおかしくなかったような正統性を持っていたと考えています。決着を分けたのはサーヴァントの地力の差でしかなかったでしょう』
────ありがとうございます。付け加えて、あなたのサーヴァントであったライダーについてもコメントを頂ければと。
『彼は僕にとっては契約に則り召喚した使い魔であり、彼は戦力を、僕は勝利を渡すことで交渉が成立したうえで、ライダーは勝ちを重ねて僕は敗北しました。戦力としてのライダーに瑕疵はなく、マスターとしての僕に不足があったのでしょう』
────ありがとうございました。以上、ルーカス・ソールァイト氏へのインタビューでした……が、最後に個人的な質問を一つ。
「あなた、たしか相当な負傷を負っていたかと思うのですが?」
「…………技術のタネをバラす魔術師(マジシャン)は居ないでしょう? では、失礼します」
舞台役者が台本を読むような、あるいは、代表者がスピーチの原稿を読むような、綺麗な受け答えは聞き感触がよく、見栄えが良く、そして人の記憶には残らない。
エンターテイメントとは消費物であれかし。
どこかの国で知らぬ誰かはテレビに映った決着後インタビューを視聴して、エンドロールの途中でチャンネルを変えた。>>400
【1週間後、ロンドン某所】
和装の女はかま首をもたげた蛇のように、静かに佇み待っていた。
・・・
「ずいぶんと厚化粧ですね」
「……女性にそれを言われてはたまらない」
金髪の魔術師はステッキを突いて、広く広い会議室に参上した。向かい合う相手は1人、話し合う人間は2人。
ルーカス・ソールァイト、ロンドンへの帰還であった。
「座りますか?」
「失礼、助かります」
金髪の青年はステッキを持ったまま椅子を引き、机に手をついてゆっくりと腰かけ杖を置いた。
「では、法政科として報告を伺います。事前に断っておきますが、敗北を咎める意図は存在しませんので、どうか歪みなく」
「アメリカにある聖杯とされるものは万能の願望機とは名ばかりで、第三の秘蹟とも関連されるものではありません。聖杯の定義においては魔力を無色に精製し、一時貯蔵がかなう器以上のものとは言えないでしょう」
「そうですか。当然と言えば当然ですが」
なお、聖杯大会の結果として弓陣営・ゲルト=リスコフォスは聖杯へ自らの体内に移植された兵装の切除を願い、これを正しく叶えられている。
実現に対し過程に必要となるコストを、無色の魔力(ワイルド・カード)で代替することは願望機の特性だが、それはアメリカの聖杯に限った話ではない。
「ただし、境界記録帯(ゴースト・ライナー)への安定したアクセスを一度に7騎以上、場合によっては8騎を超えても過度な負担をかけている様子はありません。僕は天体科の所属であるため大した運用については計りかねますが、降霊科、特に世代交代という意味合いを含めて設備の更新を狙うMr. ブラム・ヌァザレ・ソフィアリ辺りに話を通せば、また価値は変わるでしょう」
「では神秘の管理側としての法政科より問います。聖杯大会運営スタッフの隠匿意識は」
「論外です」>>401
「結構。内容としては『派手なアトラクションであることによって純粋に娯楽化し、映画のような映像体験に加工している』ですね。これは以降の法政科が公的に動く根拠となります」
「問題の聖杯本体の位置、および聖杯大会運営スタッフの本拠地については残念ながら」
ルーカスはさも申し訳なさげに目を伏せそう言いながら、懐から小箱を取り出した。片手で包めるサイズのそれを、ルーカスは机に静かに置く。
「代替ではありますが、遠見・監視礼装を作成しておきました。スノーフィールドの霊脈の各地に僕の魔術式で楔を打ち込んであります。その場所の魔力が強いほど濃く、薄いほど淡くその地点を見ることが可能です。中継地点の濃淡を辿って行けば、聖杯を設置できる程度の太い霊脈の源泉に当たりをつけることができるでしょう」
・・・・・・
「ああ、なるほど。お顔の右半分はそういうことですね」
「マスカレイドを剥ぎ取るような真似はあまりしないでいただきたい」
言いつつ彼は左手のひらで左眼を覆う。
「まだ片目にはあまり慣れていませんので」
法政科の蛇の女は簒奪者では無い。接合部を分解するのではなく、滑らかに溶かすように、魔術を解体する。
「自然さとコストの両立とは思いますが、左眼の動きとの連動が滑らか過ぎます」
「現代科とのお付き合いはまだお続けのようだ」
「職務ですので」
「実益もありそうだ」
「そうでなければ続けません」
息継ぎすらなく続いた遣り取りは、唐突に始まると直ぐに終わった。
「以上、あとは今回うちで購入した別荘地の拠点に魔術運用的な付加価値をつける為の加工も行ってあります」
「ではそちらの物件と礼装をセットで買い取りさせていただきましょう。現地の通常相場が」
「3百万ドルですよ」>>402
「魔術的な価値と監視礼装を合わせ……それと、聖杯大会に関する情報提供料及び負傷の見舞い金を加算して1千万ドルでお取引を」
余談であり当然の話であるが、魔術世界における法政科が『ケガをしたのか、かわいそうに』などとしてお金を出すはずはない。
要するにこんなものは、『情報提供ご苦労、駄賃くらいにぎらせてやるからうちのせいで怪我をしたとか後から騒ぎ立てるなよ』という、言ってみればある種の口止め料だ。
「異論ありません」
ルーカスは逆らうことなくそれを含めて受け取った。
「では以上をもって法政科としての交渉は終了致します。お疲れ様でした」
「はーーーー……」
会議室の明かりが増えて、ルーカスはため息をつきながらようやく力を抜いた。
「お化粧、崩れていますよ」
「失礼。お見苦しいでしょうに」
力が抜けた拍子にノイズが走った──右半分が抉れたうえで眼球のない素顔の──上から手を重ねると、1秒置いて元に戻す。ルーカスの顔は元の様に戻って見えた。
「結局は監視礼装の作成に使った右眼もリサイクルなのです。爆撃を受けた際に瞼の肉が吹き飛んでしまったせいで、眼窩に眼球を収めていられなくなったものですから」
「至近距離であの規模の爆撃を受けておいて、被害がそれだけで済むとは思いませんが」
「人の衣装を無理やり剥ぐのはやめてくださいと言っているでしょうに……話しませんよ? プライベートでも聖杯戦争の話も。どうせ現代魔術科へのからかいに利用されるだけでしょう」
「あら、それをネタに私を指名しておいて。同じ法政科でも身内であるMr.ロバートを介さなかったのは報告に客観性を持たせるためでしょう」
「……それもありますが、従兄さんはイギリス国家の魔術師でもありますから、変に話が大きくなると英米国家間まで話が広がりそうでしたから」
めんどうでしょう? と話すルーカスに化野は無言で曖昧な笑みを返した。>>403
「僕ら在野の魔術師としては、せいぜいが参加者側として潜り込むだとか、あるいは開催期間中に秘密裏に、だとかの方向性になりますけど、法政科のやりくちだとどうなりますか?」
「ずいぶん直接的ね」
「どうせここはプライベートでしょう」
着物を着た女はふうとしばらく考えるといくつかの方法論を提示した。
「そうね、1番手っ取り早いのは7枠全員うちの息のかかった人員で埋めたうえで、こちら側の支援の量で誰が勝つかまでを制御下においてしまうことかしら。ただし、これは人員の費用(コスト)が重いから、行うならその一回で済ませたいでしょうね。あとはスタッフ側を全員すり替えてしまうだとか、番組のスポンサー企業を魔術家系によるダミーにしてしまうだとか。金銭的に締め上げるのも出来るけれど、願望機があちらにある以上はあまり意味がないわね」
ルールは、守るものではなく作るものだ。
気に食わなければ好きなだけ横紙を破り、勝利条件をずらして、食い千切る。
魔術世界とは、そういうふうに出来ている。そうでなければそういうふうに変えてしまえばいい。
ルーカスが今回提供した拠点や礼装もそうだ。法政科が選出した次の参加者に売ってしまえば結局懐は痛くない。商売の基本は『必要なものを必要な人に、買った時より高く売る』なのだから。
1千万ドルの数倍の金額なんて用意できない? 勝てばいいだろう。経費の補填など聖杯に頼ればそれで済むではないか。
「結局総取りですか」
「私からお話しした分は、また別の機会にそちらからお話しいただくことで返していただきますよ」
「…………やられた。分かりましたよ、正規の聖杯戦争ではないのでそちらのご期待に添えるかは分かりませんが、元マスターとしてのサーヴァントの話は別の機会に。では、僕は次に天体科(みうち)への報告がありますので、失礼します」
「そう、お大事に」
金髪の魔術師は両手をテーブルについたうえで立ち上がると、右手に杖を持って退出した。>>354
しかし、と続けて朽崎遥は呟く。
「此処で京介君が『こちらも敵襲を受けている!』とかなんとか言い出したら狂言襲撃なのがバレない、という事になるんじゃない?つまり君が妹の危機に完全な対応が出来ないぐらいマズい事態、という状況だと誤認させることは出来るよねぇ」
どう?とニヤニヤしながら京介に促す朽崎遥。すると大鳳京介は多少目を剥いた。
「お前…」
「なぁんて。冗談、とまでは行かないけど、本気じゃないよ。ごめんね?そういう事やると、全方面で面倒な事になるからなぁ…。せっかく依頼を受けてくれた迅龍くんにも、飛鳥ちゃんと、君にもね。まぁやってみたいなぁ、とは思うよ?そういう意味じゃ本音ではある」
──彼、魔導人形、仙術僵尸迅龍の本領発揮ってのは、こっからだよ。─
やはり朽崎遥は、意地悪そうに笑う。捕食者のように、或いは童話に出てくる狼みたいに。
「頑張んなよ?我が弟子~。よし、と」
「他人事なんだなお前。。。ってか人の家でタバコを吸うなよ」
「イヤイヤ、煙草じゃないから。俺があんな体に悪いの摂取する訳ないでしょ?コレ栄養剤」>>405
さて。話は森の中に視点が戻る。
魔導によって作られた戦闘人形である迅龍は明確な方向性のある依頼を受けた後は、意外にも制御が難しい。というのも、その依頼の成功する事を追い求め、妥協や生半可な達成はしないようになるからだ。
つまり、こういう戦闘的な依頼となれば。隙が無ければ甘さも無い。容赦も皆無で躊躇はゼロだ。ブレーキは踏まないし、アクセルはベタ踏み。
相変わらずビュンビュンと高速機動で撹乱しながらザクザクと斬撃による痛打を与えようとしつつ、じわじわと、ジックリ確実にフィルニースと飛鳥の間の距離を離していく。
さて、フィルニースは不定形の使い魔である。単純な打撃や斬撃は有効打にはなり難い。
それをどう主である大鳳飛鳥と分断したのか。それは例えば呪符による通行遮断の結界術式であり、または焼死した死人の憤怒による焼却であり。或いは飢え死んだ亡者の怨嗟であった生命体では無く、思念は物質でも無い。そういった彼?には対処の難し目な無形の檻によって、フィルニースは少しずつ主との連動を遮断されてしまった、という訳である。>>406
「くっ、君、中々やるじゃない!なら…っ!」
と何事かしようとした大鳳飛鳥に対し、迅龍が打った次の手は案外シンプルな物であった。
「暫くの間、会敵なソラの旅をお楽しみください」
向かってくる飛鳥の拳打を捌きながら反撃を入れつつ、意識がグラついた隙を突いて飛鳥を片手で掴んだ。と思いきや、無造作に、それでいて一気に。その凄まじい膂力で上空へとブン投げた。
───そう、頭数の多さが売りならば、各個撃破を行えばいい。
「。。。。っ!……はぁ!?嘘っ…!」
そして浮かせれば、人は無防備となる。畳み掛けるように迅龍の”次”が飛鳥を襲う。
「お覚悟、を。お願い?」
言葉はフワフワ、威力は激辛。
宙に投げ出された大鳳飛鳥が驚愕し、その状態を受け止めきる時間も無く、瞬間移動したかのような速度で出現した迅龍が、地面に叩き付けるような踵落としを飛鳥に衝突させた。>>408
「うわ~、無茶苦茶するなぁ、迅龍くん」
なんかこう、一般的な魔術戦ってよりは、ド派手漫画のバトルシーンみたいだねぇ。
まぁ。飛鳥ちゃんは無事だろう。かなりの高度から墜落してるけど、体のどこかが折れたり潰れる。後は吐血?なんか重大な損傷は無さそうだし。シャリーファの身体補助・ガードのおかげかな?
勿論、全くのノーダメージ、という状態でも無いだろうけど…、ってか。
さて、コレでフィルニースとは分断された。山にはまだまだ人形や呪符による邪魔の手札は揃っている。さぁて、どうするのかな?期待してるよ。飛鳥ちゃん。頑張って切り抜けるんだ。
応援してるよ、我が弟子。ペレス聖杯戦争投稿します
キャスターは召喚されてからペレス島の地下第一階層まで降りると、そこは霧立ち込める青銅石の迷宮だった。その一画に陣地となる領域を作り出していた。霊地を掌握して支配下に置いたそこは魔術工房という形容では足りない、プロスペローのための要塞であり神殿だった。
罠のように潜む迷宮に満ちた四大元素もキャスターによって一部を結晶化して掌握され、巨人たちも襲ってくればキャスターはこれをいともたやすく返り討ちにして、迷宮に血煙が舞った。
(こんな短時間でこれほどの規模を神殿にするだなんて……)
四方としてはただ驚愕するばかりである。魔術師にとって、工房の敷設こそは、その身に修めた魔導の集大成と言っていい。よって工房の攻略とは、その魔術師の持ち合わす力と技術と知略の全てに対して真っ向から挑戦することを意味する。
とりわけ、魔導の雄たるキャスターのサーヴァントは、クラス別スキルとして『陣地作成』の能力が増幅される。いかなる地形条件においても最善の効果を発揮する工房を最短期間で形成できるのがこのスキルがある限り、こと防衛戦においては七大クラスにおいて最強のアドバンテージを誇るのがキャスターだ。
この迷宮の階層による地の利もあるが、キャスターの神殿ならば、爆発力と突進力に優れるバーサーカークラスや潜伏や暗殺を得手とするアサシンクラスといえど、突破することは困難であろう。>>410
「迷宮でこうやって安心できる場所ができるのはありがたいです」
「この階層の探査はまだ続く。マスターは休んでいなさい。──それよりも、表層での闘争は終わったようだな」
そんな神殿の中、まるで満月のように茫洋とした光を放つ円形がいくつもある。
キャスターが空中に水の波動を用いて水鏡を創生したのだ。それら水鏡がまるで投影機となってペレス島各所の風景を映し出し、音もキャスターや四方たちに届けていた。
水鏡には熾烈な戦いを余さず映し出されていたのだった。
「真名こと秘されているが名にし負う英傑たちだ。その武威は侮れないな」
「──」
そして、そのすべてを見届けた二人の反応はそれぞれ異なっていた。
四方は尋常ならざる超越存在たちの武威を目の当たりにして、彼女は恐懼に固まっていた。
一方、キャスターのほうは親戚全部が死に絶えでもしたような仏頂面で映像を見ている。だがその仏頂面もそれが常態なのだ。>>411
彼の心中は、四方には見通すことはできなかった。それでも精強無比なセイバーをはじめ並み居るサーヴァントたちにも臆した様子もない。冷静に敵手たちを分析しているように見える。
「強いなぁ……」
人間には常に死と向き合っている。だが、それは本来気づいていないのだ。彼女が闘争の渦に身を投げ出したことがこれほどまでに決定的な“死との対面”を──四方はついぞ知らなかった。
「マスター、彼らとの闘争が我らの目的ではない。聖杯の降臨には我らサーヴァントを聖杯への供犠として捧げねばならないため、どこかで衝突は避けられないが、それはまだ先のことだ。今はまだ心しておくだけで怯えずともいい」
「……すみません」
「謝ることではない。あれらを怖いと思うことは正常なことだ。彼奴らの暴力は君をたやすく引き裂けるものだ」
「でも、私たちは彼らと戦わないといけないんですよ。こんなに怖がっていたら……」
「怖がってもいいんだ。その時は、私が助ける」>>413
ペレス聖杯戦争キャスター陣営1日目終了!インタビューを終え、会場をあとにした半月はそれからすぐに荷物をまとめて移動し、英霊召喚の準備にとりかかった。
(召喚の撮影を断ったのは好感度を稼ぐ上では悪手だった……でも、リスクとリターンで考えればこの選択も間違いとは言えないはずだ)
半月は英霊が召喚される様子を撮影したいという申し出を断り、一人で召喚の儀を行っていた。
英霊召喚は聖杯大会の見どころの一つであり、撮れ高も期待できるためスタッフも大いに期待していたので申し訳なくはあったが、半月にも事情というものがある。
(何が出てくるか分からない状態で第三者に立ち会われるのは困る……“アレ”があるとはいえ相性が優先されて俺に似た女怪でも召喚されようものなら目も当てられない……)
大会運営にとって召喚の儀は見せ場であると同時に参加者にとっても大きな契機のである。
極端な話、どういった英霊を召喚するかが大会での勝利に直結するのだから。
ただでさえ不確かな英霊召喚に不確定要素を加えて手違いが起こったなどということは考えたくもない。
少なくとも魔術師的な思考の者はそう考えるし、半月も自ら認める気はないが、経歴が経歴だけあってそういう考え方を身に刻みつけている。
(少なくとも、オールドリッチやガウフレディ姉弟みたいな露骨な連中ならそう考えるだろうし、そういう選択を採るのが自分だけでないのなら問題ない)
好感度稼ぎの為に重要局面で判断されましたミスをしてしまっては元も子もない。
その手の問題は後からいくらでも取り返しがつくのだから。>>415
(魔術や英霊に詳しくない役(ソトヅラ)を見せた以上、“アレ”もあまり見られたくないしな)
心の中で呟いて半月は儀式の為に準備した祭壇を見つめる。
祭壇に設置されているのは知人────世界的大企業の社長であるアレクサンドル・野紀・ヴィヴラメントから受け取った触媒である。
野紀が大企業の社長というのはあくまで表向きの顔であり、半月のような逸れ者と接点がある以上、魔術世界とも通じる、半月も身内ながらに胡散臭ちと思わずにはいられない底知れぬ人物だ。
(とはいえ、拾ってもらった恩も信頼もあるしな)
野紀の魔術方面に対する実力やコネは疑いようもないため、聖杯大会に赴く際に贈られてきた触媒を半月はありがたくいただいた。
贈られてきた触媒は古びた複合弓だった。
歴史に詳しくはない半月ではあるが、恐らくはモンゴル兵士のような弓騎兵が扱うようなシロモノに見えた。
(だとしたら呼び出されるのはライダーかアーチャー……バーサーカーってのは勘弁願いたいところだけど)
ある意味インタビューで答えた三騎士のサーヴァントを望むというのは嘘ではない。
少なくともこの触媒であればアーチャークラスが来る可能性は高いのだから。
「素に銀と鉄、礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を、四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」>>416
祭壇と展開された魔術陣の手前に立ち、令呪の刻印された腕を前に差し出して詠唱を開始する。
「汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ────!!」
やがて呪文を唱え終えると魔術陣が光を放ち、不自然な魔力による風が周囲に巻き起こる。
光は徐々に陣の中心に集まり、人のカタチを形成していく。
『サーヴァント・ライ……いや、違うな? アーチャーの位階にて現界した。 問おう、汝が獅子を召喚した術師か?』
顕れたのは金髪にターバンを巻いた褐色の美丈夫だった。
その片目は何か患っているのか、欠損しているのか……或いは魔眼の類かは知れないが眼帯として布が巻かれていた。
獅子というのは文脈的に一人称だろうと察し、半月は彼の質問に答える。
「はぁい、私が貴方を召喚しました。 証亜半月と言います。 これからどうぞよろしくお願いします」
半月は自然と相手に阿るような態度をとる。
令呪というセーフティがあるとはいえ、相手は高位の霊体だ。様子を伺うに越したことはない。
何よりこれから戦うための戦力であるアーチャーの機嫌を損ねるワケにはいかない。>>417
「ん〜〜?」
「な、なんですかぁ?」
それに対してアーチャーは眼帯に隠されていない片側の目を細め、半月に顔を近づけてじっと見つめる。
半月としては失態はしていないつもりだし、そもそもまだ一言しか会話をしていないのだからそこまで訝しむようなことはないはずだが……。
やがてアーチャーは得心がいったという表情を浮かべて顔を離す。
「なるほど、何処か違和感を感じていたが……汝、男か」
「……は?」
ゾクリ─────と。
アーチャーがそれを告げた瞬間、半月は背筋が凍るような感覚に襲われる。
自身の“正体”について知られたことに対する警戒心と苛立ちが半月を支配する。
その半月の視線に込めた感情に察しがついたのか、アーチャーは話を続けた。
「ん、 触れられたくない部分だったか? 獅子は素直に大した擬態だと思ったんだが……」
「アーチャー、 貴方の真名を教えてもらってもいい……?」>>418
その大した擬態をたかだか一言二言の会話と多少目を凝らした程度で見破られていては嫌味としか受け取れない。
半月は感情を抑えながもなお刺々しい態度で今度はアーチャーに問いかけた。
「触れられたくない部分に踏み込んだ以上、獅子も腹の中を曝け出すのが礼儀か。いいだろう 心して聞くがいい……」
「我が真名はバイバルス。 マムルーク朝の勝利王 バイバルス・アル=ブンドクダーリーである!」
獅子の咆哮の如く、虎の遠吠えの如く高らかにアーチャー……バイバルスは自らの真名を謳い上げる。
(バイバルス、マムルーク……たしか中東の王。 十字軍やモンゴルの騎馬隊を打ち破った英雄か)
詳しくはないなりに自身の知識を頼りに目の前の英雄の正体を確認する。
神代の英雄には及ばぬものの、勝利王の名を信じるならば格は十分、加えて望み通りの三騎士クラスだ。
戦力としては申し分はない。問題は半月自身の感情の問題だった。
(俺を男と見抜いたコイツの眼力は得体が知れない……俺自身ですら気づかない部分を見透かすような、嫌な眼だ)
少なくとも、自らの性別を看破したあの発言を思えば、撮影の同行を拒否したのは正解だった……と一先ず自らの選択に正しいと認め、これからこの男とどう接するかを模索する半月であった。木伽弓陣営 召喚/完了
「─────さあ、来るがいい!!己の試練を超えてみせろッ!!」
ランサー、パラス・アテナの心はかつてないほど高鳴っていた。生前ではできなかった実戦の機会。それも自分の経験が活きる空中戦である。
『(アテナ・クリロノミア、起動。申請スキル・魔力放出────承認)』
パラス・アテナの体内に流れるナノマシンの効果によりスキルを取得する。魔力放出のジェット噴射により空中機動を可能にする。
「さあ!行きますよ、セイバー!」
「おうよ!」
ランサーが地面を蹴り一気にアサシンへ向けて距離を詰める。そして────
「と、思いましたが。──やめましょう」
「は…?」
ランサーは何を言っているのか分からないとばかりに呆気に取られてしまう。そして不意に高度を上げて逃げて行くアサシンへの反応が一瞬遅れてしまった。
「では~」
「ちょっ!?待て、待ちなさいっ!!」
ランサーが追撃しようにも一度離された距離は縮まることは無く逃げられてしまうのであった。魔力放出を止め地上に降りてきたランサーは呆然とした表情でアサシンが逃げた方角を見つめていた。そして次第にわなわなと身を震わせていく。
「なんっっなんですかあの人はッ!?
散々人を焚き付けておいて!試練だとかなんとか偉そうな事を言っておいて!巫山戯るのも大概にしなさいよ────!!」
ランサーは溢れんばかりの感情を顕にして地面を砕かない程度に抑えつつ地団駄を踏む。
「私が一体、どれだけこの戦いを待ち望んだかも知らないで!生前終ぞ叶わなかったそれを…それを…!」
怒りに身を任せて周囲の物に当たらないのはランサーのせめてもの理性か生来の性質によるものか。それでも真名に繋がりかねない情報を漏らしてしまっている辺りやや迂闊ではあるのだが。
「あー、ランサー?色々言っちゃいけねぇことも口走ってるぞ?とりあえず落ち着けや」
セイバーが宥めようと声をかけるとランサーはぐるりと顔をそちらに向ける。「こうなったら────セイバァァ!!」
「お?」
何を思ったのかランサーがセイバーに槍の矛先を向ける。セイバーもまた反射的に剣を持ち直した。
「このままでは引っ込みがつきません!真名は分からずとも幾度の死線をくぐり抜けてきた英雄と見込んで、その胸を貸してください!」
一方その頃
「不味いことになったな…」
大鳳飛鳥は潜んでいた建物の上から状況を確認していたがあまりの急展開に頭を悩ませる。
「まあこれでお預けってなるのもあんまりだし、ある程度は好きにさせてあげようかな。いざとなれば令呪で退かせればいい訳だし」
そう師匠の影響で若干楽観的になってきた考えを巡らせると念の為セイバーのマスターに接触しておこうと建物の屋上から身を躍らせた。
「着地は任せたよ、フィルニース」深夜、四郎助は木枷の教会の地下にて召喚の準備を整えていた。
カメラは丁重に断り、万一にも音が漏れない為に防音の地下室にて召喚をする事にした。
勿論代行者である事を隠す為だ。サーヴァントに自身について明かさねばならない以上、マスターは勿論の事、主催側にも明かさない様に立ち回らなければならない。
「さて…」
聖堂教会から送られた触媒を改めて開ける。
それは中華で見つかったという古びた戦旗。恐らく古代中華の将の物であろう。
それならば、武人の英霊が多い筈。恐らく自分の求める条件には合致する。
(願わくば、聖杯への願いも持っていなければいいが…いや、そこまで思うのは、流石に申し訳ないか。)
改め、息を整える。
腕を伸ばし、一字一句に力を込めて言葉を紡ぐ。
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ…!!」
最後の言葉を言った瞬間、魔法陣が光り出し、徐々にその光が人の形に変わる。
そして光が収まった時、巨漢が現れた。
「俺はバーサーカー、許褚。覇王の武衛、虎痴と呼ばれし者!!アンタがマスターか!?」>>424
勇壮な声を響かせ、筋骨隆々の男が堂々と名乗りを上げた。
許褚。三国の魏において剛力で曹操を護りし者。サーヴァントとしてはとても良い戦力だ。
「ああ。私は食満四郎助。貴方のマスターだ。よろしく頼む。」
「おう!!って、いい面構えと体してんじゃねえか!!仲良くなれそうだ!!よろしくな!!」
男らしい笑顔をし、拳を前に出す。それに気付き、四郎助は拳を軽くぶつけた。その時、許褚が感嘆の声を上げ、言葉を続けた。
「なぁ。さてはアンタ、相当強いな?」
「…まあ、鍛えてはいるが。」
「だろうな。いや、本当に俺らかなり相性いいかもしれねえな…」
実際、四郎助も内心、許褚とはかなり波長が合いそうだとは思っている。
少し粗暴な性格そうではあるが、少なくとも悪人ではない。神父として、代行者として色々な者を見てきた彼には、それが確信できた。
そして、良さげなサーヴァントを味方にできた事に、安堵の息を吐く。バーサーカーなのは少し気掛かりではあるが、かなり意思の疎通はできそうだ。>>425
「…ところで、バーサーカー。」
「あー、許褚でいいぜ?その方がムズムズしねえっつーか、何つーか。」
「分かった。許褚。真剣な話をするが…私は聖堂教会の、代行者だ。」
「だい…だいこーしゃ?何だそれ?」
「まあそこは置いておくとして。私には、聖杯を教会の為に確保するという任務がある。協力してくれんだろうか?」
「ほーん…よく分からねえが、つまり聖杯を使わないって事か?」
「そういう事になる。」
「ああ、なら全然問題ねえわ!!」
帰ってきた答えは、想像していたより遥かに単純で、思い切りがいい物であった。
「何つーか、俺は闘いが好きな性分でな。それさえできりゃ、まあ俺の願いとかはそこまで重要じゃねえんだわ。…ま、要は全員ブッ倒せって事だろ?」
バーサーカーが、不敵な笑みを浮かべる。その時、目に殺意とはまた違う、しかし過度な戦意の炎が見えた。まるで闘う事を、渇望しているかの様な目であった。
「…まあ、そうなる。じゃあ改めてよろしく頼むよ、許褚。」
「おうよ!!」
斯くして、剛き男達は主従の契りを結んだ。
その正道の戦の先に待つのは、一体何か。それはまだ、知る由もない。以上
木枷狂陣営召喚シーンでしたいつもならベットに入ってる頃の夜中、木伽市の公園にて。
撮影スタッフさん達が見守る中、少し眠気を堪えてついにサーヴァントの召喚。
ちゃんと後始末するからごめんなさいと思いつつ、お姉ちゃん特製の霊薬で陣を書いて呪文を唱えていく。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
そして、最後の一文を唱えると眩しい位の光と強い風のような魔力が起こって、立っているのがやっとの中で思わず目を瞑って……。
「サーヴァント、アサシン……スキュレーよ。私みたいなのを召喚したのは貴女?」
目を開けると、腰まで金髪を伸ばした美人なお姉さんが居た。
しかも、お胸が大きくて、スタイルが良くて……というか、その……服が……。
飾りのついたビキニみたいなの着てて、その上から白い上着を羽織ってるけど、シャツのボタンを途中までしか止めてないかのような切れ込みがあって、おへそやお腹が見えてて、というかそもそも上着が透けてて、貝殻みたいな装飾もスタイルの良さを強調してて……。「あ、あわわわ、ふ、服買わなきゃ!?す、スタッフさんも見ちゃダメ!?」
わわわ、えっちで、街中歩けない。
しかも、美人な人何人も知ってるし、他の参加者にも居たのに、その誰よりも圧倒的に美人さんで、女の子でも見とれてて……。
「あら、随分と可愛いらしい反応ね」
「きゃわ!?」
へ、変な声出た……。
頭も冷えてきて……ううっ……くだくだだよ……。
「フフッ、可愛い子。魅了を抑えたからもう話せるでしょう」
い、言われて見れば胸のドキドキも落ち着いて……わわっ、自己紹介しなきゃ。
「わ、私はソフィ・セーレイズ……えっと、よ、よろしく、お願いします」はわわ、全然決まってない。
カメラ回ってるのに……恥ずかしい。
「固くなっちゃって。普段通りにしてて良いわ、可愛らしいマスターさん」
優しく微笑む私のサーヴァント。
悪い魔女の嫉妬で怪物に変えられたニンフだなんてとてもそう見えない位に穏やかで。
触媒にあの貝殻を選んだのは正解だったと思うのには、それだけで十分なのでした。以上、木伽アサシン陣営召喚シーンでした。
「よーし、召喚召喚」
インタビューを終え、ラウはサーヴァントを召喚すべく街の外れへとやってきていた。テレビ局のスタッフ達は現界の瞬間を捉えたいのか同行したいと言い出したが、それに頷くラウではない。逐一動きを監視されるという事は、自分以外の参加者にまで動向を知られかねないからだ。
人気の無い公園に陣を描いていき、懐から取り出した小さな木箱から中身を取り出す。何かの液体が染みついた木片……この触媒は提供してくれたクラスメイト曰く『シャルルマーニュ十二勇士』と深い縁を持つものであるらしい。恐らく召喚されるのは、勇士一の力持ちであるローランであるとか。
「ローラン、ローランか……」
様々な逸話があるが、少なくとも実力者である。決して壊れない剣であるというデュランダルを有していると言うし間違いなく当たりに分類されるだろう。
となれば早速召喚である。召喚陣の中央に小瓶を置き、ラウは詠唱を開始する。
(でへへ……俺の魔力量なんて底が知れているけどそれでも強いサーヴァントを引き当てれば真ん中くらいにねじ込めるかもしれん。あれでもそれじゃ俺がただの魔力タンクじゃね?俺が活躍しないとデカい口叩いても虎の威を借る狐じゃん。うーん、まぁとりあえず召喚してから考えるか)
「―――――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
ローランならば多分セイバーだな、最優のクラスなら上手く行くだろう。そんな風に暢気に考えているとラウの視界はみるみる内に白く染め上げられていく。サーヴァントが来る、人類史に刻まれた一騎当千の英雄がやってくる……!
「うーっし……ライダー、ロドモン。召喚?に応じ参上した。アンタ俺のマスター?」
>>432
出てきたのは、信じがたいほどチャラついた男だった。光沢のある鎧を身につけているあたり騎士の様だが、名前からしてローランではない。何よりラウを一目見ただけでロドモンと名乗った男は信じられないくらい不快感をあらわにした。
「あ?んだよ男じゃねぇか……ちょーテンション下がる」
「え、え、え」
吐き捨てる様に言われ、ラウは何度か瞬きして目の前の光景が嘘か誠か信じられなかった。このサーヴァントとは思えない軽薄そうな口調の男が、本当に自分の呼びかけに応じてやってきたのか?
ロドモンはこめかみを掻きながら、わざとらしそうにため息をつく。
「あーあー、めっちゃ可愛い女の子期待してたのになー。野郎かよ」
「お、お前サーヴァント、だよな?」
「話しかけんなころすぞ。あーくそ口利いちまったよ。んじゃあアレだほれ、質問ターイム。今だけはテメェの質問に答えてやっからそれ以降はテメェの言葉は無視するのでテメェはオレの言う事を逐一聞く様に」
「な、あ」
こいつは何を言っている?何故こうもマスターに牙を剥く?そもそもこいつは何処の誰だ?気が動転し何が何やら分からないまま、とりあえずラウは言われた通り疑問に思った事を口にしてみる。
「お前何処の誰」
「お前じゃねぇロドモンだ。アルジェリア王ロドモン、恐らくこの世で一番COOLでFUNKYなサーヴァントだ末代までテメェの家であがめろ。つか触媒見せろ、オレ呼んだ触媒どれよ」
「この瓶」
「あ?おいこれ、テメェこれ、ざけんなまじで……」
小瓶の中身を見て、ロドモンは唖然とした表情でかぶりを振った。
「なあこれお前が自分で手に入れたのか?」
「そうだけど……シャルルマーニュ十二勇士に縁深い者が召喚されるって」
「んー…?あー、そういう事か。なるほどなるほど、なら首ぶった斬るのは勘弁してやるか」>>433
物騒な事をぶつぶつ呟くロドモン、対照的にラウはようやく自分が従えるべきサーヴァントに完全に見下されている現状に気付き、怒りを露わにした。
「お前、いい加減にしろ。それがマスターへの態度か!」
「はあーん?お前見るからに弱そうだし、従ってやる義理なんて個人的にはほぼねえよ。命令は聞いてやるがオレはお前がどんな奴かなんて微塵も興味ねえ、適当に女のコ引っ掛けて楽しめりゃそれでオールOK!従えたきゃあ令呪でも使うんだなあ!」
「そ、そうか!よし!じゃあ令呪使う!令呪をもって命ずる!ライダー、俺に従え!」
「は!?!?」
ラウの右手に刻まれた令呪が赤く光り、ロドモンの顔が苦虫を噛み潰したようなものに変わる。反射的に取ってしまった行動にラウは思わず「あっ」と声をあげてしまった。
「おま、おま、お前ふざけんな!?何していらっしゃる!?」
「い、いやだって令呪使えって」
「言ったけどさあ!?普通そう言うの堪えて、相性悪い鯖と仲良くして絆深まって初めて命令聞くとかそんなんじゃない!?」
「知らねえよアホ!意味わかんねえこと抜かすな!」
予想外のトラブル(正確に言うとラウのリサーチ不足)に見舞われライダー陣営は思わぬ展開となっていくのだった……。木伽ライダー陣営でした
サーヴァント、というのは、こうも扱いづらい使い魔なのだろうか。クラウディオはそう思い、ベルディーナの方を窺う。ベルディーナの眼が言う。「躓いちゃったわね」と。
事を遡れば一時間前。適当な霊地を見繕い、運営側の撮影の依頼を愛嬌満点に一蹴し、触媒の準備も二人の覚悟も万端、静まり返った外気に半ば興奮気味であった心持を宥めつつ、英霊召喚の儀を執り行った。ここまでは良かった。
なのに。二人は対話していた目線を一点へ向かわせる。ホテルの一室にて、何とも言い難い気まずげな空気を発生させている源の一つ────全体的に黒っぽくて、上背で、薔薇の眼帯がいやに目につく男に。
「…ん、何かな?」
「…いえ、別に。ねえ、クラウディオ?」
「うん、別に。ただデカいから、邪魔っぽく見えるだけ」
「あぁ、そうね。黒くて大きくて、柱か何かに見間違えたわ」
「……それは、その。悪かったね」
一瞬、男の左目が期待に輝いたが、その後二人の柔らかな毒を差した会話にまた気まずそうに畏縮した。段々と影が薄れていき、輪郭が消えてなくなる。あまりの居づらさに霊体化したのだろう。二人にとっても、それが丁度いい。
二人が召喚したのはキャスターだった。聖杯戦争用に人生を鋳造されたといっても過言ではない双子に、後方支援型のクラスであるキャスターを誂えるというのはいかにも万事及び腰なガウフレディ家らしく、腹立たしくも二人は触媒の選びように心一寸ばかりの感謝を浮かべた────無論、それもすぐに霧散したが。>>436
男の現代的な居住まいに若干の不思議を覚えつつ、使い魔らしく使ってやろうとした。偉人だか何だか知らないが、所詮は使い魔なのだから礼儀など不要だろう。そう思っていた矢先であった。男は困ったように眉を下げて、手をひらひらと顔の位置まで上げて、
「君たちの腹積もりはおおよそ理解した。だが、すまない。私はこれでも英霊としての矜持があるんだ。無辜の民を傷つけることに助力はできないよ」
そんなことを抜かしてきた。聖杯戦争について学ぶ中で、参考に読んだサーヴァントについての資料文献の内に「サーヴァントも人間のように自由意志を持つ」という文言があったようにも思えるが、それだけならまだ良かった。しかし、男はさらに続けざまにこう言った。
「あぁ、令呪で無理やり────などとは考えてくれないで欲しいね。ただの無駄遣いになるだろうから」
実際、確認してみたところそういった内容のスキルを男は持っていた。運命とはここまで双子を詰り甚振り玩ぶものなのだろうか。それとも何かの筋金か。とにかく、双子にはこのことが苛立ちを募らせて仕方がなかった。男は何事かを宣っていたいたようだが、二人には一言一句として耳には入ることはなかった。
使い魔の気持ちを慮る気などさらさらないため募る苛立ちを適宜加減なくぶつけていると、男はやがて態度がしおらしくなり、申し訳なさそうな、けれどそれはこちらへの気遣いなどではなく「これからも自分は態度を崩さないけどごめんなさいね」という考えを見せているようなそれであり、二人の中での男の信頼度は元からなかった分早くもマイナス領域へと至っている。
まるで四面楚歌だ。使い魔であるサーヴァントだって何をしてくるかわからない。要らぬお節介、お世話を焼くなどとしてきたらどうしてやろうか。>>437
ふとクラウディオはベルディーナが口を開くのを待った。片方が何かを口にする、それすら二人ほどの関係ならば把握ができる。ベルディーナは野暮ったそうな溜息を混じらせながら口を開いた。
「ひとまず、今日は休みましょう。…お風呂、入りましょうか」
「うん、そうだね。用心は十分にしておいて、ね」
ベルディーナは、当然自身の申し出がクラウディオに否定されるとは思っていなかった。事実クラウディオはベルディーナの提案を容認した。二人の会話に疑問が介在するようなのは稀だ。疑問を投げかける前に、二人にはお互いの認識が理解るのだから。
ソファを立ったベルディーナの後を追って、クラウディオも脱衣所へ歩く。二人でお風呂に入るというのは、随分久しぶりなように思う。
ちらと、何やらの視線を感じ背後に目を遣ると、男が霊体化を解除して驚愕や動揺を煎じ詰めたような形相でクラウディオたちを見ていた。だがクラウディオには何にそんな表情をしているのかわからず、わかる気にもなれず、男の視線には答えてやらず部屋を後にした。>>438
以上、木伽キャスター陣営召喚シーンでしたペレスの続き投げまーす
「このままでは引っ込みがつきません!真名は分からずとも幾度の死線をくぐり抜けてきた英雄と見込んで、その胸を貸してください!」
そう言って、真正面からセイバーに突っ込んでくるランサー。
「え─────」
その突然の出来事に、私の頭は理解が追いつかなかった。
だって、さっきまで『同盟を組みませんか?』と提案してきた相手が、アサシンが去ったその直後にこちらに攻撃の矛先を向けてきたのだ。
先程の真名のヒントになりそうな言葉も何もかもが、その瞬間に頭の中から吹き飛んだ。
彼女を、ランサーの真摯な言葉を信用して同盟を組むことを選択した私にとって、彼女の起こした行動は・・・・・・それは『裏切られた』ということに等しい。
でも、それで彼女を責めるのはお門違いだ。
浅慮にも、その可能性があることを消しきれないまま、少しでも『信じてみてもいいのかもしれない』なんて思った私の未熟さ。
聖杯戦争という、誰もが叶えたい願いを持って戦いに臨む戦場において、それがどれだけ危険なことなのか理解しきれていなかった私の甘さだ。
そんな自分の不甲斐なさを、それほどの戦いに望んでいるのだというのに欠落していた責任感のなさを、他人のせいにして責を押し付けるなんて人としてどうかしているにもほどがある。
「───っと!」
ガギン、と刃と刃がぶつかり合う金属音が鳴り響く。
ほぼ不意打ち同然だった一撃をセイバーは容易く受け止めていなし、ランサーに疑問を口にする。>>441
「おいおい・・・・・・。ランサー、お前自分が何してんのか分かってんのか?手前から提案してきた同盟を受けたこっちに刃を向けるってこたぁ、そりゃ立派な裏切り行為だろうがよ。それとも何か?テメェ、最初からそういう腹積りだったのか?」
セイバーのランサーを見る目は鋭かった。
その目の意図は恐らく、『お前を信用して同盟を組んだうちのマスターを侮辱するのか?』という意味合いが込められていたように、私には感じ取れた。
しかし、当のランサーはそんな目にすら気付いていないのだろう。怒りを露わに、こちらに感情をぶつけてきた。
「うるさいうるさいうるさいっ!とにかく剣を取ってくださいセイバー!今の私はとっても、とーーーーっても!虫の居所が悪いのです!」
・・・・・・ダメだ、会話にならない。
それだけランサーにとって、今の戦いは意味のあるものだったのだろうか・・・・・・?
いやだとしても、それを当のアサシンや物にぶつけるならともかく、それを私達に向けるのは筋違いというか・・・・・・なんというか『車の衝突事故で車を作った側を批判する』みたいな見当外れも良いところだと思う。
ましてやそれが先程まで同盟を組んでいた相手なら尚のことだ。
「──────だからっ!」
再び槍を振るうランサー。セイバーはまたもランサーの攻撃をいなし、ランサーから5メートルほどの距離を取りながら後退する。
「あなたを名のある戦士と見込んだ上で、お願いします!どうか私と戦ってください!」
ランサーの言葉はまっすぐで真摯なもの・・・・・・のように思えた。それこそ先程提案された同名の話の時と同じくらいには。
「(でも・・・・・・。)」
その言葉に対して素直に首を縦に振ることなんて出来ない。いや、どちらかと言えば、先程の一件で私は彼女の、ランサーの言葉をどう捉えたらいいのか分からなくなっていた。
それはきっとセイバーも同じなのだろう。
セイバーは警戒の構えを解かずに、困ったような素振りでランサーに答える。
「んなこと言われてもなあ・・・・・・。さっき同盟を提案しときながら、あの変な野郎がいなくなった途端にこっちを攻撃してきた奴の言葉を『はい、そうですか』って信じるわけにはいかねえ。」
「そこをなんとか────────」>>442
「んじゃ、聞くがランサー。お前さん、直前まで仲間みたいに振る舞ってた奴が急に裏切ってこっちに刃を向けてきて、全部終わったその後も仲間みたいに振る舞ってたら・・・・・・お前さん、そいつを信じられるかい?」
「それ、は・・・・・・。」
鋭いセイバーの言葉への返答に詰まり、沈黙するランサー。
それは彼女のここまでの行動を鑑みての沈黙なのか、それとも彼女自身に何か思うところがあっての沈黙なのか。
「ま、俺はどっちでも構わんがね。自分が生き残りたいがために味方を裏切るなんざ、今日日特別珍しいことじゃねえ。昨日まで同じ釜の飯を食って、朝まで酒を飲み明かし、戦場で味方として戦った戦友だろうが、次の日には敵になっているなんてことはよくあることだ。それだけで手前を許さないとはならんさ。」
しかしセイバーは飄々とした様子で軽口を叩く。
ここが戦場でなければ、朗らかで気さくでノリの軽い雰囲気のお兄さん、といった雰囲気と思えただろう。
「っ、なら─────」
「ただ───────」
ランサーが言葉を発しようとした瞬間、セイバーの雰囲気は一転し、剣呑な殺気を帯びたものに変化した。
「それはあくまで俺個人の話だ。他人にまで求めるような考え方じゃねえし、俺の考え方が異常だってのは俺が一番よく分かってる。」
「・・・・・・?ならば、何故、あなたはそれほどまでに怒っているのですか?」
「何故?そんなの決まってんだろ。」
と、セイバーは後ろにいる私をチラリと見て、武器を握る手に力を込める。
「──────テメェの真っ直ぐで偽りのない言葉に絆されて、『きっと裏切らないだろう』とテメェを信じて同盟を結んだうちのマスターのためだよ。」
セイバーが一歩、前に出る。
「テメェのマスターがどうかは知らんが、うちのマスターはちと甘ちゃんでな。さっきのアイツとの攻防で、自分を守ってくれたことのお礼よりも、自分を守ったせいで傷を負った俺の心配をしやがるくらい、自分より他人なお人好しなんだよ。」
また一歩、前に出る。
その行為は、セイバーとランサーの間合いが縮まり、2人の戦いが近いことを暗に示していた。>>443
「分かるか?あんだけの激しい状況で、自分よりも他人を想えるってことは、うちのマスターは普段からああいうことが出来る、他人を気遣うことの出来る優しい人間ってことだ。だが逆を言えば、それはどんな状況だろうと、自分の生存よりも他人の生存を優先させちまうってことでもある。そんな奴を、甘ちゃんと言わずにどう言えってんだ。」
さらに一歩。セイバーは間合いを詰める。
「そんな奴の信頼と信用を裏切ったんだ。たとえ止められたとしても、オレはテメェに傷の一つでもつけてやらねえと気が済まない。うちのマスターの気持ちを────────」
そして。
「───────土足で踏み躙ってんじゃねえッ!」
セイバーは怒りのままに深く踏み込み、剣を思いきりランサーに向けて振り抜いた。
「・・・・・・っ!」
咄嗟に盾で剣の攻撃を防ぐランサー。けれど、セイバーとランサーの力の差なのか、僅かにランサーの方が体勢が不利だ。
「ぐっ・・・・・・!おおおおおおっ!!」
「!」
だがランサーも負けじと盾で剣を押し返し、槍を振るう。
それをセイバーは予測していたのか、身体を右へ曲げると、そのまま、
「オラァッ!!」
「ぐ、あっ・・・・・・!?」
ランサーの脇腹を思いっきり左脚で蹴っ飛ばした。
その勢いのまま、ランサーは貨物コンテナに身体を打ち付ける。
「くっ・・・・・・!」
苦痛に呻くランサー。
それでも直前に受け身を取ったのだろう、ダメージは最小限で済んでいるようだ。>>444
「おら、立てよ。まさか、これくらいでくたばるタマじゃねえだろ?あんだけ『戦え!戦え!』って噛み付いてきたんだ、お望み通り、手加減無しで戦ってやるよ。」
セイバーの殺気が一段と高くなる。
───────まずい。
これは止めないといけない気がする。ランサーのためでもあるけれど、それ以上にセイバーにその一線は越えさせてはいけない気がして、セイバーを思わず引き留めようとした。
「ま、待ってセイバー!わ、私は全然気にしてないからっ!だから、その、あんまりランサーを責めるのは──────」
「ああ、分かってるよ。ちょいとキツめの灸を据えてやるだけだ。そこまでやって生きてたら、今回は見逃すことにするつもりだ。」
「生き死にがかかってる時点で、全然分かってないじゃないですかーーー!?だめ、ダメです、そこまでの戦闘は───────」
ダメ、と言いかけて、
「セイバアアアアアアアアアッ!!」
「っとお!」
その言葉は、突進してきたランサーの咆哮によって遮られてしまった。
「なんだよ、存外まだ元気じゃねえか。」
「ええ。ようやく待ち望んだ戦いが出来るのです。あれしきの攻撃で倒れるなんて、できません!」
ランサーの槍と、セイバーの剣が何度も交わる。刃と刃が擦れる音、金属同士がぶつかり合う音が周囲に響き渡る。
戦いの火蓋はそうして切られてしまった。
「はあああーーーーーッ!!」
ランサーは雄叫びを上げながら、幾重にも渡る突きを放つ。
それをセイバーは当たるものだけを撃ち落とし、ランサーとの距離を詰めていく。>>445
歴史書や戦記などを読んでいると、セイバーがそうする理由は読める。基本的に戦いにおいて、長さというのはそれだけで大きなアドバンテージであるからだ。
よくファンタジーなどでは槍よりも剣が主役の武器となることが多い。
それは恐らくアーサー王伝説におけるエクスカリバーであったり、ニーベルンゲンの指輪におけるバルムンク、シャルルマーニュ伝説におけるデュランダルなどに端を発するところがあるのだろう。
華々しい英雄の武器は、それ相応に特別かつそれに見合うものでなくてはならない。
聖剣や魔剣はまさにその箔として相応しい。
神話でもそういった名のある剣がないわけではない。ギリシャ神話の大英雄・ヘラクレスが振るったとされる聖剣マルミアドワーズや、北欧神話の古エッダの一つ、ヴォルスンガ・サガで語られる英雄シグルドの魔剣グラム、そしてセイバーが持つ光剣はまさにその例だ。
ただ多くの神話において、有名どころの武器は大抵が槍ないしは弓であることが多い。
もちろん、名のあるなしはあるだろう。しかしそんな観点で見ても、やはり目立つのはそういったものであるのが殆どだ。
史実を見ても、槍や弓と言った中・長距離で扱うことが出来る武器が主戦力として扱われることが多いのがそれを示している。
基本的に他の生物に力では勝てない生き物だからこそ、知恵を使い、それに適した道具で外敵を倒す。
分かりやすく言えば狩りの基本だ。遠くの敵を仕留めるために遠くから攻撃するというのは、実に理にかなっている。
二つの違いはそういったところだ。
剣は、栄光や栄華を象徴するための存在として。
槍や弓は、狩りや戦いを象徴するための存在として。
その役割が割り振られている。
だから、その戦いの分野に秀でている槍を扱うランサーの方が、武器のリーチの関係上、この戦いにおいてとても有利だ。
「やあっ──────!」
「ふっ───────!」
何度目かの剣戟。未だ、戦況は動かない。>>446「ど、どうしたら・・・・・・!?」
私はもう頭の中が混乱しきっていた。
なにせここ数十分の間に起きた出来事が色々とありすぎたのだ。情報を整理し、精査する時間なんてありはしない。
ただそれでも、やっぱり今のこの戦いは止めるべきだと思う。
さっきの戦いで、セイバーは少なからず消耗している。ならマスターである私が今とるべき最善択は、少しでも早く戦場から離れて、セイバーを休ませることだ。
けれど、状況がそれを許さない。
「くっ・・・・・・!」
「チィッ・・・・・・!」
激しい一進一退の攻防。ランサーの槍撃をセイバーが撃ち落とし、その瞬間に間合いを詰めてセイバーが剣を放つが、ランサーもまたそれを盾で防ぎ、即座にセイバーとの距離を離して保つ。
一見するとランサーが追い詰められているように見えるが、その実、セイバーの攻撃もどこか決定打には欠けていた。
その違和感が、わずかに私の混乱を静める。
「(・・・・・・おかしいわ。)」
セイバーのステータスは『最優のクラス』と謳われるだけのことはあり、幸運以外のステータスは全てB以上とかなりの高水準でまとまっている。
それに対してランサーのステータスは、視えている範囲で判断してもあまり高いとは言い難い。
幸運と宝具のステータスはセイバーを上回っている反面、それ以外のステータスは全てセイバーを下回っている。
だからこそ、それでは辻褄が合わない。
2人のステータスの差は歴然だ。技量は拮抗こそしているものの、それでも開いているステータスの差を埋めるには至らない。
つまり、そのステータスの差を埋める何かを、ランサーは隠し持っているということだ。
問題はそれが何なのか───────
「こんばんわ、とても美人なセイバーのマスターさん?」>>447
「ひゃっ・・・・・・!?」
と、そんな思案をしていると、突然真横から声をかけられた。
声がした方へ向くと、そこには、長い黒髪をブラックパールのような球体が2つ付いたヘアゴムでまとめた女性の姿があった。
「むぅ・・・・・・そんなに驚かなくてもいいじゃないか。サーヴァントがいるのなら、その近くにマスターがいるかもしれないのは想像できることでしょう?・・・・・・まさかとは思うけど、戦いに釘付けでそんなこと考えてすらなかったの?」
「う・・・・・・。」
女性は子供みたいに頬を膨らませながら、そして呆れながら、そんなことを言う。恐らくは、この女性がランサーのマスターなのだろう。
しかし、彼女の指摘の通り、そんなことも想定しきれていなったのは全くもってその通りなので、私としては返す言葉もない。
はあ、と女性はため息をつく。
「ま、今はいいわ。それより、今やってるセイバーとランサーの戦いのことなんだけど───────」
「あ・・・・・・!そ、そうです!あ、あの、あなたがランサーのマスターなんですよね!?その、なんとかしてランサーを止め──────」
「あー、申し訳ないんだけど、それは無理。今のランサー、目の前で餌を取り上げられたワンちゃんみたいなものだから。まあ、適当なところでこっちからランサーにストップはかけるから、それまでは付き合ってもらいたいな。」
「そ、そんな悠長なーーー!?」
悲鳴にも似た私の叫び声が、廃工場にこだまする。
しかし、そんなものも一瞬で、2人の戦いの前にはかき消される。
「オラァ─────ッ!!」
「はああ─────っ!!」
ガキィン、と一際甲高い金属音が響き、2人はそれぞれ後ろに下がり距離を取る。
・・・・・・どことなく、ランサーの顔は輝いていた。
「流石ですね、セイバー!やはりあなたは素晴らしい戦士です!」>>448
ランサーの恐らく心の底からの称賛。
対してセイバーは、視線はランサーの方に向きつつも何かを思案していた。
「セイバー・・・・・・?」
「・・・・・・なるほどな。そういうカラクリか。どうりで刃の通りが甘いわけだ。」
何か結論が出たのかセイバーが念話を通してくる。
「(マスター。ちょいと悪いが、少し踏ん張ってもらうぞ。)」
「(ま、待って!何をするつもりなのセイバー!?)」
「(そう怖がるなって。ちょいと本気で戦うだけだ。ただ、オレは平気でもマスターには限度があるだろう?そんなわけなんで、マスターがギリ倒れない程度には力はセーブする。マスターに頼みたいのは、オレが撤退の判断をするために、常に念話のチャンネルを開けておいてほしいってことだ。念話で聞こえるあんたの声が小さくなり始めたら、そのタイミングを目処に、オレはあんたを抱えてランサーとの戦いから離脱する。)」
セイバーはそんな提案をしてきた。
私なんかよりもずっと戦いの経験があるセイバーの言うことだ、その作戦自体を疑う必要なんてないと思う。
でも───────
「(・・・・・・ねえ、セイバー。)」
「(おう、何だマスター?)」
「(その条件に、もう一つだけ、撤退の条件を加えてもいいかしら・・・・・・?)」
「・・・・・・いいぜ。どんな条件だ?)」
セイバーは、私の提案を聞いてくれるらしい。
「(それは、ね・・・・・・)」>>449
なのに。
これが念話であるにも関わらず、セイバーという信頼のおける味方への提案にも関わらず。
私はひどく緊張してしまい、私の喉は砂漠でオアシスを求める旅人の如くカラカラだ。
次の言葉を発そうにも、上手く形に、声にできない。
それでも、何とか絞り出すように、私は声を出した。
「(私が、あと一回でも『セイバー!』って、叫んだら。そこで、撤退して、ほしい、の。)」
セイバーだけの判断にはしたくない。
セイバーだけの責任にはしたくない。
セイバーだけのせいにはしたくない。
─────セイバーだけに、全部を背負わせたくない。
だから、『セイバーが間違えたのなら、それは私が間違えたのも同じことだよ』って、『セイバーの進む道が間違っていたなら、それはそう導いてしまったマスターの私の間違いなんだよ』って、セイバーには、そう、思ってほしかった。
・・・・・・こんなことを思うのは、こんなことを考えてしまうのは、きっと、とても傲慢なことだと思う。
勝手に他人の考えや責任を背負っているのだ。それを傲慢と呼ばずに何と呼べばいいのだろう。
でも、それでも、やっぱりセイバーだけの問題にしたくないと、私は思ってしまう。
セイバーにそんな自覚はないだろうし、実際にそんなことはないのだろうけど。
それでも、セイバーだけに、戦いの選択をさせたくない。
たとえ、それがセイバーの足を引っ張ってしまうのだとしても。
私達の運命は、今、この聖杯戦争(たたかい)において同じ路にあるのだから。
「(・・・・・・分かった。マスターがあと一回でもオレの名前を呼んだら、その時点で撤退するとしよう。)」>>450
「(え・・・・・・!?セ、セイバー、い、いいの・・・・・・?)」
「(いいもなにも、それがマスターの意見なんだろ?なら従うさ。さっきも言っただろ?マスターの意思は尊重する、ってな。)」
「(セイバー・・・・・・。)」
「(んじゃま、ちょっと行ってくるわ!チャンネルはそのまま開いておけよ、マスター?)」
セイバーの声が聞こえなくなる。
目の前に見えるセイバーの姿を見ると、セイバーの体にはルーン文字が刻まれていた
元々ルーン自体、何かを食べる際にその食べるものに刻んでも効果があるというのだ、なら体に刻んでも効果自体は変わらないのだろう。
ランサーの方を見るとは どういうわけか、動いていない。
「・・・・・・これだけあれば十分か。」
私に聞こえるか聞こえないかくらいかの声で、セイバーはそう呟いた。
「さて、と。」
セイバーがランサーの方へ向く。
「随分と余裕そうじゃねえか、ランサー。オレなんかじゃ相手にならないってか?」
あまりにも分かりやすすぎる挑発。しかしランサーはあえてなのか、その挑発に乗ってきた。
「そんなまさか!あなたほどの戦士と戦えるだなんて、戦士を名乗るには未熟な身ではありますが、もったいなくて恐れ多いにもほどがあります!」
「そうかい。だがまあ、こっからは加減なしだ。──────簡単に負けてくれるなよ?」
そう言った瞬間、セイバーの姿が視界から消え、いつの間にかランサーに肉薄していた。
「──────っ!」
瞬時にランサーも盾で防御しようとする、が、それではセイバーの剣の速さには追いつかない。>>451
「くっ・・・・・・!」
鋭い一撃を受けるランサー。
しかしそれでも、わずかに血を流す程度だ。
だがセイバーの猛攻は止まらない。
「そらそらァッ!!」
その斬撃の太刀筋は、魔術での視力強化を行なってもなお見えないほどの速度で繰り出されていた。
それでも聞こえてくる音から考えるに・・・・・・秒速で10、いや11ほどだろうか?・・・・・・の数を放っていると思う。
ランサーも辛うじてではあるが、盾でセイバーの猛攻を凌いでいる。それでも先ほどと違い、攻撃に転じることが出来ていない。
おそらく肌で感じ取っているのだろう、『一度でも盾を手放せば自分は死ぬ』と。
「どうしたどうした!攻撃しねえなら、お前さんは死ぬだけだぜ!それとも、所詮はその程度の実力しか持ってねえのか!」
「──────!」
相手を焦らすために、さらに分かりやすく挑発するセイバー。
しかしその言葉が、ランサーに火を付けたのか、ランサーは盾でセイバーの剣を逸らすように弾くと、セイバーから距離を取る。
セイバーも不用意に近づかずに、ランサーの出方を窺っている。
「攻撃しないのなら死ぬ・・・・・・。そうですよね、今は模擬戦などではなく実戦の場、ましてや相手は私なんかよりも遥かに格上のセイバーが相手。守ってばかりなだけでは、勝てる相手ではない。」
そんな言葉を呟いて、ランサーがキッ、とセイバーを見据え、槍を構える。>>452
「セイバー。あなたの本気に、私も答えましょう。でなければ、あなたに対する不敬になりましょう。」
「ああ、オレの胸ならいくらだって貸してやる。テメェの本気、見せてみやがれッ!」
「はい───────行きますッ!!」
ランサーが加速し、セイバーに突進する。
セイバーもまた、それを迎え撃つために、ランサーに立ち向かう。
「やあああ───────ッ!!」
「おおおお───────ッ!!」
三度、ぶつかりあう剣と槍。
もはや目はおろか耳でさえ、彼らの剣戟を正確に量り知ることはできない。
彼らの本気の戦いは、もうすでに常人には認識出来ない域に達しているのだ。
彼らの武器がぶつかり合うたびにその衝撃で火花が散り、聞こえてくる音よりも目で見える動きの方が速い。
これが英霊。これが、座に存在を刻まれた者達の戦い。
「ᛋ(シゲル)!」
「─────っ!?」
セイバーの肩から僅かな閃光が奔る。おそらくセイバーのルーン魔術の1つだろう。ランサーはその閃光にわずかに目を瞬かせる。
だが、その僅かな瞬きが命取り。一瞬でもセイバーの動きを見失ったランサーに、セイバーがさらに速く剣を振るい、斬撃を放つ。
「くっ・・・・・・!!」
それでもセイバーの攻撃に、反応が遅れたランサーは一太刀こそ浴びるものの、それ以外は全て撃ち落とした。
「はっ、マジかよ!今のは入ったと思ったんだが─────な!」>>453
再び鍔迫り合うセイバーとランサー。
戦況はセイバーの方が少し有利だが、それでも少しでも気を抜けば、ランサーの有利へとひっくり返るだろう。
「ったく、どんな反応速度してやがる。さすがに一撃しか入らないとは思わなかったぞ?」
「私も同じ気持ちですよ。目眩しとは・・・・・・あなたほどの戦士が、まさかそのような、卑怯な騙し討ちを使うだなんて!」
「お前さんこそ何を言ってやがる。戦いに、卑怯も何もあるものかよ。あるのは戦いに勝って生きるか、戦いに負けて死ぬか、だ。お前さんが考えてるような高潔で、誉れ高い戦いなんてのはな、御伽噺の中にしか存在しねえんだよ。どこまで行こうが、現実の戦いは血で血を洗い、怒りや憎しみには同じ怒りや憎しみで返す・・・・・・誉れだなんだってのは後の時代の奴らが勝手に付けるもんで、当事者に残るのは色々とぐちゃぐちゃになった感情だけだ。後に残るものなんざ、何もねえ。」
それはセイバー自身が体験してきたことなのだろう。その言葉には確かな重みが含まれていた。
「そんな・・・・・・そんなことは・・・・・・!」
駄々をこねる子供のように、ランサーは首を横に振って、セイバーの言葉を否定する。
その姿はまるで、ランサーがどこにでもいる素敵な夢を夢想している少女のようだと私は錯覚してしまう。
「そこまで言うなら、証明してみせろ。」
「証明・・・・・・?」
「ああ、そうだ。そんな反応するってことは、テメェにもテメェなりの理想や信念があるんだろう?なら、それを口だけじゃなく、そいつを自分の力で証明してみせな。オレも全力で迎え撃ってやるからよ───────」
そう言ってセイバーはランサーを見据えつつ、私との念話のチャンネルを開いてきた。
「(マスター、まだ魔力は持ちそうか?)」
「(ほ、宝具1回だけなら大丈夫・・・・・・。)」
「(十分だ。ここいらが潮時だろうしな。・・・・・・悪いが、もう少しだけ頑張ってくれよ。マスター。)」
「(う、うん・・・・・・頑張るわ・・・・・・!)」
セイバーとの念話のチャンネルが切れる。
と、同時に。ランサーの魔力の変動を、私は感じ取った。>>454
「(これは・・・・・・まさか、ランサーの宝具・・・・・・!?)」
「・・・・・・分かりました、セイバー。では、その胸を───────全力でお借りします!」
ランサーの周囲に魔力が渦巻いていく。
「────我が護りは都市を守る城塞の如く。
あらゆる障害、困難を防ぎ乗り越える不変のもの。
されど、守護の力は反転し、都市を守る力は都市を滅ぼす力へと変わる。
仇なす外敵を排除する矛となりて、あらゆる障壁を貫かん!」
ランサーが高々と槍を掲げる。
「─────我が親愛なる女神に捧ぐ。
『汝、国を崩す(ヴァージンレイ)』─────」
魔力が槍の穂先に溜まり、放たれようとした──────その瞬間。
「令呪を以って命ずる。『宝具を使うな、ランサー』!」
「なあっ!?」
ランサーのマスターであろう女性の令呪によって、放たれようとした魔力は霧散し、ランサーの宝具は不発となってしまう。
あまりのことに、私も、そして当の止められたランサー本人も思考が追いついていない。
ランサーはバタバタと女性に近付いていく。
「マ、マスター!何故止めるのですか!?」
「止めるに決まってるでしょう?というか私、戦うこと自体は許可したけど、『宝具を使ってもいい』なんて、一言も言ってないと思うんだけど?」
「そ、それはそうですが・・・・・・。で、ですが!そうでもしなければセイバーに勝つことなんて──────」>>455 はあ、と女性はため息をつく。
「あのねえ・・・・・・。情報がまともに揃ってないのに戦おうとするのはよっぽどのお馬鹿さんか、そうでもなければただの戦闘狂いのどちらかよ?・・・・・・まあ、戦いたいという気持ちは分からないでもないけど、今はまだ時期尚早よ。というか仮にも威力偵察なのに、それで貴重な令呪を一画使っちゃったんだから、もう二度とやらないように反省してねランサー?」
「うう・・・・・・はい、反省します・・・・・・。」
「ん、反省したならよろしい。さて──────」
くるり、と女性は私の方に振り返った。
「な、なんでしょうか・・・・・・?」
「いやなに、令呪という大きすぎる代償を支払ってセイバーとランサーの戦いを止めた私に、お礼の一つでもないのかなー、と思ってね。」
「あ・・・・・・そ、そうでした!えっと、その、止めてくださって、ありがとうございます・・・・・・。」
ぺこり、と女性に礼をする。
とはいえ、こんな形だけのお礼で済ませてしまうのは、令呪という代償の引き換えにはならないだろう。
「あ、あの・・・・・・。」
「うん?なにかな?」
「その、お礼と言ってはなんですけれど・・・・・・私に出来ることがあれば、その、出来る範囲で協力させてもらえませんか?」
「──────ほう?」
女性の目の奥が、きらり、と光り、私の背筋に一瞬ゾクリと悪寒が走る。
「・・・・・・おっとっと、危ない危ない。危うく極上の餌を前に、我を忘れたケダモノになるところだった。さすがにTPOは弁えないとね。」
「え、えっと・・・・・・?」
「ああ、なんでもないなんでもない。こっちの話。」
こほん、と女性は咳払いをする。
「それじゃあまあ・・・・・・ちょっとお話ししようか?──────黒鳥蘇芳さん?」以上です、続きはユージーンさんに投げますねー
「……始めるか」
木込の街中に買い取った二級霊地に立つ廃屋。その地下室にて。
バートランドは今聖杯戦争において召喚しうる英霊の触媒を設置していた。
古めかしい機械類の駆動する音が途切れなく聞こえるその部屋は魔術師という神秘の言葉を裏切り技術者の工房(ファクトリー)を思わせる。
「………………」
勿論大会スタッフや中継機材は入れさせるつもりはない。自らの魔術を広める馬鹿は魔術師ですらないからだ。
狙いうる英霊はただの一騎。英雄や怪物が跋扈するならそれら全てを制する存在を駒にすればいい。
狙うべき座(クラス)はおそらくキャスター。
その触媒を担う石板の破片を見やる。
かの人類最大叙事詩の失われた碑文の刻まれた欠片。およそ表社会に発覚すれば学術界が熱を帯びて沸くであろうそれを譲渡したのは北欧のある魔術大家。
「こちら、差し上げます。コレから解析できる因果は粗方分かりましたし……。忌々しいですが希臘(ギリシャ)はそういう手法を取ったと……。過去が創造可能という事実が確定しただけで十分です」
そう傲慢にも宣っていた人造生命(ホムンクルス)の少女が脳裏を過るがどうでもよいかと流すことにした。>>458
「満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。満たせ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
召喚陣は要らない。手にした礼装がただ正しき術式のコードを弾き出す。
「──告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
淡々と表情を変えることもなく詠唱を紡ぎだす。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝、三大の言霊を纏いし七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」
キリキリと歯車噛み合う音が響き渡り、工房の中に第五架空要素(エーテル)が収束しただ一つの影を形成していく。
古めかしい麻の布を羽織った服、長い髪を垂らしたその目はぴたりと閉じられている。
無機質なまでに静を思わせる少年は口を開いた。
「サーヴァント・ランサー、召喚に応じました。回答を。アナタが当機(ホメロス)の閲覧者(マスター)でしょうか」>>456
「お話、ですか?」
「そうそう。まずはランサーから」
そう言うとパラスちゃんが一歩前に出て武器と盾を地面に置く。
サーヴァントの装備は常に持ち歩かなくても消したり出したり出来る。そして出したまま手元から離すと再び装備するためには一度消して出し直すか拾うしかない。つまりこれは「こちらには戦う意思は無いですよ」という意思表示だ。
「この度は私の暴走に巻き込んでしまい本当にすいませんでした」
「…え、あっ。いやそんな…」
ぺこりと頭を下げて謝罪するパラスちゃんに蘇芳ちゃんがつい「気にしないで」と言いそうになるのを飲み込む。うん、それでいい。流されて許すんじゃなくてちゃんと考えて許して欲しいな。
────あれ?セイバーが私のことをすっごい訝しげな顔で見てる?なんでだろ、もしかしてパラスちゃんを止めるのを意図的に遅らせたのを責められてるのかな?
「────分かりました。謝罪を受け入れます。顔を上げてください」
「ありがとうございます」
さて、ここからかな。>>460
「許してくれてありがとう蘇芳ちゃん。それじゃあ私からのお話なんだけどね。改めて、私達と同盟を結んで欲しいの」
「え…?」
んー?その顔はどんな意味なのかな?「なにを馬鹿なことを」か「同盟結んでくれるの」か。こういう時お兄ちゃんの友達のユージーンって人の心を読む魔眼があれば便利なんだろうけど…無い物ねだりしても仕方ないよね。私にあるのはこの識死の魔眼[やくびょうがみ]なんだから。
「今度のはさっきみたいなその場限りの口約束じゃない。なんなら自己強制証明[セルフギアススクロール]を用意してもいい」
フィルニースを通じて虚数空間に入れてあった羊皮紙を一枚取り出す。実は元からある程度のテンプレートは作っててパラスちゃんがセイバーとドンパチやり始めた頃にササッと書き上げてました。
「期間は他のサーヴァントを倒して私達二陣営になるまで。聖杯を手に入れるのは一組だけだから最後には戦うことになるかもだけど、それまでは協力していきたいな」
「ううん………」
悩んでる悩んでる。この様子だとセイバーと念話で相談してるのかな。まあゆっくり考えていいから出来ればいい返事が聞きたいな。>>461
「決めました。その同盟、受けようと思います」
「よかったぁ…」
あ、そうだ。これを先に言っておかないとね。
「一応これにも書いてるけど最後の二陣営になってもすぐによーいドンって訳じゃなくてちゃんと仕切り直しの時間は取るよ。じゃないと最後の一騎を倒すのが貧乏くじになっちゃう」
「あ…」
気付いて無かったな。セイバーはその辺気付かないはずないだろうし折り込み済みで何も言わなかったのかな?「俺はマスターの判断に従うぜ」的な感じで。
「それじゃあ内容をよく読んでここに署名をお願いね。私の分はもう書いてるからあとは蘇芳ちゃんが書けば成立するよ」
「は、はい」
さて、蘇芳ちゃんが読んでる間にフィルニースを使って周りに他の陣営の使い魔とかがいないか調べよっと。
「フィルニース」
「ちょっと待ちな嬢ちゃん。そりゃ何だ」
「あ、気にしないで。他陣営の使い魔がいないか調べるだけだから」
そっか。何も知らなかったらこの状態(液状)のフィルニースって呪いの塊だもんね。そんなのをマスターの傍で起動してたら気が気じゃないよね。失敗失敗。>>462
「あの、書きましたよ」
「ん、確かに」
羊皮紙に魔力が宿って自己強制証明が交わされたことを確認する。よし、周囲の確認もOK
「それじゃあ改めて。ランサーのマスターの大鳳飛鳥です。そして…」
ちらりとパラスちゃんの方を見るとパラスちゃんが首を縦に振る。
「ランサーの真名はパラス。パラス・アテナとも呼ばれる女神アテナの友人にして訓練中の事故で実戦に出ること無く亡くなった少女戦士だよ」以上ですー。
>>404
【ロンドン、時計塔・天体科執務室】
かつりかつりと杖をつく音が響く。遊びではない。足で支えられない分の体重を支援する、正しい意味での杖の音だ。
「代表、ただいま戻りました」
「よく生きて帰ってこれたわね」
そこは天体科(アニムスフィア)の君主、オルガマリー・アースミレイト・アニムスフィアの執務室、ルーカスにとっては本聖杯大会のスタート地点だった。
「どの段階においてもさまざまな意味についても、よく生きて帰ってきましたよ」
「とりあえず座りなさいよ。それと、『厚着』は脱いでいいから」
助かります、と一言言うとルーカスは落下するようにソファに腰掛けた。
「はーーー……」
ヴィジョンがブレる。身なりのよい金髪の青年の像の、ピントがズレてぼやけていく。
「はー……痛た、痛だ、いだだだだだだだ…………ぁー、はぁ…………」
置こうとしていたステッキが手から零れて床に転がる。ルーカスは無傷の両腕で身体を抱えて小さく蹲った。
「戦果報告はあとでいいから。さっさと被害状況だけ言っときなさい」
「ぃっ……いだだだだだだ……では体の上の方から順番に。右目欠損、左右の耳の鼓膜損壊、胸骨骨折に背骨にヒビ、関連して脊椎の神経に一部ダメージと消化器官への骨片食い込み、左太腿の一部列挫傷と大腿骨骨折、右足の半分欠損……辛いのは大体この辺りで全部です」
君主は額に手をやってため息をついてくれた。
「アンタねぇ…………」
「刻印が入った両腕が残ってくれたのが幸いでしいだだだだだだ、……幸いでした。生命維持周りが残っているのでとりあえず死にはしませんし、肉体再生があるので臓器もそのうち治るとゲフッ──失礼、ゲホッゴホッ」
「ああもう! あんまり血を吐いて汚すんじゃないわよ! ……あと聴覚と神経は魔術回路で代理演算してるわけね」>>465
「だいたいはその辺りです。半分無くなった足だけはどうにもなりませんが」
「アホよねぇ……何が『うちの魔術を試したい』よ、大損害じゃない」
「返す言葉もございません」
むすっとした顔で──そこがかえって可愛らしいのだが──自らの机に肘をついたままのマリーは続ける。
「まあ別に、アンタが負けようが天体科の評判は落とさせないし、そのための動きもするけど。そっちの方までは面倒見切れないわよ?」
「もううちからの造反の動きもありましたよ……ここに来るまでにも2人ほど下克上がありましたし」
「ふーん、で、興味は無いけど会話の流れでいちおう聞いてあげるわよ。その身体でよくやれるわね?」
「負けたから、負傷したからといって、自分が強くなったわけでもないのに格下がこの僕に勝てるわけがないんですよ」
「そう言って出て行って、足元掬われてその様なんでしょう。反省なさいよ反省」
彼女はジト目で指で机をトントンと叩きながら会話の話題を転換させる。
「それでわざわざ私に時間を取らせてまで自慢したい戦果ってなんなのよ。言っておくけれど、損害に見合わなかったら承知しないわよ」
そう言ったところで不意に執務室の戸にノックがされる。どうぞと促されると返事ののち長髪の青年が入室してきた。
健全で、誠実で、優雅で、荘厳な彼を、ルーカスは知っていたし、天体科の学徒なら誰でも知っていた。
「失恋、ソールァイトの連れのものだという少女がこの部屋を探していたので」
純白よりもなおプラチナを思わせるその服の足元では、黒いバラのような少女が少々やりすぎなほどにしがみついている。
「ヴォーダイム主席におかれましては本日も壮健であられましてどうもうちの連れを僕の予定より早く連れてきていただきありがとうございます」
「うん、君の方は……健康とは言い難そうだが気力に満ちていて良いと思う」
不機嫌に捲し立てた挨拶を、主席の彼はさらりとすり抜け、言葉で返した。スライムを思わせるほどべったりとくっついていた少女をルーカスが引っ剥がす。「ひゃんっ」と、体格に不釣り合いな嬌声が上がったが、3人とも意図的にスルーしてくれた。この場にいたのが品性のある面々でよかった。
「その娘、確かキャスターのマスターだった子よね」>>466
マリーが促すとかつてキャスターのマスターだった少女が無言のままふわりと礼の仕草を取る。見境なしなクローディアの興味の対象は、すでに主席からこの場で最も地位の高い彼女へと移っていた。
「ごきげんよう、ミス・アニムスフィア。王室からは勘当された身の上ですが、クローディア・スチュアートという姓名を今も使わせていただいておりますわ」
「ええ、わが国の第3王女殿下でございます」
マリーはその白い髪のあいだに指を入れ、頭を抱えてしばらく口を閉ざした。
「そしてありがとうございましたわ。Mr. ええと」
一方自由人、自らの欲求に従ってご縁づくりに余念がない。
「僕がもう礼は言ったので結局ですよ、お姫。そして恩を口実として迫ろうとするのをやめなさい」
ルーカスに制止されるとクローディアはすごすごと引き下がって、「えい」「いだだだだだだだだっっっ!!?」青年の折れた左脚の上に腰掛けた。
ルーカス・ソールァイトは苦悶の声を上げながら、折れた大腿骨の上の重しを掴んで身体の左側に座らせ直す。
「あ"っ……、そうだ。手間が省けてちょうど良い。主席殿に文句が言いたかったんだ」
「? 何か不備でもあったのかい?」
「あなたの所から買い取った『木片』、時代は同じだが陣営が逆だったよ。アルゴナウタイを呼びたかったのにコルキス側を呼んできてしまったじゃあないか」
「おや、それは悪かったね。何しろ同じ海底から数個まとめて発見されているものだから、どちらがギリシア側の船の破片かまでは判別が付かなかったんだ」
「いけしゃあしゃあと……」
金を超えてプラチナ色の主席殿は、優雅にカップへと口をつける。
ちなみにこの紅茶、当然部屋の主が用意したわけではなく、怪我人が立ち上がって用意できるものではない。もちろん本人が淹れたわけでもなく、そもそも飛び入りでやってきた学徒の分のカップは元々用意されていたわけではない。>>467
客人や主人に恥をかかせないシステムが標準搭載であることは、まあそれはそれとして。
「どちらにせよ君であれば良縁を引けたであろうし。何より、なんであろうと君ならばなんとかしただろう?」
「言うそばからこれだ。僕より絶対的かつ全面的に上回る主席殿にそう言われても、素直にありがとうとは受け取り難いのですよ」
対抗してルーカスもカップへ手を伸ばそうとして、足が悪いので届かない。クローディアが代わりにソーサーごと持ち上げてくれたので、手に取って口をつけた。
クローディアがカップを受け取ってテーブルへと戻すと、頭の中で整理をつけたのかマリーが爪で机を叩いた。
「ああ、ええと、失礼しました。それでですね。拾い物は良いのですが詳しく調べてみると封印指定の名簿の中に彼女の名前がありまして、運用しにくいので回路の変質を根拠に指定除外をさせたいのですがお力添えいただけませんか代表」
「知らないわよそっちで勝手にやりなさい」
などと言いつつ、ふいと顔を背けたまま続ける。
「……って。切って捨てるにはもったいない立ち位置よね。……貴方、私に嫌がらせがしたくて仕事を増やしているんじゃあないでしょうね?」
「まさか。心の底から尊敬して頼りにしていますよ、アースミレイト女王陛下」
魔術師たちの日常は回っていく。
お構いなしというよりは、やれ誰が大きく負傷しただの、やれどこぞの王族がどこかの陣営に席を置いただのを巻き込んで、飲み込んだ上で巡っていく。
シャッターを開けたままカメラをつけた星空のように、時間のスケールを大きくとって、フイルムの感度を上げていって。
瞬間を閉じ込めれば、こうして一幕分の写真が得られる。
星の灯は煌めく光の素のように。
────第一回聖杯大会ライダー陣営
END.飛鳥ちゃんVS迅龍くんの続き投稿します
>>469
「か────はっ」
フィルニースの硬化で迅龍の一撃をすんでのところで防いでダメージを軽減し、墜落の瞬間に硬化を解除してクッション代わりにする。それでも消しきれないダメージで胃の中の空気やら汁やらが吐き出される。
「はぁ…はっ…危なかった」
実際骨折や内蔵が傷付いたりといったことがあっても不思議ではないダメージのはずがこの程度で済んでいるのは朽崎遥の読み通りシャリーファとフィルニースの瞬間的な柔剛の切り替えの賜物であった。
実を言うとこういった使い魔や礼装の細やかな操作術が大鳳飛鳥の本来の才能のスキルツリーである。しかし彼女は魔術師として兄を支えられるようフィールドワーカーとしての技術を望んだのだった。
「考えろ。すぐ次の攻撃が来る」
まだ軽くくらくらする頭を回して打開策を探る。一先ずは離れた場所に分散させられているフィルニースの分体を虚数空間の本体に戻して傍らに再召喚する。
「驚き、ました。せっかく分断した、のに」
「ふふ…物理的に分断したくらいで私とフィルニースの繋がりを断てると思ったら、大間違いよ!」
そう言うと飛鳥は一体、また一体とフィルニースを大量に出現させ始めた。>>470
「うわぁ、どんだけいるのアレ。ひーふーみー…うん、沢山!京介君でもあんなに出せないんじゃない?」
「大事なのは量より質だ。あれらは殆どが見かけだけのハリボテだ」
「ありゃ、そーなの?ってかさ、そのフィルニースって結局なんなの?」
京介は少し面倒そうな顔をしつつも近くにあったホワイトボードへと向かう。
「まず初めにこいつは礼装であり一種の生命体でもある。黒魔術と俺の虚数属性、そして数多の生贄の血と呪詛を掛け合わせ『生き物の命(光)を奪う呪(闇)』としての性質を与えたものだ」
「元々生贄を喰らわせることで成長する礼装だったがその礼装に“フィルニース”の名前を与えたことで自我が芽生え、喰らった生物の特徴を取り込むことで加速度的に進化していった」
「生物や進化の糧となる素材を喰らう毎に体積もまた増えていきこの実数空間に保管するのも苦労するようになった結果、本体を常に虚数空間に漂わせている。俺や飛鳥が出しているのはその一部を分体として実数空間に呼び出しているという訳だ」
「なるほどぉ…。あ!つまりあれだね、英霊の座からサーヴァントを召喚するようなものか」
「確かに、原理は似ているな」
そこまで話したところで京介はとんだ脱線をしてしまったとまた飛鳥と迅龍の戦いを見に戻って行った。>>471
かつて飛鳥は朽崎遥の元で力をつけたことで今まで抑圧されてきた反動か戦場等で手当り次第に挑みかかる、所謂調子に乗った状態になっていたことがあった(今でもたまになっては定期的に痛い目に遭っている)
ある日飛鳥は義姉である冬縁香に模擬戦を持ちかけられ手酷く負かされたことがあった。
『いい?飛鳥ちゃん。世の中私よりも強い奴だっているんだから私に勝てない飛鳥ちゃんが調子に乗ってたらいつか本当に死んじゃうわよ。魔術師が相手の土俵で戦ってどうするの。戦いってのはね、いかに自分の有利を押し付けるかなんだから』
なぎ倒されていくフィルニースのハリボテ達。その間に飛鳥は自分の周囲に少数配置したフィルニースとシャリーファを身に纏っていく。
「私の、有利。私の……私にはっ」
イメージするのは自分より優れた魔術師達。彼ら彼女らが当たり前のように行ってきたそれを強く思い描く。そして迅龍がハリボテを全て倒した先には
「頼りになる仲間が沢山いるんだから!」
黒い血液[フィルニース]でもなく白い包帯[シャリーファ]でもなく、黒い羽衣を纏った大鳳飛鳥が立っていた。>>472
ここまでです。
このスーパーモード(仮)についてはまた後ほど朽崎くんとお話するつもりです。>>472
眼前に広がる黒翼を見て迅龍はは即座に次の行動を実行する。一気に飛鳥と距離を離し、おもむろに手元から銃器を取り出した。それはH&K MP7という機関銃であり、最大40発の弾丸を乱射が可能である。。
両手のその銃からカチンッ!と弾切れの音がするまで銃弾を飛鳥に浴びせかけまくる。樹々が折れ、地面が抉れ、そして塵風が巻き上がる。が、しかし。
煙が晴れた時、大鳳飛鳥には損傷が全く無かった。黒い羽によって銃弾は止められており、彼女の肉体には届かない。
「ふっ…!どうよ!」
自慢げな飛鳥の反応を確認した迅龍は、即座に相手の有利を悟ったか、瞬時に踵を返して走りだす。
「あっ、待て!!」
だが迅龍は止まらない。慌てて追いかけてくる飛鳥を尻目に見つつ、山中の林を避けながらガンガン加速。
その途中で、懐から出した呪符を林や土地にばら蒔き、同時に縊死や溺死などの拘束系の死想人形も各所に配置する。呪符によって追跡者である飛鳥の監視や、爆発や毒によるトラップ、そして死想人形によるウザったい攻撃を行うのだ。
そうして逃げながら追撃の手筈を整え、ある程度開けた所に迅龍は到着した。そうすると迅龍は一拍おいて、更に死想人形を取り出す。
轢死、圧死、感電死に焼死、墜落死や中毒死などのより殺傷力の高い人形を、ある一点へ集中的に攻撃出来るように陣を布く。これによって、それぞれの殺傷力が更に高まる。これぞ死想魔術の奥義、『呪僵祟虐殺』である。是だけでも降参させるのに十分な威力を持っているが、迅龍は油断しない。躱された時、或いはそもそも領域に誘い込めなかった時の為、両手で剣をしっかりと握り込み、全霊の力で斬り込めるように構える。
さて、後は獲物がやってくるのを待つだけだ。>>474
「くっ、待てってば!」
迅龍を追う飛鳥は見失いはしないもののどんどん距離を離されていった。道中で足止めしてくる人形やトラップ、そもそもの速度が違うこともありとうとうフィルニースの生体感知で居場所が分かる程度になった。
「こうなったら────!」
飛鳥はシャリーファにフィルニースを染み込ませた『黒衣』を身に纏い飛躍的に身体能力を底上げする。それは飛鳥の兄京介がフィルニースを纏って身体能力を上昇させるのと同じ手法である。
「とうっ!!」
目の前の人形を一体蹴り壊し、それを足場に跳躍する。その後は要所要所で木に黒衣を巻き付けて引くことで加速し迅龍の逃げた先にくの字になるように迂回して追い掛ける。
「見つけたっ」
開けた場所で迅龍が待ち構えているのを見つけた飛鳥は再度着地し全力で地面を蹴った。その速度はともすれば京介の全速力にも匹敵し得た。>>475
「────かかった」
迅龍は突撃してくる飛鳥に対しタイミングよく『呪僵祟虐殺』を発動する。夥しい数の死が飛鳥へと迫り、そして飛鳥は────ニヤリと口角を釣り上げた。
「そう来ると思ったよ!」
飛鳥の体が空中で何かに引っ張られるようにビンッ!と止まった。事実飛鳥の背中から伸びる黒衣により急停止していた。そして飛鳥は黒衣に引かれ危険地帯から逃れつつ小さな爆弾を投げ込んだ。
それは爆発の威力よりもそれに伴う粉塵や閃光で目眩しするのが目的の爆笑だった。
「っ、無駄です。目で見ずとも、貴女の気配は逃しません」
不発に終わった呪僵祟虐殺を抜けて再び飛鳥が肉薄して来る。しかし既に構えていた迅龍の剣が飛鳥の腹部へと突き立てられた。
「しまった、急所は避けたとはいえすぐに治療を────」
「その必要は無いよ」
腹を貫かれた筈の飛鳥がそう言うと飛鳥の体が黒い液体へと変わる。>>476
「なっ!?」
「忍法身代わりの術。なんちゃって」
変化を解いたフィルニースが迅龍へとまとわりつく。大抵の生物はこうなった時点でフィルニースの餌食となるが迅龍が持つ神秘と僵尸(非生物)であることで捕食は出来なかった。
「くっ、このっ!」
「はい、そこまで」
迅龍が弾き剥がすのに手間取っていると背後から本物の飛鳥の声が聞こえてきた。同時に迅龍の首には白い包帯が巻き付けられていた。
「シャリーファの特性は対死霊特効。フィルニースが効かないってことはあなたは本物のキョンシー。でしょ?」
「拙の、負けです」
「ん、よろしい」
そう言うと飛鳥はフィルニースによる拘束を解いた。一応シャリーファの方はそのままではあるが。
「一つ、いいですか?何故最後、偽物に気付けなかったんでしょう?」
「実はね、フィルニースに私の血を少し吸わせて限りなく私に近い分体を作らせたの。長続きしない上に貧血になるから文字通り最後の切り札ってやつ」>>477
ここまでです。
流れ的にはワールドトリガーの遊真VSヴィザ翁みたいに突っ込む→ワイヤーアクションで止まる→再度突っ込む→やられるけど実は分身でしたって感じです。
フィルニースにまとわりつかれてる迅龍くんは転スラのオークロードとリムルの喰い合いみたいな感じ。
フィルニースに血を吸わせることによる変わり身の術は元になった生物、この場合飛鳥ちゃんが生きてたら一時的にしか出来ないって感じです。その上大量に血を消費するから戦闘で血を流してたら自滅も有り得る技です。「いやぁ……勝っちゃったねぇ、飛鳥ちゃん。正直、予想してなかったなぁ」
四脚の椅子に片膝を立てるという行儀の悪い座り方を始めた朽崎遥は、観測した決着の様子を見てそうつぶやいた。
「そうなのか?さっきまでの発言を思い返すと、お前は飛鳥の応援をしていたように感じたんだが。俺も飛鳥よりの立場だったから、てっきりお前と同じだと思っていたな」
彼のボヤキを聞いた大鳳京介は、意外そうに聞き返す。
「あったり前じゃん。そもそも今回は迅龍くんにある程度ボコられて、飛鳥ちゃんに自分の弱点短所その他諸々を自覚して貰おうって組んだマッチングだったんだよぉ?あの状態……と言える程ガッツリ”詰み”の状況では無かっただろうけど、勝利エンドなんて想定してないよマジで」
不満そうに体、ひいては椅子をガタガタと揺らす朽崎遥。だが浮かべている表情は笑顔のようで、若干チグハグな印象も受ける。
「はは、俺の妹を甘く見過ぎたんだろうな、アイツはしっかり強いんだぞ」
そう自慢げに語る京介は、非常に楽しそうだ。
「勿論侮ってるつもりもないんだけどさ。先生役としちゃドンドン強くなられると嬉しいような寂しいようなって気分な訳。ただ今回のマッチングに関しちゃ互いに初見殺しも多かった感じだし、コレで飛鳥ちゃんが上って判断にはならないか。というか、飛鳥ちゃんの場合、シャリーファとフィルニースが強過ぎるって部分もあるよねぇ」>>479
完全なタイマンならもっと苦戦だったろうし、とつぶやいた朽崎遥は、ため息を吐く。
「ま、コレは同時に飛鳥ちゃん自体にまだまだ鍛えるべき課題や、伸ばす余地があるって事でもあるんだけど。でもフィルニースとシャリーファって飛鳥ちゃんと分断されるのかな?どうなの、そこんトコロ」
質問に返答をしようとした京介をやっぱいいや、後で直接聞くよ。と遮り、朽崎遥は椅子から立ち上がり、部屋を出る。その勢いに押されて、椅子がグラグラと揺れ、そしてもとに戻る。
「全く、人の話を聞くんだな。というか今の、椅子が倒れてしまったら若干ダサいんじゃあないか?」
と笑いかけ、京介も部屋を出る。
「さぁてお兄ちゃん、ちょびっと叱られに行こうか。……俺も君たちみたいな、超高性能なワンオフ使い魔でも製作してみようかな。僕鴉(ヤツガレガラス)と僕狼(しもべおおかみ)じゃ雑兵ではあるし。気に入ってるけどね。その時はアドバイスとかお願い出来る?」
「そうだな。まぁ簡単な助言なら出来るかもしれないんだが、黒魔術と死霊魔術では少し性質が違っている部分もあり得そうだから、そこまで当てにされ過ぎると困ってしまうぞ」
了解了解。大丈夫だって、師匠として、弟子に負ける訳にはいかないしね。そうなのか、ただ俺はお前はしっかりと魔術講師としてはちゃんとした指導は出来ていると感じているが、と二人は軽口をたたき合って、戦場となった山に向かっていった。ペレスの続き投下します
「ランサーの真名はパラス。パラス・アテナとも呼ばれる女神アテナの友人にして訓練中の事故で実戦に出ること無く亡くなった少女戦士だよ」
「え・・・・・・!?」
ランサーのマスターによって、突如明かされたランサーの真名。
─────パラス・アテナ。
その名には覚えがある。ギリシャ神話において戦いと知恵を司る女神アテナには、少女の頃に共に競り合っていた友がいたという。
それこそがパラス・アテナ。海神ポセイドンの息子であるトリトンの娘にして、人でありながら神にも迫る強さを有していた少女だ。
逸話には諸説あるが、大まかな筋としては『少女であった女神アテナとパラス・アテナの稽古中にアテナが一撃を見舞われそうになったところを、アテナの父であるゼウスがアイギスの盾を間に差し込みパラス・アテナの一撃を防ぎ、その隙を突かれアテナに殺されてしまう』というものが主流だったはずだ。
そして女神アテナはこれを悔い、自らをパラス・アテナと名乗るようになったとも言われており、またトロイアの建設者であるイロスの祈りに応えたゼウスが守護像としてパラスの像─────パラディオンを授けたとされている。このパラディオンは都市トロイアを守る守護像として機能し、事実トロイア戦争においてはアカイア軍に属していた智将にして大英雄オデュッセウスの弄した策によって盗み出されるまでトロイアが落ちることはなかったという。>>482
(でも、いくら同盟を組んだとはいえ、どうして真名を明かしたの・・・・・・?)
聖杯戦争において真名を明かすということは、それは即ち自らのサーヴァントの弱点を明かすのと同じこと。
・・・・・・少なくとも、私はここに来るまでの間に父が渡してきてくれた聖杯戦争に関する文献や書物にはそう書かれていた。
(今のやりとりで私のことを信頼に足る相手だと認めたから・・・・・・?いえ、でも、だとしても・・・・・・それだけじゃ真名を明かす理由としては弱いはず・・・・・・)
一体、どういうつもりなんだろう?
組むメリットがないとは言わない。最優のクラスであるセイバーと手を組めば、きっと大抵の敵は倒せてしまえるだろう。それはマスターの私でさえ感じていることだ。その上、最後の一騎になるまで戦いを先送りにできるのなら、それに越したことはないだろう。
ただ、それならわざわざ真名を明かす必要はないはずだ。サーヴァントの情報は聖杯戦争において何よりも強力なワイルドカード。それを捨ててまで組むメリットが、私にはてんで思いつかない。
(でも────)
だけど、このままじゃ不公平(アンフェア)だ。
私達だけが一方的に相手の真名を知っていて、相手はこちらの真名を知らない。それじゃそもそも勝負として成り立っていない。
・・・・・・最後には命をかけて戦うことになるのだとしても、敵同士になるのだとしても、それでも、お互いの関係が対等でないのなら、それでは同盟の意味がない。
だから───────
「わ、私のセイバーの真名は、クー・フーリンですっ・・・・・・!ケルト神話、アルスター・サイクルで語られる大英雄で、ケルト神話の太陽神ルーのむす───────」
「ちょっと待てマスター。いくら向こうが真名を明かしたからって、こっちまで真名(な)を明かすことはねえだろ?」
「あっ・・・・・・!?」
私は無意識のうちにセイバーの真名を明かしてしまい、セイバーの静止が入ったことでようやく我に返った。
「ご、ごめんなさいセイバーっ!私─────」
「まあ、もう明かしちまったもんはしょうがねえとするが・・・・・・。」
セイバーがチラリとランサーのマスターを見て、私もそれに釣られてランサーのマスターを見る。>>483
「クー・フーリンって・・・・・・いや、名前は知ってるけど・・・・・・あれ?ケルト神話にルーンなんてあったっけ・・・・・・?」
真名を聞いて、何やら悩んでいる様子のランサーのマスター。セイバーはため息を吐きながら、ランサーのマスターに向けて悪態をつく。
「悪かったな、ケルトの人間がルーンを使ってよ。文句はウチの師匠に言ってくれ。」
「あ、ごめんなさい、もしかして口に出てた?」
「おう、思いっきりな。喧嘩売ってんなら喜んで買わせてもらうが?」
「や、それはナシで!それより今は他にやりたいことがあるので!」
そう言ってこほんと咳払いをするランサーのマスター。
「えっと、まずはお互いの持ってる情報を共有しようか。さっきの・・・・・・正体不明のサーヴァントについて。」
「!」
それを聞いて、少しだけ身構える。あの謎のサーヴァント・・・・・・セイバーとランサーを相手取ってなおもそこが見えなかった存在。
「・・・・・・とにかく不気味な存在でした。セイバーとランサーを相手取っているのに、全く底が見えなくて・・・・・・。」
「マスターと同感だな。あんな獣じみた奴に遅れを取るはずがないんだが・・・・・・」
「・・・・・・獣?」
セイバーの言葉に思わず反応してしまった。
だって、それはおかしい。あの謎のサーヴァントは─────ザザッ─────筋骨隆々で髭を貯えていた老兵だったはずだ。
「何だマスター?」
「セイバー、相手は獣なんかじゃなかったはずです。もっと、こう、如何にも老練した戦士といった感じの──────」>>484
「ちょっと待ってください!お二方とも一体何を見ていたのですか!相手はどう見てもまだ少年だったはずですよ!」
「え──────?」
口を挟んできたランサーの言葉に、私は言葉を失ってしまう。
・・・・・・少年?いや、性別は同じだとしても少年と老兵では見た目があまりにも違いすぎる。それを見間違えるのは、何かの要因がないとおかしいにもほどがある。
「うーん・・・・・・私が遠目に見てた限りじゃ、あれはどう見ても女性だったと思うけど・・・・・・」
「ああ?」
怪訝な声を上げるセイバー。けれど、ランサーのマスターの発言で私は確信した。
「全員、見ているものが違う・・・・・・?」
「何?」
「え・・・・・・!?」
「・・・・・・かもしれないね。」
三者三様の反応を受けつつ、私は私の頭の中で情報を整理する。
(私が見たあのサーヴァントの姿は老兵だった。でもセイバーは獣、ランサーは少年、ランサーのマスターは女性と皆、答えがバラバラ・・・・・・)
光の屈折、などでは説明がつかない。仮にあの謎のサーヴァントが万華鏡のようなものだったとしても、本質は一つのはずだ。
問題は、なぜこんなにも見ているものがバラバラなのか?
(考えられる可能性としては・・・・・・まず一つは認識阻害に関係した魔術、あるいはスキルを有していることが考えられるわよね・・・・・・)
一番最初に考えるべき可能性。認識阻害、認識改変、認識誤認・・・・・・どれでも構わないけれどともかくそういった認識に働きかける何かを持っているというのはそれほどおかしくはないだろう。
(他には・・・・・・幻術、とか?)
幻術。幻を見せる術。認識阻害などに近いかもしれないが、そこに実体が無いと仮定するのならありえない話ではない。>>485
それこそ相手が神代のサーヴァントであった場合、実体に限りなく近い幻を作り上げるなんてことが出来てもおかしくはないはずだ。
(でも──────)
三つ目の可能性を考えようとしたところで、セイバーが口を開いた。
「あー、まあ、なんだ。今日のところは一旦この辺にしとかねえか?今、うんうん頭使って考えても答えなんざ出ねえだろ。」
「まあ、一理あるね。得体の知れない相手の正体を探るなんて、無理難題にもほどがある。それこそどんな稀代の名探偵だって、証拠や情報抜きに犯人の正体に迫るのはよっぽどの因縁持ちか宿敵でもなければ不可能だろうしね。」
セイバーとランサーのマスターの言い分はもっともだ。たった一戦交えただけの、相手の核心に迫るものも決め手になるものもない状況でいくら考えたところで相手の正体に迫れるはずもない。
「で、でもそれならクラスを絞ることくらいは─────」
「出来るかもな。だが現実的じゃねえ。」
私の意見をセイバーはバッサリと否定した。
「それは、どうして?」
「まず一つは奴が得物を隠した状態で戦っていた場合だ。たとえ素手だろうが、何かの加護や魔術による付加(エンチャント)をしていた可能性は否定出来ん。何よりどのクラスだろうがそれ自体は特段不可能じゃねえってことだ。『このクラスだ!』っていう確証にはならねえ。」
「う・・・・・・」
「次にだ。まず俺達全員の見解の一致が取れてねえ。これが俺とマスターが同じ意見で、ランサーとランサーのマスターが俺達とは違う意見なら陣営感の意識の差ってことで話はつくだろうが・・・・・・俺達全員の意見がバラバラな以上、意見の擦り合わせも統一も無理だろうな。」
「・・・・・・・・・・・・」
私は閉口してしまう。それはセイバーの意見が正しいと思ってしまったからだ。
「それともう一つ。アイツの宝具、その正体が掴めねえ。これが一番の理由だな。単純な雷撃だったが、その一方であの雷撃が宝具じゃなく宝具の副次効果による攻撃だった可能性は捨てきれねえ。その場合、俺達はアイツの宝具が何であるかを誤認したまま戦うことになる。それは命取りになりかねん。それに加えて俺達は得物を晒している以上、その対策だってしてくるだろう。今のままじゃ、アイツと相対するには分が悪すぎる。」>>486
「むぅ・・・・・・。セイバーはそこまで考えていたのですか・・・・・・。」
「今の手持ちの情報から整理しただけだ。別にそんな特別なことはしてねえよランサー。」
セイバーの分析に舌を巻くランサーと、頭を掻きながら少しため息を吐くセイバー。
「それと、な。」
セイバーは私の方を見るとそのまま近づいてきた。
「え、えっと、セイバー・・・・・・?」
「よっ、と。」
「きゃっ!?」
セイバーに軽く背中を叩かれる。すると─────
「あ、え・・・・・・?」
私は少し前によろめいた後、そのまま膝から崩れ落ちてしまった。
「あ、れ・・・・・・?」
立ち上がろうと足に力を入れようとしても、全然力が入らない。まるで腰が抜けてしまったように、うまく立ち上がることが出来なかった。
「やっぱりな。さっきから何か妙だと思ったんだよ。」
「セイバー・・・・・・?」
「まあ、そんなわけだからよランサーのマスター。今回はここでお開きにしようや。それともこんな状態のマスター抱えたまんま戦いの策を練るかい?」
「んにゃ、それはやめておこう。そんな状態の女の子を一人抱えたまま戦うのはリスクが高すぎるしね。」
ランサーのマスターが私を見る。・・・・・・なんだか獲物を見つけた肉食動物のような目をしているのは気のせいだろうか・・・・・・?いや、うん。きっと気のせいだ。そう思うことにしよう。
「じゃあ明日の待ち合わせ場所でも決めておこうか。蘇芳ちゃん、どこがいいとかある?」>>487
「場所・・・・・・」
私はペレス島のことに──────この島のことに詳しくはない。せいぜいこの島に訪れた観光客程度の知識しかない。
ありきたりなランドマークにでもした方がいいのかと思いかけて、ふと頭によぎったのは──────
「教会、とか・・・・・・?」
私とそう歳の変わらないだろう監督役の少女、メイベルのことを思い出し、その彼女と出会った場所が思わず口に出ていた。
「教会?ああ、あそこの教会か。いいよ、そこでも。私としても一度挨拶しておきたかったからね。」
「話はまとまったみてえだな?」
「あ、でも、まだ時間を──────」
「お昼くらいでいいよ蘇芳ちゃん。その時間に来てくれたら、私も多分いるだろうし。」
「え、ええと・・・・・・」
話はあれよあれよと進んでいき、セイバーが私をお姫様抱っこで抱き抱える。
「わ、わわっ!?」
「んじゃ、明日はそこに集合ってことで。」
「オーケー。それじゃあね蘇芳ちゃん、また明日教会で会おう!」
「え、いや、あの、他にあるならそこでもぉぉぉぉぉ───────!?」
夜闇に飛び上がったセイバーによって、私の言葉は情けない絶叫となって夜に溶けていった。>>488
どれくらい経っただろうか。もう廃工場は遥か彼方だ。セイバーもさっきの戦いで疲れているだろうに、顔色一つ変えずに夜の街の近くまで移動していた。
「セ、セイバー・・・・・・!も、もう、大丈夫だから・・・・・・!」
「そうか?」
「ほ、本当に大丈夫よ!だから、その・・・・・・」
こうされるのは三回目になるけれど、それでもやっぱり気恥ずかしさは消えない。それ以上に、セイバーに・・・・・・クー・フーリンにこんなことをさせているという事実が何よりも恐ろしいと思ってしまう。
大英雄にこんなことをさせている、なんて他の人に知られたらどう思われるのだろうか・・・・・・?
「んじゃ、次で下ろすわ。ちゃんと掴まってろよ?」
「え、ええ・・・・・・」
セイバーは目前の樹の枝を蹴ると、そのまま地面に着地し、私を下ろした。
「立てるか?」
「だ、大丈─────あ、と・・・・・・!?」
私は何とか地面に立とうとするけれど、まだ足に力が入らないのか、少しよろめいてしまう。
「っと。やっぱり大丈夫じゃねえじゃねえか。」
「で、でも、いつまでもセイバーに、その、抱えられるわけには・・・・・・」
と、すぐ近くのブランドファッション店が目に入った。
「ちょ、ちょっと待っててセイバー!」
「あ、おい!」>>489
私はセイバーの静止を無視して、ファッション店の中に入る。
そこでセイバーが着れそうなものを手早く見繕い、カードで会計を済ませ、セイバーの元に戻る。
「・・・・・・何だ?その袋。」
「え、えっと・・・・・・その、いつまでもその格好だと、日中とか不便でしょう?だから、その、日中でも着れる服を買ってきたのだけど・・・・・・」
「まあ、マスターが着ろって言うなら着させてもらうわ。袋をよこしな。」
セイバーは私の手から袋を取ると、そのまま服を──────
「セ、セセ、セイバー!着替えるならあそこの影でして!」
「ん?別にここだっていいだろ?」
「それはそうなんだけど・・・・・・!でも、それはそれ!ちゃんと着替えるならあっちの影で!」
「へいへい、分かりましたよ。」
セイバーは木陰に行くとそこで服を霊体化させて、袋の中の服を取り出して着替え始める。
私はその方を見ないように顔を背ける。
いえ、その、見たいか見たくないかと言われると、その、こんな機会なかなかないわけで見たいのはやまやまなのだけど、でもそれはそれとしてクー・フーリンの裸を見るなんて恐れ多いというか、いきなり裸を見るのは色んな意味で刺激が強すぎると言いますか───────
「おう、マスター終わったぞ。」
セイバーの声が聞こえ、私はセイバーの方を向く。
そこには白シャツと紺色のスキニージーンズという、カジュアルファッションに身を包んだセイバーが立っていた。>>490
服を選んだ時からそんな予感はあったけれど、やっぱり絵になるというか、映えるというか・・・・・・シンプルな服装でこそあるけれどセイバーの長身にはそれがとても似合っていると思う。
似合っているが故に、私もつい、そんなセイバーに見惚れてしまった。
「おい、マスター?」
「あ・・・・・・ご、ごめんなさい!なんでもないわ!その、ついセイバーが素敵で見惚れちゃっただけというか・・・・・・!」
「こんな服装のやつ、そこら辺にたくさんいるだろ?俺なんか普通じゃねえの?」
「そ、それはそうなんだけど!セイバーだからこそいいというか!えっと、その、とにかくセイバーだからいいの!」
「お、おう・・・・・・?」
私の捲し立てるような言葉にどこか気圧されたような声を上げるセイバー。
「あ、と、ととっ・・・・・・!?」
一方の私は今ので力を使い果たしたのか、その場に再びへたり込んでしまう。
「ったく・・・・・・やっぱりまだ大丈夫じゃねえじゃねえか。ほら、もっかい抱えてやっから──────」
「せ、せめて、その格好ならおんぶにしてくださいっ!あの、その、そ、そうじゃないと、さ、さすがに恥ずかしいです・・・・・・!」
再び私を抱え上げようとするセイバーを静止しつつ、別のやり方を提案する。・・・・・・いやまあ、対外的にはどちらも大差ないような気はするけども。>>491
「分かったよ。ほら、背中貸してやっから乗っかれマスター。」
「え、ええ・・・・・・」
セイバーの言葉に従い、私はセイバーの背中におぶさる。
「んじゃ、行くぞ?せーのっ、と。」
セイバーは私を背負い立ち上がる。
「セ、セイバー・・・・・・重くないかしら・・・・・・?」
「さっきも言ったろ?軽すぎるくらいだってな。それより、これからどこに行きゃいいんだ?」
「えっと、私がチェックインしているホテルがあるから、そこに──────」
私は、口頭でセイバーにここからホテルまでの道のりを説明する。
「んじゃま、行きますか。」
セイバーがホテルに向けて歩いていく。
その途中、私はセイバーの大きな背中に体を預けていると、少しだけ強い眠気が襲ってきた。
(なんだか・・・・・・ちょっと、眠くなってきた、かも・・・・・・)
目蓋が重くのしかかってくる。あれほどの激戦があったのだ、あれだけ気丈に振る舞っていようと人の身である以上は知らない疲れが溜まっていたのかもしれない。
とてもではないけれど、そんないつもなら耐えられるような睡魔に、私は負けてしまうことにした。
(ちょっとくらい・・・・・・寝ても・・・・・・いい、よね・・・・・・?)
目蓋を閉じる。その瞬間、私は意識を手放した。
深い、深い、眠りの底に落ちていく。>>492
「─────ター?─────ス──────」
セイバーの声も遠くなっていく。
何かを言っているのは分かるけれど、今の私にそれを聞き取るだけの力は残っていない。
きっと後でセイバーに怒られてしまうだろうけれど、でも今は自分の体を休めることが先決だ。
「・・・・・・すぅ・・・・・・すぅ・・・・・・」
私は深い眠りの底に落ちていく。
とても頼りになる───────とても強くて、安心出来て、自分の身を任せられる・・・・・・そんな人がいることにどこか安堵しながら。
私は、眠りの世界へと誘われた。──『応じねば、皆死ぬぞ』
広域に伝播した念話。それはアサシンのサーヴァントによるものだ。傲岸な声音は、下級悪魔も鼻白むほどの邪悪さを夏美は感じた。
バーサーカーに続いて二騎目の暴走。自然の猛威の化身であるバーサーカーとは異なり、今回は明確な意思にもとづくアサシンの行動。
夏美は感情のドアに忍耐という錠をかけていたのだが、このとき、その錠があやうくはじけてとびそうになった。灼熱した毒舌の熔岩をまさに吐き掛けようとしたとき、彼女より遥かに冷静な声が救いを差し伸べた。
「とんだおどけ者がいたものだな。今はあいつをどうにかすること先に考えよう」
ライダーの手の大きさ、重さが夏美に冷静さを取り戻させまる。
夏美とライダーはバイクで二階堂態に向かった。魔術によって幾重にも防衛の備えをしているのが魔術師だ。しかし、ライダーは持ち前の強弓を取り出して放たれた矢によって魔術師が魔導の粋を集めて作り上げた工房を完膚なきまで破壊していた。
「ちょっと、どーすんのこれ……」
「ガス管が割れていて、そこにネズミが配線を嚙んだことでショートして引火。そして爆発。不幸な事故だった」
「事後処理とか大変なんだけど……。教会からお小言貰うのはあたしなんですけど?」>>494
人除けの魔術を辺りに使いながら呆れる夏美に、悪びれることもなくライダーは嘘の筋書きを話した。
夏美たちは居間に憔悴している二階堂当主を見つけた。グラスにはウィスキーを注いでいた。テーブルには酒瓶が何本か並んでおり、さらには魔術儀礼用の杖にもなるアゾット剣が置かれていた。
酒精に半ば以上支配された瞳が、突然の来訪者を眺めやった。放心した表情は夏美の記憶にある当主以上に老いて見えた。
魔術師であるにもかかわらず、サーヴァントを従えた魔術師を相手にしてもグラスの中身を飲み干す以外の行動をしない、というのは異常事態と言えた。
「蒲池の小娘か、要件はアサシンだな」
「そうよ、あたしが要求することは、わかっていますよね」
「サーヴァントも傍に置かずに、シングルモルトを飲むんでいるとはどういうつもりだ」
不審さを面頬の内に隠して、ライダーは当主を問い質す。
彼らとしては、当主やアサシンのマスターである夢莉はアサシンのもとにいるだろうと考えていて、この屋敷にいるかは確認の意味のほうが大きかった。
当主の瞳は、なお暗かったが、酒精分の瘴気は僅かに減少していった。彼は何が起きたのかを話し始めた。全ての話を訊き終えてから夏美は表情を険しくした。
「夢莉ちゃんは令呪を奪われ、既に海外へ行っちゃってる……。アサシンは完全に制御下から外れて暴走しているね。なんてことを……」
白珠(はくじゅ)のような歯が端麗な唇を噛み締めるありさまを、ライダーは視界に映した。>>495
「それで、御老人はどうするつもりだ?」
マスターに代わってライダーが当主に訊いた。夏美が自分の激情を律するのに暫く時間を要すると判断したからだ。
「……少しだけ時間をもらう」
老当主の視線の先にはアゾット剣があった。刀身が照明を不気味に反射する。
「自殺はいけません。二階堂さん」
夏美が形の良い手でアゾット剣を拾い上げた様子を見て、老当主はゆっくりと首を振った。その動作には蓄積された疲労の翳りがあった。
「サーヴァントの暴走を止められず、マスターも聖杯戦争から降りた以上、生きていても詮無い事だ。そう思わんかね、君は?」
「あなたには生きてこそ責任をとっていただかなければなりません」
アゾット剣をしまった夏美は、今までの鋭さを消した表情で説いた。>>496
「この失態に対して、この無能者に死ぬ以外に責任をとるみちがあると君は言うのかね?」
「自殺はこの際は一族の方々に対する責任をとることにしかなりません。私が問題にしているのは、アサシンが討伐された後、私たちや監督役に対しての責任の取り方です」
その言葉は、あきらかに労当主の意表をつき、初めて彼の視線が非礼な侵入者に向けられた。
「私がこれから申し上げることは、とても酷いお願いです」
夏美はそう前置きして、彼女は説明をはじめた。アサシンが討伐されたとして今回の件は、神秘の漏洩判定を下されば二階堂一門にも責任は追及され裁かれることも起こり得る。そのとき、当主がすでにこの世になければ、その下で動いていた者に──この場合は夢莉が濃厚か──生贄の羊(スケープゴート)として供されるであろう……。
そこまで聞いたとき、老当主の両眼に理解の色が浮かび、幾分か退廃的な雰囲気が薄らいだ。
「なるほど、わかった。わしはまだ、この老体を残しておかねばなんというわけだな」
夏美は、鄭重に一礼した。>>497
「話はまとまったようですね」
オペラ歌手なみの低い声が入口から届く。私室に入ってきたのは神父服の監督官──食満四郎助だった。
強面で神父服よりも軍服が似合いそうな偉丈夫は老当主の身柄を預かることを告げた。老当主もそれに応じる。
「人が悪いなぁ、こっそり聞いていたんですか?」
「すみません、ちょっとタイミングを計りかねたので……」
「ライダーは気づいてたの?」
「当然」
ライダーは何でもないかのように、肩をすくめてみせた。食満は気配を消して潜んではいたのだが、やはりサーヴァントにはお見通しだったらしい。敵意なしと見逃されたのか、あるいは敵手足りえないと無視されたのか……。
「夢莉さんのほうは人をやります。……まずはお話を訊くだけですよ」
表情に出たのかと思い、夏美は照れ隠しに咳払いする。
「わかりました。監督役にお任せします」
「獅音、彼をお連れして」
自分が連れた青年に食満が呼びかけると、赤髪のスポーツ刈りをした不良っぽい青年が返事をして老当主のもとへ近づいた。◇◆◇
魔神柱と呼ばれる高次元生命体が蠢く、枝木が重なって鳥の巣のような形状となった大樹の鳥かごのごとき領域。現世に現れた魔界。
この神殿そのものを形成する魔神柱が蠢き、魔力光を放たれる。マスターのもとから離れ、ついに念願の敵手との戦いに身を投じたライダーは、正面から殺到する魔力光の集中豪雨にさらされた。立て続けに爆発が生じ、打ち砕かれた遺物や大地は魔力の河にたたきこまれ下流へと流されていく。
だが、ライダーは猛打にたえて踏みとどまる。宝具『銅頭鉄額・蚩尤之膚(どうとうてつがく・しゆうのはだえ)』によって痛痒(ダメージ)はなく屹立する。神殿の主たる女王を見据えて吼える。
「美貌は、隠すものではないだろう!?」
光条に槍で強烈な斬撃を浴びせかけた。光条と白刃が衝突し、めくるめく光彩の渦が沸き起こっては砕け散る。槍を弓に持ち替えて瞬きよりも速く射ち出された数多の矢が魔神柱を貫き、乱射される魔力光が四方八方に乱打する。
崩れかかる魔神柱に、ライダーは容赦なく襲いかかり、草でも刈るおうに討ち倒した。霊基が破砕した閃光は、最初は火球の群れのように見えたが、爆発四散し、大炎上し、光芒の渦のなかへ沈みこみ、残光は新たな爆発光によってたちまちかき消えてゆく。
極東の豪傑が美しい首級を求めて進撃を続ける。「………終わり、ね」
霊核(しんぞう)を貫いてはいないが、腹に大穴を空けた。アレは死ぬ。もうじき死ぬ。ならば、これ以上私がすることは何もない。アレも戦士であるのなら、死に際に醜く足掻くことはしないだろうから。
「ランサー、霊体化を。最期のひと時に部外者は要らないわ」
ランサーも人外ゆえに武人の心を知りはしないが、風流や場の流れを知らないわけではない。その命に従い、流し目をアサシンに贈った後に消えるのも当たり前のことである。
「さ、私はもう何も邪魔しないから。さっさと走って自分のサーヴァントのところに行きなさい。……サーヴァントを使い魔と割り切れてない貴方なら、最期の最期ぐらいは話しておきたいでしょう」糸の操作をやめ、サーヴァントたちが戦っていた場所を指し示す。私はもう何もしない。このショーは、彼らの語らいで終わらせるべきだ。
「それと最後に名刺を渡しておくわ。貴方のその眼、あまりに困った物なら私に相談してみることね。これでも人体工学の優れた一族なの」
しっかりと場を整えた洋館を出るのは些か惜しいが、あれはもう私たちが居るべき場所ではないから。
……最後に一つ、こちらを眺めている中継の使い魔に一礼をしたのならば、それで全ては終わりである。
「ご静聴いただき、ありがとうございました」完敗だ。
足元にも及ばなかったというのはこういう感じなのか。
殺さずに無力化するのは技量差が無いと難しいと聞いた事が有るけど、後に残るような傷すらなく倒されるというのはどれくらいかけ離れていた相手だったのやら……。
「うぐっ……マスター、起きてるか……」
アサシンの声がする。
さっさと走ってとは言われたが、魔力と体力を使い果たした状態では流石に立つことも厳しい。
それでもどうにか上半身を起こした所で再びアサシンの声が聞こえる。
「そのままで良いから、聞いてくれ……」
これが最期の機会だ。
此方から言いたい事も有るけど、アサシンの方が優先だ。
一言足りとも聞き逃すまいと意識を集中させる。「確かに俺達は負けた。だが、戦である以上はしょうがない事だ。色々と不運が重なったが、クルクシェートラみたいな泥沼にはならず一人のクシャトリヤとして戦えたし、俺としては納得してる」
自分の弱さを謝ろうかと思ってたけど、そんな必要は無かったらしい。
むしろ、ここで謝ったら逆に失礼だろう。
「マスター、お前は生きてるし、まだ若い……切羽詰まった問題を抱えてる訳でも無いし、次のチャンスだって有るだろう。今回負けた位で気にするなよ」
そう言ってアサシンは消えていき、程無くして俺も眠りに落ちた。そして、翌朝。
敗退した俺は、運営の用意した部屋で目を覚ました。
ビジネスホテルを借り上げたらしい一室には白米、焼いた魚の干物、漬物といった朝食が用意されており、寝ていて夕食を食べれなかったのもあって早速平らげた。
そして、昨日渡された名刺を取り出す。
「人体工学……かあ……」
魔眼に悩みを抱えてる事を見抜かれるとは、まるで刑事ドラマの主人公を相手にしてたみたいだ。
けど、これは次のチャンスかもしれない。
俺も時計塔に居る友達も魔術師としては新参者で、これまでずっとこの魔眼をどうにかする有力な手掛かりを手に入れる事は出来なかった。
魔術における人体工学がどのようなものかも解らない……けど、あれだけの魔術師なら何かを見つけるのかもしれない。
勿論、罠の可能性もゼロではないけど……そこまで悪い人間では無いように思えた。
「考えて、みるか……」以上、第■回の更新でした。
気が付いたら翌朝まで書いてた。ジャスミンvs凌牙 プロローグ side凌牙
秘海集積船の内部に存在する学舎。
そこでは日々、生徒達が魔術等に関する勉強と研鑽を行っていた。
しかし、今日は勉強をする者は存在しない。
何故なら—
「学園最強にー、なりたいかァァァァ!!」
『ウオオオォォォ!!!』
「よーし、じゃあ今から20××年第一回秘海集積船魔術決戦トーナメントー、始めるぞォォォォ!!」
マレオが天に響く程の叫びを上げ、生徒達が一斉に呼応する。
そう、今日は学園の恒例行事、魔術戦闘トーナメント大会の日であったのだ。
魔術の研鑽には、無論実践が必要不可欠である。
そして、実践する為にはやはり対人戦こそ最短にして最善だという提案によって、半年に一度のペースで魔術トーナメントを行なっているのであった。
マレオが校長先生の言葉ならぬ海神の言葉のタイミングで急に自作ラップを歌い出しているのを、職員席から教師達が苦笑しながら見ている。>>506
「おーおー、今回もけったいな事しよってからに」
「あんな感じのを50年位ずっと被らずにやってんだぜアイツ…ネタが尽きねえらしい。」
「ほぉん…それで毎年おもろいんやからやっぱマレ坊は芸人のセンスあるって事やな…」
「既に芸人みたいな事しまくってるだろうがアイツは…」
「せやな…」
レリックと剛、中々ダンディな二人の職員が開会式を見ながら水を飲む。普段は少しアウトローな真似をする剛を真面目にキレながら追いかけるレリックという構図でいがみあっている二人だが、なんだかんだで互いに尊敬し合っており、仲の良い関係なのであった。
「…にしても初戦からアイツと当たるなんて、巽会の最終兵器も中々運が悪い事だよな」
「おん?」
トーナメント表を見ながらレリックが呟き、剛が噛み付いた。
「まあどっちも優勝候補だ、中々面白い試合にゃなるんじゃねえか?」
「…甘いのうレリック。」
「あ?」
「…ま、今に見とき。試合始まったら教えたるわい。」
巽会として、あらゆる学園の不良を纏め上げている剛は、自信満々そうな顔でレリックにドヤ顔をした。レリックは怪訝そうな顔で剛を睨むが、開会式終了のアナウンスが響き、持ち場に向かう剛に渋々着いていった。>>507
剛は、トーナメント表の対戦カードに目を通す。
そこには、1回戦 第1試合 ジャスミン・アドレーヌvs砕城凌牙、と書かれていた。
——
控室にて、激しい打撃音が響き渡る。
「ふッ…はァッッ!!」
渾身のストレートを砂袋のサンドバッグにブチ当てる。ミシッという音を立て、周囲に砂が爆破の様に飛び散った。
(…一瞬力を入れるのが遅かったな。)
会心の一撃、とは言い難い。
この程度じゃ恐らく奴は倒せねえだろう。身体を震わせながら、凌牙は考えた。
その時、ドアを開ける音が聞こえた。見ると、陽気そうな壮年のオッサン、そう、凌牙の数少ない完全に心を開ける兄貴分、いや、親父分だろうか?とりあえず、巽剛がいた。
「…おう、凌!!様子見に来たで!!」
「…兄貴。」
「何や、緊張しとるんか?震えとんで?」
巽の兄貴が凌牙に問い掛ける。
「…いや、別に緊張してねえさ。」
凌牙の声のトーンが、少しだけ小さくなる。
「ただ、相手が相手だからな…」
聖杯大会本戦統合スレNO.5
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