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「身嗜みはこれでいいわよね……。」
姿見の前で、白のペプラムトップスと青のロングスカートを着た自分を見てぽつりと呟く。服に目立った皺などもないし、問題はないと思う。
……どういうわけか、へその下に令呪が現れた手前、それを隠すための服装にはなってしまうのだけど。
「準備もこのくらいで大丈夫かしら……?」
他に何か持っていく物はないか自室を見回す。海外へのパスポートはペレス島で行われる聖杯戦争への参戦が決まったその日のうちに申請して、一昨日受け取り今は麦わら帽子と共に机の上に置いてある。ペレス島へは船を使わないと行けないため、その近くまでの空港のチケットとペレス島へ向かうための船のチケットもショルダーバッグの中に入っている。ホテルも既に父が手配してくれているので問題はないだろう。残っている魔術道具や魔導書も、今回の聖杯戦争で使うのには嵩張るため置いていくことにした。
あと必要なものと言えば英霊……サーヴァントを呼ぶための触媒くらいのものなのだけど─────
トントン、とドアをノックする音が聞こえる。
「はい?」
ドアを開けると、うちで働いている家政婦『宮友』さんが立っていた。
「おはようございます、お嬢様。」
そう言ってロングスカートの端を摘み恭しく礼をしてくる。
「も、もう……私の方が一回りも年下なんですから、そのようになさるのはやめてください、宮友さん。」
「いえ、そういうわけにも参りません。確かに年齢で言えば私の方が上でございますが、立場は違います。私は旦那様に雇用された一労働者、そしてお嬢様は私から見れば雇用主である旦那様の愛娘でございます。そんな方に対して礼節を欠けば、私は旦那様に仕事を辞めさせられてしまうでしょう。」
凛とした顔立ちの家政婦である宮友さんが表情を崩さぬまま、淡々とありのままの事実を語る。そして咳払いを一つし、用件を告げる。
「こほん。それよりもお嬢様────旦那様が書斎にてお待ちでいらっしゃいます。」
「お父様が……」
「事の仔細に関しまして、私は何も仰せつかっておりません。恐らく、お嬢様とお二人で話したいことなのでしょう。」
「そう、ですか……。」
恐らくはサーヴァントを召喚するための触媒のことと……聖杯戦争へ赴くための心構えあるいは薫陶を授ける、といったところだろうか。「お嬢様。出立のお荷物は出来ていらっしゃいますか?」
「え、ええ……。あとはパスポートを持てば終わりですけれど……。」
「ではお荷物の方は先に下に下ろしておきましょう。里道さん、すみませんがお嬢様のお荷物を運んでくださいますか?」
宮友さんが近くにいた初老の男性─────里道さんに声を掛ける。
「ええ、分かりました宮友さん。蘇芳お嬢様、お荷物はどちらに?」
「あ……待ってください、今、持って参りますから。」
一度部屋の中へ引っこみ、机の上のパスポートをショルダーバッグの中に入れて、麦わら帽子と大きめのキャリーバッグと共に部屋の外まで持っていく。
「すみません、お待たせしました。」
「いえいえ待ってなどおりませんよ。では、お荷物は車の方に運んでおきます。」
「はい、よろしくお願い致します。」
「そちらのショルダーバッグは如何なさいますか?」
「これは……お父様から何かいただくかもしれませんので、私が持っています。」
「かしこまりました。」
里道さんが礼をして荷物を抱え、宮友さんが立っているところとは逆方向に向かう。
「では参りましょうか。」
「……ええ。」
宮友さんが先導する形で前へ行き、私はその後ろをついて行く。
しばらくして父の書斎の前で宮友さんが足を止めて立ち止まる。私も彼女に倣い足を止めて立ち止まる。
宮友さんが父の書斎のドアを、トントントン、とノックする。「旦那様、お嬢様をお連れいたしました。」
「中に入れてやってくれ。」
「かしこまりました。……お嬢様、中へお入りください。」
そう言って宮友さんは書斎のドアを開け、私に中へ入るようにと誘導する。……そんなことをしなくても逃げることなんてできはしないのに。
開けられた書斎のドアの前に立ち、父に向かって一礼する。
「おはようございます、お父様。」
「おはよう、蘇芳。そんなところに立っていないで早く中に入りなさい。」
「……はい。」
「静音は外で待っているように。くれぐれも聞き耳なぞ立ててくれるなよ?」
「承知しております。」
宮友さんが書斎のドアを閉める。もうこの場には私とお父様の二人しかいない。
「さて……。お前を呼んだのは他でもない、今回の聖杯戦争についてだ。」
場の空気に緊張感が満ちる。
「お前にも概要は説明したと思うが……覚えている範囲で構わないから私に説明してみなさい。」
「はい、お父様───────」
息を、すう……はあ、と整え、記憶にある聖杯戦争開催の経緯を引き出し頭の中で簡略にまとめ、声に出す。
「……まず、事の発端は地中海に地殻変動の影響で浮上してきた『ペレグリヌスベース』───以降は『ペレス島』と呼称させていただきますが───の中核部分にて、聖堂教会が願望機相当の魔力反応を検知し、それを『聖杯』と認定したことが始まりです。」
目線で、父の様子を伺う。
「……続けなさい。」
「……はい。教会はまず第一にそれを確保、次いでペレス島そのものも手中に収めようとしましたが……ペレス島からは現代において貴重とされる鉱石資源が産出されるため、周辺諸国から多くの抗議が寄せられ、静謐を主とする教会は抗議を受け表層地帯……現在のペレス島における居住区や観光地などがあるエリアを開放しました。」もう一度だけ息を、すう……はあ、と整える。
「しかし最近になって教会より『ペレス島にある願望機を優勝商品とした戦いを夏に行う。』というメッセージが魔術協会、及び魔術協会に関連する組織の上層部に密かに届きました。お父様はその情報を手に入れ、私の聖杯戦争への参加を取り付けた──────」
「結構。それだけ覚えているのなら改めて説明する必要は無いな。さすがは才能ある『黒鳥家』の後継者だ。」
「……っ、ありがとう、ございます……。」
嗚咽が漏れてしまわぬよう、下唇を強く噛み締める。父にバレてはいけない。もし私が兄にされている仕打ちを知ったのなら─────兄がどうなるかなんて明白だから。
「だが、所詮は教会が流した情報だ。必ずしも届いたメッセージに書かれていることが真実であるとは限らない。そも"願望機"とは言っているが……それが真であるかどうかなど、こちらでは判断のしようがことだ。」
「……そうですね。」
「故にこそ、注意は払わねばならん。お前に求めることは、ただ一つだ。」
父がこほんと咳払いをする。
「─────何をしてでも生き残れ。それが私がお前に求めることだ。」
「えっ……?」
思わず素っ頓狂な声が出る。生き残れ?聖杯戦争で優勝しろ、ではなく?
「たとえ無様を晒しても、生き恥を晒してもかまわん。私達にとって『お前は』大切な後継者だ。後の代のためにも、お前を失うわけにはいかんのだ。かのエルメロイ家のような惨状になるのは御免だからな。」
「…………はい、分かりました。」
まるで『お前の兄はそうではない』────そう言い切っているも同然ではないかと思ったが、口には出さない。「差し当たって、お前に渡すものがある。」
そう言って、父は書斎にある机の二番目の引き出しからトネリコの木で作られた木箱を取り出し、私の前に持ってくる。
「……?あの、それは一体──────」
「今回の聖杯戦争のために大金を叩いて購入したある英雄にまつわる触媒だ。お前なら見ただけでそれが何であるか分かるだろう。」
父がトネリコの木箱の蓋を取る。
そこにあったのは、黄金色の捻じ曲がった刀身。
「……っ!?これは、まさか──────」
「お前が思った通りの英雄だよ。そしてこの戦いにおいては、お前を守る剣となり盾となるだろう。」
父が蓋を閉じ、私の手に木箱を持たせる。
「飛行機の時間も近い、そろそろ出立しなさい。」
父が書斎のドアを引き、外で待機していた宮友さんに声をかける。
「静音。蘇芳を車まで連れていってやってくれ。」
「かしこまりました。」
「私も愛娘の出立を見送りたいから、同行させてもらうが……かまわないね?」
「はい、旦那様の仰せのとおりに。」
では参りましょうか─────宮友さんが先行し、その後に父、さらにその後に私が続く。
玄関を出ると黒のリムジンと共に里道さんが待っていた。
「お待ちしておりました。出立の準備は出来ております。いつでもご出発出来ますよ。」
「ああ。……蘇芳、乗りなさい。」
「……はい。」私が前に出ると、里道さんがリムジンの後部座席のドアを開ける。
「よろしくお願いします、里道さん。」
そう里道さんに言って会釈をし、リムジンに乗り込む。私が乗り込んだのを確認してから里道さんがドアを閉める。
「では、里道さん。くれぐれも蘇芳に怪我のないよう頼むよ。」
「心得ております。蘇芳お嬢様に万が一のことなど起こしませんとも。」
昔からの付き合いである父と里道さんのやりとりの後、里道さんが運転席に乗り込みシートベルトを締める。私も後部座席ではあるが、近年の法改正のことを覚えているのでシートベルトを締める。
「では、出発致します。お忘れ物などはございませんね?」
「……ええ。出発してください、里道さん。」
「かしこまりました。」
里道さんがクラクションを軽く鳴らし、シフトレバーを入れ、アクセルを踏み込む。
ゆっくりとリムジンが前進していく。
ふと後ろを振り向くと、そこには深々と礼をする宮友さんと手を後ろ手に組み私を見送る父の姿があった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「………………………」
「………………………」
重い沈黙が空気を支配する車内。
沈黙の主たる原因は私だ。何度か里道さんに話しかけられても「はい」だとか「ええ」だとか、そんな風に返してしまうから会話が途切れて後に続かない。里道さんの振ってくれるお話はどれも他愛のない世間話程度のことばかりなのに、だ。
それゆえに、空港まで続いている高速道路に入ってからはてんで会話は無くなっていた。「はあ……。」
ため息を吐く。里道さんに対してではない。何を話せばいいのか分からない、会話を続けられない、そんな弱虫で情けない自分自身に嫌気が差して。
「蘇芳お嬢様。」
そんな空港に続く高速道路に入ってから、初めて里道さんに話しかけられる。
「……なんでしょうか?」
「蘇芳お嬢様は旦那様……お父上のことはお嫌いですか?」
「えっ───?」
そんなことを言われて私は即座に返答できなかった。
「ご安心ください。ここでの会話は旦那様には内密に致しますので。」
「そう言われましても……。」
私は答えに窮してしまった。
父のことを嫌いであるはずがない。魔術師としても、一人の父親としても、尊敬に値する人物だと私は思う。
けれど、それでも答えに窮したのはひとえに兄のことがあるからだろう。
私が兄よりも優れた魔術師としての才を見せたあの日から、父にとって……いや、父母にとって兄はどうでもいい存在になったのだ。そうなる前は私がそうだった。幼くしてバイオリンのコンクールで賞を取った時も人前でこそ褒めはすれど、人前でなくなればそんなことはどうでもいいと言わんばかりに無視をした。兄や里道さんや宮友さんに褒められて嬉しかったが、だけどそのことをいの一番に褒めて欲しかったのはやはり他ならぬ父母なのだ。
だから父母の興味を惹くために、当時どういうものなのかも、何に使うものなのかも分からない魔術器具に手を出して、なんとか完成させてみたのだ。……それが結果として兄との関係に軋轢を生むことになったのだけど。
「蘇芳お嬢様。」
思考の渦に飲まれかけていた私を、里道さんが優しい声音が正気に戻した。
「……何かしら?」
「お優しい蘇芳お嬢様のことです。きっとお父上のことは好きでも、兄上である千寿様のことで素直に好きだと言えないのではありませんか?」
「────っ。」当たりだった。いや、きっと私が分かりやすいだけなのだろう。
「私はそれでも良いと思いますよ。」
「そう、でしょうか……?」
「人の評価というのは時が経てば変わるもの。子供の時には輝いて見えていたものが、大人になればどこにでもある普通のものに見えてしまう。逆もまた然りです。」
「……私には、よく分かりません。」
手を膝の上で小さく握り締める。里道さんが、ははは、と笑う。気が付くと空港はもう目と鼻の先だった。
「蘇芳お嬢様にも、いつか分かる日が来ますよ。」
里道さんは穏やかな笑みを浮かべて、そう言う。
「…………はい。」
私は、一体どんな表情(かお)でその言葉に答えのだろうか?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
空港にて里道さんに「では、お気を付けていってらっしゃいませ。」と見送られ、空港の国際線ターミナルから出立した。一度フランスで飛行機を乗り継ぎギリシャからバスでペレス島行きの船が出ている港へ向かい船に揺られ、日本からかれこれ半日以上。
「はあっ……疲れた……。」
ようやくペレス島に到着した。時差ボケによる倦怠感はあるものの、動けないほど酷くはない。空を見ると既に夕焼けが差し込みつつあった。
「先に監督役の方に挨拶しないといけないわね……。」
夜になって訪れても迷惑だろうし、早めに済ませてしまおう。
「とりあえずは市街地ね。ホテルもそこにあるのだし、監督役に挨拶してからチェックインしても問題はないはず。」もしかしたら晩ご飯を食べ損ねるかもしれない、とも思ったが普段からあまり多く食べるというわけでもない。一食程度抜いても問題ないかもしれないわね。
そんなことを考えながら市街地行きのバスに乗りこむ。船に乗っている時も味わったが、日本とはまた違った潮風とその匂いはここが日本から遠く離れた異国の地であることを実感させる。
「まもなく"市街地・教会前"です。お降りの方は─────」
バスの硬貨口に空港で両替した小銭を入れ、バスを降りる。
目の前にあったのは、およそギリシャの市街地の雰囲気にそぐわない厳かな礼拝堂。色こそ白色であるものの、外見は明らかにギリシャ正教会のものではなく彼らの本山─────聖堂教会でよく見られるものだ。
ドアの取手を掴み、トントン、トントン、と四回ノックする。
「はーい、少々お待ちくださいねー。」
建物の内部から若い女性の声が聞こえてくる。声の感じからして、私とそう年は変わらない……ように思う。
「すみません、お待たせしましたー……って、あら?あなたは──────」
出てきたのは年若い……というより明らかに私より年下の少女だった。見た目から考えるのならば、ここに勤めているシスター、だろうか?
ともかく、挨拶をしないのは失礼だろう。
「お初にお目にかかります。私は黒鳥蘇芳というものです。魔術協会より今回の聖杯戦争のために遣わされました。今日は監督役の方にご挨拶に参りました。」
深々と頭を下げる。すると嬉しそうな声が聞こえ、右手を上げさせられ小さな両手で包まれてしまう。
「まあ!あなたがそうなのね!会えて嬉しいわ!」
「は、はあ……。」
確かに同年代ではあるのだし、喜ぶのは納得できる。とはいえ目の前の少女が監督役だとは、とてもではないが思えなかった。
「あの、失礼とは存じますが、監督役の方はどちらにいらっしゃいますか?」
「はい?監督役は私ですが?」
「え?」「え?」
思わずお互いに聞き直す。……そんな馬鹿な。目の前にいる少女が、この聖杯戦争の監督役、だって言うの?「あのー……失礼ですが、もしかして私のこと聞いていなかったりします?」
「え、ええ……。私は父を経由して今回のお話をいただきましたので……。」
「あー……まあ、そうですよねー。私みたいな小娘が監督役とか、普通は思いませんものねー……。」
ずーん、と目の前の少女が暗くなる。
「す、すみません……お気を悪くさせてしまって……。」
「あー、いえいえ、仕方のないことですよ。私だってこんな小娘が監督役だ、なんて言われたらビックリしますもの。」
あはは、と快活に笑ってみせる少女。
「こほん。では私も自己紹介をば。私はメイベル・B(ブルトン)・クラークと申します。此度の聖杯戦争を監督せよ、との命を教会より受けて、このペレグリヌスベースの地に派遣されました。万が一の際には教会までお越しください、何があっても必ずその身を保護させていただきます。これでも代行者見習いですので、腕には自信がありますよ?」
悪戯っ子な笑みを浮かべるメイベルと名乗った少女。私は改めて礼をする。
「先程は失礼致しました。これからよろしくお願いします、ミズ・クラーク。」
「メイベル、でかまいませんよ。私もあなたのことは、スオウ、と呼ばせていただきますので。」
彼女と互いに握手を交わす。
「ところでスオウ。サーヴァントの召喚はお済みですか?」
「いえ、それはこれからです。」
「早くした方がいいですよ。他の参加者達はもうサーヴァントを召喚していますから。」
「……ご忠告、感謝します。それでは私はこれで失礼します。」
私はもう一度メイベルに礼をして、父が予約したホテルへ向かった。ホテルのチェックインを済ませ、キャリーバッグから陣を敷くための道具を一通りショルダーバッグに入れて移動する。
神秘の秘匿のことを考えると市街地や倉庫街などでの召喚は避けるべきだと考え、あまり人が立ち寄らない場所の方がいいだろうと考え─────
「ここで良いかしら……。」
青々とした木々が生い茂るペレス島西部にある森林地帯の開けた場所に、私は足を踏み入れていた。
周りは既に闇に覆われており、これ以上深くなれば戻ってくるのは容易ではないだろう。
「早く済ませてしまいましょうか……。」
ショルダーバッグを手頃な切り株の上に置き、ショルダーバッグから陣を敷くための道具を取り出し、手順に沿って陣を敷いていく。陣を描き終えたところで、私はトネリコの木箱から触媒である黄金色の捻じ曲がった刀身を取り出す。
「あとはこれを陣の中央に置いて、と……。」
これで準備は整った。
「すう……はあ……」
深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
大切なのはここからだ。「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。祖には我が大師黒鳥天彦。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。」
「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。
繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する─────」
大気に満ちる魔力(マナ)の動きが変わる。
「───── 告げる。」
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。」
魔力(マナ)が突風となって吹き荒び、周囲の木々を揺らしていく。あと少し─────
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ───!」
最後の詠唱を終え、陣の中央に巨大な魔力が収束し、閃光を放って爆ぜる。
「きゃっ────!?」
その衝撃の強さに私は思わず目を閉じ、自分の身体を支えきれずに尻もちをついて倒れる。
「─────────あ、」そして私が再び目を開くと、私は言葉を失った。
目の前にいたのは、先程まではそこに存在しなかった長身の精悍な男だった。
すらりとした長い手足、深い青色の髪、夜であろうとはっきりと認識することが出来る真紅の双眸、蒼い装束と肩当てとプレートメイルのみの軽装鎧、その上からでも分かるほどに鍛えられ練り上げられたしなやかな筋肉。
だが何よりも目を引くのは、その背にある黄金の光を放つ螺旋状の剣。その剣が何であるか、見間違いようもない。
男が口を開く。
「サーヴァント、セイバー。召喚に応じ、参上した。」
男の眼が尻もちをついたままの私に向けられる。
「────問おう。お前が、オレのマスターか?」
返答次第では即座に斬る。そう意思が込められている気がした。
「え、ええ。私が、あなたのマスター、です……。」
「そうか、そりゃあ良かった!こんな別嬪さんを殺 すなんざ寝覚めが悪りぃからな!あんたがマスターで良かったよ!」
がはは、と豪快に笑うセイバー。
「立てるか、マスター?」
「え、ええ……。ありがとうセイバー。」
セイバーが右手を差し出し、私がその手を握るとそのまま私を引っ張り上げ立ち上がらせる。
「マスター、あんたの名前は?」
「……蘇芳。黒鳥蘇芳よ。」
「黒鳥蘇芳、ね。よし、覚えたぜ!オレの真名は────」
「クー・フーリン。ケルト神話、アルスターサイクルで語られる大英雄……よね?」
「お。なんだ、オレのこと知ってんのかい?」「お。なんだ、オレのこと知ってんのかい?」
「触媒を見たときに『もしかして』と思ったもの。あなたではなく、兄弟子のフェルディアが召喚されるかもしれないとは思ったけれど……。」
「なるほどね。まあ、改めて自己紹介させてくれや。」
セイバーが私の顔をじっと見て改めて名乗りを上げる。
「オレの真名はクー・フーリンだ。今回はセイバーのクラスでの現界だが……まあお互い悔いを残さないように頑張ろうや、マスター。」
「ええ、こちらこそよろしくねセイバー。」
改めて握手を交わす。
今日この夜、私は一つの運命と出会った────のかもしれない。第■回、三日目戦闘開始します。
『弁護士士郎の今日のごはん。本日はあったか寄せ鍋を……』
『男子バスケ、昨日の来栖ストームズは……』
暇を持て余したアサシンが見てるテレビの音声が聞こえる中、昼食の準備をする。
といっても自炊したのはご飯位で、味噌汁はフリーズドライだし、漬物とエビフライとスコッチエッグはスーパーで買ったやつだけど。
少し多めだけど今朝は食欲が無くてお粥と沢庵で済ませてたから、この位食べないとアサシンが満足しないし。
「アサシン、飯にするぞ」
という感じに、昨日の乱戦が嘘だったかのように平穏な時間を過ごす筈だった。
他陣営に比べて消耗が大きかったのもあって少し様子見に徹しつつ身体を休める……その判断自体はおかしく無かった筈だ。
しかし、それが起こったのは、食べ終わって後片付けしようとした時だった。
隣室から強烈な轟音と振動、それに結界が容易く破られ、崩落する壁は竪琴……自動的に侵入者の気力を減退させる音を鳴らす魔術礼装を押し潰した。
「チッ、反則にならねえギリギリを!逃げるぞ!」
そして、状況を把握しきる前に俺はアサシンにマンションから連れ出された。「アーチャー、これ、本当に大丈夫なんですか?失格になりません?」
「安心しろ、敵サーヴァントが敵マスターを守る余裕も、敵陣営が脱出する余地も十分に与えている。最も、そうでなくとあのサーヴァントならマスターを連れて脱出してるだろうな」
雑居ビルの屋上から敵陣営の拠点があるマンション……というか、敵の拠点の隣室へ
まさかの砲撃。
更に、マンションが壊れない程度に拠点となる部屋以外へと砲弾が撃ち込まれていく……。
拠点にしようとした北西の山が運営の管理下にあって入れなかったのもありますけど、情報収集に徹している間に二陣営も敗退したのはアーチャーにとっても衝撃だったようで……結局、割り出した敵拠点の破壊へと作戦を変更する事になりました。
ちなみに、手鏡を起点に幻影を発生させているので、相手に見られる事は無いはずです。
「これで終わりだ」
おっと、いよいよ敵拠点となる部屋に砲撃……限界を迎えたマンションが崩壊しました。
この他にも二つの陣営の拠点を目星がついてますし、残る一つの陣営もその片方と同盟を組んだようです。
ええと、次は……。「伏せろ!」
アーチャーが叫ぶと同時に降り注ぐ矢の雨。
咄嗟に身を伏せると、此方に飛んでくる矢は全てアーチャーがサーベルで叩き落としましたが……何かが割れる音。
そちらを見ると幻影を発生させていた手鏡が矢に貫かれていました。
「砲撃の来る方向から此方のおおよその位置を割り出したか……来るぞ!」
矢が飛んできた方向には、褐色の男が弓を構えていました。以上です。
来た道を戻りながら、ライダーさんは私の置かれている状況を一つずつ丁寧に教えてくれました。
今回の聖杯戦争はどこかにあるダンジョンの奥底にある聖杯への競争であること。
正式に参加を認められるためには、どこかにある教会まで行って監督役の人に報告する必要があること。
でも、その前であっても敵の「魔法使い」であるところの人たちは(正確には「魔術師」というのが正しいのだけれどね、とライダーさんは注釈をいれました)平気で襲ってくるから備えておく必要があること――
それからややあって、実感が無いなりにも私がこれらのことを呑み込めたことを確認するとライダーさんは言いました。
「どうするにしても――とりあえずまず、マスターは家に帰って服を着替えるべきだね。エレガントなドレスだけれども、あまり動き回るには向いていないとライダーは思うよ」
その通りでした。
なるべく見つからないように抜け出すために、私は着の身着のままこっそりと抜け出してきたのでした。
あまり装飾の多くないフォーマルなドレスとはいえ、ここまで来るだけで何度も着替えてくるんだったと後悔したくらいですし、当然のことです。
しかしながら私の口をついて出てきたのは、そんな論理的な考えとは正反対の言葉でした。
「嫌です!」
「どうして?服装のことを除いても、何かと準備は必要だとライダーは思うけれど」
「それはその・・・・・・ほら!私、ワクワクしちゃって今すぐにでも行きたいなーって言いますか!」
「そんなハイヒールじゃ、ダンジョンなんて歩けないよ」
「うぅ・・・・・・それはその通りですけど・・・・・・」>>23
煮え切らない態度の私にライダーさんはううん?と首をひねりました。
が、すぐに大きくうなずきました。
「わかったよ。事情は分からないけれど、戻りたくない理由があるんだね。でも、そのままっていうのはやっぱり危ないから――誰にも見つからないようにこっそり荷物だけ取りに行こうよ」
「そんなことできるんですか?」
「当然!ライダーは『騎兵』のクラスで召喚されたサーヴァント。このクラスのサーヴァントは便利な乗り物を持っているんだ。それに乗って、窓からピュッと入っちゃおう」
この提案は、私にとって渡りに船でした。
両親に見つからないことが大前提ですが、服装はともかく大切な宝物を置いてきてしまったので、それだけでも回収したいというのが本心だったからです。
ライダーさんにしてみても「これ以上は譲らない」といった様子であったため、私は今度こそおとなしく従うことにしました。>>24
◆◆◆◆◆◆
帰路の半ばくらいまで来たときでしょうか。
突然、先を行っていたライダーさんがはたと足を止めました。
「妙に人通りが少ないとは思っていたけれども・・・・・・見つかったか!」
一瞬何を言っているのか理解できなかった私でしたが、すぐにハッとしました。
ここに至るまでの20分ほどの道のり。その途中で確かにまだ誰ともすれ違っていません。
いくら中心部から離れているとはいえ、ここは観光地。まだそこまで遅い時間でもありません。これだけ歩けば、1人2人くらいには出会って当然とも思います。
表情をこわばらせたライダーさんの様子からいっても、敵の魔術師が人払いを済ませていたという事なのでしょう。
『命がけで戦う』。ライダーさんはそう言っていました。
これまでどこかテレビ番組の設定のような気持ちで聞いていたこの言葉が急に現実的に感じられ、心臓の鼓動が早鐘のように響きます。>>26
以上です。
市街地での正面からの戦闘。
ルドルフ2世の初手は、目先の脅威と判断したジェラールに向けて金糸で編み上げた無数の鎖付き楔を飛ばします。
来野を守りつつの撤退戦を意識しているため、可能な限りアウトレンジからの攻撃を行い隙を見ます。
山星さん、よろしくお願いします!鏡のようなものを見ているのかと思った。
どこか私に似ていて、どことなく私と違うそんな女性の夢。
彼女は私と違って可憐で、華やかで、とても可愛らしくて。
隣にいる彼が笑うのは、当然のようなことに思えて。
「アー……チャー……」
目が覚めて最初に出たのは、そんな力無い言葉だった。
全てを見ていた。パスを通して知覚していた。
彼の生き様を。彼の王道を。ファラオという一つの在り方を。
「アーチャー……アーチャー……アーチャー……ア、メン……」
私を守ると、共にあると誓ってくれた弓兵(かれ)は、狂戦士(へび)と相打ちになった。
彼女が……クローディア嬢が隣で寝ていることを忘れてしゃがみこみ、そのまま泣き崩れる。
手放したくなかった。失いたくなかった。私の起源は譲渡。それは理解していたつもりだけど、まさかここまで無くすなんて思ってなかった。
……本当に、笑わせてくれるわ。
まさか勝ちまで『譲る』ことになるだなんて、誰も思わないじゃない。
「本当に、馬鹿な女……」
何も、何も出来なかった。
共に戦うことも。勝利に貢献することも。彼が聖杯を手に入れる一助にすらなれなかった。
彼には与えられてばかりで、何かを与えることが出来なかった。>>28
「何が譲渡よ。馬鹿じゃないの。肝心な時には役に立たないくせに」
口から出るのは呪いに濡れた言葉ばかり。
ああ、本当に。この感情が私を塗り潰して、息の根を止めてくれたらいいのに。
「そう泣くな。せっかくの美人が台無しではないか」
私は馬鹿で。どうしようもなく、最低な女で。
だから、掛けられた声に即座に反応することが出来なかった。
「アー、チャー……なんで、どうして……」
テラスに立っていたアーチャーの姿を目視して、慌てて表へと飛び出した。
貴方は消えた、倒されたはずじゃ。それだけの言葉がどうしても口に出来ない。
だって、それを言ったら……私たちの、ううん。彼の負けを、認めてしまうことになるから。
「……曲芸。見事なり。シズカ、汝はな。あの直前で余との契約を断ち切った……それに汝の起源が加わり、今の余は、この地の聖杯と契約を結んでいる。とは言っても、あまり猶予はないのだがな」
「……そう。どうしようもないとは思ってたけど、土壇場で仕事をしたのね。私の起源は」
ということは……あの人が、きっと彼の妻。
彼の夢を見たということは、大なり小なりまだ繋がりがあったというわけね。>>29
「うん? ……汝と起源の間にどのような悶着があったかは知らぬが……まあともかく、だ。
―――ごめんよ、シズカ。僕は負けた。サーヴァント失格だ」
頭を下げる少年王。歳も変わらず、背丈もほぼ私と同じ子供。この小さな身体に、私は幾度となく助けられてきた。
少年王ツタンカーメン、18王朝を収めたファラオ。幾度となく戦場を駆けたその背中が、小さく震えていた。
―――私は、彼にどれだけの重荷を背負わせていたのだろう。
―――私は、彼にとってどれだけの重荷となっていたのだろう。
「そんなことはない!」
その華奢な肩を掴み、私は思いの丈を吐き出した。
「貴方に出会えてよかった。貴方と戦えてよかった。私は不出来で、みっともないマスターだったけど、貴方への想いは誰にも負けてないつもり。そこだけは、誰にも譲らない」
「そうか……それは良かった。感謝するぞ、マスター。
余は―――いいや。僕は、君という女性を誇りに思う。
君に出会えたこと、君と戦えたことは僕にとってとても幸福だったさ……君は似ているんだよ。アンケセナーメン……僕の、かつての妻だった女性に。
ああ、ごめんよ。もう少しだけ君の助けになりたかったけど、これでお別れだ」>>30
消えていく。アーチャーが、アメンが消えていく。
こんな状況でも私は何も出来なくて、ただ思ったことを口にすることしか出来なかった。
「……十分、よ。十分なくらい、貴方には助けられてもらった」
「そうかい? ……そう言われると心配だな。僕がいなくなって、朝起きられるといいんだけど」
「大丈夫よ。元々一人だったんだから」
「朝起きて、着ていた服を脱ぎ散らかすというのは……」
「そ、それは貴方が脱がしただけでしょう!?」
馬鹿。本当に馬鹿。私の初めて返しなさいよ。
最後の最後までこんな調子。出会った時と何も変わらない―――今では、永遠に続くことを願ってしまうような時間。
だからといって、こんなことをいつまでも続けるわけにはいけない。
私は生者で彼は死者。こうして交われたことが本来なら有り得ないのだから。
呪う、ということは魂から零れた感情を以てこの世界に働きかけるということ。
魂というカタチに触れる私達は、死者と生者の境を厳守しなければならない。>>31
日が昇り、朝焼けの光が私達を優しく照らす。
聖杯大会中は太陽を見ることがあまり出来なかったから、その光はまるで施しのようだった。
それでも。不思議と懐かしくは感じなかった。
「ファラオというのはラーの息子、太陽を司るものなんでしょう? もう少し発言に清くありなさいよ」
……きっと、貴方がそばにいてくれたからね。アーチャー。
「確かに君の言う通りだが……今の僕がファラオを名乗るのはおごがましい。僕はアーチャー……君を守る、ただ一人のサーヴァントさ」
「羞恥心とか無いのかしら……じゃあ、私も言わせてもらうけど」
「うん。どうぞ?」
『今までありがとう。貴方に出会えて良かった』
それだけを。ただそれだけを伝えればよかったのに。
振り絞って、振り絞って、振り絞って振り絞って振り絞って。
出たのは、あまりにも単純な言葉だった。
「―――アーチャー。貴方を、愛しています」>>33
「本当に……貴方は、最後まで変わらない……」
サーヴァント、アーチャー。ツタンカーメン。
あまりにも劇的だった彼との出会いは、その最期の瞬間までもが絵画のようだった。
「……ありがとう。アーチャー」
ツタンカーメン。偉大なるファラオ。ラーの息子。太陽のような人。
私はこれからも進んでいきます。貴方との出会いの全てを胸に抱いて。
前を向いて、まっすぐに―――こんな私のことを誇りと呼んでくれた貴方の顔に泥を塗ることがないように。
私はきっと迷いません。私の胸の中には貴方がいる。
貴方が私の進む道を照らしてくれる限り、私はきっと大丈夫。
「貴方は、太陽。これからも貴方は私を照らしてくれる……そうでしょう? アーチャー?」
朝の強い日差し、アメリカ独特の気候を肌で感じながら私はそんなことを何ともなしに呟いた。
誰も聞くものがいないはずの言葉。そんな独り言に……
『無論。余は汝の従者である故にな。マスター』
いつかどこかで聞いたような言葉が、耳をくすぐった。>>34
◆
その日、夫婦の元に一通の手紙が届いた。
夫婦は中を開き、たいそう喜んだという。
さて。その内容とは……?
『親愛なるお父さんとお母さんへ。お久しぶりです。静香です。
詳しく話すと長くなるので手短に済ませますが、以前話していた古書堂の件について前向きに考えてみたいと思います。
大事なことと思うので、先んじて手紙を送らせてもらいました。また今度電話をしようと思います。言質が欲しいならこれを使って好きなだけ呪術をかけてください。
私は逃げも隠れもしませんから、どうぞお好きなように。
それと、年明け前には一度帰国しますので。話はその時にでも』
第一回聖杯大会・5日目早朝
アーチャー(2騎目)陣営/エピローグ『曙光の別離』End.>>35
以上ですvs山星不湯花&キャスターの続きです。
相手を打ち倒すための宝具同士の鍔迫り合いであるならば、神秘の寡多はあれど、より深く踏み込んだ方が押し込めるものである。
百鬼夜行のもののけたちへと神代の毒が浸透していく。
しかしながら、届かない。それはまるで上流から下流へと向かう川の流れに逆らうようにして槍と毒が浸透していくが、大きな流れは変わらない。
「っつぅ…………!!」
ランサーはさらに空中で槍を投擲する。杭打ちのように射出された槍は毒の魔力を推進力にして、穂先で百鬼夜行をかき分け撃ち抜いた。
駆け抜けた槍は群を抜け空を裂き、しかしながら何にも突き刺さることなく飛んでいった。
「割に合わない……!」
つまるところ、キャスターとそのマスターを取り逃したのだ。>>37
ところで。一方で、あった。
空中に向けて思いっきり投げさせた上に、キャスターによって喚起状態を解除させらものだから、ただの魔術師に戻った青年がまっさかさまに墜落した。
「あでっ」
まずひっくり返ったせいで肩から地面に激突して、
「ふげっ!」
そのままバウンドして、
「ほでっ……!」
3回目でごろごろ転がって、ルーカスはようやく地面にくっつくことができたのだった。まあ相当に格好は悪いけれど、とりあえずオーディエンスは退場したであろうし、観客に見えない位置ならいいだろう。ストーリー・アウト。ここからは幕外のことである。
「いっ…………いだだだだ…………」
「……済まない、仕損じた」
ランサーは地面に刺さっていた槍を拾い、マスターの元へと歩いてきた。すでに限界まで高められていた敏捷のステータスも、もとの、(それでもランサーらしく高いのだが)数値に戻っており、それも含めて戦闘が終了したことを両者に理解させていた。
ルーカスは仰向けに転がってぴくりとも動かない。
「マスター……マスター?」
「……………………た」
「もしかして、立てな」
「逃した逃した逃した逃した逃した!逃したぁ!!」
打って変わって仰向けのまま、ルーカスがじたばたと手足を振り回す。先ほど地面に激突した肩や、戦闘中に負傷した腹部はやや庇いながら、とにかくじたばたしていた。
「あああああああああ逃したぁぁ!!!仕留め損なったああああ!!!!」>>38
ランサー・テレゴノスは、はぁ、とため息をつく。
「思いのほか元気そうでよかったよマスター」
「いやあランサー、そこまで元気ではないかな」
とりあえず呪詛だけは解析して外しておくよ、と言うと、魔術師の両腕の魔術刻印が明滅を始めた。黄泉比良坂が展開されて、神の光を喚起するまでの間に受けた亡霊たちからの呪詛を、一つ一つ解析して、知恵の輪を外すようにほどいていく。最初にキャスター側から雨のように降り注がれた攻撃や、終盤に全員が揃った状態でキャスターから撃たれた乱撃を全回避させたタネもここにある。
つまりは、光量子を用いたフォトニック・コンピューターのまねごとである。
魔術師の魔術回路はスマートフォンに匹敵するほどの演算機能を持たせることができる、なんてことを誰かが言った。携帯端末は単なるトランシーバーでは無い。持ち歩きの可能なコンピューターである。魔術師はそれを体内に内蔵出来る上、ルーカス・ソールァイトはさらに光素を用いることでさらに演算機能を増産している。
結果として、ちょっとしたルームくらいのコンピューターのスペックを出力することが出来ているのだ。解析、演算、資格情報を与えられた上での分析ならば、個人で相当なことまで出来てしまう。
「ん……解けた。それでダメージがなくなるわけでは無いのだけれどさ」
ルーカスが体を起こす。ホコリを払って立ち上がる。>>39
「だから言ったのに。とりあえず直感的にも早々に退かせておいた方がいいんじゃないかと」
「いやいや、とりあえずも何も、セイバーもアーチャーもライダーもキャスターも、全員僕たちで始末するんだよ、ランサー?」
「全員がバトルロワイヤルをやっている中でうちのマスターだけは勝ち抜き戦をやっておられる」
「うん?本当なら同じことだよ?僕が本当に強ければ」
「はぁ……君は勝つ上では良いマスターかも知れないが、生き残る上でははずれだよ。まったく」
言われる当の本人は気にせず体を伸ばしている。
「それにしてもキャスターのマスターは興味深い…………人間でないと意味がない僕の決戦術式(ワールドエンド)に引っかかっていたのに、人でない部分もあるようでいて、うん…………おもしろい」
こくこくと1人で勝手にうなずいてランサーの方に向き直る。
「また、やるのかい?」
「うん。またやるよ?出来れば今からでも追いかけ回したいくらい」
リスクマネジメントが出来ていないうちのマスターは、きちんと手をかけていないとでしゃばりで死ぬ。
ランサーはそう理解してルーカスに肩を貸した。>>40
「あぁ……ところで、僕が導くに足るような英雄がその辺に転がってはいないものだろうか」
「そこらで拾うより君がなった方がよほど早いのでは?」
「ランサーは馬鹿だなぁ、この手のものは魔導士が自分でなるなんて言ったらひどい目に遭う前フリと同じなんだよ」
「あと交戦していないのはどこだったかな、セイバーとライダーには仕掛けた後にキャスターの方から来てくれて手間が省けたわけだから」
「じゃあ次バーサーカーだけ早々に始末したら面倒になる前にアサシンを仕留めておこうかな」
キラキラと今後の展開を語る。
彼にはそれを実現できるだけの実力はあるのだから。
Battle_is_over.
Lancer_and_Master_outed.暗殺者が握る黒いナイフは不規則な軌道を描いて此方を刻もうと迫り来る。
とても捉えどころがなく、一定の形を有さない。まるで黒いガスか雲のように、勝ち筋を掴み取ることが困難な戦い方をしてくる。
決して強い訳ではなかった。
アサシンの霊基は不安定で、それは先程対峙した亥狛も知るところだ。
けれど目の前で刃を振るう彼女にそんな素振りは見られない。ただ純粋に不気味で、底知れなくて、怪人という名に相応しい。
アサシンは軽く肩で息をしてからナイフを構え直す。
ランサーは彼女の一挙手一投足を見逃すまいと、集中力を研ぎ澄ます。
二度不覚を取った相手に油断などない。
たとえ戦闘力は此方が上手であろうと、向こうには自分達が予想だにしない戦略の幅があるし、なりふり構わない分非道な手段も厭わない。>>42
基本的に、戦闘は非情な者ほど強い。
こだわりがなく呵責もない方が取れる戦術が純粋に多くなるからだ。
騎士道に重んじ、精神の高潔さが戦闘力に直結しているランサーはそういった点でいうなら特別使い難い類の英霊と言えよう。
「──────、」
黒い刃が光る。
手に持ったナイフをランサーに投擲したアサシンは、彼女の槍がナイフを弾くタイミングに合わせて胸許まで入り込んだ。
「ばーか、隙だらけだよん」
背後に忍ばせたもう一本の凶刃を、今手に持ち、ランサーの頸筋に正確に突き立てる。
突如。
アサシンの視界が激しく揺さぶられた。
うっかりカメラを落っことしてしまったみたいに、目の前の世界がぐるぐる揺れる。
同時に顎に走った鈍痛。
それはアサシンが何らかの手段で吹き飛ばされた事実をまざまざと思い知らせる。>>43
停止仕掛けた思考を叩き起こして、体制を整える。
アサシンが涙目で睨むようにランサーを見つめると、彼女は膝を高々と上げていた。
「テンカウ(膝蹴り)とか騎士道としていかがな訳!?」
「蹴り技上等、モードレッド卿直伝の喧嘩殺法です!
…私も騎士としてどうかと思いますが、貴女にはこちらの戦闘法のが有効とみました」
そういうか言わないか、ランサーはアサシンとの距離を詰める。
休む暇は与えない。
逃げる暇は与えない。
吐く息一つ許さず、反撃の糸口さえ手繰らせない。
銀色の連撃は少しずつだが確実にアサシンの身体を消耗させる。
戦術の幅に差があるなら、思想の都合上外道になれないのなら、それを補って余りある強さを持てば事足りる。
円卓の面々を始めとする騎士達はそういった理念の元鍛錬を続け、過酷な旅をやり仰せた。
ならばその末端に座すガレスもその例に違わず────有無を言わさぬ強さをもって、敵の奸計を薙ぎ倒す。第■回、時間進めます。
『……市在住の岩野栗太さんと薩摩豪さんがさつ害された事件で警察は昨日、無職の赤城疾風容疑者を逮捕し……』
テレビからニュースの音声が聞こえてくる。
というのも、拠点から脱出した俺達は近場の小さな家電店に緊急避難したからだ。
運営の人払いにより店内には誰もいないとはいえ、こんな所に隠れているとは思わないだろう。
しかし、さっきの容疑者の名前って実家と同じ街の魔術師だったような……魔術自体はバレてないみたいだし、まあ良いか。
「さて、俺は行ってくる。マスターは此処に居ろよ」
と言って、アサシンは店を出て駆け出す。
唯一生き残った弟、ドゥフシャーサナへ加勢するために。屋根の上を駆け抜ける。
目標はビルの屋上……跳躍して、ドゥフシャーサナが足止めしてる奴に鎚鉾を振り下ろす。
とはいえ、屋根を飛び移りながらでは流石に狙いが甘い……軽く避けられた。
「初手から人の家潰すとは……やってくれるじゃねえか」
「新手……いや、そちらが本体か」
ヨーロッパ辺りの軍服を纏い、二角帽を被った男装の麗人……クラスは恐らくアーチャー。
その真名は、マスターがすぐに見抜いていた。
『あの帽子!?それに大砲まで……ナポレオン、そいつはナポレオンだ!』
ナポレオン・ボナパルト……フランスの英雄。
目の前に居る奴の戦慣れした感じからしても、恐らくは正解……しかし、どこか得体の知れない悍ましさを感じる。
けど、考えるのは後だ……アーチャーが引き抜いたサーベルによる斬撃を鎚鉾で受ける。
続いて放たれた蹴りを避けつつ下段に構え……鎚鉾の振り上げからの突き、そして背中を向ける程に大きく振りかぶってからの横スイング。
だが、相手のサーベルも伊達じゃない……攻撃を全て受け流された。「チッ、アーチャーの癖にセイバー並かよ」
「そちらこそ、残ってるクラスからしてアサシンといった所だろうに」
これだけの攻防で互いの実力を読み合う……小手調べは此処までだ。
俺は側転の要領で鎚鉾の振り上げと蹴りをほぼ同時に行い、着地と同時に鎚鉾を左右に振るう。
それらを全て避けきったアーチャーに対して更に鎚鉾を振るい、そのまま突きを放つ……が、有効打には至らない。
そんな中、ドゥフシャーサナとアーチャーのマスター、和銀京郎が動き出した。
「アーチャー、支援しますよ」
「邪魔はさせねえぞ!」
アーチャーのマスターこと和銀京郎が手鏡を取り出し、ドゥフシャーサナの矢がその手鏡を粉砕する。
鏡を媒体に魔術を行使するようだが、発動前に鏡を割れば良いだけの事。
それを尻目に鎚鉾をアーチャーに振り下ろし、それを受け流したアーチャーが体制を整える間に上段に構え、振り下ろす。
ドゥフシャーサナの矢がアーチャーの退路を絶つ中、鎚鉾とサーベルが打ち合った。以上です。
魔術の痕跡は完璧に消せたのに、科学捜査で普通に逮捕された魔術師が居たようです。
聖杯大会本戦統合スレNO.5
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