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「それが、デュランベルジェ家の跡取りの力か」
瞬間、ガトリング砲のごとき魔弾が己に対して殺到した。高級な作りの机には風穴が空き、同じく椅子も脚を折られて床に倒れる。その結果巻き起こった煙によって、ヴィクトルの姿が完全にかき消えた。
「ヴィクトルさん!」
焦りと動揺がそのまま態度に出たような、少しだけ震えを覚えるような声でロウィリナが叫んだ。──あぁ、また心配させてしまった。ヴィクトルは内心でまた申し訳なく思ってしまう。なので、煙が晴れた時、ヴィクトルは……
「心配するな、ロウィリナ。全くもって問題無い」
王の周りに舞う黒と赤のカード。トランプの鎧が、魔弾を全て防いでいた。兵団は魔弾から主を守った結果ボロボロだが、よく防いでくれたモノである。フゥ、と一息ついてから、王は銃撃の主の顔を見やる。>>3
知らない顔だ。とヴィクトルは思った。品の良いストライプ柄のスーツに整えられた顎鬚、それなりに整った顔、と所謂イケオジという奴なのだろうか。
「貴様は、何者だ?少なくとも王(オレ)の記憶にはない顔だが王を知っているというならば、王も認識している筈。だが、王は愚民(キミ)の事は知らんぞ」
正しく眼中に無い、という扱いを受けても、フフン、と余裕そうな、不敵な笑みを浮かべており、あまつさえ拍手すらしている。
「ま、そうだろうねぇ。私は実はだね、君という王との権力闘争に敗れた男、という事になる訳なのでね。デュランベルジェ家の末端さ。ヴィクトルくん、君という男が現れなければデュランベルジェ家の次の当主は私だったのだよ。……全く、君のご両親への売り込みには苦労したモノだ。あともう一歩という所だったのだが」
肩をすくめ、滔々と語るスーツの男。ヴィクトルはそれに苛立つでもなく、かと言って平気そうでもなく、思案顔で聞いている。
「そういう訳でね。私としては、君に勝負を挑みたいのだ。賊王よ。あぁ安心して欲しい。この勝負の一回だけさね。一族の末端ではあったが、一応は上り詰めたと考えている私の実力と、スラムの片隅から拾われた君。その力の差という奴を実感したいというのが理由だからね。数をそろえた私を、君がどう打倒するのかを含めての観察がお望みなのさ」
どうかね?という男。自己紹介はしていないが、本人曰く、王が倒すモノなど、路傍の石だろう、などと言って、口を開く気は無さそうである。
「そうか、分かった。では、くたばれ。王は気にせんが、人のプライバシーを許可なく喋る、という行為には他者への敬意が不足しているだろう?」
完全に一対一の雰囲気となってしまった。先に仕掛けたのはヴィクトルである。指を揃え、自己流の魔弾を撃ち込む。
「おっと危ない。フフン、成程とても速い。君が確実なるギロチンと呼ぶのも納得という話だ。さぁて、今度はこっちの手札を切らせて貰おうか。……ところで屍腕手のロウィリナくん。君が懇意にしているヴィクトルという男は意外にも完全なゼロからの成り上がりな訳だがね。君はどう思ったんだい?」
ある種の不意打ちとなった形で、スーツの男は、少々置いてきぼりの代行者に話し掛けた。それが示すのは、余裕か、或いは。「……へ?」
問いかけられ、ロウィリナは狼狽える。テロリストたちの長と思しき男性とヴィクトルとの会話に関して自分は完全に蚊帳の外だった。他人以外の何者でもなく、またデュランベルジェ家について外聞でしか知らないでいた身としては当主争いなどもまるで与り知らぬ内容だった。
いや、いや。そんなことよりも。ロウィリナにとっては、そんなことよりも男性が一言一句敢えて明瞭な調子で語ったヴィクトルの出自についての方が衝撃的という他なかった。
ヴィクトルさんが、成り上がり?会話を聞く中でも、「スラムの片隅から拾われた」などと言われていた。彼のような人が?俄には信じがたい。
だが、彼の方を窺ってみてもその様子に否定を指し示す挙措は見受けられない。ヴィクトルほどの人間であれば、虚言による自身の名誉の毀損などは許すまじと断ずるだろうに。それがない、ということは事実と見て良いのだろうか。
成り上がり。その言葉が魔術師の社会で、貴族的と呼ばれる世界においてどれだけ疎まれるものであるかはロウィリナも理解している。社交の場には殆ど顔を出さず、ひたすら研鑽に注力していた自分でも、友人たちの雑談は記憶に残っている。それは、彼の現代魔術科のロードについてだった。
「────そういえば、またあの現代魔術科のロードが…」
「あら、あの火事場泥棒の略奪公?一体どれだけの魔術師を陥れれば気が済むのでしょうね」
「そもそも、ロードという地位だって…」
「出世なんて言葉が罷り通るようじゃ、時計塔も程度が知れてしまうわ…」
井戸端会議のように忖度も遠慮会釈もなく展開されたロードへの評価は、しかし貴族社会における一般的な成り上がり者への限りなく透明な認識なのだろうと思われた。
友人たちのみならず、家族も現代魔術科の台頭を良くは思っていなかった。優れた歴史、秀でた神秘を修める血統より生まれた人間、それこそがこの世界では意味を成し、存在を認められる。歴史も血統もない人間が幅を効かせるなどというのは魔術師にとっては心外中の心外といった案件だ。これは、貴族の伝統が跋扈する時計塔の外であっても血中を泳ぐヘモグロビンが如く充満した思想だろう。>>5
そんな社会で、あろうことかスラムから素養アリと判断したとしても輩を拾い自家の神秘を晒し、当主にまでさせようとは。正気を疑う行為と言わざるを得ない。気が触れたと一方的に宣言されたとて文句を言えない話だ。
信じられない、否、信じたくない。しかし、未発達な体躯や戦闘中などに随所で感じた彼の牙を剥くような野蛮な色がそういった出自故のものと考えると不思議でないように思えてしまう。それが一層憎らしい。あんなに気遣ってくれたヴィクトルに不信の念を向けずにはいられない自分が憎い。
「────────っ」
ロウィリナの呻吟に満ちた静寂を強いて崩さんと試みる者はいなかった。男性は愉快げに動揺するロウィリナを見ている。如何にもこれからまた一言二言と衝撃的な弾劾をしそうにしていながら、口は微笑を浮かべたまま開こうとしないのが何ともいやらしく、焦ったい。
そんな男性と、ロウィリナを前にしながら、ヴィクトルは無言を貫いていた。まるで黙秘権を行使し続ける被告人のようで、ただ成り行きに身を任せているようにも見えた。ロウィリナの不安はより影濃く強さを増し、耐えきれず是非を問おうと声を上げ、彼の顔を見て────この時ばかりは率直に表現しよう────心底から驚いた。
ヴィクトルは、その金色の眼差しを、ただ一途に真っ直ぐに、ロウィリナに向けていた。
そこに、自身の過去を暴露されたことへの焦りはなかった。またそれへの弁明などは寸分も見られず、この時は動揺するロウィリナを心配しようなどという気遣わしげな趣も介在はしていなかった。
その瞳が現す言葉といえば、それこそ「だから何だ」の一言だ。魔術社会において侮蔑しか向けられないような忌むべき素性を彼は隠そう、誤魔化そうなどとはしていない。語らずにいたのは己を拾った家への恩義がそうさせるものであって、彼自身に生まれを恥じるような心は欠片ほどもないのだ。
それを傲慢と呼ばずしてなんと呼ぼう。それを尊大と例えずしてなんと例えよう。世間では悪とも形容されようはずの唯我独尊、それが眼の裡より君臨していた。>>6
ロウィリナは生唾を飲み下した。言うべき言葉を模索し、話すべき心情を必死に頭脳を動かして固めた。こんなこと言ってしまって良いのだろうかという惧れは溢れんばかり。けれども、自分が声を出すとすれば、言葉を尽くすとすれば、これしかないと。
「…おそらく、ヴィクトルさんがスラムの…出身だというのは事実だろう。それが意味するところも、勿論わかる」
「ほう、やはり君も彼のプルウィセト家のご令嬢だな」
「…あぁ。僕は、私は、プルウィセト家の人間だ。だから、本来なら失望なり何なりすべきだと思う。でも。でも…それでも私は、ヴィクトルさんを良しとしたい」
嗚呼、言ってしまった。魔術師としてあるまじき発言だ。だけれど、ロウィリナは、その時だけは魔術の徒としてではなく一人の人間としてヴィクトルを評価したかった。魔術師として彼の素性を蔑むよりも、人として彼のこれまで費やしてきた努力とその決然とした姿を支持したかった。自分も、努力をせんとしてきた人間だから。その重ねられた研鑽の末の姿を認めたかった。
「…ロウィリナ」
「…言いたいことを言っただけ、ですから。違っていたらすみません」
「まさか、こんなところでこのパーティの意義が果たされるとはね。つくづく予想外だ」
「…矮小な御託も尽きたか」
「あぁ、小賢しい真似をしてしまったことは詫びよう。だがこれで公平(フェア)というものだ。さて…」なるほど
>>8
「ふふ……」
思わず笑みがこぼれる。己の出自をいつロウィリナに伝えるべきか、受け入れてくれるのだろうか、と悩んでいたが、期せずして認知して貰い、そしてロウィリナには自分の過去をを好意的に受け入れてくれた、という点は非常に有難く、嬉しい結果だったからである。
なので今向き合っているスーツの下郎に感謝の気持ちがない、という訳でもないが、同時に容赦をするつもりも全くない。故に、己が魔弾を油断なく装填する。
少なくとも今この戦闘舞台において、王者の一族に籍をおく二人の男の魔弾の性質は真逆である。
ヴィクトルのギロチンは威力が高く、防御を貫通し、出も速いという強みがあるのだが、実は太陽光が直に届いていないこのホールでは、少しばかり燃費が悪いという弱点もある。
そして王に相対する男の銃弾は、速度や威力こそ月並みだが、連射数が凄まじいという強みを持っている。>>10
「さて、では始めようかね。ああそうだロウィリナくん。君、コイントスなどしてくれないかね?決闘なのだ、撃ち抜くタイミングもフェアに行きたいというモノだからね」
唐突な提案。だが暫しの逡巡と困惑の後、ロウィリナは承諾した。弾き上げられるコインが甲高い音を立て、数秒後には硬質で無機質な落下音が響いた。
決着は一瞬であった。ヴィクトルのギロチンが敵対者の腕を抉り、彼は苦悶の声をあげて膝をついた。
悔しそうな表情をしていたが、それはすぐに現状に納得し、受容する者のそれに変わった。
「ふふ。やはりあの二人が後継者に選んだだけはあるようだね。私はやはり、未熟だったという事実を受け入れざるを得ないようだね。仕方ない、よく反省し、今後に活かすとしようかね」
「ふん。愚民(キミ)に今後があるとでも?王(オレ)が逃がす訳が無いだろうに」
先ほどまでの緊張を、”敵を射抜いた”事によって多少緩めつつも、ヴィクトルは油断せずにスーツの男、もしかしたら自分の立場になっていたかもしれない相手に詰め寄った。
「そうだね、そうだろうとも。しかし、私とて一端の魔術師なのでね。こういった逆境にも逃げの手札は用意しているのでね」>>11
その言葉を言い終わるか否か、といったタイミングで、今度は勝利者であるヴィクトルが膝を付く。
「……っ!?なんだ……!?」
「ふふん、毒、ではないがね。まぁ概ね似たようなモノさ。ああ心配しなくてもいい。後遺症が残る訳では無いからね。では私は君に納得もしたし……、屍腕手殿に恨みを買うのも御免なのでね、これにて失礼させていただこうかね。今後ちょっかいをかけるつもりはないのでね、安心してくれたまえ」
そういって彼は周囲に煙幕を張り巡らした。ヴィクトルは慌てて立ち上がり、追い詰めようと動く。それよりも先にロウィリナが煙の中を突っ込み、スーツの男を捕捉しようとするも、目星をつけた場所に男は既にいなかった。動揺しながら周囲を索敵するが、居ないモノはしょうがない、と切り替え、荒い息を吐くヴィクトルの元に急いだ。
「大丈夫ですか、ヴィクトルさん。えっと、お水とか要りますか!?それとも……」
動揺しつつも、なんとか介抱しようとするが、それはヴィクトルに遮られた。
「すまんな……ロウィリナ。最後の最後で、少々恰好の悪い所を見せてしまった……。だが、もう問題ない。落ち着いてきた……」
少し恥ずかしそうに笑うヴィクトル。膝を付いた状態から胡坐の姿勢に移り、本格的に力を抜いているようである。……とそうこうしている内に、テロ紛いの騒動の鎮圧、対応をする為に、警護の集団がホールに集まってきた。ヴィクトルはスーツ男の置き土産の毒で体調が崩れており、警護のコミュニケーションをロウィリナに頼みつつ、背中から倒れ込み、目を瞑って意識を心身の奥底に沈めて行った。>>12
「───痛つつ……。ふむ」
ヴィクトルが目を覚ますと、そこはベッドの上のようであった。どうやら誰か(ロウィリナだと嬉しい)が運んでくれたようだ。白い天井を尻目に、ヴィクトルは起き上がる。すると傍にはロウィリナがいた。パイプ椅子に座り、うたた寝をしている。
「疲れているのは同じか……。ふふ、寝顔も美しいな、美姫(オマエ)は」
知らず知らず微笑を浮かべていたようだ。そんな自分の頬を触りつつ、ロウィリナを暫く眺めていると、彼女が目は覚ました。
「……ぁ、と……。その、おはようございます、ヴィクトルさん。体調はもう大丈夫でしょうか?」
寝顔を見られたからか、少々赤面しつつ問いかけるロウィリナ。それを受けて、ヴィクトルは”問題ない”と首肯し、口角を上げる。
「それで、だ。王がお前にした求婚の事だが……」
と発言すると、ロウィリナは心臓が大音量スピーカーと化なったような勢いで顔に緊張が走り、椅子の上で”気を付け”をするかの背筋を伸ばした。猫が大声に驚く様に似ているな、と思いつつも、ヴィクトルは続ける。
「ああ、案ずるな。今スグに返答が聞きたい、という訳ではない。王も出自についてなど、ロウィリナに認知させずの状態で接していた故な。そういったなので、改めて今後……、その……親睦を深めて、将来的には……という事で、どうだろうか……?」
断られるかも、と不安になりつつも提案する。彼女の返事は、どうだろうか……、受け入れて貰えたら、そうだな。どこからかBGMが聞こえてくる。それに合わせたダンスを申し込もう、と考えつつ、ヴィクトルはロウィリナの回答を待つ。
そして────。>>13
「将来的には……という事で、どうだろうか……?」
今までに見せていた自信に満ちあふれた態度とは対極の、気遣わしげで、恥ずかしげで、不安げな物言い。ある意味外見年齢相当とも捉えられる初心な彼の一世一代のプロポーズは、同じく気遣わしげで恥ずかしげで不安げなロウィリナの心境を一層深めた。
だが、既に答えと答えを伝える意志はあった。ただそれをどう言葉にしようかという苦心が彼女の中にあったのも事実で、だからこそ二人の間には気まずい沈黙が続いた。その間中、お互いは強いて相手を見ないようにとして、だのにその思惑を同じとするせいか時々ぶつかってしまって、それがまた気まずさを強めた。
「わっ、私、も」
「……」
「貴方に話せていないこと、沢山あります」
嗚呼なんとぎこちない喋り方だろう。気持ちだけが急いて話し始めたことを話しながら後悔する。今までに味わったどんな鍛錬よりもどんな試練よりも息が上がっている。
彼は、そんな自分の次の言葉を待ち遠しそうに、しかしそれを臆面もなく出せば相手が緊張するだろうことを理解しているため何と言うこともないように振る舞って見せた。その気遣いのために、ロウィリナは自分の心を持ち直して言葉を継いだ。
「だから、その…」
「……その…?」
「こ、これから、会ってお喋りしたり、しませんか。お互いの過去でも、未来でも、今でも…何でも、話せるように」
金色の瞳がらんと揺れた。真白い肌に乗った唇が小さく震えた。その微かな動作にさえ、彼の感情は漏れ出ていた。喜び。確かに、お互いに一歩進むことができた、そのことへの喜びが次々に湧いては溢れている。>>14
「…ありがとう。なら、その前段階としてだが。一曲、王(オレと)踊らないか?」
先ほどから流れ始めたワルツは軽やかで、それがむしろ先刻の沈黙においては場違いなようでなんとも言えないものだった。しかし何だか今ではそれとは別の感慨を懐くことも出来る。幻想的で、メロディックで、さながら凱旋のようで。
クラシックに詳しくないロウィリナでも、ここから曲は盛り上がっていくだろうことは想像できた。だから、乗り遅れないよう、差し出された彼の手を取って、
「私で良ければ、喜んで」
タイトルに「皇帝」を含むお誂え向きとも感じるその曲の中で、二人の円舞は初心者たちの動きだった。壮大なバックミュージックに踊らされているようでさえあった。慣れていないというのは当然で、付け加えて言えばお互いこんなにも異性と距離を近くして触れ合ったことなどないのだ。必然、おぼつかない足取りはよりおぼつかなくなる。
けれども、二人にとってはそれで良かった。見栄なんて張らなくて良い、背伸びなんてしなくて良い。いずれ過去も未来も今もさらけ出し合う身だ。これが群衆の中であっても、あまりの不格好さに奇異の目に当てられようとも、その時に心の裡から浮かび上がった笑みは崩れなかっただろう。
◇◇◇
「───おぉ、来てくれたか」
「はい、お待たせしてしまってすみません…」
「いや、王(オレ)も今しがた来たところだ、畏まらなくとも良い」
─────さて、あれから幾月経ったろう。二人の距離感は結局現在でも出会った当初からそこまで変わってはいなかった。それぞれの過去話というのも思ったほど進んでいない。しかし月に3度ほど会って食事と一緒に喋り合う、その予定がなくなることもなかった。
息を整え髪を掻き分けた指からは爽やかな香水のかおりが仄かにする。自分の手をひた隠し、他者の意識を出来る限り手から遠ざけようとしていた自分がこんなことをする日が来るなんてな、とショーウィンドウに映る自分の姿を見ておかしくなって口の端から笑いが溢れる。>>15
ヴィクトルはそれとは別の相手の変化を認め、晴れ晴れしげに唇をほころばせ、
「つけてきてくれたのか」
「はい。その…似合っていますか?」
「言わせるな。わかっているだろうに」
「貴方の口から聞きたいのです」
「…もちろん、似合っているとも。素敵だ」
ちょっと欲張ってみたが、実際にそう褒められるとむずがゆくなってしまうのは心の何処かがやっぱり不安だった証拠だろう。以前にプレゼントされた白いレースのあしらわれた手袋をつけて、服装もそれに合わせた白基調のもの。露出は低いが、それでもフリルだったりスカートだったりは物心つく前から着ることをやめていた代物であって、配色も相まって心が中々落ち着かない。
だから、照れながらも、きちんと言葉で伝えてくれたことが堪らなく嬉しかった。
「では、今度は王(オレ)の番、ということで良いか?」
「えぇ。選んで良かったって思ってます、とっても似合ってる」
「…ううむ…照れくさいな、なんか」
「それはお互い様ですよ」
対するヴィクトルの服装もこれまでとは少し趣向が違っている。穏やかなオフホワイトをベースとしたスリーピーススーツはその背丈では大人ぶっているなどと後ろ指を指されかねないが、一方で折り目正しく着こなす姿はやはり王者の風格が備わっているものと見え、そこに差し色として挟まれた紺色のネクタイと金のピンは同色のカフスボタンと合わさって何者にも代えがたい特有の趣を演出している。
神官然としたゆったりとしたファッションが多めだった彼のこういった様相は見るにも鮮やかで、何よりも自分の薦めそれに袖を通してくれたというのがロウィリナにとっては幸福感に他ならなかった。彼の持ち味を活かす服を見繕うことができた、という点では誇らしさもあった。>>16
「今日は、食事の後にもう少し付き合って欲しい。構わないか?」
「?もちろん構いませんけど、お買い物ですか?」
「いいや。あれから、ワルツというのを、少し練習して、な。良ければ再チャレンジといきたい」
「…私も、実はちょっと習ってみて。ついていければ良いのですが」
「案ずるな。何かあれば、リードする側として支える」
「それは頼もしいですね」
少しづつで良い。少しづつだから良い。それが自然と二人の絆の共通理念になっていた。どちらともなく、或いは同時期に至った観念だった。ゆっくりゆっくり振り向いて、ゆっくりゆっくり歩を進めて。その速度がなぜだか心地よくて。
ヴィクトルがエスコートすべく手を伸べる。白い肌に白い手袋が乗って、肌理を通して溶け合うよう。あのワルツの時と比べて、足取りも随分心安らかになったものだ。確かに今回は上手く踊りきれそうに思える。ロウィリナ自身も、彼の呼吸と歩幅、歩速に馴染めるようになってきた。
「なんだか、オクラホマミキサーみたいですね」
「ふむ、確かに。準備運動にでも踊ってみるか?ワルツと一緒に一通り教わった」
「予約の方は大丈夫なんですか?」
「気にすることではない。何なら、お前とならどこでだって鎌わんさ」
「…もう少しそういうこと言うの、ためらってくださいよ…」
「良いじゃないか。王(オレ)が時間を気にするというのも変だろう」
「王様ですものね」
「まだまだではあるが、何事も気持ちからだからな。さて、どうする?」>>17
二人の間で変わらないものはまだ色々にあるが、身長差というのもそのうちの一つだ。ロウィリナがヴィクトルの表情を窺おうとすると自ずと目線のみならず頭も下に向ける必要があるし、ヴィクトルがロウィリナを見詰めようとすると自ずと顔を持ち上げることになる。それは恣意的な行為であるために、目合いも必然的なものになる。
ヴィクトルは言葉の通りに挑発じみた表情をしていて、しかし思いやりは欠かさない。それを受けてのロウィリナの顔にはもはや戸惑いや迷いはなく、まっすぐに彼を見据えて、
「私で良ければ、喜んで」
過去を置き去りにするように、けれどもその影を歩くお互いを想うことは忘れずに、真白い二人の手はそうしてまた重なり合った。「結局の所、何も解りませんでしたわね」
海苔の代わりに焼いた肉を巻いたおにぎりを食べている少女が映し出されたモニターを見ながらそう溢す。
その少女、茅理銀河は聖杯大会全体でも類を見ない程に強力で得体の知れない力の持ち主だが、伝承科の提言により彼女及びその周囲に関しては不干渉が徹底される事となった。
故に、彼女が何者なのかは知る術は無いに等しく……この聖杯大会の勝者が彼女達かどうか、それが唯一これから解る事、といったところでしょうね。
「まあ、それよりも……これからのほうが大事ですわね」
モニターの画面を切り替える。
残っている陣営の情報が映し出される中で、思考を切り替える。
聖杯大会の決戦では、『何の意図もないのにその聖杯大会という物語の終わりに相応しい結末が描かれる』というジンクスが語られる。
例えば、オセアニアの聖杯大会にて日本の売れないアイドルをマスターとしながらもキャスター:アーネスト・トンプソン・シートンとバーサーカー:ベルシラックを討つもその苛烈さをマスターが制御し切れなくなり、暴走するダークホースと謳われたランサー:ピサールを、その荒れ狂う力から民の暮らしを護らんとしたセイバー:ルイ=デュードネが打倒したように。
エジプトの聖杯大会マスターと心を通わせたバーサーカー:グレンデルが、アサシン:クルティザンヌ、ランサー:チャールズ・チャップリン、キャスター:ベンジャミン・フランクリン、ライダー:アメリア・イアハート、セイバー:ロット王の五騎全てを葬ったアーチャー:始皇帝の霊核を貫いたように。
今大会に近い構図ならば、ドイツの田舎村での聖杯大会にて、ランサー:フィン・マックールとプリテンダー:ごんぎつねがアーチャー:ハドリアヌスと対峙し……いえ、ここから先を思い返すのは野暮というものでしょう。
「ここから先の運命が、彼等の納得の行くものでありますように」
決戦は明日。
その準備を進める中で、私はそう呟いた。短いですが、第■回の更新でした。
伏神聖杯戦争の最新話更新します。
あの激戦の日から一夜明けて、いつものように学校へ登校していた。
クラスは昨日の騒動で持ちきりだ。ビルの屋上で黒い煙を見ただの、動画を撮ろうとしたけれど警察が邪魔して撮影出来なかっただの、そんな話ばかり。
昨日の真実を知っている人は居ない。聖杯戦争ももう佳境を迎えつつあるが、運営役は上手に隠蔽工作をしているらしい。
今日一日、玲亜の姿が見当たらなかった。
学校の屋上や彼女のクラス、思い当たる場所をふらっと探してはみたが何処にもおらず、クラスメイトに尋ねたところによると今日は休みだったそうだ。
昨日公園で分かれた後から会っていないので、今後の作戦会議もかねて顔を見たかったのだが。
「しょうがない、玲亜の家に顔出すか」
放課後亥狛は玲亜の家に向かった。
もう夕方だと言うのに屋敷に灯がともっておらず、少しばかり陰鬱な空気が漂っているようだ。>>22
亥狛は屋敷のドアを叩く。すぐに返事はなかったが、しばらく待っているとゆっくりと扉が開いた。
玲亜の顔にいつもの気丈さは感じられなかった。亥狛が疑問を口にする前に、玲亜が口火を切る。
「私、負けちゃった」
一瞬、何を言ってるのかよく分からなかった。しかしふと彼女の右手を見やると、昨日まであった筈の令呪がないことに気付く。
「────」
言葉に出来ない。昨日まで居たはずのアヴェンジャーの気配もなく、屋敷はがらんとして見えた。
一体何があったのか、誰にやられたのか、皆目見当もつかない。
「………とりあえず、中入って?」
困ったように笑いながら、玲亜は小首を傾げてそう言った。亥狛はこんな時になんて言ったらいいのか、気の利いた言葉を持ち合わせてはいなかった。
「さっきも言ったけど、私負けちゃったから」
あっけらかんとそう言った玲亜の表情は先ほどとは違っていつも通りだった。
薄らぼんやりと点いた灯りがゆらめいている。
「……一体誰にやられたんだ?あのアヴェンジャーが簡単に誰かにやられるだなんてとても思えない」
紅茶を持つ手が震えている。気丈に振る舞ってはいるがやはり昨日の敗北が癒えていないのだろう。
「……分からない。相手は薄いモヤのような、実体のない雲みたいなヤツよ。攻撃が当たってる感触さえなかった」>>23
「雲……?」
玲亜の発言を聞き、亥狛は先日遭遇したある怪異現象を思い出す。ランサーと二人でいる時に見つけた、突如現れて何事もなく消滅した黒い霧。
アレがなんだったのかは不明だが聖杯戦争となんらかの関係がある事は間違いなさそうだ。
「サーヴァントかどうかさえもハッキリしない、バケモノみたいな存在だったわ。
アヴェンジャーも私も全力を出したのだけれどなす術なく。アヴェンジャーはバーサーカーに呑み込まれるようにして消滅した」
けれど、と言葉を続ける。
「そのバケモノのマスターが誰であるかは確認できたわ」
「そっか。なら話が早い。玲亜の代わりに俺たちがソイツと戦って───」
「亥狛」
亥狛が話すのを玲亜が遮る。一口紅茶を口に含むと、改まった様子で亥狛に向き合った。
「そう言ってもらえるのは有り難い、けどココからは覚悟して聞いてほしいの。亥狛にとっても、きっと、決断を求められると思うから」
「よく聞いて。聖杯戦争の最後のマスターは、貴方の恩人でもある魔術師、シスカ・マトウィス・オルバウスよ」とりあえず今回は以上です。
リレー的に多分まだ自分のターンでしょうから、また後日投稿します。「そんな、信じられない」
真実を聞かされた亥狛は目を見開いて首を振る。無理もない話だ、今まで信じていた自分の師が自分の敵でもあるだなんて考えたくもない。
「けれど真実なの」
「今残ってるサーヴァントはランサーとバーサーカー、つまり貴方とシスカの二人だけ。最終決戦までもう時間は残されてないわ。受け入れるには時間がかかるだろうけどなるべく早く────」
玲亜の言葉が止まった。彼女の視線が亥狛の背中側にある窓へ向けられてる事に気付くと、亥狛は振り返る。
窓の景色は真っ暗闇だ。まだ夕方だと言うのに外は深夜みたいに黒一色で、流石にこれはおかしいと眉を顰める。
「やぁ。ごきげんよう諸君」
聞き慣れた声がしたと思えば、窓硝子が突然割れた。呆気なく粉々に散らばる破片をヒールで踏みながら闖入者は優雅に登場した。
「聖杯戦争を終わらせに来たぞ」
シスカは不敵に笑みを浮かべる。
ーーーーーーーー>>26
結果として、手も足も出なかった。
ランサーは全力を尽くしてバーサーカーに応戦した。彼女の名誉のために言っておくと、ガレスという英霊は並みいるサーヴァントの中でも上位に位置する強さである。
円卓の騎士の一員として名を馳せた彼女であればたとえどんな強敵だろうと一矢報いることくらい出来たはずだ。
だが先刻の戦いは、戦いにすらならなかった。
傷一つ付ける事も出来ずただ手をこまねくだけで、勝つ見込みなんて皆無。あのまま戦いを続けていればジリ貧は免れなかっただろう。
だから亥狛達は逃走という選択をとった。「敗走ではなく、一時撤退」そう自分の心に言い聞かせながら。
玲亜の邸宅はバーサーカーに手酷く破壊されたので、緊急避難として一行はビジネスホテルに宿泊していた。
飛び込みで空いてる部屋がダブルベッドしかなかったのが非常に手痛いが、贅沢をいってられる余裕はなかった。
「取り敢えず体を洗いたい」といった玲亜はそそくさとシャワールームへと入っていった。思い出の詰まった家を壊されて内心穏やかではないだろうが、彼女は至って落ち着いてみえた。
亥狛はソワソワと落ち着かない様子で玲亜を待つ。野宿には慣れっこだがこういったホテルに入るのはまだ慣れない。それも年若い女性と一緒に、となると初めての経験だ。
「いやはや若いですねぇ」とランサーに茶化されたけど、上手くいなす余裕はなくただ居心地悪そうに俯くばかりである。
「お待たせ」と声がしたので振り返ると、寝巻きに着替えた玲亜がいた。湯で上気した肌のせおか、なんだかいつもと違う彼女みたいにみえてならない。
そんな事はお構いなしと玲亜はベッドに飛び乗ると、手持ちの鞄からスマートフォンを取り出して操作しだした。
「さ、情報を整理しましょ」
「真名当てクイズの時間よ」駆け足も甚だしいですが、一旦これで一区切りです
伏神の続きです。
「そもそもの話、全く攻撃が効かない英霊だなんて存在するのか?」
「世界の神話では無敵の英雄、ってのは存在するわ。ただし条件付きなのがほとんど、内臓だったり踵だったり部位が弱点ってパターンもあれば、時間帯で強さが変わってくる英雄もいたりする」
「兄様みたいな英雄ですね!」
「そう、日中だけ最強になるガウェイン卿なんかはまさにそれよね」
何故だかランサーは誇らしげだ。
「でもあのサーヴァントは無敵、って感じでもないんだよなぁ」
亥狛は顎に手を当てて呻る。彼が自信なさげに発したその言葉に引っかかるものがあったのか、玲亜はさらに追及する。
「というと?」
「いや、無敵というよりも……そもそも当たってない、条件を満たしてない、って感じか?」
「あ、それは確かにそうかもしれません」
姿勢を正したランサーが挙手をしていた。
「あのサーヴァントに何度も攻撃を仕掛けましたがどれも命中した手応えがまるでありませんでした。生前何度か日中のガウェイン兄様と手合わせした事がありますが、その時とはまるで違う」
ランサーはうーんと思案して、
「煙みたいに掴みどころのない、まるで正体不明の怪物のようでした」
「正体不明の、怪物」
不意に部屋が静まり返る。何かしら手がかりが見つかれば対処のしようはあるが、正体不明の怪物となると手の施しようが見つからない。
その後もああでもないこうでもないと議論を交わすも確証を得られる事はなく只々時間ばかりが過ぎていった。
煮詰まった会議ほど重苦しい空気を帯びるものはない。そもそも会議のうち一人は人外、もう一人は遥か昔の英雄なのだから実質玲亜一人で推論を立てる形になってしまっていたのだ。>>29
ギリシャ、インド、ブリテン、北欧───どの神話体系にも該当せず、尚且つ無敵の逸話を持つ英霊。
玲亜はじめ、三人は途方に暮れていた。気づけば夜もとうにふけて、時刻は午前三時。亥狛は手元にあったお菓子を軽くたいらげて、どこか落ち着きのない様子で座っている。どうやら小腹が減っているらしい。
「食べていいわよ」と玲亜が差し出したチョコ菓子を嬉しそうに頬張っていた。そうこうしているうちにランサーがぽつりと呟いた。
「そういえば攻撃手段も実に多彩でしたね。触手を使ったりナイフが飛んできたり、変な笑い声や叫び声、ゲーム音が聞こえてきたり……何と言いますか、ごった煮って感じでした」
「ごった煮……もしかして単独の英雄じゃない、とか」
「そんな事ってあり得るのか?」
玲亜は自信なさげに首肯する。
「考えられなくも、ないのかしらね。複合霊基……いやそんなの普通あり得ない、だとすれば───」
そういって玲亜はおもむろにスマートフォンをいじり始めた。精密機器の操作が苦手な残る二人は玲亜の背中から画面を覗いている。
「なんか分かったのか?」
「多分ね、概念がサーヴァント化したものじゃないかって」
「ガイネン?」
「そう、単独の英雄ではなくて色んな事象をひっくるめた『概念』。たとえば物語に登場する人物がサーヴァントになるんじゃなくって、物語そのものがサーヴァントになるってケースね」
亥狛は今ひとつ得心がいかない様子だが、ランサーが助け舟を出してくれる。
「ギリシャ神話のヘラクレスが英霊になるんじゃなくって、ギリシャ神話そのものが英霊になるって事ですね」
「……?……なるほど」
「そういうコト。そして攻撃手段の中に『ゲーム音』が出てきた。って事はかなり新しい概念になる、と考えると───」
そう言って、玲亜の指がぴたりと止まった。
「都市伝説を一纏めにした概念、クリーピーパスタ。これじゃないかしら」終わりです。また折を見て投下していきますね!
第■回、投下しますね。
「二人だけで、大丈夫かなあ」
午前の喫茶店で、キャスターと二人。
私の前にはエクレア、キャスターの前にはコーヒー。
そんな状況で、とある作戦に出た同盟相手の結果待ち。
とはいえ、相手は私達と互角に戦ったアサシンすらも倒した、セイバーの見立てだと今大会最強のランサー陣営。
昨日の夜に話し合って一番良い作戦を選んだからって、不安はある訳で。
「キムチもジハードも輝く拳の前に敗れ去った。《あの二人なら大丈夫だ。それに、果たし状を渡して帰るだけだろう》」
二人揃って出かけたのは果たし状を渡す為。
最初は全員でランサー陣営の拠点を探して攻め込めば良いかと思ってたけど、ハリーさんがキャスター:刑部姫が工房化したスケート場にバーサーカー:フローレンス・ナイチンゲールを誘い込んで倒したっていう過去の放送を思い出したので中止になり。
だから、相手の工房で戦わない為に、広くて被害を気にせず戦える場所での決闘を申し込む事に。
決闘の舞台に選んだのは南東部の廃工場。
霊地じゃないから、キャスターでは工房にすることは出来ないけれど、人気が無くて広いからランサー陣営だって乗ってくれる筈。
後は果たし状を渡しに行った所を狙われないように色々やったけど、待つしか無いのは苦手だなあ。来栖市北部の公園で行われる人形劇。
ランサー陣営によって公演されるそれは、遠巻きに見ても観客の心を掴んで居るようで、今日が休日な事もあってか満員御礼といった所。
そんな観客の中に紛れ込んだのは、キャスターの魔術で戦闘能力を一般人並に低下させるのと引き換えにサーヴァント特有の気配やステータスを隠し、普段は着ないような肩と胸元を出した青いトップスと黒に近いグレーのタイトスカートに身を包む事で変装し、スキル:一般命令81号を駆使して押しが強めな外国人観光客を演じてさえいるセイバーだ。
やがて劇は終わり、一部のファンがランサーのマスター:天音木シルヴァに押しかけてサインをねだったりする流れになり、その流れにセイバーも入り込み……。
『マスター、無事に渡せました』
ファンレターに偽装した果たし状を渡したセイバーが、その場を離れ始めると同時に念話をしてきた。
ランサー陣営はセイバーに気付かなかったか、それとも気付いた上で敢えて見逃したか……どちらにせよ、セイバーを抱えて空を飛んで逃げ回る事になるのは避けれたらしい。
外見も仕草も別人に見えて違和感が凄いけど、そこは気にしない事にして……後は、このまま人混みに紛れて移動すれば良いだけだ。
『OK、このまま銀河達の待つ喫茶店で落ち合おう』
午後8時、南東部最大の廃工場で決戦だ。以上です。
廃工場については、概ね双方が割と制限なく戦える場所位の認識で大丈夫です。「はぁ……聖杯大会はこれまでも何度も開催されていたけれど……これが“欠点”よねぇ………」
「欠点、というのは?」
「見てわかるでしょう。こういうエンターテイメントのお誘いをかけられると、かけられた側は不名誉を賜るか意気揚々と挑むかの二択なのよ。ホントにもう……」
別に、自分を見せ物としたやり取りが嫌いなわけではない。人形劇だって、人形と物語が主役と言えどもある種人形師の技術を見せ物としだのだし、そもそも私自身もそれなりにメディアの露出はしている。それなりに表舞台に立つ魔術師というのはそう少なくないけれど、この私もその類だ。だから別に、抵抗はない。他人の作った舞台に乗っかるのも、自分を売り物して魅せるのも。
けれどそれは、明確な利があるからだ。天音木シルヴァは非合理を良しとするが、魔術師として己を定めたオーレリアはそうではない。それが一族の定めた根源到達のプロセスに対して如何に役に立つのか。その為の道程として合理的か。その一点で生きてきた。その一点で動いてきた。そしてこれは聖杯大会。根源に手をかけるにはあまりにも莫大なショートカットだ。「だから、本当はやりたくないの。どれだけ卑怯と言われても、コソコソ闇討ちが一番よ。魔術師だもの。どうやって勝つか、どうやって倒すかなんて選択肢はいくらでもある。でもそれはできない。だってこれはみんなが見ているから。勝てば良いわ。でも負けた時は?私は、どういう評価を受ける?」
「名声ガタ落ち、ですか。魔術師としては致命的ですね。変に傲慢なのがあなた達だから」
「そうよ。目的のためなら人を気兼ねなく使い潰せる非人間のくせに、変に拘ってプライドにしがみつく矛盾した生き方をする。それが魔術師よ。だからね……そんなことして負けたとして、それをたくさんの人が見てるこの大会じゃねぇ……負けた後のことを考えるならば、それはできない。負けるにしてもかっこよく負けないといけない」
だから、やるしかない。だってそれをみんなが見ているから。だってそれを望まれているから。望まれたことを、望まれたように。多種多様な人間がひしめくこの社会で生きるには、誰かの誘いを受けることも大事だ。嫌ではあるが、それはそれ。私は逃げずに戦うべきだ。
「さぁ、行くわよ。泣いても笑ってもどうせこれで終わり。どうせ私の代で全て終わりですもの」
「人間というのは本当に面白いですね。ええ、どうか私にも付き合わさせてくださいマスター。あなたのその思いの行末を」「あら、こんにちは。随分なご挨拶をくれたわね。話を聞くにはあなたはそういうタイプでもなさそうだったのに」
選ぶ手段は真正面から。どうせ私が何をしたところで最優であるセイバーの対魔力など貫けないだろう。ランサーはそういうのが得意なタイプでもないし。それにもう一騎。キャスターというクラスを考えると、やはり搦手が有効に働くとは思えないから。
「返答はいいわ。やりましょう?」
マスターとサーヴァント。二つの括りに分けるように草木のカーテンははためき動く。ここで勝負をつけるために。ここで全てを終わらせるために。手に入れた小聖杯のブーストも使用して、魔力制限は解放だ。最初から、全力で。
「ごめんあそばせ」
鉄筋をも軽くへし折る一撃が、まるでただの素振りが如く、セイバーたちに打ち放たれた。以上です
手札を伏せることは宝具以外はなし、最初から全開です来栖市南東部、第■回聖杯大会の決戦が行われる廃工場へと続く道。
只でさえ人気のない区域で人払いが行われ、誰も通らない筈の道にやってきたのは一人の男。
黒髪を緩いアフロにし、筋肉質な褐色の上半身の上から黒いジャケットだけを羽織った分厚い唇の男……アメリカの迷惑系動画投稿者スタン・マスターグ。
聖杯大会の決戦に乱入して名前を売ろうとした愚か者……そもそも聖杯大会の映像自体に認識阻害の術が仕組まれているのですが、だからといって見逃す理由など無い訳で。
神秘の漏洩を気にせず際どいやり方を続け、魔術協会にマークされてる事にも気付かないスタンは、私を発見すると大きく口を開けて火球を放つ。
一工程(シングルアクション)の魔術、しかし動作が奇抜なだけで魔力避けのアミュレット程度でも防げるそれは、案の定私に触れる事すらなく霧散した。
避けても良かったのですけど、火事になってはいけませんし……終わらせましょう。
「あべらばあっ!?」
全身に裂傷が発生し、致死量の血液を撒き散らしながら倒れ、命を落とすスタン。
まともな魔術師・魔術使いならまず効かないようなレベルの霊障ですが、これで十分でしたね。
こんな悪質な者でなければ暗示の掛け直しで済ませれるのですが……。
「っ……!?」
廃工場付近での急激な魔力の上昇。
Km単位で離れた位置からも確認出来る程の大きさ……それが指し示すのはサーヴァントが攻撃体制に入ったという事。
第■回聖杯大会、その決戦が始まった。【ANIMA!】
ランサーの素振りでもするかのような一撃とキャスターとハリーさんが風を纏わせてセイバーが投げたサーベルが激突して、サーベルが叩き落とされる。
次にセイバーが踏み込みの勢いを乗せた袈裟斬りを放つもランサーの槍に押し返される。
けど、今度はアニマを装着したあたしが白熱化した右腕の爪を振り下ろす。
アニマが持つ切り札、これならどうだ。
「残念、貴女は向こう側です」
白熱化した爪を槍で受け止めたランサーが、そのまま私を植物で出来た壁の向こうに弾き飛ばす。
壁を突き破り、コンクリートの床に叩き付けられそうになったけど受身を取って着地し……周囲にはハリーさんとランサーのマスター、そして二日目で戦った人形達。
しかも、奥の方は暗くて見えないから、まだ他の人形とかがいるかもしれない。
「分断されちゃったね」
「仕方ないよ。銀河が出てきた穴はもう塞がってるし……プランBで行こう」
「うん、あたし頑張るよ」プランBってことは、どうにかして隙を作ってハリーさんがランサーのマスターから小聖杯を奪えるようにしないと。
というわけで、手近な人形の胴体に飛び膝蹴りを叩き込む。
着地すると向かって来た人形を殴り付けて、頭突きで首をへし折り、次に来た人形を殴り飛ばすと今度は左右から人形が来る。
左手の爪をアイアンクローのように突き出して左側から来た人形の頭を粉砕して、反対側の人形は右手の爪で袈裟斬りにする。
「お次はこれ!」
【INVELEMENT!】
インヴェレメントに換装して、両手の甲から光の触手を展開し、右手の触手をカウボーイのように頭上で振り回して構え直す。。
左手の触手を手裏剣を投げようとした人形に突き刺し、右手の触手を鞭のように振るって別の人形を破壊し、それらを潜り抜けた人形は跳躍しながらの膝蹴りで吹っ飛ばす。
晩御飯にハリーさんお勧めの店で粗挽き肉のハンバーガー食べたし、負ける気がしない。
「今度はこれだ!」
【PRIMAL!】プライマルに換装して右と左で交互にパンチして近くに居た人形の姿勢を崩し、右のアッパーで殴り飛ばす。
回し蹴りで次の人形をへし折ってジャンプ、飛び蹴りで別の人形の頭を潰す。
すると、人形が三体向かって来たので手甲から刃を伸ばし、一体目を両手の刃で挟むかのように斬り付け、二体目にバツの字を描くように両手の刃を振り下ろす。
そして、三体目の胸と腰を横に斬り裂き、ダルマ落としのように人形の腹部だけを蹴り飛ばす。
【GUNCERESS!】
「魔法少女、参上!」
ガンサレスに換装してカードホルダーからカードを引き抜き、そのカードの力を込めた弾丸を真上に発射。
続いて魔女帽子からリング状のカッターを放って人形を両断すると、さっき発射した弾丸が急降下して別の人形を撃ち抜く。
次に魔女帽子から放ったエネルギーリングで拘束された人形を、そのまま小悪魔型ビットが集中砲火でトドメを刺す。
「まだまだ!」
射撃で一体、後ろに縦回転しながらジャンプして空中射撃でもう一体、新たに引き抜いたカードの力で浮遊してからの射撃で更に一体と人形を撃ち抜く。
そして、ライフルをメイスに変形して大きくジャンプ……縦回転で勢いを付けて人形目掛けて振り下ろし、叩き潰す。
その時、風の魔術で援護射撃してくれているハリーさんの声が聞こえた。「銀河、囲まれてるぞ」
「けど、これなら大丈夫」
【NINJA PHASE!】
【心に忍ばす無慈悲な刃……………影に潜めば者と化す!】
「大変身(トランス・エボリューション)!」
【METAMORPHOSE!NINJA GLADIUS!】
四方八方から撃ち込まれた刃を、ニンジャグラディウスの全身から出現した刃で叩き落とす。
胸のハートマークから引き抜いたグラディ影刀で薙ぎ払って刃に紛れて接近してきた人形を真っ二つ。
そのまま影と同化して、人形の右側に現れてグラディ影刀を振り下ろし、別の人形の左側に現れて横薙ぎ、更に別の人形の正面に現れてその胴体を真っ二つ。
そして、次に使うのはフォーリナーを封印した後に手に入れた二つのアーマーの内の一つ。【GIGANT MUSCULAR】
巨大戦特化型アーマー、ギガントマスキュラー。
建物の中で戦うから追加装甲は一番小さいものだけ装着したけど、それでも身長3mにまで大型化、単純なパワーは今使えるアーマーの中で一番上。
私は、その右腕を振り下ろし、一番近い人形をコンクリートごと叩き割った。
「キャスター、宝具は」
「拳が熱いぞ。《間に合わんな》」
「ならば……!」
前傾姿勢のまま接近し、軍刀で左下から右上へと斬り上げるが、ランサーは後ろに跳んでそれを回避。
キャスターが追撃とばかりにその肉体から触手の如き魔術式を放つが、着地したランサーの乱れ突きによってあっさりと千切れ飛ぶ。
続いてランサーの突きが放たれ、横に跳んでどうにか回避する。
「ココアにソーダとクエン酸を混ぜよう。《マスター達が小聖杯を奪うまで持ち堪えるしかない》」迫り来るランサーに対し、キャスターが風を纏わせた軍刀を振り上げる。
すると同時に下から上へと風が巻き起こり、更に上下に軍刀を振るい続ける事で砂埃が舞い上がり、ランサーは反射的に足を止める。
すかさず私は跳躍して回転斬りを放ち、風を纏った軍刀がつむじ風を巻き起こす。
攻撃範囲の増大に気付いて後ろに跳躍するランサーを追撃する為、私は着地と同時に疾走。
「なるほど……ですが、小手先の技でしかありませんね」
そう言うランサーは大上段に構えた槍を振り下ろし、砕けたコンクリートが土と共に吹き上がった。
咄嗟に軍刀を盾にして衝撃から身を護ったものの、軍刀が纏っていた風は掻き消されてしまっていた。
「っ……力で駄目なら……!」
軍刀をもう一本作成し、二刀流の構えで走り出し、手数で勝負とばかりに連続で斬撃を放つ。
しかし、ランサー相手には威力が足りず一合毎に押し返されていき、たったの六合で軍刀の間合いの外に追いやられた。
「付け焼き刃では、怪物には届きませんよ」新体操のバトンのように槍をくるくると回しながらそう言うランサー。
そして放たれた強烈な刺突を私は二本の軍刀を重ねて受け止め、軍刀の刃が砕けると同時にに後ろに跳んで衝撃を抑え込む。
それでもダメージをゼロには出来なかったらしく、着地すると柄だけになった両手の軍刀が滑り落ちた。
「……そうですね。では、これならどうでしょう」
私は両手の指の間に軍刀を作成し、そのまま投擲。
その直後に再び軍刀を作成、そのまま投擲と作成を繰り返す。
「この弾幕、受け切れますか」以上、第■回の更新でした。
「空気打ち……風の特徴は不可視であること。不可視であるが故に対処が難しい、というのは特徴の一つだけど……うん、大体わかった。本命は、そこね」
起こりの句がなくとも魔法陣による軌道が見えるのならば対処は可能だ。しかしながら、大暴れするあの少女を抑えながらというのはなかなかに困難だ。おそらく、そこが狙いだろう。単純に人数差というのは厳しいものだ。それに、相手がとんでもない化け物であった際には戦闘経験の差などあっさりと覆りかねないし。そこも含めて、上手く立ち向かうには工夫が必要だ。使うのは知識と技術。力で勝つな。私はそんな大層な魔術師ではない。
「何が効くか、一から百まで試してみましょう?」
夜穿の逢花は四大属性の全てを魔力弾に。電機人形を併用して直接操作しつつ投入。大量の人形たちの魔術式制御に使う魔術回路はオフにして、極めて単純的な行動プログラムを挿入。そもそも自立人形ですらない木偶の坊で、この大量の人形を動かすとなると私の才能では到底無理な話である。だから人形の動作に大した違いは出てこない。唄鬼の刹菜は人形に紛れて不活性状態で設置。ここぞという時に放つべきだ。「糸は使えるわね。よし、やることやって行きましょうか」
小聖杯を取られることが最も警戒すべき負け筋。それを考慮すると、私自身ができることはただ一つ。糸を展開し、対応できるようにする。そのために大量の人形を制御することは諦めた。先程も考えたように普通に非効率だし、なにより魔術回路が持たないから。遊びは捨てる。本気でやる。あの強大な力に手をこまねいていては勝てないから。
「私は、油断しない。ハリー君だったわね。あなたのことも、ちゃんとみてる」
「…………あまり嬉しくは………」
「そう警戒しないで。どうあれ、勝つか負けるかよ。そうでしょうランサー。そっちにも色々送ってあげる」「ええ、ありがとうございます。では遠慮なく」
大量の軍刀の群れをあえて受ける。もちろん危ないものは叩き落とすし、避けれそうなものは避けるが、“本来の姿の一端”を晒すことで対処できたものはできないので、所々に傷ができる。今のランサーは人間体へと変化している代償により本来の人外としての耐久力が変化しているから、刺さるときは刺さる。だが、それで良い。本来の性能を誤認させれば良い。別に宝具を使わなければ一端すら晒せないわけではないから。そして出来た傷は、今治してもらえる手筈が整った。
「……魔術?」
「ええ。マスターによる治癒魔術と強化魔術です」
夜穿の逢花。あらかじめ作り出している魔術結晶を蕾に吸収させることでさまざまな魔術効果を放つ魔術礼装。治癒魔術も、強化魔術も、あらかじめ結晶として作っていたものを放出するだけ。この礼装を起動する以外でマスターの魔力を消費するわけではない。だから結晶がある限り、マスターの魔力消費を気にすることなくそれなりにやれる。そう、小聖杯のリソースを今まで通りに割けるわけだから……「さらに早めます。あちらにいる少女の形をした何かはどうやらあまりにも強いようですから」
振るう槍はさらに激しく。さらに奔ってうねり、暴れる。その本質を隠すかのように、暴れ回る。仮に特大の一手が来たのならば、その時こそ……
『身体の一部だけでも、随分と。私の身体は大きいので。負けかけてまで秘匿する必要はもうありませんしね』
方針としてはマスター側はとりあえず色々乱打して試してみながら自己防衛を最優先、サーヴァント側は重めの攻撃をかまされた時のカウンター狙いみたいな感じです第■回の投下……とその前に、前回投下したものの内>>44と>>45の間に抜けた部分があったので投下します。
特に展開等に変更はありません。
キャスターの魔術が私を強化する。
三人がかりでキャスターの宝具が発動するまでの時間を稼ぐというプランAは破綻したが、それで勝負が決まる訳ではありません。
そういう訳で距離を詰め、縦・横・斜めと三連撃。
それを防がれたら心臓目掛けて突きを三連。
それが槍の柄で反らされたら、次は八つの斬撃……しかし、それすらもランサーには届かず、後ろに下がる余裕をランサーに与える始末。
「海の怪物でありながら日本人の美女らしき姿を持つ……ランサー、貴女は何者なのです?」
「そちらこそ。剣技に変装に演技……多芸過ぎじゃありませんか、セイバー」
そう返すとランサーは跳躍し、空中から床に向けて突きを放つ。
咄嗟に飛び退いて躱したら次の刺突、それをまた躱し……四発目を躱した所で漸くランサーが着地。
そのまま私に向かって駆け出す。
「黄身と蕎麦をフライにする。《私を忘れるなよ》」それでは改めて、第■回の投下を。
「わわわわわわっ!?」
火、水、風、土……四属性の魔力弾が巨大な花から雨の様に撃ち込まれる。
ギガントマスキュラーの防御力なら殆どダメージは無いけど、これじゃ衝撃で動けない。
そして、その攻撃が止んだと思ったら目の前には人間サイズのロボットが居て、電撃を纏ったパンチを浴びせてきた。
「こうなったら……」
【PRIMAL!】
ギガントマスキュラーの追加装甲をパージして、プライマルに換装。
両拳を突き出して、換装の隙を突こうとした人形を吹っ飛ばし、右腕のパンチでもう一体の人形を倒す。
更に、右パンチで一体目、左パンチで二体目、拳を振り下ろして三体目、蹴り上げで四体目、ジャンプして組んだ両手を振り下ろして五体目。
「銀河、人形は僕が何とかする」
そう言うと、ハリーさんは攻撃に打って出て、風の弾丸や刃で次々と人形を壊していく。
なら、私はロボットとお花を……そうすれば。【METAMORPHOSE!NINJA GLADIUS!】
ニンジャグラディウスに換装。
すると、再びお花から魔力弾が放たれたので、全力で回避。
軽装なニンジャグラディウスだとお花に近付くのは危険……けど。
『絶命NINPOW』
そのままロボットとの距離を詰めて、その両手足を蹴り上げる。
すると、宙に浮かび上がったロボットを十字架状のエネルギーが磔にするかのようにして拘束。
『GRAND CRUSADE!』
それを確認したら天井ギリギリまでジャンプ。
フォーリナーを追い詰めた飛び蹴りをロボットに叩き込む。
コンクリートの床に叩き付けられ、動かなくなるロボット。
そして、次に換装するのはもう一つの新アーマー。
「これならどうだ!」
【METAMORPHOSE!KARATE BUSTER!】ライダーとの戦いで見せた強化魔術によるものか、更に勢いを増すランサーの槍。
その僅かな隙を突いて喉元へ刺突を放つも、大きく後ろへ跳んで躱される。
細かく前方へと跳躍を繰り返し、時には壁を足場にしながら前進し、側面から首への斬撃を放つも、ランサーは余裕を持ってそれを躱す。
「全く、幾つ技を持っているのやら……けど、アサシン程極めては居ないようですね」
先に構え直したランサーが二発の突きを放つ。
それを躱しながら距離を詰め、流れる様に連続した斬撃を放つが、ランサーは槍の柄を巧みに操って防ぎきる。
だが、この攻撃の目的はもう一つ。
『マスター、宝具を!』
軍刀を振るいながら念話でマスターに呼び掛ける。
そして、軍刀を突き下ろし、それを躱したランサー目掛けてそのまま斬り上げる。
大きく距離を取ったランサー……時間は稼げました。
『令呪を持って命ずる。セイバー、宝具を使え!』短い念話だけで察したマスターが令呪を使う。
長時間の宝具使用を可能とする魔力リソースの元、此処で宝具を使う。
「伝統を守り、意思を伝え、次代へ繋ぐ。人間の宿す輝きを此処に……『我、合衆国の守護者(リバティ・ガーディアンズ)』」
稲妻の如く眩い閃光が身体を包む。
増大するステータス……その圧倒的なスピードで踏み込むと同時に横薙ぎの一閃。
ランサーは槍で受け止めるが……始めて衝撃をころす為に後ろに跳ぶ姿を見せた。
だが、それはステータス差を大きく縮めても尚、ランサーには届かないという事でもあり……だからこそ、次の一撃で決めます。
故に私は、突きに特化した構えを取り……大きく踏み込んだ勢いを乗せた刺突を放った。以上です。
今回のセイバー宝具使用時ステータスは、筋力B 耐久C 敏捷EX 魔力D 幸運B。
セイバー、ランサー共に更に強化魔術等が上乗せされてる感じですね。「まるで紙屑ね」
何もかもを吹き飛ばし、粉砕していくそれはまさしく常識の埒外にあるもの。呆れるほどに速く、呆れるほどに強い。ぶっちゃけてしまうと勝ちが見出せない。こんな化け物を相手に勝てるわけがない。タイマンならまだやりようがあるというものの、もう一人、サポーターとしてのコンビネーションが的確なマスターもいる。戦いの経験値はこちらが上だとしても、そもそもの能力値の違いというものはある。歴戦の兵士がステゴロで巨人を倒せるか否か、というような話。もちろん、巨人の方が強い。
「だから、そう。足掻くだけ足掻いてみましょうか」
本命となる唄鬼の刹菜は活動を停止した状態で紛れ込ませている。アレを察知するのは相当難しく……最初からフルパワーで起動できたのならば良い感じに一撃は与えられそうだ。とはいえ、こんな様子じゃ効くようにも思えないけれど。
「でもそれは、諦める理由にはならないわ」
この戦いの中、一つ決めたことがある。令呪も、小聖杯も、ランサーに集中させる。自分が使える魔力リソースは魔術回路から生産した分の魔力だけ。必要以上に酷使するということは、体を追い詰めまくるということで。「私の指先は断頭台。私の目は裁きの鉄槌。私の声は汝を吊る首縄である」
第五架空要素。エーテルを、全力で撃ち出す。血の涙で罪を焦がす。己が血液すら燃料に、この悍ましい樹木を起こす。
「次いで、令呪をもって命じる。ランサー、海の化生としての己を楽しみなさい」「もちろん、あなたの願いに応えましょう」
雷光の如き美しき刺突は、確かにランサーの心臓を捉えただろう。あのままでは、そこで終わっていた。セイバーの見立ては間違っていない。完璧だ。相手の限界を捉え、そこを突いた至高の一撃。しかしそれは、相手の底がまだ奥深くなければの話。
『マスターの意のままに。ですが、全てを晒すのはやめましょう。私は全力ですが、底の底まで見せることはまだできない。だってまだ、一人も仕留められていないから』
赤い、赤い何かがセイバーの一撃を受け止めていた。何だか巨大な壁のようで、ただ光を反射するその表面は海に住まう生き物のよう。硬さも硬すぎるわけではない。ただ分厚い。分厚く、大きい。だからこそセイバーの刺突は貫き切ることができなかった。その巨大な壁は、どうやらランサーの片腕が変化したものらしい。
「柔な女でいるのも楽しいものですが……ええ、やはりこちらの方が痛くはない」
巨大な丸柱のようなものが、とてつもない速度でセイバーの天上から降り落ちる。先は鋭利で、当たれば容易く人体を貫くもの。先端から滲む猛毒は周囲を汚染しながら降り注ぐ雨の大災だ。
「お覚悟、どうぞ」第■回投下します。
「しまった……!」
相手の切り札に気付けなかった。
先程まで隠れ潜んでいた樹木から放たれた魔力弾は、直撃せずとも銀河のアーマーの一部を抉り取っていた。
サーヴァントの攻撃にさえ耐えるアーマーを容易く傷つける攻撃……彼女の弱点を突かれたとしか考えられない。
更に悪い事が重なるようで、轟音と共にセイバーの悲鳴が聞こえた。
「キャスター!令呪二画で、セイバーを助けて!」
咄嗟に銀河がそう叫ぶ。
ああ、僕は一体何をやってるんだ……狼狽えてる場合じゃない。
アーマーへの直撃を防げたのは、たまたま銀河が樹木から離れた場所で動き回っていただけ。
逆に、樹木を破壊するには銀河の力が必要……だけど、そうなれば樹木は魔力弾で銀河と相討ちに持ち込んでくる……ならば。
「銀河、僕が花の前まで送るから、花を倒して。そしたらプランCだ」巨大花を倒した後は小聖杯奪取を諦めて時間稼ぎに徹し、セイバーとキャスターに全てを賭ける……これしか無い。
という訳で、銀河が頷くのを確認したら、魔術陣の線路で銀河を巨大花の前へと運ぶ。
銀河自身も魔術陣に合せて走り出したのもあり、驚異的な速さで距離を詰める事が出来て……。
『必殺KENPOW・MAXIMUM STRIKE!』
五秒間に叩き込まれる打撃の嵐……それが、巨大花を破壊し尽くす。
更に、銀河は振り向きながらアーマーを換装。
【GUNCERESS!】
真上から振り下ろされたメイスが、背後から追って来ていた人形を粉砕した。振り下ろされる異形の腕、鳴り響く轟音、声にならないセイバーの悲鳴。
片腕を怪物のものへと変えたランサーの一撃は、セイバーの左腕を粉砕した。
おまけに毒を浴びたのだろう、動きが鈍いセイバーを逃がす為、風の弾丸を放つ。
ランサーには全く通用しなかったが注意を引く事は出来たので更に風の弾丸を連射した後、より強力な弾丸を放ち、セイバーが距離を取る時間を稼ぐ。
ランサーが私の実力を確認するのを優先したからどうにかなったが、恐らく次は無いだろう。
そう思考を巡らせた時、壁越しでも聞こえる程のマスターの声が響いた。
「キャスター!令呪二画で、セイバーを助けて!」
身体を駆け巡る令呪二画分の魔力。
本来なら私では扱えないような規模の治癒魔術がセイバーの左腕を復元し、全ての傷を癒やし、その身体を侵す毒を取り除く。
余った魔力でセイバーを強化すると、セイバーは急加速。
ランサーを中心とした五芒星を描くかの様な軌道ですれ違い様に何度も斬り付けるが、ランサーは異形の腕を身体に巻き付ける事で防ぎきる。
逆にランサーは巻き付けた異形の腕を振り解く勢いを利用して薙ぎ払い、背後に居るセイバーを攻撃しようとするが、セイバーは後方宙返りでランサーを飛び越えながら回避。
ランサーと向き直ったセイバーは軍刀を投擲すると同時に駆け出し、異形の腕に浅く突き刺さった軍刀を引き抜き、そのまま全力で斬撃を放つ。
しかし、ランサーもまた異形の腕を振るい、軍刀と異形の腕が激突。
刀身が砕ける音と共にセイバーが吹き飛ばされ、そのまま廃工場の壁を突き破り敷地の外へと消えた。「あら、順番が変わってしまいますね」
これは不味い。
セイバーが死にはしないだろうが、令呪を使ったとしてもセイバー復帰するよりもランサーが私を倒すほうが早い。
此度の現界で食べた納豆とやらよりも不味い等という冗談すら浮かぶ程に絶望的になる思考を振り払う様に無限頁項と風の刃を放つが、無限頁項は容易く引き千切られ、風の刃は異形の腕に浅い傷を付けるだけに終わった。
今使える最大の攻撃手段が呆気なく無力化されたその時、再び壁の向こうからマスターの声が聞こえた。
「最後の令呪……キャスター、勝って!」
最後の令呪だ。
曖昧な願いであるそれは、単純な強化として発揮された。
それでもランサーには届かないが、セイバーを勝たせる為に少しでも消耗させる事位は出来る筈だ。
『ぐしゃっと潰れた顔が笑う、ならば翼は剣となる《ありがとうマスター、私も全力を尽くそう》』
例外が無ければまともに喋れないこの身を恨めしく思いつつ、令呪一画分の魔力をこの一撃に込める。
そして放つは、渦巻く風の魔力砲撃。
つむじ風を横倒しにしたようなそれを、真正面からランサーに叩き込む。以上です。
この状態のランサーとの長期戦は無理があるので、そろそろ決着に向けていこうかなと。「つまらない生き方はしたくないわね」
大事なのは魔術刻印だけ。魔術回路も必要だけど、まあ片手分ぐらいなら壊死しようともなんとでもなる。糸で無理くり体を動かせば良いだけだし、それでも聖杯というリソースを手に入れればお釣りがくる。それすらダメならゲームセット、一切合切放り投げてただの人形師になれば良い。これはラストチャンスだ。だから命を賭けている。他のみんなは違うかもしれないけれど、私は、魔術師としての命を賭けている。
「最後の最後まで踊るわよ。身体が動かないなら糸で無理くり動かすわ。私の全てが灰になるまで、ね!」
痛みに堪えること。それは魔術師ならまず誰もが通る道。だからこそ、消耗戦で負ける気はしない。少なくとも、サーヴァント側に勝敗がつくまで。
『だから、ランサー。令呪使ってるのよ、その程度でまた使わせる気?』「ええ、その通り。何故なら私は怪物なのだから。片腕でダメなら両腕を。人でないことはもうバレてしまいますし、令呪で補強した分は削られて、さらにある程度かまされましたがこれでトントンです。そうでしょう?だってそもそもの耐久力が違うもの」
額から血を流しながら妖艶に、しかして獰猛な獣の笑みを浮かべる。初めてだ、本当に初めてだ、自身の命に指をかけられたことがあるのは初めてだ。これか、これが殺し合うという感覚か。なるほど、これは存外に……
「面白くないものですね。痛いし怖いし、嫌いです。さようなら、キャスター。あなたがもう少し早く私の本性に気づいていれば」
胸鰭の一撃で押し潰す。これ以上はもう不要だ。ここからは、一対一のぶつかり合い。私が生前にしたことのない、命の削りあい、凌ぎあいだ。普通に嫌だが、嫌だからこそ綺麗に終わらせるべきだ。自身の命が危ういのならば外敵として叩き潰す。野生に生きた獣として、実にシンプルな生存競争のルールだから。
「やりましょう、セイバー。私はもう魔性を隠しません。余計な小細工をすればするほど私が痛い目を見てしまうのです。ならば、もうそれはやめましょう」異形の腕……否、異形の鰭と尾を隠さないことで、私自身の姿はもうほぼ人ではない、と言えるかもしれない。両腕は鰭となり、両足もない。胴体と、頭と、それらが人間の女のように見えるだけ。側から見たら巨大な海棲生物のようなものに取り込まれた女性、なのだろうか?マスターに借りた映画で見た、これはかなりホラー画像だ。
「人の矜持を見せてくださいまし」
こっちも消耗して令呪的にも身体の状態的にもおそらくトントンみたいな状態から短期決戦の意向を受け取った形になります一応キャスターを消滅させたわけではないのでマスターとお話をする時間はあると思いますはい
ここは夜のペレグリヌスベース某所。両腕にドラゴンと悪魔の要素を重ねた異形のソレへと変貌させ、双角と翼を肥大化させる本格的な戦闘形態となり飛翔を続けるとサタン──アサシン───は高揚していた。
「素晴らしい……ッ!先日の廃工場でもそうでしたが、己がこのように聖杯戦争において嵐の中心、即ち試練が一つとして暴れる事が出来ようとは望外の喜び!」
哄笑を響かせ、真夜中の蒼穹を翔ける魔王である。天地を裂く豪爪によって全てを斬り裂きながら駆け続けている。
まさしく災害、災厄と例えるに相応しい所業であり、暗殺者たる魔王の基本戦術であった。
かの”障害”が降り落とす黒雷は最速の矛であり、同時に盾である。近寄る者を貫き、向かってくる攻撃は叩き落とす。彼の悪魔は、この手法でもって、アーチャー……狼であり狩人でもある少女を討ち取ったのである。
撃ち込まれる弾丸と降りしきる黒雷の対決は、高速で飛行しながら電撃をぶっ放す爆撃機さながらの戦法を取るサタンに軍配が上がっていた。
さて……と暗殺者は状況を考察する。現在の戦闘相手は数日前に己が廃工場での戦闘の最後に戦った推定ランサー。そして先日、黒衣のサーヴァントに対して共同戦線を張った少年である。あの2騎は己の試練にどう対応するのか、サタンは獰猛な笑みで思案する。我がマスターである刹那・ガルドロットに関してはあまり心配していない。彼女はまず結界術の名手である為、自衛の手段が豊富であるので己が暴れている戦況からある程度離れた距離にいれば巻き込まれる恐れは非常に低い。万が一結界を破壊されたとしても観視の魔眼の”己存在の希薄化”がある。
そういう訳で、暗殺者は自己のクラス霊器の基本からかけ離れた戦法を行いつつ、これから己と主に襲い来るであろう試練を心待ちにして空を舞っていた。第■回、投下します。
キャスターが負けた。
私とキャスターの全てを込めた一撃は、届かなかった。
だから、耐え切ったランサーの反撃で、キャスターは今にも消えそうになってる。
『黒猫が鳴く。咲き誇る花が人を散らせる。(気にするな、マスター。そんな事より、明日作るカレーの事でも考えたまえ)』
そんな時にキャスターが念話でこう言った。
場違いみたいな一言だけど、そう言われると聖杯大会中に料理してた事を思い出す。
確か、キャスターはシチューとパンの組み合わせを一番気に入ってて、それで明日はカレーにしようって話になって……。
そう考えると、全部終わってても明日はカレーを作ろうって思えてきて……。
『ありがとう、キャスター』間に合わなかった。
ランサーの一撃で吹き飛ばされた私は、マスターの「立ち上がれ」という令呪で霊基を修復し、全速力で戦場へと戻った。
しかし、元いた場所に辿り着いた時には既にキャスターは消滅し、エイのような怪物へと姿を変えたランサーが待ち構えていた。
「キャスター……仇は取ります」
此方はダメージが治りきってないとはいえ宝具はまだ展開している。
何より、キャスターの攻撃によってランサーは一つ一つは浅いとはいえ少なくない傷を負っている。
なら、キャスターの奮闘を無駄にしない為に戦うだけ……その思いで踏み込みの勢いを乗せ、横薙ぎの斬撃を放つ。
しかし、尻尾の毒針で受け止められたので、吹き飛ばされる前に下がる。
今度は、尻尾を狙って全力で斬り上げを放ち……逆に尻尾で軍刀を押し返され、軍刀が折れる音と共に再び後退。
人の輝きを宿して尚、あの怪物を打倒するには神秘(かりょく)が足りない……その時、マスターの声が聞こえた。
『令呪を以て命ずる。セイバー、限界を超えて戦え』
最後の令呪だ。
漲る魔力のままに軍刀を作成、そのまま魔力を身体に駆け巡らせながら構え直す。
令呪の効果が切れるまでの短期決戦……それが唯一残された勝機。
故に、ランサーを、目の前の怪物を斬り伏せる為、私は駆け出した。以上です。
個人的には次で終わっても良いかなって感じで、セイバー陣営の手札全使用。「速い。そして鋭い。何より重い。愚鈍である私をここまで削り倒そうとしたこと、ほとほと感銘に尽きます。あなたはとても素晴らしい」
一振り一振りが強化された軍刀は宝具に至らないレベルで引き出されたランサーの魔性の肉体すらも貫き切り裂く。軍刀の投擲のみならず、雷光を帯びたその一閃は深々と身体を切り裂いていく。ランサーの身体の動きでは到底捉えきれないほどの速さだ。奥の手を出さない限りは、きっと。
『取れる手段は二つ。……令呪などの後押しをもらって限界まで耐え抜くか。もしくは宝具の解放。ですが、宝具……宝具は……うーん』
人間は脆く儚い。これがランサーの出した結論だ。敵意のない身を捩る動きだけでも人々は恐れ慄き怪異と成す。人が海の奥底を支配するには未だ遠い。それほどまでにランサーの秘める神秘や身体能力は恐ろしいものがある。
だからこそ、迂闊に宝具は使えない。使ったとて、そこから先はどうなる?マスターを巻き添えにして殺してしまうだろう。マスターも消耗しているようだし、ここから逃げ切れる術はない。よしんばマスターが逃げたとて、他のマスターを殺してはおしまいだ。ルール違反で見事失格、ここまで頑張ってきたものが全て泡に還る。
『耐え抜く手段が一番適している……けれど痛いですし……それに霊核を砕かれては終わりですからねぇ……中々に難しいところではあります。ここまで頭を捻って戦ったことなんて人生で一度もないからどうすればいいか……!』『決まりよ。ここで日和ったらどうしようもないわ。決着をつける』
曰く、令呪というものはマスターとサーヴァントの意思が合致した上で適切な命令内容を施せば奇跡にも等しい事象を起こすこともあるという。過去の記録によると、空間転移までを可能にしたのだとか。
だからこそだ。そんな特大のものを持っているのならば使わない手立てはない。必要な選択は耐えではなく、攻撃だ。
『令呪をもって命ずる。宝具を解放なさい。重ねて令呪をもって勅令とする。聖杯大会のマスターに傷をつけないよう振る舞いなさい』
『なるほど、よしなに』
巨大な、巨大な島が浮いていた。空を覆い隠し、あたり一帯を暗い影へと落とし込む巨大な何か。よく見るとのっぺらとした表面だし、ゆらゆら揺れているような気がする。もしかして生き物なのだろうか。
これこそが海を漂う大怪異。攻撃の意思はなく、全てを粉砕する嫋やかな怪物。本来ならば対象の区別なく身じろぎ一つで周囲を粉砕し毒で汚染するはずだが……令呪によって起こした奇跡はこれを防いでいる。マスターたちを傷つけない、セイバーにだけ余波が降り注ぐような身体の動かし方を。
本来のランサーならばできなかったことだ。しかしこの聖杯大会で人間を知ったこと、そしてマスターと令呪の内容への意見一致がこの奇跡を引き起こした。
『では、どうぞ』
宝具開帳です「嵐の夜に」
黒く瞬く稲光が事前にわかっていたかのように、バーサーカーは空間を弄り空気を固め壁を作る。いや、わかっていたのだろう。濃密な魂が見えていた。だから攻撃も対応できた。しかしながら強力だ、自分はともかくマスターはまともに一撃を喰らっていたかもしれない。
どうやら相手は人殺しに躊躇を全く抱いていないらしい。マスターの意志に介さない独断の可能性……にしてはなんだか思い切りがいいし。なんだか面倒だ。敵と己を試すような意図を感じるし、こういう手合いは興が乗るとどんどんギアが上がっていく。
「あげるよ」
黒雷を放ってきた方を刺し貫くように、地面を隆起させる。素早く、一撃が鋭い魔獣を4〜5匹乗っけて。対処はできるだろうがどれほど余裕を持って対処できるかが見たいのだ。第■回、更新です。
これは、負けましたね。
宙に浮かぶ島の如き巨大なエイと化したランサー。
その身体には大量の土砂が乗っているらしく、身じろぎだけで土石流を起こすであろうその怪物は、しかし私だけを攻撃するように力をコントロールしている。
ただ勝つだけなら周囲の被害を試みず土石流を引き起こせば良い。
銀河がマスターを守れば反則負けになる事も無い……それなのに令呪を使ってまで被害を抑え込んだ。
その邪悪とはかけ離れた行いが故に、あの怪物を打倒する程の大義を得ることは叶わなかった。
『申し訳ありません、マスター』
『良いさ。全力を出し尽くしたし、悔いはない』
跳躍し、残る全ての力を込めた斬撃。
しかし。それはピンポイントに降り注ぐ土石流を押し返す事は出来ず……土石流が私の霊基を押し潰した。以上です。
セイバー消滅により、ランサー陣営の勝利。「終わったわね」
『ええ、そうですね』
身体はボロボロ。年甲斐もなく暴れすぎ。………でも、依然健在。何を失うこともなく、私たちはここに立っている。勝ちを手にすることができた。運にも恵まれたけど、やっぱりちゃんと協力しあえたからだろう。
「ねぇ、ランサー。あなたは何が願いなの」
『受肉。……と、言いたいところではありますが……そうですね……今回の現界で一通り楽しんだので、ええ。今回はあなたに全てを譲ることにします。人形劇、細工品、色んなもので楽しませてくれたお礼です』
聖杯の仕組みというものは単純で、薪となるサーヴァントの魂を焚べて燃料となし、それにより聖杯を超上級のリソースとする。これによって、リソースと化した聖杯を用いて願いを叶えるというのが聖杯戦争における聖杯の主なケースだ。つまり、焚べられた魂が多いほど聖杯の性能は向上する。
故に、ランサーが選んだのは自死。己が魂も薪に焚べ、最上の聖杯を与えること。それこそが、此度の現界で楽しませてもらったことへの礼儀だろう。『さようなら、マスター。私はあなたたち魔術師の求める根源到達とやらは何が良いものであるかはよくわかりませんが……それでも、成し得ることを祈っていますよ』
「ふふっ……大丈夫。私も何が良いのかなんて全くわかんないし挑戦することの意義も何にも感じてないから。でも、惰性でもやるときは全力なのが人間よ」
『そうですか。意味のないことを求めるのが人間であると。……では、あなたのその行いに意味が生まれることを願いましょう』
こうして、シルヴァ・オーレリアは聖杯大会の勝者となった。
その後、彼女は己の霊地で聖杯というリソースを用いた魔術儀式を行使。その後、存在の消失が確認された。行方は知れず。孔の観測も能わず。多くがおそらく失敗だと言った。けれど、一部の人はもしかしたら至ったのかもしれないとロマンを口にした。ただ一つ言えることは、一切の痕跡なく消え去ったということで。………たった一人の愛娘が駆けつけたときには、生涯最後に創り上げた庭だけが残っていた。「やあ、こんにちは。君がオーレリアの一人娘?君たちの家はとっくにゴールしたんじゃないかな。それとも……アレは失敗だったと認めるのかな?」
「どちらでもありません。お母様は全力を尽くしました。尽くして、消えた。私はこれの真実を求めるつもりはない。なぜなら私の目的は、根源ではないから」
魔導円卓騎士団長、アイン・グローリアンは驚いていた。随分と気概のある吠え方だ。己が家系に誇りはなく、その功績のあやふやに拘泥することもない。ただ己と母にのみ誇りを抱くその在り方は、齢十数にしては随分と完成された考え方だ。実に誇らしい。ミリア・オーレリア、改めて天音木ミリア。彼女の熱意は相当のものだ。
「私は、私の求める作品を作り続けます。お母様が私を慮って教えてくれなかった魔道に踏み込み、そこに満ち満ちている知識を全て身につける。その上で、私は私の満足いくものを創る。それを私の一族における、魔術師の歴史として史上最高のものとしたい」
「……ふぅん。それで?俺のところに聞いたのは何だ?出資の相談は俺じゃなくてメリル姉さんが専門だぞ」
「成り上がるためにも戦わないと。闘争こそが我が本分。お祖父様までの代は、私たちは代々アメリカの軍人家系だったそうですよ?」
「………へぇ、母君の意向を踏み躙ってまでこちらに堕ちるか。いいぞ、面白い。俺の兄姉……いや、ハル兄さんは何言っても意味ないか。とにかく姉さんと相談した後にお前の処遇を決めよう。なぁに、心配するな。俺はお前が気に入った。俺の首を取ることも厭わないその気概が良い」口調が変わったのは、ただの小娘と侮ることをやめたから。このやりとりの間に、アインは何度も呪詛をかけた。そして何度も、それを打ち破った。顔色一つ出さずに。詠唱をすることなく。
「歓迎しよう、ミリア。母の遺言を切り捨てて示すその意志、必ず報われるだろうよ」
以上でエピローグは終了となります、お疲れ様でした祖国イタリアにて、最後の聖杯大会が幕を閉じた。
大聖杯の限界が近かったのかライダー2騎にアサシン3騎という異様な事態となったその大会は、初日にイクシオンが藤田西湖の宝具に倒れるというスタート。
最終的に、ヘンリー・フェアフィールド・オズボーンと藤田西湖を討ったライダー:ボレアズと、小アイアスと尚雲祥を討ったセイバー:マルフィーザが激突し、セイバー陣営が勝利し、聖杯によって願いが叶えられました。
そして今、聖杯大会の運営に係わった多くの人間の立ち合いの元……。
「これより、大聖杯を処分致します」
焼死した霊を媒体とした炎の魔術を残った預託令呪全てをリソースとして拡大、一種の儀式魔術として大聖杯を焼却する。
思い返すは、過去の聖杯大会。
中華の大英雄二騎が他陣営を圧倒して駆け抜けたシドニーでは、大英雄同士の激闘を制してして聖杯を手にしたマスターが短命を克服。
ティラノサウルスと化したバーサーカーが他陣営が猛威を振るった無人島では、バーサーカーが最後に残した隕石を生き残ったセイバーが破壊。
強力なサーヴァントの多さから最も人気の高いスノーフィールドでは、大火力の宝具が乱れ飛ぶ戦いを潜り抜けた二騎が決闘を行い、吸血鬼のランサーとそのマスターが勝利。
そして、来栖市で行われた前回では、敗退したマスターがそれぞれの日常へと戻っていく中、勝者となったマスターが聖杯を用いて根源へと旅立ちました。
嘗て冬木から奪取された際に損傷したこの聖杯では根源への孔を開く力を持たないのですが、使い方次第ではその工程を大幅に短縮する事も不可能では無いと聞きます。
とはいえ、その結果を知る事は叶いませんが……。
「ああ、一つの夢が終わる」
それを口にしたのは誰だったか。
そんな呟きが聞こえる中、炎に飲み込まれた大聖杯は崩れ、燃え尽きた。という訳で、第■回エピローグ投下しました。
これで完結、お疲れ様でした。音が、あった。
深く、暗い。そのような洞穴の奥から響いている。
風を切るようであり、波を打つようでもある、地より響く……星が巡る音だった。
ゆるやかに、とめどなく、"それ"は星の巡りを吸い上げる。
───大聖杯。
音の発生源はそのように呼ばれる。
主の傾ける杯ではない。ある魔術儀式を成し遂げる基幹システムを成し、同時に地脈より魔力を吸い上げて溜め込むための、器である。
器に溜め込まれた魔力はすでに役目を果たした。空の器となったそれは新しいナニかを受け入れる準備を始めていた。
その様を見つめる人影がある。数は、2つ。
「マスター」
女の声がした。
陰鬱なようで、しかし透明感を含んだ響き。俗世を一時忘れるにはそれなりに向いた声だと、宗谷進三郎は思った。>>85
「準備は、終わりましたか」
問いを投げるその女の恰好は奇妙なものだった。古代ギリシャを思わせる白一色の衣装と黄土色の履物。腰には鏡に似たなにかを下げている。髪の色は銀、瞳の色は紫、いずれにも現代日本に位置する伊草市に溶け込めるものではない。
だが……
「ああ」
返す進三郎の言葉は低く、短い。女の装いを気にかけることもない。それが自然なものだと理解しているからだ。
そう、自然なのだ。奇妙と呼ぶほかにない装いは彼女にとっての標準。デフォルトだ。彼女は遥か過去のギリシャに生きた者なのだから。
「サーヴァントの召喚可能数は上限に達した」
サーヴァント。魔術によって喚び出された霊的存在。彼ら、彼女らは人類史に刻まれた偉人、英傑の影法師であるという。
女もまたサーヴァントと呼ばれる存在だった。真名をアグラオニケ。古代ギリシャに生きた月喰らいの体現者。
「私を含めて総勢六騎。この現代で、よくぞ集めたものです」
「貴様からすれば児戯に等しかろう。なあ、キャスター?」
「……いえ、まさか……」>>86
アグラオニケ───キャスターの賞賛にも進三郎はその心を揺らすことはなかった。進三郎が矮小な現代に生きる魔術師ならば、キャスターは遥か古き時代に生きた魔術師だ。その差を思えば、それは、ごく自然な反応であったが……
「……私は、月を喰らうだけの女ですから」
「何でもいい。貴様の出自が私の使命に及ぼす影響は皆無だ」
「はい」
「貴様は私のサーヴァントとして働けばいい。多くは望まん」
「はい」
「……始めるぞ。聖杯戦争を」
それは、ある大掛かりな魔術儀式の呼称である。
サーヴァントという人間兵器を用いた殺し合いである。
最後まで勝ち残れば───驚くなかれ、どんな願いであっても叶うのである。
「……仰せの、通りに」
だから殺.すのだ。一人残らず。目に映るすべてを。
我が、願いのために。>>87
「さて……」
己がサーヴァントへの最終確認を済ませ、進三郎は他の参加者たちの元へ声を届けるための使い魔を飛ばす。
表向き、宗谷進三郎という魔術師は聖杯戦争を管理・運営する見届け人となっている。聖杯戦争に厳格なルールなどはないが……それでも始まりの合図はあってもよかろうと考え、飛ばしたのだ。
洞穴の出口を目指して五体の鳩型使い魔を飛ばす。
参加者たちの現在位置は把握している。手間取ることなくすべての始まりを宣言できるだろう。
「……らしくないな」
妙に形式ばったやり方をする自分を嗤う。
宗谷進三郎という男は、一言で言えばせっかちな男だった。
宗谷の家の魔術は、限りある命を切り詰めるような代物だった。
せっかちな性分とリミットが近いという状況。2つが噛みあった人生はひどくめまぐるしいものとなった。一分一秒を切り詰めるような生き方を二十年も続けた。その、二十年の成果が、今目の前で音を立てる大聖杯である。
二十年、二十年である。 なんの確証も保障もなく、祈りにも似た焦燥感に駆られながら走り続けた二十年が、けして短いとは言わせない時間を捧げたすべてが、報われようとしている。
要は、浮かれているのだ。目で見えるほどに迫ったゴールを前に、気をゆるめている。>>88
「いかんな。まだ、始まってもいないというに」
ゴールは目前。ただし最後に乗り越えねばならない大きな壁がある。それが聖杯戦争だ。
相手は魔術師に魔術使い、いずれにせよ油断ならぬ相手。そのどれもが超兵器とも言えるサーヴァントを連れている。
もちろん勝ちの目は充分にある。土地の管理者という利、儀式の運営役という利、そして誰も知りえぬ『六騎目のサーヴァント』という伏せ札。すべてを万全に活かす用意もした。充分と言っていい。しかし確実ではない。なんの確証も保障もない…………が、問題はない。これまで走り続けた二十年とやることに変わりない。
油断なく。躊躇いなく。そうすれば、勝てる。
「そうさ、そうだとも」
使い魔たちが参加者たちの元に行くまでまだ少し間がある。その間に、大聖杯の最終確認をするとしよう。
事此処に至れば不要な工程だがやっておいて損はない。そう思い、進三郎は大聖杯に走る魔術式に指を這わせていく。
大聖杯は音を立てている。今なお止まぬ響きには頼もしさすら覚える。
音は止まない。どころか、より、増していく。
風のようで。波のようで。地鳴りのような。
音が、響く。>>89
「?………………!?!」
この時に至り初めて進三郎は大聖杯の異常を感知した。
大聖杯は満たされていた。器の完成から魔力の吸い上げ、そして肝心要の英霊召喚。すべては順調に進んだ。基盤のシステムの又聞きの情報を独自に精査・改良した。不備などない、見られない、はず、なのに。
いいや不備などない。大聖杯は正しく動いている。定められたシステムに忠実である。
ただ、順番を間違えてしまっただけだった。
「なぜだ!? なぜ、このような……!」
大聖杯はサーヴァントの魂を必要数くべて初めて役目を果たせる。しかし進三郎の目の前で唸りを上げるそれにサーヴァントはただの一騎さえもくべられてはいない。必要な要素が決定的に欠けたまま、それでも起動しようとしている。万能の願望器たらんとしている。
当然、願いなど叶わない。
儀式も失敗に終わる───だけでは済まないだろう。未だ地脈と繋がったままの大聖杯が誤作動を起こしたのだ。周辺地域に及ぼす影響など予想すらも難しい。
さらに……
「これは……!? 魔力を吸い上げているのか!?」
未だくべられていないサーヴァントの魂。その代わりを求めているとでもいうのだろうか。空の器だったはずの大聖杯は、急速にその内部を地脈から吸い上げた魔力で満たし始めた。洞穴に響く音はさらに強まっていく。>>90
危険、と。進三郎はそのように判断し、即座の儀式の中止を決断した。異常な挙動を続ける大聖杯を止めるべく術式に触れる指をさらに走らせる。
「ッあ!?」
触れていた指が、手が焼かれた。事前に仕込んでおいた大聖杯の防衛術式だった。
やはりおかしい。干渉を弾くための術式はいくつも仕込んだが、それは触れた者を物理的に焼くような作用は起こさない。なにより管理者たる進三郎にも反応するなど万に一つもありえない。誤作動の結果か、急速に吸い上げた魔力の影響か……否、今は検証の余裕などない。
大聖杯は止まらない。一度動き始めたそれは坂道を転がり落ちるようなものだ。脇道にそらすような真似などできないし、止めるなどもってのほかだ。
もはや正規の手段でなければ介入できぬと判断する。正規の手段───すなわちサーヴァントの魂をくべる、というもの。
くべられた魂が一定数に届けば大聖杯の挙動は正しいものとなる。そうでなくてもサーヴァントの魂が持つ情報量は膨大だ、大聖杯がサーヴァントの魂を読み込む時間も少なからずある。それだけの時間は、稼げる。サーヴァントを倒しさえすれば。
だが、どうやって?
明白である。サーヴァントの霊核を砕けばよい。致命の一撃を与えれば、エーテルで構成された肉体を保てないほどに傷つければ、その魂は自動的に大聖杯内部へ送られる。
明白だ。そして、困難だ。
サーヴァントの戦闘力、強度、精神力、いずれも計り知れない。キャスターという伏せ札があるにせよ、突発的に襲いかかって素直に倒されてくれるようなサーヴァントはいないだろう。
移動時間も問題だ。今から洞穴の出口まで行き、出口がある休火山の中腹から下山し、市内に潜むいずれかのマスターと接触し、これを撃破する。やはり困難と言わざるを得ない。そもそもその間に大聖杯の異常が手遅れにならない保障はどこにもない。>>92
ゆえ、この瞬間にもこの男は即断即決を貫いた。
「令呪をもって命ずる。自害せよ、キャスター。
令呪を重ねて命ずる。自害せよ、キャスター!
さらに令呪を重ねて命ずるッ! 今すぐに自害しろキャァァスタァぁぁああああ!!!」
右手に輝く三画の赤。サーヴァントへの絶対命令権たりうる令呪を行使する。
キャスターが、ある神話に伝わる月の刃を手にとった。間断なく、刃の先を自身に向ける。
先ずは、腹。
次いで、胸。
最後に、首。
三度の命令を忠実にこなす。紅い月さながらに様変わりした刃を握ったまま、キャスターの身体が横向きに倒れた。ぽっかりと空いた三つの穴から流れ出す、アカイロの海に沈んでいく。
倒れたキャスターの喉がふるえた、ように見えた。ただ呼気を漏らしているのかそれとも恨み言でも吐いているのか、もはや判別がつかない。進三郎の意識はもうそんなところにはなかった。
キャスターの身体が光の粒となって消えていく。その魂が、聖杯に流れ込んでいく。
「…………音、が……」>>93
静まっていく。
大聖杯があるべき姿を取り戻していく。
やはり、推測は間違っていなかったのだ。空の器を満たしてさえやれば、大聖杯の異常は異常とも呼べないものに落ちついていく。
キャスターの魂をくべたことである程度の時間も稼げたはずだ。低く見積もっても、一日ほどの時間はあるはず。時間は稼いだ、だが、これからどうするべきなのか?
決まっている。聖杯戦争を進めるのだ。終わらせるのだ。
もうキャスターはいない。当初の進三郎の勝ちの目は完全に消えた。だがそれでも、この二十年の成果だけは消させない。そのためには───
「……!」
ちょうど、使い魔たちが参加者───それぞれのマスターたちのもとに辿りついた。
なんともタイミングのいい。進三郎自身にできることはかなり減った。この舞台からは実質的に降りたと言ってもいい。ならば、後は託すしかない。>>94
使い魔に意識と声帯とを繋げる。ただしすべての使い魔にではない。これから口にする内容、それをすべてのマスターに知らせるのは都合が悪い。いくつかの事情を考慮して進三郎は三体の使い魔と繋げた。
そして、告げる。
「助けてくれ……! 私の……私の聖杯をォ! 助けてくれェェぇええええ!!!」
起爆が先か。決着が先か。その結末は、如何に。
───さぁ、聖杯戦争を終わらせよう。「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。───」
あぁ、まったく嫌になる。黴が喉を通って溢れてくるような、今にも嘔吐きたくなるこの感覚。
六蘭耿実は神秘の類いを毛嫌いしている。儀式、触媒、詠唱、どれをとっても古臭く思えてしょうがない。したがって、己が足を運んだものであるとはいえこの英霊召喚の儀なんていうものも、眼前に広がる目映いばかりの白光も、神秘を豊かに孕むそれらをただ睨むしかない自分にさえも反吐が出る。
背筋が臓腑ごと撫でつけられるような大気の変調。インターホンが鳴り響く前の、ほんの一瞬に感知し得る僅かな機械音のような、「何か」が来る予感。過去の堆積物が人の形をして現われる、それを誇らしげに武器として仕えさせる魔術師。そんな奴儕と自分は同類と外からは思われるのか?陋劣を疎み、最新を望む我輩が?
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ───」
さてどんな産物が現前するか。せめて頑丈で、扱いやすく、改良しがいのある武具を持つ者であれば良いのだが。彼らが彼らにしか為し得ぬ偉業をもって英霊という枠へ納められたように、彼らは彼らを前にしてしか得られないアイデアというものがあるだろう、それを目当てにしているところもある。期待できる部分も、ないわけではないのだが。
それにしても呼吸が乱れる。眩暈も激しい。何も回路を久しぶりに動かしすぎたためというばかりではない、歴史への純然たる嫌悪感が心身を揺さぶってくる。そんな彼に構うことなく魔法陣から周囲を充す光は強さを刻々と増していく。呑まれるだろうことはわかっていた、抵抗として、目を瞑っていたかった。
白光の裡に、その見目の真白さが故に輪郭だけが浮き出た騎乗の乙女(へいき)を知覚するまでは。>>96
◇◇◇
一羽の鳩が暗夜に消えていく。主の声を載せたその姿は、作り物であるというのに主人の感情に釣られて酷く慌てているように見えた。
あの嫌なものばかり思い出させてくる男の切迫した調子の伝言は実に愉快だった。聞いているうちは表情を崩さぬよう努めていたが、嘲りが心中を明るくしていた。
主催者でありながら自身もサーヴァントを隠し持ち、魔術師でありながら自身の膝下にて儀式をしくじるとは!なんともまぁ無様だ、しかし気ばかり急いて早さだけ求めて生きてきたツケとしては如何にも似合いの末路だ。
霊体化を解除させたサーヴァント───アーチャーを窓辺に来るよう促す。バイザーに遮られ視線を把握することは出来ないが、まず間違いなく自分の指さした方角を見遣り、自分の指示を待っているだろう。薄く笑いを浮かべながら耿実は口を開く。
「アーチャー、先の使い魔はまだ見えているね?」
「はい。捕捉圏内、支障はありません」
「結構。撃ち落とせ、景気づけだ」
受諾の返答、次いでアーチャーの装甲から一条の光が走る。目で追うことなど常人には不可能であるし、追う必要もない。狙撃能力と周辺の状況などを概算すれば、使い魔が矢から逃れることは出来ないことくらいすぐわかる。
短くなって、間接部まで近づきつつあった煙草を灰皿に押しつけてもう一本新しく火を点ける。紫煙が開けっぱなしの窓から外へ出て行き、カーテンがそれに縋るように空中を行き交う。卓上の読書灯の光だけが照らす術を知るアーチャーの姿を、座椅子に腰を掛けたまま首だけひねって改めて観察しなおす。
兵器は素晴らしい。彼女の主武装である『改・機動装着式大神宣言』が動く様を見るとどうしようもなく心が躍る。異郷、北欧の古き神の手によるものであっても、一つの技術の最果てには同じ作り手として賛嘆し敬うべき価値がある。>>97
だが、触れたい、この技術の極地に挑んでみたいという衝動に耿実は身を任せられない。結局のところは他の英霊と同じく過去の堆積物であるという事実が、触覚を伝って染みこんでくる。
その熱と闇と破損とを乗り越えない限りは自分は改良に着手することすらままならない、理解はにわかに弾んだ心を曇らせるには十分だ。望ましく好ましき材料がすぐ近くにありながら、それを自身の起源という胡乱なもののために指でなぞることすら叶わない───煙草の灰がまた長くなった。灰皿にまた熱が溜まる。
「とにかく、街に繰り出そう。もう幾つか“準備”をしておきたい」
「承知致しました。随行致します」
気を沈ませてばかりいても仕方がない、と暗鬱が尾を引く前に次の行動に移ることにした。悲しいことに生ぬるい風しか入れてこない窓を閉ざしハンガーから羽織りを出して、市内の地図と工具キットを手に自室を発つ。
元々聖杯戦争などという尾籠な催しに参加したのには聖杯の入手が目的ではない。畢竟事件を事故として内々に処理される状況が欲しかっただけで、それもひいては実証実験のためだ。主催者という目の上の瘤すらも機能不全に陥った今、耿実の本懐は遂げるに足る時分に至ったと言える。
実験を通じて新たな着想を得られるということもあろう、或いは他陣営がまた何か良い“材料”を提供してくれるかも知れない。アーチャーの機能を文言のみならず実際の機動を見てよく理解するのも重要だ。戦場を求める兵器の力は、戦場にあって初めて正確に計り知ることができるもの。何もかもを早急に進めることはない。
出る前に振り返って部屋とその奥の窓、そしてそこから見える新緑未開の山を臨む。使い魔が戻ろうとした先、山の何処かに動揺さめやらぬ状態であろう男の様を脳裏に映じる。もう下山して自宅に戻る中途であろうか、そうであれば今夜にでも鉢合わせて、他の参加者もろとも夜闇に乗じて「事故の被害者」にさせたいものだ。魔術師は一般人と比べて丈夫と聞く、実験の指標にもしてやろう。
「良いだろう。手を貸してやろうじゃないか、宗谷進三郞」
微かな揺れと、幽かな軋み。電車が一本通ったようだ。何という事もない、温泉に身を癒やした観光客の眠気を誘う、大層穏やかな走行音。以上、伊草弓陣営でした
お湯から上がり、脱衣場に戻る。
久々に芯まで浸かった名湯の味が、錆びつく一方だった身体に今再び英気を取り戻してくれる。
最も、どれだけ浸り浴びた所で決して癒えない傷もこの世にはあるのだが。
「……」
女――志村千早は、手早く着替えを済ませると風呂場を後にした。
備え付けのマッサージマシンも、ドライヤーも触れる事はない。
タオルで拭っただけの生乾きの髪すら気に留める事はなく、予約してあった宿の部屋に戻る。
入室の直前、仕掛けの類がない事だけを確認し、次いで室内を見回す。
魔力の気配も、科学的な罠の仕掛けもない事を確認し終えると、ようやく彼女は入室――否、帰室した。
そうしてやっと一服、する事は当然なく。
部屋の片隅に置かれた荷物一式、その中からあるモノを取り出した。
(……目当ての時間まであと三時間)
烏の行水とまではいかずとも、早すぎた入浴に少しだけ後悔する。
人間の生活において食事と睡眠、そして入浴は隙が生じやすい時間帯。最小限にしようとすればする程内容は簡素となり、必然割かれる時間も乏しくなる。
質が低下する事への効果減少か、あるいは最低限の隙による最大防御か。こればかりは、どうしても答えを見いだせない。
ひとまずの結論として、千早は部屋の隅に移動する。
室内全体を見渡す事が可能で、襲われても対処・脱出の両方が容易な場所。なおかつ室外から狙われたとしても被害を最小限に留められる場所――そこで、ひたすら残り時間を消費する。
布団は元より毛布さえない仮眠。その状態を、しかし彼女は平然と受け入れ眠りに着く。
まるで、この状態こそ自分にはふさわしいと言わんばかりに。そうして、時刻は深夜零時前。
未だ夜を徹して宴に耽る一部の客を除き、多くがそろそろ眠りに着く頃。千早は密かに宿を出て、街の外に向かっていた。
温泉街として開発されたこの一帯は、必然宿や土産屋、果ては従業員向けの住宅地等人気に溢れている。
だが、それもあくまで街を横断して走る奥斑線とその駅に近ければの話。
駅から遠ざかれば遠ざかる程交通の便は悪くなり、それだけ人も寄り付かなくなる。
そして――千早が泊っていた宿は、限りなくその外縁に近い場所に在った。
「……この辺りで、いいか」
温泉街より離れる事数キロ、周辺に建物も人の姿も見当たらない完全な森の中。
事前に目星をつけておいたこの場所で、千早は最後の準備を進めていく。
この街に――伊草市にやってきた最大にして唯一の理由、聖杯戦争に参加する為の仕上げを。
「――素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
刻まれた魔法陣が励起する。
青白い光が浮かび上がり、千早の魔術回路と共鳴するように輝きを増していく。
「閉じよみたせ。閉じよみたせ。閉じよみたせ。閉じよみたせ。閉じよみたせ」
「繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」>>101
身体が軋む。
湯治で癒したばかりの肉体が悲鳴を上げ、苦痛が隅々まで貫いていく。
「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に」
「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
それでも千早が詠唱を止める事はない。
苦痛も、反動も、全て承知の上であると。
砕けんばかりに歯を食いしばり、続けていく。
「誓いを此処に」
「我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――」
そして、付け足されるは狂気の呪詛。
本来理性ありきで呼び出される筈の存在を、あえて混沌に浸し貶める呪いの一言。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」>>102
魔法陣の輝きが極限まで膨れ上がり、大気が渦を巻く。
生じた光は千早をも飲み込み、そして一瞬の後、何事もなかったかのように消失した。
「――問おう」
否、訂正しよう。
何事か、はあった。
魔法陣の中央、誰もいなかった筈の空間に何者かが立っている。
それは、痩身の青年の姿をしていた。
荒み傷んだ礼服は、まるでその胸中を表すかの如く。腰に佩いた太刀は、儀礼用を思わせる豪奢なモノでありながらどこか禍々しく。
何より――この世の全てに冷めていながら、隠し切れない憤怒を湛えた両の目が。青年を尋常ならざる存在であると、神秘に関わらぬ身であっても理解せしめる圧力に満ちていた。
「主が、私を彼岸の果てより招きし術者か」
青年からの問いに、千早は一瞬だけ目を細める。
脳をよぎる、かつての記憶。魔術も神秘も知らなかった、ただの少女でしかなかった頃。
顔も真名も思い出せなくなって久しい今になってなお、はっきりと思い出せる運命の始まりが甦りかけ――次の瞬間、斬り捨てる。>>103
「……ええ、そうよバーサーカー。私があんたを呼び出した術者。つまり、あんたのマスターってわけ」
「――ふむ」
千早の言葉に、バーサーカーと呼ばれた青年は特に感情を見せる事はなく。ただただ一瞥をもって問いを重ねた。
「重ねて問おう。私に何を望む、術者よ」
「そうね。まずはこの聖杯戦争の勝利と、それに伴う聖杯の強奪。後は――」
願望の成就。
そう予測していたバーサーカーは、しかし次の瞬間見事に裏切られる。
「このふざけた儀式を目論んだ奴らの皆殺.しと、聖杯の完全破壊ね」
「…何?」
予想外の回答に、バーサーカーは千早を改めて見つめ直す。
瞳に曇りや迷いはない。本心からそう望み、確固たる信念の下成し遂げようとする意志が浮かんでいる。
だからこそ、バーサーカーは問いかけた。
「聖杯に、望むものはないと。そう言っているのか、術者」
「そうよ。――その為だけに、このク.ソったれな儀式に参加したんだから」>>104
だから、と。千早は両目を血走らせ、眼前の存在に告げる。
その真名が意味するものも、己が犯した所業も。全ては些事であると振り切るかのように。
「力を貸しなさい、バーサーカー――いえ、淡路廃帝。元皇族だろうと何だろうと関係ない、私はあんたと共にこの戦いを勝ち抜いてやる」
「……よかろう。我が力、我が憤怒、存分に使い潰してみせるがいい。術者よ」
かくして、ここに契約は交わされる。
憎悪と憤怒のままに走り続ける復讐剣士と、民草の怨恨を担い荒れ狂う狂戦士。
両者の行く末は、はたして。
「――ああ、そうだ。言い忘れてた」
「?」
「志村千早、私の名前。志村でも千早でも、好きなように呼んで」
「了解した。――では千早、と呼ぶとしよう」
「……ッ」
胸を穿った、一瞬の痛み。
それが意味するものを、彼女はあえて気づかないように振舞った。>>105
以上、狂陣営召喚シーンでした「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。 降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
まさか、こんな事になるなんて……としか言えない日だった。
生き急いでて何時自爆するか解らないと思ってた土地の管理者が亜種聖杯戦争を始めた事が、私の手に令呪が現れる事で発覚。
相互不干渉を貫いていたが為に事前に気付く事は出来ず、最早阻止は不可能。
だからといってこの街への被害を見過ごす事は出来ず……故に私は今、サーヴァントを召喚している。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
こういう時だからこそ頼りたい友達(アンジェ)は残念ながら、別の事件の対処に追われて少なくとも一週間は来日出来ない。
向こうも街が一つ焼き払われる可能性すらある以上、マグダレーナさん共々投げ出す訳にはいかないだろうし。
その上で、忙しい合間を縫って家族の避難とかを手配してくれたし、むしろ感謝してる。
「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
何より自分の街だし、自分で護らないと。
気の合う友達、思い入れのある場所、我が家系が経営する会社……他にも、護るべきものが沢山ある。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」触媒はラーマヤーナに謳われしコサラの王、ラーマが使っていた鏃。
勿論、狙うはラーマその人。
強さ、人格共に申し分無し……時間が無くて屋敷の中で触媒になり得るものを探すしかなかったとはいえ、街を護るのなら最適解に近い筈。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
そして、部屋を埋め尽くす光と風。
此処が地下室で無ければ近所迷惑になりそうなそれが収まると、そこには黒髪をサイドテールにした少女がいた。
重厚な黒い鎧に身を包み、色白な肌もあってゾッとするような冷たさがあって、それでいて可憐さを残す顔立ちで……思わず見惚れるような美少女。
だが、それは……。
「サーヴァント、ライダー……まさか、そなたのような者がこの我を召喚するとは、数奇なものよな」
彼女はラーマでは無い……そして、ラーマで無いとするならば、触媒となった鏃をその身に受けた者に他ならない。
羅刹王ラーヴァナ、恐らくそれが彼女の真名。
伝承通りなら英雄とは真逆といって良い程の悪しき羅刹。
街を護りたいのなら今すぐ令呪で自害させるべきだと言われてもおかしくない存在。
それなのに、これは失敗ではないと私の勘が示してる。
「ええ、私は草薙 有沙。聖杯戦争による被害からこの街、伊草市を護る為に貴女を召喚した魔術師。お願い、私に力を貸して」先入観に捕らわれず、相手と誠実に向き合う……そうするだけだと直感が言っている。
何より、目の前の彼女が冷たい鎧に自分を押し込めてるように見えたのだから。
「ふむ。聖杯すら望まぬと?ならば、何故になここまでする?」
「家、友達、思い出、そして日常……護りたいものが沢山あるの」
すると、ライダーは少女の様に笑いだし……。
「善き哉、善き哉。では、マスター……まずは何をする?」
認めてくれた……かどうかは解らないけど、少なくとも、此処に契約は成立した。
それにしても、冷徹な魔王かと思えば、私と同年代の少女らしさが顔を出す……不思議な娘。
そんなライダーとまずはどうするか……と、考えた所で彼女の鎧が目に入った。
「色々あるけど……まずは、服を着替えましょう」「むぅ……この服、胸が少し苦しくてな……」
「あ、明日まで我慢して!?」以上、ライダー陣営の召喚シーンでした。
”伊草”という街がある。日本某所の地方都市であり、それなりの規模を誇る温泉観光地だ。河川を中心に東西で二分されており、さながらベルリンの壁とでもいった風であろうか。”和”の雰囲気と旅行客が醸し出す活気あふれる西の温泉街と、経済的な不利によって少々さびれた東の旧市街。大型の港は規模こそ縮小傾向ではあるがいまだ健在、鉄道も走っており、更にそれを見下ろす大きな休火山も屹立している。まぁ概ね、過疎化が進んでいる印象もありつつ、ザックリした印象ではそれなりに発展していると言えるだろう。
◆◆◆
そんな伊草の街中を、1人の人間が歩いていた。火が付いていない煙草を咥え、ヘラヘラと悪戯っぽく嗤っている。光を全て食らい尽くしているような、黒尽くめの青年だった。髪が黒、シャツは黒。羽織った外套だって黒。ズボンすら黒で、もちろん瞳も黒だった。白い印象を与えるのは、ワタクシ日焼けとは無縁です、と言わんばかりに不健康そうな生白い肌ぐらいである。
「~♪」
上機嫌そうな彼が被っているフードの奥に潜む眼はいつも昏い光を灯している。それは例えるならば飢えた肉食獣のソレだったが、すれ違うだけの他人がソレを気取る事は困難で、雑踏を紛れる事が出来ない訳では無かった。しかし、意識せずともどこか剣呑な雰囲気が漂っているのか、市民の往来の中では少々距離を取られているようにも見える。といっても、その引かれ具合はあくまでパーソナルスペースという感性の範疇であって、露骨に避けられている訳でもないのだが。>>112
そんな彼の名前は朽崎遥。この伊草の街から遠く、伏神という街を支配する死霊魔術を扱う一族、朽崎家の現当主である。ついでに言えば、それなりに有名な危険人物。そんな彼がこのようにほっつき歩けているのは、彼の人脈であったり、交渉能力なりの賜物なのだが、それはひとまず置いておこう。
さて、本日の彼が目的としているのは、なにも最近話題になっている伊草市の温泉観光などでは無かった。彼の一族は古くから病院や学園など、伏神市に広く深く根を下ろしており、今回は病院関連の案件を口実に、ちょっとした私事をこなす為の遠出である。
朽崎遥は病院のオーナーではあるが、医者という訳では無い。しかしまぁ今後の経営強化の為に伊草のとある病院の見物をしようと思い立ったのだ。最も、その目的は取ってつけたお題目であって、本来の目的は別である。
聖杯戦争。過去を生きた英霊豪傑を現世に呼び戻し、己を主、彼らを従僕としてともに戦う大掛かりな魔術儀式。『あらゆる願望を叶える』という謳い文句を信じる7人7騎の果て無き殺し合い……というそれはもう物騒な争いであった。
朽崎遥という人物は、彼の魔術的・人物的特性に反比例して、情報収集が得意だった。すこし前に、伊草で聖杯戦争が行われるという噂を耳にして、”物は試し”と自前の礼装や触媒を揃え……つまりは戦闘準備を整えた。ついでに朽崎家としてヨソの土地である伊草に這入る言い訳として病院の視察という建前を拵え、さっさと伊草への侵入を果たした、というのがこれまでの流れである。
そして。はやくに伊草に潜入できたからかは不明だが、己が鎖骨の付近に赤い痣……すなわち令呪が刻まれた。なのでまぁ、彼の気分は中々悪くない。さて、そうと決まれば早速召喚の儀を行わなければ……と、事前に候補としていた霊格の高い霊脈の下見、ひいては霊地の確保に洒落こんでいるのだ。予約していたホテルに鍵を預けて外出し、今は目を付けた場所へと向かっている。
目指すは温泉街から少し離れた、綾ノ川付近に存在し、伊草市が管理・運営している墓地の一角。
セオリー通りというべきか、やはり死霊魔術の使い手たる朽崎遥には死骸の埋まっている土地が一番相性が良い、最適な選択肢という事らしい。>>113
墓所へと到着した時刻は既に夕方。陽は沈み、街には夜の帳が下りた。それを認識した彼は、さて。と一息吐いて、即座に行動を開始する。まずは”場”を整える。
加工によって液状となった眼球を周囲に振りまくと、その液体はドロリと地面を汚す。それを確認したら、不吉な詠唱を一つ。
「……髑髏は良いコだ寝んね死/ね」
人払いの結界を構築したのだ。彼は周囲の迷惑など考慮しないネクロマンサーであったが、こういう時にわざわざ面倒になる可能性を潰さない程怠惰では無かった。
結界としては1小節程度の簡略的な物だが、大掛かりな戦闘をするのでもないのだ。コレで十分、と青年は儀式の準備に取り掛かった。魔術師の骨片と血液で練り上げたチョークで魔法陣を描いていく。消去の中に退去、退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲む。彼の用意は手慣れており、てきぱきと手続きを進めていた。
そうして事前に準備したおいた触媒を収納したケースをバッグの中から取り出し、ポンポンと弄びながらとある懸念を一つ呟いた。
「そういえば、墓のそばで召喚って大丈夫かなぁ?しかも過去には水難事故もあったらしいから、結構曰く付きだし」
まぁいっか、と懸念事項を切り上げる。どうせ俺みたいな死霊魔術使いと、これから召喚するカテゴリに属する英霊の相性が良いか?と問われればそれは限りなく微妙であると結論付けるしかなかったからであるが……。元々、朽崎遥という人物はあまり他人に興味を持てない性格だ。召喚するサーヴァントに期待するのは、大抵他のサーヴァントから己を守る楯となれ、というのが第一義。わざわざサーヴァントなどという強者に挑まずとも、マスターを始末し続ければ聖杯への道は開ける。己の性根に対して、殆どのサーヴァントはいい顔をしないと思うのだけれど、勝利の暁に得られる聖杯への願望を叶える権利を渡せば、多分それなりに譲歩はしてくれるだろう、という読みである。
朽崎遥は聖杯戦争へと参加をする身でありながら、他人の保有する聖杯にかける望みは無い、という矛盾した人間だ。願望を持っていない無欲な人種でもないが、成就させるべき希望を伊草の聖杯に捧げるつもりも無かった。欲するモノは聖杯そのもの。戦争の結果次第だが、伊草の名家、宗谷の一族が管理・運営する大聖杯を買い取るなり、強奪するのが目標だ。>>114
とりあえずは己の魔術回路が十全となる深夜に至るまで、それなりに時間がある。ネクロマンサーは無縁仏の一角で腰を落ち着け、少し前にコンビニエンスストアで買っておいたホットスナックを頬張った。旨いとも不味いとも感じない無味無臭な肉の塊を食らいつつ、改めて自身のメンタリティを分析する。一世一代の賭けなどと気負っている訳でも無く、かといって聖杯戦争という儀式を侮るでもない、おおよそ問題の無い、程よい緊張を帯びている適切な精神状態と言えるだろうか。
「よし、開幕開幕っと」
膝に手を置き、反動で立ち上がる。そして触媒を入れたケースを開封。魔法陣と己の中間地点に安置し、魔術回路を起動させる。脳裏に浮かぶのは、己の頭蓋。その内側の血液が腐っていく様子を夢想すれば、肉体にはある種の活力と痛みが満ちる。その感覚を”くだらない”と俯瞰しながら、青年は呪詛を奏でていく。
「素に骨と毒。屍に鬼と契約の大公」
我ながら、つまらなそうな表情をしているんだろうなぁ、と自覚しつつ、奇跡を具現化させる機構として魔力の渦に身を任せる。そうして苦笑と共に、聖杯戦争に臨む祝詞としては場違いなそれを続けた。常々思っている事だが、己の魔術詠唱は大抵邪悪的というか、所謂正道の文言から外れている。それは恐らくだが、自身の本性に原因があるのだろうと考えていた。朽崎家の魔導は陰陽道を基礎とした死霊魔術だが、朽崎遥という人間が行使する場合に限り、父祖伝来の呪文に変質が起こる。彼の”起源”、『破壊』に属性というか、傾向が寄ってしまうのだ。故に、平凡簡素な儀式であっても、彼の場合は大抵が悪趣味だ。
まぁそれもどうでもいいコトだ、と感傷に浸る事は無い。休みなく、そして澱みなく召喚儀式を進行する。
「虚構を此処に。我は常世統ての善を識る者、我は常世統ての悪を為す者」
召喚を生業とする魔術師連中からは失笑か、それとも怒りを買いそうな文句によって、術式を発動させる。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」>>115
そうして、吐き捨てるように詠唱を完了させる。すると眼前の魔法陣を中心として荒れ狂っていた暴風が次第に穏やかな涼風へと移り変わり、次第に凪ぐ。ギラギラと邪に輝いていた光も、点滅を繰り返して徐々に減衰、風が止まると同時に消失する。光が消える間際、蝋燭、あるいは流星の如くに最後の閃光を放った為、思わず瞳を閉ざし、直後に瞼を開けると、眼前には黒い人影が佇んでいた。闇に溶け込むかのような、漆黒の人影。顔を覆う兜と、軽装の鎧。甲冑が縫い付けられているようだと錯覚する戦装束の下にあるのはライダーススーツ、あるいはつなぎを連想しそうな衣服であり、全体的な雰囲気としては、触媒から連想される時代から少々離れたメカニカルな意匠の武具だった。
「今すぐ敵襲を受けても迎撃の準備はバッチリです!」と言わんばりに両の腕には刀剣が握られていた。そうやら常在戦場というべきか、非常に好戦的なサーヴァントのようである。そんな姿に、主たる朽崎遥は狼を連想した。主たる死霊魔術使いと、従者たるサーヴァントが互いを認識する。暫し間を置き、彼或いは彼女は抜刀していた刃を納め、黒い青年に問いかける。その言葉と並行して、顔を覆い隠している兜が硬質な音を響かせながら展開し、騎士の表情を明らかにした。
「問おう。我はセイバー。円卓が第九席にして、異教の騎士、パロミデス!貴方が私の、マスターか?」
その騎士は、女の顔をしていた。中性的だが、剃刀のような眼差しと凶悪な笑顔。その姿に、朽崎遥は自分と似た狂気を感じ取った。>>116
「さて。とりあえず決まりきった現界文句も済んだ事だし!気楽にやらせて貰うわね?OK?」
先ほどまでの凛々しい雰囲気から一転、気さくでフレンドリーな口調で語り掛けてくるセイバー。パロミデス、といえばトリスタンのライバルだったっけ、と思い出しながら、朽崎遥は返答を口にした。
「そうだね、俺がキミの主ってヤツだ。それなりに仲良くやろうよ、セイバー。……あ、名前か、名前。僕の名前は朽崎遥。こちらこそよろしく」
軽い自己紹介と共に差し出した手を、彼女はしっかりと握り返す。差し当たっての第一印象はクリアした、と考えていいだろう。人払いの結界はまだ展開を維持しているので、ここらでしっかりと交流し、相互理解を深めてもいいだろう。朽崎遥は他人への興味は薄いタイプであったが、流石に背中を預けるパートナーに対してそこら辺の配慮を怠る程、周囲や環境に関心を持たないという人種でも無かった。
「そういえば、此処って墓地?という事は~?」
おどけたような言葉回しで、己の出自というかを確認してきた。そんなコミュニケーションの取り方に困惑しつつ、それでもまぁ抵抗感を示されるよりはマシかと肯定を返す。
「そ、俺は死霊魔術を扱う魔術使いだよ。死と殺戮に塗れた外道って訳。貴方と同じにね。いや、この場合は貴方が俺に似ているのかな?触媒がコレだし」
同類認定に対する驚きが表情に出ているセイバー……パロミデスに対して、互いの眼下に安置してあるケースを指差した。その中に収まっているのは、加工された跡のある木片である。
「あー。コレ、もしかして円卓?久しぶりに見るわね、懐かしー。まぁ死んだ後を久しぶりっていうのもなんか違う気がするけど。ふーん♪つまり貴方の魂がおネーさんを呼んだって事かぁ、こりゃあしっかり仕えなきゃ騎士の名折れ、だったりするのカナ?」
そう、円卓の欠片。ブリテンの栄光、かの名高きアーサー王とその騎士達を象徴する存在。朽崎遥というニンゲンは情報屋であったし、他者に頭を下げる事への抵抗も無かった。それらの行為の結実が、この聖遺物である。
「確保するのには苦労したよ。でも意外だねぇ、円卓の時代にも女騎士って人種が居たとは」
なんだか挑発的な台詞だな、と感じながらも、そんな感想が口を衝く。その言葉に彼女の瞳が妖しく光った。>>117
「なにか問題あるかしら?おネーさんの役割は敵を斬り裂き、貴方───主君サマと?サマへの?聖杯を獲得する事でしょう?もしかして、女性が戦場に出るな、とかいう古臭い考えの人?」
少し気分を害してしまったようだ、と想定していた自分の失敗に内心で舌打ちをする。
「いや、全然?俺が貴方に任せるのは敵のサーヴァントを倒す事だよ。女性か否かはどうでも。嫌な気分にさせてしまったらゴメンね?あ、そういや確認だけど、雇い主が死霊魔術使いって部分に不満ある?」
その回答にとりあえず納得したのか、セイバーの眼差しから険が取れた。そのまま今度はコチラの質問に回答をてくれる。
「いーえ全然。今回の主君サマが”レディーファースト”だの、『女性が戦うのは……』とか言い出さなくて良かったわ♪それに死霊魔術にも別に文句はナシ!少年がおネーさんの願いを叶えてくれるのなら、全くもって支障は感じないわね❤」
願いを叶える───?その言い回しに、少しだけ違和感を覚える。聖杯戦争におけるサーヴァントという存在は、聖杯への願いを抱いて召喚されるのでは無かったか。いや、まさか……と思い至り、そのまま会話を続ける。
「願いを叶える?それは聖杯を獲得するのは絶対だ、という姿勢って事で合ってる?」
「いえいえ!パロミデスさんの願いは闘争よ❤サーヴァントと戦って、あとマスターをぶっ潰して楽しむのが目的!だから、聖杯への執着は薄いのよね~、私♪」
もしかして、と抱えていた疑問を関する確証を得る。複数の英霊に縁のある触媒を利用した召喚は、候補の中でもマスターの精神性に即した英霊が現界すると聞くが、やはり。
「なるほど。つまり貴女は外道の類か。なんとなーく察してはいたけど。他人を蹂躙し、命を喰い荒らす事にいささかの躊躇もしない狂気の徒。合ってる?」
ある程度の根拠を以って問われたその質問に、女騎士は口元を歪め、凶悪な笑顔を浮かべて返答とした。>>118
「さ、私達の関係性を確認しましょうか♪主君サマは私に戦場を提供する。おネーさんは少年に勝利、というかサーヴァントの撃滅ね、を捧げる。Win-Winって訳よ、了解?」
召喚の儀式を済ませてから暫くして。ネクロマンサーと狂騎士は、召喚者が事前に確保しておいたホテルに舞い戻っていた。人払いの結界の効果が切れた、というのが主な理由だが、そうでなくても深夜の寒空に二人きりで突っ立っているよりも、雨風を凌げる宿泊施設で会談した方が落ち着いて話が出来るし、なによりも効率的であるという判断である。温泉街の中心からは少し離れた位置に建築された老舗宿。広縁から身を乗り出せば広大な綾ノ川を望める、それなりに高価な旅館である。
「そうだね、それでいいよ。つーか極論、そもそもサーヴァントってのは聖杯戦争という殺し合いをマスターたる魔術師が勝ち抜く為の駒なんだから、普通に考えればサーヴァントを後ろに回して魔術師が突撃、なんてのはあり得ない判断な訳で……、あぁ。キャスターやらアサシンとかは違うかもだけど」
それで?と彼は促す。”本当に聖杯に望む願いは無いのか?”と。それは前提として確認が必須な条件であったし、それなりに本音だろうと判断していた事でもあるが、まさかもしやのすれ違いが起こっていないとも限らない。そういった意図を汲んだのか、セイバーは首肯と言葉によって肯定の意を示した。
「そーよ♪パロミデスさんには生前の後悔とか無いしねぇ。いやまぁブリテンの没落やら円卓の崩壊とか、思う所が無い訳じゃないけど、ソレを改変するってのは、どうもねぇ?おネーさんだけの問題じゃなくなるし、そんなモンは興味ない訳。我が王だって色々考えたり努力してたんでしょうし、たかが一臣下が『あの結末は間違いだと思うので変えておきますね』なんてやるのは侮辱でしょう?部下は部下らしく、私は私らしく。呼び声に応えたら後は自分なりに楽しめばいいのよ。あーでも強いて言えば……コレは関係ないか」
そこで、少しだけ眉を顰めて目を泳がせる。自身に対する主の困惑を読み取ったのか、セイバーは一旦間を開けて言葉を続けた。
「イゾルデちゃんの事よ。あんま良い結末じゃなかったでしょ、彼女とトリ助の奴のラブストーリーはさ。だからそこに関する介入を……、とか思ったけど、そこはトリスタンの野郎がなんとかすべき話だから、黙ったって訳。OKかしら?」>>119
なるほど、と呟く朽崎遥。野暮な事を聞いたかもしれない……、と頭をガシガシと搔きながら作戦会議、あるいはミーティングを続ける。
「まぁ、円卓の欠片を使って召喚儀式をして、その後貴女が『聖杯への執着は無い』って言った時点で割と納得してたから、後で色々突っ込むのは失礼だって話だよねぇ……。で、アレだ。確信した理由だけど、俺も伊草に関しちゃ聖杯に対する願いは無いからねぇ……」
今度は従者たるパロミデスが驚愕する番だった。聖杯戦争で、叶えるべき願いが無いというのはどういう事だろうか?まさか名誉の為とかそういう感じかしら?とりあえず問いただしてみないと、と思案する前に主の方が理由を答えた。
「いやホラ。聖杯は欲しいんだよね。実は俺って聖杯自体はもう持ってて……あぁ、自宅?に一族から受け継いだ大聖杯があるって意味。でも、その聖杯がぶっ壊れてるから、修復の為の素材にしようって感じでさ」
掌をプラプラと振って、アハハ、と乾いた笑いが響かせる。これから戦場に身を投じようとしているにも関わらず、その言動は軽薄で、飄々とした気楽なモノ。それを見てセイバーは己の召喚者に対して「この青年は随分と『表情豊かな人間』である」という結論を下す。”感情豊か”ではない。それなりに整った貌をしており、笑顔が多い人間なのは間違いないのだが、その眼球には一切の喜怒哀楽を映していないのだ。それらしき感情の揺らめきは多少見て取れるが、それすら浮かんだ瞬間に掻き消える。結果として、面構えは多彩だが、その佇まいに思考を掴ませない爬虫類、あるいは彼の魔術と同じく死体のような瞳を持ったニンゲンが完成していた。いや、彼の言動から滲み出る禍々しい気配を考慮するならば、血に飢えた狂獣といった所か。
「だから強いて言うなら、この聖杯戦争で確保したいモノとしては、聖杯”そのもの”が大前提。で、後はマスター連中の死骸、かなぁ」
ネクロマンサーだしね、俺。とあっけらかんと語る朽崎遥は、ここでわざとらしく驚いたような顔つきをして、ある結論を言い放った。>>120
「って事はさぁ、俺達二人は究極的な事を言えばこの聖杯戦争は『どうでもいい』って訳だ。物資を占有したい主と、名誉を求めず祈りも抱かず、ただ只管に闘争を欲する従者。いやぁ、嘘みたいな陣営だよねー」
「そうねぇ……、全く場違いなコンビだと思うなぁ、おネーさんも♪血眼になって聖杯を奪い合うヨソと違って、私達は好きに動くって事なんだから❤」
そうして、己が相棒との性格、方針、目的の合致を見た狂人二人組の顔には、至った結論に対する笑顔が自然と零れる。それは他の願いを嘲笑うような侮蔑の具現であり、同時に戦場における敵の事情に無関心を主張するという傲慢と言えた。ともあれ、今現在最も緊張感というモノに無縁な感覚を掴んだ主従は、提案するまでもなく机の上に置いてあったコップへと手が伸びる。それは契約ではなく、業務連携の締結だ。つまりは祝杯。互いに互いを利用する事で、それぞれが自らの望む最大利益を実現する為の乾杯であり、闇夜の街には、ガラスがぶつかり合う静かな音が響いた。
「あ、でも一応、おネーさんが下僕よね♪それじゃあご主人様と向かい合っての乾杯は微妙かしら?どうどう?お酌とかやっちゃう?」
悪戯っぽい笑顔の提案に、対する主の面持ちは引き攣っていた。常人が道端で腐った死体を見かけた時のように嫌悪と拒否感を示している。
「やめてよ。そういうの苦手なんだ」>>121
一夜が明けた後に剣の主従が取った行動は、伊草という街の偵察だった。マスターである朽崎遥に伊草の土地勘は無かったので、戦場となる街全体の構造や戦闘の舞台にしやすそうな場所を把握していく事は急務であったし、それはサーヴァントであるパロミデスも同じである。
『敵を知り己を知れば百戦危うからず』という言葉もあるが、そういう意味では彼らは己の強みや本質を概ねは理解していたし、少なくとも主たるネクロマンサーは油断や慢心といった隙とも無縁だった。結果、必要なのは主従同士の相互理解であり、だったら部屋にこもって頭を突き合わせているよりは一緒に行動する事によって相手の人となりを見極めるのは十分に妥当な判断であると言えよう。
で、現在。
「さてさて主君サマ?当世の衣装購入、ありがと~♪お礼にハグしちゃうぞー、ギュッ!……んも~避けなくていいじゃない!こんな美人さんからの抱擁から逃げるなんて、可愛くないない!メッ!」
謝意を口にして抱き着いてくる己が従者から身を躱し、漆黒の青年は嘆息した。鬱陶しそうに横目で忌々し気な視線を送る相手はセイバーである。彼女は自身の主の態度はどこ吹く風、立ち並ぶ家屋や商店を物珍しそうに眺めていた。視線に気づいた後も、意地悪そうにニンマリと笑うだけである。そんなパロミデスであるが、現在霊体化を解いて、召喚者と連れ立って歩いている。服装は朽崎遥に強請って買わせた衣服で、オーバーサイズ気味のTシャツと黒の長ズボン、そしてアウターとしてデニムのジャケットを羽織った、概ね主である青年と似たような恰好だ。キュートというよりはスタイリッシュな雰囲気で、彼女にはそれなりに似合っている。さらには本人が偶に使う一人称もあって、傍から見れば、温泉旅行に来た姉弟のような恰好だ。……それは、朽崎遥にとっては疎ましい関係性なのだが。>>122
不本意ではあるものの、「セイバーに服を与える」という事は悪い選択肢では無かった。勿論普段は霊体化をさせたい所であるが、もう既に戦場ではあるのだ。まず無い話ではあるが、白昼堂々と襲撃が起こらないとも限らない。そうなれば霊体化を解いて→鎧甲冑に換装して武装を完了させ→戦闘開始というのは少々後手に回ってしまう感は否めないし、そうなれば多少魔力を消費しても、現代に紛れさせた方が優良な方針だと主従は考えた。それに加えて、仮に主たる朽崎遥が負傷するなどで、戦場を離脱しなければいけなくなった際も衣服は必要になってくる。当世風の衣装を纏っての逃亡ならば人混みに紛れる事も可能だが、戦装束のままの逃走はどうしても人目につくので、追撃を許してしまうからだ。ついでに言えば、セイバーならではの利点もある、と朽崎遥は判断していた。
ともあれ。とりあえず剣のコンビは街中をくまなく捜索し、主たるネクロマンサーは索敵、諜報を目的とした鴉の使い魔、そして隷属させた亡霊を数多解き放った。コレで昼夜を問わず、そして広範囲で様々な情報を確保し、戦争における優位を確保しようという魂胆だ。並行して、自身が有利になる戦場は何処か?を探るパロミデスのステータスやスキルなど、戦闘能力を確認する事も忘れない。>>123
「で、セ……姉さん。アンタの能力を確認するぞ?ステータスは幸運以外は基本的にB以上、実質EXな対魔力に騎乗がBランク。スキルは全体的に補助系統で、戦術としては気配を遮断して接近し、弱点を観測してそれを突く。宝具は万能性のあるが一つと、一撃ブッパの剣、ね……」
普段の飄々とした態度が崩れながらも、朽崎遥は己が従者に対し、霊視で得た情報を確認する。流石は円卓の騎士というべきか、性能としてはかなり満足のいくモノだった。防御系の能力をほとんど所持していない、という点は多少気になるが、この構成ならばそこまで問題になる事はないだろう。
問題は、主に対する態度である。パロミデスは自分の方が少々背丈があるからだの、黒髪は同じだからなどという理由で青年に自分を姉扱いする事を要求した。そうした方が観光客として偽装しやすいといった理由を口にしていたが、恐らくはただの愉快犯だろう。拒否したかったが、口論をして時間をロスするのも馬鹿らしい。内心の苛立ちは消えなかったが、遥はとりあえず、パロミデスが明確な催促をしない限りは”アンタ”や”貴女”など、無難な呼び方をするという結果に落ち着いた。
「そうそう、ちゃんと理解して貰えてるようで、おネーさんは嬉しいわ~♪基本私は攻撃特化型だし、サポートは任せるわね、ハ・ル・カ❤」
了承と共に返ってきたのは結構大き目な舌打ちだった。まぁ、からかいが主な目的っぽそうだし、その内飽きるだろう。>>124
途中の精神的苦痛こそあれ、ひとまずは無事に伊草の街の情報収集を終了させ、同時に情報源の確保が完了した。そうして二人は夕食や今後の打ち合わせをする為、宿に戻った。時刻は既に8時頃。とりあえずは宿でしっかりとした食事を済ませ、ゆったりと温泉に浸かる。油断ではないか、と思わないでは無かったが、まだ聖杯戦争の開催が告げられた訳ではないのだ。まぁ英気を養ってもそこまで問題にはならない、という考えである。主従ではあるが、パロミデスは自分なんぞの呼び声に応えて現界してくれたのだ、こういった些細な報酬があっても良いだろう。
料理に舌鼓を打たせ、温泉でサッパリして貰ったら後は敵襲が起こった時用の結界を配置して就寝である。睡眠に関しては、とりあえずは交互に起きて備える、という事になった。サーヴァントには睡眠は不要だが、朽崎遥は少なくとも自宅以外で寝るのは苦手だった。そういう自分の状態を隠しておきたい、という思惑もあるが、霊体化して睡眠もとって貰えば、多少なりとも魔力の補充になるだろう、というのも理由の一つである。
では布団を敷いて……、とその時。広縁の窓から音が聞こえた。見れば鳩がなにやらガラスを叩いている。魔力を感知し、どうやら何者かの使い魔のようだ、と見当付けた朽崎遥は、窓を開けて来訪者を招き入れた。するとその鳩は即座に語り始める。自分は宗谷家の使いであり、聖杯戦争が開幕したと伝えるつもりだったと要件を簡潔に告げる。”だった?”と疑問符を浮かべる主従に、鳩は慌てたように変更された連絡事項を慌てて訴えた。『自分は失敗した』、らしい。>>126
兎にも角にも、喫緊の一大事である。望んで聖杯戦争に参加したのは良いが、開催者のポカで舞台もろともお陀仏など笑い話にもならない。
解った解った───と事態の把握を鳩に伝えた後、その意を返答とする為、ネクロマンサーは使い魔を離す……前に、掛け布団の中に身を沈ませ、今にも寝入ろうとしていた女騎士に呼び起こした。食事と睡眠で曲がりなりにも浮世の快楽に浸ろうとしていた彼女は少々不機嫌になるが、伝達事項を認識すれば真面目な顔になる。
「ふーん?とりあえず状況は理解したわ♪ハルカも大分大変ねぇ、まさかまさかの幕開けじゃない?……そういや気になったんだけど、さっきからの準備は何?」
全くだ。と従者からの質問は無視して、朽崎遥は今後の動きを考える。疑問に関しては特に回答する必要はない。昔からずっと行っていたとある準備だが、この聖杯戦争には間に合わないだろうと思っていたし、およそ理解を貰えぬ行動だ、と考えているからだ。
「そうだね、正直言ってビックリしてる。最悪だよ、少なくともココで死ぬつもりはサラサラ無いってのに。とりあえず今は多少猶予はあるから、一旦休息も兼ねて寝る。いまから焦って出撃しても、パフォーマンスは最悪だ。幸い、宗谷の当主サンのお陰で、爆発タイムリミットはもうちょっと先だしね。いや感謝する必要無いどころか、思いっきり今回の騒動の元凶だけど……」>>127
流石に動揺の色を隠せないネクロマンサーである。戦略が完全に崩れてはいないが、ペース配分や物資の割り当てに関しての見直しは必須だろう、という状況にため息を吐く。どう考えても、明日からは敵サーヴァントの殲滅を最優先事項とし、ほとんど休息の無い強行軍となる可能性が高いのだ。霊体であるが故に武装などの整備の重要性の低いセイバーはまだしも、礼装の用意や点検が必要な朽崎遥は今宵十分な睡眠をとり、体力気力を万全なモノとする必要が出てくる。既に魔弾や爆弾など、必須な礼装の最終確認を終えていた事は僥倖と言えよう。……と、そこまで思案していた漆黒の青年の脳に、ちょっとした天啓が舞い降りた。
「そういや念のため確認なんだけどさぁ、セイバーって聖杯はどうでもいいんだよね?」
「そうよ~♪っていうかホラホラ!『姉さん』は?」
「そこは今どうでもいい。で、俺も伊草の聖杯はどうでもいい。少なくとも”願望器”としての聖杯には興味がない。コレって強みだよね」
「今一話が見えないわねー。だからどうしたのよ?」
怪訝な顔をする従者に、死霊魔術を扱う青年はたった今思いついた名案を宣言した。
「宗谷の旦那に交渉するんだよ。俺達が勝利したら、『根源に至る権利』を売るから、聖杯戦争における援助及び、宗谷の資産全部で買いませんか?ってね!」
狂気と破壊を好しとする青年の貌は、歪んだ笑みを浮かべていた。伊草槍陣営パート、投下します
伊草市の街並みには、二つの側面が存在する。
伊草の代名詞として挙げられる温泉街。そこは和に統一された風景と、天然の温泉と数多くの高名な旅館が立ち並んでおり、まさしく美しい温泉郷というに相応しい場所であろう。
だが、東は違う。
此処は東にある旧市街。温泉街の発展に伴い、進化が衰えていった寂れた街。
住んでいた人は続々と温泉街に移住し、人の消えていった、静寂な街並み。
「ふんふんふーん♪ふんふんふっっふ〜んッッッッ〜♡」
そんな街並みの一角にある、巨大な空き家。
その中より、静寂とは掛け離れたやけにやかま…テンションの高い声が響く。
「さぁて、準備完了だネ!!」
その人物は、ゴーストやグレムリンをあしらった様な可愛く奇妙な服装。なんか凄い輝いてる網膜。銀髪に斑の色が入った髪。明らかに通常とは違う雰囲気を纏っている、少女の様な女だった。>>130
「よぉし人払いヨシ!!結界ヨシ!!出土品の分からない謎触媒ヨシ!!パーフェクトもパーフェクト、ただのパーフェクトじゃないぜド級のパーフェクトドーフェクト!!って感じだネ!!さっすがボク!!かわいい!!強い!!カッコいい!!天才堕天使ちゃん!!ダダダダ堕天使!!え?あっちは天使?まあいっかヨシ!!」
なんて? と言いたくなるような謎に高く、妙に可愛いテンション。それを、誰と話してる訳でも配信してる訳でもないテンションで捲し立てながら、少女は——
地面に描かれた、魔法陣の前に立った。
「さぁてー、それじゃイケメン君が出るか美少女ちゃんが出るかっ…堕天使ちゃんによる堕天使ちゃんの為の…なんだっけ忘れた。とりあえず楽しい召喚タイム、行ってみよ〜!!」
少女は軽い雰囲気で言いながら、手を翳し始める。今から飛び込む戦いの空気とは、掛け離れた空気を放ちながら。
そう、その少女には、令呪が宿っている。
他でもないこの少女こそ。今回行われるという聖杯戦争に名乗りを挙げたマスターの一人。その名は、刹那・ガルドロット。>>131
「素に銀と鉄(attention, please!)、 礎に石と契約の大公(Welcome to The World)!!」
始まる詠唱は、一般的に知られるそれとは似ても似つかない。
「異界展開(Ante)。儀式開幕(Bet)。術理変換(Call)。媒質解析(Decode)——境界起動(Enter)っ!!」
一見奇妙な詠唱に見えるが、確かに魔法陣は強く輝き、本人の魔術回路も強く励起している。
「空間固定(open)、神秘解放(showdown)!!」
そして、その痛みと負荷でも平然としている少女の姿は、彼女が間違いなく只者でない事を示していた。
「抑止の輪より来たれ(DOMINATE & CONTROL)——天秤の守り手よ(ENFORCEMENT of The fairy)っっ!!」
詠唱が終わると同時に、強い風と共に閃光が周囲を覆い尽くす。
そして、徐々に薄れていく光の中より——1つの、大きな背丈の人影が姿を表した。>>132
それは緑と銀の鎧に身を包み、長き槍を持った若々しい偉丈夫。
高い身の丈と、均整の取れた肉体は100%武人のそれだと、少女は断定できた。そして、黒と緑の髪が掛かった仏頂面の青年は、マスターを目視しながら口を開いた。
「サーヴァント、ランサー。真名を趙雲子龍。ここに推参仕った。……貴殿が、自分のマスターという事で相違ないだろうか」
「おぉ———うんっ、そうだよ!!ボクは刹那・ガルドロット!!君のマスターだ!!よろしくね、趙雲さん!!」
マスターは、笑顔で召喚に応じた槍兵を迎える。槍兵もまた、自身を喚んだマスターを見て、その第一声に頷こうとして——
「………む?」
何かに、気付いた。
「…すまない、マスター。刹那・ガルドロット殿だな。参陣早々に申し訳ないのだが、一つ、つかぬ質問を許してもらえないだろうか?」
「いいよーっ!!アイスブレイクは必要だしネ!!何でも聞いてOK、どんと来いだよっ!!」
「では、一つ、無礼を覚悟の上でお聞きしたい。……貴殿のその気配。もしや…神秘の類、なのか?」
「…おーっ?」
「……すまない、言葉が足りなかったな。貴殿から感じる気配が初めて見る物だったので、面食らってしまった。戦ではまずは己を知る事という言葉もある。つつがなければ、貴殿の些細をお聞きしたいと思ったのだが……構わないだろうか?」
ランサーの問いは、敵意という訳ではない。警戒という訳でもない。俗に言う、敵を知り己を知れば百戦危うからず、という言葉が合うのだろうか。まずは、仕えるべき主の事を把握しておきたい、という主義なのだろう。
だが——彼が生前、後漢から蜀に掛けての時代ですら恐らく見た事のない類の、不思議な雰囲気。それを、彼女から感じた。それもまた事実だった。
その問いに、刹那は———>>133
「———うん、よしヨシ善しっっ!!よくぞ聞いてくれましたランサーさんっ!!ワンチャンサーヴァントの方ならそう聞くかもなぁ、とは思ってたからネ、自己アピールの準備はしていたのさ!!」
「?」
「まあ、まず単刀直入に答えから言うネ!!大正解ですっ!!ボクは紀元前からタイムスリップした超キュートな堕天使な妖精さん、なんだ♪」
「紀元前の……堕天使な…妖精…?」
「ふふん、本当の本当、マジモンの事実なのだよ!!と言う訳で、折角ボクの事を知りたいと言ってくれたのでぇ…こちらをどうぞっっ!!」
そう言いながらマスターは、自身のポケットに手を入れ、某アニメのひみつ道具の曲を鼻歌で歌いながら何かを取り出した。
「という訳で、こちらの動画をご覧ください♡」
刹那がタブレットを操作し、ランサーにそれを渡した。
少し怪訝な顔で、手に取ったそれを凝視するランサー。その動画には———
『デンデケデンデンデーンっ!!20分で分かるキュート妖精堕天使系マスター、刹那・ガルドロットーー!!』
「…ん?……うん…?」>>134
『はァい!!愛しいボクのサーヴァントさん、どのクラスかは分からないけどボクの召喚に応じてくれてありがとーございまーす!!嬉しいよー本当に嬉しい!!仲良くなれたら100倍嬉しいナ!!という訳でー!!マスターの事は自己アピールしないと伝わらないだろうからネってコトでぇ、マスターであるこのボクについての動画を撮影して動画に纏めたよっ☆この動画をきっと見てくれる事を信じて、ボクの遍歴、体質、魔術、好きなモノ、趣味、おまけで超キュート堕天使刹那・ガルドロットに対する反応集まで付けたよっ!!これを見ればサーヴァントの貴方も刹那ちゃんマスター!!1秒たりとも見逃さないでください、ネ!!』
妙にファンシーで可愛いBGMと彼女のナレーションと共に、なんか凄い編集で刹那・ガルドロットが3カメ位で可愛く動いている動画が映っていた。
「…?、………??」
「という訳で、ボクの事を知ってもらう為に動画を作っちゃったんだ!!しっかり見てくれて、ボクの事を知って——仲良くなってくれると、嬉しいな♪」
「ああ。…了解した。」
ランサーは、そのタブレットを受け取り、頷きながら動画を見始めた。
「……???」
真面目に知ろうとする姿勢と——そのあまりの情報量への困惑を同居させながら。>>135
ここでランサー君が動画を見ている間に、このボク、刹那・ガルドロットによる閑話休題タイムといっちゃおうか!!
説明しよう!!デデンっ!!
結論から言えば、刹那・ガルドロットの動画センスは天才的だったのだ!!色んな意味で!!
配信で日銭を稼ぐという副業をしているボ…刹那・ガルドロットちゃんの動画はまさに天才的なセンスと技術力を併せ持っている様に見え、まさにセンスと技術力が合わさり最強に見えるって感じだネ!!さっすが刹那ちゃんカワイイヤッター!!
マスターの来歴、魔術、目的等の情報が無駄のない時間で纏められており、冗談抜きで20分で把握できるってワケ!!
しかもボクってば真面目な堕天使ちゃんだから、真面目にサーヴァントの気持ちを慮れる堕天使サーヴァントニヨリソエルな訳なので、初手の反応と魔眼で見た空気によって色々なタイプのアピール材料を用意してたのさ!!今回はAプランで用意した動画だったケド、本verや口頭で手っ取り早く(本人談)終わらせられるパターンも用意してたってワケ!!
魔術師だし妖精なのに自在にコンピュータも操れるボクってば無敵だよネ!!
という訳で20分経過したのでBパートだよ!!驚愕の展開を最後まで見逃さないでネ!!刹那おねーさんとの約束だよ!!>>136
動画がエンドロールに入り、CV刹那ガルドロットによる歌唱を音楽にしながらのスタッフロールが流れ始める。
「はぁい、という訳でボクの解説動画は以上だよ♪ご清聴ありがとうございました!!」
お辞儀した後に可愛くウィンクしながらピースする刹那。タブレットから目を離したランサーは彼女を見るが、その表情には驚愕の色が映っていた。
そんなサーヴァントに対し、マスターはニコニコっとした笑顔で網膜を輝かせながらお辞儀をした。
「……つまり。貴殿は紀元前からタイムスリップしてきた、欧州の神秘の妖精体質を持っている人造妖精で……堕天使で……自分の世界を広める為に戦い続ける超キュートでカワイイアルティメットな…妖精かつ堕天使系…魔術師ちゃん…という事で……相違ないのか…?」
「わぁ完璧…!!最高も最高、超最高に見てくれたんだ!!嬉しい!ボクすっごい嬉しいよ!!よぉし聞こっ!!ねえ、キミはどんな気持ち!?ボクの事、どんな印象抱いてるの!?」
刹那は、ただでさえ輝いている目を更に輝かせながらランサーを見つめ、質問を投げ掛けた。ランサーはそれに押され、目を瞑りながら応える。
「……そう、だな。第一印象ではあるが、はっきり言うならば……貴殿は、生前に見た君主達とは違うな、とは思っている。」
「………そっか」
その言葉を聞いて、マスターはしょんぼりと目を伏せた。輝いていた目の輝きが薄まるのを見て、ランサーは伝え方を間違えたと気付いた。
「ああ…すまない。そういう意味ではないんだ。」
「?」>>137
「確かに違うが——いい意味で、だと思っている。確かに違った空気ではあるが……その、自分の世界を開きたい、その為に生きたいという、変わった大志。それが、良いと思った。……新鮮な雰囲気、という物だろうか。」
「…お、おぉ?おおっ…??」
「…うん。妖精を主人とするのは初めてではあるが…この趙子龍。貴殿の為に槍を振るおう。改めて、よろしく頼む。刹那殿。」
そう言い、緑の槍兵の仏頂面が消える。微笑みながら、刹那の前に手を差し出した。
マスターはそれを見て、固まり、驚き、喜び、終いに目を輝かせて両手で握った。恐らくランサーの外見年齢すら超えているであろう齢の少女は、新たな契約に強く胸を踊らせた。
「……いやったぁー!!よし、よっし!!ランサーくん!!ボク達は今から相棒だ、運命共同体だ、仲良しだ!!そしてもう分かった、分かっちゃったよ!!ボク達割といいコンビになれるよ!!キミとなら勝てる気がする!!これで勝つる!!こうしてちゃいらんないネ、そうと決まったら今から親睦深めにボクとキミでパーティーしよう!!お菓子とか飲み物は沢山あるから…うんヨシ!!メインディッシュはラーメンにしよっか!!伊草の名店にウーヴァー頼んで今夜は宴で祭りでパーリナイにしよう趙クンっ!!」
「ああ、了解だ。ただ、同時に目下の作戦や地理についても確認しておくべきだと思うが、どうだろう?」
「ノンノンだよランサークン!!聖杯戦争で勝つ為の第1ステップはとにかく仲良くなるコトだよ!!まだゴングまでは時間あるだろうし、ボクはキミの事もいっぱい知りたいんだ!!だから、まずは楽しみながら互いを知ろうよってネ!!よっし善はハリーアップ!!時は金なりという説が有力だしとっとと電話電話ー!!」>>138
捲し立て、笑顔を見せながらマスターは最新鋭のスマホを耳に掛けた。聖杯戦争の緊張感は無いようにも見えるし、出自を考えれば自然体で戦場に出れる様な覚悟の決まり方をしているのかもしれない。あっけらかんとして妙な電波を受信している様にも見えるし、その裏に、しっかりとした確固たる意思がある様にも見える。掴める様な、掴めない様な、そんなマスター。
それを見た蜀の将は、マスターの奔放さに呆気に取られ、苦笑し。だが——悪くはないのかもしれないと、微笑んだ。
こうして、妖精と武人の奇妙で不可思議な主従は、伊草の大地に名乗りを上げる事となり———
『はい、伊草No1ラーメン店、大転飯店でございます!!』
「はいもっしもしー☆出前の注文をお願いしたいなと———」
———けてくれ
「———ん?」
その時、テンションの上がりすぎで見落としていた物があった。
今、刹那が電話を掛け、趙雲がテーブルを整頓しようとした刻。
窓より、使い魔が入っていた事。そして———
「助けてくれ……! 私の……私の聖杯をォ! 助けてくれェェぇええええ!!!」
その風雲急を告げる「魂の叫び」が、一人と一騎の耳に入り———
「———あっ」>>139
同時に、スマホに音割れのノイズとなって出力された事に。
「………」
「………」
『——切りますね。』
ツー。ツー。ツー。
急に音割れ大音量ノイズを流した迷惑電話扱いされ、出前の電話が切られる。
主従は、無言になり。ひとまずその使い魔の言葉に最後まで耳を貸し——
「———よっし。まず作戦会議しよっか。」
「……そうだな…」
出鼻を挫かれる形でのスタートと、なった。以上、伊草槍陣営召喚パートでした
伊草狂陣営二日目、投下します
>>142
召喚後、宿に戻った千早は倒れるように自室で突っ伏した。
元より質・量ともに魔術師どころか魔術使いを名乗る上でも貧弱すぎる身の上。
さらに彼女自身が抱える肉体的な問題もあり、英霊召喚を果たした時点で千早の体力は早くも尽きかけていたのだった。
(情けない……あれだけ鍛えておきながらこの体たらくなんて……)
腹の古傷が傷む。
何年か前、中東で標的の魔術師とやり合った際に負わされたモノ。標的は工房諸共徹底的に殺し潰したが、代償に臓器の一部と腹の肉を少なからず持っていかれる重傷だった。
それでも死ななかったのは魔術使いの端くれ故か、あるいは千早の執念の賜物か――
「主よ。具合は如何か」
突っ伏したままの千早を案じてか、バーサーカーが実体化する。
ようやく寝転がるだけの余力が戻った千早は、せめて仰向けになる事で己がサーヴァントと向き合う。
「最悪、と言いたいところだけど。心配無用よ、この分なら夜までには本調子に戻れるでしょう」
仮に間に合わなかったとしても、どうにか逃げ回れる分までには回復して見せると。そう視線で伝える。
はたしてバーサーカーはどう受け取ったのか、特に反応を返す事はなく無言を貫き通した。
――その姿に、千早はふと抱いた疑問を口にする。
「……あの、さ。あんたのクラスについてなんだけど」
「私の霊基がどうした?」
「別に、大した事じゃないんだけど。――なんであんた、普通に喋れてるの?」
基本的にバーサーカークラスで召喚されたサーヴァントは、召喚時に狂化スキルを付与される。
文字通り付与した対象を『狂わせる』このスキルは、いかな豪傑、いかなる英雄と言えど逃れる事は叶わない。>>143
それこそ生前からして狂気に馴染みがあった英霊であれば、なおの事効果は強く発揮される程だという。
だが、このバーサーカー……淡路廃帝は、全くの正気に見える。
意思疎通に不便はなく、言動も猟奇的・過激と呼べるものもなく。あるいは元から狂い果てているからこそ影響が乏しいのかと、そう千早は考えもしたのだが。
「狂気と、理性の有無か。成る程、確かに道理な疑問ではある」
「……無礼ついでに聞くけど。やっぱりその――あんたも、『そういう』側なわけ?」
私と同じように、と。言葉にこそしなかったが、言外に千早は問いかける。
対して、バーサーカーが返してきたのは予想外の言葉だった。
「そうでもなるし、そうではない、とも言える」
「何その中途半端な回答」
「主の疑問に応えるには、まず私という英霊について詳しく語る必要がある。……長くなるが、構わぬか?」
「いいよ。どうせ夜まではまともに動けそうもないし、今の内に徹底的に聞かせて」
「承知した」
そうして、バーサーカーは語り出す。
かつて日ノ本において皇族の血筋に生まれながら、何人からも注目される事はなく、即位後も安泰とは程遠い境遇に在った一人の帝。
最終的に政争に敗れ、皇位を追われたその帝は追放先である淡路の地で死去。死後もその存在が赦される事はなく、長らく偽りの帝として――淡路廃帝と、そう呼ばれ続けた男の話を。>>144
「つまり、あんたを追放した上皇やその取り巻きへの憎悪や怨念で狂ったって事?」
「否、それは違う。何故なら私は――怨霊になど成っていなかった。成れなかったのだから」
「え――」
淡路廃帝が生きた当時、彼のように貶められ、無念と未練を抱えた貴人は死後怨霊と成って祟るのが世の常であった。
後世において菅原道真や崇徳天皇が死後、落雷や動乱によって世を揺るがし人々を震え上がらせたように。淡路廃帝が生きた時代も、知名度そのものに差こそあれど似たような話はいくらでもあった。
まして彼が生きたのは、日ノ本において神秘がまだ根強く残っていた時代。それこそかの源氏の棟梁・源頼光とその一党が生きた時代よりもなお古い。
ならば淡路廃帝程の仕打ちを受けた者であれば当然、そうなってもおかしくはない――否、むしろそうならねばならないと思わされる程であった。
「だが、私は成らなかった」
「怨霊として世に祟りを齎す事も。私を追放した者共に天罰を下す事も。そして、私自身に帰せられた汚名を排し、名誉を取り戻す事もなく」
「生涯も死後も、私は長らく廃帝のまま。帝ならざる帝として、一生を閉じたのだ」>>145
「……それじゃ、どうしてあんたはバーサーカーとして召喚されたのよ」
「正しく、そこだ主よ。――まず前提として言っておくが、そもそも私は狂戦士なるクラスの英霊ではない」
「は?」
「正確には、より適したクラスが他にあるという事になる。……そのクラスの名はアヴェンジャー、この国の言葉で言えば『復讐者』を意味するクラスだ」
復讐者。その単語に、千早の胸が大きく脈打つ。
まるで今の己自身の根幹に触れられたような。それでいて、どうしようもなく眼前の存在から目をそらしたくなるような。そんな強い衝動。
千早の動揺を知ってか知らずか、バーサーカーは言葉を続ける。
「『復讐者』として成立した私は、根幹に二つのモノを抱えている」
「一つは、私を慕う者共の祈り。廃位され、淡路に追われた私だったが――そんな私を慕い、あまつさえ変装してまで獄に顔を見せてくれた者共もいた」
「そしてもう一つは――私への同情と、それに託けた不平不満への嘆きそのものだ」
「同情と、不平不満……?」
ドクン、と。先程よりもさらに大きく、千早の心臓が脈を打つ。
“それ以上聞いてはいけない”
“否、お前だからこそ耳をそらしてはならない”
相反する衝動が、葛藤が、傷んだ肉体の内側で渦を巻き始める。>>146
「平たく言ってしまえば、単純な話だ」
「『報われるべき者は報われず、つけあがる者ばかり得をする』――そんな、世の理不尽と不条理に対する憤りと鬱憤。それが私の根幹を占めるもう半分だとも」
「そして『復讐者』の私とは、そういった恨みつらみの代行者。すなわち、この世全ての悲憤を執行する者である」
「――っ」
言葉もない。
何を返すべきか、何を言えばいいのか浮かんでこない。
かろうじて、零れた言葉は。
「……でも、今のあんたはバーサーカーじゃない」
「そうだとも。だが、私のやるべき事は変わらぬ」
至極冷徹に、それでいてごく当然のように。バーサーカー――淡路廃帝は首肯する。
「『復讐者』の私が世の民草全ての悲憤を代行する者であるならば。『狂戦士』たる私の役目とは、民草全ての憤怒と慟哭を背負い猛り狂う者である」
「霊基の違いなど些末事。いかに変わり、異なるクラスで呼ばれようと、『私』のやるべき事は微塵も変わらぬ」
「これが私の全てであり、主が抱いた疑問の答えだ。満足したか、術者よ?」
言葉もない。
目の前の英霊が、青年が直面し今なお背負い続けているモノの重さに、千早は寝転がりながら圧倒される。>>147
それこそ、己の正面から先全てが重圧となってのしかかるかのように。疲弊とは別の理由で、指一本も動かせなくなった。
(……でも。私、だって)
千早の胸に、炎が灯る。
それは、遥か昔に生じた炎。崩壊し、己を残してほぼ全てが死に絶えた校舎から始まったモノ。
あれから数年の時を経てなお、衰える事無く盛り、己をも焼き続ける業炎――
「民草の怒りを代行すると、そう言ったわねバーサーカー」
「ああ。そうだ」
「それは――つまり、目の前にいるこの私も?」
千早が、目線だけでバーサーカーと向き合う。
バーサーカーの瞳もまた、確かに千早を捉えていた。
昏く、深く、錆びた鉄のような目。かつてあった光も、抱いていた希望も、何もかも見えない所まで沈殿してしまったような冷たく、それでいて燃えるような目。
一瞬とも、あるいは永遠とも取れるような時間を通して。バーサーカーが返した言葉は、これまた至極単純なものだった。
「ああ、いかにも。主が怒り、猛り、抱えるもの全てを恨み続けるというのならば。この私――淡路廃帝は、己が霊核が砕け散るその時まで付き合おう」
「そう。よく、分かった」
そこで、問答はおしまい。
千早は目を閉じ、深く眠りの底に沈んでいく。
バーサーカーもまた用は済んだとばかりに霊体化し、部屋から姿を消す。
次に目を覚ました時は、夜の始まりか敵の襲撃か。
いずれにせよ、決して安息がない先を確信しながら。志村千早の意識は途絶えた。>>148
一旦ここまで
時系列としては二日目の夜明け前に宿に戻り、バーサーカーとの問答を経て睡眠に入った状態です
このまま何事もなければ日暮れ前まで爆睡。何かあった場合は、昼間であっても戦闘に突入する予定
以上、よろしくお願いいたしますとんでもない夢を見た。
パスを通してサーヴァントの過去を夢に見るとは聞いていたし、実際にライダーの過去を夢に見たけど、その内容が……。
イメージしてたような性格そのものの羅刹達だとか、その一方でそういうのから外れた羅刹も居た事とか、冷徹さを見せる王としてのライダーとか、興味深いものは多かった。
けど、問題はそこから……ライダーからは親友だと聞いていた伝承上の妻マンドーダリーが、ライダーと二人きりとなると過激なスキンシップを繰り返してた。
女同士の親友なら普通だってライダーが丸め込まれたり、沐浴中や寝所でもお構い無しというかむしろって感じで……百合百合してて……。
「起きたか、マスター」
「きゃあぁっ!?」
いきなりライダーが実体化。
あんな夢見て、顔合わせられない。
「む、どうした?顔が赤いが……」
と、言いながら顔を近付けてきて、私の眼に映る無防備な美少女がさっきの夢と重なって……。
「今ちょっと離れてて!?」
後から聞いたけど、ライダーが部屋に居たのは家の周囲を飛んでた白鳩のような使い魔を夜中に処分したからでした。旧市街は、とても聖杯戦争が起こっているとは思えない位に平穏だった。
変わった人物なんて、真夏の公園にて黄色いチョコレートがかかったドーナツとテイクアウトのホットドリンクで一休みしていた人が居た位。
寂れたエリアにキャスターを召喚して大規模な工房を作成するかと思ってたけど、杞憂で済んで良かった。
「穏やかな所よな」
朝になって買った服に身を包んだライダーの表情も穏やかなもので、私の行きつけの喫茶店で料理を待つ姿からは召喚された時に感じた冷たさが微塵も感じられない。
むしろ、私よりサイズが2つも大きい胸が服を押し上げているのもあって、誰もが振り返るような美少女に仕上がっている。
彼女が羅刹王である事が解ってる私でさえ見惚れた事がある位だもの。
「ええ。寂れて人が居なくなった所も多いとはいっても、こういう住みやすい所だってあるもの。まあ、学校とかウチの会社とか港とか、色々と有るから人が残ってるのも有るけど」
「此処の様に落ち着いていて居心地の良い場所も多い。故に、護りたい物も多くなるのであろう?」「そうね。例えばこの喫茶店だって、値段も手頃だから学校の友達と良く通ってるし……もし、壊されたらと思うと……」
といった話をしている間に料理が来た。
私の頼んだ日替わりパスタはサーモンとキノコのクリームソースで、ライダーのエビドリアはミニサラダとフルーツヨーグルトがセットになったもの。
此処のランチはライダーのお気に召したようで、笑みを浮かべながら見事に完食。
私と二人で食後の紅茶を楽しむ姿は、只の少女のようで。
「次行くのは賑やかな所ね。伊草市が誇る観光地、温泉街……最も発展したエリアよ」以上、ライダー陣営の行動、投下しました。
宗谷の当主に交渉用の使い魔を飛ばした夜が明け、パロミデスは少々不機嫌になっていた。理由は自分の雇い主が約束を違えたからである。
「あのねぇ、ハルカ?貴方言ったわよね?『夜襲を受ける可能性もあるから、交互に警戒をしよう』って」
言ったねぇ、と胡坐をかきながら嘯く青年の眼前には、様々な武具が転がっていた。散弾銃に装填する薬莢に小さくなった人の頭部。赤い刃のナイフと、長く幅広の呪符や毒々しい色をした点眼薬などもある。それらを弄びながら、ネクロマンサーの表情は昨日と変わらずだ。
「ごめんごめん。礼装の準備をしてたら、つい熱中しちゃってさぁ。明日以降は気を付けるよ、ホントホント」
口では謝罪を述べているが、その表情には申し訳なさを全く浮かべていなかった。正直なんとなく分かっていた事ではあるし、魔導を扱う者は短時間で最大効率の睡眠をとれる術があるとの事だから、体調面での心配はしていなかったが、それはそれ。あまり良い気持ちはしなかった。ただ、サーヴァントは夢を見る事もある存在だ。本日というべきか、昨日と言うべきか。己が寝入ってる間の夢から推測するに、主はそもそも長く眠れないタチのようだから、仕方がないと渋々受け入れる。
(どーもどうやらハルカは寝る度寝る度、苦しそうに飛び起きてるっぽいねぇ……)
まぁいいや、と彼女はその思考を放り出す。今回の現界では、互いが互いを利用するというビジネスライクな関係性でこの聖杯戦争に臨んでいるのだ。それに彼が自分の過干渉を嫌っている以上、妙な詮索はするべきじゃないかなぁ……ハルカだって甲斐甲斐しくお世話するサーヴァントを望んでる訳じゃないでしょうし。
「ふーんそう。まぁいいわ。この後は索敵して場合によっては襲撃、だっけ?ヤりたい相手とか、もう決めてる
の?というかぁ、昨日言ってた交渉ってどうなったのかしら♪結果如何でまた動きが変わってくるんじゃないかと思うんだけど❤」
その質問を耳にしたネクロマンサーは、少々気まずそうな表情をした。どうやら失敗したっぽい、と感じつつも、パロミデスは雇い主の回答を待つ。>>154
「あー……、うん。交渉は失敗!『貴様みたいな輩の提案など、信用できる訳が無いだろう』だってさ。セイバーを自害させたりすれば信じてくれるって話だけど、それじゃ本末転倒でしょ~?」
なるほど、そういう結論になったのか。それはそうだろう、とパロミデスは考える。円卓の欠片という触媒を利用した召喚で自分を呼ぶようなマスターである。今現在はそこまで目立っていないが、自分の知らない所で色々と揉め事なり事件を引き起こしたりしている危険人物な事は疑いようがない。なので、至極当然の回答だと思ったのだ。
「という訳で。ざっと礼装の整備も終わったし、この後は街に放った使い魔で索敵して、それで見つけた敵陣営を襲撃する、っていう真面目な方法でやっていこうかなって!どう?」
聖杯戦争の開催者である宗谷との交渉結果を基に、己のマスターは今後の動き方を決めたようだ。概ね、反対するつもりは無い。しかし、少々の抗議はある。
「そ♪まぁ索敵して襲撃して、って流れについてはリョーカイしたわ。でもそうね……、本格的に動くのは午後からって事で」
なんで?と訝しげに眉を顰めた青年に彼女は自分なりの懸念を伝えた。こうして言葉を交わしている間に気がついた事なのだが、どうもコイツは寝てもいないし魔術的なリフレッシュもしていないようである。つまり、おネーさんが言いたい事は
「戦争もいいけど、まずはしっかり肉体と精神を休ませなさい♪それが解決したって根拠が無いと、コッチも戦闘時のパフォーマンスが落ちるかもだから困るのよ」
それを聞いた主は、”わかったよ……”と渋々了承した。やっぱり戦争ってのは、可能か限りベストコンディションじゃないとね♪狂陣営と剣陣営の会敵、そして開戦まで投下します
――ふと、目が覚めた。
「術者よ」
霊体化を解き、実体化するバーサーカー。
その呼びかけには答えず、襖の外に注意を置く。
(誰かが、来た)
来客の線はない。そもそもこう成り果ててから、態々自分を訪ねてくるような知り合いを作った覚えもない。
考えられる線は複数。
一つは、聖杯戦争とは別口での敵襲。かつて仕留め、葬ってきた魔術師・魔術使いの関係者からの報復。態々このタイミングで、とは思うがあり得ない話では決してない。
一つは、他陣営の襲来。まだ日は高いが、荒事を控えるような時間帯でもない。何より、場さえ整えればいくらでもやりようはある。
そして、最後の一つは――
「お客様。今、よろしいでしょうか?」
聞き覚えのある声に、千早は僅かだが眉を顰める。
確か、旅館の仲居だった筈。千早もこの宿を訪れた日、顔を合わせた覚えがあった。
「…何か用?」
「はい。ご注文の料理が出来上がりましたので、お届けに上がりました」
ご注文、料理。二つの単語を脳内で走らせ――直後、否定する。
(バーサーカー。脱出、準備)
(心得た)
「頼んだ覚えは、ないけど?」>>157
返答しつつ、じりじりと外の者に気づかれないよう窓際に寄る。
狙撃のリスクも考えたら決して賢明とは言い難かったがやむを得ない。
何より、直感が告げていた。
――この部屋に留まっていたら、死ぬ。
「そうおっしゃらずに。どうぞ、お受け取り下さいませ」
襖が開かれる。
遠慮も礼儀も失した、乱暴としか言いようがない所業。仮にも客を接待する側の者であればあり得ない行い。
開かれた先にいた仲居の顔は、既に正気を失っていた。
「どどど、うぞぞぞ。おおおうけけ、ととりををヲヲ」
仲居が、抱えていた『ナニカ』を放り投げる。
それを確かめる暇も余裕もなく、千早は間髪入れず窓を破り飛び降りた。
「バーサーカー!着地!」
「承知」
直後、先程までいた部屋が爆発する。
恐らくは先ほどの仲居――より厳密に言えば、仲居を差し向けた者の仕業だろう。
巻き込まれた彼女がどうなったかなど、思いを張り巡らせる必要も意味さえない。
降り注ぐ硝子の雨を避け、一刻も早いその場からの離脱を試みた千早とバーサーカーだったが。>>158
「はぁい、お二人さん♪ そんなに慌てて、どこへ行くのかしら?」
甘ったるい軽口と、甲高い金属音。
ほぼ同時に響いたそれらに、千早は何が起きたか瞬時に理解する。
――敵襲だ。
「バーサーカー!無事!?」
「問題なし。術者こそ、大事ないか」
「お陰様でね」
生じた気配の方を向く。
そこにいたのは、軽装鎧を纏った長身褐色の女性だった。黒髪を束ね獰猛な笑みを浮かべるその顔は、鍛え抜かれた身体と相まってある種の肉食獣を思わせる。
携えるのは一振りのロングソード。特に細工や意匠の類はなく、ありふれた量産品にも見える。
――ただし、それを握る者が桁違いの剣気と鬼気の持ち主である事を除いては。
「あーらら、見切られちゃった。完っ璧に奇襲したつもりだったんだけどなぁ?」
「術者よ、この女人」
「分かってる。……サーヴァント、よね」
「せ・い・か・い♡ そりゃ、流石にこれだけ近くで相対すれば分かるわよねぇ」>>159
驚きは、それ程にない。
日はまだ高く、夕方と呼ぶにも少々遠い。
ましてここは宿のすぐ傍、いかに秘匿の手配を済ませていたとしても完全に誤魔化す事は困難だろうに。
……けれど、千早は知っている。
聖杯戦争のマスターには、場も空気も一切こだわらず凶行に及ぶ輩がいる事を。嫌という程に思い知らされている。
(今の問題は、こいつが何のサーヴァントかという事)
単純に見た目だけで考えればセイバー、先程の奇襲を鑑みればアサシン。
バーサーカーは既に自分が召喚したからあり得ず、それ以外のクラスにしても各々不審点がなくもない。
強いて言えば、ライダーかエクストラクラス辺りがあり得そうだが……
「ねーえ、そんな考えこんでていいのぉ?」
「っ!」
気づいた時には、女剣士が眼前に迫っていた。
そのまま千早の首を刎ねとばさんとしたロングソードは、しかし割って入ったバーサーカーの一太刀に阻まれる。
「下がれ、術者よ。――お前の相手は、この私だ」
「あはっ!いいじゃない、そうこなくっちゃ!さあ!愉しみましょう、バーサーカー!」
剣戟が加速し、互いに苛烈を極める。
伊草聖杯戦争。その第一戦が、ここに幕を開けた――「婆さん、踏切り鳴ってるよ」
赫奕の夏の日が、レールの上でギロギロと揺れている。しびれを切らして声を一段張り上げてそう呼ぶと、背中を丸めた老婆は遮断機が降りる寸前で歩みを止めて暢気に耿実たちの方を振り返ってきた。
歯の抜けた回らない呂律で老婆は二人に丁寧に礼を言っている。昔からの住人なのだろう、言葉の端々に如何にも田舎めいた古臭い訛りが現われていた。補聴器が外れていたらしい。鉄の部分が錆だらけの手押し車に夏野菜を詰め込みながら耳には最新鋭の機器を装着している、というアンバランスさに舌打ちの一つでもしたくなる。せめて扇で口を覆い隠して、補聴器が拾わない程度の大きさに抑えておく。
惜しみなき人口の流出と茹だるような熱波によって、伊草港は昼であるというのに外を出歩く者は今の今まで全く見かけなかった。無論それは想定の上で、だからこそ耿実は当初の予定通りの時間に“準備”を終えることができたのだ。通勤時間も過ぎ、本数が極端に減る昼日中の一時間ほどの線路上の大健闘、それを老人の踏切事故で台無しにされてはたまったものではない。
「それにしても、こんなところまで来るなんて珍しい。ここいらはお暑うございましょう」
「まあね。でも温泉街の方よかマシだよ、あっちは地熱が酷い」
「やっぱり、奥斑の方からで。お二人ともそういった格好だと、ここに来るまでもしんどかったでしょうね」
「それは…」
猫背な分視線の低い老婆には、二人の気候に対する耐性を顔ではなく服装でしか判断することが出来ない。そうなると、なるほど確かに今の二人は猛暑日に相応しくない厚着をしている。男は厚手の和装で、少女は長袖にブーツ、おまけにマスクだ。>>161
表情を窺い知れる人間であれば、二人が暑さなど気にもとめていないことはすぐわかる。耿実は日差しの強さに疎ましげに目を細めることはあっても熱気に目を瞬かせることはない。見るからに暑そうな黒紋付だが、裏地に御所解の刺繍があしらわれていることからわかるとおり正規の品ではなく彼が家名を家紋を用いて汚すために仕立てた手製の産物。
下に着ているものも御同様、一式が年間を通じて気候の変化に対応し着用者へ不快感を与えない、そういう作りになっている。知人の少年に「ずっと喪服みたいですよね」と聞かれて、早く喪服になれば良いのにねと笑いながら返したのも今は昔のこと。
少女───アーチャーの服はこれもまた一式特製だ。耿実が仕立てたわけではなく、あくまでも彼の発明した人工知能搭載の衣服紡績機に適当な現代のファッション誌を放り込んで作らせた変装用のものでしかない。仕込まれているのは魔力隠蔽の工作であって、暑さ寒さを軽減するようにはしていない。
それでも彼女は汗一つかかず涼しい顔で己のマスターに随行している。道具、兵器は環境の変化にパフォーマンスを左右されることはない、という認識からなのだろう。思うに、アーチャーが表に出すのは外部からの干渉とそれによる戦闘行動の質の差異を示す指標、すなわち損傷の具合のみである。実に、都合が良い。
「ここは向こうと比べて面白いモン何もないものでねぇ、市街も今じゃ随分廃れちゃって」
「見てきたよ。廃墟が多いね」
「そうでしょう。私が若い頃は、学生さんも多かったし保育園や児童館もいっぱいだったんですよ。でも、温泉が開発されてからは、もうねえ」
踏切はまだ鳴っている。老婆は向かい側に続くひび割れて雑草が生えたままになっているアスファルトの道と、ずっと先の山へ遠い目をしていた。外から来た若者との会話を通して昔日を懐かしむ心が湧いたのだと見える。舌打ちは、老婆の続けざまの喋りに折良く隠された。>>162
「この頃はそりゃあ静かなものですよ、あんなに、苦情も来るくらい学校なんてうるさかったっていうのに。海には帆がたくさん張って…それなのに、電車もめっきり減っちゃって」
「この線路は、じきになくなるだろうね」
「そうなんですか?そうなると…どうしましょうかねぇ。もう車を運転できる人もいないし…」
「ふうん。でも、こんなに古くなった線路はむしろ危険だろう。どうせ会社だって、直す気はないだろうさ」
事実、港付近の線路はもうかなり老朽化が進んでいる。本数は少ないだろうし、その分の騒音の間隔は長くなっているだろうが、それでもここを電車が通るとなると奥斑線よりずっと軋みが響くだろう。振動も馬鹿にはできない、この経年劣化が人口流出に拍車をかけたのか、はたまた人口流出がこうまで放置される原因となったのか。
老婆もそのことは理解しているのだろう、耿実の話に一々実感のこもった相槌をうつ。踏切、左側から揺れが伝わってくる。今しも正午を過ぎた烈日の光が、線路の両隣を埋める石の隙間から伸びる草を萎れさせている。
意見を聞き終えた老婆は、少しの間項垂れていた。しかし再び上げた面にあったのは納得し切れていないというような寂しげな、執念深さも感じられる笑みだった。揺れがぐんぐん近づいてくる。それでも、と彼女は口にした。
「それでも、この線には思い出が詰まってますから。私は嫌ですねぇ」
仕方のないことではありますが、と、これは言い捨てるように、言い聞かせるように。そう言い終えると、また項垂れてしまった。今度は線路をじっと見詰めているようだ。
実際そうなのだろう。耿実はレールに触れていたから知っている。学生たちを乗せて、漁師を乗せて、老いも若きも、誰も彼もを乗せて。何も平和であったばかりではない、電車に衝突事故はつきものだ。天候や海潮に運行を阻害された日だって、立地上山ほどあった。炎天下であるというのに、篠突く雨に打ち据えられ、高潮に揉まれる感覚がした。
どんなに老朽化していても、そこには地元民たちの記憶と想念が詰まっている。港一帯が捨て置かれたような状況にあってもなお、だ。若い頃からの利用者となれば、思い入れもひとしおというもの。
あぁ、本当に。だからこそ。
「頽れてしまえ、こんなもの」>>163
終点へ、大きくカーブを描いて、電車が三人の前を通過する。車内はガラガラで、やけにうるさい走行音が、空しくも耿実の言葉を押し包んでそのまま後方へ掻っ攫っていった。
遮断機がぎこちなく、重い腰を上げるように開けていく。老婆は彼の罵倒が聞こえていなかったはずだ。アーチャーは、聞こえていたとしても問われなければ何も話さない。よって、声として空気を含ませて発したはずのそれは心中で呟くのと大差のないものとなった。それでいい、と次は口の中で独り言ちる。
会釈をして去って行く途中、老婆が何かを落とした。近づいてみると、古びた腕時計が素っ頓狂な時間を指している。落とした衝撃で壊れたわけではないだろう、おそらくは、ずっと前から。
呼び止めようと思ったが、もう声を大にしても周囲の音と同化して聞こえないほどの距離になっている。わざわざ彼女を追いかけて手渡そうという気力も湧かないので、拾い上げて観察をしてみる。案の定、“思い出の詰まった”代物だ。
だから、耿実は再び腕時計を地面に落として、ついでに靴の先で二三度踏んづけた。嫌というほど古いものと対座させられてきた中で培われた鑑識眼と読み取った記憶から時計の古さ、型、劣化の度合いと耐久性、ありがちな内部構造はすぐに把握できる。時計なんて言うのは修復をしょっちゅう依頼されるものなのでなおのことだ。
剥き出しになった金属の網が怯えるように陽を照り返す。狂ってはいたが部品自体にガタはきていない。よほど大切にされてきたのだろうことがこれだけでもわかる。
その中から目当てのパーツを幾つか取り出し、懐紙に包んで袂に仕舞う。あとの部分はそこら辺の路傍にうっちゃって、二人はその場を後にする。幾ばくかのパーツが転がっていった先では、体中の水分が尽きて臥したまま熱死したカマキリの姿があった。>>164
以上、伊草弓陣営二日目昼パートでした伊草市、温泉街中心部、奥斑駅。
そこは伊草市の観光の中心となった温泉街のアクセスと交通を一手に担う、今の奥斑線の心臓部である。
普段でも沢山の人が行き交うが、サマーシーズンで夏季休暇も入るようなこの時期には、一層人が沢山いる様に見えた。
さて。その駅の裏手のベンチに、一組の主従が座っている。他でもない、ランサーとそのマスターだ。
ゴーストやグレムリンを模した様な独特のファッションをして、可愛くデコったタブレットを操作している美少女。ロックファッションの様な、バンドマンみたいな格好をしている高身長の凛々しい偉丈夫。その独特な雰囲気と顔の良さは、駅周辺を歩いていた時に少なくない数の通行人が振り向く程だった。
「…ふぅ。美味しかったな、マスター。」
「…うんうんっ!!事前に聞いてた通り本当にデリシャスでヤムヤムな店だったね!!美味しすぎて一度ハマったら癖になりそうな感じっていうか、一歩間違えたらこの可愛い堕天使ちゃんも更に堕天しちゃいそうな位の美味しさでウマー!!って感じだったね!!うん、あの店にはセチュナン五つ星を付けてあげよう!!」
「セチュナン…?」
「あ、ランサーくんミシュ◯ン知らない?まいっかヨシ!!」
あ、堕天を体重って意味で取った子はめっ!!だぞ♡>>166
それは兎も角、この主従は奥斑駅にある有名なラーメン屋で昼食を済ませて休憩をしていた所だった。
刹那は拠点とする旧市街の邸宅でランサーを召喚した後、とりあえず宗谷の使い魔を結界術で封印。その後、二人で互いの能力について擦り合わせたり、三国志のゲームをしながら趙雲の生前の話をしたり、スイーツを食べながら刹那の時計塔の話をしたりと親睦を深め、今は刹那の提案で温泉街に足を運んだ。
そして丁度今、召喚時の音割れ進三郎事件によって食べられなかったラーメンの名店で昼食を食べ、今に至ったという訳である。
「それにしても、当世の格好という物は良いな。動きやすいし…上だけでなく、誰もが賤なく着飾れる、という物が良い。」
自分のパンクな軽装を見ながら、趙雲はしみじみと言う。
黒髪に緑が入った彼の髪もあってか、そのロックなファッションへの違和感は薄く見える。というより普通にイケメンなバンドマンのように見えない事もない程に、いい感じに馴染んでいた。
「えっへへー、良いよネ現代!!刹那ちゃんが生誕ッ!した紀元前とかもお洒落って概念が薄かったし、現代のそういう所はボクも好きだよ!!ボクの刹那ちゃんセンスも現代で開花したしネ!!」
「そうだな。それでこの服を選んでもらったという事もあるし、感謝している。」
「えっへへー、褒めても何も出ないぞ〜?等と言いつつ…ジャンっっ!!そんなランサークンには刹那ちゃんポイント30ポイント贈呈しちゃうゾ!!そうだねー…500ポイントでボクのとペアルックの服を仕立ててしんぜよう!!嬉しいかな!?」
「…成程、マスターと同じ服………ふむ……」
「ちょい待ち今の間イズ何???」
「……いや、その服はマスターだからこそ似合うのであって、俺が着ても……似合う、のだろうかと…」
「何気ない言葉が 刹那ちゃんを ちょっとだけ傷付けた。 はぁい刹那ちゃんポイントマイナス10点ガラガラーっ!!プンプンッ!!もうボク知ーらないッ!!ぷいっ!!」
「そうか……」>>167
あからさまに頬を膨らませながら、刹那はタブレットを操作し始める。どうやら機嫌を少し損ねてしまった、と趙雲は反省して、思考して、口を開いた。
「……マスター。」
「なぁに?今のボクちょっとだけおこだよー?フンだ!!」
「いや…お詫びと言ってはなんだが、面白い話をしようと思ってな。操作しながらでも良いから、聞いてほしい。」
「…ふーん?……ふぅーん?」
刹那はおこだと言いながら、内心ランサーの言葉に驚きと興味を向けていた。実は、召喚してから今まで、話題を切り出すのは刹那からが9割で、ランサーから言う、ましてや面白い話題というのは珍しい事だったのだ。
「そうだな……メモとペンがあると助かるのだが、大丈夫だろうか?」
(アレッ、ランサークンがここまで自分から積極的に話してくれるのって何気に初かな?)「しょうがないにゃあ……はい、ボクのかわいい堕天使刹那ちゃんパワーが入ってる物だから大事に使ってネ?」
「ああ。」
先程のおこ拗ねオーラはどこへやら、タブレットで何かを操作する刹那はチラチラと趙雲の方を見る。
何かの絵を描いているように見える趙雲だが、何を描いているのカナー、よく考えたら画力はどんなモンなんだろうナー、あの趙雲が自分から言う面白い話とは一体何なのカナー?ボク気になるなァ、おこだけど正直気になっちゃうな…!!
自身のサーヴァントへの興味が、軽い拗ねる気持ちを一瞬で消した。作業に目を向けながら、そちらへと視線を向ける。>>168
「———よし、できたぞマスター」
「………?」
ランサーはそう言いながら、刹那に一つの絵を見せた。
「———ふぇ?」
そこに描かれた絵は、お世辞にも上手い訳では無かった。まあ全容と、描きたい物は理解できたが。
問題は、そこではない。
あの刹那ですら、趙雲が描いて見せた『それ』を見て——言葉を失った。
それは———
「ああ。見てくれ…これが、実物の赤兎馬だ。」
なんか中華風の鎧を着た、馬面のケンタウロスの絵だった。
「———にゃ」
冗談だろ?コラだろ?と言いたくなる様なそのトンチキな絵だが、あまり冗談を言わない趙雲が自ら描いた絵という所、そしてその曇りなき眼からは———嘘ではない、という事実が伝わった。
「———にゃんですとぉおおおぉぉおッ!?」
あまりの驚愕によるマスターの叫びは、駅前広場全体に響き渡った。
「ちなみに喋るし自分の事を呂布と言っていたしヒヒンとも言っていた」
「にゃんですとぉおおおぉぉおッ!?」>>169
「それマジだったの…マジだったんだ…刹那ちゃんもビックリだよそんなの…ビックリ通り越してピカソ顔たよボク…そういえばよく考えたら、なーんか時計塔で聞いたコトはあったカモその噂。またまたご冗談をーって思ってたけど……本当にマジのマジなの?」
「それが本当だ。マジなんだ。」
「マジかーん…びっくりのびっくりだよ…」
聖杯大会等で召喚されたサーヴァントの情報から、それぞれの時代の神秘や技術についての考察をするという流れは時計塔でも盛んに行われていた。
それは三国時代も例外ではなく、高い技術力が使われているという説が有力とされていた。
いたのだが、馬て。それを思い出し、刹那は吹き出しそうになる。それを見て、趙雲は沢山驚かされた分を返せた、と悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「…どうだ?面白かっただろうか?」
「——アハハっ、うん!!満足、大満足だよボク!!刹那ちゃんポイント200点!!」
「…良かった。」
ひとまずランサーは、胸を撫で下ろした。一つ安心の息を吐き、マスターを見やると刹那はタブレットを抱えながら、ジャンプするようにベンチを立った。そのまま、可愛い動きでランサーに向き直る。
「さぁて、ランサークンの面白い話も聞けたコトだし、堕天使テンションも元に戻った事だしっ!!そろそろ温泉街行こうかランサークン!!」
「? それは良いが、何をしに——」
聞こうとしたランサーに、刹那は満面の笑みで答えた。
「決まってるデショ。他の主従の情報集めだよ!!」>>170
「!」
遂にマスターが口にした、本格戦闘への準備。それに、趙雲は息を呑む。
その表情を見て、刹那は満足そうに微笑む。そのまま、彼にクエスチョンを投げかけた。
「さぁて、ここで問題ですランサークン!!ボクは今完全に準備コンプリート万事オッケーやるぜやるぜボクはやるぜーモードになった訳ですが、一体何の準備をしてたのでしょうか!?」
「…む、そうだな…今貴殿はタブレットをいじって何らかの作業を———」
それを言おうとした時、趙雲はハッと思い出した。目の前のマスターが使えると言っていた、魔術の事を。
「———もしや今。既に準備をしていたという事なのか?」
「ピンッポン!!大っ正っ解っ!!やっぱりボクの事しっかり見てくれてるねランサークンっ!!」
指を鳴らし、ウィンクしながら刹那は答える。その後に、刹那はタブレットを趙雲に見せた。
「これは———」
「ふふんっ、そうだよ。ボクの都市魔術。それとボクの可愛い使い魔のグレムリンズで——この駅周辺をある程度大雑把に探査してたのさ!!」
刹那が説明する。刹那の使う都市魔術(アーバン・レジェンド)は、環状線や道路等の流れを水脈に見立てて、あらゆる魔術を行使できる、刹那独自の魔術系統。
それを使って、時間を掛けた風水や魔力の大雑把な探査を複数回行いながら、その方向にグレムリンズを動かして様子を探っていたのだという。
朝に行使した時には駅の辺りが吉だと出た為に、こちらに来たのだとも。
「それで——温泉街の方向に吉ありってのを確認したボクはすかさずグレムリンズをシューッッ!!しながら都市魔術でその方向を探査してた訳なんだけど、都市魔術の魔力の流れが、確かにあの方向でちょーっとだけ乱れた感覚がしたって刹那ちゃんの直感がセンサー反応したってワケ。」
「つまり……」
「ビンゴっ!!恐らく、あの方向に——別のマスターがいる可能性がある、ってコトさ!!更に、爆弾の事もあるし、そろそろドンパチドンパチの首領パッチが始まる頃だと思うんDA☆」>>171
刹那の明晰な推理と、遊んでいる様に見えて抜かりなく仕込みを入れる周到さ。それを見て、趙雲は舌を巻いた。
「だから、ボク達の作戦は情報収集だ!!今からボク達は温泉街に行く。いのちだいじにのスタンスを維持しつつ、他のサーヴァント陣営の情報を一つでも多くゲットしよう!!マスターは、ハイパー堕天使のボクにかかれば一眼見るだけである程度の情報は掴めちゃうしネ!!戦闘じゃなくてエンカウントだけでもおkだネ!!だから……ここから本腰入れてくよ、ランサークン!!」
今の所遊びの比率が多く、作戦会議は控えめな点を見て大丈夫だろうか、些か楽観的ではと少し気を揉んでいた。だが——杞憂だった。自分の眼も、予想も超えて、一手を積み上げていた。
「いつの間に、そこまでの策を……」
「えっへへー。ボクは可愛い妖精さんで堕天使ちゃんだけど、それ以前に魔術師で、聖杯戦争のマスターだからね!!こういうのに一切手は抜かないのさっ☆」
暫しの驚きの後、ランサーは静かに、頷いた。
やはり、この主は——今まで見た事のある主君達とは雰囲気の方向性が違っている。だが………少なくとも。その違う方向性が良い方向な気がしている事。その軽快な雰囲気の中に、何か、大きな才が隠れているような気がする事。そして——何か、その持っている物に、自分も興味を抱いている気がする事。それは間違いないと、ランサーは認め始めていた。>>172
「さぁてランサークンっ!!そろそろボク達も、気合い入れてこっか!!」
気合いを入れる様に、仰々しく声を上げるマスター。
「…ああ!」
ベンチから腰を上げたランサーは、それに強く頷き、歩き出した。
その互いの明るく、強い表情は、互いの信頼は徐々に強くなっている事を確信させる様に見えた。
斯くして、二人は温泉街に向かって歩き出す。
全員が徐々に動き出し、唸り出した聖杯戦争の歯車。その渦中に、飛び込む為に。
なお、この後刹那がおぶって♡とランサーにねだり、断るランサーの表情から刹那は何かを察して堕天使スマイルを浮かべたと言うが、それはまた別の話。終わりレス忘れてた
以上、伊草槍陣営2日目パート1でした「抜けは……よし、ないな」
リストの最終チェックを終えて進三郎はつぶやく。
伊草市北部の大部分を占める大転山、その麓から少々離れた場所にある、宗谷邸でのことである。
時刻は昼。とうに昇った太陽は空の頂点を過ぎようとしている。約半日が経過した今もなお、昨夜から続く一連の出来事はなにひとつ決着がついていない。
昨夜の出来事───聖杯爆弾の起動から現在に至るまで進三郎は一睡もしていなかった。
第一に眠る暇などない。第二に眠れるような精神状態ではない。比率で言えば三:七ほどの割合で進三郎は睡眠を許されていなかった。今この時も濁流のような危機感と焦燥感に身体を突き動かされているほどである。
キャスターを自害させた、その後。当然ながら進三郎はたっぷり1時間かけて聖杯のチェックを行った。防衛術式の解除も試みた。そのすべてが無駄に終わった。
よって結論は出た。出すしかなかった。この件は『聖杯戦争を終わらせる』ただ一点にしか救いはないのだと。
結論が出れば進三郎の動きは早かった。即座に聖杯を据えた『大転山』より下山し、麓にある宗谷邸へと帰宅した。
帰路のさなかにあっても成すべきことを成した。できることなどたかが知れているが、それでも使い魔を用いた最低限の情報伝達と監視は行うことができた。
神秘の隠匿に対応する人員すべてへの連絡と現況の共有。深夜帯の出来事ではあったが容赦なく関係者各位にはご起床いただいた。
今しがた見ていたリストも、伊草市で行われる聖杯戦争に関わる者をまとめたものだった。そのすべてに情報は行き届いている。……唯一、毎度寝覚めの悪い、異邦からの神父殿だけには情報伝達が遅れたのだが。>>175
「あの寝坊助神父め……」
ともあれ最低限の準備は整った。どこで誰が暴れようとも隠蔽工作が可能であるはず。
しかし……それぞれのマスターの元へ飛ばした使い魔の半数近くは落とされた。セイバーのマスターからは曖昧模糊な未来を前提にした交渉が持ち掛けられた。もちろん即切り捨てた。
すでに最悪に近い状況、にもかかわらず好転らしい要素はひとつとてない。ただひとつ不幸中の幸いとやらがあるとするならば、マスターたちの誰ひとりとして『逃走』という選択をしなかったことだろう。サーヴァントを連れたまま雲隠れなどされれば、伊草市の消滅は不可避となるところだった。
「それも、今だけでしかないな」
どうにか拾えた幸運も一瞬後には足元に転がっていくやもしれず。現状の認識は大いに不安を煽るだけに終わった。
さて。
進三郎は頭を切り替える。これから自分は、どう動くべきか?
実のところ、動きようなどなかった。
無論、聖杯戦争を終わらせるために動くべきではある。だが聖杯戦争を終わらせる、ないしは進めるためにはサーヴァントの撃破が必須である。
不可能である。具体的な可能性の検討。私財を叩いたマスターへの降伏交渉。自爆覚悟の特攻。すべてが徒労に終わる可能性など論じるまでもない。それを容易に実行できるならキャスターを自害させるなどという方法を取ることもなかった。
もはや盤の外から介入する策も力も皆無。ならば盤の中、振り当てられた役割を全うするほかない。
聖杯戦争の運営役。それだけ徹して行動する。五騎のサーヴァントがすべて戦いの果てに散るという奇跡の結末を信じるのだ。>>176
そのためにできることは。
できることは。
保険の用意、くらいのものだろうか。
「…………」
言葉なく進三郎は自室を出ていく。それなりに広さと複雑さのある洋館風に仕立てた宗谷邸を進む。
どこか迷宮じみた雰囲気の漂う通路を一直線に抜けて、進三郎は目的地の地下室にたどり着いた。
地下室。魔術師の領域。当然ながらカビだの埃だのに覆われていることもない。進三郎自身が定期的に掃除していたのだから。
自らが清潔に保っていたその地下室には、まっさらな状態に保たれたホムンクルスがいた。
万一の場合を想定して用意しておいた自身のバックアップ、その素体である。聖杯戦争が始まった以上、運営役の自分もまた命の保障はできない。それこそ次の朝日を迎えられないかもしれない。
"そう"なったときも聖杯戦争を進めるために、これを残すのだ。
「……夜までには、終わらせねばな」
つぶやき、そして必要な情報のすべてを入力するべく、進三郎は物言わぬホムンクルスに近づいていった。とりあえずセイバー陣営の午前パートその②を投下ー。
と、いう訳で。セイバーの忠告、即ち「ちゃんと休め」は、心情的には兎も角、理論的には間違っていないので、已む無くそういう事をする流れになった。非常に面倒くさい。こういうのは苦手なのだ、”自分を労わる”という行為は。まぁいいや。強引に拒否して不興を買う方がロスである。普段だったら夜辺りに寝落ち、いや気絶か?をして回復するんだが……とりあえずは今回は薬湯と自己催眠でいいか。
休息というよりは、ストレスを消滅させ、倦怠感を抹消する感じの方法になるが、まぁ手法としては間違っていないのでヨシとする。
パロミデスには暫く無防備になるので護衛を頼み、疲労回復効果のある薬湯を一気に呷る。常人ならば消化器が焼け爛れたような錯覚を受ける代物だが、幸い一人の時の自分はそういう味覚が若干麻痺しているので、そこまで問題ない。少々の吐き気もするが、そこは耐える。さて、対外的というか、セイバーへのパフォーマンス兼本格的な”休息”である。客室に備え付けの洗面台、そこに存在する鏡と向かい合い、自己暗示を掛けた。すると次第に眠気というよりは精神が衰弱というか、意識が霞がかってくるので、その間に移動し、布団の上で寝転がった。所謂、”精神の解体清掃”というヤツである。これで疲労もストレスもそれなりに快方に向かうだろう、と思う。ただ効果あるって聞いてる割に、劇的に改善してる実感が無いんだよなぁ、コレ。>>179
さて、それなりに回復できたので、情報戦の時間である。伊草全域に飛ばしていた使い魔と再接続。亡霊共は呼び戻し、その間に鴉連中と視界を同期していく。
鴉はどこにでもいる「ふつう」の存在で、故に広範囲をリアルタイムで監視するのに向いている。そして一般的には不可視な亡霊を使役する事で、より詳細な情報を獲得する訳だ。
自分自身で動かす、というよりは使い魔そのものの自律行動に頼っている所が大きく、情報源としては若干不安定なのが少し残念な部分だ。まぁ視界などを共有しながら操ればより確実な情報源として利用できるという事だが、正直効率が悪いし……。
閑話休題。
「セイバー。情報集まったから、整理するんだけど。キミも知っときたいよね?」
「勿論♪どんな相手がいて~とかこんな戦場になりそうでー、とかって重要よね☆」
了解、と返事をしつつ、部屋の机の上にノートを広げる。戦術や盤面の情報を整理するのには、やっぱり便利。
「とりあえず確定してるのは……」
・宗谷と双璧を為す伊草の名家、草薙家の主である…、そう、草薙有紗って女の子は留守にしてるっぽい
・聖杯戦争の主催である宗谷さんは家に釘付け
・和装の男性と現世風のファッションをした女性が連れ立って歩いていた事
・妙に騒がしく、派手な出で立ちの少女がいた事。目が白く輝く星の瞳を持っている事から、時計塔でも名を聞く、現在の妖精少女であると推測できる。マスターの可能性高し
・とある宿で寝入っている女性がいた事。コチラは部屋に日本刀を保管しており、更には令呪らしき痣も確認できたので、十中八九マスターである、という事>>180
「さぁて、どうする?セイバー。俺としては、まず寝てた女性を奇襲して敵情視察して、行けるなら討ち取る。その後は宗谷さんにお礼参りって流れが良さそうかなぁ?とか思うけど、プロとしてはやっぱ違ったりする?」
まぁ宗谷に攻撃するのはお礼参りというのは置いておいても「宗谷討ち取ったりー!」する事で(聖杯確保されてるかもしれんヤバい!)って思わせてマスターをあぶりだすのが目的である。まぁ乗ってくるかは分かんないけど、一応やってみる価値はありそうである。
「ふーん♪まぁいいんじゃない?というか、今のパロミデスさんはハルカのサーヴァントよ?だったら少年の方針というか、指示に従うのが妥当よね。少なくとも圧倒的に間違ってる作戦って印象じゃないし」
そっか、と一人ごちる。なんだかんだ戦の玄人である円卓の騎士から見て変な判断、という訳じゃないなら、とりあえずはこの方針で問題あるまい。今回は戦場が爆発するとかいうタイムリミット付なのだ、自分らしさというよりは堅実っぽく感じるやり方の方が理にかなっているだろう。
「オッケー。個人的には円卓の騎士サマの歴戦かつ洗練された戦術を聞いてみたくもあったけど、そういう事ならしょうがない。じゃ、出発だ。用意するから、少し待ってて」
「はいはーい☆」「これはまた、なんと見事な」
奥斑駅から出たライダーの第一声。
伊草市が誇る温泉街、その駅前は観光客でごった返しており、ライダーからの評価も上々。
発展しつつも和風で整えられた街並みは美しく、こんな状況でなければライダーと遊び歩くのも悪くないとさえ思える。
『しかし、気付いておるか?』
『ええ、鴉でしょ。微かに魔力を感じてる。恐らくは監視用……質より量って所ね』
ルーンによる探査に、空を飛ぶ鴉が引っ掛かった。
それも複数……簡易的な使い魔だと思われるけど、恐らくは街全体にばら撒かれている。
殲滅には多大なコストを伴うとはいえ、あの程度なら重要な話を屋内で行ったり、それとなく鴉から距離を置いたりするといった対処でひとまずは大丈夫。
そもそも、自宅が拠点なのは誤魔化せないのだから。
「あまり観光は出来ないけど、行きましょう」
こうして、温泉街の探索を始める私達。
しかし、想定内に収まってたのはこの時までだった。「へぇ~、有沙ちゃんって言うのか。初めて会ったマスターが御目が高い子で、ボクは嬉しいぞ!ねぇねぇ、ボクってキミにはどう見える?聞かせて!聞かせて!」
他のマスターに遭遇したかと思ったら何故か懐かれた。
そのマスター、ゴーストやグレムリンを模した衣服に、斑模様の混ざった銀髪、更に眼帯まで付けた派手な少女の名は刹那・ガルドロット。
物凄くハイテンションな彼女だが、軽く見ただけでも底知れない何かがあるように感じる。
悪い子には見えないけど、人の域からズレてるような……。
「あー、マスターが騒がしくてすまない」
と、謝るのは刹那のサーヴァント。
バンドマンのような衣装を着たアジア系の若き偉丈夫。
190cm近い長身なのもあって、主に負けない位に目立つ。
その外見とは裏腹に、口数が少ないながらも思慮深さが伺え、少なくとも人の多いこの場所で襲ってくる事はないと思える位には好印象。
しかし、この状況はどうすれば……。「ふむ、こんな所で立ち話も難であろう。無粋な者も居るし」
と、言ったライダーが指を鳴らすと、微弱な魔力が放出される。
至近距離に居るから放たれた事がギリギリ解るようなそれは、刹那達の背後の空を飛んでいた白鳩……いや、その姿を取った使い魔を撃ち落とす。
綾ノ川に繋がる支流に使い魔が水没した音が聞こえた事で、漸く何かがあった事に気付くもすぐに興味を失う通行人達の中、ライダーは私にアイコンタクト。
「そうね。何処か座れる所を……」
まあ、鴉の事もあるし、続きは屋内にしたほうが良いのは確か。
丁度、すぐ近くにテーブルが一つ空いていたローカルチェーンの喫茶店あったのは幸運だった。
紅茶だけのつもりが、ラーヴァナに釣られてワッフルまで頼んじゃったけど、15時だったし、朝からよく歩いたから仕方ない事にしよう。以上、ライダー陣営とランサー陣営が出会うシーンでした。
剣vs狂、セイバー陣営視点の開戦SSどぞです
>>186
盛大な爆発音をBGMに降り注ぐ、ガラスの破片。その産地である窓が備え付けられた部屋からは毒々しい紫の煙がモウモウと吹き上がり滞留していた。
「はぁい、お二人さん♪ そんなに慌てて、どこへ行くのかしら?」
その煙の近くへと飛び上がったセイバーが軽口と同時に、ロングソードで2つの人影へと一閃を放った。
惜しくもソレは防がれてしまうが、何、この程度で敵を斬り裂けるとは思っていない。だがまぁ、初撃としては十分だろう。
ある程度は敵の手札も解るしね。
「少なくとも、咄嗟に使える防御や回避系の能力は無さそう……、と」
なんて事を呟きつつ、漆黒のネクロマンサーは己の得物、即ち上下2連式ショットガン──無銘でソードオフ加工済──から自らの銃弾をぶっ放した。
装填されているのは、人間の指を加工したなんとも悪趣味な代物。
北欧のルーン魔術と死霊魔術も組み合わせたこの指弾は、進行方向にある体温や霊体を感知し、自動で弾道を調整する。そうして標的の命中すると、その存在の奥に潜り込み、構成要素を喰い荒らす。威力で言えば心臓などを狙って呪いを破裂させる、などの方が良いのだろう。けれど、より広範囲を穿つ継続的なダメージソースとしての運用や、製造者である朽崎遥の特性を発揮した結果、この『魔弾』にはそういう能力で反映された。
着想元となった魔弾に比べれば必殺性で劣るが、”加工する素材が死体であれば人種や老若男女を区別しない”というコストパフォーマンスの面で秀でている。
「やっぱ界離さんの方が優秀だよなぁ、ここら辺の術者としての技量とか的には」
彼が所持する魔弾は全部で3種類あるのだが、まずはこの死弾で小手調べである。
……が。ギャッリィンとでも形容すべき、耳障りな騒音が響いた。
(マジか!?)
なんと、敵さんマスターは握った日本刀……打刀だったかな?で以て、撒き散らされた弾丸を全て切り捨てたのである。驚愕に目を見開きつつ、青年はここに来る前に己の騎士と交わした問答などを思い返していた。>>187
「さて、敵さんの拠点に到着した訳だけどさ、セイバー?この後どうしよっか」
ヘラヘラとした笑顔。元宗谷の使い魔である手元の鳩、その亡骸を弄くりながら、パロミデスに問いかける死霊魔術使いに、軽い調子の返答が帰ってきた。
「もー、少年?さっきも言ったけど、この戦争のメインはハルカよ♪だからやっぱり、考えるのは貴方の役目!それとも何?ここでおネーさんが『じゃあ今からお宿に戻って二人で一緒にグッスリ寝ましょうか♥』って言ったら従うの?」「いや全然そんな事無いけど」
でしょ?と言いたげな彼女に対して、こりゃあやっぱり、円卓の騎士の戦術戦略知略を拝む事は難そうだな〜と少し残念そうに嘆息して、朽崎遥は戦闘の準備を始める。
「じゃあ敵の部屋に俺の爆弾を放り込んで窓なりから燻り出すから、そこをセイバーの気配遮断&斬撃でよろしくって感じかな。それでOK?」
了解〜♪という軽い返答と同時に、パロミデスの姿が消えた。霊体化して配置につく用意を済ませたようだ。一応、作戦に対する辛口評価は受けなかったらしい。
呪符を顔の下半分に巻き付け、ネクロマンサーは眼前の温泉宿に這入った。一応使い魔によって得た情報から狙うマスターの部屋を仲居さんを質問し、名前や部屋番号を確認する。
志村千早?どっかで聞いた名前だが、少し思い出せなかった。まぁそのうち記憶から浮かんでくるだろう。
さて、仲居さんには暗示を掛けて、干し首爆弾を渡した。そうして、テキトーな理由で自爆特攻させるように誘導し、っと。念の為、散弾銃に魔弾が装填が完了しているかを確認したら、青年は先日と同じように液状化した眼球を旅館の廊下に振り撒いた。そうして、千早とかいう敵マスターの奇襲後に成立するよう、人払いの結界を準備する。
「目玉を潰して耳を削げ」「鼻を捥いだら皮膚を焼け」「髑髏は良いコだ寝んね死.ね」
さぁ、伊草聖杯戦争の初陣だ。のらりくらりと楽しく行こう。>>188
なぁんて、これまでの経緯を脳裏に浮かべつつ”次”を用意する。自分の魔術改造ショットガンは連射が可能なのだ、と斬り捨てた相手を狙ってそのまま射撃。しかしソレも再び一刀の下に斬り裂かれた。
(うーん、斬っちゃいますかぁ。正規の銃弾じゃないから、速度は落ちてるけど、それでも一応亜音速ぐらいはあるんだけど)
流石剣鬼……。という、ポロリと自分の口から漏れた言葉に、ようやっと相手の素性を思い出す。剣鬼だの追跡者だのと呼ばれている、女の復讐鬼ちゃんだ。言われてるみればあの黒い肌にも聞き覚えがある。
ふむ、って事は基本距離を取れば大丈夫そうかなー、威力偵察としては。って事で、己の外套が持つ魔術効果を一つ起動。
志村千早が自分の事を認識した事を確認したら、あとは気配を遮断した隠密行動開始である。付かず離れず、を維持できるぐらいのスピードで、死霊魔術師は旅館からほど近い雑木林に侵入した。
同時に、街中に放っていた鴉連中を手話近くへと引き寄せ、警戒の為に衛星軌道っぽく、己の周囲に飛び回らせる。
「サーヴァントは、バーサーカーらしいね。は、セイバーに任せて、コッチはコッチでやりますか!気合入れて頑張らないとねぇ」
まずはナイフに亡霊を憑依させて、チクチク刺すような感じで撹乱させるって感じかなぁ……それで剣の腕がどんなもんか解るだろうし。と思案しながら、青年は剣士が雑木林に突入してくるのを待つ。
瞳を鮮血への期待で爛々と昏く光らせるその表情は、獰猛な肉食獣のソレだった。前回の刹那ちゃんタイムっっ!!
アイスブレイクをやり切って絆が深まったボク、刹那・ガルドロットおねーさんとランサーの趙雲クンは温泉街に足を運ぶ事にしたんDA!あ、ちなみにボクは鉄が苦手だからランサーと歩いて行ったよ!妖精だからね!電車とかの鉄には陽性反応が起きちゃうんだ!!ようせいだけに、ってね!はい妖精ジョークっっ!!え、おもんなかった?そう…ションボリ…
それで、ボク達の目的としてはマスターの情報を探すってコトだったんだけど…探し始めて2時間くらい経ったタイミングで見事ビンゴしたってワケ!
明らかに雰囲気が違う女の子二人と出会って、ボクのランサーくんも「…あの黒髪の女人、明らかに雰囲気が違う」と気付いて今回初のマスター遭遇タイムーっっ!さぁて、ボクの魔眼で見えるこのコの雰囲気はー??ドコドコドコドコッ(ボンゴのSE)、ドンっ!うおおおおスッゴい良い子じゃーん!!ボクこういう子好き!!これは仲良くなれそうだネ!まあ爆弾の都合上戦うしかないにはないんだけど、それでもワンチャンあるかもなぁ…!あるかな…?うんあるネ!ヨシ!!
そんな訳で、ボクはランサーくんと有沙ちゃんと、クラス不明のサーヴァントちゃんと一緒に、喫茶店でお茶でも飲んで…話でもしようや…って運びになったのだ!!え?この文だとまずい…?そうだネ!!
そんな訳で、ボクはルンルンとテンション上がりながら喫茶店に入った、ってワケ!
という訳で本編行ってみよーっ!!>>190
そんな感じで、女子3人と男性1人の、二組の主従の一団は、喫茶店に足を向かわせていた。
だが。
(大丈夫だろうか…?)
唯一の男子であるランサーは、一人、少しばかりの懸念をマスターに向け、念話を発した。
『…マスター。本当に良かったのか?』
『うん?何がさ、ランサーくん?』
『いや…些か不用心に近付きすぎている気が』
『大丈夫ダイジョーブ!!ボクの直感が危険な目にはならないって告げてるから!!』
『まあ、それなら安心はできるが…』
『うん!それに、キミもボクも強いからね!肩の力抜いてこうゼ、ってね!!』
楽観的に、だが裏付けられた自信を醸しながら、マスターは言う。そういう事なら、と念話を切り、だが一人考える。
別の主従との直接邂逅。通常なら緊迫感溢れる状況である筈だ。その上に、今回の爆弾の性質上、どう足掻いても勝負は避けられない筈。故に、ある程度警戒はするべきかもしれない。
だが、少なくとも今は互いに強い敵意は無い。自分のマスターは勿論の事、相手方のマスターも、恐らく警戒こそあれど、少なくとも狂気や殺意のような物は見えない。ならば、些か安心はできるだろうか…いや、一応有事への構えは———仏頂面の下で、そう考えていた時。>>191
「そう構えるでない」
相手の、少女のサーヴァントが、小声で話しかけてきた。一瞬だけ気を張るが、相手のその声から殺気の類はない事に気付き、落ち着いて耳を傾ける。
「安心せよ。我がマスターは、少なくともこの状況から刃を抜いて奇襲するような悪ではない。恐らく、其方もそうであろう?」
「…まあ、そうだな」
「うむ、我も今戦うつもりは無い。なれば、其方も警戒を納めよ。互いに安心しながら相まみえた方が、マスターも安全に話せるという物であろう?」
「…確かに、間違いないな。すまなかった」
「構わぬ。」
相手のサーヴァントに謝りつつ、少しばかり反省する。
些か不安はあるとはいえ、少なくともこの状況で徒に警戒すれば、逆に火種になりかねない。そこは、自分の浅慮だった。
どうなるかは分からないにしろ、今は戦闘態勢を取る必要は無い。マスター同士、サーヴァント同士で刃を収める約定を交わした以上、それを信じ、誠実に対応して見極めるべきだ。
そう考えたランサーは、一旦肩の力を少し抜き、歩いている三人の少女の後ろを歩き始めた。
(……冷静に考えると、女人三人で男は俺だけのこの絵面は…色々と大丈夫なのだろうか…)
肩の力を抜いた故に出た疑問もあるが、そこは気にしないでおこう。>>192
「ごゆっくりー」
テーブルに向かい合う2対の主従の前に、全ての注文した料理が運び終わる。
刹那が頼んだのは大きいチョコレートパフェとタピオカ、ランサーが頼んだのは大きなチキンカツサンドとコーヒー。
「…二人共、中々食べるのね」と、有沙は少し面食らった顔をするが、即座にスイッチを切り替え、集中した顔をする。
「さて。もう話してもパーペキにオッケー、バッチコイだよ!軽い結界も仕掛けといたから、他に気取られる可能性も0.00%なので安心してネ☆」
それとなく会話を聞かれなくする為の結界等を構築した刹那は、有沙に話しても良いと合図をする。
頷いた有沙は、真面目な表情で口を開いた。
「…そうね。まず、私は草薙有沙。この聖杯戦争に参加したマスターよ。それで…貴女もマスター、という事でいいのよね?」
真剣な目で、見極めるように。有沙は2騎目の主従を見定めながらその名を名乗った。
その問いに、刹那は——
「…よぉし、じゃあボクの番だねっ!!」
おもむろに元気な声を出し、胸を叩き。立ち上がる。>>193
「…ボクの名前は刹那・ガルドロット!!遥か昔の世界の何処かからタイムスリップしたスーパーストロング&アルティメットキュートなフェアリーで堕天使!なんDA☆そして今はあの時計塔でっ!一番カワイイっ!!時計塔の不思議ちゃんランキング上位に入る(本人談)堕天使ちゃんとして有名なオネーさんなんだよ(諸説あり)!!!どーだどーだすごいでしょーフンスフンス!!それでなんダケドね、ボクは自分の世界を広げたいナー、色々なモノを見たいナー、知りたいナーっ!!って思いでボクは戦ってるんDA☆この聖杯戦争に出たのもそんな感じの思いで、聖杯は若干気になるケドまあ二の次三の次にじさんじって感じだネ!だからそう身構えないで!神秘の隠匿のコトだってしっかり分かってるから今から開戦だー!!なんてしないよ!ボクがキミ達にコンタクト掛けたのは、単純にキミが気になるからってコト!『アレ』の事もあるし多分ボクらの戦いは避けられないけど、そうだネー…今の気分で言うと、戦う相手としても、できるなら武人の礼を以てお相手したい、って感じ!そしてキミとは話せそう、ボクのコト見てくれそうっ!!って感じに見えたから声を掛けたんDA☆だから…キミの事をボクに教えてほしいな、って思うんだけど、どうカナ?いいカナ?いいよね!?」>>194
驚くなかれ、今の一連の台詞をほぼノンストップ台本無しで言ってのけたのである。
有沙は面食らって困惑し、一瞬スルーするべきかと考えたら。だが、胡乱な自己紹介に見えて所々に重要なワードも聞こえた為、スルーはできない。
「———ごめんなさい、少しだけ整理させてほしいのだけれど」
「いいよ!!」
故に、有沙は困惑しながらも、返答の為に一旦言葉を整理する時間を必要とした。
喜んで了承する刹那と、冷静に考える有沙を見て。
「…随分と面妖なマスターよな」
「…まあ、そこは慣れてくれると助かる……」
戦い合う宿命の2騎のサーヴァントも、顔を見合わせ苦笑するしかなかった。以上、2日目の騎陣営&槍陣営シーンpart2でした
伊草聖杯戦争、剣陣営vs狂陣営の続き投下します
バーサーカーと女剣士、その形勢はやや女剣士側に傾きつつあった。
元より相手は三騎士の一角。単純な地力で上回られている以上どうしても主導権を握るのはセイバーで、バーサーカーは守勢に回らざるを得ない。
加えて、生前勇名悪名問わず名を馳せた生粋の騎士と貶められど皇族であった者とではくぐってきた場数が違い過ぎる。
皇帝特権スキルによりどうにか食らいついてはいるが、押し切られるのも時間の問題だった。
――そう、このまま何の手も打たなければ。
「あはははっ!どうしたのバーサーカー、もう息が上がってるんじゃない!?」
「……ッ!」
「もっともっと愉しみましょうよ!せっかくの戦場、生きるにせよ死ぬにせよ全霊を賭さなきゃもったいないわよォ!?」
背後から響く女剣士の嬌声、あるいは奇声。
頭蓋を抜いて脳に直接響いてくるような音に顰めながら、千早は密かに戦域を離脱していた。
無論、撤退の為ではない。どこぞに鳴りを潜めている元凶――すなわち、敵マスターを仕留める為の暗躍である。
元よりサーヴァント戦において千早ができる事などたかが知れている。さらにあのサーヴァントは一目見て分かる程の戦闘巧者。
自分が残ったところで足手纏い以上にはなれず、何の役にも立てはしない。>>198
(だから殺.す。マスターを見つけて、今ここで)
サーヴァント単独での襲撃であれば、千早もこのような無謀には走らなかっただろう。
だが。千早が舐めてかかっていたように、敵のマスターもまたミスを犯した。
先程の銃撃、恐らくは何かしらの魔術的な処置が施された上での奇襲。
反射的に斬り捨てたものの、もし被弾していればただでは済まなかった。
だろう、は付かない。元より魔術師ないし魔術使いとやり合うとはそういう事だ。復讐し始めて間もない頃、そうやって甘く見積もった結果散々地獄を見てきたが故の計算である。
そして――その銃撃こそが、千早に単独行動を決めさせた要因だった。
すぐ近くに、マスターと思しき敵が存在する。それも、一般人を巻き込む事も厭わない筋金入りが。
(……殺.してやる)
これはけじめだ。『かつて』と同じく、己のせいで無為に命を散らす羽目になった仲居への贖罪にもならぬ愚行。
それでも千早にとってはやらねばならない事である。どれ程のリスクが伴おうと、どれ程勝利から遠ざかるような行いだったとしても。
――たとえ、それが原因で『彼女(あいつ)』への復讐が果たせなくなるのだとしても。
(殺.してやる)
再びの銃撃。今度は先ほど以上に複雑な弾道を描き、木々という遮蔽物を存分に活かした射線。
だが――どれ程速く、複雑であろうとも。銃弾(それ)が必ずや千早を狙ったものであるのなら。
「邪魔」
太刀筋、数閃。たったそれだけで、走る速度を落とす事さえなく千早を狙った魔弾はことごとく地に墜ちる。
最後っ屁にまき散らされた呪詛さえも触れる事叶わず、千早はついにその姿を視界に捉えた。>>199
(あいつは――!)
その顔と、名前は知っている。
魔術界隈の中でも危険人物として数えられ、日本を中心に様々な悪事への加担・協力が噂される死霊術師。
朽崎遥。およそ千早が知る標的の中でも、筋金入りの厄介者がそこにいた。
同時に先程の攻撃も納得する。あのイカレた男であれば、一般人を巻き添えにする事など確かにあり得ると。
故に、ここで仕留める。目標までの距離はあとわずか、今の自分であれば数舜の内に詰められる。
魔眼や暗示を警戒し、目を合わせる事は意図的に避けるが――そこでふと、朽崎の唇に目が留まった。
催眠の類ではない、ただの動き。口パクでしかないその流れは、しかし決定的に千早の脳に警鐘を響かせた。
“う・し・ろ・の”
“しょ・う・め・ん”
“だ・あ・れ・だ?”
「もう、意地悪ねハルカ。せっかく気づかないままイカせてあげられるとおもったのに」
(――あ)>>200
響かせて、けれど致命的に全てが手遅れだった。
破ったのか振り切ったのか、千早の背後にはいつの間にか女剣士の姿。
得物であるカーテナの切っ先は寸分の狂いなく千早の心臓を捉え、貫くまであとわずか。
回避も防御ももう間に合わない。完全に詰みとしか言えない状況だった。
「さようなら、バーサーカーのマスターさん♪ 中々よさそうな見た目だったけど――これも運命って事で。じゃあね♡」
令呪を切るにも、遅すぎる。
剣士だからこそ分かる絶望的状況。自分がバーサーカーを呼ぶよりも、後ろの女が貫く方が断然速い。
――ならば、せめて道連れに持ち込もう。
全ての時間が緩慢になる刹那。
背後から迫る切っ先が千早の皮膚にいよいよ届きかけ、
同時に千早が右手の『魂吸』を朽崎目掛けぶん投げようとした、
まさにその瞬間。
「否。其方の終わりは此処ではない。――そして、此度は我らの方にこそ趨勢は傾いた」
あり得ざる金属音、信じ難き者の声。
千早を貫く筈だった凶器は、しかし割って入った斬撃に阻まれて。
その下手人たる女剣士は、驚愕に目を見開き後退した。>>201
「……嘘ぉ。普通、あそこからここまで間に合ったりする? 今時の保険ってこんなに優秀なの?」
「さてな。当世の保険事情とやらは存じ得ぬが――まあ、運に恵まれればこういう事もあるのだろう」
「バーサーカー……!?」
千早の背を庇うように、バーサーカーが立ちはだかる。
女剣士も即座に反撃には映らず、警戒するようにバーサーカーを眇め見に徹した。
令呪ではない。発動するには手遅れだったし、何より魔力の動きも起こりもなかった。
であるならば宝具か、あるいは何かしらのスキルによるものか――
その答えは、バーサーカー自身が既に半分口にしていた。
スキル・皇帝特権。本来持ち得ないスキルも、持ち主が主張する事で短期間のみ取得できる。
バーサーカーはこのスキルを専ら戦闘時のステータス向上に用いていたが、今回に限り緊急手段として移動系スキル――それも、転移レベルのそれの取得に転用したのである。
とはいえ容易な話ではない。そもそもバーサーカーにとってこのスキルは運に絡むところが大きく、また仮に成功したとしても元が貧弱な分代償も大きい。
具体的に言えば、スキル再使用までに生じる大幅なラグ。ゲーム的に言えば、チャージタイムの増大とでも呼ぶべきか。
(つまり、今の私は戦闘になっても十全の力は発揮しかねる。そこを念頭に置き、選択せよ術者)
(……了解。十分感謝するわ、あんたが来てくれなかったら私の戦いも人生もここで終わってた事だし)>>202
と、そこでようやく眼前にいた標的――朽崎の事を思い出す。
絶命寸前だったとはいえ、一時隙だらけの姿を晒した迂闊。
それにしては妙に反撃が来ない、と思っていたが……
「残念。どうやら今はここまでみたい」
女剣士が心底口惜しそうに呟く。
気が付けば、朽崎の姿は戦場から消えていた。
恐らくは奇襲失敗と、それに伴う形勢悪化を悟ったのだろう。どの道この戦いは緒戦も緒戦、これ以上下手に続行し他陣営の介入を招く事を思えば厄介すぎる。
逃げられたと、そう悔める程今の千早たちにも余裕はなく。
「それじゃ、おネーさんもここで失礼させてもらおうかしら。マスターが退いた以上、付き合う理由もないからねぇ」
「ここまで好き放題暴れておいて、むざむざ見逃す道理があるとでも?」
「あら怖い。で・も♪ 見逃すのがどっちか、今一度考えた方がいいんじゃない? 私は全然付き合っても構わないけど……そっちのお嬢ちゃんは限界みたいよ?」
「……ッ」
息が荒い、眩暈がする。
今更ながらに重ねてきた無茶の反動が身体を襲い、今にも倒れ込みそうになる。
いかに鍛えたとて千早も人間、体力も精神も有限で、行使すればするだけ消耗もする。
まして、己がサーヴァントが無茶を通した後ともなれば――
「でもまあそうね。おネーさんを驚かせたご褒美に、クラス名だけでも教えてあげる♪」
「何?」
「私はセイバー、真名までは名乗れないけど見ての通り剣士のクラスで現界したサーヴァントよ。以後、よろしくね♡」>>203
女剣士改めセイバーが姿を消す。
恐らく霊体化したのだろう。千早にもわかる程、気配が遠ざかっていく。
再びの奇襲を警戒したが、流石に三度目の正直を試みるつもりはないらしく――そこでようやく、千早は膝を突いた。
「術者よ」
「大丈夫。……でも、少しだけ休ませて。すぐ、立ち直るから」
荒くなる呼吸を整え、遠ざかりかける意識を繋ぎとめる。
今ここで倒れて動けなくなるのは不味い。遠くに響くサイレンから、警察なり消防なりが近くに来ている事は明らかだった。
数分にも満たぬ小休止を済ませ、千早は再び立ち上がる。
この場を去った魔術師――朽崎遥を殺.す為、ひいてはあのセイバーとの決着をつける為。
雑木林から二人が去ると、後には踏み荒らされた痕跡だけが残された。>>204
以上、私からはここまでとなりますにわかには信じがたいけど、それなら辻褄が合うとしか言いようがない……考えた末の結論がこれ。
タイムスリップとか堕天使とか冗談みたいな事も言ってるけど、妖精と呼ばれる程に人間離れした存在だとすれば、彼女の持つ雰囲気に説明が付く。
妖精について余り詳しくない私には本物かどうか判断出来ないけど、少なくとも私がやろうとしたよりも早くてより高性能な結界を張る位の実力はある訳だし。
何より、自分が受け入れられるかどうか不安そうにしてる姿が、いじらしくてほっておけない……いや、それよりも大事な事があった。
「妖精にはあまり詳しくないけど、妖精並みに規格外の存在って事位は解るわ。それはそれとして一つ聞くけど、爆弾有りの聖杯戦争ってどういう事?」「ふざけてる……聖杯戦争だけでも許し難いのに、聖杯自体が爆弾化……宗谷はこの街を何だと思って……!?」
「なんと愚かな……これでは管理者とやらなぞ務まるまい」
刹那の説明を一通り聞いて解ったのは、この聖杯戦争が想像以上にどうしようもない代物という事だった。
この地の管理者である宗谷が用意した聖杯は爆弾化しており、それが爆発したらこの街は壊滅するのだとか。
しかも、聖杯戦争を完遂する以外に止める手段はなく、おまけに一日に一騎のペースでサーヴァントが倒されないと爆発するという時間制限のおまけ付き。
それでも、目の前の彼女達に怒りをぶつける訳にはいかないから、残った紅茶を飲み干してどうにか堪えるとカツサンドを食べ終えた刹那のサーヴァントが口を開いた。
「有沙、だったな。もしかして、この街の住人か?」
「ええ。この伊草市に根差した魔術師の家系の一つ、草薙家……その魔術師としての当主がこの私。聖杯戦争に参加したのも、聖杯戦争による被害を減らす為。ああ、別に正義とかそういうんじゃなくて……この街には大切な物も人もいっぱいあるから、それを護りたいだけ。だから、徒に犠牲者やこの街への被害を増やしそうにない貴方達と戦うのは、後にしたいかな?」
怒りに飲まれそうになったけど、結局の所、私がこの聖杯戦争でやるべき事もやりたい事もこれに尽きる。
聖杯が爆弾と化していても、やる事は変わらない。以上、伊草の更新でした。
伊草2日目昼 騎槍パート最後+2日目昼閉幕パートできました
投下します「聖杯戦争に参加したのは、聖杯戦争による被害を減らす為。ああ、別に正義とかそういうんじゃなくて……この街には大切な物も人もいっぱいあるから、それを護りたいだけ。」
有沙の、表明の言葉。シンプルな様に見えて。聖杯戦争に名乗りを上げる程の強い決意、大切な街を護りたいという強い意思、護る為に戦う強い覚悟。そのどれもが、その言葉には強く籠っていた。
「だから、徒に犠牲者やこの街への被害を増やしそうにない貴方達と戦うのは、後にしたいかな?」
「「……」」
それを聞いたもう一組の主従は、無言だった。
だが、悪感情ではない。ただ、マスターもサーヴァントも、両者が驚きの表情で、有沙を見ていた。
「……どうしたの…?」
「……うん」
「…?」
パチ、パチパチ。
突然の音に、有沙とサーヴァントはまさかと身構える。最悪、仕掛けてくるかもと。
———だが、その警戒は一瞬で溶解した。
その音の主、刹那は——>>210
「うんうん、うんうん…!!」
凄い頷きながら凄い音で拍手をしていた。
「…?」
「うん…!!うん凄い!凄い偉いよアリサちゃん!刹那おねーさん感動!!本当に感動したよ!ボク、キミの事好きになっちゃったかも…!!」
「…!?」
突然感動し始めたマスター。しかも、その一見薄っぺらく見えてしまう言葉の一つ一つに、心からの本気の感情が入っている。
大きな困惑と、多少の嬉しさや気恥ずかしさと、一応構えた方がいいのかという警戒の感覚が同時に現れ、絡まる。かつ色々な意味で初めて会う手合いであり、更に戦闘の空気では無い為に、魔術師としてのスイッチも入っていないという事実が、余計に混乱を呼び起こす。
故に、有沙も珍しく一瞬思考がフリーズした。
「やっぱりボク、最初にキミと出会えて良かったよ!ボクったら結構人を見る眼があるって自負しているんだけどネ、そのお陰で開幕早々キミみたいな子と出会えるなんてボクは嬉しいナ!魔術師としても人としてもボクはキミのコト好きだし、ボクの事受け入れてくれたみたいだし、ボク達はやっぱり仲良くなれそうだね!まあ聖杯戦争の事もあるし終わった後かもしれないケド…うん、よぉーし!!偉いアリサちゃんには刹那おねーさんがナデナデしてあげよーう!!」
「え、えーと…それは遠慮しておきたいかな」
「ガーン!!そんな、ボク達仲良くなったんじゃ……うん、まあ、聖杯戦争だからネ。よく考えたら残当なので刹那ちゃんは一旦冷静になるのであった。スンッ……」
「………はぁ」
ライダーは、呆れた目をしてランサーに一瞥を送る。偉丈夫はその視線に気付き、咳払いをして口を開いた。
「……マスター。仲良くなれたのは喜ばしいが、話を戻していいか?」>>211
「あ、ごめんネ。うん、とにかくさっきの、今は戦わないのはどうカナって話だよねっ?」
有沙の目的に感銘を受けていた刹那だが、その直後にしれっと言われていた言葉もしっかり覚えてはいた。『できるなら、貴女達と戦うのは後にしたい』という、一旦の不戦。有沙は頷き、言葉を付け加える。
「ええ。真っ先にやる優先事項ができた事もあるし、貴女達はそう悪く見えない。そして何より…聖杯爆弾の事を教えてくれた義理。その筋は、通したいの。」
「……」
有沙のサーヴァントは、その言葉に静かに微笑む。
そして刹那も、肯定の言葉を口にする。
「成程ネ!!うん、ボクも異論はナイナイ!!そもそも神秘の隠匿とかあるし、仲良くなってすぐ闘り合うのはイヤだもんね!…ねえねえ、キミはどう思う?」
「自分も、異論はないな。」
ランサーは静かに頷く。そして…些か表情を柔らかくして、有沙を見た。
「爆弾の事もある故に、自分達はいずれ戦わねばならないのは事実だ。…だが、義理と筋、そして貴殿の志と誠実さは、今の問答でも理解できた。少なくとも、そこは問題なく信頼できると思う。だから、貴殿の意思を尊重しよう。」
「…ありがとうございます」
自分達は、最終的に戦う運命ではある。…だが、同じ戦う敵であっても。問答無用で殺し合う他ない敵と、敬意と義を以て対峙するべき相手の二つがある。この相手は、後者であるとランサーは認めた。ならば、こちらも誠意で返すべきだろう。
ふと、時計を見る。既にそこそこ時間が経っていたと気付き、そろそろ解散しようと会計を済まし、店を出た。>>212
気付けば夕暮れになっていた。そんな河原で、2組の主従は向かい合う。
「よぉし、これでボク達は仲良しのライバルになった、ってコトだね!!ラブアンドピース最高!!イェイイェイピースピース!!」
「そうね。…でも。もし戦う事になったら、遠慮はしない。そこは、覚えておいてね」
「うん!じゃあね有沙ちゃん!この堕天使フェアリー刹那ちゃんがキミの無事をお祈りしてあげよう!!バイバーイ!」
刹那は大きな声で、手を振った後に歩き出した。ランサーも、一つ軽く礼をした後に去っていく。
そうして——聖杯戦争の相手との遭遇としては些か奇妙な、主従達の邂逅は終わりを告げた。
「…ふぅ」
ランサーが息を吐きながら、気を張って見極めていた気を抜く。そして、苦笑しながら刹那に話しかけた。
「……まさか、最初から相手の主従と遭遇するとはな」
「だネー!しかもっ、凄い良いコだったしああ見えて魔術的にもしっかりしてそうなのが刹那ちゃんポイント高得点だよ!次に会った時は刹那おねーさんがナデナデコチョコチョしてあげたいなー!!」
刹那も機嫌が良く、ランサーを向いて後ろ向きにスキップしながら話す。魔眼もあってよく人間を観察できる刹那から見ても、有沙はお眼鏡に叶う子だったようだ。>>213
「そうだな。しっかりした大志を持っている、好ましい少女だった。」
「おー、やっぱりランサーくん的にも好印象だったんだ!!」
「ああ。……だが、侮れんとは思う」
「ふむふむっ?その心は?」
軽い口調を続けるが、その下ではランサーの言葉を真剣に聞こうとする刹那。それを見て、ランサーは真剣に話した。
「……あの女人のサーヴァント。纏っている気配…将としての気配か。……それが、かなり強かった。桁違いにな」
「へえー…?ランサーくんから見ても、つよつよのストロングなサーヴァントちゃんだったってコト?」
「…間違いない。忌憚なく言うなら、あれ程の強い気配は生前でも殆ど見なかった。呂奉先や関羽殿にも匹敵する様な、凄まじく強い気配。」
生前、蜀の五虎将の一角として名を馳せた男。かの関羽や張飛と並び立った将をしても、そこまで感じた気配。
その上でランサーは、真剣に呟いた。
「あのサーヴァントは…間違いなく、強敵だ」>>214
「はぁー……」
刹那の主従を手を振って見送り、影が消えた後、有沙は一つ深い溜め息をついた。
「——疲れたぁ…」
「色々な意味で、予想外の邂逅であったな。マスターよ」
ライダーが苦笑し、有沙に話しかける。色々な意味で構えてた調子を崩される相手だった為に、有沙は苦笑と疲れが混ざったような顔で返した。
「そうね…でも。少なくとも、街を守りたいって観点でなら。安心していい相手がいただけでも、十分安心はできた。」
「…良きかな。それにしても——ふむ。あの男も、中々の手合いと見える」
「やっぱりね。……まあ、今は安心して大丈夫。それより、ライダー。準備しよう」
「ほう?」
調子を崩され、気が抜けたような表情が、一瞬で引き締まる。その表情は、まさしく聖杯戦争に相応しい、覚悟を決めた顔だった。
「…まず、やるべき事ができた」>>215
斯くして、2日目の太陽は暮れる。
ある主従は戦い、ある主従は奇妙な出会いを果たし、ある主従は災禍の準備を整えて。
太陽は暮れ、暗くなり、伊草の街の夜空を月が照らし始める。
そして、この月の照らす夜に。
伊草の地で、混沌が牙を剥き始める。以上です
「此処が、管理者とやらの屋敷か。大きさだけならマスターの屋敷に匹敵するが……どこか、風情が欠けておる」
つい先日まで、二度と訪れる事は無いだろうと思っていた宗谷邸の門に、私達は居る。
この聖杯戦争そのものや爆弾と化した聖杯等、管理者に問い質さなければならないもの。
ランサー陣営と別れた後すぐに連絡をいれておいたとはいえ、管理者が素直に応じる保証なんてない。
それどころか、罠である可能性もあるし、他の参加者が此処を狙う可能性だってある。
管理者の効率ばかりを重視する性格なら、恐らくはアサシンでマスターを狙うか、キャスターで籠城するかのどちらかでしょうし。
「これから管理者に会うけど、聖杯戦争の後始末に支障が出るから、なるべく殺さないで」
「うむ。罠であれば、斬って良いのだろう?」
「ええ。話は私がするから、護衛をお願いね。他の陣営だって何時襲撃してくるか解らないもの」
そして、私達は宗谷邸の門を開いた。「なるほど。それで、私が聖杯に細工をしたと思い込んで、連絡すらしなかったと……」
管理者はあっさりと情報を吐き出した。
聖杯爆弾は本当だったし、聖杯の停止も破壊も出来ず聖杯戦争を完遂する以外に道はないのも事実。
自分のサーヴァントを自害させて時間稼ぎをする位にはこの事態を解決する意思があったとはいえ、そもそも管理者自体が元凶なのだから。
「いずれ自滅するとは思ってたけど、まさか街を巻き込むなんて……。私の街を巻き込んだ事も、日常を壊そうとした事も、多くの人々を危険に晒してる事も許さないけど、聖杯の爆発を避ける事が第一なのは確かよね?」
頷くだけで、管理者の表情は変わらない。
元々、私の家系と互いに干渉しないという取り決めを続けてきた一族だから、彼への信頼なんてこの場に罠が仕掛けられてない程度しかない。
だけど、この場で言う事は決まっている。
「なら、私がこの聖杯戦争を終わらせる」短いですが、伊草の更新でした。
「いやぁ、失敗失敗。残念無念また来年~は駄目か。ほっといたら、ここの聖杯爆発しちゃうしね」
「それはそうね。でもさぁ、あそこで教えちゃうのはナイんじゃない?折角倒せる好機だったのに」
温泉街の通りを、黒い服装の男女が歩いていた。見た目には似た所があったものの、纏う雰囲気は反対である。片や、ヘラヘラした笑顔を浮かべ、もう一人は少々不機嫌そうに唇を顰めている。笑顔を浮かべているのはマスターたる朽崎遥。ちょっとした不満を抱いている恰好なのはサーヴァントであるパロミデスだ。
「ごめんごめん。でもさ、間に合わない状態だって自覚させて隙を作って、今度は俺が追撃して~とか考えてたんだよね。そうすれば挟み撃ちで行けるんじゃないかって」
まぁ、バーサーカーが間に合っちゃったんだけど……と申し訳なさそうな口調で付け加える。朽崎遥はヒトデナシだがそういう気配りに疎いという程では無いのだ。
時刻は夕暮れである。先ほどは失敗したというか、小手調べ程度の戦果で終わってしまったが、まだ1日は序盤である。タイムリミットがあるとは言え、まだまだチャンスはある。バーサーカーは燃費が悪いし、今回の結果としては優位に立てそうだという事が分かったので、次行こう次。>>221
◆◆◆
という事で。今、二人は伊草が誇る温泉街の外れに居を構える宗谷邸に向かう事にした。パロミデスは既に霊体化を済ませている。魔術師の家には勿論結界なりがあり、そうでなくてもセイバーの特性を活かすにはこういう形での移動をする方が理に適っているからだ。
そうして、特に邪魔が入る訳でもなく、二人は宗谷邸に到着した。朽崎遥が戦闘用礼装をチェックした後、パロミデスは宗谷邸への潜入を試みる。
宗谷家当主を拉致するなりして脅迫なりをすれば、先日失敗した他マスターの情報を確保する事も出来るだろうし、何なら先ほど人気のない場所で改めて情報収集をしたら、草薙家の当主である少女がどうもどうやら宗谷邸に向かっているらしい事が判明したからである。
とりあえず、もっかい奇襲をしてみよう、という感じ。倒せたら儲けものだし、そうでないならセイバーの能力で相手を斬り伏せばいい、という戦術だ。
「それはいいんだけどさ」
とパロミデスは己がマスターにちょっと疑問を投げかけた。具体的に言えば、自分と離れる事になるが、その間ネクロマンサー自身の防御はどうするのか?という事だ。
「あぁ。その辺は心配しないで!俺の外套、セイバーが持ってる『気配遮断』とはちょっと違うけど、隠密行動というか、他のヤツから見つからないようにする機能があるからね」
言うが早いか、朽崎遥の姿がパロミデスの視界から消え失せた。”ほら!だから安心してよ。少なくとも、奇襲が終わるまではもつと思うし”そう念話で伝えてくる。
◆◆◆>>222
◆◆◆
そういう事なら……と納得したセイバー。早速己の能力を応用して、宗谷邸に侵入を開始した。成程結界などは存在したいたが、とりあえず霊体化と気配遮断を組み合わせればなんとかなる状況である。パロミデスは悠々と宗谷邸の深部まで到達する事が出来た。恐らくもう到着しているであろう草薙のサーヴァントが放つ気配を探る。いた!そろりそろりと近寄っていけばどうやら客間のようだ。この屋敷の主である宗谷進三郎に、マスターらしき少女にサーヴァントらしき少女が揃っており、此度の聖杯戦争という状況に関する対話を行っていた。見るからに雰囲気は険悪だ。この伊草という街を守りたい草薙、根源への到達を目的として勝手をした宗谷、という構図であろうか。セイバーがそう思案しつつ、いつ仕掛けるかを主に問うた。しかし、返答として戻ってきた言葉は「戦闘のプロに任せるよ」となんだかツレない。
(まぁいいか♪そこら辺は好きにやらせて貰おっと☆)
そうして、セイバーが機会を伺っていると、そのタイミングはすぐに来た。草薙当主である有紗という少女が、断固たる決意で宣言したのと同時に、彼女は霊体化を解除し、若きマスターの命を狙い、斬りかかる。
「なら、私がこの聖杯戦争を終わらせる」
「そ♪ならば願いは斬り捨てる!な・ん・て・ね?」
その斬撃は、草薙有紗の首に向かって吸い込まれるように向かっていき───
◆◆◆切れかけの電灯が、光をチカチカと明滅させる。夜の空気がそのリズムに合わせて冷気と湿気を吐き出して、耿実たちの背をすっと擦った。
唾を嚥下し、眼前の鉄の塊から手を離す。仕込みは上々、思い描いた設計図と寸分違わぬ出来映えに己が事ながら笑みが溢れてしまう。この一つだけならまだしももう一方の仕掛にも不備は見られなかったのだ、心も弾んでしまってしようがない。
傍らに立つアーチャーに視線を移すと、自分を、或いは仕掛の秘められた軌条を見るとも見ぬともつかぬ赤黒い瞳とかち合った。辰砂をそのままはめ込んだような、奥まりの窺えない血の色。兵器が持つ神秘性というものがちらついて、眩暈のような感覚から目を逸らす。目は口ほどにものを言う、とあるが。何も語らぬ兵器の過去を迂闊に覗いてしまったことの後悔がぶり返してくる。
「どうだいアーチャー、この仕掛。これだけで、これが吹っ飛ぶだけで人間が100は死ぬ。昼時ならもっとだ」
「本機に現代生活に類する演算機能は備わっておりません。該当機器の被害を推測することは不可能と判断します」
「ごもっとも。兵器は死者数なんて数えるわけないからね。実際我輩にしたってそんなことはどうでもいい…予測と結果の差異の有無は重要だが。でも、旧いものは人間であれ機械であれ、消し飛ばすに限るだろう?」
「劣化、損傷の見られる部品は早急な交換、修復を必要とします」
「その通り…劣化、劣化!だが修復なんて要らないさ、君したって…そろそろ戻ろう」
会話と呼ぶには無機質な───尤も、この二者の関係をすればしかるべきものである───そんなやりとりを切り上げて、たすき掛けに用いた紐を片付ける。もうここには用もない、宿で一部始終を観察させてもらおう、そう考えながら耿実は立ち上がり、踵を返そうとした。
その時だった。
「ン~?あれあれ、こんな時間から線路工事?ちょっと早すぎるんじゃないかなあ、苦情来ちゃうよ?」
声がした。他の誰に向けたものでもない、こちらを捉えたものだ。調子外れな暢気さに気味の悪さを感じさせる。
振り返ると、安っぽい電光に照らされた男女の姿があった。ニヤニヤ笑っている女が声を出したのだろう。奇抜なファッションに身を包み、手をポケットに突っ込んで、締まりの無いポーズのままに二人を逃さぬような位置を陣取っている。隣の長身の男も此方を見据えて離さない。>>224
虫唾の奔る心地。吐き気すら覚える。嫌気の正体は一度の打見だけで識別された。グロテスクとしか言いようがない。だから、耿実の判断は速かった。
「いやいや勿論わかってるよ?ボクもそんな、キミたちを鉄道員と勘違いするほど馬鹿じゃない…英語で言うところの“Know better than to do”ってヤツ。ネイティヴイングリッシュしちゃったけどわかってくれたかナ?くれたよネ?くれたついでにアタック25、ボクからの質問25連発を答えてパネルを全部オープンしちゃおうのコーナーかいまく~!え、それはクイズであってクエスチョンじゃない?そもそもパネルクイズは3年前に地上波引退しただろ?ジェネレーションギャップ!やめて!自然な流れで始められた質問コーナーを潰されちゃったら、闇のゲームで繋がってる刹那チャンのメンタルまでブレイクしちゃう!お願い、死なないでボク!キミが今ここで倒れたら、グレート☆ブリテン周遊ツアーチケットを賭けた最終問題はどうなっちゃうの?というわけでまずは自己紹介!ボクは刹那・ガルドロ…」
「殺.せ」
羽虫の翅のように忙しなく動く口を息の根ごと止めようと下した命令に従って放たれた閃光が、女の前に躍り出た男の槍によって相殺される。予測済みだ。
二つの力の相克によって生じた煙塵が晴れた時には、耿実たちは姿を消していた。近接戦などする必要も無い、アーチャーは現代服を脱ぎ大神宣言を装着、空を駆り女たちに対する砲撃を始めた。
男が鎧姿に身を変じさせ、槍を振るい光芒の嵐を叩き落としながら隙間を縫うように走り抜けていく。サーヴァント同士の“戦争”が今しも幕開けとなったのだ。戦場とするにはこの場はあまりに脆く、この瞬間だけで余波により横一列に並んだ倉庫が順繰りに崩落した。
あり得ざる神秘の衝突が、蹂躙が、耿実の神経をヒリつかせる。嫌悪感と、それと同じくらいの興奮。白き兵器の駆動音が耳朶に残って離れない。機動と共に見えたあの輝きが瞼の裏でしきりにはためいている。暗夜に天維を滑っていくその様はずっと観察していたいほどだ。>>225
だからこそ。今は醜いものが一層邪魔に思えて仕方がない。女だ。爆撃の中心地に確かに居たはずなのに、男に守られていたとはいえ傷の一つも着いていない。どころか、周囲一帯に荒れた様子が見られない。尋常ならざる力───魔術、恐らくは結界術の類いを行使しただろうことは、魔道に疎い耿実でも即座に把握し得る。
聖杯戦争とあれば、本来ならサーヴァントを斃すだけでマスターを殺.す必要はない。だが殺.す。そう決めた。折角の兵器(アーチャー)の初舞台であるというのに、こんな不快で無粋なものが紛れ込んで、のうのうと息をして良いわけがないのだから。
遠目に女を睥睨し、距離、射角、弾速、その他を同時に計算する。砲門の位置修正、軌道修正、逸る気持ちを抑え、彼は持ち出した作品(たいほう)に砲弾を備える。間断なき爆撃によって音らしき音はもれなく掻き消される中空を、また一つ砲弾が無音のままに過っていった。二日目(夜)、伊草弓陣営VS槍陣営開幕まででした
実のところ、それをランサーは最初から察していた。
マスターである刹那が口を開き、和服の男が振り向いた瞬間から、『それ』はその男から露骨な程に溢れ出していた。隠しきれない程、いや、最早隠す気もないのではと思える程に。
嫌悪。唾棄。見下し。それら全てが詰まり、混ざり混んだ、露骨な程の悪意。見ず知らず、初見の相手に向ける物とは思えない程に曇り、濁り切った、敵意を孕んだ殺気。
奸謀も渦巻いていた戦乱の時代にて主を守り続けていたランサーは、刹那に気付いた瞬間から現れたその殺気を察し、故に念話を送り、警戒を告げた。
『マスター。準備をしておいた方がいい。恐らく——』
『大丈夫、分かってるよんっ!今のもダメ元だし、正直…コイツの底は見えてるしネ』
『了解だ。任せてくれ』
軽いトークと同時に裏で話した念話で出たOKサイン。既に察しているだけでなく、念話含めても一切を能天気そうにしてる表の表情に出さないポーカーフェイス。それを見て、改めて自分のマスターに驚嘆と安心を覚えながら把握し、構えた。
故に。
「殺.せ」
「——ランサーくん」
「了解」
その不意打ちは、想定内だった。
金属音と、風を切る音が響く。
前方に出ながら、仮初の服から本来の霊基に変化。同時に、物騒な開幕の祝砲を淡々と弾き飛ばした。
余波の煙塵が視界を埋める中、ランサーは即座に敵の気配が離れた事に気付く。霊体化か、気配遮断か、或いは単純に敏捷が高いか。それは分からないが、その事を刹那に伝え、互いにその場で構えながら即座に念話を通す。>>228
『よっしテレフォン作戦タイムだヨ全員集合!!ランサーくん、まずは相手の事どう思う!?ボクはイヤな奴だと思う!』
『ああ。…少なくともあの相手は、間違いなく昼の彼女達とは違う。確実に殺.す気で来ているな』
マスターもランサーも、先程だけで確信した。ランサーは、相手の殺気から。刹那は、魔眼で敵を見た瞬間から。
昼に遭遇して対話した、有沙の主従とは違う。本気かつ鈍る事も有り得ない、何かで緩む事もない、それ程の、どうしようもない悪意と敵意が、あの和服のマスターからは漏れ出ていた。
敬一を持って戦える相手と、問答無用で殺.し合う他ない敵。有沙達は恐らく前者ではあるが、間違いなくこの相手は後者だと。そう確信に至るのに、両者共に何の疑問も必要なかった。
『だよネ、間違いない100%QEDっ!それにしてもボクも激おこだよもう。プンプン!もう容赦ナシで片付けるよ!…それにしても何なのアイツ、このキュート堕天使ちゃんの名乗り口上中に攻撃するなんて!変身中と掛け合い中には襲い掛かってはいけないってニチアサのルール知らないのっ!?うん、もうアイツ嫌い!歩み寄る必要ナシ!!刹那ちゃんとランサーくんを怒らせた事を後悔させてあげる!!」
「マスター、途中から完全に口に出ている…」
「わざと!!」
「そうか…」
呆れた溜め息を吐きながら、内心では少し驚嘆する。戦闘開始の合図が上がったとはいえ、念話にていつものテンションを崩さず怒りの言葉を捲し立てながら、表でも余裕の顔で結界を起動して、万全の構えを整えた。いつものテンションを崩さず、余裕を保っている、有事でも安定する姿は、本当に長年生きている妖精なのだという事実を実感させる。
一身是胆という精神力で冷静に鈍らない思考を回しながら、ランサーも自身の槍を改めて握る。
聖杯爆弾の件がある以上、相手もすぐに退く事はしないだろう。それ以前に、先程の敵マスターが出した悪意と殺.意の時点で、ここで殺.しに来る事は間違いない。
なら、迎撃すればいいだけの事。主従共に防戦が得意故に、最善の答えでもあった。>>229
『…ところで、マスター。これは直感だが…何か、嫌な気配がする』
『……ん、ランサーくんの勘もか。奇遇、以心伝心だネ!ボクも同じ違和感思ってんだよネ』
『…というと?』
『…この辺り、いや、西の方でも、だネ。何か、ボクの都市魔術の感触がチョット不思——』
「———ッ、伏せろマスター!!」
「!!」
言い終わるよりも先、互いの本能が告げた瞬間、閃光と衝撃と轟音が、共鳴して爆ぜた。
ランサーがいなした巨大な光弾は、横に逸れ、減衰しながらも止まらず爆ぜる。
綺麗な程の白い爆発。黄色にも、白にも見える光は、夜ですら一瞬白夜に変えたと思える程だった。
だが、その一撃で止まりはしない。
目を上げれば、多数の大小の白光が此方に接近している。
「させるか…!」
瞬間、ランサーは一つ息を吸い、高速の立ち回りを始めた。
残像すら見える足捌きと槍捌きを同時にやり、刹那の結界へのダメージを減らす様に大小の弾を弾き、逸らし、相殺していく。
ランサーが持つ、B-の無窮の武練。Aランクの様にずっと十全の戦闘力を出し続けるまでは行かないが、安定した出力の戦闘力を継続して出す事はできる。
故に、白い花火の様に光る閃光の弾幕を捌きつつ、結界内のマスターも無事に護る防戦を可能とした。
そのまま、弾を見逃さず防ぎながら、その先に目を凝らし、敵の姿を視認しようと光の先を睨む。
(——あれか)>>230
弾幕の始点。低空を自在に動く一際白い光の中に、小さいシルエットが見えた。小柄な肉体に、大きな何かが着いている様に見える、一瞬歪に見える影。恐らく武装か。
そして、その近くのビルの中から、強い悪意の目線を本能で察知する。
同時に刹那も、それを理解した。そして、刹那は、叫ぶ。
「ランサーくん」
「?」
「行って善し!!」
「!」
全て聞かずとも、刹那の発言の全体像は掴めた。ランサー自身も、その事は察していたからだ。
相手は恐らくアーチャー。確定ではないが、少なくとも自在に飛行する事が可能かつ、遠距離戦を得意とする敵。ならばこのままこの結界で防戦を続けても、此方のジリ貧になる事は間違いなかった。マスターが結界の中にいる時点で、此方の方が危険だ。故に、サーヴァントvsサーヴァント、マスターvsマスターの図式を成立させるべきだとマスターは提案した。>>231
(——だが)
だが。一つ、思い当たる懸念点、いや、不安が過ろうとした——その瞬間。
マスターが、笑顔で指で下を指しているのに気付く。
ランサーは一瞬目を見開くのみの動揺を、即座に冷静に戻して結界を見る。
それだけで、理解した。自身が捌いた事もあるとはいえ、刹那の結界は、アーチャーの弾幕の余波を受けてもその強度を安定して保っている。
そうだった。そう考えた時、それを見通すかのようにマスターはニッコリと笑いながら親指を立てた。多くは言わない。
ボクは問題ない、妖精さんを舐めて貰っちゃ困るよ。——だから問答無用!行ってきて!
そう、無言の不敵な笑顔で伝える。
それを見て、ランサーは目を閉じ、納得と自省を込めた苦笑をする。そして、強く頷いた。
「…了解!!」
そう言い、即座に作戦を開始する。
浮遊する敵の下へ、風を切る様な音と共にランサーは疾走しながら追跡を開始する。それを白い光の弾幕は、迎撃していく。>>233
先程の白い爆破とは違う、通常色の爆発。そして、規模も衝撃も、当然此方の方が小さい。
故に刹那は、先程とは違い動揺せず、その起点であると確信できる場所。少し遠目の廃ビルを見上げた。
「ランサーくんは現状心配ナシで任せてヨシ。まだ小手調べの段階という説が有力です、まだ全然余裕で行けるか賭けません?ってネ。だから、ボクは——お望み通り、キミの相手をしてあげる」
その中に、その距離でも分かる程に濁る悪意の笑みを、煽る目で睨みつけながら。
「じゃあ、堕天使ちゃんの力を分からせてあげちゃおっか。ねえ、ク.ソダサ公家ボーイくん……!!」
堕天使は、舌を出しながら不敵に笑った。以上、伊草更新でした
結論から言うと、私の首を落とそうとしたサーヴァントをライダーが殴り飛ばした。
管理者相手に啖呵を切ったところで殺気を感じ、首に迫る刃を認識したところで、その刃は打撃音と共に視界から消え……拳を振り抜いたライダーの鎧姿で、私は漸く何が起こったかを理解した。
「馬.鹿め。会談中のマスターを狙う事など予想済みよ」
どうやら、ライダーは襲撃されるのは私だと読んでいたらしく、襲撃してきたサーヴァントはライダーの罠に嵌り……私の髪の毛にすら傷を付ける事なくライダーに殴り飛ばされた。
濃紺のライダースーツらしきものに西洋の軽装鎧を組み合わせたような敵サーヴァントは女騎士らしからぬ好戦的な笑みを浮かべており……僅かに身体をよろめかすも、痛み等ないかのように構える。
「いきなり、やってくれるじゃない。けど、『こっち』はどう?」
振り下ろされる魔剣、それを押し返す曲刀。
衝撃だけで窓が割れ、調度品が壊れる中、敵サーヴァントはライダーの剛力に敢えて逆らわず一度剣を上に投げて構え直しながらそれをキャッチ。
そのまま再び斬撃を放つも、ライダーの曲刀がそれを防ぎ、そのまま人の域を大きく逸脱した剣戟が繰り広げられる。「セイバー……おのれ、朽崎め……」
私と同じく剣戟から距離を取り、隣に移動してきた管理者がそうボヤく。
彼の言う事を信じるならあの敵サーヴァントはセイバーで、マスターは朽崎と名乗っているらしい。
最も、あれ程の隠密技能を披露した上にライダーと真っ向から剣を交えてる時点で、あのサーヴァントがセイバーであるのはほぼ確実。
いや、今はそんな事よりも。
「今すぐ工房を機能させて。恐らくセイバーのマスターは貴方を巻き添えにする事も厭わない」
小声で管理者に発破をかける。
とはいっても随分と無理をしたらしくリソースは不足してそうだし、そもそも言う事を聞いてくれるかも分からない。
それでも、今出来る事はしないと。「あははははっ!出来るじゃない。良い、良いわ。もっと高め合い、もっと愉しみましょう。ほら、こんなふうに」
防御を捨てて相手を斬る事だけ考えるかのような太刀筋のセイバーは、その表情をより凶悪な笑みへと変え、勢いを増していく。
振り下ろしてからの斬り上げ、その二連撃は私には太刀筋が殆ど見えず……しかし、ライダーが傷一つ負うこともなく。
「下らぬ」
本命と思しきセイバーの唐竹割りをライダーの曲刀が打ち返し、ガラ空きとなった腹部へとライダーの脚が叩き込まれた。
蹴り飛ばされて壁へと叩き付けられ、そのまま壁を突き破るセイバー。
機を見定める攻防一体の型、流れるように繋がる技、そして確かな理論によって為される動き……ライダーが振るうは、羅刹には似つかわしくないとさえ思える武の合理。
まともな剣術を修めていない私でさえ解るそれは、正しく……王者の剣だ。以上、伊草の更新でした。
至る所で破裂音が聞こえる。甍が震え、道が割れ、電柱が雪崩を起こす。目標に向けて正確無比に撃ち出される槍状の光弾───名を『偽・大神宣言』、因果の選別を可能とする主神の投擲槍の写しという───がこうも散乱しているのは、狙撃対象である男の槍術の為せる技。敵ながら天晴れ、相手も名を残した英雄の影であると言えよう。
だが、それだけだ。英霊の戦闘を目視することは只人の動体視力ではとても叶わない。それ故にそのための遠眼鏡を覗いてみたところ、男の動きに当初からの鈍りはないもののその鎧は一発一発光弾を受けるごとに傷を増やしていっている。少しでも受け流しをし損じると露出している顔面から血が垂れるからわかりやすい。緑一色で目に優しくないだけになおさらだ。
対して、アーチャーの機動は何人にも阻害されない。音速にまで届かんとする高速飛行と絶え間なく変形し、形態ごとに全く異なる軌跡を描く光槍の嵐。そうだ、我輩はこれが見たかったのだ。兵器のみならず、道具はその機能が振るわれる時こそ最も輝く。今、制空権の確保者であるアレが、耿実の眼には星月など比でないほどに炯々として映った。地上の万象などもはや塵芥、霞み白ばむ虚像に過ぎず、光害の様相さえ呈している。
興奮遣る方なき耿実は裾から小型の拡声器を取り出していた。あんな黴だらけの死に損ないに使ってやるのは些かもったいない気もするが、今の自分は気分が良い。冥土の土産に感謝してもらおうと音量を最大にして砲撃の片手間に声を出す。
「やあ、さっきは悪かったねナントカ君。もっと早く殺してあげるつもりだったんだが、要らぬ邪魔…横槍、というべきかな?そんなものが入ってしまったばっかりに、君という屑物の残骸を生かしてしまった。現代人として、今生のシミを消すことが叶わなかったことを残念に思うよ」
作品の一つである拡声器は、声を受信者に錯聴を引き起こす特殊な周波数へ変換する。周囲がどんな喧噪に包まれていたとしても伝えたいメッセージを滞りなく送ることができ、大声で一方的に怒鳴り込む時などに重宝するだろうと思い製作した。本来予定していた相手は随分前に能なしになってしまったためお蔵入りとなっていたが、今の相手だって同じくらい目障りな存在だ。意図していた用途とそう外れてはいないだろう。>>240
期待通り、それは放置して久しい代物であったが性能面での劣化はしていなかった。耐久性を計算すれば当然のことだが、しかしやはり嬉しいものだ。そんな喜びに調子づいて結界を展開しその場を一歩も動かないでいる女に耿実はさらに言葉を叩きつける。
「しかし君、君は生き延びることのできた幸運にもっと感謝を示すべきだよ。何せあの兵器の斯くも麗しき機動を見ることができるのだから。わかるかい?あの速さ、あの力強さ、あの正確さ。地表を這いずり回って逃げ惑う君のサーヴァントとはまるで格が違う。君の引きの悪さはご愁傷様というところだが、しかしこれも巡り合わせ、仕方のないことだろうね。規格がまさに天と地ほどに離れているんだ…そう、何もかも!」
さらに続けて。
「我輩としてはね、君みたいな残り滓がのうのうと生きているなんていうのは見過ごせないんだ。だから君に死.んでもらうのは必然のことなのだが、しかし慈悲はなくとも心配はさせてもらうよ。力量差は圧倒的だ、このままサーヴァントを犬死にさせるのも忍びないというものじゃないかな?…いや、魔術師なんていう生来のロートル一派にそんな人情あるわけないか。所詮駒、突っ込ませるだけ突っ込ませて捨て置こうって腹づもりなんだね。これは失礼、そもそも弱いのが悪いのだからこちらがあくせく悩むものでもなかったわけだ」
まだ続く。
「つくづく疑問なのだがね。君たち魔術師(オイボレ)共はどうしてそう若作りをしようとするのかな?そりゃあ老いを恐れるのは人間の常だが、神秘なんていう時代遅れの代物でそれを取り繕おうとしたって却ってその身の苔むしたような臭いがあふれ出てしょうがないくらいだよ。遺物にしがみついたってね、良いものというのは歴然とするものさ…現に我輩の技術の粋たる兵器(サーヴァント)は全てが何もかもを凌駕している。増して上辺だけの若作りなんて恥ずべきものだ。喋り方や持ち物でいかに現代人ぶろうとしたってね、中身が遺物で異物なんだから君はどこまで行ったって世人に伍することのない年増者」>>241
まだまだ続く。
「もしかして年増者どころかつんぼ者だったり?なるほどつんぼの早合点、初対面の人間にやたらめったら不躾に言葉を浴びせるものだと思ったが、そもそも聞こえないから自分がどんなに人に捲し立てているかすら把握していなかったということか。さすがに哀れに思えてくるね。ここまで来るといっそ何も知らずに殺.してやるのが幸せというものだ。君には出来る限り苦しんで、それでいて早急に消えていただこうと考えているが、聞こえていないんじゃあまた別な死に様を考案すべきだね。何てったって聞こえていないんだもの、あー、あー。ほぉら返事がない、やっぱり聞こえていないんだろうね───」
『き、こ、え、て、る、わいッ!!』
「───!」
反応があったから驚いたというわけではない。耿実の衝撃を受けた点は“四方八方から女の声が響いた”というところにある。爆風などによって掻き消されつつあるが、それでも怒気のこもった大声は芯を失うことなく彼のいる廃ビルのベランダまで届いてきた。
神秘を手繰る者として、女は相当腕が立つらしい。町内放送のスピーカー群を乗っ取ったのは彼女を守る結界の術とはまた別の手法によるものであると考えられる。そう思案しながら砲弾を浴びせ続ける耿実に対して、音割れを気にも留めず女は声を張り上げる。
『ヒトの話遮ってくる時点で激おこぷんぷん丸だったわけだけど、それに飽き足らず黙って聞いてりゃこっちをオイボレだの黴だの!そういう言うだけの夜郎自大、正直ダサさの那由他乗だと刹那チャン思うワケ!なぁにが上辺だけだよ、トラディショナルファッションなクセして現代語るそっちのがよっぽどハリボテエレゲイアじゃん!』
「ハ、……全く。これだから老人の話は長いって言うんだ」
騒音と騒音のぶつかり合い。やはり目障りなものはどこまでも目障り、耳障りなものはどう足掻こうと耳障りだ。一刻も早くその存在をすり潰したいが、瑕疵のない障壁がなおも加農砲の弾を防いでみせる。それが一層腹立たしく、腹立たしいがために、一種腹立ち紛に、耿実は女の舌鋒に応じてやることにした。二日目(夜)伊草弓VS槍レスバ開始まででした
伊草聖杯戦争、狂陣営乱入パート投下します
昼の戦闘から経つ事しばらく。
すっかり日も落ち、辺りが闇に包まれる中。千早とバーサーカーは休息を挟みつつ、朽崎の後を追い続けた。
そして、たどり着いたのは。
「ここは……」
「ふむ、中々立派な屋敷に見える。この土地の有力者のものか」
伊草に来て間もない千早は知る由もなかったが。
千早が辿り着いた先は、伊草一帯を取り仕切る魔術師・宗谷家の本邸だった。
「此処に昼の下手人が逃げ込んだものと?」
「一応、ね。手持ちの礼装が正しければ、この辺りである可能性は高いけど」
掌中に握られていた小瓶、その中身が空になる。
魔力残滓に反応し発光する液体を湛えた魔術礼装。量が限られている上、一度使えば再利用もできない貴重品を惜しみなく使い潰した。
はたして浪費に見合うだけの成果は得られるのか。
まずは何より、仕込まれているかもしれない魔術等の仕掛けを探ろうとして――その瞬間、屋敷から解き放たれた膨大な魔力の気配に凍り付いた。
「術者よ」
「分かってる」
どうやら当たりを引けたらしい。
並大抵の魔術行使で生じるとは思えない規模の魔力量。恐らくは工房としての機能を解放したか、あるいは内部でサーヴァントでも暴れているのか。
いずれにせよ、ここまで来たからにはやるべき事などただ一つ。
「突入する。中がどうなってるのか知らないけど、これもあいつらの仕業なら相当荒れてる筈。なら、この機を逃す理由はない」
「承知した。では往くか、術者よ」>>245
普段であれば、流石の千早も突入は躊躇っていただろう。
どんなに歴史が浅かろうと魔術工房は魔術師・魔術使いにとっての根拠地。そこに入り込むという事は怪物の胃袋に飛び込むも同義であり――当然、迂闊に飛び込めば主による手荒い『歓迎』が待っている。
だが。淡路廃帝という復讐者寄りのバーサーカーを召喚・使役していた事。昼間の戦闘で受けた借りを返すという鬱憤。
そして――聖杯戦争という異常な空気が、千早の判断を致命的に狂わせていた。
なお悪い事に、その無謀を諫めるにはバーサーカーの力は温くなく。二人は工房に敷かれていた迎撃装置と使い魔を蹴散らし、瞬く間に奥の間へと辿り着いた。
躊躇なく扉を蹴破り、中に押し入る。
「――あら。これはこれは、お早い再会になったわねぇ?お二人さん♪」
「ほお。この期に及んで更なる乱入者に恵まれようとは。何とも賑やかな夜ではないか」
「バーサーカーのマスターと、そのサーヴァントだと……!」
「あなた達は――」
中にいたのは四人。一人は見覚えしかない顔で、残る三人は初対面。
だが、三人の内二人の素性は容易に見破れた。
一人は、その身に宿る尋常ならざる気風から。もう一人は、その手の甲に刻まれた令呪から。
(マスターが一人に、サーヴァントが二騎。残る一人は……この屋敷の主って所?)>>246
目当ての朽崎だけは見当たらない。
恐らくはどこか離れた場所で潜伏しているのだろう。昼間の奇襲を思えば、如何にもあいつが好みそうな手口と言える。
少女のマスターについては知らない。残る男の身内か何かか、いずれにせよ今相手取るには厳しい、どころの状況ではない。
三者三様ならぬ四者四様の視線が集中する中、以上の情報をまとめ上げた千早は一息吸って、吐き出す。
そして。
「バーサーカー、セイバーを殺して。私はそこの女の子と男に話がある」
「承った。……久方ぶり、というには些か早すぎる再会か。お礼参りに来たぞセイバー」
「ええ、いらっしゃいバーサーカー。二人きりであったならなおよかったけれど――ま、これも一興ってやつよね!」
端的に、かつ冷徹に命じ、バーサーカーとセイバーの戦いに背を向ける。
次いで千早の目が捉えたのは、警戒心むき出しでこちらを睨む少女と男の顔だった。>>247
とりあえずここまで
ここからチハヤをどう立ち回らせるかは、騎陣営さんとのやり取り次第という事で乱入してきたのはバーサーカーとそのマスター。
一見すると見窄らしいものの上質な生地の和装……それも奈良時代辺りのものを着たその男は、とてもじゃないが知性や理性を損なわれた様には思えず、ステータスと相まってキャスタークラスの様に見える。
しかし、セイバーの右廻し蹴りを躱しつつ太刀を構えて振り降ろす一連の流れは、ライダーやセイバーには劣るものの、高い技量が有る事を伺わせており、管理者の言う通りにバーサーカークラス可能性は高い筈。
けど、それ以上に気になるのはそのマスター。
恐らく大学生位なのに白髪混じりになった髪、どれ程の事があったらこうなるのかと思わせる程に憎悪を宿した瞳、そして、私なら鞘に納めた状態でも解る様な妖刀を帯剣している姿……現代にもかかわらず、剣鬼という言葉が頭を過る程だ。
「私はこの伊草市に住む魔術師、草薙有沙。そして、こっちで狼狽えてるのが、この街の管理者にしてこの聖杯戦争の元凶、宗谷進三郎……最も、起動時に聖杯自体を暴走させてしまって大慌てで事態を終息させようとしているのだけど」
剣鬼の如き彼女が息を呑む。
そして、管理者に向けられる鋭い視線。
もし、今彼女の理性が感情に敗れたのなら、管理者の首は落とされていただろうという嫌な確信。
それでも、今の私に出来るのは全てを話す事だけだ。
「聖杯自体が暴走していて停止も破壊も不可能、それどころか一日あたり一騎のペースでサーヴァントが倒されないと聖杯が爆発し……この街が壊滅する。それを防ぐには、最後まで勝ち残った陣営が願いを叶え、聖杯の魔力を消費し尽くすしかない。そして、参加者がまともである保証だってない」
彼女の様子は相変わらず……けど、それ故に少しだけ解ってきた。
彼女が憎むのは魔術を操る外道……恐らく、こうなる前は善良で真っ直ぐな、私が彼女の為に刀を打ちたいと思えるような人だったのだろう。
だから、彼女はきっと、この街の敵にはならない。
「だから、私はこの街を、大切なもの全てを守る為に参加している。バーサーカーのマスター。此処は協力してセイバーを倒しましょう」短いですが、伊草の更新です。
伊草聖杯戦争、狂陣営の続き投下します
>>251
「――――は?」
最初に出てきたのは、そんな言葉だった。
目の前の少女が魔術師、それはいい。いやよくはないが、令呪を宿している以上大なり小なり魔術ないし神秘に関わる者であるのは分かり切っていた事だ。
だがその後の言葉は聞き捨てならない。
この工房の主と思しき男。そいつが聖杯戦争の管理者で、聖杯を作った張本人――そこまではまだいい。
問題はその後。今、この少女は何と言った?
「……聞き違いか、さもなくば性質の悪い冗談でしょ。どこの街に自分で作った聖杯を爆弾に変える馬鹿がいるっていうの」
「残念ながら、貴方の目の前にいるのがその馬鹿よ。私自身、冗談であればどれ程よかったかと噛み締めてるわ」
少女の瞳は至って真剣そのもので、ハッタリや駆け引きの様子は見られない。
何らかの魔術を行使したり、仕込もうとしているようにも見えず。
それは、つまり。
“――なさいね、■■。本当は■■まで……”
心臓が脈動する。
一息ごとに鼓動が増し、本来意識しなければ聞き取れない筈のそれがやたら喧しく鳴り響く。
“でも――ないでしょう? だって、■■■にも……”>>252
忌まわしい記憶が再演する。
やめろ。出てくるな考えるな、『あの日』と今は関係ない。
まだ何も起こっちゃいない!
“この■はどうしようもない■■■。根■なんて■のまた夢もいい■だけれど――私にとっては、十分役に立つわ”
いいや起こる。今じゃなくても、それは約束された破滅の未来。
だってお前/私は知っている。他ならぬ私/お前こそが、あの日居合わせた中で唯一生き残った罪人(ニンゲン)なのだから。
“さようなら千早。私の友達、私の愛した子。……どうしようもなく、甘くて愚かな剣士さん”
バギン、と。
自分の中で、何かが割れ砕ける音がした。
「ちょっと、貴方大丈夫? 私の話を聞いて」
「お前か」
「えっ」
「お前たちがあんなモノを――あんな、ふざけた出来損ないを作っておいてよくも、よくも……!」
灼熱する。脳味噌が、視界が、全てが沸騰し、どこまでも赤く染まる。>>253
それは『志村千早(わたし)』を駆動する燃料そのもの。
かつての愚かで無能だった己を犯し、今なお汲めど尽きる事無く湧き上がり続ける憎悪と憤怒。
話を聞け、この少女は敵じゃないと。そう訴えかける僅かな理性は、瞬時に呑み込まれ焼き滅ぼされた。
「何をやっている、術者……!?」
「あら、よそ見している場合?」
遠くからバーサーカーが何か叫んでいるが、それすら最早耳に入らない。
あれ程執着していた朽崎の事も、どうでもよく成り果てていて。
義憤、などと上等なものではなく。使命感、なんて真っ当なモノでもない。
私はただ――目に前にある魔術師(モノ)全てを殺.し尽くす狂気と化した。
「殺.して、やる」
「あれ程の犠牲を生んでまだ足りないというのなら。この上なお供物が欲しいとほざくなら」
「お前たち全員、私の敵だ」
妖刀を振り上げる。
狙うは勿論、眼前にいる少女。
私の狂乱に目を見張る彼女に向け、委細構わず妖刀の刃を振り下ろす――!行きます
周囲一帯が破壊され、静寂と化した港。
先程まで、この静寂を震わせる音は2騎のサーヴァントの駆動と風を切る音のみであった。
だが、今。それにも負けない程の音で、各々の主を発生源とする声が、空気を震わせ始めた。
「キミ一体なんなの!?刹那ちゃんの好意は踏み躙る、不意打ちはする、なんかすんごい嫌ってくる!!挙句はキュートな乙女フェアリーの刹那おねーさんに対してサイテーな罵倒をしてくる!お次はラップバトルときた!!はいエクストリーム役満、刹那ちゃん、キレた!!完全に…キレちまったよ…!!ボク優しいからあくまで攻撃はせずに完封してサーヴァントだけ撃破してやろうと思ったけどもうヤメだヤメ!!キミがそういう態度のそういうひねくれカス野郎だってんなら、こっちもやってやろうじゃねーかよこの野郎!!ってコトで悪いケド今から刹那おねーさんは第二形態に入りまーす、全力で潰してあげるから覚悟の準備をしておきなよね一人平安時代くん!!」
四方八方のあらゆるスピーカーに自身の声を繋げ、刹那は先程浴びせかけられた暴言への応戦を始める。変わらず砲弾を通さず無敵を誇っている結界の中をスタジオとして、相手のマスターと討論だろうがレスバだろうがラップバトルだろうが受けてやるという構えだ。
「ハッ、大方吾輩の弁舌に対抗する気なのだろうが、そもそも訳の分からない語録を並べ立てた反論を言われても一尺も理解できないし、そもそもする気もおきないのだから勝負は決しているのが分からないのかな?さては昔の黴臭い時代の方言を使う面倒な輩なのか、或いは訳の分からないスラングを使うのがカッコいいと思っている痛い輩なのか。そんな稚拙な言葉で舌戦に応じようとしても自ら敗北の屈辱を二倍にするだけだと言うのに愚か、本当に愚かだね。サーヴァントでも敗北必至なのに、自分からマスター同士でも敗北に足を向けるとはとんだ物好き——」
「ねえねえ和服ギークくん?そういうキモい論破口調で気持ちよくなってる場合じゃないと刹那ちゃんは思うんだよネー。もう攻撃は始まってるんだぜ、ってネ!!」
「ほう?」
「———『架空・顕現』」
一瞬だけマイクをオフにして、詠唱を呟く。いつの間に置いていた、自身の周囲の4つの物体を軸とした術式を、発動する。>>256
次の瞬間、4発の何かが、宙を飛んだ。四色に見えるそれが、和装の男のいるビルに向かって弾の様に迫る。
都市魔術によってライター等を触媒にして放った、火、水、土、風をそれぞれ宿した、微小だが疾い四神を模した弾達が。
「!」
一瞬訝しみ、少し動揺するも、和装の男は即座に対策を放つ。無音の砲弾で二つを消し飛ばし、放り投げた針が炎の鳥を引き寄せたのを確認した瞬間、身を守る為構える。
「オッケー、直撃っ!!」
白虎を模した地の力が、衝撃波をビルに放った。一箇所は派手に壊れ、そこから連鎖してビルの一部の壁が歪に変貌する。
だが、肝心の本体と大砲に大きなダメージはない。再び表に現れ、失笑と共に拡声器を構える。
「——ほう、四神を模した小規模の攻撃、いや、曲芸という訳だ?」
「うわ、やっぱりノーダメージか。まあヨシヨシモーマンタイ。これで——」
「ハッ、ぬるいぬるい!見掛け倒しな事この上無い!黴の匂いが強いとはいえこの程度とは、やはり老いぼれの魔術師共というのは見栄ばかり考える間抜け共という訳だね。随分とまあ笑わせてくれる——」>>257
「デッデケデッデッテー!!第一回刹那おねーさんフェアリー魔術クイズー!!」
「——はあ?」
突然刹那が繰り出した胡乱な言葉に、疑問と冷笑が混ざった声が漏れた。
「ボクが使ってる魔術は結界術の他にもう一つありますがぁ、それを使う為にキミにも縁深いあるモノを魔術礼装として使ってるんだよ!!わーいすごーい!!というコトで、何を介して行われてるか答えてネ?大ヒント!技術の類だよ!!さーて、答えられるかナ?もっちろん技術だーいすき!!なキミなら答えられるよね!?はーい10、9、8——」
「…大馬鹿なのか?ああ失礼、大馬鹿どころか救いようのないポンコツだったね。こちら側に見知らぬ老いぼれのくだらない遊戯に付き合う義理がある訳がない事も分からないとは恐れ入ったよ。ははぁ、さては君は勝ち筋が見えないからヤケになっているって事か!それなら腑に落ちるね!」
「ふーん。分からないんだ。ま、分かる訳ないよね知ってたよん!!」
「——何が言いたい」
「まあいいオッケー、ボクもハナから教えてあげるつもりなんて無かったし!!というか魔術師が魔術のタネを教えるのって普通ナイナイ!(ちなみにこれを見てる皆には特別サービス!!答えはタブレットだよ!!都市魔術を使う時強いんだよネーコレ!)」
「ハッ、自分から頭のおかしい老婆である事を明かしてくれて何より——」
「ただ、一つだけ今のクイズで分かった事はあるね。
———やっぱり技術大好きって言う割には、キミの眼は節穴のニワカだって事が」
「———何?」
ビルの上の相手の表情が変わる。刹那の魔眼で見える視点で、確信できる。
確実な不快の感情。怒りの目だ。>>258
「——まず、さっき言ったボクの魔術は割と単純なんだ。魔術じゃなくて手品ってボク自身も思えちゃう位にね!そんな手品の一部分のシカケも、それもキミのすきすき大好きな技術を使った物も見抜けないなんて、技術大好きギーク君の名が聞いて呆れるよ!ファー甘い甘い!」
「——!」
「その上キミは自分が技術大好きだって免罪符を貼り付けた上で、魔術礼装としてもビミョーじみた資源の無駄なガラクタばかり作ってる捻くれヒッキーな訳じゃん!うん、時計塔の魔術師の方がマシに見えちゃうネマジで!!その上でその真贋眼すら節穴の紛い物ってなってるすっごいフレンズなんだネ!!すっごーい!!これには強大なる刹那おねーさんも怖気付いちゃうゾ♡」
「———くだらない。ああ、くだらない。確かによく考えたもの、吾輩を怒らせるには充分だったが、あら残念。よく考えてみれば何の問題も無い全部負け惜しみだったではないか。あれを見て現実を思い返してみなよナントカ君!」
「へーえ?」
怒りを抑え、相手は遠くを指さす。そう、舌戦で痛い所を突かれたとしても、性根の悪い喧嘩を売られたとしても。最強の兵器がある。
今まさに、制空権を握り、空を舞い罰を下す天使の如く、一方的にランサーに攻撃を与え続けているアーチャー。
それが、相手のマスターの優越感の源となっている事は明らかだった。
「——現実を思い出してみるといい。どれだけくだらない負け惜しみを並び立てようとも現実は好転しないのさ。吾輩のアーチャーを見てみろ、傷一つ無く空を舞い、今もなお貴様のサーヴァントに傷を与え続けているだろう?そもそもこれは聖杯戦争なのだよ、サーヴァントが勝てば正義だ。そして吾輩の最高の兵器によって、あの木偶の坊は無力になっている。つまり貴様が何を言おうとも吾輩達の勝利は揺るがない。どうだ、老いた脳にも分かるだろう、この現実が!」
「サーヴァントを兵器って言ってる時点でアレなんだけどネ」
ただ、その言葉の重みは分かっていた。
勝利宣言にも近い、その言葉。拡声器を通じて語られる、勝ちを確信した言葉。
それに対して、刹那は———「ねえねえギーク君。どうせだし、種明かしだ。ボクがキミの事を節穴だって言った決定的な理由を教えてあげるよ!!」
「ハッ、どうせ負け惜しみだ。聞いてあげようじゃあないか」
「うん。じゃあ一つだけ。
———なんでランサー君が、ただの槍を使ってると思ったの?」
不敵な笑みで、ランサーを指差した。
光の雨、槍の礫。
絶え間なく降り注ぎ続ける、光の連鎖をランサーは受け流し続けた。
四方八方から無数に放たれる、光の槍。大小様々な、光の魔弾。
できる限り動かず、捌き、防ぎ、耐えた。故に。
ランサーは、確信した。
——攻撃のチャンスは、見切ったと。>>260
「…ッ!!」
瞬間、ランサーは跳んだ。弾幕の連鎖の合間に、僅かに入る隙を突いて。綺麗な放物線を、高速で描くように飛ぶ緑の槍兵は、跳躍しながら浮遊するアーチャーを捉え、突きの構えをする。
「——予測。回避します」
当然、それをアーチャーは読めていた。自在に空中を浮遊できるその兵装では、見える攻撃を躱す事など問題ない。隙を晒しただけだ。故に、跳んだランサーの横に余裕で軌道を変え——
夜の闇に、微かに緑が光った。
槍の柄が、エネルギーの解放によって発光したのだ。
「——涯角槍、解放」
———その一手先を、ランサーは読んだ。
振り向き様に、疾風が一点に放たれた。押し飛ばす風となり、切り刻む鎌鼬となり。その風が、重装の少女を吹き飛ばした。
宙を舞っていた武装の少女の制御が、初めて狂う。吹き飛びながら、再び制御を行おうと——
「——エラー、予期せぬ攻撃。制御回復と同レーンで特定を——」
「その隙は、与えん———!!」
目前に、ランサーが飛んでいた。
無論、浮遊できる訳ではない。槍の風を噴出させ、制御を整えたアーチャーの所へと跳躍したのだ。
「涯角槍!!」
再び、緑の発光と共に風が荒ぶ。
アーチャー自身への直撃は、避けられた。だが、巨大な兵装には、風の波動が直撃する。即ち、本体諸共吹き飛ぶのは、明白だった。>>261
倉庫の壁を突き抜け、アーチャーが音を立てて激突する。
クリーンヒットではない。多少軸をずらされたのか、少女そのものには多少掠める程度だった。だが、あの巨大な武装には悪くない一撃を与えられた筈。そう、着地したランサーは判断した。
大きい一撃ではなかったが、幸い此方も先程の弾幕でのダメージは大きくない。そこに関しては同等だろう。
「——衝撃の原因、測定。槍から放出された風と仮定。対応を開始します」
やはりだ。相手から見た初見の技を当てるのは難しくはない。手札を見せたここからが本番だ。
ふと、マスターが対峙する廃ビルの周りに一瞬だけ目をやり、大丈夫だと目を戻した。恐らく問題ない。パスから異常も感じない。マスターは、恐らく大丈夫だ。
だから、サーヴァントである自分がやる事、マスターにやれる事は一つ。
「この戦いを、制する事だ……!!」>>262
それを見て笑みを浮かべながら、刹那は相手に向けて3のポーズの指を出した。
「ボクさー、ギャンブルの勝ち方の常道は3つだと、刹那ちゃん思うワケ。」
「……」
「1つ。先に相手にアドバンテージを取らせるコト。2つ。相手を上手くノラせていい気にさせるコト。そして、3つ目にして本命。自分の手札は、相手より後に晒すコトってね…!!」
初日の夜に、主従で話した事を思い返す。
趙雲子龍。ランサー霊基で召喚された彼は、他の霊基よりも、より二つの得物と、武芸の部分が強く表れている霊基となっているという。
涯角槍はその一つ。この槍は風のエネルギーを宿し、自身の跳躍力や速度を一時的に上昇させる事や、槍より真空の波濤を起こし、敵を突き、刻みながら吹き飛ばす事ができる。
常時発動型の宝具であるが為に、火力は通常の攻撃が更に強力になった程度ではある。そして、少しばかり充填時間も要する為にジャンジャカは撃てない。
故に、最初は可能な限り伏せて、相手のある程度の太刀筋を見切ってから手札を晒すのが最も望ましい。という意見で一致したのだ。
念話で話した事により、多少のダメージはあるが、大事はないと本人も言っている。だから、ランサーを信じるのだ。
「さーて、相手の技術を見落として自分の技術を過信したファッションギーク君!!そう気を落とさないでいいんだぜっ!今のでせいぜいボクとキミはイーブン、ボク達刹那ちゃんチームがようやく追い付いた所だよ。勝負は此処から、まだせいぜい前半終了ハーフタイムってトコでしょ?」
刹那は、満面の笑みで、能天気な声でそう言った後に、再び都市魔術で攻撃術式を放ち———
「だから、遊んでくれた上にボクの事をそういう目で見てくれたお礼!!————ここからは、オーバーキル100倍返しのハイパー堕天使タイムにしてあげる」
堕天使の笑みを浮かべながら、反撃の号令を挙げた。以上です
妖刀と光盾がぶつかり合う。
咄嗟に展開した『アルジス』のルーンが形成した盾は、豹変した彼女の一撃を受け止めた。
しかし、剣鬼と化した彼女の憎悪は収まらず、押し切れないと判断すると一度引いた妖刀を大上段に構える。
私の理性が此方も剣を『抜く』べきだと示すけど……今、剣を抜くわけには行かない。
そんな私の心情なぞお構い無しに再び妖刀が振り下ろされ……ライダーの篭手が、妖刀を傷付ける事なく掴んでいた。
『ライダー!?』
『セイバーなら、そちらに気を取られていたので顎に一撃喰らわせた。バーサーカーだけでも時間稼ぎ位にはなるであろう』
念話で言われてセイバーの方を見ればアッパー辺りを喰らったらしく、よろめくのを堪えながらバーサーカーの攻撃を凌いでいる。「バーサーカーのマスターよ。その憎悪に曇った刃では何も斬れぬ。己が戦う理由すらも投げ捨てるか?」
そして、彼女に向けられる言葉。
これまでにない程にライダーの意志が込められたそれは、声の調子がそこまで変わらない筈なのに重く聞こえ……対する彼女の目に畏怖が宿る。
羅刹を束ねる強烈なカリスマ性は、荒れ狂う剣鬼の理性すら叩き起こす。
一方、私には言葉を挟む余地は無いので、剣を『抜かず』に彼女を見据える事で意思を示す。
「大きく息を吸って吐け。刃を向ける相手を見ろ。判断を誤れば仇を利すると理解した上で犠牲を増やさんとする者かどうか見定め、その上で斬るべきかどうか選べ」
ライダーの声に怒りはない。
ただ、彼女を諭すように道義を問う姿は羅刹のものではなく、法を以て国を治める王のそれであり……。
「我がマスターは、此処でお主を斬らない事を選んだぞ」
ライダー、今のは少し恥ずかしい。以上、伊草の更新です。
伊草聖杯戦争、狂陣営の続き投下します
刀が、動かない。
殺.す気で振り下ろした妖刀の一撃は、いとも容易く凌がれた。
当然と言えば当然、そして想定の範囲内。相手も魔術師ないし魔術使いであるならば最低限の心得くらい持ち合わせているだろうし、まして聖杯戦争に参加する者であれば猶更だ。
故に、二の太刀で渾身の魔力を込めて叩き切るつもりだったのだが――
「どうした。何か言い返したらどうだ、バーサーカーのマスターよ」
『魂吸』を受け止めるは、黒鎧を纏った色白の少女。
間違いなくサーヴァントだろうその存在は、仮にも神秘を宿した打刀の切っ先を篭手で受け止め、しかし血の一滴も流さない。
加えて、恐ろしい事にどれだけこちらが力を込めようとその切っ先は微動だにしなかった。
その気になればへし折る事も、こちらをねじ伏せ仕留める事も余裕だろうに一向にそうする気配はない。
それが意味する所は、つまり。
「……」
先程からこちらを見つめる、もう一人の少女――草薙有沙と名乗ったマスターに目を向ける。
こちらの攻撃を受け止めこそすれ、一切反撃も応戦も試みようとしない姿勢。まさかむざむざ殺されるつもりはないだろうが、それにしてもあれ程露骨に殺気を浴びせてきた千早(じぶん)に対しこの態度は豪胆が過ぎる。
恐らくは本気で敵対する気がないのだろう。あくまで彼女たちの望みは共闘であり、その理由は先ほど述べた通り。>>269
……忌々しい、と。そう思ってしまった。
まるで鏡だ。かつての自分と、今の己を同時に映す残酷なまでの合わせ鏡。
甘く愚かで、全てを守れると根拠もなく信じていた昔の自分(わたし)。
結局何一つ守れず、骸の山を積み上げ今もなお重ね続ける事しかできない己(わたし)。
違いがあるとするならば、彼女は『これから』そうなるかもしれないという所だけ。
ならば、志村千早(わたし)がやるべき事はただ一つ。
「――そこの、さっき顎を強かにぶん殴られたク.ソ剣士。そいつのマスターがすぐ近くにいる」
息を吐き、呼吸と精神を整える。
次いで言い放った内容に、千早とバーサーカー以外のほぼ全員が反応した。
ある者は納得するように、ある者は残念がるように。それらを一切無視し、千早はさらに言葉を続ける。
「マスターの名は朽崎遥。界隈じゃ名の知れた、なりふり構わないイカレ野郎よ。それこそ、私が泊ってた宿に白昼堂々爆弾テロを仕掛けてくる程度にはね」
「なっ……!」
「――ほう。それはそれは、確かに中々剣呑な手合いのようだ」
「あちゃー、バレちゃった。ま、どーせいつかはバレる事だしいっか」
「そこのク.ソ剣士がここにいるって事は、どうせ今もどっかからか奇襲なり狙撃なりを狙ってるんでしょ? あるいは、私がいた部屋を吹っ飛ばした時みたいにまとめて爆撃でもする?」
「うーん、それは言えないわねぇ。ほら、今で言うきぎょーひみつ?ってやつ♪」
相も変わらず、セイバーを名乗ったサーヴァントは千早の神経を逆なでするようにカラカラと笑いかける。
その一切を無視しながら、千早は改めて目の前のマスターと向き合う。
「……お詫び、と呼ぶには粗末だけど。私から出せる情報はこれくらいよ。――それで、どうする?」>>270
「どう、とは?」
「こいつとの戦いにマスターとして集中するか、それともこの場はサーヴァント達に預けてあんたと私で朽崎をぶっ潰しに行くか」
千早からの提案に、有沙は戸惑うように立ち尽くす。
元より本気で協力を得ようなどとは思っていない。いくら先に共闘を申し込まれたとはいえ、先に襲い掛かったのはこちら側だ。
せめてものけじめとして手持ちの情報を渡しはするが、どう動くかは目の前の少女たち次第。
「どちらでも構わないけど、そこのク.ソ剣士に集中したいのなら私は一人でも朽崎を殺りに行くわよ。どうせここにいた所でやれる事なんかたかが知れてる身だし」
バーサーカーとセイバーの交戦を横目に流しつつ、千早は有沙の反応を待つ。
憎悪の嵐は、いつの間にか彼方へと過ぎ去っていた。狙撃対象、右方旋回───逃走経路演算、追尾弾掃射。
狙撃対象、砕片を足場に使用。上方移動───飛行速度加速、機雷設置。
長引き、激化する戦闘の中で、アーチャーは空中より狙撃対象:推定識別ランサーの高速移動をその戦闘用の演算回路をもって予測し的確に対処してみせる。その演算に鈍りは無く、その攻撃に疲労は影も見られない。
失敗作とされた彼女だが、それは不均斉なパラメータが故。過剰な魔力と脆弱な肉体を改造装備によって補い兵器となったアーチャーにとって、戦闘機動を回すエネルギーの欠乏など考慮の必要がないのである。
まして、ギアを最上限より数段落とした状態であれば。
戦闘機動、臨界変相。潜熱消費、制限緩和───停滞(イサ)形態へ移行。
トランスミッション。遠距離射撃をメインとした通常形態を換装し、手足の部位を分離・二張の大弓へ変形させる。両肘は大神宣言を放出する開口部となり、本来その先にあった腕の装甲は継ぎ目より小槍を展開させる。鎖の弦を張るという動作によって番えた矢は強く熱を帯び、主砲となってランサーへ突き進んだ。
一条、二条、機敏に避ける。想定内だ。ブロック塀に命中し、粉々になった欠片が宙を舞う。周囲への被害を警戒してか、先刻槍の機能を解放した分体力を温存させるためか、回避行動は小規模になっている。
主砲着弾とほぼ同時に小槍の束がランサーを包囲するように撃ち込まれる。あまりにも精密に、あまりにも機械的に、彼が通り抜けられるか否かギリギリに等間隔で残る弾。ほんの一瞬の逡巡を、アーチャーは逃さなかった。逃すわけがない、予期していたのだから。>>272
「対象、捕捉しました」
「─────!がッ…!」
白鳥礼装を軸として、脚部兵装を分解。アーチャーとランサーの間に身の丈ほどの大盾が展開される。何を狙いとした変形かは、先端に形成された光の衝角から察せられた。すなわち、破城槌(アインマンラメ)による圭角打撃である。
それまで遠距離に徹していた相手からの不意の接敵攻撃。ランサーとて決して注意を怠っていたわけではない。素早く身を捻り直撃を避けようとしたが、小槍の斉射に隠れて塀の残骸に張った鎖が足を絡めてそれを妨げた。衝角を胸部に受け、深緑色の鎧に大きく罅が入る。続けざまに横合いからシールドバッシュを食らい、男の身体が線路沿いのフェンスにぶつかるまで吹き飛んでいく。右肩の竜頭の装飾が砕け散り、瀝青の路上に点々と転がった。
損傷率、測定より軽微。僅少ながら開戦当初から筋力の上昇を観測。
だが、ランサーはそれでも立っている。フェンスに自身を中心とする大きな歪みを作りながらも槍を構え直し助走をつけアーチャーへ接近。その速度も時間経過と共に平均的な指数を高め続けていた。
ステータス向上、原因を対象のスキルと推定。戦闘機動の更なる変相を設定。
潜熱消費増大、外部動力の支援緊要───マスターへの連絡を開始。
より鋭敏な計算式を組み、より繊細な観測を可能とした思考機構が割り出した解は、一対一に特化した短期決戦型への切替。しかしそれは代償を伴う。これまでアーチャーの魔力でのみ成り立ってきた戦闘だが、短いスパンでの臨界変相はそれまでの消費と合わせてマスター側からの供給も不可欠となるのだ。
白鳥礼装を駆る魔力タンク。それが兵器たるアーチャーの、彼女自身の機能であるがために安定化を損なう行動には制限が入る。幸いにもマスターの魔力回路は使用に懸念される要素はない。そう判断し、アーチャーは念話でもって魔力消費の是非を問うた、のだが。>>273
「いや、それには及ばない。それよりあと21秒ほどお互いの位置関係をそのままに留めておいてくれ」
「命令、受諾いたしました。残り19秒、陣形の維持を行います」
「大いに結構…さあ、これより解纜の刻限だ。君も見ていたまえ」
「承知致しました。複眼機構を起動します」
平時より些か上ずった声色───興奮と捉えるべきだろう───マスターとの念話はそこで終了した。必要ないと言われたならそれまで、しろと言われたならそれだけ。兵器として異を唱えることなく、アーチャーは再びランサーを迎え撃つべく上空へ飛翔した。
カン、カン、カン───数m先から規則的な音が響く。
日常的な、あまりに日常的な電鐘。これにここまで心を躍らせているのは伊草広しといえど耿実一人といったところだろう。不躾な言いがかりを受けたことに対する怒りも自然と凪いでくる。無論女への敵愾心は据え置きであるが。
先から再三飛んでくる模擬四神の使い魔たちを適当に撃ち抜き、斬り伏せ、叩き潰し、その芸の乏しさに退屈すら感じつつ、拡声器を握り直す。朱雀に似せられた赤い鳥を撫で切りにした際に着いた廉価ライターの油を水を湧き出し浮かせて振り落とし、玄武に似せられた黒いガラクタの寄せ集めを足下の隙間から地上に向って蹴り飛ばしてやった。
「さて…君の芸のなさにもつくづくと感じ入ってみたわけだが、さすがに飽きてきたよ。見たくもない広告を延々流されている気分だ。君はそういうの感じたことはないのかな?語りも仕草も全てが冗長、まさしく悪質コマーシャル、スパムメールの化身のようだが」
『残念だけどボクってば動画サイトはプレミアム会員だから、そのテの不快度数は低いんだよねぇ。あれれ?もしかしてそんなとこでケチくさくなっちゃってるの?自分の趣味には無駄ばっかかけるのに変なトコ吝嗇、それでモドキ止まりとかさすがに笑えないよー?』
「あいにくと難癖を話題と見做しては居ないからね、我輩は。一体に老人ってのは話も長けりゃネタも浅い、くだらないジャンクばかり寄越して来て、それで偉そうに一本取った気でいるんだから滑稽だね。そうやって屑を再利用したつもりになって、お足が悪いのを隠してでもいるのかな?」>>274
『はあ?キミ、よく話に脈絡がないって言われない?日本語でおk?』
「理解力のなさと低脳具合を人のせいにするのは止したまえよ、見苦しい。要は、君は足腰が悪いから他ばかり投げつけてくるんだろう?杖も持たないなんて危機感が欠如してると思うのだが、変に見栄を張るのも老いの痼疾というものだよね…ックク、ク…」
『…なに笑ってんの?』
スピーカーから発せられる当惑の声などお構いなしに耿実は哄然と笑い出す。可笑しくて仕方がないという調子で、拡声器が口のそばから離れがちであるというのに空気の痙攣が絶えず女の耳朶を震わせている。
カン、カン、カン───数m先から規則的な音が響く。
「ハ、ハッハハ…いや、いや。ハハ、悪いね…そうだな。君の言う“手品”について、誤解をされたままというのも癪だからご返答をしたげよう。君はアレを解析するか否かに技量の判断を委ねたようだが、そもそもどうしてそんな手遊び如きを我輩が精査しなければならないんだい?」
『わあ、出た出た負け惜しみ、そういうのが許されるのは小学生までだよネー。技術屋風吹かしておきながら、キミはボクのトリックもランサー君の槍も見抜けなかった。これが真実、待ったなしだよ』
「負け惜しみ…負け惜しみねぇ?なら聞きたいが…君はこれから潰すアリの足の本数を、わざわざ正確に数えようと思うのかな?」
道を分断する、黄色と黒の幕。互い違いに点滅する、二つの赤いランプ。あぁ、日常、いたって日常的だ。
だが、それに安寧を覚えるにはあたりがどうにも煩すぎる。遠方の爆撃音と風籟も頻度が増している。ガギ、と何かが握りつぶされる音も、電鐘の警告と狂ったような嗤笑に阻まれ届かない。
「アリは姑息さ敏捷さが生命線だというのに、そうやって躄よろしく突っ立って…クク、フハハ…老いの荒びの嘆かわしさよ!であれば、特等席にて刮目すると良い!小手先などでない、真正の“技術”というものを!」>>275
鈍重な走行音が迫ってくる。時刻表ではこの線の終電車はもう過ぎているから、おそらくは夜間の貨物列車だろう。長道中で外部との連絡を取れていないのか、周囲の喧噪を訝しむ様子もなく、速度を落とすことなく輪軸は軌条の上を滑っていた。
そう、誰も気づかない。嫌な予感、そういったもので止まるほど世の中は神秘主義ではないのだ。そして神秘主義者(まじゅつし)たちは一層それに気づけない。“技術”を謳うその機械は、作動に予兆さえ見せることはない。大気が裂けるような戦禍の轟音からも、男の高笑いからも、これから起きる“実験”を把握できた者はごくわずか。
ただ、一人が、埋もれる気配を事前に知覚していた。コンマ何秒の後に訪れる混迷を前に、咄嗟に彼女は、届くかも知れぬ声を虚空に振り立てて。
「ッ……ランサー君!」
色とりどりのコンテナが、仰け反るように跳ね上がる。敷き詰められた石が空中に飛散し、パンタグラフに引っ張られ饋電線が弛んで千切れる。断線の先から漏れた火花と爆風が触れ合った瞬間、夜の全てが赤く光った。
ありとあらゆるものが緩慢に、しかし音を置き去りにするほどの速度を持って、港の町を、伊草の街を覆うように。災害は地を打った。
カン、カン、カン───規則的な音が響く。通り過ぎることのない電車を、いつまでも待ち続けて。以上、二日目伊草槍VS弓、列車脱線まででした
──死霊魔術師は考える──
(さぁて。どうしたもんかねぇ……)
「どちらでも構わないけど、そこのク.ソ剣士に集中したいのなら私は一人でも朽崎を殺りに行くわよ。どうせここにいた所でやれる事なんかたかが知れてる身だし」
今彼が存在しているのは襲撃を行った宗谷邸の内部、その客間付近である。いや、厳密に言えば客間はどうかは関係ない。大事なのは、今彼が立っている廊下から視認できる範囲に聖杯戦争の仕掛け人と、己と同じマスター2人が居るという事実である。
そしてどうやらあの二人は結託しそうな流れだ。こっちから仕掛けた際に迷惑&驚愕って顔してたから、新三郎さんとの同盟は(元々期待してないけど)出来そうに無い、と。なるほど面倒臭い戦闘になりそうな状況。
ま、それはいいや。好かれるのには慣れないけど、嫌われるのには慣れっこだし。そんな風に考えながら、手元の得物、上下2連式のソードオフショットガンに弾丸を込める。もう次のアクションが可能な状態ではあるのだが、やっぱり最大限に効果的な状況で攻撃したいなーと思うのが人情というものだ。
『で。そっちはどうなの、セイバー。さっき結構カウンター喰らってたっぽいけど、平気そ?』
『んー、微妙なトコかしらねぇ~。完全不利とか言うつもりは無いけど、防戦一方というか、なんというか?ま、攻め手になるには色々ピースが欠けてる感じはあるから、そこら辺をカバーするようなアクシデントは欲しいかも♪って気持ちかしら❤』
傍から見てるマスター的にはどうなの?と問い返され、朽崎遥は思案する。さっきからの雰囲気で考えると、これから不意の事故というか、盤面をグラグラさせるようなイベントが起こりそうな事態になりそうな気配は感じない。
(さっきの復讐鬼ちゃんの殺気にはザラザラって”きた”んだけどねぇ。間近で見れたからなんとなくの地雷も解った、かな?まぁそっちはどうでもいいか)
『オッケー。じゃあ、とりあえずあの三人、とサーヴァント達をビックリさせようと思うから、気持ちの準備しといてよ。驚かせるのに成功したとしても、セイバーも動揺したら意味ないし』>>278
やっぱ始めよっと。そういって彼は上着のポケットから安物のライターを取り出した。そうしてヤスリを回転させ、合図を送りつつ、客間を離れる。すると静かに、とても静かに、しかして一気に激しく、屋敷の周囲が燃え出した。そうして青年が客間を抜け出したと同時、上からも火の手が上がる。そう、死霊魔術師は宗谷邸に燃料を撒いていたのだ。そうして敵対者を丸ごと焼却処分してしまおうってね!
その油は其処らの何処かにありふれたガソリン的なそれでは無く、彼が作った特別性の物、即ち血液だ。呪詛と毒の混じった、生命体や霊体を犯す代物。材料は苦痛の中で亡くなった人間の油と血液をベースに、魔術的儀式によって精製した毒物を混入させ、仕上げに朽崎遥自身の血液や涙に爪等、色々と加えている。
(ま、コレで倒しきれるとは思わないけど……)>>279
少なくともセイバーの有利にはなるよねー、と彼は楽観的に言い放った。毒や呪詛の効果が微妙でも、まぁ一般的な火事と似たような影響はもう起こっているだろうし。
『で、どうよ、姉さん?炎の中での戦闘ってのも、乙なモンなんじゃない?』
『そうねー♪さっきよりは中々悪くない状況かしら!まぁ放火する前に”火事にするから”的な事は言って欲しかった気はするけど★』
悪い悪い!さて、そうしてイッツショータイム!とでも言えるような戦況だが、ここまで上手く行ってるのは勿論理由がある。近づけた理由は、復讐鬼ちゃんのお陰だ。彼女が宗谷邸の警備の類をぶち壊しながら侵入した影響で、自分の潜入もバレなかったという訳。更に言えば、客間で言い争いをしてた為に、青年が屋敷全体に火の手を巡らせる準備も入念に出来た。やったね☆
「やっぱ便利だなー、コレ」
そう言いながら、自分が羽織っている黒い外套の襟もとを抓む。彼が纏う”ソレ”は一族に古くから受け継がれている一品である。朽崎家の当主としての装束とでもいうべきだろうか。当主から子へ、その子から次の当主に、と代々の手を渡ってきた年代品で、そこかしこにいくつも修繕と補修が繰り返した跡がある、そんな伝統品だ。そしてこの外套が持つ機能の一つを今回は利用した。
この外套、着用者の気配を隠し、隠密行動の難易度を格段に落とす効果を持っているのだ。流石に他人の目と鼻の先で騒がしく動き回れば見抜かれてしまうが、ある程度の距離があれば、まず自身の居場所や行動を見抜かれる事は無い。ビバご長寿外套!魔獣の革と先人の知恵は偉大だ。
「つー訳で。セイバーの宝具に対して恩恵があって、他者にとっては害そのものな燻製の時間ですってね!とりあえず彼ら彼女らの被害はどうなるものか……」
まぁ火傷を負ったり、呼吸器が爛れたりはするでしょ、するよな?急な炎上だし、キッチリ焼けてて欲しいね。ヘラヘラと笑いながら、死霊魔術師は先ほど弾丸を込めたショットガンの銃把を強く握った。伊草投下します。
どうやら目の前の彼女は落ち着いたらしく、セイバーのマスター相手の共闘を持ち掛けてきた。
といった所で、今更ながらに名前を知らない事を思い出す。
「そうね……貴女、名前は?」
「志村、千早」
「それなら、千早さん。貴女を一人にはしておけないし……いえ、来るわ」
感知用のルーンが伝えるのは、屋敷全体への放火、そして死霊魔術と思しき呪詛の反応……そう来ると思ってた。
サーヴァントに奇襲させておいてそれが失敗してもマスターが追撃せず、二対一に追い込まれてもサーヴァントは逃げず……この時点で、次の一手が屋敷を巻き込んだ攻撃なのは簡単に読める。
そして、放火というのは真っ先に思い浮かんだ手段なので……対応策の準備は出来ている。
耐火、耐熱、耐毒、耐呪詛、そして呼吸保護……ルーン魔術による防護を私と千早さんに施す。「これで良し……まずは脱出を」
あの炎に直接燃やされたら耐えられるか解らないし、勿論屋敷自体が崩落したら助からない。
千早さんに脱出を促そうとした所で、管理者が割って入った。
「頼む、待ってくれ!この聖杯戦争を終わらせるのに重要な『もの』が屋敷に残っている」
彼の家系で代々受け継がれているという蝶魔術による自動調整術式は、この呪詛混じりの火災による影響を受けない程の代物のようで。
けど、それよりも彼が回収させようとしているもののほうが重要だ。
色々と考えたい所だけど、迷ってる暇はない。
『ライダー。合図をした時は、お願い』
下から上への斬撃でセイバーの剣を弾き返し、続いて放った胸部への横薙ぎでセイバーに浅い傷を一つ増やしたライダーにそう念話した私は、言外に助けを求める管理者に回答する。
「相手は一人になった所を狙ってくる可能性が高いだろうし、手伝うから案内して」
そして千早さんに目を向けて一言。
「千早さん、付いて来るかどうかは任せますが、どちらにせよこの屋敷の中では何を言われても我慢して下さい。相手も何時までも火事の中には居られないでしょうし」>>276
———時は、20秒程前に遡る。
「…っ」
体が、疼く。
胸から肩に掛けて、鈍い痛みが表出を始めている。
それにより、先程直撃を許した故か、自身の体へのダメージを、その本能で感じざるを得ない領域に入っている事をランサーは知った。
(少し、効いてきたか…)
だが、深くは考えない。客観的に見るだけでいい。
劣勢からの反撃策は積極的に考えるべきだ。
だが、それ以上の後ろ向きな弱音は、考えれば考える程に更に嵌っていく。
…どの様な状況でも、先ずは鼓舞しながら、冷静に活路を見出すのだ。
将だった時も、サーヴァントの今も、それは同じだ。
槍を振るい、敵の息吐く暇すらない攻撃を防ぎ続ける。
神経を研ぎ澄ませながら体力を意識し、相手の攻撃を捌きながら、揺るがずに冷静に思考し戦う。
熱く魂を滾らせる、冷静に思考を回す。二つの相反した行動を同時に行えているのは、彼の主より一身是胆と讃えられた精神力故か。
(…暫く、考える時間はあるな)
その思考で、ランサーは自身への新たなダメージを防ぎながら、状況について冷静に考え始めた。>>284
相手のサーヴァントの行動は理解できてきた。とにかく浮遊し、隙のない弾幕を撃ち続けている。
だが、あの弾を回避したり捌く難易度は高くない。不意打ちを受けたのは痛いが、同じ手は受けない。故に、防戦なら此方に利はある。
…問題は、攻め。
相手の強みは、恐らく攻撃力ではない。寧ろ、ここまでの無数の弾を撃っても余裕を保ち続けている持久力だろう。
戦闘開始より激しく放たれ続ける弾幕は決して出力を緩めていない。
その上、弾全てが魔力から作られている様に見受けられる。それを弾幕で撃ち続けても、ガス欠する事がないのは脅威だろう。自分のマスターの魔力も強いが、消耗戦になるとどうなるか分からない。
…故に、どう弾幕を切り抜けて、どう攻めるか。
思考を巡らせつつ、ランサーはひたすら弾を弾き続け、同時に攻撃の隙を見計らう。
(…まだだ)
攻撃の合間の隙が見えない。確実に攻めるタイミングを見計らう為に、槍兵はまだ仕掛けられない。
光弾の弾幕、軌道を変化させてくるレーザー、的確にタイミングを合わせて放つ高威力の主砲。それが、360度より角度、速度を変えながら断続的に襲い続ける。
捌くのは難しくない。だが、攻めるタイミングが掴めない。
だからこそ、疑問を禁じ得ない。パターンには、大きな変化はない筈。そして、先程のように不意打ちの一手を撃ち込む空気も見えない。>>288
衝突まで、あと数秒の刹那。
最早、考えてる暇はないと、ランサーの本能が動く。
次の瞬間、先頭車両の真下の軸を、槍が捉える。
「…ぬゥんッ!!」
車両が槍によって捲り上げられる。
先頭が上がり、連結する車両も連動して宙を舞う。
「涯角、槍ッッッッ!!」
焔の中に、翠が光る。
熱の中を、涼しく強い風が、駆け抜ける。
槍から放たれる、強く、だが精密な風は、電車の強いベクトルを静止する事に集中した。
前行して、マスターを襲おうとした列車は、風でそのベクトルが擦り減る。弱まっていく。
故に。浮いても尚、ベクトルが止まらなかった鋼が——空中で、遂に静止し、炎と共に自由落下を始めた。
「…?」
マスターを狙った脅威は、今、確かに止まったのだ。
「———そう来たか。……でも、愚かしい真似をした物だね?
アーチャーの事を、無視してしまうとは。」>>293
自身の、アーチャーと同等の敏捷。
単騎駆スキルによる、筋力と敏捷の加速。
そして……青紅剣による、負荷ありの更なる速度の覚醒。
それを重ねた今、その敏捷はアーチャーですら反応が遅れる物となった。
痛みはある。負荷によって、先程の痛みが加速する。
だが、問題ない。
——————ここで、決める!!
赫い刃を、全身全霊で振りかぶる。
「貰った—————!!!」
雷が落ちたかの様な、爆音が響く。
紅の閃光が、焔の赤に負けじと煌めく。
今———赫き刃が、夜空を切り裂いた。以上、弓vs槍陣営でした
「アサシン……」
遠くの夜空を飛ぶ異形のサーヴァントを見上げてランサー、パラス・アテナは槍を持つ手を強く握りしめる。
ランサーにとってアサシンは初陣での相手でありその初陣を半端な所で切り上げられ消化不良を起こしたランサーがセイバー相手に暴れたのが記憶に新しい。
「パラスちゃん、分かってると思うけど…」
「大丈夫です。マスター、私はあなたを護るために戦うと誓いました。今更アサシンとの決着に固執したりしません」
そう言ってランサーは一時は同盟を組んだセイバー陣営との交流を思い出す。セイバー、アルスターの英雄クー・フーリン。戦いに生きる先達として彼の生き様に感銘を受けたランサーは今一度自分が何のために戦うのかを見つめ直した。
そして己が半身となったアテナの名に恥じぬようマスターを守護するのだと。護るための戦いを志す。
「そっか、なら安心だね。じゃあ作戦をおさらいするよ。パラスちゃんが前に出てアサシンと戦う。その隙に私はアサシンのマスターを探して叩く。もしアサシンの攻撃がこっちに来そうになったら、令呪を切るから守ってね」
「はい!」
ランサーの力強い返事に満足そうに微笑んだ飛鳥が足を一歩踏み出し、ぐっと力を込める。あとはそれを力いっぱい踏み切ればいつでも駆け出せる。
「さあ、作戦開s「あ、ちょっと待って下さい」
「ぅえっ!?」今まさに走り出そうとした矢先に待ったをかけられた飛鳥は大きくバランスを崩す。
「…ちょっとパラスちゃーん?タイミング悪過ぎじゃない?つんのめっちゃったじゃないの」
「す、すみません。ですが戦いに赴く前にこれを渡しておきたくて」
「これって…」
ランサーが手渡したのは飛鳥がサーヴァント召喚の触媒として用いた『トロイアの城壁の欠片』。ランサーを召喚した後はランサーが懐にしまっていた聖遺物である。
「マスター、あなたの目的を考えればこの局面、別に戦わなくても良かった。なんなら私を護衛につけてこの島を奥へ奥へと探索する方が余程利になることでしょう。
ですがあなたは戦いに身を投じ、私に戦う機会をくれた。だからそのお礼です」
「別に…そんな高尚な事じゃないよ。サーヴァントのやりたい事はなるべく汲んであげた方がいいっていう遥さんの助言に従ってるだけで…」
飛鳥が照れくさそうに顔を逸らして言うとランサーが笑顔で続ける。
「お礼にこの聖遺物の真価をお教えしようかと!」
「え?」「真価って?」
飛鳥は頭の上にハテナマークを浮かべる。これは比喩ではなく虚数空間から部分的にフィルニースを出現させて?を形成している。器用なものである。
「マスターは並み居るトロイア戦争関係の英霊ではなく私が召喚されたことに疑問を抱きませんでしたか?」
「いやぁ、全然」
ランサーの宝具は言わばトロイアを守護していた加護。それが切っ掛けだろうと飛鳥は特に気にしていなかったが、逆に言えばそれだけ。
トロイア軍にもアカイア軍にも、トロイア戦争に縁のある英雄はそれこそ五万といる。それだけ飛鳥とランサーの気質が似通っていた?
否────
「実はそれにはトロイアに加護を授けた神。オリュンポス十二神が一柱、海神ポセイドン様の力が宿っているのです」
「………あ!パラスちゃんはポセイドンの血を引いているから…?」
ワンテンポ遅れてピンと来た飛鳥が答えにたどり着く。その様子にランサーは笑顔で応えた。「はい。そしてその力は未だ残り香としてその欠片に宿っています」
「そ…それって……………」
ランサーの発言に飛鳥はもしかして…と呟いたきり言葉を失い、まるでそんなうまい話はないと思い直すように生唾を飲む。
「残り香と言えども確かにここにある神代の力。そしてそれに込められたポセイドン様の権能は『領域内環境の適正化』当世風に言うならテラフォーミングですね。
どうですか?唆られませんか?」
首をぶんぶん振る飛鳥に思わず笑いを堪えきれなくなったランサーが一頻り笑った後涙を拭う。
「はははは、はぁ。先程も言ったようにそれは差し上げます。といっても元々マスターが用意した触媒ですけど」
「ありがとうパラスちゃん!大事に使うね!」
飛び跳ねて喜ぶ飛鳥をランサーは微笑ましく思うのだった。「現代において神代の力を宿した遺物がどれ程重宝されるのかは分かりませんが使う際は気を付けてくださいね。それこそ殺してでも奪い取ろうとする輩がいるかもしれませんから────」
「はいフィルニース、あーん」
『モグモグ…』
大事に使う、そう言った舌の根も乾かぬうちに飛鳥は聖遺物をフィルニースに食べさせてしまう。
「あーーっ!なんの迷いもなくーー!?」
「こんなのバレたらあっちこっちから狙われまくっちゃうしね。食べてないないしちゃった方が足もつかない。それにフィルニースの強化はこの聖杯戦争で有利になるかもだしね」
「それはそうですけどぉ…。もう少しこう情緒というものが…」
そんなやり取りをしていると口に当たる部分をもごもごと動かしていたフィルニースが突然びくんと跳ね上がった。「フィルニース!?」
『c@ddrftgyoE2lp────!?!?』
壊れたラジオのような金切り声と共にフィルニースの黒い液体の身体がバシャリと崩れ落ち、虚数空間へと消えていく。
「これってもしかして………」
飛鳥はかつて兄の大鳳京介が話していたことを思い出す。
曰くフィルニースは捕食、吸収による“成長”とは別に一定以上の神秘を溜め込んだ後に壁を突破する素材を取り込むと生命としてランクアップする“進化”を遂げる。
前回は京介が初めて人間の魔術師の死体をフィルニースに喰わせた時に起こり、進化の為に休眠状態に入ったことで一時的にフィルニースを使役できなくなったという。
「これは……どうしましょう?」
「とりあえず……シャリーファで偵察して、戦闘はフィルニースが戻ってくるまでしない方向で…いこっか」以上、なんとも締まらないペレス槍陣営でした。
ルーン魔術による防護をかけられ、総身に魔力が巡るのを実感する。
反吐が出る程憎く嫌いな魔術だが、使えるモノをむざむざ拒絶する程狭量でもない。
強いて言えば、殺しかけた相手からという所が複雑なくらいで――どちらにせよ、今は深く考えていられる状況でもなかった。
彼女――草薙有沙についていくか、それとも単独でも朽崎を探すか。
……正直に言えば、今すぐにでも後者を選び行動に移りたい。
一時刃を収める事にしたとはいえ彼女たちもまた魔術師、まして片方は今回の儀式を目論んだ元凶ですらある。草薙のサーヴァントで冷やされたとはいえ、今も心中に渦巻く嫌悪と殺意は変わらないまま。
だが。ここで自分一人飛び出した所で何になろう?
追跡こそ手持ちの礼装で何とかなったが、今はもう状況が違う。ただ平穏な道を辿るだけだった追跡と、火災と呪詛が迫りくる今とでは歴然の差だ。
何より――あのク.ソ野郎の思考を考えれば、今この状況こそあいつにとっての最適解。つまり、迂闊に単独行動を取る事は奴の思うつぼに他ならない。
大きく息を吸い、吐き出す。胸中にたまる鬱憤共々吐き出すと、千早は目を眇めながら答えを返した。
「――いいわ、その条件受け入れる。さっきの強襲分を思えば、これでも安いくらいだしね」
ただし、と。目つきは変えないまま、有沙ではなくこの屋敷の主――宗谷進三郎を睨みつける。
「道中でもいい、あんたには詳しく聞かせてもらう。この聖杯戦争を終わらせる為のモノとやらの詳細をね」
『それ』が一体何であれ、千早が最終的に取る行動は変わらない。
必要な情報をあるだけ聞き出し、その上で殺.す。
ただ、それだけだった。>>303
以上、伊草聖杯戦争・狂陣営からの返答でした地下へと向かう階段を駆け下りていく。駆ける、という表現も相応しくはない。なにせその勢いたるや落下と見紛うほどなのだ。
いつ自分の足が地と宙に別たれてしまうかもしれない状況の最中にあっても、進三郎の胸中はまったくの別方向にある。
(アレは……! アレだけはなんともしても……!)
万一のために用意しておいた保険。宗谷進三郎自身しか持ち得ていなかった聖杯戦争を完遂させるための術式、それら一切を余さず仕込んだホムンクルスである。
極端な話このホムンクルスさえ生き残っていれば伊草市で起きた聖杯戦争も平穏無事に終えられる。例え、自分が死んだとしても。
無論、進三郎に死ぬつもりなどない。件のホムンクルスもあくまで保険、予備として用意したものだ。ただ『聖杯戦争を終わらせる』という役割に準じるならまったく同じことを進三郎が自分で出来る。それでもなお、ただの予備を必死に追い求めるのは理由がある。
進三郎がちらと視線を後方へ向ける。
「……なに?」
剣呑な気配を隠しもせず少女が反応する。志村千早と名乗ったマスターのひとりである。彼女を含めて、今宵の宗谷邸は三組の陣営が来訪していた。
先ず、ライダー。
追って、セイバー。
最後に、バーサーカー。
此度の聖杯戦争で召喚されたサーヴァントは五騎、そのうちの三騎が訪れた。文字通りの過半数が集ったのは、やはり、聖杯戦争を主催する進三郎自身に目的あってのことだろう。その目的ないし真意は様々であったろうが、集ったことには変わりない。
結果として宗谷邸には火が放たれ、また進三郎も命の危機に瀕している。今も細長い地下通路の前方には先導する形でライダーとそのマスターたる草薙有沙が。後方をバーサーカーとそのマスターたる志村千早に挟まれている。逃げ場はない。>>305
「まさか、まだなにか隠してる?」
「いいや。私の恥は全部晒した」
ここまでの短い道中でも必要な情報共有は済ませていた。これ以上は叩こうが揺すろうが進三郎から落ちる埃はひとつとてない。
そう、なにもないのだ。奥の手として用意したキャスターも早々に自害させた以上、進三郎の手には家伝の魔術程度しか残っていない。それもサーヴァント相手ではろくに通じまい。……にも関わらず、主催者だからという理由で三騎のサーヴァントが自分に差し向けられる事態となった。
予備のホムンクルスを求める理由は、そこにある。
恐らく宗谷進三郎という男の命は長くない。いくらか協力的な姿勢を見せた草薙有沙はともかく……魔術師そのものを嫌悪しているフシのある志村千早、姿も見せず火を放った推定セイバーのマスター、未だ姿を見せぬアーチャー陣営とランサー陣営まで含めれば、進三郎の命が潰える可能性はいくらでも転がっている。それこそ、予備のホムンクルスの方が長生きできると思える程度には、だ。
そのような理由で進三郎は逃走という選択を潰した。自身が逃げ生き残るよりも、予備のホムンクルスを逃がした方が聖杯戦争を完遂できる可能性が高いと判断した。元よりこの聖杯戦争で使い切る予定だった命だ、多少前後したところで支障はない。
「そこの扉の向こうだ!」
「───! ライダー!」
「ああ」
短いやりとりで意図を察したライダーが力ずくで扉を吹き飛ばす。もっと穏便にできないのか中にいるホムンクルスを巻き込んだらどうするんだと内心毒づきながら、すべて時間の無駄として進三郎は地下室へ駆け込む。
「これが……?」
「そうだ。先に話した"予備"だ」>>306
そこにあったのは白糸で編まれ、天井から吊り下げられた繭であった。蝶魔術の使い手がひとつの命を保存しておくには明解にすぎるモチーフであろう。件のホムンクルスはこの中で眠っている。
事前の仕込みも朝から始めてすでに終わっている。一分一秒を惜しむためすぐに繭を構成する糸の一部を切り離した。
連鎖的に糸がほどけていき繭の穴からカタマリがひとつ落ちる。
ばしゃり、と音がした。てらてらと光を跳ね返す薄緑の液体にまみれて、一糸まとわぬ少年の姿をしたホムンクルスが、目を覚ます。
背後からいくらかの気配の揺れを感じたが、問題ないと判断して進三郎はホムンクルスに歩み寄っていく。
「おはようございます」
「起動に問題はないな?」
「問題ありません。身体の制御、術式の把握、どちらも問題ありません」
「結構。ならば───」
「お待ちを。まだ僕の名前が決まっておりません」
「は?」
何を言ったのか、本気で進三郎は理解に苦しんだ。それが今、重要とはとても思えなかった。もちろん魔術の観点から見れば名付けは重要な意味を持つが、このホムンクルスが物申しているのはそういうことではあるまい。
「宗谷でいいだろう。貴様は宗谷のホムンクルスだ」
「宗谷は家名です。"僕"の名前に適していません」>>307
理解した。時間の無駄だ。
進三郎とホムンクルスは明確な上下関係にある。進三郎が一言命じれば一生口を開かせずに従えることも可能だ。実際に進三郎はそのように命じようとした。
しかし、
「なら今ここで付けてやればよい。名は、大事だ」
ここに至るまで沈黙を通していたバーサーカーが、突然そのようなことを言う。
「……そうね。私たちもどう呼べばいいか困るし」
バーサーカーのマスターもその物言いに付随する。進三郎が何事か反論する前にまた、声。
「魔術師ならば簡単だろう? 貴様らはまわりくどい言葉遊びを好むからな」
ライダーまでもが参戦してきた。となれば当然、最後のひとりが黙っているわけもなく。
「魔術師なら、いいえ魔術師でなくとも。自分の造ったものには最後まで責任を持ちなさい。……この子にも、この聖杯戦争にも」>>308
四面楚歌である。こうなってしまえば進三郎一人が反論しても進みはしないだろう。さっさと名前を決めてしまうのがもっとも無駄が少ない。
とはいえ、そう容易く命と人生に寄り添った名など思い浮かぶはずもない。
「っ~~~~~! なら、ならっ…………イグサだ! 宗谷イグサ! それでいいだろう! 文句があるなら自分で考えろ!」
なんだその命名は、というオーラが四者から漏れ出る。冷や汗が噴き出るが顔には出さない。いの一番に不満を言葉へ変えた者に命名権を丸投げするつもりだった。
「……はい! 僕は、宗谷イグサです!」
しかし当人が一番喜んでいる。こうなれば話が無駄にこじれることもないだろうと進三郎はほっと一息ついた。
これでようやく話を進められる。ホムンクルス……否、宗谷イグサの身柄を誰に預けるか、という話に。先に言えば進三郎自身が彼を連れて脱出するという選択は元から無い。そんな選択がありえるなら進三郎はとっくに単身脱出している。
だから、ここは二択だ。
よりハッキリと言うならば、ライダー陣営か。バーサーカー陣営か。その、二択である。
「それで……どちらが、こいつを連れていく?」
こちらを見つめる二人と二騎へ、進三郎は問いかけた。伊草港周辺に住まう人々の五感は今、ただ一所にその鋭敏さを奪い尽くされていた。
触覚は天へと立ち昇る熱気に。嗅覚は煤けたフルフラールの反応とダイオキシンの発生に。味覚は噎せ返るほどのフライアッシュに。聴覚は鳴り止まない警報音に。視覚は赤く染め抜かれた夜空と大地に。どれもこれもが犇めきあって、夢路から追い出された者たちは当惑のうちに立ち尽くしていた。
そして、ここに新たに神秘が闖入してくる。闖入と呼ばずしてどうしよう、まったく無粋な真似をしてくれた。折角のデータ収集に不足が出たらどうするんだ───と、胸の高揚をそのままに耿実は敵方に悪態をつく。
「アーチャー。返事をするんだ、アーチャー」
「………命令、受諾。応答します、マスター」
「おぉ生きていたか、丈夫であることは良いことだ。君はやはり素晴らしい」
軌条を歪ませ、地に足をつけることとなったアーチャーに目を向ける。武装には真一文字の亀裂が入り、肩を大きく上下させるという何とも人間じみた動きを良しとしている。
サーヴァントが有する究極の一たる“宝具”を正面から食らってなお活動を維持させる己の兵器に対し簡潔に賞賛を送ると、彼女は寸刻の中に自身の損傷具合を分析し終えたようで結果の報告を返してきた。
「敵対象の宝具直撃により、白鳥礼装、全体の4割が損壊。戦闘続行には多大な魔力消費を要します。実行しますか?」
「否、だ。既に目標は達成したんだ、ここに長居する気もない…早急に、撤退の準備に入りたまえ」
「了承、戦闘機動を順次停止致します」
その返事より瞬く間に耿実の傍にアーチャーが飛来、撤退の機をマスターに委ねる構えを取っている。横目で武装の裂創を観察すると、4割とはいえ見た目には甚だ膨大な被害を受けているように思える。外面を気にするつもりはないが、やはり修繕のためにもここら辺が潮時と言えるだろう。>>310
炎上と崩落が満ちる路傍に佇むランサーと女を見下ろす。翠緑の男の真名はおおよそ推測できた。先にその疾風を手繰る槍を『涯角槍』と称したことからも、三国時代を生きた武将・趙雲子龍であるということは確定させて良い。
無論、その推測には引っかかりが一点のみ残る。しかしそれをここで考察する必要もない。耿実は拡声器を手に、悠然と女に向け別れを投げかけた。
「宴も酣といったところだ、我々はそろそろお暇させてもらうよ」
『はあ?なに、こんな大事してまでボクに傷一つ付けられなかったからって萎えちゃったってワケ?おまけにこっちの宝具食らっちゃったんだし、確かにちょっと可哀想カモ?でもさぁ、神秘がお嫌いだからってここで尻尾巻いて帰っちゃうなんて随分しおらしいね。兵器チャンの宝具も見せないなんて暑さでローストチキンになっちゃった?』
「君たちに見せるほどこちらの宝具は陳腐ではないということさ。まして、令呪ありきであってさえこの兵器(アーチャー)の打破が叶わなかったような宝具に応じてなんて、ねぇ?」
火に煽られているはずの空気が、一瞬冷え込んだのを感じた。ピリつく何かがランサーの方から発せられている。なるほど、彼にとってあの宝具は秘中の秘、俗に言う秘密兵器のような誇るべきものであったらしい。
しかしだからこそ、兵器同士の力量差はつまびらかなものとなっている。まとわりつくような粉塵と熱波を払うようにして頤を覆う扇の下で、口元の緩みを抑えられない自分がいる。一杯食わされたのも事実だが、煮え湯と形容するにはこの結果はあまりにも耿実たちにとって都合が良いものだった。
「こうやって目算と実例を比較できるのは喜ばしいことだが、やはり夏場は暑いな。冷房が恋しくなる…あぁそれと、ランサー君には忠告をしたげよう」
「………なんだ」
「そう睨めつけるのは止したまえ。“また”主人を取り残し、取りこぼす気かい?…フ、アハハハハ───!」
「ッ……!」>>311
ベランダから飛び降り、アーチャーに連れられ夜闇を発つ。風が実に心地よい、興奮によって多少熱を帯びていた脳髄が落ち着きと共に冷えていくのが感じられる。
より高所からもはや点のようになったランサーたちを俯瞰すると、なにがしかを相談しているように見える。おおかた先ほどの煽りに反応してしまいそうになったサーヴァントを女が宥めているのだろう。脛に傷持つ身とはいえあんな女に取りなされているようでは御里も知れるというもの、所詮は田夫野人の時代の男である。
さらに沙石のように粒となり輪郭を失っていく眼下の万象を「火災規模」として観測しつつ、一人と一騎は拠点へと戻っていった。
耿実はなおもほくそ笑む。同時に起きた二線の事故は、仕掛の規模を同一のものとしながらも対象は異なっている。車両の種類と場所の違いがもたらした数値の差異はいかばかりか、その算段は移動中も期待と比較によって更新されるばかりであった。>>312
以上、伊草弓陣営二日目終戦まででした行きます
先程までの静寂とは、真逆の喧騒。
赤い伊草港で、炎も人も、火災報知器も音を立てていた。
放水の音が聞こえる。そんな燃えた港の中の裏路地にて、主従は結界と人払いを撒きながら合流した。
「———追撃は、できないな」
「うん——————ものすっっっごく、滅茶苦茶腹立つけど、ネ」
合流した刹那とランサーは、空を見上げながら言葉を交わす。
先の戦闘は、痛み分けとなった。
武装に損傷は与えられたものの、空を飛んで夜闇に消えたアーチャー達を、地に立つ刹那達は見送るしかなかった。
哄笑と共に、仕留めきれなかった事を煽る相手のマスターの言葉。それに怒りと口惜しさを感じても、高く飛行し消滅した敵を追う術は、妖精にも、将にも無かった。
「そうだな……うっ……ぐ…」
その時、直立を保っていたランサーが、呻きながら地面に片手をつく。武人として保っていた集中の糸が緩み、呼吸の音が荒くなる。
それもその筈だ。胸を初めとする鎧が壊れる程の攻撃を受け続け、全身は出血をしており、肩当ては完全に破裂し、打撃が直撃した胸部には大きな損傷が見えている。致命傷ではないが、それでも傷は小さくない。
戦場故に、それを見せないように張らせていた神経を緩めたからこそ、ダメージと宝具の反動によるダメージが響き始めたのだろう。刹那の、魔術師としての思考はそれを冷静に導いていた。…だが、刹那の本能は、焦り、声を出していた。>>315
「そうだっ…!ランサーくんダメージ大丈夫!?動ける!?意識ちゃんとある!?ボクの事ちゃんと見えてる…!?」
「…大丈夫だ。痛みこそあるが、霊核には全く来ていない。その気になれば歩けもするし、最悪まだ戦えも———」
「よかっ…ってすぐ歩くのはダメ!!休んで!!回復して!!」
「…だが、まだ…」
マスターの気遣いは有難いが、まだ戦える。そう言おうとした時。
刹那の表情が、今までになく険しくなっていたのに気付く。
「ちょっと…!ダメったらダメダメのダメ!!ねえ、いのちだいじにって言ったボクの言葉覚えてるよねっ!?まだ初日だから安全第一でやろうってボク達約束したじゃんか!覚えてないとか言ったらボク泣くよ?傷つくよ!?聖杯戦争終わるまで、それどころか一生ボクはエンドレスで引き摺っちゃうよ!?いいの!?」
いつにない剣幕で捲し立てる刹那。その涙目にすらなりかけてる表情に、ランサーは驚いた。…そして、頭を下げる。
「……そうだな、すまない。」
「ヨシっ、よろしい100点。じゃあ休みながら今後についてシンキングタイムだネ!!」
「あ、ああ…」
剣幕が一瞬で収まり、いつものテンション、いつもの笑顔に変わる。コロコロと変わる表情とテンションに本当に忙しない主だと思いつつ、ランサーは考える。
だが、今の一瞬の怒り。それの、中の想い。
目を閉じ、考えた。自分のマスターについての事を。
(マスターは……やはり…)>>316
ツンツン。
突然、刹那の指がランサーの背中をつつく。
「どうした、マスタ———」
振り向いた時。ランサーは硬直した。
「ねぇねぇー、ランサーくん。———ココ、空いてますよ?」
自分のマスターが、段差に座り。ニヤニヤしながら、膝をポンポンと叩いていたから。
————即ち、膝枕の構えである。
「……すまない、流石にそれは、遠慮しておきたい…」
「えー?どうしてなのランサーくん?良いじゃんか、疲れてるみたいだし、減るもんじゃナッシングだヨ!このキュートなフェアリー堕天使ちゃんの膝枕なんて後にも先にも多分できない貴重な経験だよん?」
「そういう問題では…」
「ふーん…ランサーくん。…さっきキミは、ボクを怒らせましたね?」
「…そうだな。」
「その罰ってコトにしよっか!!いいネ?」
「……はい。」
こうして、サーヴァントが、鼻歌を歌うマスターに膝枕を受けている、そんなあまりにも貴重かつ異常な光景が生まれたのであった。>>317
「…ヨシ、タブレットの電波戻ったヤッター!!そしてゲームの回線はー…バッチリ!!良かったー、今日ログボ逃しかけてたからコレでボクの命が救われたよ…!」
「……」
「…ねえねーえ、ランサーくーん?折角のこのボクの膝枕を受けてるのにノーコメントとはいただけないゾ?よーし、感想をどーぞ!!」
「…目を瞑れば、リラックスできる……」
「オイそれはどういうコトなのかナ…あ、ああー(魔眼使って分かった、悪くないが目を開けたらやり場に困るので開けられないという意味だネ)そういうコトならヨシ!!」
「……ところで、マスターの魔力のお陰で傷も少し楽になってきたし、そろそろ動けるが」
「ダーメ♡」
「そうか…」
死闘の後とは思えない程に軽い会話が、広げられる。
ある意味、互いに並々ならぬ生を送ったからこその切り替えの速さなのだろう。
と、そこで刹那はタブレットをいじる手を止める。
「———そうだ、ランサーくん」
「…どうした、マスター」
「———助けてくれて、ありがとネ。嬉しかった」
驚きで、ランサーは目を開ける。開けた視界には、上から笑顔で此方に微笑む刹那がいた。
「……構わない。サーヴァントとしての、責務だからな」
「違う違う、そうじゃないって」
「?」>>318
「———ランサーくんが、ちゃんとボクの事をマスターとして認めてくれて、見てくれて、そして———ボクを、守ってくれた。それがね、ボクは嬉しかったんだ。」
「———ああ」
ランサーは、笑顔で頷く。
「だからサ、一つ君に伝えたいコトがあるんだ!」
「…?」
「もし、ボク達がこの聖杯戦争で勝ったらさ———
キミが、願いを叶えていいよ!!」
刹那は、笑顔でそう言った。
「———」
ランサーは、硬直する。眼に、驚きの色が強く映る。
「———マスター、それは」
「いいんだヨ、いいの!元々ボクは聖杯戦争かー、なんか凄そうだな…ってカンジで参加したし!あとね、ボクはランサーくんの事スキだし、逸話でも実際にキミから聞いた話でも、ボクは凄いカッコいいし良いなーって好感を持ってたんだよ!!さっきの時も凄いカッコよかったし!!だからキミの願いが叶うならそれでOKかなーって感じ!!」
「待て、待て。…マスターは、いいのか?」
「んー、ボク?いいのいいの!!だってボクの願いなんて———
—————————から」
刹那は、無邪気な笑顔を崩さずに、そう言った。>>319
「———今、なんて『緊急ニュース。緊急ニュース。』
突如タブレットから、警報音が鳴り響く。
その発言の衝撃をも掻き消すような音の響きに、正気を取り戻す。
「えー、何だろうね急に——」
顔色を変えない刹那は、タブレットのタブを押して伊草のニュース動画に繋げ——
『速報です。伊草港の爆発事故とは別に、奥斑線にて大規模な脱線事故が発生しました。発生した高架の下には大きな通りが広がっており、この事故による死傷者の数は◯◯人に上り———』
「…!」
「———何、これ」
笑顔が、消えた。
その音声を聞いた瞬間ランサーは膝枕から立ち上がり、背後に回ってタブレットを見る体勢になる。膝枕から抜けた事を、刹那は咎めない。そんな場合ではない。
「ランサーくん、調べるよ!記事に何か変なのあったら超速攻ASAP1ターン以内に教えて!」
「了解…!」
刹那は即座に都市魔術を起動させながら、同時並行のSNSで情報を調べる。
先程までの緩い空気はどこへやら、主従共に冷静だが剣呑な空気で画面に目をやる。
「……成程、パーペキに場所特定完了。ここに絞って都市魔術でカメラを掌握、数分前の記録をタブレットで再生———」
タブレットに映った、その動画を見て。
———主従が、無言になった。>>320
ピキッ。音がならない筈の血管が、そう音を立てるように聞こえた。
脱線する瞬間に起動された、その仕掛けは。
「ねえ、ランサーくん。これ、アレだよね」
「ああ、間違いない。……さっきの脱線と、同じだ」
4つの手が、強く握られる音がした。
分かる事実は、一つ。確信できる事実があった。
先程戦った、アーチャーのマスター。それが、この事故の黒幕である事が。
「———最っ低」
「…外道、か」
言葉が、零れる。
両者共に、今までにない程に怒りに満ちた声が零れた。
刹那は、無言でその瞬間に都市魔術を起動する。使い魔散開と風水を始める為に。
普段喋らない時の方が少ない刹那が、無言になる。その時点で、事態の深刻さが分かりきっていた。>>321
それを見ながら、ランサーは無言で目を瞑った。
『“また”主人を取り残し、取りこぼす気かい?…フ、アハハハハ───!』
脳裏を、その言葉がよぎる。
「……ッ」
「ランサーくん。結果出たよ」
「!」
「——今日、伊草に死相は無い。爆弾起爆は無いよ。そこは安心して良さそう」
「…ああ」
「そして、ボクらは港にて待つが吉、確実に待ち人あり、だってさ」
「了解。」
先程までの軽い空気はない。互いに、真剣な表情で頷き合う。
「まだ他の陣営の情報は分からないケド、ターゲット絞って大丈夫ー?他に優先したい事とかない?」
「勿論、異論はない」
「ヨシ決定。」
もう、想いは決まっていた。
「一つ、ボクの事を見てくれない上に煽り散らしたコト。二つ、ボクの相棒のランサーくんを侮辱したコト。三つこのキュートフェアリー寛大な堕天使なボクでも胸ク.ソ最悪になるコトを目前でやりやがったコト。うん、役満だ!ここまで行けるのはもう逆にスゴイネあいつ!!キミはボクを怒らせたなんてレベルじゃないネ、刹那ちゃんポイント減点1億!!———という訳で。」
自由、悪く言えば無軌道だった刹那達の主従。だが、今。その目下の目的、倒すべき敵は完全に確定した。
「ランサーくん———アイツら、絶対倒すよ。」以上伊草槍陣営でした
ここで槍陣営は一旦待機にします目の前のホムンクルス――改め、宗谷イグサをどちらが引き取るか。
正直、千早としては隣の有沙にでも押し付けたいというのが本音だった。
ホムンクルス自体に嫌悪はない。魔術全般を嫌悪する千早だが、ホムンクルスはあくまで魔術師や魔術使いが生み出したというだけの存在。極論、千早が振るっている妖刀等と大差ないとも言える。
そこに在るだけで人や社会に害を為す、というのであれば抹殺も厭わないが……少なくとも、今ここで殺.すだけの理由はなかった。
だが、それはそれとして。
「……薄情を承知で言うけれど。私たちにこの子を引き取るだけの余裕はないわよ、所詮根無し草だもの」
「でしょうね。何となく、分かってた」
だけど、と。有沙は続ける。
「それでも――私としては、あなたに引き取ってもらいたい。志村千早」
「人の話聞いてた? というか、なんで今の流れでそうなるのよ」
「理由は二つある。まず一つ目は、私がこの土地に根差してる魔術師だという事。他の陣営からすれば当然私の事は知られているだろうし、そうなれば拠点の場所も割れている可能性が高い」
つまり、他陣営からの襲撃を受けやすくなるという事。
その点千早であれば根無し草である以上多少なりまだ居場所も特定され難い。居場所が特定され難ければ、それだけホムンクルスの存在も明かされず守られやすくもなる――というのが、有沙の言い分だった。
「もう一つは?」
「……こちらも失礼を承知の上で言わせてもらう。仮にこの先、貴方がサーヴァントを失う事になったとして。その時、使える手札はあるに越した事はないんじゃない?」
空気が張り詰める。
サーヴァントを失う――それが戦闘での敗北によるものか、敵の策略によるものかは分からない。
だが、もしも『その時』が訪れたとしても。このホムンクルスが傍にいれば、まだ何かしら抗える余地が残るかもしれない。有沙はそう告げていた。
……無論、この指摘が千早の神経を大いに逆撫でするものだと覚悟の上でだったが。
とはいえ、今更ここで取り乱す程千早も荒れてはいない。ふう、と息を吐き出し、不承不承といった風に承諾する。>>324
「――分かった。そういう事なら、私の方で引き取らせてもらう。あんたもそれでいい?えっと……」
「イグサ、で結構です。目つきの悪いお姉さん」
「そう。それと、私の事は千早って呼びなさい」
「承知致しました、目つきの悪い千早」
……こめかみがピクピク震えるのを堪えつつ、千早は状況を再整理する。
ひとまずセイバーは先の戦闘でいったん退けたが、あくまで撤退させただけ。『あの』朽崎の事だ、必ず何かしら考えを巡らせている事だろう。
そうでなくとも今の屋敷は炎上真っただ中、付け入る隙はいくらでもある。というかありすぎる。
加えて、今の千早たちは護るべきものを抱えた状態。相手からすればこれ程干渉しやすい敵もいまい。
だがこのまま立てこもっていた所で、待っているのは焼死か窒息死。魔術による保護も永遠には続かない。
「……」
無意識の内に、千早は有沙に視線をやる。
決断の時だ。
千早か有沙、どちらかが囮になって敵の目を引き付ける。しかる後、相手が食いついてきた所を本命がその背を突く。
問題は誰がその役目を担うのか――
「私が、囮になろう」
答えは、全く予想だにしなかった人物から投げ入れられた。>>325
宗谷進三郎。この伊草における聖杯戦争の発起人であり、現状の事態全てを招いた元凶。
その彼からの、思いもよらぬ提案だった。
「……本気?いえ、本気だったとして貴方自分の言っている事の意味が分かってるの?」
「言っとくけど、命乞いとか寝返りを考えてるのならやめときなさい。あいつは涙目で両手を上げてきた人間相手にも躊躇なく引き金を絞れるタイプよ」
「本気だとも。付け加えれば、命乞いも寝返りも考えていない。そも、そんな事をしてまで永らえる事に今更何の意味もないだろう」
有沙と千早、二人がかりの否定もまるで意に介さない。
状況に絶望・憔悴していた愚者の姿は既になく。そこにいたのは、宗谷家の当主として責務を全うせんとする一人の男だった。
「私は私の役目を既に全うした。ホムンクルスを託し、解決の為の道筋を参加者たちに示し、そして今や全てがその通りに動こうとしている。ならば、これ以上無駄に永らえる事に価値も意味もない」
「……あんた」
「何も言うな、言ってくれるな剣鬼。何を言われた所で、最早私には侮辱にすらならない」
最後に、進三郎はホムンクルス――イグサの方を向き、厳粛な声で命を下す。
「後は任せたぞイグサ。儀式を全うし、何としてでもあの狂った聖杯を救い出せ。それが私からお前に下す最初で最後の命令だ」
「――かしこまりました、マスター。宗谷のホムンクルス・宗谷イグサとして必ずや遂行致します」
イグサの答えは、はたして満足に値するものだったのか。
進三郎は何も返さず、一人先んじて歩いてきた道を引き返す。
決して振り返る事はなく。背を向けたまま、短く言い遺した。
「――後は、頼んだ」>>326
以上、伊草聖杯戦争・狂陣営からの返信SSです
この後は剣・騎陣営さんと相談の上で進めて行ければと思います「おや……なるほど、良いですね。悪くない状況です」
空を漂う魔王の頬が穏やかに吊り上がる。
清涼な戦意が己が身を焦がす。この雰囲気は……恐らくだが、ランサーだろう。あの槍と甲冑の少女の闘気は中々澄んでいて、個人的には悪くないように感じている。試練としては上々だし、試練を与える存在としても中々に好みだ。さて、しかしまだコチラに届く距離では無い。ならばまずは目の前の試練に対して対処せねばなりませんね。眼下には隆起し、迫りくる地面。そしてソレに騎乗する魔獣ども。
あの少年のクラスは……なんだろうか。アサシン、アーチャーではない。無論セイバーな可能性は皆無だ。ランサーは既に確認しているし、これも違う。軍勢を使役する、という事はライダーだろうか。黒衣のサーヴァントは召喚士のような能力だったし、キャスターだとアサシンは当たりをつけていた。
「まぁ、然程関連はありませんがね。己は常に、試練に殉じるまで。概念存在である己が”殉ずる”とは少々趣が異なりますが」
そんな風に呟きながら、フイーと軽く飛翔し、まずは土塊の突撃をスルーした。厄介ではないが、基本的に必要なのは襲い掛かる魔獣の群れである。
「この程度なら……。指の2本もあれば十分、といった所でしょう。お互いに小手調べという状況ですかね。刹那さんに破壊の余波も及ばないので問題ナシ、と」
そうして悪魔は自分を嗾けられた獣たちを少々気だるげに指差す。
「『無益な深淵』──」
バリバリバリィッ!!とサタンの前に出現した黒い渦から、威圧的な音を響かせ、夜空を疾走する。その軌跡、あるいは弾道上に存在していた魔獣たちは、飛び掛かる姿勢をそのまま、雷轟に撃ち抜かれて墜ちていった。
「さて、次は。……どう来ます?」
魔王は不敵にほほ笑む。伊草投下します。
「よし、設置完了!」
フンフフンフフ~ン、と。鼻歌を奏でながら、朽崎遥は周囲を見渡した。現在の彼は、炎上している宗谷邸の周囲を確認し、目ぼしい出入口に罠をしかけて回っている所である。まぁ罠と言っても安上がりのチャチなそれで、具体的に言えば爆発するカラスの式神や亡霊を滞空させ、人間なり霊体なりの接近を感知すると起爆する、といった簡易的なトラップだ。だがまぁ被弾の主な効果は眩暈や吐き気、頭痛といった熱中症的症例のフルセットである。急激に病症を引き起こす為どんな相手だろうが最低でも足止めになるという計算だ。まぁ最も、サーヴァント相手にはほとんど虚仮威し程度の結果に終わるだろうが。一応バーサーカーは対魔力を保有していない筈だし、成果ゼロにならない可能性もギリ存在するかもしれないが。
「セイバーにも頑張って貰ってるし、やっぱりしっかり支援はしないとねー」
そんな風な事を言いながら、彼は先ほどのセイバーとした会話を思い出していた。>>329
◆◆◆
「で、実際戦ってみた感じどうだった、セイバー?復讐鬼ちゃんのサーヴァントは兎も角、もう草薙のサーヴァントの強さとか、さ」
少々表情に疲労の色を滲ませているセイバーを回復させながら、死霊魔術使いは先ほどの強襲の感想を確認する。同時に街中に散らせていた使い魔に召集をかけるのも忘れない。この聖杯戦争においては毎晩必ずサーヴァントを一騎は脱落させなければならない都合上、現在で確実に草薙サーヴァントとバーサーカーを倒せるよう、リソースを重点的に活用するべきだという判断を下した。
「ん~そうねぇ。お嬢ちゃんのサーヴァント……、あ、姿がって事ね?だから最初に戦った方。はやっぱ強いわね♪妙に動きを先読みされてる感じもあったし。パロミデスさんと似たようなタイプとのバトル経験でもあったのかしら?まぁでも、相手がこっちの癖を把握してる、みたいな認識でいけばまた戦い様はあるでしょ!さっきまでのガン攻め殺法じゃなくて、かたっ苦しい騎士道剣術する、とかね」
ふたつの刃を鞘に納め、しゃがみこんで損傷の回復を待つセイバーからの回答にふんふん、と頷きながら、軽く方針を決めた。
「成程。まぁとりあえずの目途が立ってるなら任せるよ。とりあえず暫くは出てこなさそうだし、姉さんはあの火事に突っ込んで毒ガスと呪詛を取り込んで宝具のチャージしといて。俺は監視と迎撃の準備しとくからさ」
”できない”と”やらない”は違うのよね~、という発言を横目に、朽崎遥は宗谷の邸宅の周囲を確認する為になんとなくの外観を視認した。
(ま、勝手口に、あとはおっきめの窓付近でいいか……。玄関は自分で見ればいいけど、余裕があれば罠はっとこ~)
ルンルン、といったオノマトペが聞こえそうな雰囲気のまま、彼は家屋の周囲に向かって歩いていく。反対にセイバーは玄関からそのまま室内に突入。自身の闘争心によって変質した宝刀に喝を入れる為である。そうして剣の主従はそれぞれが敵を打倒する為、己が思う準備を完遂させた。>>330
そうして。ネクロマンサーと円卓の騎士は屋敷の前で待機する。魔銃と妖刀を携え、邪悪な笑みを顔に浮かべながら。現状はとりあえず玄関口の付近だ。マスターの方は一応干し首爆弾も持っておく。複数人が一気に脱出してきたら、放り込んで爆撃すればある程度の戦果は得られる可能性があるので。
それはともあれ。セイバーは無銘を構え、同時に毒素をチャージしたカーテナは鞘に入れっぱなしである。ただ、柄に手を添える事も忘れない。あ、そうだ。ショットガンの銃弾の補充は大丈夫かなっと……。うん、問題無さそうだ。
そうこうしているうちに、若干手持ち無沙汰になってきた。まぁ罠の設置が結構手早く完了したので、そういう意味ではもうちょっと丁寧に行動した方が良かったかな~、などと朽崎遥が思い返していると、玄関から物音がした。ガタガタ、とつっかえ棒を突破しようとしているようだ。うーん、火事の中に閉じ込めて封殺できれば簡単だったけど、そんな結果になる訳ないよなぁ……。とりあえずは出てくるヤツが誰なのかを確認して、それからですな。
「セイバー。戦闘準備、ヨロシク~」
「了解♪」
そうして、二人で玄関に近寄る。セイバーは警戒心をより研ぎ澄ませ、マスターは自分の周囲に鴉を侍らせ、クルクルと旋回させる。さぁて、出てくるのは誰だろな、っと。
果たして、出てきたのは長身の人物であった。服装は洋装系のファッションで、和の要素は感じられない。髪も短めだし、雰囲気的にも女性らしさも皆無。チラリと瞳を眇めてセイバーの表情を確認すれば、彼女は首を軽く横に振り、否定の構え。サーヴァントでもない、と。
「だったら宗谷の当主か。お~い進三郎さん!どもども~!お急ぎのところ申し訳ないって程でもないですが、念のため確認しておきたい事がですね……」
燃え盛る火の中を進んで来た彼に対して、不躾に歩みより、マイクの代わりに銃を構える。銃口が自分に向いている事を認識してその身を硬直させた魔術師へと、日常会話と変わらぬノリで質問を投げかけた。>>331
「んで、現在って貴方一人なんですか?他の二人は?見捨てて逃げてきた感じ?まぁそれにも利益というかメリットはありますよね、一気に2騎脱落する訳だし、そうだとしたらワッルイなー!もしかして今朝の『お前と関係値持つ訳ないだろバーカ』って風な返事は覆ったと受け取っても良い感じ!?」
どうせ望んだ返事は来ないだろう。と踏んで、ペラペラと軽薄に台詞を紡ぐ。それは彼の表情を見ても明白だ。その顔に滲んでいるのは敵対心。こちらの話を端から斬り捨て、関心を持たず、隙を伺っているような……。
「ハッ、貴様の言葉に価値を感じる訳など無いだろうが、狂人め。それより覚悟しろ……、今宵の生贄は、貴様だ、ネクロマンサー」
「交渉、決☆裂!残、ねぅおっとぉ!?」
宗谷進三郎の言葉が終わるか終わらないかの内に、朽崎遥の表情が嘲笑に変わる。唇の端を歪に吊り上げ、その貌に浮かぶのは殺意と悪意だ。進三郎がその笑顔を認識できたかは、定かではない。死霊魔術使いの言葉が彼の耳に届く前に、彼の持つ魔銃が火を吹いたからだ。その咆哮によって放たれた魔弾は、宗谷家当主の身体に噛み付き、その肉と臓腑の奥を喰い荒らす。激痛によって叫ぶ彼の言葉を前に、下手人であるネクロマンサーは後ろに倒れ込んでいた。正確には、パロミデスに上着を掴まれ、背中を引っ張られていた、といった所か
いきなり動いたセイバーは剣を横向きに構え、神妙な表情をしているようだ。その眼が睨むのは、3人の少女と、和装の青年。先頭に立つ洋装の少女は、細身の刀、レイピアかな?をコチラに向け、鋭い視線と共にコチラを射抜かんとせんばかりである。ま、剣で射抜くってのも珍しい表現かもしれないが。
「なるほど、真打登場って訳か。それじゃあセイバー。此処は任せたッ。復讐鬼ちゃんとあの女剣士……草薙の当主カナ?……のお嬢様方は俺が請け負った」
「オッケーオッケー。死なないでよぉ?おネーさんはまだまだ楽しみたいんだから」
それぞれが言うが早いか、剣の主従は走り出した。朽崎遥は、無駄と邪魔にならないよう、先ほど宗谷の屋敷に仕掛けたばかりの罠を回収する為、邸宅を周る事を選ぶ。そしてパロミデスは、先ほど盾として活用していた無銘の剣を下段に構えてサーヴァントを斬らんと躍りかかる。死霊魔術使いが二人の剣士のそばを駆け抜ける際の発砲音が、開戦の合図だ。「雷だからね、やっぱり早いか。困った困った」
「本当に困ってる?」
「いいや?試してやる、って気概でいっぱいらしい。どうやら尺度や視点がそっち側なんだろうね。僕もそっち側だけど」
それなりの速度を出せるように調節したつもりが黒い雷に灼かれてしまった。空も飛べて、割と余裕だ。あれを撃ち落としたいならもっと鋭く速く世界を弄る必要がある。とはいえそう難しい話ではない。ただもう少し試したい。ほんの少しギアを上げることと、ほんの少しの搦手。これにどう対応するかでこちらの行動も変えればいい。直接殴ったらいいのか、削り殺してしまえばそれでいいのか。
「その位置は届くよ」
黒焦げの死体から湧き出る黒いモヤ。一見遅いようでその実驚くほどに早く、指向性がある。狙いは一点、天高く舞う魔王に向けて。生物兵器として極まった病は触れればたとえ神代の英雄でさえ蝕むだろう。エーテルの肉体を得たのであれば、また標的に他ならぬ。
「おまけ」
天に在すは巨大な空気の壁。黒死の病から逃れることは許さないと言わんばかりの見えない大きな大きな手。飛行による逃避は許さない。面と向かって、正面からの打倒をもう一人の魔王は求めた。連続して放たれた魔弾を魔力の盾で防ぐ。
管理者を撃ち抜いて呪詛を浴びせた魔弾は魔術師の指を加工したものらしく、追尾性能まで持っていて回避は至難の業……故に、こうやって防ぐしかない。
人目を気にせずに『剣の月』を着ていれば強引に距離を詰めて仕留める事も、千早さんの様に魔弾を全て切り落とす事も可能だったけど、無いものは仕方ない。
それよりも気になるのは朽崎とかいう敵マスターの眼だ。
軽薄そうな表情とは裏腹に空虚そのもの……本質は虚無そのものかとさえ思える人格破綻者のそれ。
一体どんな育ち方をすればこんな事になるのやら……。
「それじゃ、俺はこの辺で……」
銃撃を止めると屋敷の方へと駆け出す朽崎、それを追う千早さん。
ふと、サーヴァント同士の戦いに目を向けると、跳躍したまま放たれたセイバーの四連突きを太刀で受けつつバーサーカーが後ずさり。
着地したセイバーがライダーに突きを放つと、ライダーはあっさりと曲刀でそれを弾き、返す刀で上段から振り下ろされた曲刀が、セイバーがクロスさせた二本の剣とぶつかり合う。
セイバーの隙が減って居るとはいえライダーが優勢……致命傷を負った管理者はイグサ君に任せているし、私が対処すべき敵は明白。
だから私は、朽崎とは逆の向きで屋敷の周囲を周る様に動き出した。「うわっ、逆回りしといて無傷?」
ライダー達とは屋敷を挟んで反対側の位置で、表面だけげんなりとした顔を浮かべる朽崎。
その周囲にはさっきまで罠として使われていたであろう式神や亡霊、カラス型の使い魔が幾つも漂っており……だが、それは予想通り。
「ええ、こうしたもの」
『戦いの琥珀』に刻まれたルーンが一つ、スリサズを発動。
普段使う棘ではなく雷神トールの意味で描かれたソレは、拡散する電撃となって朽崎が使役する式神や亡霊を灼き消し……カラス型の使い魔が一斉に墜落した。
しかし、魔獣革製らしきコートを着ている朽崎には目立ったダメージは無し……この様子だとナウシズによる弱体化は通らないだろう。
それに、性格とこれまで見た戦闘スタイルからして呪詛混じりの爆発物等を所持している可能性が高い。
けど、身体能力や体術そのものは際立っている訳でもなく、死霊魔術の腕はアンジェには遠く及ばない。「全く、せっかくリサイクルしようとしたのに……これらも無料じゃないんだけど」
「この街の敵となるのなら、もっと高く付くけど」
そうやり取りをする間に追い付いたらしく、朽崎の後方に千早さんが現れる。
二人がかりで斬り掛かれる程の連携は出来ないとはいえ、これで二対一。
接近戦での連携が取れないなら、被弾を避けつつ魔術主体で千早さんに合わせて動けば良い。
「それがお望みなら、後悔させてあげる」以上、伊草の更新です。
名無しの教室、戦闘訓練用教室。その名の通り強化や身体操作、護身術などの実技の一環で使用されることが多い空間に、今日も生徒たちが集まっている。中央には間隔を開けて二人。間には教師。魔術師として、彼らの持つ無骨な得物に対し些か眉根を寄せていた。
「最期に答えろ」
「何でしょう?」
眼前の男に声をかける。最近入ってきた幼げな風貌の男は、手元の小銃から目を離して何ということのない表情を返す。
「お前がスパイというのは本当か?」
「えぇ、はじめに申し上げた通り」
両者ともに淡々と。問う側も、答える側も、さして意味も無い言葉を弄する。確認だろうか。思えば昔組の中で怪しいヤツを弾くとなった時にそうしろと言われたことを繰り返しただけかもしれない。形式的なものだが、形式的なだけに、既視感を覚えた。或いは、そういったものをかつて見たことがあったのかも。
「どこからのスパイだ?」
「それは…申し訳ないですけど、こればかりは。お答えできませんね」
「そうか。死.ね」
だから、話はそこで終わって。教師の合図と同時かそれより寸刻速く、煙霧が湧いた。やたらめったらな射撃音と、それに応戦する別な射撃音。お互い軽い。拳銃だ。
セシボンが手にしたのはマシンピストル。まず50発、うち半分は男には向けず周辺の床などに放った。監視の邪魔が入ると殺.すのが難しくなる。強化によってすぐ見通せるようになるだろうが、それにしたって時間がかかるし意識が分散される。それで十分、そう判断した。
男───フロースという名前だった、確か───は開戦直後に後退して以降距離を縮めることなく回避と邀撃、そして俯瞰に努めている。握る銃種が変わっているのはそういう礼装なのだろう。>>338
一歩詰めればそれに合わせて間合いを取り、二歩詰めればその分また後ずさる。行動が読まれている。的は小さいまま、霧が薄くなっていく。元より射.殺は狙いづらいと踏んでいたために、遠距離戦に持ち込むつもりもない。しかし向こうはペースを予測し引いてくる。
であれば。
『結び開くは世の輪廻』
一歩を二歩に。
『卵とミルクとボウルの中に』
二歩を四歩に。
『何度も混ざった焼き直し』
四歩を八歩に。速く、捷く、近く、幾く。弾を銃身ではじき、映写された生命の差を以て肉薄する。1kmをコンマで切り捨て、脳めがけて足を強く蹴り出す。眼鏡が飛んだ。
しかし、フロースは自身とセシボンの足との間に咄嗟に何かを滑り込ませていた。ドロドロとした鈍光を乗せた刀身。大ぶりな包丁のようなそれによって衝撃を受け流し、そのまま腱を抉り切るように刃を翻した。
フロース自身が接近を気取ったようには見えなかった。となるとやはり予測したか。そして接近を許した彼の身体操作にも変化が生じている。殺意があった。現にマスケット銃と刀の併用を開始してからは、攻撃の密度が高まっている。>>339
無論それによって動きやすくなった面もある。様子見でのらくらとされるより、こうやって殺し合う姿勢を取りあっている方がわかりやすく、近距離なのもあって体格差を活かしやすい。相手は短躯を用いて器用に避けカウンターを試みてくるが、強化によって鋭敏になった感覚を通じて衣擦れや息継ぎ、目線から次の一手が把握できる。発砲より速くリロードをし、撃鉄が降りるより先に拳を捻じ込み姿勢を崩させて射線を切る。銃への対処は十分だった。
「(…確か、“呪い”と言ったか)」
問題視すべきはむしろ刀の方。銃弾は単発的な攻撃だが斬撃は勝手が違う。何撃かを捌いてみて、神秘にいまだに疎いセシボンでもその鋒の内に無視できないものがあることを認識した。乏しい知識の中から、当てはまりそうな単語を引き摺り出す。
だが悲しき哉、言葉を導き出せたとてそれ以上はない。ただ言えるのは、この戦闘でなくして殺し合いの始まりと共に、明確な“魔術”が介在性を高めたということ。フロースの戦い方は自身同様魔術使い的であったが、それと同じくらい今は“魔術師”的な色が濃くなっている。
となれば、ただの銃器がやれることはもう少ないだろう。床板を踏みしだき埃を立たせる。天井まで跳び照明を破る。古びた蛍光灯のガラス片が飛散する中で、クランク機構が軋み廻る音がした。>>340
以上、セシボンVSクラッフのPart1でした───────シンプルに、ムカついた。
死の恐怖に臆したわけでもないし、自分を本当に殺そうとしたことに怒りを覚えたわけでもない。ただその、素晴らしい魔術を殺しに生かすことしかしていない目の前の男にどうしようもなく腹が立った。
眼鏡なんて所詮は飾り。教科を用いれば何一つ問題はない。自慢の礼装もこの程度の蹴りに耐えられないほど脆いわけでもない。恐れはない。躊躇いもない。ただ漠然と、殺意だけを募らせた。
『あっちが殺そうとしてるんだから。私が殺したって問題ないよね。やられっぱなしは性に合わない』
実際の勝敗はどう転がるかは別として……マチェットを振るい出してから明らかに殺しという行為に前向きになったことは、相対しているセシボンからしても明白だろう。自呪自喀、呪いを謳いあげるこの礼装は刃先から呪いの刃を発生させる。目測により間合いを測り完全に躱したと思った相手に対して、刃のその先、空間に呪いの刃を引き起こす。これだけでもある程度の足切りはできるのだが……
『歴戦の兵士はこれだからタチが悪い。魔術に詳しくなくても勘と経験で避けてくる。こっちの目とか身体の動きで何があるかを見抜いてくるから嫌になるな』
もちろん、身体能力もある。そこらの魔術師が施す強化を容易く超えてくる肉体の変化。存在規模の拡大、霊的強度の向上。その肉体スペックが空間に“置く”、あるいは“飛ぶ”呪いの刃を簡単に回避して銃撃と打撃を打ち込んでくる。ただそこには確かに、殺しに手馴れた者の経験に基づいた勘が介在する。時計塔の魔術師とて護身術はカリキュラムに介在するが、それとも訳の違うものだ。『とはいえだ。それはこちらも同じこと。魔術が絡んだ殺し合いはどんな手札を押し付けられるかって話にもなってくるが……ん?』
セシボンがクラッフの造り出した礼装を勘によって察知したように。クラッフもまた殺しに浸り、幾度も親友と殺し合った経験がある。故にわかるのだ。セシボンの行動の変化と、空気の変わりように。すなわち、ただの肉弾戦に在らず─────
「っ、うわっ……」
「………」
虚空から現れ出でたもの。その大きすぎる鉄の塊を躱したまではよかった。そう、問題はそこではないからだ。はらりと掻き消え次に生まれ出でるもの。軋むクランク、巡る記録(セカイ)。映し出される確かな影。重機関銃、MG08。宙に浮かんだその銃口が向けられていたから。
「我が指先は大地を殺.す」
刀身に溜め込んだ呪いの1割を刃に、二割をそのまま魔力に転換する。多少なりとも身体に負担はかかるが無理やり魔術回路を回す。マスケット銃から緊急退避用の衝撃を生み出すことに特化した弾丸を放つ。辛うじて、挽肉になる前にかなり距離を離して回避することができた。
ここで必要なのは防御ではない、回避だ。呪いの刃をもっと大きな盾とすることもできたがそれは無理だと判断した。あちらは、刃を見た上でその刃ごと打ち砕ける判断でこの重機関銃を召喚したのではないか。だとしたら無駄な足掻きにしかならないから。『MG08?また古い……M2とかじゃないのか。いや、もっと取り回しのいいものとかあるだろ……てか』
試しに銃口の前に設置した呪いの刃が簡単に粉砕された。物理的破壊力もそのままに、おそらく魔術の神秘も宿した代物だ。ただ武器として取り出したというわけではない。あれも魔術の産物だ。魔術礼装としての改造ではなく、魔術による付与の見立て。だからこそ、さらにムカついた。
『そんな上等な神秘持っててこんなことにしか使わないのか……こっちは魔術効果を付与した弾丸一つ作るのに金と時間がかかってるのに』
怒りは殺意を尖らせて、殺意は頭を冷やさせる。怒るからこそクラッフの技はさらに冴えるのだ。その証拠に、今までよりももっと早い工程で銃の構成を切り替えている。巨大な狙撃銃の形をしたものが瞬く間に組み上がっていく。
「刑吏さん、遠距離用オート射撃。弾丸の種類は適時任せる」
『イェス、マイマスター』
「“空をかき混ぜ──”」
後ろに放り投げた狙撃銃が、床に転がったかと思えば自ら設置され、射撃する。それらはセシボンへの牽制として機能し、クラッフ自身に襲いくる攻撃の負担を減らす。あちらが重機関銃という手数を増やすのならばこちらも増やして然るべきだ。右手にマチェット、左手にマスケット銃。マスケット銃の弾丸は全て着弾箇所に防御術式を発生させるものとなっている。分速500発の7.92x57mm弾を見てから避けられる強化魔術の使い手なんてそうそう居ない。だからクラッフもそんな博打はしない。自分から遠く離した距離を詰めるのだ、無策でなんていられない。
フィルムが再生される。銃器の類が現れる。その銃口に向け弾丸を放ち防御する。容易く食い破られはするが瞬間の時を稼げればそれで良い。セシボン自身の銃撃はマチェットによる呪いの斬撃を盾にしつつ、再び近距離戦を可能とする距離まで肉薄する。
「“月を掴む”」
喰體呑叡。初めて魔術師らしいものが出来上がったと誇らしく思った自慢の礼装。ブーツ型であるそれは大気中のエーテルを集め、固め、形とする。ある種のブースター、あるいは魔弾を発射する銃身として。さらに攻撃的に、さらに激しく。少年の怒りを表すように、音を立てて猛っていた。
以上です伊草行きます。
>>346
ズザッ、タタン!後ろに大きく飛びのいて距離を取る。
(さぁて、どうしたモンかしら)
セイバーは現状を打破する為に考える。朝方の戦闘と、現在の交戦を踏まえると、バーサーカーに対してはまぁまぁ対処できる。少なくとも体育会系じゃないわね、アイツ。我が王っぽい気風も感じなくはないし、会話できるっつーことは狂化のランクも低め!だからどっちかというと人の上に立つ系の立場だった、のかも。文官とか、王侯貴族とか。二ホンで言うなら公家ってヤツかしら?ゴキゴキと首を鳴らしながら、パロミデスは思考を続け、急加速。単純な脚力でもって、バーサーカーに斬りかかる。一気に距離を詰め、斬撃のテンポにも変化を加えたお陰か、今度は太刀での防御をすり抜けて腕を切り裂く事に成功。しかしそれとほぼ同時に、少女サーヴァントが自分に斬りかかってくる。それはギリギリで躱せて……と思っていたら少々の違和感。どうやらこちらも完璧な回避とはいかなかったようだ。
うーん面倒臭い。コンコン、とつま先で地面を叩き、負傷の隙を突こうと仕掛けてくる2騎のサーヴァントからの攻撃を紙一重でかいくぐっていく。自分は攻撃大好きな狂剣であるが故、攻撃を避けるのも割と得意なのだ。
(ハルカ~?そっちはどうなのー。おネーさんそろそろイライラが溜まってこなくもないんだけど)
『もうちょっと待って欲しいなー。意外にお嬢さん方の意識をこっちに向けるのに手間取ってて。干し首の方は復讐鬼ちゃんに曝してるからね、あんまり使いたくないんだけど、そうすると結構縛りプレイがキツくてさぁ』
なるほど、確かに爆発は広範囲を攻撃できて便利だが、視界を封じる結果にもなるので考えなしの使用には抵抗がある、という事だろうか。とりあえずパロミデスは己が把握している情報を確認。勿論、逃げながら反撃を入れる事も忘れない。最も、深く踏み込んで斬るのが難しい為、あまり有効打になっていない印象もあるのだが。>>348
自分の手札であり、相手が認識できていないアドバンテージとしては、まず第一にカーテナに呪詛、毒素の貯蔵が出来ているという事実だろう。現時点で自分から行っている攻撃は通常の斬撃のみであり、こっからいきなりビームというか遠距離攻撃というかが飛んでくるのは予想の範囲外、だと嬉しい。少なくとも虚をつく事は出来そう。そしてもう一つは、アレだ。マスターである遥からこの後の行動を聞いている事。どうもどうやらマスターは宗谷とかいうこの街の当主が住まう家(つまりあの家だが)に放火をした。そうして敵マスターを燻り出すとかなんとか言ってたが、仮にうまく行かなかった際には残った呪詛やらを起爆してより広範囲の爆撃を一気に実行する……らしい。そこで隙を見せるだろう敵のどっちかを毒で仕留める!コレがハルカと相談した結果の作戦であって、爆撃と毒の斬撃、どちらかによって確実に敵を討つ、という流れである。
(だからとっとと起爆をやらかして欲しいのよねぇ♪)
まぁ、ないものねだりというかをしても仕方がない。まずはキッチリと耐え、逆転の節目を逃さないようにすべきだ。もっとも己が得意とする戦闘の領分に持ち込めないのは結構なストレスというかな訳だが、己はサーヴァント。人理の影法師。マスターである彼の方針に従うのも義務の一つ。いやぁ、相性のいいマスターで助かったね!さてさて、多少手古摺っているようだし、ひとまずこっちは凌がないとねぇ♪ハルカの言う事には、干し首の爆弾を利用した時限式起爆だそうだし、長々ダラダラと小競り合いが続くって感じでもないでしょうけど❤
そうして、パロミデスは主従としての策を成功させるべく、自らの意識への極限の集中を促す。”その時”必ず獲物を断ち切る為に
そうして。果たして成功したようだ。天をも劈くような大音量の響き、肌を軽く揺さぶる衝撃波、そして宙を赤く染め抜く大色彩。それを意識の内に認めると同時、セイバーは敵が驚愕によって硬直している事を認識した。狙うはバーサーカーである。
先ほどまでのカウンター性能からして、返される可能性が低くないこの少女よりも、確実に潰せる相手から狙うのが定石、というヤツだ。
(この女の子ってば、まだまだ底も見えなきゃ、こっち目線での謎も多い気がするし)
ま、なにはともあれ。ハルカにやって貰えたからには、此処で決めなきゃね。じゃあ、そういう訳で♪>>349
「『暴毒・堕落されし妖剣(カースド・クラウン)』」
禍々しい紫の剣閃が闇夜を切り裂き、そして同時に爆発音がもう一つ。宝剣カーテナを振り抜いたまま視線をその音に向けると伊草を支配する一族の一つ、宗谷の屋敷が吹き飛んでいた。……ん?って事は、さっきの爆発って別じゃない?
ま、いいか。大気が変わる、という感覚はそう気分の良いものではなかった。
何がどうなったかを具体的に説明できるほどセシボンは魔術に明るくない。ただ唐突に靴先から現われた魔弾を知覚して、試みにライフルの銃身で受けてみて、大きく罅が入ったのを理解して。敵方の新たな武器を把握した。
両の手から繰り出される斬撃と射撃、鋭く空隙を穿つ蹴り、加えて後方に設置された狙撃銃の援護。なるほど手数が多い。こちらの弾幕が未然に阻害され、格闘戦でも追いついてきている。銃器の生成、維持時間が特定されるのも時間の問題だろう。
だが、多対一、固定砲台。その対処に覚えがないわけではない。右手の甲にゾロターンの銃床を、バレルを柄のように持って叩きつける。次の瞬間はらりと黒い紙くずになって床に滑り落ちるフィルムを尻目に、輪動機構にナイフを突き立てた。
取り出したるは戦車砲。長大な口径と砲身の影が直下の二人を覆う。一発。狙いは後方の狙撃銃───いや、狙わずとも良い。人一人の上半身ほどもある砲弾が放物線を描いて狙撃銃の手前に着弾する。銃からの迎撃によって届きはしなかったが、重量と砲口速度の乗算によってクレーターが発生し、次いで大きく床が抜ける音。衝撃の余波で窓ガラスが砕けた。
相手が大気を掌握するというなら空間に干渉しよう、というような意趣返しは想定していない。ただ出来て、効果的だと踏んだからしたまでのこと。場の重心はこれにより二度変移することになる。一度目は着弾。二度目は今。自由落下する戦車砲をセシボンは受け止めることなく、接触の際で僅かに回避。相手も同様だ。肉弾戦を演じながら、衝撃に備える。
果たして、地響き。宙に浮いたような平衡感覚の不調を味わうことになったのは単純、今まで踏みしめていた床が消失したからだ。そして、その下手人たる砲身も。クランクが軋む。>>351
次に展開したのは軽機関銃。無軌道に撃ちまくり、攻撃の中心はあくまで手足を以て。魔弾を上体を捻って避け、その勢いでラリアット。足が合わせてくる。空気のブーストによって弾みをつけられたが、その反動を受けながら今度は逆回転して下からの蹴り上げ。お互い不安定な体勢で、フロースの方は尾骶骨付近を打ち据えられ、セシボンの方はどうにか残った床板に着地して後方を滑るようにして勢いを押しとどめる。双方の位置が入れ替わった。
再び狙撃態勢に戻った狙撃銃が背後をとる形で狙撃を開始する。それに合わせてフロースが床を踏み抜くほどに助走をつけブーツをセシボン目がけて飛ばしてくる。挟撃だ。
フィルムが再生される。迫撃砲。本来上空へ向けられる高い射角が今は床にある。発射の衝撃は軽微な砲身をセシボンごと浮かせ、天井まで到達する。寸前で身体を畳み回転、上下の反転した世界で蹴りが空ぶったフロースの頭をわし掴む。そのまま振り回そうとしたところで肘に刀の柄が食い込む。痛みはそうなかったが、その隙に相手は拘束から脱してみせた。かくして双方の位置は元に戻る。
この一連の流れだけでも辛うじて砲弾及び砲身の衝撃に耐えていた床板は殆ど脱落し、粉砕され、残り数枚。近接戦の中で二人は互いに足を動かす回数を増やしているが、これはお互いの足の踏み場を事前に潰すため。一方は己の自信作であるブーツ型の礼装によるエーテル干渉と歩兵銃の担う演算による予測によって、もう一方は生命規模の格差の表れである圧倒的な身体能力と経験則によって。争奪戦の勝者たり得んとしていた。
「不思議だな」
熾烈なぶつかり合いの中で、セシボンはふとそんなことを零していた。間断なく続く破裂音の波間に消えるような、張ったわけでもない声。相手に聞こえたかもしれないし、聞こえなかったかもしれない。どうでもいいことだ。何せセシボン自身もそう呟いたことを意識していないような、息継ぎに乗っただけの語群だったのだから。>>352
しかしそこにある疑問の意は真正の心象。彼はフロースを諜報目的で時計塔に入った魔術使いと考えていた。実際戦闘開始直後の彼の戦い方は、こちらを窺うような距離の取り方から殺意に満ちた刀の展開までどうにも“魔術使い”のようだった。要は、今までセシボンが相対したことのある神秘を利用する連中のそれだった。
だが、今のフロースの主力兵器となっているブーツが空を切るのを見るにつけ、その認識は胡乱なものとなっていく。実体が掴めない。無論対処は可能、けれども見る目は変わる。それは既に神秘を利用する側でなくして、神秘を追究する側のものであるために。少なくとも、セシボンにとってはこれまで相手してきた魔術使いたちとは乖離した姿を認めている。
だからこその疑問を懐きながらも、やはり殺.すことを止めるつもりはなく。殺.すとなればほかの全ては有象無象。「こいつにパラチンタを食わせてやれたら」なんて欲求さえも思考の隅の影の裡で、そうこうする中でまた空間は脆く穴を開けた。
以上、セシボンVSクラッフPart3でした初めて魔術師らしいことができたと当時は喜んだものであった。天体を形作る第五架空要素(エーテル)。クィンタ・エッセンチア。五大元素の中でも最も熟達の難しいそれを扱うにあたって、考えうる限り最良の素材をかき集めて、多くの魔術理論とシンボルを自分なりに翻訳し、解釈し、繋いだ。これではまるで道具ではなく芸術品のようだと、腐れ縁の親友は言っていたっけ。
ただエーテルを操るだけならこんな風に仕上げる必要はない。大気中のエーテルを吸収する。加工して魔弾にする。放つ。それだけならもっと簡単だ。本当に単一的な、そのためだけの用途の礼装にすれば良い。デザインだってもっとシンプルで実用的になっていたはずだ。それでも、敢えて自分の魔術属性を活かすことで性能が跳ね上がる仕様にしたのは、あくまで己は魔術師であるという自認からだった。
「不思議だな」
男がブーツを見てそう漏らした。性能だけで言えばそう珍しいものでもあるまい。機動力と攻撃性能の両立を目指せるなら目指すだろう。けれど疑問に思った理由はそこではない。これを用いたときのクラッフの態度や、礼装のデザイン。それを見て、魔術使いのようではないと感じたのだろう。だからこその疑問であるとクラッフはわかってしまった。
読心能力を持っているわけではない。ただ漠然と、今までがずっとそういう魔術使い然とした生き方に浸っていたから。その疑問も尤もだと思わず苦笑いしてしまうほど理解できたのだ。
「お答えしましょうか」物質化した呪いの刃を足場として踏み締めて、エーテル噴射をブースターとしてさらに高く跳ね上がる。本来は重火器の鴨でしかないそれを、呪いの刃と魔弾の射出で押し流す。呪いを魔力へと変換し、身体への負担と共に魔術回路を活性化させる。一切の無駄がない身体の動きから繰り出される蹴りとマチェットの振り下ろしは、雨のように刃と魔弾が降り注ぐ結果となる。
落下する最中、セシボンに腕を掴まれそのまま捻り折られそうになる。だからそのタイミングに合わせて身体を捻って、その勢いのまま宙を転げ、しっかりと背後から身体に組みついた。殺し合いに熱中して聞こえない、なんて言われたら困るから。それと腕をへし折られたりナイフで刺されたりするのも嫌だから手短に。
「私は魔術師です。殺し殺されの経験も、人の命を奪うことの意味も、スパイとしてここに来たことも、全ては己が魔術の研鑽がため。命のやり取りに踊って生死を忘れるのは本意ではありません。ただ必要だからしているだけのこと。お金もコネも必要なんですよ」
だから勘違いをするな。魔術を奉じるのは金や生きていくためではない。そうすることで拓ける“その先”があるからだ。私は魔術使いではなく、魔術師である。故にこそ、ここで死ぬわけにもいかないのだ。
マスケット銃から射出する弾丸が爆発する。魔術で爆薬を仕込んだそれは床板を容赦なく粉砕するが、両者に傷は一つも無し。セシボンはクラッフの腕を離しその身体能力で回避を成し遂げ、クラッフもまたセシボンの身体を踏み台に、ブーツの機能も併用して空に跳ねたからだ。そしてまた睨み合う。
「ここで死ぬわけにはいかないのです」
以上です何もかもが手遅れだと。迫りくる紫の剣閃を前に、バーサーカーがまず抱いたのは確信だった。
敵を目の前にして余事に意識を奪われるという過ち。一手一太刀が明暗を分ける戦場において、その怠慢は死に直結する。
この身が貴人などではなく、荒事に精通した武士であったならば。かような醜態など晒さず、先の爆発すら状況打破に繋げたのであろうか?
(否。所詮は言い訳、か)
元より政治も武芸も何もかもが至らなかった未熟者。皇族の地位も追われ、その末路さえあやふやな自分にはこれが相応なのだろう。
(嗚呼、だがしかし)
術者は――志村千早は、無事であろうか。
己が生きた時代より、遥か未来に生きる者。復讐に身命を捧げ、憎悪に燃えながらなお明日を睨み続ける者。
己も、彼女のように猛り狂っていれば。上皇に疎まれようと、周囲から忌み嫌われようとも、己が怒りを明確に示していたならば――生前の何かを変える事ができたのだろうか。
……叶う筈もない、そしてあり得ない選択だ。元より皇族たる己にそのような我が儘が許される『余分』はなく、仮にそうした所で排斥する大義名分を与えただけだろうとも。
だが、それでも。
(どうか迷ってくれるな、術者。――其方の怒りは正当なもの、誰が何と責め立てようとも。私だけはその憤怒を否定すまい)
復讐者たる淡路廃帝には、千早が辿り着く末路もまた薄々見えている。
それでも――もし、己に許されるのであれば。あの憎悪に身を焦がし続ける女子に、いつか一抹でも救いが訪れん事を。
そう祈りながら、バーサーカー――淡路廃帝は跡形も遺さず消滅した。>>356
「…………ッ!」
唐突に絶えた魔力供給の流れと、バーサーカーとの魔力経路。
その二つが示す意味を悟り、千早は愕然とする。
(バーサーカーが、敗れた――!?)
ただの敗北ではない。それだけならば魔力供給は変わらず、むしろ回復の為より消費度合いが増すだけに留まる。
だが、今の千早にはその消耗がない。それどころか抱えていた負担が消え、身体が軽くなってしまったまである。
つまり、この状況が意味する所とは――
“どうやら、うちのサーヴァントが上手くやってくれたみたいだ”
聞き覚えのある、そして何より気に食わない声。
周囲を見回すが既に死霊術師の姿はなく、五感を研ぎ澄ませても近くに気配は感じ取れない。
恐らくは魔術による遠方通話。それも、限りなく一方的なもの。
千早の推測に応えるように、死霊術師は平然と言葉を続けていく。>>357
“やりたい事は粗方済ませたし、俺もそろそろおさらばするよ”
“君たちもさっさと脱出した方がいいんじゃない?この屋敷、そろそろヤバいよー?ま、そうしたのは俺なんだけどね!”
“それじゃお嬢さん方、ごきげんよう!もしまた会う日があれば、その時は改めて殺し合おうね!”
言いたい事を言い尽くし、死霊術師の声が完全に途絶える。
だが、千早は怒りを燃やすでも追撃するでもなく――呆然と、その場に立ち尽くしていた。
「千早さん!」
立ち尽くす千早の傍に、有沙が駆け寄る。
周囲と千早への警戒は怠っていなかったが、それ以上に千早の狼狽ぶりが気になったのか無意識の内に千早の間合いにまで踏み込んでいた。
最も、今の千早に彼女を斬り捨てる余裕も道理もなかったが。
「……バーサーカーが、消えた」
「っ!」
既に相棒(ライダー)から報告を受け取っていたのか、有沙の顔にそこまで驚愕の色はない。
だが。一時とはいえ交戦・共闘した相手からの凶報を前に、有沙は一瞬かける言葉に迷い立ち尽くす。
――それでも。進三郎から託された使命と言葉を思い出し、今自分たちが為すべき事を口にする。>>359
以上、一旦ここまで
参加者の皆さんは確認よろしくお願いしますセイバーの宝具が、バーサーカーを葬った。
本来の担い手ではない者が手にして歪められたのであろうその剣から放たれた魔力は毒の斬撃と化しており、それはバーサーカーの霊基を破壊し尽くすには十分であった。
その斬撃と擦れ違うかの様に我は駆ける。
狙うはセイバー……愉悦に歪むその隙を突き、バーサーカーの仇を討つ。
「バーサーカーを殺った事だし、そろそろ今宵はお暇」
「現世をか?」
セイバーの胴を一閃。
この国で言う居合に近い姿勢で放った斬撃は魔力を纏い、セイバーの腹部を深く抉る。
サーヴァント相手では致命傷にこそ至らぬものの、複数の臓器を損傷して最早立つことすら出来ず、膝を突くセイバー。
「ぐはっ、ぐはっ!?」
戦意も高揚も消え失せて、ただただ吐血を繰り返すセイバー。
その首を刎ねようとすかさず斬撃を放ち……その一撃は空を斬った。
令呪による空間転移……工房に逃げられたのなら、どれだけ少なく見積もったとしても死ぬ事はあるまい。
「次は、与えぬぞ」合流したライダーから聞いた顛末がそれだった。
恐らくセイバーは少なくとも一日位は動けない……とはいえ、令呪を使われたらその限りではない、バーサーカーの命と引換えにしては余りに軽すぎる戦果だ。
『後始末』を担当する教会に管理者の死やその後継者の存在等、諸々の連絡を謝意と共に済ませると、私はライダーに向き直る。
「それで、ライダー。セイバーの宝具は『暴毒・堕落されし妖剣(カースド・クラウン)』よね。クラウンなんて単語が入ってるし、元は王が担っていた剣だと思う。そして、武具のデザインは中世ヨーロッパ辺り……」
カリバーン……いや、アーサー王以外に選定の剣を手にする可能性があるのは魔術師マーリン位……セイバーには当てはまらない。
ジュワユーズ……フランス王家が所有していた説が本当だったとして、それであの様な歪み方なぞする筈がない。
エクスカリバー……論外、星の聖剣はそんな代物ではない。
「クラレント……モードレッド卿は?」「あり得ぬな。戦いしか頭にない空虚な者では、叛逆なぞ志したところで誰一人として従うまい……む、マスター。港の方角、空が赤いぞ」
そう言われて、伊草港の方を見ると……夜にはあり得ない赤い空。
大規模な火災……恐らくは聖杯戦争によるもの。
「恐らく、あちらでも戦闘が起きてる。ライダー」
「ああ……ところで、御主等はどうする?教会とやらに庇護を求める事も」
と、ライダーが近くで休んでいた千早さんとイグサ君に話しかける。
ちなみに、一見服を着たように見えるイグサ君だけど、魔術で誤魔化してるだけで実際は裸のまま……とっくに閉店時間を過ぎてるとはいえ、これは……。
「いや、私達も行こう。そちらの被害も見過ごせない」
そういう千早さんの目には強い意志が宿っていて……断ってもついてきそうだ。
イグサ君は無言だけど、千早さんに着いて行く気なのは明白。
「そういう事なら、皆で行きましょうか」以上、伊草の更新でした。
弾が、刃が、波が、足が、拳が、目線と視線と板切れが飛び交う最中に、その声は一瞬間セシボンの耳朶を震わせた。
声量だけでいえばさしたるものでもないようなそれがハッキリと聞こえたのは、送信者が受信者に極端に接近したからというだけではない。
射線を辿る銃弾よりも、間隙を断つ呪いの刃よりも、また大気を燻らす一蹴よりも、ずっと芯の通って聞こえたのは。ひとえに、それら全ての動作の主が「そうしたいから」だ。伝えたかったらしい。そして実際伝わった。フロースは自身がもたらす万象を操作し制御しきれている、ということだ。
「私は魔術師です」
だから死ぬわけにはいかない、と。間には色々の事情が挟まっていたが、無論それら一つ一つもきちんと届いていたが、セシボンには序と結びのその文句をまず心に留めた。
魔術使いではないと言う。それをセシボンが否定することはできない。何かが違うと理解はしていても、その何かには絶えずクエスチョンマークが付く。それ故に頭ごなしに否定はできても理由を答えられない。だから、ひとまず彼の言い分を真とすることにして。
爆風を腕で振り払う。皮膚は熱を感じたが、それは温度感覚には至らない。古さを超える旧さ、現象を越える生命。宙を跳ね舞う男への目線は、見上げる形から息を吸う間もなく同等の高さに移る。跳ぶ、翔ぶ。もはや空中戦だ。
「魔術師、か」
金とコネが必要、そのために殺し合う。それが奴の魔道には要るらしい。生きるためとか、そういった初歩的な話ですらなく、拝金主義でもなく。
難儀だな、と単純に思う。先を見て、先があると信じて。後に何が残るとも知れず、命を天秤の分銅程度に見做している。実に虚しい。どうせこの世は巡り持ち、新しい何かなどあるわけないのに───と同時に。>>365
すごいな、と単純に思う。魔術師としてはフロースの方が断然上だ。一も二もなく歩む姿勢と、その道。彼は両方を体得している。五里霧中な自分に比べれば、それはもう。魔術使いと魔術師の違いの内訳である“何か”をわかっているというだけで、セシボンにとっては感心するに値する。
先程からフェイントが多い。視力の差を視覚情報の過密化によって補おうという意図のようだ。わずかに逸れる弾、寸前で霧散する衝撃波。牽制と撹乱は綿密にセシボンの周囲を覆う。攻撃手段の分散ができない相手に対して非常に有効な動きだ。加えて小柄なのを良いことに縦横無尽に駆け回る姿は照準を定めさせない。本来当たるはずの擲弾。しかし大気が横合いから彼を掻っ攫う。
瞼を塞ぐ。視界を鬻ぎ、お代に聴覚と勘を研ぎ澄ます。不可視と揺動への対処として、斯くなる無法を押し通す。右、下、多段上昇、下降───今だと思うまでもなく手が動いていた。脳などは疾うに置き去りにして、肉が躍った。
「魔術師なんだな」
しっかりと腕を掴んでいる。先刻のように組み付かれることはない。片手は腕をふん捕まえ、もう片方で胸倉を抑えている。この瞬間、彼は銃器の類を手放していた。
それを男はチャンスと捉え、そして男はただの一瞬と認識した。包丁の捌き、マスケット銃の発砲、ブーツの蹴り上げ。何よりも捷く、男は床であったはずの大穴に投げ飛ばされた。最後の一枚が直撃してフロースより先に見えなくなる。
ブーツが深層の大気を新たに手繰るより先に機関銃を取り出し浴びせる。落ちていく。埃っぽい空気。この訓練室とて碌な使われ方をされてこなかったのだ、その他の部屋がどんな冷遇に甘んじているかは想像に難くない。冷え冷えとした暗闇に銃弾が熱を孕んだ雨霰として降り注ぐ。
「魔術師ですよ」
陥穽の底から声がした。セシボンの呟きに対する意味のない返答と、銃撃に対する意義深い応戦。ムーンサルト・キックの一閃。埃を巻き上げながら迫るそれを避け、二人は今一度肉薄する。
言葉と意味は変わらず置いてけぼり。しかし無質量ではない。応酬の全てが確かな重みを有する影として点在する。それに対する反応が、フロースは言葉でありセシボンは思考なのである。そこに介在するラグは、質量としての効果はこの場においては暴力の応酬より幾分遅まきというだけであろう。>>366
右手の包丁と左腕が、左手のマスケット銃と右肩が、膝と内腿が互いのパーツを壊すべくぶつかり合う。それぞれから音が返ってくる。筋が裂ける音、骨が罅入る音。どちらからどちらが聞こえたかは判然としない。或いはどちらからも同じような音がしたのかもしれない。
痛みに価値はなく、傷に用はない。殺.し合いの中で致命傷以外は相手にとっても自身にとってもないに等しい存在だ、と。虚々実々の只中に、赤と茶色の瞳が相対する。殺意は減らず、意志は衰えず。
殺.す、殺.せる、殺.せない、殺.されない。一手一手がそんな調子で、暗中に破壊と回避の音が颯々とこだまする間もなく入れ替わり立ち替わり消えていく。そして、何度目かの命の輪郭を毀さんと唸る拳と響く脚が、今度は回避を許さず真っ直ぐに両者の核を捉え合い───
以上、セシボンVSクラッフPart5でした伊草行きます
炎が少しずつ収まり始めている伊草港。その端にある人気の消えた海浜公園で、男女がベンチに座っていた。
長身の男は、ベンチの横に立ちながら周囲を見回し、パーカーの少女はタブレットを操作する指を縦横無尽に動かしている。
「よっし、これでその辺りのスプリンクラー設備は全起動完了っ!まあ雀の涙カモだけど、ボク達の責任も少しあるし…この位はやっとかないとネ」
刹那は、ベンチからタブレットと周囲の街を見比べて頷く。笑顔は絶やしていないものの、その笑みはいつもより控えめで、内に真剣な感情を持っているように見えた。
そんな刹那に、無言だったランサーが声を掛ける。
「マスター」
「ん、どしたのランサーくん?」
「足音がする。来たようだ」
「!」
ランサーの言葉を聞いた瞬間、刹那は即座に作業したタブレットを置いて立ち上がる。ベンチの上に爪先立ちをして、片手をおでこにかざしながら「誰かなー?」と前方を見つめ始める。
先の伊草港での戦闘の後、刹那達は敢えて拠点の旧市街へ撤退せずに港に留まっていた。理由としては単純。この後の動向を考える為に行った刹那の風水によれば、この場所で待ち人がいるとの事だった為である。
故に、この場に派手な結界を敷いた上で、到着を待つ事にしたのだ。
面倒だし無意味と思うかもしれない。ただ、この手順を取った事にはしっかりした理由がある。
聖杯戦争の、それも最初の戦闘が終結した後である今。そんなタイミングで、その上火災の現場になっている場所にわざわざ関係ない人間がこのタイミングで不用意に接近するとは思えないからだ。あとボクは伊草には初めて来たから地元の知り合いもいないしネ。
とにかく、この伊草で聖杯戦争が始まってから関わった人、関わった陣営の事を考えれば、待ち人の正体は自ずとほぼ一人、いや、一組に絞る事ができる。そして本当に「彼女達」であるならば、この目印を理解するのは容易であると確信した為だった。>>369
遠くから走る足音が、近付く。聴覚強化での感覚を頼りにするなら、正面1キロ以内まで接近している。
故に、視覚を強化して目を凝らす。
「…!!」
少し赤く光っている夜闇。その中で、その歩く人影の輪郭が鮮明になり、形が整っていく。
パチンっ。
「ビンゴっ!!」
予想通りの来訪者だ。確信すると共に指を鳴らし、刹那はニコッと笑った。その様子を見て、ランサーもその正体を察する。
「……ありゃ?」
だが、一瞬の間を置いて。その笑顔が、少し怪訝な物に変わり始めた。
「?マスター、どうした——」
「あのね、ランサーくん」
「ん」
「ビンゴはビンゴだよ。思ってた通り、有沙ちゃん達が来てくれた。いや、むしろ予想以上、大吉って感じカモ。」
「?」
「更に2人、知らないコ達が一緒に来てる」>>370
「結界でまさかと思ったけど…やはり貴女達だったのね」
「うんっ。今日の昼ぶりだネ、有沙ちゃんっ!」
この場に新たに現れた来訪者は、予想通りと予想外が混ざる結果となった。
今、目前にいる二人の少女は草薙有沙とライダー。今日の昼に喫茶店で遭遇して会話をした、刹那達が最初に出会った陣営である。
どうやらマスターやサーヴァントの様子からするに、かなり損害なく初戦を生き残れたらしいという事が伺えた。
「で、そこの女のコとすっぽんぽんの男のコは—————」
「ちょっといい?」
刹那が新手の二人にも声を掛けようとした時、褐色の少女が食い気味に口を挟んだ。
「ん、どうしたの?あ、初めましてだネ。まず自己紹介からカナ?えっとね、ボクは——」
「この火事…何が起きたの。……まさか、あんた達が?」
「!」
火災後の街で感じる熱気すら、冷める感覚がした。少女の冷静だが燃える声が、冷たく刹那に問いかける。
「……そうだネ、その説明をする前にまずはボク達の戦いの事を理解する必要があるよ。少し長くな——」
「御託はいい、さっさと答えて」
「……」
冷徹な声が、静かな憤りを増して刹那の長口を遮った。場合によっては、許さないとでも言いたげな眼で。>>371
「……」
刹那とランサーは、何も言わずに目前の少女を見つめる。口を開こうとしたその時、有沙が千早を手で制した。
「千早さん」
「何」
「大丈夫。多分、犯人は彼女達じゃない。一度顔を合わせただけの直感だけど、そういう事をする人ではないと思う」
「…そうさな。表情や纏う空気は、数多の命を奪ったばかりの者のそれには見えん。奇怪ではあるが、血腥い匂いはせぬ」
「…あんた達がそう言うなら何も言わないけど…確証はないでしょ?」
「ええ。証拠がないのは分かってる。だからこそ——刹那さん。貴女達に直接聞きたいの」
そう言い、目前の少女は、振り向いて刹那とランサーの目を真剣に見据えた。
その時、無言を貫いていたランサーが、口を開いた。
「すまない……火災は、阻止できなかった」
「……そう」
口惜しさを感じる表情と、深く、重いその一言。そして、交戦の意思もない目。少なくともそれに嘘はないと、有沙の眼は理解した。だが、その上で。
「分かったわ。信じる。だから、その上で頼みがある」
「?」
「私も、宗谷邸で起きた事と監督役の事を貴女達に伝えておかないといけない。だから、代わりと言ってはなんだけど…お願い、刹那さん。貴女もこの港で起きた事を、私達に教えてほしい。」
3人と1騎の目が、刹那に集中する。
それに対し、刹那は——>>372
「いいよ!」
一瞬で了承した。
笑顔で。一瞬で。食い気味で。そのハイスピード回答に、ランサー以外全員が呆気に取られる。
「いや、むしろ水臭いよアリサちゃん。ちゃんとボクの事を見てくれたし仲良くなれたキミとボクとの仲なんだ、ギブアンドテイク前提なんてナシで全部大丈夫だよ!逆にボクなら君からガンガンテイクしておkまであるしネ!あ、でもその話はおけまるってコトで!堕天使フェアリーちゃんだけど、聖杯戦争の魔術師としてギブアンドテイクの交渉は受け取っておきたいしネ!」
「…ありがとう、刹那さん。それで——」
(本当に信用していいのコイツ…?)
訝しむ千早を背に、口を開こうとする有沙。だが。そこで刹那がタブレットを取り出しながら手で制した。
「あ、ちょっと待ったアリサちゃん。キミ達も」
「?」
「一旦、何か飲もっか。刹那おねーさんがそこの自販機で奢るから、サ」
藪から棒の言葉に、一同は硬直する。「あ、突然だったね、ごめん」と言いながら、刹那は理由を話し始める。
「だって皆、疲れてるでしょ?戦闘をしてからここまで歩いてきた疲れもあるかもだケド…汗すごいし、ちょっと、震えてるでしょ?」
「…やっぱり、分かるのね」
「ふふん、堕天使ちゃんアイに誤魔化しは効かない、全てを見通すのだ!!なんて、ネ。……辛かったよね。大事な日常が奪われるのは、辛い、よね。」
一瞬、刹那の表情が翳る。と、それを有沙が違和感に思うかの一瞬の内に元のテンションに戻り、刹那は目前の自販機を指差した。
「うん…ってコトで、まずは深呼吸からのリラックス!だから刹那おねーさんが奢るから、ゆっくり落ち着いてリラックスしながら話そ?こういう話をする時は、落ち着きながら話すのが一番だからネ。」
刹那は、そう言った後にいつもの笑顔で微笑んだ。その内心の動揺まで見落とした発言に驚きながら——
「———そう、ね。」
有沙は、頷いた。>>373
冷えた飲料が喉を潤し、少し気が抜ける。
有沙とライダーは紅茶を、ランサーは麦茶を、イグサはカフェラテをそれぞれ飲む。千早だけは、貰った緑茶の蓋を開けずに足元に置いているが。
その小休止の内に有沙の説明は行われて、刹那達は宗谷邸で起きた事を理解した。
セイバー陣営によって燃やされた宗谷邸、監督役である宗谷進三郎の死亡、代わりに目覚めたホムンクルスの宗谷イグサ。そして、バーサーカーの敗退。
タピオカミルクティーを飲み干しながら、刹那はその情報量を飲み込んだ。
「うん、なるなる。アリサさん達の事情は把握できたよ、オッケー!…それで、そこの子がチハヤちゃんで、そのすっぽんぽんの子が監督役のイグサ君、ってコトか!ふーんそういうコトね完全に理解した!!よろしくネ、二人とも」
「……悪いけど、変に馴れ合う気はないから」
「よろしくお願いします、刹那。あと、話し方はもう少し速やかにはならないでしょうか。時間のロスが大きいです」
「うーん塩対応。刹那ちゃんは深い悲しみに包まれた。しゅん(TOT)…」
どうやら、この2人は有沙と違って壁のある強敵のようだ。しゅんとする刹那に、ライダーは溜め息をつきながら口を開いた。
「……とにかく、此方は話したぞ。次は、お主らの事を教えてもらおう」>>374
「了解だ。ならば自分が話そう。マスターは準備を頼む」
「うん、説明お願いね!!ありがとランサーくん!」
説明を申し出たランサーを了承しながら、刹那はタブレットの操作を始める。信用できないという目の千早が、訝しんだ目で刹那に釘を刺す。
「…変な事、しようとしてるんじゃないでしょうね」
「ノープロブレムだよチハヤちゃん!ちょっと資料の準備をしてるだけだから。そもそもボクはラブアンドピースなフェアリーちゃんなんだ。大丈夫だよっ」
「……」
「とりあえず、結論から話そう。」
ランサーは冷静な口調で、説明を始めた。
「…此方が遭遇した相手は、和装の男のマスターと、飛行する重装をした少女のサーヴァント。マスターの発言からするに、恐らくアーチャーだ。」
「アーチャー…!!」
「ふむ…これで頭数は揃った、という訳か。それで、戦況は?お主は少し負傷している様だが」
「気付いているか…そうだな、痛み分け、という所だろうか。」
「ほう。それで…相手のサーヴァントは、炎を使ったのか?」
「いや、そうではない……むしろ、その火災については、自分達も貴殿らに話そうと相談してた所だった。」
「私達に?」
ランサーは、頷く。息を呑む有沙達に、タブレットの準備を終えた刹那が声をかける。>>375
「そうだね。ランサーくん、準備できたよん」
「了解」
「刹那さん、準備って?」
「うん、こっちで起きた事と、ボク達の潔白を説明したいから、簡単に解説できるように動画でまとめたんだよ。刹那ちゃんは全能だ、当然編集作業もできるっ!!ってね」
そう言いながら、刹那はタブレットをベンチに設置する。その時、ムードメーカーとも、空気を読めないとも言える高いテンションが一瞬抑えられ、有沙達に忠告の言葉を掛ける。
「アリサちゃん、みんな。一応、心の準備をしておいて。」
「…?」
「いくよ。ポチっとな」
そうして、刹那の指が動く。全員の目線がそこに集中される中、刹那は再生リストの再生ボタンを押した。
「…これは……」
「先程の、ニュース速報だ」
そこにまず映り始めたのは、奥斑線と伊草港の脱線事故を映したニュース速報。
その動画が終わると、次は、昼から脱線事故の瞬間までの奥斑線の監視カメラの画面に移り変わる。早送りで再生されていく映像だが、マスター達は映像に映っていた「それ」を見逃さなかった。
「……!?」
「…ほう……?」
「…ちょっと、待って」
何者かが入り込み、何かを線路に仕掛け——それが、脱線の引き金となった。
故に、結論は一つ。人為的に、それが仕組まれた物であるという事を。>>377
誰の口から出た言葉かは、分からない。だが、自然にその言葉が出るほどの、衝撃だった。
———その映像を見た瞬間、思考の全てが消え去り、絶句した。
マイク越しに響き渡る、男の悪辣な笑い声。
『———であれば、特等席にて刮目すると良い!小手先などでない、真正の“技術”というものを———!!』
そして、その声が響き渡った瞬間。電車が跳ね上がり———爆発音と共に、夜が赤く染まり、カメラが破損される。
ノイズと砂嵐が、徐々に強くなる。映像が途切れる最後まで、男の高らかな笑い声が、炎の音と共に響き渡っていた。
再生された映像が、終わる。
一同は、何も言わない。ただ、絶句する。その中で、刹那は口を開いた。
「——一応言っとくよ。ノンフィクション。フェイクとかも一切入れてない。ボク達を信じてくれるかは皆次第だけど……これだけは100%確実に言える。」
先程と比にならない凍り付いた空気のす中、タブレットを持ち上げた刹那は、今までにない真顔で結論を述べる。
「アーチャー陣営。アイツらを止めないと———この街は、爆弾より先にヤバい事になるかも」以上です
正直に言って、理解出来なかった。
勝つ為ですらなく、事故を起こす事自体を目的とした狂気の産物。
あのセイバー陣営ですらやらないような凶行……爆発よりも先にヤバい事になるという言葉は現実味を帯びていた。
「勝つ事を目的とした攻撃にしては大雑把過ぎるとは思っておったが……やはりか。マスター、此奴は我の生前にすら居なかったような者だぞ。真っ先に討たねばなるまい」
冷徹さすら感じる程に冷静な声で語るライダー。
そうだ、落ち着かないと……このままでは何も守れない。
何より、これだけの事を仕出かした奴等を許せない。
声が震えるのを抑えながら、口を開く。
「ええ、この主従、野放しには出来ない。どれだけの人が死んだか、どれだけの人が傷付いたか……私達で、討ちましょう」
そう言って、刹那ちゃんを見据える……までもなく即座に答えが返ってきた。
「その言葉が聞きたかった……なんてね。良いよ良いよ、協力しよう。同盟組もう。ランサー君も良いよね?うん、OK。有沙ちゃんと……」
「ライダーだ」ランサーも頷いてるし、同盟成立かな。
今回の件が堪えたらしく、普段通りのように見えて少し声に力が無い気がしたけど……それは私もきっと同じ。
同盟を組む以上、クラスを教えるのも当然だ……ここまで他の陣営のクラスが判明している以上、消去法であっさりバレるから隠す意味も余り無いけど。
「それで、セイバー陣営はどうするつもり?」
と、これまで無言を貫いていた千早さんが口を挟む。
とはいえ、どちらにせよ話をしなきゃいけない事だ。
「そうね。私達としては、セイバー陣営討伐にも協力して欲しい。解る範囲の能力はさっき説明したけど、セイバーのマスター、朽崎は軽薄そうに見えて、その本心は虚無に近い何か。アーチャーのマスターが人格破綻者なら、朽崎は人格そのものが破壊されたようなもの……良心や倫理観といったストッパーは存在しないと思った方が良い位に」
「そして、セイバーは戦いを好み、勝つ事しか頭に無いような者。騎士とは思えぬ空虚さだが、それ故に勝つ為ならどの様な策も嬉々として行うであろう。そのような奴等が組んだ場合はどの様な惨劇を齎すか……解らぬ筈もあるまい。で、その真名は……マスター、既に目星が付いておろう?」やっぱり、ライダーは気付いてたか。
火事を発見して有耶無耶になってたけど、あの時候補に入れてた剣はもう一つあった。
移動中に改めて考えたけど、モードレッドがライダーに否定された以上、一番可能性が高いと結論付けたのもそれだった。
「確証はないけど、セイバーの魔剣の正体はイギリス王室に伝わる戴冠の剣、カーテナ。勿論イギリス王室の人間が手にしていたら魔剣になる訳がないし、伝承通りにトリスタンが手にしてもそれは変わらないだろうけど……かれに近しい人物が手にする事が出来たとしたら、可能性が高い者が一人居る」
息を呑む音が聞こえる。
皆の視線が集まって、今更ながらに緊張してきたけど、意を決して。
「パロミデス。トリスタンの友人であるとされて卑怯な振る舞いも多く残した異教の騎士なら、友の代わりにカーテナを手にする可能性も、そしてそれを魔剣へと歪める可能性も……あり得るわ」以上、伊草の更新でした。
『———であれば、特等席にて刮目すると良い!小手先などでない、真正の“技術”というものを———!!』
画面の中、高らかに哄笑する男の声が鼓膜に響く。
凪いでいた殺意と憎悪が再び甦り、我知らず歯軋りするも爆発には至らない。ここで荒れ散らかした所で何も解決しない事は分かり切っているし、それよりも今は映像の男が余程重要だった。
「六蘭耿実……」
「知っているの?千早」
「え、何何?チハヤちゃん、あのヤロウと顔見知りだったりする?それともまさか元か」
「それ以上言ったらぶっ飛ばす。――ただの標的候補よ、リストの中じゃだいぶ下の方だったけどね」
魔術師狩り――正確には復讐を始めてから、千早は本来の標的とは別にめぼしい魔術師たちを片っ端からリストアップしまとめ上げていた。
復讐対象が■■である事に変わりはない。だがそれはそれとして有害な魔術師は積極的に(後は日銭稼ぎの足しに)始末する。六蘭耿実の存在を知ったのは、そんな日々の中だった。
歴史としてはそこそこ、実態としては魔術師というより道具の修繕修理な技術屋。影響力もたかが知れており、事実目立った被害らしい被害もない。
当主たる彼もまた工作趣味に明け暮れてばかりのドラ息子。一応彼が作ったという『発明品』の情報まで目を通しはしたが、それを売り捌いたり利用してひと暴れ……といった形跡も見られず。
結果として千早の中では『モノづくりの為に魔術にまで手を出した酔狂人』という、魔術師狩りの標的としては大幅に下方された判断に留まっていた。
たった今、この映像を見せられるまでは。>>384
「殺しておけばよかった」
「千早?」
「所詮ただの職人気取りの遊び人だとか、放っておいても害はないだとか、安易に考えてた私が馬鹿だった。やっぱり魔術師なんてどいつもこいつも――」
映像の中、揺らめく炎に過去を見る。
あの日見た破滅の光景。憎悪は共鳴するように、膨れ上がりかけ――
「はーいストォーップ!!それ以上はステイ!ステイクールだよチハヤちゃん!」
膨れ上がりかけて。次の瞬間、風船の如く弾け飛んだ。
「…………は?」
いつの間に接近されたのか。気づけばすぐ目の前にあのウザったい少女――刹那・ガルドロットの顔がある。
ここまで接近されて、なおかつ大声を出されてやっと気づける程憎悪に狂いかけてたのか。あるいはこの少女が持つ得体の知れない『何か』故か?
咄嗟に後方へ下がりかけて、しかし直後右手を掴まれる格好で引き留められた。
「放せ」
「ヤダ!だって放したらチハヤちゃん遠くに行っちゃうでしょ?それも物理・精神両方の意味で!だから絶対放さない!」
「っ、ふざけ――」
「ボクは大真面目だよ、チハヤちゃん」
それまでの軽口とは一転、真剣そのものといった声と口調で刹那が制す。
視線もまた真っ直ぐ千早に向けられており、その瞳が放つ光に思わず千早は気圧されそうになる。>>385
……というか。正真正銘、物理的に光っていた。それもどういう理屈か星形に。
「何、その目」
「あ、気づいた?大丈夫大丈夫、別に魔眼的なアレじゃないよ。いや魔眼なんだけど、今はそういうのは意図的にカットしてるっていうか。ほら、理科の実験だか何だかでたまにあるでしょ?本来の効果は出さず、あくまで演出的に出力する感じのやつ!」
「いや意味わかんないから。――やっぱり、ふざけてるでしょお前」
「ちょっとしたジョークだよぅ。チハヤちゃん、今にもそこら中切り刻み出しそうな顔してたしガス抜きにってね?」
テヘペロ!という言葉が似合いそうなウインクと舌を出し、道化よろしく振舞う刹那。
千早の額に青筋が浮かびかけるが、すぐに無駄な事だと今まで以上に理性が強く訴えかける。
――かくして。あれ程までに荒れ狂っていた千早の憎悪は、たった一人の少女により鎮静化させられた。
「……もういい。もうあんたが私を止めたいってのは十分理解したし、落ち着いたから。だから手、放して」
「切り刻んだりしない?」
「しない」
「暴れたり、あのヤロウの所へ一人駆けだしてったりしない?」
「しない」
「じゃあじゃあ!気晴らしに斬撃とかそこら中に飛ばしたり、素手でその辺の瓦礫を粉砕したりとかは」
「いい加減ぶん殴るわよ? あんた私を何だと思ってるのよ」
先程までとは別に意味で青筋が浮かびかける千早を前に、慌てて手を放す刹那。
とはいえ千早もそれ以上怒る気にはなれず、盛大に溜息を吐き散らかすだけで済ませた。>>386
「そろそろ、話を戻していいかしら」
そこで、今まで半ば蚊帳の外だった有沙が口を挟んでくる。
半ば自分のせいだった事もあり、妙な気まずさを感じた千早だったが有沙は然程気にする事なく話を続けた。
「千早、さっきの口ぶりだと映像の男――六蘭耿実について、ある程度知ってるのよね?だったら今ここで教えてほしい。あの男が何者で、どういう魔術師なのかとかについて」
「……そういうのは、むしろそっちの方が詳しいんじゃないの? 同じ魔術師でしょ」
「生憎だけど、私も他所の魔術師についてそこまで詳しいわけじゃない。商売上付き合いがあったり、草薙の家と繋がりがある魔術師ならともかく六蘭とかいう男は初耳よ」
「うんうん、魔術師ってのはどうしたって何かと横のつながりが狭まりがちだからねぇ。もっとオープンに振舞えばいいのにサ!そう、ボクみたいに!」
刹那のどうでもいい付け足しは無視し、千早はそういうものかと一人納得する。
特に隠す意味も理由もなく、千早は淡々と自分が持つ『六蘭耿実』の情報について説明した。
「マッドクリエイター……魔道具工作……」
「なーるほど。だからいちいちあんなに長ったらしくて大げさな言い回しばっかだったワケだ。いかにもそういうのが趣味の、ネクラで陰キャっぽい面倒臭さに溢れてたもんね!」
「あんたの所感とかはどうでもいいけど(ひどい!by刹那)私が知ってるのはこれくらいよ。悪いけど、これ以上は私も知らないから」
「いいえ、十分。むしろ私の方こそ感謝するわ千早。――それでもう一つ、これからの事についてなのだけど。千早、あなた『達』はどうするの?」
「どう、って?」
「決まってるでしょう、聖杯戦争の立ち回りよ。既にあなたはサーヴァントを喪って、マスターとしてはほぼ退場したも同然。なら、このままそこのホムンクルス、じゃなくてイグサ共々教会に保護を求めるのが筋だと思うのだけど?」
「…………」>>387
有沙の言い分は正しい。
先の戦いでバーサーカーが消滅してしまった今、自分にこの聖杯戦争を戦える力はほぼない。仮にこのままマスター相手に挑んだとしても、真っ向から敵サーヴァントに斬り捨てられておしまいだろう。
で、あるならば。一番安全なのは、監督役であり中立の教会に頼る事だが。
「――――」
チラ、と。先程からずっと黙ったままのホムンクルス――イグサに視線を向ける。
収まりかけているとはいえ、未だ燃え続ける炎を見つめる視線はどこか虚ろで、人造生命特有の無機質さを感じずにいられない。
人造――そう、人造だ。どれ程人に近く寄せられていても、イグサはホムンクルス。魔術由来の生命であり、教会にとっては異端側の存在でしかない。
マスターだった自分はまだしも、イグサまで保護してもらえる保証はあるのか。仮に保護してもらえたとして、その先は――?
……いや。それ以上に、自分は。
「私は、降りたくない」
気づけば、ポツリと言葉が零れていた。
堰を切ったように、感情のままに本音を打ち明けていく。
「この街で起きている事、起きてしまった事。その両方を私はこれ以上見過ごせないし、ほっとけない。無理無茶無謀は全部わかってるし、ただの我が儘だって事も理解してる。それでも、それでも――私は、この戦いから逃げたくない」
朽崎の顔が、六蘭の顔が脳裏に浮かぶ。
彼らへの怒りがない、とは言わない。今だって、気を抜けば呑まれてしまいそうな憎悪と憤怒が渦巻いている。
けれどそれ以上に――今、この戦いから降りる事。引き下がる事、それそのものへの拒否感が上回っていた。>>388
「ごめんイグサ。あんたも巻き込む事になる」
「構いません。元より僕はこの聖杯戦争の為に生み出された存在。で、あるならば聖杯戦争を続行しやすい側に与するのは当然の事です」
償い、なんて上等なものではない。そんな行為に意味はないし、今更何をしたところであの日の悲劇は覆せない。
だからこれはただの我が儘。かつてと同じような儀式が繰り返されようとしている事を知って、その為に犠牲になるかもしれない人々の可能性を許せない志村千早の独善だ。
そして、それ故に――千早は、ただ頭を下げた。今もなお憎む魔術師、その同類である草薙有沙に。同類……と言っていいのかはさておき、限りなく魔術側に近い存在だろう刹那・ガルドロットに。
「今更、こんな事を頼める立場も義理もない事は分かってる」
「それでも――どうか、聞いてほしい」
「私『たち』にも、この戦いを続けさせて。鉄砲玉でも捨て駒でも何でもいい、私とイグサを聖杯戦争から降ろさせないで……!」>>389
以上、チハヤの反応SSでした
ご確認よろしくお願い致します。「あ、頭を上げて下さい」
まさか、千早さんがここまで思い詰めてるなんて……。
サーヴァントが倒されたからって大人しく引き下がるとは思ってなかったけど、鉄砲玉とか捨て駒とかどうしてそこまで……。
「とりあえず、鉄砲玉とか捨て駒とか、そういう事はしませんから……」
千早さんが頭を上げたのを確認してから話を続ける。
ただでさえ、人を重視し過ぎて魔術師からかけ離れてると陰口叩かれるような家系だし、そんな事する訳ない。
とはいえ、こうなった以上、答えは決まってる。
「アーチャーとセイバー、そしてそのマスター達を倒す為、協力しましょう。但し、独断専行だけはやめる事」
ここで、イグサ君を一瞥してからもう一言
「それと、お金は出しますから、明日の朝になったらイグサ君の服をどうにかして下さいね」短いですが、伊草の更新です。
それから幾日か経った後。お互いが、謹慎処分やら治療やら訓練室の修繕手伝いやら研鑽やらパラチンタやらで顔を合わせる機会を逃していた、そんな幾日かの後。
今日は工房に籠もらず教室の古ぼけた風情さえ味わえないような机に向って何か、機械のようなものをいじっている少年に対して、セシボンは真正面を陣取り粗暴な態度のまま対座する。
椅子と床が小さく悲鳴を上げるが、それだけ。あとは静寂。彼に気づいたフロースが顔を上げたものの、二人とも相手に言葉を投げかける様子はなかった。様子を窺っているためか、言葉を練る気がないのか。少なくともセシボンはそうだ。だから、代わりに彼の中で最も“自分らしい”ものを寄越して遣った。
「……これは?」
「パラチンタだ。食べろ」
半分は訝しみ、半分は好奇心。どうやら純粋に甘いものが好物らしい。収集した情報の通りだ。在席年月だけが自慢のキョウシツネズミからのタレコミであったために話半分だったが。
今回のパラチンタは揚げたバナナにチョコブラウニー、ホイップクリームと生地は具の甘みが重い分油分を削ってさっぱりさせたミルク主体のものだ。タレコミが間違っていた場合に備えてツナサラダのものも用意したが、この分だと自分の昼飯に回せるとみて良いだろう。
折しも13時のチャイムが鳴る。ランチの時間だ。何か食事を摂る、摂らせるというのには都合の良い時間。フロースが手を止めた。
「…いただいても?」
「あぁ。食べろ」
では、と言葉を切って、それまで卓上に広げていた工具やら教本やらを手早く片付ける。あっという間に綺麗になった机には、白い紙皿とそこに乗ったパラチンタ。熱と砂糖とクリームを封じ込めたそれは、それでもなお芳醇な香りでもってご馳走であることを主張していた。
いただきますという声と共に咀嚼が始まる。味の感想は気になるが、他人の食事を観察する趣味はない。食べ終わるまで待つほどの胃のゆとりもないので、セシボンも早々に懐から件のツナサラダ・パラチンタを取り出し口に放る。悪くない味だ。強いて言えばレタスの存在感が薄いのが難点か。次はツナサラダの方の玉葱をもっと細かく切って───
「美味しいです。ありがとうございます」
「そうか…それは何より」>>393
「…………」
「………お前はスパイなんだったな」
「えぇ、前に言ったとおり」
「で、魔術師でもある」
「えぇ、それも、言ったとおり」
思いのほか早く好感触を寄越されたことが本題の口火を切らせた。とはいえこの問答は以前の繰り返しにしかならない。繰り返し巡り持ちは世の常だが、今日は少し歩を進める必要がある。話は終わったと考えたのか吟味を再開したフロースに言葉を継ぐ。
「お前のあの時の言葉を鵜呑みにするほど俺も馬鹿じゃない、ので。俺なりに調べさせてもらった、というか、訊いた」
「はあ…えっと、誰に?」
「アレ」
顎で右斜め後ろで机に突っ伏している布の塊を指す。キョウシツネズミと比肩するほどの年月自慢で、なおかつネズミとは違って事情通。話題に挙げられていることに反応してか、ほんの僅かに突き出した肩を揺らしていた。もしかしたら腹が減っているのかもしれない。話が済んだ暁にはアイツにもパラチンタを振る舞ってやろう…などと考えながら、今は向かい合う男の方に意識を戻す。
「嘘ではないみたいだな。というか、結構マジで」
「大マジです。不足しているものを把握しているのに、それを確保する努力をしないなんて理由が、どこに?」
「そうか。やっぱりすごいな…で、だ」
「はい」
「俺はお前に謝ろうと思う」>>394
「謝る?何を?」
「殺.す理由を勘違いしていた。てっきり俺は、ふざけたことを抜かしてこっちを嘗めてきてると思ってな。それなら殺.すしかないが、そうじゃなかったってことで」
「それは確かに誤解ですね。私は貴方たちのことを嘗めたことなんてありませんから…えぇ、本当に」
「だから謝る。悪かった。それは菓子折だ」
「菓子折ってそんな堂々と言うものかな…というか、律儀なんですね?」
「勘違いであれ何であれ、殺.したならそれまでだ。けれどお前は生きている…それに。お前には、パラチンタを食わせてやりたかったからな」
年齢の割に幼げな見た目に似合わない眼光を宿していた顔がこの時少し崩れる。それがどういう意味を持つかはセシボンにはわからない。が、少なくともホイップクリームが唇の端についた状態だと崩れた後の今の表情の方が話を聞いていられるな、と。
最後の一口を頬張って、そこでフロースはようやくクリームの存在に気づく。慌てて拭き取ってごちそうさまと呟いて、その先はまた元の真面目ぶった顔に戻っていた。
「許す許さないとか以前に、私はそもそも殺.し合わされたことには怒ってませんよ。前に言ったように、金のためにこれまでにも色んな場所で色んな連中と殺.し合ったわけですし、それが一回増えただけです。それに…」
「それに?」
「こんな美味しいお詫びの品…パラチンタ、でしたか。もらって許さないとは言えませんよ」
「…そうか、そうか」>>395
不思議と謝罪が要らなかったことよりも、パラチンタを美味いと言われたことの方に心が弾んでいた。そもそも許される許されないどちらにしたってどうでも良いことであって、許されなかったらその時はまた殺.せば良いと思ったまでなのだが。必要以上に手間がかかったことにも普通は腹が立つはずなものだが、それも大してないのだから奇妙だ。
何はともあれ、セシボンがフロースに対して事なきを得たということは喜ばしい。鞄にしまっていたノートとプリント類を机に並べると、今度は彼の方が不思議そうな顔をしてそれは何かと訊ねてきた。
「今日が締め切りの反省文代わりの課題だ。内容がさっぱりわからん、教えてくれ」
「えぇ…変わり身早くない…?まぁいいや。パラチンタのお礼、ということで。ちょっと狭いので机くっつけてもらって良いですか?」
「あぁ、助かる。終わったら礼にパラチンタをもう一つプレゼントしよう」
机の引きずられやや乱雑に並べられる音と、その軋みに安眠を妨げられた男の小さな呻きと、いつから居たのか、机の引き出しから顔を出して突然のことに不満を垂らすキョウシツネズミの声。もうすぐ終わる昼休みの教室には、幾日かぶりの甘い香りと賑わいが見えた。以上、セシボンVSクラッフ エピローグでした
ランサー、パラス・アテナは今一度呼吸を整え眼前に浮遊する異形の者を睨みつける。
マスターに対しああ言った手前大きな声では言えないが、やはり思うところはある訳で────
「そもそも…気に食わないんですよ…」
マスターを守るため。そう誓って抑えていた闘争本能に火を入れる。心臓の音と共に全身が熱くなるのを感じる。
アテナ・クリロノミアの権能で能力値が上がる。取得するスキルは魔力放出。
「あの時あの戦いを退いた…のはまあいいでしょう。でもその後も度々私達や他の陣営に絡んできて、なんとなくあなたの考えが分かってきた」
普段使いの槍とは別の、投擲に適した形をした槍を手元に喚び出す。何故できるのかは実はよく分からない。多分アテナの権能の何か。
「だからこそ……“神でもないのに”その『人に試練を与える』と言わんばかりの態度が気に入らない!!」
ありったけの力で槍を投げる。魔力放出の乗った槍はさながら地上から天へ逆さに昇る流星の如き輝きを放つ。
「ここ[同じ目線]まで降りて来なさい!でなければ堕ちるまでこれを繰り返しますよ!」伊草行きます
>>391
目前でのやり取りを、もう一つの主従は無言で見ていた。
聖杯戦争から降りたくないと本音を打ち明けた千早という少女。そして、それを正面から受け止めた有沙。
今日知り合ったばかりの相手達ではあるが、その純粋な思いは本物だ。
…今を生きる者達の、街を守りたいという強い思い。
(街を、守りたい…か)
ランサーは、頷いた。そして、考える。
(強く、いい志だ)
実を言えば、喫茶店で会った時、ランサーは、有沙達を冷静に見定めていた。
同盟という物は心強いが、裏返って危険な物となる可能性も孕んでいる。そうランサーは、生前に思い知っていた。
生前、強大であった曹魏に対抗する為に、蜀は呉と同盟を組んだ。その同盟は心強く、赤壁の勝因ともなったが…後に、暗雲が漂い始め、それが完全に晴れる事は無かった。その為に。
故にこそ、同盟は慎重に見定めるべき。そう考えてはいたが…杞憂だった。
伊草を守る為。その為に、聖杯戦争を正道で戦い抜こうとする姿。それが、生前にいた大志を持つ者達と重なるように見えた。
ランサーは、それを認めた。>>400
仏頂面の顔が綻び、想いは同じであろう自身のマスターの方に視線を移す。
「……」
その時。
一瞬、ランサーには違和感が見えた。
刹那のその瞳は、笑っていた。
嬉しそうに見えた。
だが———同時に、何処か寂しさを、纏っているような——
「……よーし、仲良き事は美しき哉ビューティフォー!!おねーさん嬉しいぞぅ!!という事でボク達の方のアンサーだよ、ネ!!」
気付けば、いつものマスターに戻っていた。
「それで、要約するに同盟の条件とターゲット追加、狂乱ギーク君達アーチャー陣営だけじゃなくて、人格空洞ニキくん?のセイバー陣営倒すのも一緒にやらない?ってコトだよね。もちろん上等100%オッケー、喜んで力を貸すよ!!ランサー君もいいよネ?」
「…ああ。……爆破を止められなかった責任もあるが、それを抜きにしても、断る理由は何もない。むしろ望むところだ」
「ありがとう。……これで、同盟成立ね」
有沙の表情が、緊張を解いたように微笑みに変わる。
気付けば、炎の熱気も大分冷め、夜の涼しさが戻り始めている。
それはまるで、先の見えない絶望が、一旦落ち着き光明が見えたように感じられた。>>401
「よし。なら…ライダー、千早さん、刹那さん、ランサー、イグサくん。改めて、同盟と現状の話を纏めましょう。」
再び真剣な顔に戻り、有沙が2人のマスター、2騎のサーヴァント、そして1人のホムンクルスに対して総括を提案する。異論を唱える者は、当然いなかった。
「この伊草の聖杯戦争。まず、大前提として絶対に止めなければならないのは、聖杯の爆発による伊草全域の崩壊。」
「…そうだイグサクン。聞き忘れてたけど、爆発ってどの位の規模で吹っ飛ぶ感じか分かる?」
「はい。マスターである宗谷進三郎の見立てでは…伊草全域を全て吹き飛ばします。大転山ですら壊れ、跡形も残りません。」
改めて告げられた純然たる事実に、一同が息を呑む。
息を吸って、吐いて、千早が言葉を出した。
「それを止める為には、サーヴァントを倒しまくるしかない。……そして、今日は……私のバーサーカーが撃破されて、残りは4組。」
「ボクのランサーと、有沙ちゃんのライダーはここで組んでるとして…問題は、残り2組だよね」
「はい。…伊草港と温泉街を混乱に陥れたアーチャー陣営、六蘭耿実。そして、僕のマスターである宗谷進三郎を殺.害して、宗谷邸を破壊したセイバー陣営、朽崎遥。この2組こそが要注意であると、僕も判断します」
「つまり…これ以上被害が出る前に最優先で、セイバーとアーチャーの2陣営を制圧する、という事だな。」
「そうさな。我らで討ち取る他に手段はない。」>>402
魔術師、妖精、剣士、騎兵、槍兵、ホムンクルス。
全員が、真剣な表情で言葉を交わしながら話す。
それぞれが対立していた、或いは、今から戦う可能性のある3つの陣営。
だが、今は。一時的とはいえ、やるべき事は一致している。
聖杯戦争を進行させながら、伊草を守る。
聖杯の爆破からも、マスターの魔の手からも。
「話は、纏まりましたね。」
宗谷イグサが、口を開く。それに対し、全員が例外なく頷いた。
「その上で。僕からも、伝えたい事があります」
「イグサ君…?」
宗谷イグサは、それを告げた後数秒黙る。生まれたばかりの思考回路を稼働させ、何を言うかを考えているかの様に、それを言語化する為に演算しているかのように。
そして、それを確定させ、口を開いた。
「僕は、生まれたばかりではあります。ですが…我がマスター、宗谷進三郎は、この伊草の地の爆破を止めようとした。僕の記憶に入っている2日間の記録を鑑みるに、それは間違いのない事実です。故に——」
イグサは、静かに目を瞑り、目を開け、全員を見回しながら口を開く。
「故にこそ、監督役宗谷進三郎の代理として宗谷イグサが告げます。———セイバー陣営とアーチャー陣営を討伐し、聖杯戦争の運行を進め、伊草の地を守ってください…!」>>403
斯くして、2日目が終わりを告げた。
今日、聖杯の起爆を止める為に差し出されたのはバーサーカー。
だが、その契約者は盤上に残る事を決意した。
そして、此処に。この地の聖杯戦争において恐らく唯一にして、最大の同盟が成立した。
血と灰の匂いが濃くなった伊草の地。
それでも、まだ折り返しですらない。
———来たる3日目。果たして勝るのは。
守る意思か、壊す狂気か。以上です
───不思議なほどに、恐怖ばかりがあった。
暗闇に包まれた寝室。明かりはなく、窓から差し込む光もない。
そも寝室に窓はついていない。なぜか? 答えは明白。寝室自体が地下に存在する地下室だからだ。
なぜ地下であるか? これも明白。寝室の主は魔術師だからである。
魔術師。そう魔術師だ。闇と月を愛し、地下に篭っては魔術なる怪しげな力を行使する、魔術師である。
だがしかし。この寝室のベッドへと乗り込んだ不届き者は、魔術師ではなかった。
不届き者は男だった。浅黒い肌をさらに薄ら暗い布地で包んだ常ならざる出で立ちをしている。だが、もっとも常ならざるものは、男が振り上げた右手に掴む"なにか"にある。
なにかとは刃だった。
あるいは、刃を今にも振り下ろされんとしている少女だった。
不埒にも上がりこまれた寝室の主は、その大きな緑の瞳を開いて男の姿を見つめている。
ひとりの少女が、どこからか忍び込んだ男の下敷きにされているのである。
少女は今回の仕事の対象だった。仕事の内容は殺.害。明確に命を奪えとのお達しであった。その仕事のためだけに男は魔術師の根城を踏破し、この寝室までたどり着いた。>>406
悠々と、などとはいかない。外道に馴染んだ生を送ってきた男の技量と経験をもってしても、命を懸けねば踏破不可能な死線がいくつもあった。仕事の最中でなければ男は拍手のひとつでも送っていたところだ。こうも念入りに魔術師の城と、そうまでしてでも守られるほどの価値がある、この少女に。
しかし男はここまで来た。眠る少女の身体を押さえつけることにも成功した。
仕事の完了まで、あと一手。振り上げた刃を少女の胸に突き立て、絶命を見届ける。それで終わる。
だが、しかし。
男は刃を動かせずにいた。
殺人という行為を躊躇っているわけではない。男はそんなことなど幾度も繰り返している。今更になって良心の呵責などあるはずもない。
では……なぜ止まる? なぜ、動かない?
疑問は今にも殺されそうな少女の胸中にも息づいている。目線だけの『なぜ』という問いに対する回答はなく、ゆえに原因も理解が及ばない。
誰が知ろう。この刃を止める理由が、疑問を抱く少女自身にあることに。
大きく見開かれた緑の瞳と目を合わせてから、男は動けなくなっている。
魔術ではない。魔眼と呼ばれる力でもない。そも男にはいずれの神秘も加えていない。男は少女と目を合わせてから、自発的に動きを止めている。
───どうして、殺さないんだろう?
その一心で、目を離せない。
男が何者であるのか、どうして自分に刃を向けているのか、どうしてここまで来て"それ"を止めてしまうのか。
刃が震え、しかし動かず。
ただ理解の及ばぬ熱が込められた視線だけが男から注がれる。>>407
男はそれでも、ただ、動かなかった。
誰がどう見ても詰みというしかない状況。男がその気になればほんの一瞬の筋肉の躍動のみで少女の胸はたやすく貫かれることだろう。
不思議なことに、男はそれをしなかった。
ただ、震えている。
男を見つめる少女の姿を。
闇の中でも輝くような緑色の瞳を。
自分を見つめる熱の込められた視線を。
ほんの数舜。されど感じる時間はひたすらに長く。少女と男は互いの視線を絡め合った。
先んじて言葉を発したのは、少女だった。
「どうするの?」
その声は少女にとっては日常におけるそれに限りなく近いもの。しかし男にとっては動き出すきっかけになった。
弾かれたように男は刃を振り下ろした。それは何人も同じようにしてきた仕事人だからこその反射的行動であったのかもしれない。
当初の予定通りに刃は少女の胸に突き立てられ───、
そして、夢から覚めた。>>408
「……………あぁ」
夢か───などと改めることはしない。もう何度目かもわからず繰り返されたワンシーン。その瞬間は男にとって文字通り、夢に出るほど強烈に焼き付いている。
目蓋に。
脳裏に。
魂に。
刻まれる。貫かれている。生まれ変わる程度では忘れることもできないと、誰あろう自分自身が理解している。
ああ、主よ。許したまえ。
あなたの語る言葉のいずれも、この染みこむような痛くも熱い感情には届かないのです。
呆けた頭で、意味もなく右手を伸ばしてみる。夢と同じような浅黒い肌に包まれた手がそこにあった。
あの時の寝室となにもかもが違う、未だ夜闇に沈む自室をぐるりと見まわす。あの瞬間からは遠く離れた異郷の地である。日本国───その一部、伊草市。
そこへ置かれた教会の屋根裏部屋に男はいた。
数年前より転がり込んで以来、男はその屋根裏部屋で一日の始まりと終わりを迎えている。夢も、その目覚めも、この場所で幾度となく繰り返してきた。
ただ……今日の目覚めは、繰り返してきたどれとも違った。伊草市は今、非日常の真っ只中にある。
魔術師たちによる戦争が行われているのだ。あくまで儀式の一種であると聞いているが、他に及ばす影響を悪辣さを考えれば戦争と呼ぶほかにないだろう。
なにせ戦争開始からまだ二日しか経ってないにもかかわらず、甚大な被害が出ているのだ。>>409
奥斑線の列車脱線事故。
宗谷邸の炎上襲撃事件。
どちらも戦争に参加する者によって引き起こされている。付け加えれば両事件の首謀者には揃って逃げられている。儀式の監督を担う立場にある自分にとっても恥じ入るばかりだ。
後者は儀式の主導者であった宗谷進三郎の殺.害にまで及んでいる。許しがたいことだ。儀式自体が危機的状況にある今、伊草市全体の致命と成り得る可能性すらある。
一方で前者がもたらした被害が軽いかと言えばそんなことはない。奥斑線は伊草市の血管に等しい交通インフラ。それが止まればどれほどの影響となるか。その答えは一夜明けた今なお爆発的に増え続けている。
二つの凶事を目の当たりにして伊草市の市民および観光客は不安と不満を声にし始めている。脱線事故により"足"を失った観光客のそれは顕著となった。……ありとあらゆる澱みが、伊草市を中心に溜まり始めていた。
このすべてを、我ら教会は秘匿せねばならない。
一連の出来事にはいずれも超常の力など働いていない……と、現実的な結末でもって処理する必要がある。神秘の秘匿とはそういうことだ。
すでに動かせる人員はフルで動かしている。自身も例外ではなく、半時足らずの仮眠を終えて動き出していた。
それでも人手は足りていない。
足りるわけもない。
「……だったら」
自分達は手も力も足りない。であれば、現状を変えられるとすれば、やはり三日目まで生き残った聖杯戦争の参加者たちだろう。
この教会に接触を図る者も現れるかもしれない。誰が現れても迎える準備は、最低限であれど必要。
教会は人を阻む門を持たず。
そして神父は人の話に耳を傾ける存在なのだから。伊草行きますー
「……ん」
ランサーの意識が目覚めた時、先程までの景色は無かった。
「……?」
意識が保ちにくい中、周囲を見回す。
先程までいた筈の、マスターの隠れ家ではない。いや、屋内ですらない。
周囲には、建造物や物体は何一つとして存在しない。それどころか、地面にも何もない。空にも何もない。
身体を動かそうとしたが、自分の身体も動かない。何かに縛られている感覚はないのに、動けない。
「…なんだ、これは」
無。それしか形容できる言葉がない程に、無に包まれていた。
警戒の意識を持とうとしたが、何故か気を張り切れない。奇妙な感覚の中にいて意識が薄いからなのか、それとも———そう考えた時。
「うう……ひっく……うぅ…」
「?」
———泣き声が、聞こえた。>>412
「——!?」
目前を、見る。
そこには、先程までいなかった筈の、一つの人影があった。
幼い少女の声が、嗚咽と共に悲しげに響き渡っている。
何もない空間の中で、その少女は、泣いていた。
動けない。手を伸ばそうとしても、話しかけに歩こうとしても、動けない。
ただ、少女は———泣いている。
それを、自分は。いや、俺は———
「おっはよぉぉぉぉうランサーくんッッッッ!!!」
「ぐっ…!?」
その声で、視界と思考が覚醒した。はっきりし始めた視界が、寝る前最後の記憶と同じ隠れ家の景色を映し出す。
そして。
目前には、無防備な服を着た上で、仰向けの自分の膝の上に座っている——
「あれぇ、寝ぼけてるのランサーくん?折角この堕天使フェアリーなボクのモーニングコールを直接受けられたんだぞぅ?ほらもっと喜んで萌えてキュンキュンしてっ!!それともー…ボクのウィスパーボイスかキスをご所望だったり?」
いつもと変わらないテンションの、マスターがいた。>>413
「いや……遠慮しておくというか、この状況でも割と…心臓に悪い…」
「ふッふーんっ?ふーーん?フフッ、やっぱりランサーくんかわいいね!弟みたいなカンジ!!」
「…待て、何でそうなるんだマスター」
「チッチッチッよく考えてみなよランサーくん!!ボクは紀元前生まれのフェアリーちゃんぞ?つまりボクはキミよりおねーさんだってコト!!はいっ姉ビームッッ!!(萌え声)キュルルーんっっ!!」
「…今ほど、貴女に喚ばれたのが他の五虎将ではなく俺で良かったと思った事はない……」
呆れながら慣れない冗談を言いつつ、苦笑する。
とはいえ、この関わりは嫌いではない。元々、生前も黄夫人にイタズラをされたり、子供達に懐かれたりしていた。だから、姉のように振る舞うマスターという通常の主従の空気とは明らかに違う相手でも、抵抗はない。振り回されてはいるが、相手のマスターにも気を遣え、サーヴァントである自分の事まで考えてくれ、そして志を持つ彼女に召喚されて良かったと思っている。
——だからこそ、思う。
先程の夢は、一体何だったのかと。
・・
俺のマスターは、刹那は…一体、何を抱えているんだ……?>>414
前回までの刹那ちゃんターイムっっ!!
この流れやるのも随分久しぶりだネ!!でもまあ激戦の2日目が終わって新章突入って節目だし、折角だからパーっとやろうパーっと!!という訳でいくぞーデッデッデデデデッ!!カーン!!
ランサー君とボクとでアーチャー陣営とバッチバチに戦った2日目の激戦。結果としてはボクは無傷、ランサー君のダメージも大体回復、強いて言えば令呪1画失っても倒せなかったのは痛いけど…いのちだいじにだからヨシ!そして相手のアーチャーちゃんには部位破壊をキメて撃退できたからボク達だけの観点で見れば一応6:4で勝利!って感じだったんDA。だったんだけど、ネ…
アイツらは、とんでもないコトをしでかしやがって行きました。2箇所同時脱線テロです。
ボク達は、アイツらを撃退はできた。でも、街はそうは行かなかった、行かなかったんだよ。
街は爆炎に包まれ、沢山の一般人が被害を受けた。有沙ちゃん程ではないかもだケド、ボクも普通の人は巻き込まないように戦おうと思ってたから余計にショックだった。
そんでこんなコトをやっちゃうヤツなら、間違いなく懲りずに完敗するまで無限にやらかすのは明白ブライトホワイト。明白って意味ネ!!
だからリベンジマッチをしようとは思ってたんだけど、とりあえず今後の立ち回りを確認しないとネ…って感じだったんだ。だが、ここで転機がやってきたのだ!!
ここでボク達の前に現れたのが、ライダー陣営の有沙ちゃんとバーサーカー陣営の千早ちゃん。更におニューな監督役のイグサ君まで現れたってワケ!!そこでなんと、同盟を持ち掛けられたんだ!!>>415
どうやら向こうの相手してたセイバー陣営もガチでヤバいらしく、そこで伊草を守りながら聖杯戦争を進める為にボク達で大同盟を組んだってワケ。ボクの眼が確かなら安心して背中預けて大丈夫そうな関係だと思ってるし、同盟に一過言あるみたいなランサーくんも認めた訳だから戦力的な意味でも有沙ちゃん達との関係的な意味でも目下は安心して良さそうってコトになるネ!そうなると有沙ちゃんとは最後にぶつかるカモだけど…その時はその時!!
斯くして伊草聖杯戦争安全に終わらせようぜ同盟(ボクが名付けました)発足!!ボク達で協力して聖杯戦争を終わらせようって流れになったのだ!!
という訳で今に戻るケド、今日の午前は有沙ちゃん達とボク達は別行動でそれぞれやる事やろうって運びになったの。本当は皆と一緒にお泊まりして仲良くなりたかったけど仕方ないネ!
それで、ボク達は今———
「綾ノ川に来ていまーす!!」
「……いや、言わなくても理解はしているが」
うーんランサーくんは第四の壁スキルが足りてない。修行が必要だネ!!>>416
まあ、それはともかく。何があったのかと言うと。
今日の朝、連絡して有沙ちゃん達と相談した結果、有沙ちゃんはココの聖堂教会にコンタクトを取りに行きたいって話をしてたんだ。まあ地元の魔術師だからコネとかも有るかもだし、彼女は交渉力がパナいから安心できるし、ボクなんかみたいな知らん堕天使ちゃんがいきなり教会に何の前触れもなくトリックオアトリート!!ってしたらビックリしちゃうかもだし。
なので皆にしかできないコトは任せて、こっちはボク達にできる事をやろう!!ってコトにしたんだ。
即ち、情報収集。
ボクの都市魔術でのスキャンと、ランサーくんの伊草全域ジョギングなんて余裕の体力。
それを合わせて、セイバー陣営とアーチャー陣営の痕跡とか悪事の兆候を色々探して街の脅威を阻止しよう大作戦、開始ーー!!
…って訳だったんだけど……今までデカい物は見つからずに、今は温泉街と旧市街の狭間、綾ノ川の河川敷で休憩しているってワケ。
「あまり見つからないねー、痕跡」
「…ああ。温泉街方面の居場所の反応は無し、だな」
スポーツドリンクを飲みながら、ランサーが頷く。ハーフマラソン以上の距離をボク担ぎながら走って余裕のツラをしていらっしゃるネ。単騎駆ってすごいネ。いやアレは乗馬の筈だケド。そういえばランサーくん馬乗らないね。ライダーだったら乗ってたのかな?まあ良いや!!>>417
とりあえず、今ので温泉街方面は粗方見回ってみた。チハヤちゃんがセイバー陣営と戦ったっていう旅館も、有沙ちゃん達が死闘を繰り広げたっていう宗谷邸も含めて全体を探ったけど、既に聖堂教会がガサ入れした後みたいだから決定的な物証はナシ。どういう魔術や戦闘をしたのかってのは少し感じ取れたけど、言うてそれは有沙ちゃん達も知ってる情報だからあまり意味はナシ。そして、肝心の相手が何処に行ったかみたいな居場所の痕跡は今のところ少なめ。
そんで電車とか水道とか道路とか、アーチャー陣営が魔術とも言えないテロで悪事カマしそうに見えるエリアも見回ったけど、特に細工や仕掛けとかの怪しいトコロは無かった。こっちは見た感じ魔術的にも割と稚拙なギークくんだし分かりやすい…筈だったんだケドなぁ。もしくは本当に仕掛けを済ませていない?
聖堂教会がガサ入れしてるであろうって事も考えると、ワンチャン接触しに行った有沙ちゃんの方で収穫があるかもしれない。…でも、ボク達は何の手がかりもナシってのは有沙ちゃん達に顔向けしづらいし…期待には応えたいし…
「…おっかしいなぁー。少なくともセイバーの死霊術師?クンはこっち側に陣取ってると思ってたんだけど、監視カメラいじっても魔力探しても居場所が掴めないや。ボクの見方に不備があったのカナ…?」
「……」
その時、ランサーくんは何かを考え込んだ後、ボクの方を向いた。
「…いや、案外悲観する事でもないかもしれない。」
「?」
「確か、有沙やライダーによればセイバーには大きなダメージがあったという話だった筈。そして、アーチャーにも手応えのある一撃が入った。これも、確かな筈だ。」
「うんうん、そうだネ。…レスバで「キレてて草」って言うシチュみたいな勢いで負け惜しみ言ってたけど、確かにキミの宝具で、アーチャーの装備にデカめのダメージをブチ込んだ筈。あの時、結構キテる感じには見えた。それは間違いない事実のハズ。
……あっ!!」
「ああ。」
気付いたボクに、ランサーは頷く。
「…戦況が悪く撤退した劣勢の時は、余程の秘策がない限りまず自軍を立て直す事に全力をそそぐ筈。…そして、街への仕掛けの様子も見えないという事は、恐らく今は身を潜めて回復や補給にリソースを割いている可能性があるのではないか、と思う」>>418
なるほどなるほど!!っと頷く。言われてみれば確かカモ。セイバー陣営は直に見たワケじゃないから分からないけど、ボク達が追ってる2陣営は、少なくとも8割治ってるランサーくんやパッと見無傷なライダー以上にダメージがあるのは間違いない。なら、周り巻き込んでトリックするよりは自分の回復を優先するハズ。
「よし、ここからは2陣営の居場所を探す事に全ツッパしよっか!!」
「了解」
よーし、善は急げ急急如律令!!まあ陰陽詳しくないケド!!というコトでボクはタブレットを開き、詠唱を始める。
「ランサーくん、探索方法チェンジするよ」
「詳しく」
「ボク達は技術面も見て全体的なデカい違和感というかデカい行動の兆候を探してたけど、ここからは作戦変更。ボクの魔術で色々を水脈に見立てて、霊脈の流れ重視で霊地絞って居場所を特定する作戦にチェンジ。…恐らく穴熊してるってんなら、その穴熊してる場所を絞れたら作戦は立てられると刹那ちゃん思うワケ。って思うんだけど、ランサーくんはどう思う?」
「自分はほとんどが孔明殿の受け売りではあるが…それでも言うなら、悪くないと思う。異論はないな」
ランサー君は信頼した笑みを浮かべて頷く。最初の頃に比べたら表情が出やすくなってきてるのボクは嬉しいぞぅ!というか諸葛孔明気になるから後で聞いてみよっかな。
と、そうこうしている内にタブレットのロードが完了したみたいだ。
「ヨシ、行くよランサーくん!!作戦フェイズ2、開幕の時間だあああっっ!!」
瞬間、霊脈の流れが感じ取れた。わかったよランサーくん!!この辺りの霊脈が!!雰囲気ではなく心で理解できた!!
さぁて、ここから当たりをつけて使い魔・ラッシュで一気に……
「……ん?」>>419
その時、ボクの頭には真っ先にそれを理解した。
敵の居場所を掴んだ訳ではない。…でも、これはこれで知っておいた方がいい事を、理解した。
「マスター?」
「…ランサーくん、ちょっといいカナ?」
「ああ」
「この川の奥に大転山、あるじゃん?」
「あるな」
「うん…結論から言うと、この川から繋がった上、あの山に霊脈が集中してる。間違いなく一番の霊地っぽい。」
「霊地…」
そう、霊地。一番の霊地なのは理解した。…でも、もう一つ、理解できた事がある。
「…仮説、言っていい?」
「勿論問題ないが…」
「うん。なら……例の聖杯、多分あの辺にあるっぽい」
「!」
「いやまあ、強奪とかする気はないヨ。そもそもボクなんかの願いなんてアレだし、ランサー君使っていいよってするつもりだったしネ。…問題は、そこじゃない。」
「……となると?」
そう。別に聖杯の位置に当たりがついたからって、それを何かする気なんてない。ボクはそんなつもりはない。
…ただ、その事によって、懸念が生まれたんだ。今すぐイグサ君に聞いた上で、有沙ちゃん達にも共有するべき懸念点が。「それでもし…あの山が異常化した聖杯爆弾の中心部だってんなら、多分、山だけじゃなくてこの辺りの霊脈も敏感になってるカモしれない。この川は丁度繋がってるしネ。」
「…まさか」
「うん。もし仮説が確かだとして、この辺りの霊脈に強い刺激が入ったら…聖杯爆弾も危ないんじゃないかってコトになるかもしれない。」
ランサーくんが、強く息を呑む。
…とはいえ、冷静になってみると杞憂の可能性もあったカモ。と思ったボクは即座にフォローを入れた。
「まあ、そんなコトがそうそう起きはしないと思うけどネ。実際、刺激とはいってもトンデモなバカデカい刺激が無いと反応はしないだろうし、そもそも戦う場所を選ぶって方法もある。なんとかなるとは思うよ!!多分!!!根拠はないケドね!!」
考えすぎかもと自嘲しながら、ボクは笑った。ランサー君は、そういうものかと苦笑しながら頷いた。
そう、確かに不安ではある。実際あとでイグサくんに聞いた上で皆に共有しようとは思った。
でも、その位だった。
そう。この時のボクは知らなかった。
この違和感が———後に、新たな危機の引き金になるってコトを。以上です
伊草いきやす
「令呪を以って我が刃に命じ奉る。我が元に転移せよ」
宗谷邸から離れた、奥斑線を臨む温泉街の郊外に、死霊魔術使いは立っていた。そして、夜の闇の如く空虚な響きによって、剣の英霊に対する命令が実行された。
空間転移。限りなく「魔法」に近い結果が実現する。そして青年の眼前に現れたセイバーの現状は、酷いモノだった。抉れた腹部と、迸る鮮血。おおよそ常人であれば死を免れないであろう惨状だった。しかし、パロミデスは英霊、即ち境界記録帯である。霊核さえ無事ならば、マスターである朽崎遥が魔力を供給する事で存在を繋ぐ事が可能だ。
「あー、もう!何するのよハルカ!無力化されたフリで騙せてたから、逆襲できたかもしれないのに!」
大きすぎるダメージはそのままに、主である彼の判断に文句をつけてくるサーヴァント。彼女の殺意は生半可な事態では萎える事は無く、自分の負傷よりもまず敵への加害を優先する姿はいっそ清々しかった。
悪態、という程でも無い態度で不平を漏らしている自分のサーヴァントの痛々しい姿を眺めるネクロマンサーの眼球は、空洞である。無感動で空虚。まるで無価値な石ころを見るかのような瞳である。しかし、その口角が歪んでおり、仄かな笑みを浮かべているのだから、やはりその思考を読み取る事は難しい。
「いやいや、そりゃあセイバーを潰す事だけ考えてるような状態にすれば反撃成功率上がるかもしれないけど」
そんな事を言いながら、彼はセイバーの背中を触る。そして魔力供給を実行し、セイバーの回復を進めていく。
「今回はバーサーカーを倒せた訳だし、無茶言わないの。それにまだまだ序盤なんだから無理する必要も無いし。いやまぁ、セイバーの望み的には、継戦したかったの解るけどさ」
諭すようなマスターの物言いの最中でも変わらず悪態をつき続けたパロミデスだったが、応急治療を進められている間に気が済んだのか、とりあえず今は黙って処置を受けている
「ま、そーね。ハルカの目的は聖杯の強奪な訳だから、究極的には勝利すればいいけど、そうじゃない場合はおネーさんを使って勝者に奇襲かけたりしなきゃいけないから、私も多少は抑えなきゃって事か♪」
そういう意味じゃ令呪使わせちゃったのは良くなかった?と首だけで振り向き、疑問を呈する
それに対して朽崎遥はさほど気にした風でも無い雰囲気で、回答する。返事はYESだ。>>424
「この聖杯戦争ってのは、全部で5……いや宗谷さんが隠しサーヴァントを召喚してたから6騎か。だから実質、敵は4。トーナメントじゃないから全部倒す必要も薄いというか、全陣営を自分で倒す事になる可能性は低い。最低でも1騎はどっか他が潰しそうだし、そうなると敵は3陣営。タイミングさえ間違えなければ1陣営に1回使って倒す、と考えれば必要経費でしょ」
あ、そうなるとセイバーの目論見が達成できてればもっとコストは抑えれたか……と呟く。ソレを耳聡く聞いたセイバーは、「でしょ~?」とやり返す。その後も二人はあーだこーだと話し合いをする事になり……。
結局、今後の令呪は基本的に攻撃面のブーストに使用し、撤退や回避などの防御の優先度を下げるという結論になった。
「ヨシ、回復完了!まぁ間に合わせだけど。ってコトで旅館に戻ろうか。そんで本格的に本調子に戻して、みたいな?」
そう言いながら、ネクロマンサーは円卓の騎士を背負った。目指すは拠点とした温泉宿だ。
自分で歩けるから、と少々の抵抗を示すセイバーの意見は却下して、安全な撤退の為に気配遮断と索敵に集中して欲しい旨を伝えて、剣の陣営は歩き出した>>425
「それじゃあ回復タイムだよ、セイバー。しっかり寝ようねー。楽しい大暴れは健全な睡眠から、みたいな?」
酷薄な笑顔のまま、己が従者に告げるネクロマンサー。そういう彼は自らの客室でパロミデスを寝かしつけ、自分は人の生首や切り取られた指といった人間のパーツを加工している。先日の戦闘で減った分の補充、という訳だが……
「人に『休め』と言っておいて、自分が休まないのは若干釈然としないわね、ハルカ?おネーさんに回復を強制するなら、そっちも自分を労わるべきじゃない?」
土手っ腹ブチ抜かれた癖に何言ってんのさ、と少々呆れたように剣士が寝込んでいる布団を見やる朽崎遥である。視線は移すが、礼装を弄る手元の動きはそのまま止まる事は無い。
「昨晩、セイバーは結構頑張ってくれたし、そうなると今度はコッチが頑張らないと。現状だとアクティブ行動すると面倒そうだし、尚更ね」
動き難い、と聞いたパロミデスが怪訝そうな雰囲気で眉を顰めたのを認識したのか、姿勢を変えずに背中越しで青年は彼女にスマートフォンを放ってよこした。仰向けに横たわりながらも、パロミデスは危なげなくキャッチする。その画面には……>>426
「ふーん?昨日、パロミデスさん達とは別口で伊草内に大騒動があった訳ね。電車が吹っ飛ぶ大事故、か♪私がバーサーカーをぶった切る前に宗谷邸じゃないトコが酷い事になったっぽい感じがしたけど、この事か~♪」
ふむふむ、と一人納得したように頷くセイバーである。そういう事、と言いながら、朽崎遥は現在やるべきであると考えている事をそのまま伝える。ついでに現在の伊草の状況を口にするのも忘れない。
「そ。だから今は待機オンリー。昨晩から使い魔飛ばしてるけど、伊草全域が結構な警戒態勢になってる。だからまぁ暫く下手に動くと爆発事故の犯人に対する警備とコッチを探してるであろう復讐鬼ちゃんとかが嗅ぎ付けてくる可能性もあるしさぁ」
やんなっちゃうよね!とあっけらかんと言い放つ死霊魔術使い。礼装の整備にひと段落が付いたのか、死体の山から離れ、セイバーが寝ている布団の傍まで近寄った。
「だからさぁ、まずはキッチリ体調戻して欲しいんだよね。そっちの方が絶対動きやすくなるし、そもそも今夜のリスク回避的にも必須だから」
そうして彼女の枕元にしゃがみ込み、逆さの視点に移り込んだ。じいっと見つめ合う主従。リスク回避に疑問を浮かべたパロミデスだが、即座に言わんとする事を理解する。
「ああ!今夜サーヴァントが脱落しなくって聖杯の爆発被害を受ける可能性があるから、その際の足におネーさんを利用したいな~って事ね❤納得、納得!あ、そん時はお姫様抱っこしてあげようか?」
「イ、ヤ。兎も角、今は伊草全体の戦況が動いたらソレを隠れ蓑に出来るのを期待しつつ、万が一を考えての回復を優先って事で。勿論パロミデスが回復したら、ガンガン仕掛けるのもアリだと思うけどさ。どっちにしろ、本格的に活動するなら今夜になるかなぁ」
じゃ、お休み~、と。朽崎遥はパロミデスを布団の端に押しやって、そのまま寝入ってしまった。
「ハルカ?おーい。…………ツンツンっと。────あちゃ~……ほとんど気絶ね、コレ。まぁいいか」
とりあえずは見張りでもしましょうか。そういってセイバーはマスターのおでこを撫でて、布団から起き上がった。────残りの敵は、あと3騎。伊草聖杯戦争、チハヤ達の3日目午前投稿します
>>428
「……ただいま」
長かった二日目の夜も明け、伊草聖杯戦争三日目午前。
人目を忍ぶように草薙家に帰還した千早の手には、大きな紙袋が下げられていた。
「おかえりなさい千早。ご無事で何よりです」
「ありがと。はいこれ」
「これは?」
「あんたの着替え。トップスとボトムス、それにインナーも含めて一式買ってきたから。……ま、ジャージなんだけどね」
イグサに紙袋を渡し、千早は座布団の上に腰を下ろす。
早速着替えだすイグサを視界の端に捉えながら、千早はここに至るまでの経緯を思い返した。
『教会を頼らないというのなら、うちに来るのはいかがですか?』
有沙の提案に乗る形で決めた草薙家への一時居候。
敗者である千早だけならまだしも、イグサという重要人物まで抱え込む事はリスクが大きすぎないか。
そう危惧した千早だったが、当の草薙家当主からの返答は毅然としたものだった。
『構いません。護るべき対象が固まっていた方が今後ともやりやすいですから』
(……護るべき対象、か)
今更のように、草薙有沙という少女に思いを馳せる。
伊草市に来る前から、草薙有沙――より厳密に言えば、魔術師としての草薙家に関してはある程度知り得ていた。
曰く、魔術師でありながら根源に興味を持たず鉄弄りと刃物打ちにばかり明け暮れる変人共。曰く、草薙の魔術礼装は真に選ばれし者にのみ託される。曰く……>>429
つまるところ、一般的な魔術師や魔術使いとは異なる市井に溶け込み共存したタイプの魔術師。
剣士としても彼らが鍛える剣型魔術礼装に興味がないわけでもなく、リストからも除外するかどうか迷っていたのだが。
(まさか、こんな形で縁を結ぶとはね)
最悪のファーストコンタクトから始まり、速攻で憎悪ごとねじ伏せられ、紆余曲折を経て成立した同盟関係。
魔術師や魔術使いへの憎悪が消えたわけではない。今でも気を抜けば燃え上がりかねない程に、深奥では焔が渦巻いている。
それでも堪えていられるのは、予断を許さない現状だから。『呑気に』個人の遺恨と怨恨に浸っていられる程、魔術師相手の戦は易いものではない。
まして、それが聖杯戦争とあらばなおの事――
「……はや、千早」
「っ。な、何? どうかした? ――まさか、敵襲」
「いえ、違います。着替えが完了したので、見てもらおうかと」
「は? 着替え?」
イグサの声に思考が途切れ、現実に引き戻される。
見れば確かに、目の前には紺のジャージに着替えたイグサの姿があった。
動きやすさを重視した、おしゃれもへったくれもない恰好。だが不思議と、幻想的な顔にシンプルなジャージはどこまでもマッチしているように思えた。
「どう、でしょうか千早?」
「どうって言われても……ま、似合ってるんじゃない?」
「ありがとうございます。――ところで、履物の方は」
「買ってあるわよ。ついでにソックスも入ってるから、後で確認しておいて。……一応言っとくけど、室内で履いたりしないようね」>>430
「分かっています。最低限の一般常識は知識としてインストールされておりますので」
「そう」
もう片方、ジャージが入っていたモノとは別の紙袋を指差す。
イグサは早速とばかりに中身を検め、しげしげと取り出したスニーカーとソックスを確かめた。
その姿に、何の想いを抱く事もなく。千早はポツリと、今後の事を呟いた。
「イグサ、ながらでいいから聞いて。――私はこれから、聖杯戦争に参加してるマスター共を殺しに行く」
「……。それは、この儀式を終わらせる為にですか?」
「当然。あんな危険人物共をむざむざ生かしたままにしておけない、というのもあるけどね」
泊まっていた宿を急襲し、無辜の市民を巻き添えにした朽崎遥。
私欲のままに列車事故を引き起こし、大惨事を招いた六蘭耿実。
どちらも千早からすれば生かしておくに値しない外道共で、最優先の抹殺対象。
「ですが、殺しに行くと言ってもどうやって? 彼らにはサーヴァントがいます、魔術使いと言えど千早単独で立ち向かった所で返り討ちが関の山だと思われますが」
「そうね。確かに私一人なら、そうなるでしょう」
今の千早はサーヴァントを喪った元マスター。再契約を試みようにも、現状伊草の地に召喚されたサーヴァントは軒並みマスターと契約している状態。当然新たに召喚できる余裕などなく、またその当てもない。
「だから――サーヴァントとの戦いは有沙……と、刹那たちに任せる。こっちは二騎で、向こうも二騎。まかり間違って奴らが手を組んだとしても、単純な数の上では同じ。なら、私が付け入る隙は必ずある」>>431
「手を組む可能性、というのなら。朽崎と六蘭を同時に相手取る事になる可能性もあるのでは?」
「でしょうね。――それでも、私なら何とかなる。いや、何とかしてみせる」
魔術師としての千早は決して優秀な方ではない。
そもそもがとっくの昔に途絶えていた家系の先祖返り。偶然に偶発性が重なった結果甦り、そこからどうにかこうにか増築(ツギハギ)し成立してるだけの稚拙なもの。
使える魔術も身体強化のみで、魔術師どころか魔術使いと呼ぶ事すら憚られる程。
それでも、今まで少なくない数の魔術師や魔術使いを屠ってこれたのは鍛えに鍛え上げた殺人技術と戦闘技能あればこそ。
時に身を命を削り、時になりふり構わない道連れ同然の奇策を用い、時に過去存在していた魔術師殺しなる人物の殺り方を模倣して。
そうやって、千早はひたすら復讐に明け暮れてきた。
全てはあの日の惨劇を齎した元凶に、■■■■を追い詰める為だけに――
「絶対に殺.す。あいつらだけは生かしておかない、この街を奴らの墓場に変えてやる……!」
抑え込んでいた憎悪をわずかに零し、殺意も露わに呟く千早。
その姿を、イグサは感情のない目でじっと見つめていた。>>432
「……そういえば千早。教会への言伝はどうしたんですか?」
「ああそれ? 一応送るだけ送っておいたわよ。向こうがどう受け取るか知らないけど、まあ知ったこっちゃないわね」
一方その頃、伊草市の教会では。
「……バーサーカーのマスター、および当聖杯戦争の引継ぎ役・宗谷イグサは保護を求めず。ですか」
先程届いたばかりの書状を手に、ムラト神父は溜息を吐く。
聖堂教会に属する者として、また個人的な興味もあってバーサーカーのマスター――志村千早なる女性にはそれなりに情報を集めてはいた。
故にこそ、彼女の教会に対する不信感についても納得してはいたのだが……
「まさか、進三郎氏のバックアップを持ち出すとは」
昨夜起きた一連の事態から、既に宗谷進三郎がこの世の人間でなくなった事は伝わっている。
事前にいざとなれば己のバックアップであり、聖杯戦争の一切を託したホムンクルスを起動させるという事も聞かされてはいた。
――それだけに、この事態についてはちょっとどころではなく頭を抱えずにいられなかった。
(少なくとも、現状ホムンクルスが抹殺ないし破壊された気配はない――となれば、ホムンクルスの機能目当てに攫った可能性が? いえ、彼女にそこまでの魔術知識や技能があるようには……)
朽崎や六蘭の手に渡らなかっただけマシと思うべきか、それとも爆弾になり得る存在が固まってしまった事を嘆くべきか。
とはいえ、状況はまだそこまでひっ迫しているわけでもない。幸か不幸か、彼女らの身柄は草薙家が確保したという。
草薙家当主であり、マスターの一人である草薙有沙のサーヴァントは未だ健在。となれば、もし万が一志村千早が何かしらの凶行に打って出たとしても、即座にねじ伏せられる可能性は十分にある。
ひとまずここは彼女の希望を受け入れ、最低限の監視に留めるべき――ムラト神父はそう結論付ける事にした。
「さて――貴方はこの先、どのような行く末を辿るのでしょうね? 志村千早さん」>>433
以上、一旦ここまで
参加者の皆さまはご確認よろしくお願いします伊草投下します。
朝食の出汁巻き玉子を作る。
昨日より二人増えて四人分、他に用意するのはご飯となめこの味噌汁。
それでも、頭を過るのは昨日の惨劇……今日の朝刊で知っている人間が三人も死んだ事が解った。
真崎美穂……素行の悪い新入生として話題になってたけど、こんな死に方をして良い子では無かった。
北島亮……社員名簿に同じ名前があったので確認した所、我が社の社員で有る事が確定した。
仲田真澄……別の高校に通っていた中学の同学年、あまり交流は無かったとはいえ、久々に名前を聞くのがこんな事になるなんて……。
「マスター、あまり思い詰めるな」
そろそろ出来上がる頃だと思ったらしく、やって来たライダーに声を掛けられ……そこでふと、今朝に見た夢を思い出す。
羅刹王として振る舞うライダーは一見すると本人が望むままのようで、周囲に求められた振る舞いをしているようにも見えて……。
「………ねえ、ライダーは羅刹王であろうとする事に、どうやってやる気を出してた?」
流石にそろそろ気付く。
本人の気質と羅刹としての本能が有るから成り立ってただけで、ライダーは羅刹王でありたい訳でもない。
まあ、妹の顔を傷付けられた腹いせにシータを攫ったりする位には羅刹だけど。「過去を夢で見られるとはいえ、鋭い……少しばかり、気恥ずかしいぞ。とはいえ、我は王として国を繁栄させる役割を果たし続けたに過ぎぬ。現世の言葉でいうなら、王というシステムであっただけの事」
そういうライダーの姿は鎧を着てなくとも王そのものの威風があり。
あれだけの被害を防げなかった事を未だに悔んでる私がちっぽけに思えて……。
「しかし、それは人の在り方では有るまい。マスター、その感情は抱えたままで良い。その上で、進めば良かろう」
無自覚に欲しかった言葉が掛けられる。
かの羅刹王にこんな言葉を掛けられる日が来るなんて、聖杯戦争が始まるまでの私は思いもしなかった。
「……ずるい」
本当に、ずるい人。
なんで、こうも無自覚に人たらしなの。
人間として産まれても王になってたのではって位に……ずるい。
「ライダー、朝食の後はすぐに出るわ。昨日話してた通り教会に接触して、いやその前に菓子折を用意しないと……それと、まず最初に花屋に寄るわ」
何も出来なかった私だけど……せめて、献花位はしておきたいもの。「ようこそ神の家へ。お待ちしておりました、草薙家の当主殿」
浅草名物の人形焼にそっくりと評判?の伊草銘菓の詰め合わせを手に、教会の門を叩き…現れたのがこの神父。
前評判通りの好青年のようで……何処か微かに血腥い雰囲気が漂っている。
代行者?……いや、それならもっと清廉な筈。
『マスター。此奴の過去は羅刹でも中々居ないような代物であると見た。しかし、そんな人間がこうも変わるものなのか……?』
ライダーからの念話。
彼女の言う通り、とてつもない殺人鬼が何等かの奇跡で改心して別人の様になった……としか思えない。
しかし、それは教会との話し合いを止めて良い理由にはならない。
「初めまして、草薙 有沙と申します。お会い出来て光栄です、トキカズ神父。此方、ささやかな物ですが、お口に合えば幸いです」
本当にこれで良いのかという内心の不安を押し殺しつつ、そう言って菓子折を手渡した。以上です。
いつのまにか朝になっていた。ヒヨドリの鳴き声がする。目をしばたかせながら、耿実は卓上のライトの明かりを弱めた。もう消してしまっても良いかもしれない。
朝、朝ということで習慣的にテレビを点けてみる。地方のニュース番組が昨夜の脱線事故を報じているのが目に入りすぐ止めた。人的物的に問わず被害の全容はもう計算しつくしている彼にとって、ナレーターが話す内容など答え合わせにもならない。ニュースと言うのにそんな今更な話をしてどうする、と報道機関の緩慢さに苛立ちさえした。
彼は興奮冷めやらぬままの帰還から一睡もとることなく夜を明かしていた。脳は回るし心も逸る、となれば身体もそれらに従い動き続けるよりほかになかったのだ。耄碌の女郎との鞘当ての中で生じた損傷や欠乏を確認し修理し、それでも何かそわそわとして落ち着かなかったから役立ちそうにないものを解体して新しく設計図を広げていたりもした。どうも今日は昨日につづき絶好調であるらしい。
「いや…そうでもないか」
少なくとも身体の面では、と付け足しておく。徹夜での作業で彼の頭が鈍るわけがない。だが落ち着かない心にはそれだけの理由がある。“それ”以外の全てを片付けた今だからこそ、“それ”の存在を否が応でも認識せざるを得なくなった。
「アーチャー」
「ここに」
髪を括りなおしながら、兵器の名を呼ぶ。すぐさま霊体化を解いた彼女の姿が眼前に現れる。昨晩の戦いによって付いた細々とした傷や汚れは綺麗に消え去って、ただ温度のない目がマスターという存在に対する指向性を辛うじて抱えた上で耿実を捉えている。
無論これに用はない。未だ癒えざる真一文字の裂傷を痛々しくも残す装備を指差し、彼は兵器が兵器たり得るためのそれへの処置を打診した。
「それは直りそうにないね」
「魔力の温存、休養による回復率は24時間を通しても最高で50%以下と推定します。魔力供給、或いは令呪の消費が修繕には必須でしょう」
「ハハ…君もわかっていないな、アーチャー。この際修繕なんてするわけないじゃないか。“直す”のでなくして“創る”んだよ、我輩は」>>440
昔は良かった?馬鹿にするんじゃない。“直す”くらいなら壊れてしまえ。壊れてしまえば作り替えられる。過去を繰り返す必要などない。だから耿実は“創る”のだ。
「警告。大神宣言損耗状態での改造は既存の性能を発揮できない恐れがあります」
「そもそも改造に着手できるかという話だがね。それとも、技術屋として我輩を買ってくれているのかな…なんてね。“令呪をもって命じる。『改・機動装着式大神宣言』、跪(ひら)け”」
本当はこんなもの使いたくはないのだが、と熱を帯びるうなじに意識を向けながら独り言ちる。だがこれはひとえに自身の力量不足が招いたこと、技術の粋へと挑戦するために使えるものは何でも使おう。蓋し、そうやって向き合うのがクリエイターとしての敬意の表明法である。
存在の格が此方の階梯に従った、と見るべきか。此方の能が一時的にであれ高まった、と捉えるべきか。『改・機動装着式大神宣言』の形を、仕組みを、外を、裡を、その輪郭をようやく見定めることが出来るようになった気がする。
そして、そこでまたようやく正視できる。それがどんなに鮮やかで、そしてどんなにグロテスクな代物か。
アーチャーは警告を止めた。兵器としての警告は義務上のものであったらしい、いざ事が及ぶとあれば兵器としてこれに異を唱えることはない。彼女で良かったと切に思えた。
───よく手に馴染んでいた、これまで耿実の汗と涙と懊悩を一身に受けそれでも苦楽の供であってくれた器具たちがこんなにも頼りないものだと思ってしまったのは、どうしたことだろう。
アーチャーに触れる分にはまだなんとかなっていた。彼女も人型で思考する存在である以上は外界から得た情報の取捨選択が発生する。要は、望ましくもない記録を閲してしまう上でも一応のフィルターがあった。
しかし道具はそうはいかない。何もかもが平面的に、つまびらかに、残酷なまでに。『改・機動装着式大神宣言』は、生前のアーチャーの戦力としてかの終末を遺していた。
彼女を喚んだ最初の夜、思わず触れようとして、その一瞬でも躊躇するようなほどに生々しいそれらの一切が、今は何の遠慮も会釈もなく彼に襲い来ている>>441
折り重なる厳冬の寒苦。ともすれば、世界の幕を焦がす炎熱。死滅する空気、陥落する九天。戦争の音、戦場の色。雷鳴と鯨波、地の唸りと宙の畝り。全てが毒々しく揺らめいている。死だ。
息が滞る。神代には当世とは異なった大気が充ちていたという話を聞いたことがあるが、そのせいだろうか。手が落ち首がもげる感覚がした。もちろん実際の五体は今以て繋がっているが、いつ器官が壊死してもおかしくない、とプラシーボ効果を誘発せしめられる。
彼女は兵器だ。兵器は戦い、潰し、殺.すためにある。だが例えばミサイルが炸裂するとき、ミサイルの外殻自体が最もその破壊の衝撃を受けていることを言葉以上に理解できる人間は少ない。耿実は弥増しにその理解を飲み尽くしていた。破裂できぬ外殻が、破裂できぬままに、その炸裂を食らっている。
赤い。それはもう、昨夜の実験が起こした火の海を駆逐するほどに。
暗い。それはもう、あの夜の赤色に照らされた夜闇を嘲うくらいに。
唇を噛み、爪を食い込ませる。血が出たって構わない、気付だ。頼りたくもない神秘に足をかけてまで挑戦が叶ったこの対峙に不徹底があってはならない、技術屋の名折れだ。いや、そうである以上に技術への不敬だ。自分の誇りを老い耄れ共のように可惜しがるつもりはないが、このことへの蹉跌だけはどうあっても許せない。
北欧の大神などというものに懐くべき敬意は元より持ち合わせていない。かの終末に戦闘の最前線を担ったという戦乙女などに対してもまた同様だ。
それが、どうだ、こうも心が浮ついたのは初めてだ。幸運と、そしてそれがために現前した巧妙巧緻の限りを尽くされた機構にこそ耿実は心を震わせ、その技術をこそ敬慕した。それを乗り越えてしかるべきものと捉えた以上は、こんな記憶(くだらないこと)に拘っている暇はない。
過去は清算され、伝統は排され、既に死.に滅んだ世界に信仰に崇拝の意義はない。化石は遺物ではなく燃料であるように、千古は等しく火に焼べられその熱によって我々はかの“枝”などより荘厳な掃討を可能とする機関銃を創るべきなのだ。
だから───退け。記録が、記憶が、思いが、過去が。出しゃばってくるんじゃない。足首を掴んでくるんじゃない。そんなものより素晴らしいものを、そんなものより美しいものを、我輩はお前たちを消費して創るのだから。>>442
『追憶』などくそ食らえ、と。その言葉に絶えず踏みしだかれ、かつはその言葉を絶えず踏みしだいた彼の人生を前に、黄昏は徐々に罅を見せていく。妄執と作為の最中、神秘の記録は一枚の織布から一糸の素材紐へと解き散らされていった。
斯くして陽は延び影は伸び。白壁に一つと混ざった影法師は、蛇とも人ともつかぬもの。
以上、伊草弓陣営三日目(朝)でした上空の障壁、地上の病魔。そして別枠の横槍。
魔王が遭対したのはこれら3種類の攻撃であり、それぞれ別の対策が必要になってくるのだろう。
「フフ……いやいや、これこそが聖杯戦争の醍醐味、とでも言うべきでしょうか。ああ、『降りてこい』ですか。確かに、ココ(宙)に陣取るだけなのも飽きてきた所ですし……」
よっ、と。などと軽い発言と共に、アサシンの肉体が変成した。ボコボコと身体の表面が蠢き、ひしゃげたような音が響き……次の瞬間にはサタンの姿は大きな変貌を遂げていた。
肩からは本来のモノとは異なる腕と、火を吹く竜の首がそれぞれ2本生え、下半身には鋭利な鱗が乱雑にギラリと光る尾が伸びている。
「天竺で言う所の阿修羅のつもりで行ってみましょう」
そうして、計4本に増えた腕を、迫りくる黒いモヤと、降り立つ空気の壁に向ける
「『断罪・荒野の供物((ジャッジメント・アザゼル))』&『『堕天・暁の明星(ルシフェル・フォールエデン)』』」
真名、解放。バーサーカーが放った厄災は、雷によって爆ぜ、あるいは嵐の刃によって切り裂かれた。
「次にいきましょう」
全身から力を抜き、真下に向かって真っ逆様。そうして地面にぶつかる直前、翼を羽ばたかせて急加速。
己が槍を投擲した事によって少々無防備になったランサーに突撃。すれ違いざまに雷を直撃させ、少々華奢な体を吹き飛ばす。
────が。ランサーに堪えた様子は無い。多少の擦り傷はあるが、ほとんどダメージを受けていないようだ。
「おや、硬い。なるほど。つまりまた試練という訳ですね?……色々試してみましょうか。いやぁ楽しくなってきた。先ほどの広範囲攻撃もありますし、このまま高速機動のヒットアンドアウェイが良いでしょう。やはり己の戦法はコレが一番強いですし」
『刹那さんは隠密中~。顔出したら色々と不都合そうだし~巻き込まれるとマズいので~』
「ええ、戦場は任せてください、刹那様」「では、」
渡された菓子折りを仕舞いつつ、余裕と柔らかさを忘れずに。神父として形造った声音で言葉を続ける。
言葉を向ける相手は草薙家当主の草薙有沙。そしてそのサーヴァント、ライダー。
「どのような用向きでしょうか。吐き出したい想いがあるのなら、神父としてその言葉に耳を傾けましょう」
「ありがとうございます。私もあなたにお伝えしなければならないお話があります。それで、その……」
「人払いは済ませてありますよ。ここでどのような話があろうと、私ども以外に聞かれる心配はありません」
「……そうでしたか」
少しだけ安心した様子を見せる草薙家当主である少女。年相応に見えるふるまいだが……それが仮面である可能性は常に側に置いておかねばならない。彼女もまた神秘に身を置く魔術師であり、聖杯戦争に参加するひとりなのだから。
従えるライダーの態度も油断できるものではない。あくまで警戒しているだけではあろうが、数分後には敵意に変じていてもおかしくはない。
「ではお話します。……昨夜の出来事、いいえ2つの戦いをそちらも掴んでいることと思います。そこで私たちは宗谷家の遺産を託されました」
「ほう、遺産。一体どのようなものなのか、聞かせていただけますか?」
「宗谷進三郎氏の能力を引き継いだホムンクルスです。万一に備えた予備、という説明を受けています」
「……!」>>445
予備、ときた。おそらくは自分がいなくなっても聖杯戦争の進行を滞らせないためのバックアップ。それが実在するのなら、まだこの戦争が平和的終結に至る可能性は残る。
「そのホムンクルスが引き継いでいるのは……能力のみ、ですか? 人格や記憶などは……」
「能力だけ、だと思います。生まれたてのような様子でしたから。名前も"進三郎"ではなく"イグサ"と名付けられていました」
「…………」
ずいぶんと直接的な名付けだ。一体誰が名付けたのやら、もう少しマシな名前があったろうに……。
ああいや違う、今考えるべきはそうじゃない。件の『宗谷イグサ』についての話が先だ。
「ここに連れてきているわけではないようですが、彼は今、どこに? 」
「私のほうで預からせていただいてます」
「私共に預けるつもりは?」
「それは……本人が、否定していました」
「……なるほど」
さてどう捉えるか。見ようによっては遺産とやらを独占し、聖杯戦争を優位に進めようとしている……ようにも見える。どこからどこまでが真実としていいものか、その線引きも確証もない。
ハッキリ言ってしまえば疑わしい点も多い。味方とするには見逃せない点がいくつかある。
だが一方で敵とみなす理由はいくらもない。真に遺産を利用する気ならその存在を明かす必要はないはずだ。より根本的な話をすればこの教会まで足を運ぶ必要もないのだ。
結論は出た。信用してもいいだろう。きっと、血濡れの神父なぞよりは善を為せるに違いない。>>446
「話していただき、ありがとうございます。……では、私共の話も、聞いていただけますか?」
「……いいのですか?」
驚かせてしまった。まあ、あちらとしては教会の動きを"探る"程度の意識で来ていたはず。それをこうも明け透けな物言いをされては、逆に怪しまれてしまうか。
それでも、
「……お願いします。そのために、ここに来ましたから」
無駄な時間を過ごすつもりはないようだ。とても、ありがたい。
「わかりました。いの一番に恥を晒してしまいますが、伊草市における教会の人員は皆一様に余裕がありません。隠蔽と捜索、この二点にほぼすべての人手を割いている状態です」
「教会は誰を、いえ、どちらを追っているのですか?」
「どちらともです。セイバーとアーチャーおよび、そのマスター両名が捜索対象です。昨夜の件を踏まえれば、自然とそうなってしまいます」
「教会は、両陣営を討伐対象とみなした、んですか?」
「その通りです。先ほども言ったように、人手がまるで足りていない、というのが実情ですが」
「……それならお願いがあります」
「お願い、ですか?」>>447
「私たちもセイバーとアーチャーを探しています。特に、セイバーとそのマスターを。……なので、それを踏まえてのお願いです」
「私共と協力体制を、という話であれば難しい。現場が混乱しかねない」
「わかっています。私たちがセイバーかアーチャーのどちらかを見つけたその時、教会の方々には"見つけられていない方"を警戒してほしいんです」
「……………なるほど」
互いに不干渉とも背中を預けるとも取れる"お願い"だ。任せると言い換えてもいい。
「確約はできません。それでも?」
「構いません!」
「……わかりました。留意しておきましょう」
「っ、ありがとうございます!」
ひとまずは、お互いを敵としない。その認識を共有できていれば充分だろう。こちらはこれ以上の人手を割かずに済み、あちらは警戒すべき対象が増えない。どちらにとっても悪い着地点ではない。
良いとできるかどうかは……今後次第になるだろう。
万が一、が訪れてしまうのなら、その時は自らが血を被るしかない。
願わくば、そんな未来が、訪れませんように。
話を締めくくるように祈りの言葉を口にしながら、血濡れの神父は未来を案じた。伊草投下しますね。
「なるほど、そういう理由で同盟を……そちらの状況は解りました」
「ええ、先程はイグサ君を保護していると言いましたが、正確には、イグサ君を連れている千早さん……バーサーカーのマスターを保護しているという事になりますね」
方針が決まったら情報交換。
私を信用しきってはいないようだけど、この辺りまでなら協力出来るというラインを狙えた筈。
故に、此方が持っている情報は一通り……敵味方だけでなく聖杯についても話しておいた。
「となると、当面の問題は二つの陣営ですね。先に動くのは、恐らく……」
「アーチャー、ですね。セイバーはダメージが大きく、恐らく今日は全力を出せない筈。それに、アーチャーのマスターは立ち回りに慎重さが無いどころか、愉快犯そのものですから」
アーチャー陣営に関して、解っている事は多くない。
そもそも直接会った訳ではないし、宝具や真名といった情報を入手出来てもいない。
ただ、映像で見たマスターからして直ぐにでも次をやりたいかのような振る舞いだ。
ライダーの言う通り、破壊そのものが目的としか思えない……故に、方針そのものは解りやすい。「同感です。では、我々はセイバー陣営を警戒する事になりそうですね。アーチャーが動けば、止められるのは貴女達だけになるでしょうし」
「ええ、私達で討ちます。そちらこそ、セイバーのマスターの立ち回りにはお気を付けて。先に申した通り、工作員か暗殺者のような動きをしていた上、気配を遮断する礼装まで有していますから」
セイバー陣営に関して解っている事は多い。
セイバーこと、パロミデスに関しては言わずもがな、そのマスター、朽崎遥も交戦した事で手札を幾つも晒している。
主従共にまだ切り札を残しているだろうとはいえ、解っている事だけでも参考としては十分。
勿論、目の前のムラト神父にも性格から礼装に至るまで全部話した。
「確かに、そんな陣営の横槍があれば此方としても望む所ではない……ええ、確約は出来ないとはいえ、努力してみましょう」
そう締め括るムラト神父。
こうして、聖堂教会との会談は終わった。
恐らく、これ以上は望めない……後は私達が手を尽くすだけ。
次こそは、必ず。以上です。
夏が今日も続いている。海は今日も絶え間ない。それが伊草という街の今日で、それが浜辺の一生であるようだ。日が泥のような眠りの波間に櫂を漕いでいる。子供連れの大人が砂浜を後にして、海水浴場は途端に影の数を減らした。
陽を浴する男女一組。尤も、片方は女を女とは認識していない。けれども美しい。風に靡き一本一本海の色を照り返す髪を髪として見ないながらに、生気をとうの昔に手放したような白い肌を肌とすら映さないながらに、彼にとってそれは途方もなく美しかった。
そして、その美しさを未だ封じた状態でいるその身体(きたい)にどうしようもない高揚感を見出していた───そこには改良という名の徹底的な暴力と排除と交換が挟まれているのだが。
片方が海に歩み寄る。片方がそれに随伴する。彼は着物の袂を潮風に遊ばせ、彼女は飛行している。入水か、否か。事実、男はもう1時間の後には死.んでしまってもいいと思っているくらいで…何せ、世界はもう1時間すれば終わっているのだから、と。
「今度は海でも割る気なの〜?馬鹿なの?死ぬの?」
それは不快な音だった。誰だったか…陽に焼かれた目が像を結ぶ。嫗ではないか。軽薄な調子の中に、隠しようもない殺意が現れている。傍らの田舎武者も全身に怒気を孕んでいる。緑と、白。あぁ、像が飛ぶ。あまりにもくだらないせいで。
しかし昨晩の鳥瞰の折に見えた程度の解像度と同じと言うのも、はるばる死.にに来た相手に対しては素気無いがすぎるものかな。そんな風に三下奴たちに情けさえ向けている自分に心を躍らせながら、耿実は強いて眼前の緑靄に焦点を当てた。>>453
「あぁ、君、そんな顔をしていたのか…ふーん」
「……無駄口を聞くつもりはない」
「こちらこそ。ただ、ちょっと気になってね…“厚顔無恥の裏切者“というのはどんな面構えなんだろう、って」
「─────」
重みなど本来感じるべくもない空気に、圧のようなものが伝播する。それさえも事ここに至ってはやけに面白い。防御ほど、威圧ほど、急所を晒し出しているものはないからだ。
「我が事ながら理解が及んでいないと見えるね?だが、そうでなければ可笑しいくらいだろう?趙雲子龍…なんていう立派な歴史を持つ英霊が、青紅剣(あんなもの)を振るうなんて!」
「…………!」
「だが、まあ何とも奇天烈な真相じゃないか。旧来の歴史家が聞けば失笑するだろうね…だが、それが真実だ。滾るほどの忠義を貫き、主君亡き後も彼の遺した理想とやらを守り完遂すべく奮闘した…それも全ては偽りだ。
仇討ちを止められなかった?ハ、止めなかったんだろう?守り抜けなかった?ハッ、守り抜かなかったんだろう?何という奸智だ。あっぱれと讃えてあげよう、“叛旗の造反者“、趙雲子龍君?」
「貴様、」「落ち着こうランサー君…!アイツ、なにか…」
嫗がランサーを制する。それは当然穏健なためでなく。目敏くも気づいたか。いや、変化があったと気づく程度では盲と変わらない。なにか。結局はそのくらいだ、所詮は老視の薮睨みといったところだろう。
アーチャーが音もなく高度を上げる。黄昏の刻限だ。一人と一騎を取り巻く万象が天翔けてゆく。落ち窪み、あえなく呑まれてゆく背後の太陽に反して。
「さて、化物嫗…失敬、ナントカ君においてはご機嫌いかがかな?昨晩のように一人っきりの馬鹿騒ぎをしたって構わないよ、それとも死ぬ時くらいは静かにしていたいかい?」
「は、藪から棒に何言って」
「君の死地にはもったいないくらいの舞台を見せてあげよう、さあ───兵器よ!機能(かいろ)を回せ、夏を侵(もや)せ!」>>454
悠々と振った腕を、拳を上空へ擲つ。頸に再び熱が生まれる。何も沈む太陽の最後の抵抗というわけではないだろう。
『令呪二角、以て起動を命じよう。アーチャー、ロスヴァイセ!今こそ、黄昏を!』
「命令、受諾。宝具、開張します」
天日は昏く。
地維は海に没し。
星は耀うままに天より滑る。
煙と火の徒は暴威に明け暮れ。
炎天は世界を覆う。
『装填開始───砲身接続、対象照準、魔力充填、砲撃体勢制御、全機能最適化、終末火砲励起───装填、臨界、融解』
機械類の分裂と接続のさざめきが、シーケンスに混じり走るノイズが、空の只中に展開される。細胞、原子、微粒子の数々が破壊を前に怯え竦む。
『改・機動装着式大神宣言』。戦いのたびごとに自在な変形を遂げていたそれが、今や一つの結末に向けて一個の有機体のように連結していく。真白い、巨いなる砲身が伸び続け、とぐろを巻き…アーチャーを呑み込んだ。
組み代わり、形を成していく蛇の肚の中で。兵器と呼ばれ続け、兵器であり続けた戦少女が溶解する。ひどく脆弱なその肉体はとっくに融点を迎え、輪郭は血のように脈打つ内側に消えてなくなった。
と同時に。大蛇が瞼を開いた。始まりは矮小、終末は厖大。三度の冬の先に待つ終焉が、首をもたげ、大海嘯を具しここに新生した。>>455
と同時に。大蛇が瞼を開いた。始まりは矮小、終末は厖大。三度の冬の先に待つ終焉が、首をもたげ、大海嘯を具しここに新生した。
ランサーたちが呼びかけたのか、新たに英霊と魔術師の姿が遠方に映る。驚嘆の色が、見ないうちから瞼の裏に浮かぶ。もはやいかな神秘とて路傍の石だ、この駆動が、砲火が、道行が。全て、総てを穢し、侵し、撃ち砕く。
さあ!行け、往け、征け。なぜなら君は我輩の最高傑作!過去を、夏を、世界を終わらせるモノ!
「────『ヴェト・ヨルムンガンド』なのだから!」以上、伊草弓陣営三日目(黄昏)でした
「んぇ……起き、タ?えっと、何してんのセイバー」
気絶、あるいは失神といえる状況から目を開いた朽崎遥の眼前に飛び込んできたのは、己が従者であるパロミデスの顔のドアップと(どちらかと言えば)慎ましやかな胸部であった。
「えぇ?何って……膝枕?起きたらビックリしそう♪って思ってね!あ、勿論警戒は継続してるから安心して!周囲に敵居なさそうだなぁって雰囲気&ハルカが起きるっぽい状態になったんでやってみただけだから」
困るんだけど……とボヤキながら起き上がった死霊魔術師である。自身の髪をグシャグシャと掻き乱しつつ、寝る前に整備を行っていた礼装を確認し、最終的な調整をする為に、人体パーツを置いていた机の方に移動した。
「うし、銃の整備もするか」
言うが早いか、軍手を装着、即座に散弾銃を分解。銃身の掃除を手早くすませ、機関部の煤も落として空撃ちを数発行って撃発機構のチェックも完了。全工程を終了させた。これにて礼装と武装の用意は十全、もういつでも打って出る事が出来る状態ではある訳で……
「いや、そうでもないか。自分の身体も確認しとかないと。あ、そうだセイバー、こっから暫くはR指定な描写だから、苦手だったらヨソ向いててよ」
ちょっとでも進めておきたいんだよね、と呟く彼は着ていたシャツをはだけて腕や腹をまさぐった。
「………何するの?魔術師については良く知るつもり無かったパロミデスさんに教えてちょうだいな❤」
幾分か不穏な空気を察知したのか、パロミデスは単刀直入にネクロマンサーへと質問をする。ニンマリとした笑顔と共に。だが数秒後の彼女は少々表情を引きつらせる事になる。
「あー、肉体改造?俺の魔術刻印は割と回復とか防御重視なんだけど、それでも不安だからさ、自分の身体カッ開いて、”死に難い”?っつーかそういうのをある程度気にしなくてもいいように改造してんの。『朽崎遥は改造人間である~』みたいな?具体的にはね……」
自分の構想を発表した後、ほらお腹にもチャック!とヘラヘラ悪戯っぽく喜々として腹部を見せつけてくるマスターの姿を見て、彼女は曖昧な笑みで頷くしかなかった。こっから体内に色々埋め込んだりする訳だよ!と力説する彼の前に両の掌を向けて”オッケー解った、終わったら呼んで”と仕切り直し、そのまま見張りを再開する。>>458
背中越しに痛くないの?と問えば、ぶっちゃけキツイはいつもの事だし……、眠いわ疲れてるわで毎日大変だよ、と軽い調子で帰ってくる。
(なんかコッチまで疲れてきちゃったわね……まぁ気のせいなんだろうけど)
と一息吐いたパロミデス。終わったよーの言葉に振り向くと、今度の彼は戦闘準備を開始するようだ。ナイフや散弾銃を上着やズボンのホルスターに装着し、最後に机へと向き直る。直後のネクロマンサーが行った”用意”は、流石の外道女騎士でも呆然とするしかなかった。
「よ、っと。ヨ~シヨシヨシ、…………ぁン。……ッ!……次。どったん姉さん?そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」
悍ましい行為を繰り返しながら、死霊魔術使いが女剣士に問いかける。
「…………何やってんの?いやホント何してんの?」
普段の飄々とした態度は何処へやら、驚愕の表情で問い質す彼女。いかに戦闘狂な騎士と言えども、魔術使いの行為は理解しがたいソレであったようだ。
「何って……不意打ちの用意?あぁ安心して!コレで死んじゃう、なんて事態は起こらないからさ」
いやいやいやいや……と頭を振って言葉を続けようとした彼女だが、二の句を継げる事は出来なかった。
旅館が揺れた。地震?いや予兆は全くない振動だ。地響きだろうか?同時に、宙には魔力が渦巻く。夕暮れの空に、暴威の予感が荒れ狂っていた。剣の主従は顔を見合わせ、弾かれたように窓辺に近づき、外を見た。そこには────>>459
「えぇ……、マジで?」
「わぉ!ウズウズしてきたわね、斬り甲斐ありそう♪」
海に、巨大な兵器の蛇が居た。
夕暮れの太陽を吞み込まんとするかのような威容に、地上を蹂躙しようとでも宣言するかのような咆哮。ソレを認識した二人の反応は、同じようで少し違う。
ハッ、と嘲笑するかのようだが、その実瞳の中で揺れている炎が楽し気な青年。
彼の暴威への関心冷めやらぬといった様子で、先ほどまでとは一転、獰猛な笑みを満面に広げる彼女。知ってか知らずか、その手は己の得物である魔剣を既に掴んでいた。
「よし、プラン変更だ。いや、続行かな?あそこまで派手に動かれたら皆動かざるを得ない。セイバーはあの蛇?多分まだ見ぬサーヴァントだろうね、に接近、かな。良い感じの距離を取りつつ、倒せるヤツをガンガン狙っていってよ。こっちはマスターを襲う。アレのマスターは教会なり草薙の嬢ちゃんに狙われるだろうし、俺は復讐鬼ちゃん以外にマスターっぽい動きをしてる人間を探して奇襲するよ」
ビリビリと響く咆哮を身体中に感じながら、朽崎遥は即座に今夜の計画を立て、セイバーへと伝える。そうでもしかければ、今にも彼女は飛び出していきそうだったからだ。
「解った!おネーさん暴れる!!令呪の用途はブースト目的だけだと嬉しい!滅茶苦茶斬ってくる!あの蛇も!アレを討伐しようとするヤツらも!サポート任せるわね!」
捲くし立てるようにテンション高く宣言し、窓を開ける動作もタイムロスであるかと言わんばかりに彼女は夜空に駆けだしていった。
「リョーカイ。ま、お互いベストを尽くしましょうよ、って感じだなぁ……。ラスト一騎な浮いた駒っぽい相手……有紗ちゃんでも復讐鬼ちゃんでも、勿論あの怪物のマスターでもないヤツ……が倒しやすい事を願っておこうかなぁ」
そう呟きながら、朽崎遥は旅館の個室を後にする。その顔にはパロミデスには劣るものの、楽しそうに歪んだ笑顔が浮かんでいた。巨大な蛇だ……機械仕掛けの蛇が遠くからでも視認出来る程の巨体を現していた。
旧市街の洋食屋でデミグラスソースのハンバーグとコンソメスープに舌鼓を打ち、英気を養った所に刹那ちゃんからアーチャー陣営発見の報が届いたのが数分前。
教会から帰宅した際に着替えた礼装による身体強化を惜しみなく使い、刹那ちゃん達に合流しようとした所で膨れ上がった魔力……その原因がこれだ。
「これが、アーチャーの宝具……!」
「マスター、心せよ。この異様さ……複数画の令呪が使われた可能性が極めて高い。宝具を暴走させ、本来の霊基の枠組みから外れた化物……マスターを失った程度では止まらぬな」
単独行動スキルを持っているであろうアーチャーなら、尚更だ。
故に、私達に求められる役割は……あの大蛇の撃破。
その為には、ライダーの宝具を『フルに使う』しかない。
勿論、乱戦になる事を見越してセイバー陣営が教会の警戒網を潜り抜けて乱入する可能性もある訳で……決めた。
即座にスマホを操作、刹那ちゃんと千早さんに『此方の方針』と共に『アーチャーのマスターの討伐、及びセイバーが乱入してきた場合はそのマスターの討伐のお願い』をメールで連絡。「ライダー、私の魔力『全部回す』わ」
これで十分。
それだけでアーチャー相手にどう戦うか理解し合える位に、私達の準備は出来ている。
「心得た」
人通りも、窓から漏れる光も無い旧市街の一角で、ライダーが黒き鎧姿へと変わる。
そして、私を抱きかかえると跳躍……雑居ビルの屋根が地面の様に見えた所でライダーの足場となるかの様に蒼き機体が姿を現す。
富と財宝の神クベーラより奪取したとされるヴィマーナ『天翔ける神の御座(プシュパカ・ラタ)』……それこそがライダーの宝具が一つ。
「マスター、征くぞ」
そう言って抱きかかえていた私を降ろすライダーは、可愛らしさを残した普段とは違って英雄の如き凛々しさ。
原典では討たれるべき悪役だったなんて、とても思えない位。
別に、さっきまでお姫様抱っこされてたから……とかじゃないから。以上、伊草の更新でした。
伊草行きます
厄災は、目を覚ました。
「■■■■■ーーーーッッ!!」
少女から新生したそれは、あまりにも機械的で、だが、恐ろしい産声を響かせる。
今、アーチャーの真名はロスヴァイセと判明した。だが、恐らくその真名を知ってもアドバンテージは無い。いや、最早今は。その真名にすら意味はない。
宝具によって新生したあれは、ヴェト・ヨルムンガンド。そう呼ばれたのだから。
夕暮れの浜に現れる巨大な影。高名な高層建築すらも凌ぐ程の巨体の威圧を前に——槍の主従は息を呑む。
ブクブク。
「!」
その時、足元から、邪悪な異音が響いた。
瞬間、気付く。砂が、徐々に、黒に侵食され始めていた事を。
———見上げれば、目前まで黒の波が、迫っていた。
「———魔圏降臨(ダウンロード)!!」
直感で、動く。
刹那は、パーカーに忍ばせていた鍵の礼装を正面にかざした。
間一髪、現れた結界は主従の正面を襲った濁流を阻止する壁となる。だが、正面だけだ。当然左右から、黒い海が刹那達を囲むが———
ランサーが準備を整えるには、その数秒で十分だった。>>465
「マスター!口を閉じろ!!」
「オッケー…!」
刹那を担いだランサーが、跳躍する。瞬間、下の砂浜が濁流に覆われ、闇夜より深き黒に覆われる。
浜の全てが黒に染まっていく、背筋が凍るような状況。昨日の死闘を凌駕する危機。それでも、二人の思考と胆力は鈍らなかった。
『ランサーくん!!』
念話で、叫び、刹那は、ランサーの視界に入るように指を指す。
その先は、先ヶ浜の高台にある森林。それだけで、意図は充分に理解できた。
「…了解!!」
黒の中で、翠が光った。次の瞬間、槍の柄から暴風のエネルギーの波が放たれる。その気流は主従を押し出し、死の濁流から離脱し、目的地に着くまでに時間を要さなかった。
「着地するぞ!!」
「…ん!!」
着地と共に、木々や草花が波を立てて揺れる。
吹き上がる砂塵の中で、翠の光は一旦稼働を止めた。
「…マスター、大丈夫か?」
「けほっ、けほっ…大丈夫ー。ちょっとグラビティがGGしてるけど、この程度刹那ちゃんは眉一つ動かさないよ。10秒で治ると思うからモーマンタイ!ありがとっ!」
「そうか…なら、話を変えよう」
即座に切り替える。電波な軽口をする刹那と、冷静なランサー。互いに通常のテンションになる余裕はある、即ち問題ないと即座に判断した。
「うん。まずは落ち着いて状況把握だ。」
真面目な表情に変えた刹那とランサーは、視線を浜に移し、まさに今動き出した大蛇を見据える。>>466刹那は考える。
真っ白な蛇が、砂浜を黒に染めながら蛇行を始めた。そして、夜よりも黒く染まっている濁流が、侵攻と同時に浜への侵食を開始している。
考えるまでもない。あれがアーチャーの宝具。しかも令呪2つを犠牲にした開帳、増して本来のアーチャーは恐らく消滅したとまできた。温存し続けたとっておきの切り札という事は間違いない。
———だが、引っ掛かる。
ボク達を殺.す為に開帳した宝具にしては——此方に、攻撃の標的を向けなかった。いや、それどころか一瞥もくれなかった。
「……海から現れる、蛇…全部を、飲み込みながら進む大蛇……そして、ボク達以外に目的が……
考察を進める。何かが引っ掛かる。何か、見落としてはいけない物が隠れている気がする、と。
アイツは索敵をする素振りもなく、ただ進んでいる。マスターのあの異常な殺意ならボク達を狙ってもおかしくはないのに。
そう、進んでいる。海を上がった、陸へ———
——— もし仮説が確かだとして、この辺りの霊脈に強い刺激が入ったら…聖杯爆弾も危ないんじゃないかってコトになるかもしれない。
「…!」
────『ヴェト・ヨルムンガンド』なのだから!>>467
その瞬間、今までに無い悪寒が背筋を走った。
「———やばい、コレは流石にまずいかも」
「…マスター!?」
刹那は、理解した。いや、理解せざるを得なかった。
先程、あの男が言った名前。
これが意味する答え——そして、この危機の正体など、一つしか無かった。
即座に、刹那はスマートフォンを起動する。宛先を有沙と千早に絞ったメールに、目にも止まらぬ速さで文を入力していく。
「——ランサーくん。ヨルムンガンドの話は、知ってる?」
「いや——」
「うん、3行で言うよ。北欧神話のやべーやつ、ラグナロクで予言された怪物、そして、海から出て災厄を起こすヤツ。」
ランサーの仏頂面が、強張る。刹那が言った事と、今起きている事。それを合わせれば、分かる。分かってしまう。
「———まさか」
「うん。アイツの目的は多分——あの濁流を侵食させながら、伊草を上っていく事。そして——
大転山に連なる霊脈を刺激させて、爆発を起こすつもりだ……!!」>>468
沈黙。それを嘲笑うように、咆哮が鳴り響く。
浜を満たす水全てが、反響する。広がっていく水の不協和音は、まるで厄災の絶望を現しているように感じられた。
刹那でさえ、緊張する状態。
その中で、ランサーは。目を閉じて、深く呼吸をした。
「——ランサーくん?」
「……マスター。概況は理解できた。つまり——
この戦いは、奴の侵攻を止めながら、奴を倒せという事だな?」
「!」
ランサーの——趙雲の目は、落ち着いていた。
「うん…!綾ノ川の上流に行かれて霊脈に行かせないようにしながら、アイツを倒せば——」
「マスター。分かってる。だが、その前に。」
「?」
「一つだけ、つまらない話をさせてくれ」
ランサーは、ランサーくんは、一つ、呼吸を置く。
そして、その言葉を、口にした。
「…自分は、いや———俺は、歴史が語る程、大層な存在ではないんだ。」>>469
刹那は、言葉に詰まった。
ずっと揺るがぬ、硬い精神をしていたランサーが初めて口にした、弱音。
想定外の言葉に、反応が遅れる。その間に、目の前のサーヴァントは、今までにない数の言葉を出し始める。
「あの男は言ったな。俺は主を止められず、国を護れなかった。……返す言葉もない。全て、事実だ。」
「——」
刹那は、何も言わない。ただ、その輝く瞳でランサーの目を見つめる。
「理解している。俺は、五虎の将星の中でも凡庸な方だと自負していた。そして———俺は、桃園の義兄弟や、水魚の交わりの様にはなれなかった。」
「———ランサーくん」
「だからこそ、俺では———あの方を救う事なんて不可能な事くらい、分かっていたんだ。———叛旗の造反者?笑わせる。奴に言われずとも——理解していた。そんな言葉、そっくり同じものをずっと、己に掛け続けていたさ……!」
仏頂面が崩れ、現れる悲壮な顔。それを見て、刹那は理解した。
昨日の戦いの最後、そして今。アイツの言葉に怒った時。
確かに、ランサーくんには怒りの感情があった。珍しく。
でも、あれは、アイツへの怒りだけではなかった。いや、それ以上に。
———守り切れず、倒し切れなかった自分への怒りも、含まれていたんだ、と。
前を見ると、ランサーくんは、深呼吸をして、いつもの顔に戻っていた。>>470
「うん。」
刹那は、頷いた。
ランサーくんの弱音は、理解した。
知ってた。ランサーくんが、街が燃える時に悔やんでいた事も、今回、奴が侵攻を開始した時に自分に怒った事も。
過去を見た時に分かった。五虎将の仲間や主君を失って、最後の五虎将になって、抱え込んでいた。その気持ち、失った気持ちは、本当に理解できる。
・・・・
その上で今、趙雲くんが考えてる事も、分かってる。
だからこそ。
・・・・ ・・・・・
「———趙雲くん。気は済んだ?」
発破を、掛ける。
・・
「———ああ、ありがとう、刹那。
おかげで、溜まっていた物は全て吹き飛ばせた」
趙雲くんは、笑顔で答えた。
今までに無い位晴れやかな顔で、ボクの目を見る。
その感情は、覚悟と闘志に溢れていた。>>471
その時、ボクのスマホが鳴動する。二人でその中の、有沙からのメッセージを確認し、同時にボクもヨルムンガンドと霊脈の危険性の情報を送信する。
「———よし、気合い入った所で確認っ!!多分、ライダーちゃんの合流に時間は掛かるっぽいね。だからボクはあの子たちと千早ちゃんの合流まで、ここで様子見るよ。援軍来たらソッコー念話で合図する」
「…つまり、そこまでは単独で止めつつダメージを入れていけ、という事だな」
「———行ける?」
「勿論だ」
「よし——なら善はフルスロットルインド人を右にだネ!
———行ってこい!!」
ボクは、笑顔で頷いた。
弱音を吐くのは意外だったけど、多分もう大丈夫。
ボクは知っている。
一身是胆。一度精神を統一したら、趙雲くんは絶対に揺るがないって。>>472
——ああ。理解していた。
俺は、守れなかった。主も国も守れず、己の無力を責めた。
俺は、関雲長や張翼徳、諸葛孔明のようにはなれなかった。いや、なれない。仮に聖杯にあの悲劇を塗り替えたいと願ったとしても、無理だと分かっている。
———きっと俺では、あの人は救えないのだから。
———それはもう分かっている事だ。だからこそ、聖杯にそれを願うつもりはない。過去を変える気はない。
俺が願うのは過去の再演ではない。実を言えば聖杯に願える物でもない。
———召喚で、もし再び主が危機に晒された時。
今度こそ、主を。主が守りたい物を、護ってみせたいと。
そんな、妙な願いだ。
そう自問している内に、侵攻する大蛇の目前、瘴気の海に着く。
浜は濁流に包まれ、最早脚を踏める場所はない。
だが、問題ない。
「涯角槍、風異型。起動」>>473
起動と同時に、槍から気流が特殊な軌道で放たれ、自分の体を軽く押し上げる。
かつて黄月英殿の改造で追加された、上昇気流によって自身の体を軽く浮かせる特殊な機能。生前はあまり使わなかったが、今日は風も強い。今なら絶好の機会だ。
大蛇が、咆哮を上げる。完全にその眼は、此方を捉えていた。
此方には同盟の仲間がおり、その陣営が来るまでには少し時間を要する。
そこまで、単騎で耐え抜く必要がある。
そして、舞台は水の上。
まるで、長坂と赤壁を掛け合わせたような状況だ。
「———なら、問題ない。護れる…!」
『ランサー君、準備はいい?』
「ああ」
相手は、全てを壊さんとする狂気。
だが、問題ない。こちらの同盟には、街を守り抜く大志がある。
——だから、その意思の為に。今度こそ、俺は俺の役目を果たす。
「——行くぞ!!」
今。翠の風が、破滅の大蛇の前に立ち塞がる。以上です
伊草聖杯戦争、チハヤパート投下します
>>476
「何、あれ」
誰に向けるでもない呟きを零しながら、千早は遠くに見える『それ』を凝視する。
機械仕掛けの巨大蛇。場所は先ヶ浜、より正確に言えばそこから少し離れた海上か。
いずれにせよ、あの巨体では大した違いにもなるまい。遠く離れたここ草薙邸からでさえミニチュアめいたサイズだ、間近で見ればどれ程の大きさになるのか考えるだけ時間の無駄。
浜辺と、その付近がどうなっているかまでは流石に分からない。が、あれ程の巨体だ。いかに認識阻害や隠ぺいの結界を施したとて誤魔化すにも限度があるだろう。
……あるいは。そもそも最初から誤魔化す気など更々ないのか。
胸元からの振動に着信を感じ取る。画面を見れば、そこには『草薙有沙』の字が浮かんでいた。
「もしもし?」
『よかった、繋がった。千早さん、今どこにいる?』
「あなたの家。そろそろこっちから連絡しようか考えてた所だったけど――ちょうどよかったみたい」
『そう。イグサはそこにいる?』
「いるわ。何か話でも?」
『いいえ。それより、こちらの状況と行動方針について話があるの』
そうして有沙は努めて冷静に、だが口調に若干の焦りを交えながら伝えていく。
自分とライダーはこれから全力を賭してあの巨大蛇を討伐しに行く事。千早にはその間、敵マスターを狙って動いてほしい事。また、セイバーのマスターが再び乱入してきた場合、そちらの対応もお願いしたい事。
全てを聞き終え、千早の返答は――>>477
「分かった。私もすぐそっちに向かう。確認だけど、敵マスターの始末方法についてはこちらに一任という事でいい?」
『……可能であれば、だけど。できるだけ一般人を巻き込まないようにお願い』
「努力はする、けど私にも余裕はない。彼ら彼女らの運と生き残る力を信じる方向でお願い」
『分かった。……私の方も、大概無茶な事を言ったのは承知だから。それと――』
「何?」
『武運を祈るわ、千早』
その言葉を最後に、有沙からの通話は途絶える。
元に戻ったスマホの画面を前に、千早は小さく息を吐いた。
「武運を祈る、か。……一体、いつぶりかしら。こんな事言われるのなんて」
ずっと、一人で戦ってきた。
たまに共通の目標を仕留める際、同業の魔術使いや傭兵と組んだ事はあったけどそれもいわばビジネス関係。必要最低限のやり取りを交わし、お互い自分の役割を遂行すればそれでおしまい。
後に残ったのは、時たまに巡る因果か目の前で看取った命ばかり――
「千早」
不意に、足元から声が響く。
見下ろせばいつの間にか、異変に気付いたイグサがこちらを見上げていた。
イグサは驚いた風でも心配するでもなく、ただいつもの無感動な瞳でじっと千早を見つめている。>>478
「行くんですね」
「ええ。行くわ、敵を殺しに」
「分かりました。――僕はその間、どうしていれば?」
イグサの問いに、千早は改めて黙考する。
正直なところ、イグサを一人置いて戦場に向かうのはリスクが大きい。自分が離れればイグサを守るのはこの屋敷に仕込まれた防衛用術式とトラップだけ、それもサーヴァントが本気でかかれば嫌がらせにもならない。
かといってあそこまで一緒に連れて行くのは論外だ。まず間違いなく命の保証はないし、下手をすると敵マスターに目をつけられかねない。
いや、確実になる。少なくとも自分ならばそうする。戦いとは常に相手の急所や弱点を狙うもの。その弱味を自分から持ち込む阿呆に配慮するお人好しなどどこにいようか。
いっそ今だけ教会に預ける、というのも手だが……
(信用するには、情報がなさ過ぎる)
せめて教会に行った有沙から何かしらの情報――監督役の人物像、それか名前でも分かっていたならば話も違っていただろうが。
否、後悔など何の役にも立たない。今為すべきは手持ちの情報で少しでも最適解を導き出す事。
そして、自分が選ぶ道は――
「ごめんイグサ。あなたは此処に置いていく。向こうには連れてけない」
「承知致しました。では、自分は屋敷の中で身を潜めておきます」>>479
断腸、という程でもないけれど。それなり以上に悩んで下した千早の決断に、イグサは至極あっさり即答する。
しかも、千早が指示するまでもなく現状限りない最適解を出しながら。
「……」
「何か問題でも? 少なくともこちらが切れる札の中ではこれが最善と思われますが」
「別に。思ってた以上に物分かりが良すぎて驚いてただけ」
「まあホムンクルスですから。合理性とそれに伴う適応の速さだけが取り柄のようなものです」
自嘲でも何でもない、ごく当たり前の事を告げるようにイグサは断言する。
さしもの千早も微妙な顔になりかけたが、どうあれ方針は定まった。
これ以上時間を無駄にする暇も余裕もなく
「じゃあ、行ってくる。帰りは、別に待っても待たなくてもどっちでもいいから」
「承知致しました。行ってらっしゃい、千早」
屋根から屋根へ跳躍し、強化した足で一直線に浜辺を目指す。
狙うはあの巨大蛇を生み出した敵マスター、六蘭耿実の首一つ。さらにもう一人分増えるかもしれないが、それは状況次第だろう。
あるいは、自分の心臓もそこに加わるかもしれない。
だが、千早の意志は変わらない。どこに元凶が潜んでいるのか、どこから当たっていくべきか思考しつつ、先ヶ浜へと千早は宙を翔けていった。>>480
以上、チハヤパートでした伊草、槍陣営パート投下します
気流の足場に乗り、槍の調子が安全である事を確かめつつ。ランサーは考える。
生前、俺はあらゆる戦いに身を置いたのは事実。
だが、サーヴァントになって座で得た知識によれば———
味方であれ、敵であれ。俺がいた時代はあくまで人間の範疇に留まった時代。超人の時代だったのだと、理解した。
実際、黄巾党も、並いる将星達も、軍師達も。王達も。大半が、人間の域にいる超人だった。神性ではない、純粋な人間が覇を争う時代。
まあ、人なのか馬なのかよく分からない例外もいるが…アレはもう例外中の例外だから気にしてはいけない。まあ、それはいいんだ。本題はそうじゃない。
だからこそ、対人の戦いには慣れていると自負はしていた。
故に———こんな戦いは。こんな相手は。
「■■■———!!!」
身の丈など容易に超える、巨大な怪物とやり合うのは、初めての事になる。
俺は黒く染まった海の上で、目前の敵を見上げ、睨み付ける。
敵は未だ、地鳴りの様な音を響かせながら移動を続ける。静止する事も、現れた相手に一瞥をくれる事すらもない。
敵将は巨大かつ強大な相手1騎だけ。相手のマスターはいない。恐らく、気付かない内にどこかに移動したらしい。
そして、此方も増援が来るまで時間は掛かる。今はただ、刹那が見守っているだけ。
即ち、暫くは一騎討ちになる。>>483
息を吸う。状況の把握を終わらせ、自身のスイッチを切り替える。
理解も、覚悟も済ませた。ここからは———戦うだけだ。
「涯角槍!!」
瞬間、直立したランサーが残像と化す。
同時に、直線状の翠の軌跡が海上を奔り、数百メートルの距離を一気に詰め——大蛇の腹の目前に、跳躍した。
「ッッ!!」
ランサーの刺突が、翠風を纏いながらヨルムンガンドに突き刺さる。
同時に、ランサーの連撃が始まった。
刺した槍を抜き、即座に薙ぎ払って風の刃を放つ。今度は風で槍を加速させ、突いた箇所を広げるような連撃を放ち、打撃、突き、薙ぎ払い、風刃を流れる様に繰り出し、後ろに跳んだ瞬間、槍で風の足場を作り——そこから勢いを付けて、風で加速し、肉薄し。
「はあッッ!!」
渾身の速度の突きを、腹にもう一度突き刺す。
そして、突き刺す瞬間。
「解放…!!」
強い翠の光と共に、暴風が一点に濃縮され、繰り出された。
大蛇の体が、腹を起点として一瞬浮き上がる。
風に吹き飛ばされた巨体は、少し後退り、水飛沫の音と共に体勢を一瞬崩した。>>484
「よっしゃあ!!ナイス趙雲くん!!」
「…よし!」
竜巻の如きエネルギーを凝縮させた風の波濤を、一点に放つ。槍のチャージを半分以上使う大技だが、効果はあった。
怒涛の勢いの連撃。翠の風が際限なく現れ、エフェクトのように派手に舞う戦いぶり。それを可能にしたのは、奇しくも戦いの舞台だった。
涯角槍は、風を吸収し風属性のエネルギーを生み出す。
そして、ヨルムンガンドと六蘭が選んだ戦いの始点は海の上だった。それは、ある意味では幸運だった。
海の上であるならば、吹き荒れる風を遮る物はない。此方も、風の充填をやり易くなる。普段の二割ほど増しの効率で、風の攻撃を使い易くなるのだ。
常時発動宝具の攻撃だ。基本的な宝具の火力には及ばないのは分かってはいるが、それでも悪くない一撃だ。効果はある。
その条件の一致、そして、本人を滾らせる武人として、護る者としての闘志。故に、ランサーの勢いは、アーチャー戦より勢いを増したように見える。
その連撃を、初手から繰り出した———
それを、高台から刹那も確かに目撃した。ランサーくんカッコいいぞー!!と思っていた。が。
「……マジか」
刹那の脳がそれを理解する事は、難しくなかった。信じ難いのは確かだったが、それは明らかだった。>>485
(……やはり、か)
着地したランサーも、本能と感覚で察した。
ヨルムンガンドは、確かに体勢は崩した。だが、それだけだ。
連撃は、確かに手応えはあった。刺突は確かに直撃し、同時に起きる風の波も、一つたりとも外れずに当たった。最後の一撃に至っては、確かに吹き飛ばし、一部外殻を少し破壊できた筈。
だが、一切反応はない。苦悶の動きも、大木のように、一切くらった反動を見せていない。ノックバックさせただけで、ダメージは一切通っていない。
即ち———此方の今の連撃は、一切効いていないという事。
『趙雲くん!!』
「!?」
突如現れる、刹那からの念話。その声が耳に入った瞬間、ランサーはハッと頭上を見上げる。
蛇の目が、一瞬こちらを見た。一瞥も暮れなかった相手の眼は、一瞬、こちらを向いたのだ。
『来る!!』
刹那の言葉を聞いたと同時に、耳が激しい咆哮を受ける。
「■■■■———!!」
「!!」
ランサーは、後ろへと飛び跳ねる。
その瞬間。黒が、破裂した。
浮いていた足元の海が爆発し、連鎖して、空中のランサーを追尾するように海が爆発する。水飛沫が、空中を無数に跳んだ。
ランサーに、狙いを定めて。ヨルムンガンドの毒に染まった、水飛沫が。>>486「!」
即座に動く。だが。
一滴、小さな飛沫が、胸当てに付着する。
身体までは、及んでない。だが、胸当ての鎧にそれげついた瞬間、鉄が一瞬で腐食した。
それだけで———脅威は理解した。
『趙雲くん、躱して!!』
何度も爆発していく水面と、無数に弾ける毒の飛沫。
下から来る弾幕のように襲い来るそれを、ランサーは風で飛び回り回避する。
黒の飛沫の一塊を回避し、一つを風で撃ち落とし。かわす。躱す。躱していく。
最後の飛沫を回避し、ランサーは風の足場の上に着地した。
『攻撃終わったね…趙雲くん、ダメージは大丈夫!?』
「大丈夫だ。ただ…今の一連の動きで、槍のチャージがかなり削れた。30秒は充填に時間が掛かる」
『そっか……じゃあ、今のうちに色々擦り合わせよっか』
状況確認をする主従に焦りはない。だが、余裕もない。
温存した末に、令呪二画を使って出した切り札なだけはある。通常形態の時には互角に戦えていたランサーの槍捌きが、全く歯が立たない。
腹が立つが、相手はあくまで道を阻むなら攻撃するというスタンスで、こちらの事など意に介してないらしい。
ランサーが倒れる心配は現状一切していない。だが、攻撃が通じない。相手とすら見られていない気がするのは、間違いなかった。
第二宝具抜きなら、趙雲にとってかなり上位の火力を誇る一連の動きを受けて尚、相手は余裕だ。
一瞥を向けたのはさっきの攻撃だけ。もう、ヨルムンガンドは目もくれずに再び移動を開始している。歯痒い思いを隠しつつ、刹那は考えながらランサーと話す。>>487
『趙雲くん。所感でいい?』
「ああ」
『…アイツ、確かに趙雲くんのコンボを受けてダメージを感じなかったのは事実だ。…でも、おかしい。』
「…ああ。吹き飛ばす事はできた。何も効かないというなら、あの風を受けても余裕で動かない筈。だが、確かにあそこで浮かせる事はできた。」
『分かってたね。そこ。それなんだよ。』
二人は、同じ結論に行き着いていた。ランサーは直接戦闘の感覚で、刹那は。高台から俯瞰して、その観察力で眺めた故の確信で。
『あのヨルムンガンド、多分無敵じゃない。何か、アイツにはカラクリがあると思う。…本当に悔しい事に、ボクでもまだ全く見当つかないけど…』
刹那は、声の調子は普通だった。だが、念話越しでも理解はできた。
…恐らく、余裕の仮面の裏に、かなりの歯痒さを抱えているという事に。
「…刹那。」
『?』
「…関羽殿を、知っているな?」
『はぇ?』
突然の謎の発言に、素っ頓狂な声が自然に出てしまった。それに少し口元が緩みながら、ランサーは呼吸を整えて続ける。
「…あの人に、昔言われた事があってな。」>>488
『…?』
「お前は悪くないが、俺や張飛殿に比べたらまだまだだ。仮にあの呂奉先と戦うとして、俺や張飛なら無論余裕で勝てるが、お前は奴を倒すのは難しいだろう。そんな事を言われた事が、あったんだ。」
『…マジでそんなプライドモンスターだったんだネ関羽って』
「…否定はしない」
本当にそういう風に伝わっているんだなと、一瞬思った。…だが、ランサーは同時に続きを。
「…だが、こうも言われた。」
大事な所を、口に出した。
「倒すのは難しいだろうが、お前なら奴が相手でも耐える事はできる。だから———
お前が戦場で苦境を相手にするなら、まずはその守りで粘れ。そして、戦況を見極めて———勝機を見出せ。そう、言われた。……まあ、俺や張飛ならそんな事以前に余裕で蹴散らせるが、とも言われたがな」
『…ははっ、カッコいいのか嫌なのか分からない先達じゃん』
「…正直、思わなくもないな」
苦笑を交わし合う。戦場には似つかわしくない軽口だが、それでも。この主従にとってコレは、気持ちを、劣勢の不安を消し飛ばし、改めて気合を入れる儀式だった。
そう。劣勢の空気は、中和された。
故に、海上と高台、双方にいるそれぞれの視線は、再び一箇所に交差する。
再び侵攻を始めた、蛇に対して。
「…充填完了だ。行けるぞ、刹那」
『だよね、オッケー』>>490
「…ああ」
そう。さっき、何も反応しなかったヨルムンガンドが、唯一反応した技。
ダメージは入らない。だが———吹き飛ばす事は、できる。侵攻する相手を、暴風で止める事。それは、不可能ではない。むしろ、余裕だ。
『まずはアイツをノックバックさせて、足止めして、侵攻止めるのを意識して!!その間に、ボクがアイツを魔眼で観察して弱点を探す!!有沙ちゃん達が来るまでは、それで凌ぎながら見極めるよ!!』
「了解、異論はない…!」
頷き、風の音が響く。
再び、ランサーは、ヨルムンガンドの前に立つ。
『行くよ。趙雲くん。』
『ヨルムンガンド討伐作戦、フェイズ2!!開始だ!!』以上です
ネクロマンサーは客室を後にすると、フゥ。と息を吐き出し、右目を閉じながら左目に右手を当てる。そのまま意識を集中させ、使い魔たちと視界をリンクさせながら旅館の駐車場に向かって歩き出した。
「さてさて、まだ見ぬ最後のマスターはどこにいるのかなっと。いやぁ先の戦闘で鴉がいくつか機能停止したから、街の索敵範囲を少し狭くせざるを得なかったのは誤算だけど、まぁ亡霊の方でカバーできたし、早いトコ見つけたいね、奇襲するならあの蛇のゴタゴタが落ち着かない間にやった方が楽だし」
そう言いながら、カツカツと歩いていると、数刻後にその瞳を見開いた。
「ヨシ、見つけた。んー、でもどっかで見たような、見てないような……、気のせいだと思うけどなんかビジュアルに心当たりあるような気がする。誰だったかなー?」
そうして青年は首を傾げながらも、己の愛車に乗り込み、視界の共有を一時解除してから走り出した。>>493
◆◆◆
『ヨルムンガンド討伐作戦、フェイズ2!!開始だ!』
よし、いたいた。そのまま動かずに銃撃されてくれると助かるなぁ、と考えながら、朽崎遥は自身の得物である上下2連式散弾銃の調子を確かめつつ、外套の術式を起動。ついでに「沈黙(サイレント)……」と呟き、己から発生する音をほぼ全て抹消した。
「よし、じゃあこっからはボクも本気だ。ヴェト・ヨルムンガンドとか言うのを倒す為にも、魔眼は完全解放しないとネ!」
そういいながら、彼女は左目を覆い隠していた眼帯を剥ぎ取った。その下に潜んでいたのは、夜の帳の中で、虹色と見紛う程に極彩色の輝きと、太陽のような白い光を放っている。
思わず顔の前に手をやって光を遮った死霊魔術使いは、ふと興味が湧く。今から倒す相手だ。とりあえずツラは確認しておこう。既視感の正体も気になるしなぁ、と思いつつ、彼は少女の前に向かう。その間にも彼女は魔眼によってあの蛇を観察しているらしい。その効果はどのようなモノなのかは不明だが、弱点を見つける類の異能なのだろうか?
(そうなると倒して邪魔というか、足を引っ張れそうなのは僥倖だね。セイバーにはあの蛇……ヨルムンガンドって言うらしいな……が大暴れするのに便乗して他のサーヴァントをしっかり削って正直倒して欲しい訳だし)
なんて事を考えながら、魔眼の魔術師の前に到着。まぁ到着と言っても十数歩の距離だったのだが
(んー、しっかり顔は確認できたけど、俺が直に会った事はないな、彼女。見覚え全くないし。なんかの噂で聞いただけ、って感じか、可能性としてあり得るのは)
そうと決まれば弱点解析とやらの邪魔である。なんならそのまま彼女を魔弾によって始末すればヨルムンガンド討伐までの時間が稼げて、コッチの聖杯戦争勝利への道筋を多少縮める事が出来れば、ウチの聖杯を修理する為の素材を貰えるから……まぁ。草薙の嬢ちゃんのサーヴァントや、復讐鬼ちゃんというハードルというか障害も多いからまだまだ前途多難というのはマジなんだけど。>>494
銃を構える。人喰い魔弾の装填は確認済。外套による気配遮断、術式による消音も完璧。あとは引き金を弾けば、数瞬後にはズタズタになった肉塊が眼前に転がる結末に至れる、という簡単なオシゴトだ。
(!?……目が合った!?なんかコイツ、俺にウィンクしてきたよーな……)
「…分かった!!よし、これを早く皆に伝えないと——」
そう、彼女は何故かこちらの方面(ヨルムンガンドを見てたのだろうか)を見ながら微笑み、瞼を軽く閉じて瞬時に開けるという行為を行った。直後の言動から察するに、もしかしたらそれが弱点解析の手法なのかもしれない。こっから殺/す相手に対して、余計な事は考えるべきじゃない。いつものように、ただ発砲するだけだ。そうして、ショットガンからは致死の魔弾が放たれる。音は響かない。気配も存在しない。故に、彼女の死は絶対だ────
グニュリ。妙な音がした。魔眼の術師の皮膚の表面を、腐敗した指が滑っている音だ。そうして貌を一回り。ゆったりのったり、のんびりとして速度で、そのままズリズリと進んでいく。そうして、着弾箇所に到達したと思うが早いか急加速────
「ッぶねぇ!!」>>495
驚愕、危機感に心身が支配される。朽崎遥の放った魔弾が、朽崎遥に向かって猛り奔る。冷や汗と脂汗が同時に多量発汗するのを感じながら、ネクロマンサーは掌を眼前に伸ばす。
(あー、死ぬかと思った……)
そう言いながら、銃弾の役目を終えた指を、抓んだ自分の指から掌に落とし、握り潰す。
「こうなったって事は、俺の存在はバレてた、って事でいいのかな?お嬢さん?」
姿は消したまま、彼女に向かって問いかける。さっき焦った際に、恐らく消音の魔術は解けてしまったのか、態々自分で解除する必要は無いと判断。警戒心を最大限に高めながら、反応を待つ。すると彼女は────
「そうだよ、はじめましてダネ!朽崎、遥クン?」
どうやら銃撃前に抱いた嫌な予感は的中していたらしい。自分の存在は勿論、名前までもバレている。なーるほど、どうやら目の前の彼女は既に草薙の嬢ちゃん、或いは復讐鬼ちゃん辺りと同盟なりをしているらしい
「うん。キミの名前は、有紗チャン達から聞いている。だからさーとりあえず隠密?解いてよ☆これから喧嘩すんのに、お互いに顔見せがないのは寂しーからさ」
そんな彼女の発言を受け止めながら、彼は外套の術式を解く。ぶっちゃけやりたくはないが、とりあえず様子を伺って隙を見つけて……と考えたからだ。と、その時、朽崎遥の記憶にスパークが弾ける。
「刹那・ガルドロット!!『アンタッチャブル・フェアリー』、『ごきげん悪夢の狂乱妖女』!」
それが彼女の名前で、魔術師の異名だ。
「そうだよ?だからもう、キミは既に悪夢の中だ。だからさ、アハハッ!……ナカヨクしてね?」
────朽崎遥vs刹那・ガルドロット、開始────白き鋼の大蛇に、槍を腰溜めに構えたランサーが文字通りに空を駆ける。
何等かのスキル或いは宝具によるものか、そこに地面でもあるかのように空を走り、その突撃が着弾と同時に大蛇ことヴェト・ヨルムンガンドの頭は大きく仰け反り、その反動でランサーもまた海へと跳ね返される。
ランサーは危なげなく海面付近で体勢を立て直し、一方のヴェト・ヨルムンガンドも刹那ちゃんからの情報通り無傷。
未だ打開策は見えないけど、まずはヴェト・ヨルムンガンドを陸から遠ざける。
「ライダー、今こそ伝承に謳われし姿を」
「うむ。質の悪い贋作師に本物を見せてくれようぞ」
ヴィマーナが蒼き巨人の如き姿へと変形する。
十対二十の腕一つ一つにライダーの身の丈を超える大きさの武器が握られており、頭の代わりに存在する操縦席の周囲には十もの砲門。
その姿はまさに、ラーマヤーナに謳われし羅刹王ラーヴァナそのもの。
加速の勢いを十本の右腕に乗せ、直撃すれば一つ一つが通常のサーヴァントを粉砕し得る一撃を十発同時に叩き込み、ランサーの突撃でバランスを崩していたヴェト・ヨルムンガンドを沖合へと押し出す。
そして、ランサーに目を向けたところで、彼の声が聞こえてきた。「ライダー、マスターがあの大蛇の弱点を解析していたんだが、朽崎が……うおっ!?」
肉を抉るかのような突きをランサーが咄嗟に躱す。
手首を捻りながらその突きを放ったのはセイバー……教会の包囲網では止められなかったか。
ランサーが槍を回転させるとセイバーは左手の剣でそれを防ぎ、右手のカーテナをランサーに振り下ろし……ランサーが飛び退いて躱した。
「何をする、セイバー!?」
「このままじゃちっとも面白くないもの……それっ!」
大きく踏み込みながら二刀で薙ぎ払うセイバー。
それを回避したランサーは二発の突きで間合いを取り直し、錐揉み回転を加えた本命の突きを放つが、セイバーは槍を潜り抜けるかのように回避。
そのままセイバーはカーテナで突きを放ち、それを躱したランサーの喉元目掛けて左手の剣を突き下ろす。
その二撃を躱したランサーは追撃の回転斬りを見切り、セイバーが技を終えたタイミングを見計らって斬り上げを放つ。
後ろに飛んでそれを躱したセイバーだが、そこはまだ槍の間合い……そして、光の雨がセイバーを取り囲むかのように降り注ぐ。「ならば、此処で散るが良い」
ヴィマーナの砲門の一斉射……これでセイバーは回避出来ない。
上段に構えられた槍が真っ直ぐに振り降ろされて、双剣で受け止めたセイバーの姿勢が崩れる。
続いて目にも留まらぬ速さの連続突きが襲い掛かり、セイバーは姿勢を直す事が出来ぬまま双剣で槍を受け続ける。
そして、ランサーが止めとばかりに強烈な突きを放ち、吹き飛ばされたセイバーがどうにか海面に着地し……二人を取り囲むかのように幾つものの光線が放たれた。
巧みに武器を操り、光線から身を護る二人。
その光線を放ったのは……。
「鱗……?」
ヴェト・ヨルムンガンドから分離した鱗だ。
数え切れない程の鱗が飛び回り、内蔵された砲門から魔力砲撃を放っている。
そして鱗は私達の乗るヴィマーナにも狙いを定め……ヴィマーナがそのスピードでそれを振り切る。
周囲の全てを斬り刻むかのように斬撃を放って鱗を切り裂き、そのまま鱗による包囲を抜け出すセイバーを横目に、ライダーが念話で話し掛ける。
『ヴィマーナを沈めかねない宝具を持つセイバーに加え、この浮遊砲台の数……このままでは奴を討てぬ』ライダーの言う通り、ヴェト・ヨルムンガンドを撃つには『別の宝具』を使う必要が有り、今の状況で放てば鱗やセイバーがその隙を突いて返り討ちにされかねない。
少なくとも、セイバーを倒さねば宝具は使えず……かと言って私達でセイバーを倒したら、残ったリソースではヴェト・ヨルムンガンドを倒せない。
かといってランサーに任せようにも、さっきの様に鱗が戦闘の邪魔をするだろうし……なら、答えは一つしかない。
『刹那ちゃんならセイバーのマスターに勝てる……というより、この聖杯戦争のマスターでは彼女が最強だもの。だから、私達とランサーでそれまで時間を稼ぐ』
『うむ。マスターの見立てなら間違いあるまい』
方針は決まった。
丁度その時、周囲に無数の斬撃を放って群がる鱗を破壊し、ランサーが私達と合流。
構え直すセイバーと、鱗を再生させるヴェト・ヨルムンガンドを見据えながら、その彼に声をかける。
「ランサー。刹那ちゃんにこう伝えて。必ずセイバーのマスターを倒してと」以上、伊草の更新でした。
「――見つけた」
家屋から家屋へ、屋根の上を跳躍しながら遠目に巨大蛇を観察していた千早。
その瞳がある人物へと集約される。
怪物の出現と、それによって引き起こされた大洪水。既に狂乱は海水浴場のみならず付近の住宅街にまで波及し、誰もが眼前の厄災に怯え戸惑っている。
濁流に呑まれず生き延びた者たちは、少しでも海岸と巨大蛇から遠ざかろうと駆けずり回り
察知が遅れ、逃げ損ねた者たちはかろうじて保たれている建物の上階ないし屋根の上に逃れようともがきあがく。
そんな彼ら彼女らとはどこまでも対照的に――否、比較する事さえ愚かしい程に。『そいつ』は、どこまでも無邪気かつ興奮しきった顔で目の前の怪物を見守っていた。
こんな状況でさえなければ、それこそ怪獣映画の怪獣を応援する子どものように。
「――――」
一方、対する千早はどこまでも冷徹だった。
標的が濁流の及ばない高台にいる事を確認するや、即座に進路変更。巨大蛇を警戒しつつ索敵を進めていた動きから一転し、最短かつ最も捕捉され難いルートで高台に接近。
そうして、最後にひと踏ん張り。屋根瓦を蹴り砕く勢いで、大跳躍をかましたその直後。>>502
「まあ。当然、こちらも気づいているわけだがね?」
六蘭耿実は決して無能ではない。
暴れ狂う巨大蛇――ヴェト・ヨルムンガンドの成果に惚れ惚れしながらも、当然己が狙われる可能性は常に頭の片隅に置き続けていた。
そして危惧していた、という事は必然備えもあるという訳で。
「ここまでご苦労様。何処ぞの何某くん」
低く落とし、右手を腰元に回した格好。
その体勢が何を意味するのか、剣士である千早は一目で見抜いた。
――すなわち、居合の前段階。
「そして。さような、らっ!」
言い終える前に耿実は抜刀。勢い一閃、鞘に収められた刃が放たれ銀の軌跡が躍り出る。
とはいえ、あまりに早すぎる。剣速ではなく、抜いたタイミングがだ。
飛び移るべく跳躍したとはいえ、千早は未だ滞空中。彼我の距離は軽く見積もって優に十数メートル以上。
如何な大太刀といえどこの間合いを埋められよう筈もない……
そう。普通の得物であるならば。
「!?」
銀閃と同時に躍り出るは、水流の斬撃。
さながら超高圧のウォーターカッターとでも呼ぶべきか。高出力で放たれた水は金属すら容易く断ち切るという。
まともに浴びれば千早とて無事では済まない。たちどころに両断され、上下半身は泣き別れとなっただろう。>>503
「――フッ!」
だが。千早の側も遅れは取らない。
接近する上で相手に気づかれている、もしくは見抜かれている可能性は想定済み。
然らば、後はその対応を打つばかり。
迫りくる水流斬撃に、千早は妖刀『魂吸』を一閃。刀身に魔力が回り、灼熱の炎が顕れる。
そのまま躊躇なく眼前の水流斬撃にぶつけ――直後、斬り払われた水流が派手に爆発した。
「むおっ!?」
魔力同士の衝突と、純粋な水蒸気爆発。
周囲を揺るがす程ではないにせよ、決して小さくはない爆風と衝撃波をまともに浴び耿実は大きくのけぞった。
そして、千早の方はといえば。
「……」
五体満足、無事着地。
至近距離の爆発故に、多少の火傷は負っていたが継戦に支障は一切ない。
むしろ耿実をぎろりと睨みつけるまでの余裕すらあった。
「――いやはや、驚いた。よもやあの距離で『村雨』の抜刀に対応してのけようとは。剣術に自信を抱いていたわけではないが、流石にああも堂々と迎え撃たれてしまっては両手を上げざるを得ないというもの」
「その割に、降参する様子が全く見られないようだけど」
「当然だろう。今のは君の技に対してのもの、マスターとしての私はまだまだこれからだというものだ。そもそも吾輩、剣士でも何でもないのだしね」
「あっそう。じゃあ死.んで」>>504
言い捨てる間に、千早は疾駆。耿実との間にあった距離を瞬時に詰め、今度はこちらが両断せんと『魂吸』を振り抜く――!
『奥山に 紅葉踏みわけ鳴く鹿の』
直後、場違いとしか言いようがない和歌の声。
遠い学生時代。聞いたことがあるような、ないような。
そんな和歌(ウタ)が脈絡なく詠まれ、そして次の瞬間。
『声聞く時ぞ ――秋は悲しき!』
金属が悲鳴を上げ、反動が身体を貫く。
振り抜かれた妖刀は、しかし耿実の身体を捉える前に展開された障壁の前に阻まれる。
それは、三十六の和歌からなる障壁だった。ご丁寧に一枚一枚和歌が書き込まれ、作者と思しき平安貴族たちの肖像まで描かれている。
「チッ!」
「ふむ。『三十六歌仙絵巻』は間一髪展開、と。危ない危ない、あと数秒遅ければ私の方が解体されていただろうね」
舌打ちしつつ、千早は後退。追撃よりも相手からの反撃を警戒したが故の判断だ。
が。予想に反し、耿実が取った行動はまさかの寸評だった。
「しかし恐ろしいな。吾輩の工作の中でも防御に特化した『三十六歌仙絵巻』を、たった一撃で半分以上削るとは。一体どれだけの時間を鍛錬に回せば、その狂気的としか言いようがない破壊力に至れるのかね?」
「はあ?」>>505
「何だい、その顔は。せっかく吾輩が君の性能を讃えたんだ、もう少し喜んでもらっても罰は当たらないだろう? まあ、当たる気などないし当たった所で知った事でもないのだがね」
「……」
こいつは馬鹿なんだろうか。
そんな益体もない考えが千早の頭をよぎりかけ、直後無理やり忘れ去る。
さっさと斬り捨てようと、先の障壁を破る方策を練りかけたその時――何の脈絡もないまま、その指摘は訪れた。
「いや。まてよ、『狂気的』? それに、その剣術に特化したような戦闘スタイル……ああ、そうだ思い出した! さては君、噂に名高い魔術師殺しの『剣鬼』だな?」
「――。なん、ですって?」
「図星か。いやはや、これは驚いた! 六蘭家当主として、一応小耳に挟まない事も――いや、全く興味も関心もなかったが! よもや本当にお目にかかれる日がこようとは!」
当惑する千早を他所に、耿実は興奮した様子でまくし立てる。
それは正しく珍獣にでも出くわしたような反応だった。
「正直、吾輩としては君に対して特段思う所もないのだけれどね。それでも、一つだけ君に問い質したい事くらいはあったのだよ。まあ、間違いなくそんな機会は来ないだろうと高をくくっていたのだがね」
「……何。身内でも殺された恨み節? だったらお生憎だけど、聞く耳は」
「まさか。そんな下らない感情など持ち合わせてはいないし、そもそもそんなモノを割く相手すらいないとも。私が言いたいのは、だ。――君、いつまでそんな無駄で無意味な事に人生(リソース)を割き続けるつもりだい?」
「――――」
千早の瞳から感情が消える。
困惑も、疑心も、憎悪も殺意も何もかも。漂白されたかのように、あるいはそれ以上の『ナニカ』で塗りつぶされてしまったかのように。黒く、黒く瞳が染まる。
――コイツハ、ナニヲ、イッテイル?>>506
「おや、聞こえなかったのかな? ならばもう一度だけ言おう。感謝してくれたまえよ、私が同業者でも顧客でもない相手に二度も同じ内容を繰り返すなど早々ない僥倖なのだから。では、改めて――『どうして、君は、そんな無駄で無意味な事に人生(リソース)を割き続けられるんだい』?」
「……」
「ふむ、返事はなしか。だが残念、吾輩の温情は一度きりだ。そして二度で理解できない輩に懇切丁寧割いてあげるような余裕もない! なので続けさせてもらうとしよう。――いやはや、君の噂を最初に聞いた時からずっと思っていたのだよ」
「魔術師、いや魔術使いか? それに人生と家族をめちゃくちゃにされて? その挙句、復讐の為に余生も何もかも捧げて、今もなお一心㌵に走り続ける――成る程、実に王道(テンプレート)な話だ。魔術、という点を入れ替えればいくらでも使い回せる古典とも言える!」
「古典、そう古典だよ。君の話には何の新しみもなければ面白みもない。世にいる創作者たちが君の半生を聞けば、皆口を揃えてこう評する事だろう。『なんて陳腐なストーリーだ』とね」
「確かに悲劇といえば紛れもなく悲劇だろう。だがそこにおよそ特別性、と呼べるものは何ら全くない! 哀れである事は確かだが、それでも君は一時の感情に身を任せるのではなく、その感情を糧に前へ一歩踏み出すべきだった」
「断言しよう。君の復讐は、前進でも何でもない。その憎悪と憤怒を覚えた瞬間から、ずっと死に続けている君自身から目をそらし続けてるだけの――逃避行だ」
「そんなモノに、貴重な人生(リソース)を捧げ、あまつさえ己が生命まで使い潰すなど……全くもって理解に苦しむよ。悪い事は言わない、今なら吾輩も見逃すからとっとと故郷に帰り給え。そして、魔術だの復讐だのといった事柄からはすっぱり縁を切り、新しい人生を」
直後、耿実の顔面めがけ短刀が飛んできた。
「おおっとぉ!?」
先程までの殺意を乗せた斬撃とは一転、ただ相手を黙らせたいが為だけの投擲。
幸い先程展開した『三十六歌仙絵巻』の効果が残っていた事で命中こそしなかったものの、すぐ目の前に飛んできた刃物を前に流石の耿実も口を噤む。
そして。その張本人たる千早が最初に返した言葉は。>>507
「話が長い」
「……何だって?」
「話が長い、って言ったのよこのヒキニート。黙って聞いていればグダグダペチャクチャ……何? 食事中でも会話を止められないタイプ? だったら改善した方がいいわね、あんた当主なんでしょう。なのにそれじゃ反骨どころかただ恥をかくだけよ。ク.ソダサいったらありゃしない」
「――――」
今度は耿実が押し黙る。
侮辱に対する憤怒、ではなく。相手の口舌から反論の糸口と目的を推し量る為に。
ついでに長々と続けるようなら(先程までの自分は棚に上げ)途中で切って捨てるつもりだったのだが。予想に反し、剣鬼の言葉は極めて簡潔そのものだった。
「大体、私の復讐が無駄だとか無意味だとか。そんなもん、聞き飽きてるっての」
「? それは、どういう」
「言葉通りの意味よ。――あんたの『ご忠告』は、ただの『使い古された』『古典的な』『お説教』ってだけの話」
「……ッ!」
先程までの自分が連ねた言葉をそのまま返され、耿実の顔色が若干だけ変化する。
一方、千早はというと自分でも驚くほど冷静になっていた。
――自身の過去を、復讐を。否定された事に対する怒りは当然ある。相手に対する憎悪もまた。
だが、それは同時に過去散々指摘されてきた事でもあった。>>508
『復讐するのはいい。教会(わたしたち)の中にも、そういう原理で動く人たちだっているのだから。……どれだけ教えを説かれようと、説かれた側の感情まではどうにもできないのだから』
『でも。自分を犠牲にしてまで突き進むのは許さない。だから今ここで誓いなさい。『どれだけボロボロになろうとも、どれ程生死の境界を彷徨い歩いたとしても。最後は必ず生きて帰ると』
とある、自己犠牲を憎む代行者は己をそう諭し。それ故に、最後はお互い素手で殴り合い倒れるまでぶつかった。
『うちは、何も言えへん。あんたが『そう』なってしまった過去へも。今も『そう』在り続けて走ってる事に対しても』
『せやから――せめて、編ませてくれへん? あんたの道を、少しでも平らかに。あんたの眠りを、少しでも安らかにする為に』
『贖罪なんて言えへんし、言わん。これは、うちがそうしたい思ったからやる――自己満足や』
とある地方都市で偶々、そして結果的に助けただけの銀糸使いは。そう言いながら、自分に――とうに砕かれ、失った――銀細工のお守りを渡してくれた。
『あんたも、私と同じなんだね。何もかもを失って、空っぽになってしまった「自分」を抱えて生きるだけの人生』
『けど。私とは違う。あんたにはまだ焔が渦巻いてる。何もかもを焼き尽くす、灼熱の業火が……』
東欧で出会い、一時組んだ魔術使いは自分をそう評した。
評して、最後は殺.し合い――結末は、どうだったかもう覚えていない。
制止、応援、同情。形は様々なれど、変わり果てた己へと向けられた想いの数々。
眼前の男が投げかけた男が、あまりにも露骨すぎたからだろうか? まさか、こんな時にこんな格好で思い出す日が来るなんて。>>509
「ご高説、長々とご苦労様。それで私の動揺なり間隙なりを誘いたかったんでしょうけど、当てが外れたわね?」
「貴様――」
「ああ、ついでに言わせてもらうわ。六蘭耿実、あんたの事は私も知ってる。――引き篭もってしょうもない工作趣味ばかりに明け暮れてる変人だってね」
「別にあんたの下へ来なかったのは、あんたが脅威だったからとかそんなんじゃない。むしろ、その逆よ」
「生かしておいても、どうせ大した事はできないし何も生み出せない。職人気取ってるだけの、なんちゃって器用自慢だから後回しでいいかって思ってただけ」
「――ハ! ならば、吾輩としては感謝しなければならないな。そのおかげで、あのヴェト・ヨルムンガンドを生み出せる機会を得られたのだから! 見当違いとは正しくこの事ではないかね?」
「そうね。確かにその点は私の判断ミスだった」
だから、と。千早は耿実を睨み据え、改めて殺意を向け直す。
「さっさとくたばれ六蘭耿実。あんた以外にも殺らなきゃいけない奴らは山ほど抱えてるの。あのデカブツを止める気がないのなら、もののついでに今片づけておくだけよ」
お前の重要性、お前の価値などその程度だと、言外に吐き捨てながら。
千早は、どこまでも冷徹に刃を向ける――>>510
以上、伊草更新チハヤパートでした
ご確認よろしくお願いします本機起動6分25,04秒後。
方位角変移。誤差を修正。水上走行における0,2秒の停滞、10,3cmの後退を確認、間隔にして平均61,5秒───水面仰角13度、右方に妨碍対象を確認。対処は不要と判断、前進を続行。
本機起動20分34,11秒後。
水面仰角73度、左方に妨碍対象を確認。乗機に高度の魔力濃度を感知。高ランクの宝具と判断。計十門より狙撃を確認、損傷。防御面への移行は不要と判断、前進を続行。
本機起動26分10,68秒後。
右方の妨碍対象に変化。撹乱対象を確認。対象は宝具を乱発、損傷。軽微故警戒は不要と判断。対象の掃討を判断、副砲を展開。方位角順次修正、前進を続行。
本機起動32分0,91秒後。
目標を捕捉。距離約10,32km。速度を上昇、並びに妨碍対象の探知を広域化───前方、建造物を検知。進路の阻害と判断、主砲展開。座標、仰角固定。方位角246度より11度を設定。
本機起動32分35,86秒後。
建造物の崩落を確認。前進を続行。>>512
◇◇
さても忌むべき事態である。もはや語るべき言葉は持ち合わせぬと女が間断なく斬撃を飛ばしてくる。一撃一撃、軌道を読んで避ける、受け流す、絵巻でガードする…とにかく防戦一方だ。おまけに折々ぶつけられる短刀の爆発を受け裾が少し焦げてしまった。今も嫌な臭いがする。
耿実は自分に戦闘能力があるとはツユとも思っていない。だから直接戦闘で眼前の“剣鬼”に遅れを取ろうとも何ら恥ずべきこと、悔いることには当たらない。
だが、その太刀筋一つ一つに宿る粘っこい執着心、記憶の掃き溜めの不快さときたら!妄執と呼ぶより他にないもの、冷徹で機械的でありながら、それが抜き身のままにこの命を追い立ててくるのだからもう堪らない。
「やれやれ、まったく…華もなければ芸もない、やかましいだけの棒振りじゃないか!やはり儀式(こんなもの)に参加する連中は程度が知れている!」
あの婆だってそうだ。剣鬼と称され、ひたすら魔術師を狩っているという噂だったから多少は…という期待もあったが、それも今や愚考と知り尽くした。せっかくのヴェト・ヨルムンガンドの活躍も、この慮外者によって多くを見逃してしまっている。
だから、我輩はスマートにいかせてもらおう───と、その場に強く蹴りを入れる。瞬間、屋上が耿実と女を中心として崩落した。
元より老朽化の気配を随所に窺わせる建物だった。その上大小様々な衝撃が四方八方から降り注いでいたのだ、限界を迎えるのも時間の問題で、その時間を彼は正確に予想していた。芸のない彼女の行動パターンさえ把握してしまえば造作もないことである。
そして土煙が立ち込める中で、女は砲撃にさらされた。>>513
「─────!」
間一髪の回避。少し感心する。何せ目と鼻の先から放ったものなのだから。蚊のまつ毛が落ちるほどの音しか立てない『九六式十五糎加農』の静寂を覚ったというのだから。発射時の熱などは『桑原』に吸わせたはずなので、五感による探知は不可能なはず。これが経験則とでも言うべきものか。
反撃とばかりに投げつけられた以前爆発を見せた短刀には桑原をくくり付けた『鉄扇』で打ち払い、投げ返してやる。打刀によって一刀両断された。黄昏の空に死にゆく太陽の最後の輝きが刀身に乗る。それが最期の隙だった。
すべてが無音となった。加農砲が直撃したのだ。この砲門にまつわるものは何もかもが無音となる。もうもうと漂う砂埃も、剥き出しとなった鉄筋も、砲撃を喰らった女の断末魔さえも。
一度目はその狂気が身を助けるという奇跡もあろう。しかし目を眩ませての二度目にそんな偶然は介在しようはずがない。彼は勝利の確信に目を細め、そして。
目を、見開いた。
「なッ───」
女が煙を貫き現れた。絵巻を展開しようとして、戦闘によって大部分をすでに失っていたそれは、最後の一枚である興風の歌ごと刀によって穿たれた。深く、胸部に突き刺さる。
耿実を刺したその刀は短刀。見ると握る手が爛れ、指の数本に至っては原型を留めていない。服も左手から放射状に焼け焦げている。
まさか。爆発させたのか?自分の腕ごと?すべてを覆い隠した静寂の内で、この女は自己を顧みずに砲弾を爆発させて、斬ったと?
何を、何が、何故。わからない、という感覚が出血によって熱く脈打っているはずの身体を冷やして。左手によって押し留められた耿実の身体は、続く打刀の袈裟斬りによって地に頽れた。>>514
直後、北からの轟音が二人に届く。このような破壊を為せる存在はこの伊草にはただ一機。薄れゆくはずであった意識が突如明瞭なものとなり、自然と口からは血でなく笑みが溢れ出した。
「…何がおかしいの」
笑い声まで漏れていたらしい。自分を見下ろす女の眼の黒い中に疑心が見える。そうだ、そうだな。答えてやろう。親切心というやつで。それとも俗に老婆心とでも言うのかな。
「ハハ…教えてあげよう、あぁ…あれは我輩たちの、勝鬨だとも…勝利、勝利だ!橋も崩落した今、もはやヴェト・ヨルムンガンドの加速は何人にも止められない!だが、ね。最期くらいは褒めてあげようじゃないか、君たちの徒労を…アーハッハッハ、ハハハッ…!」
さても愉快だ、何とも言えず面白い。こんなにも満ち足りた心地がするのは初めてだ。抉られた胸も満ちていくよう。あの兵器が行う大偉業をこの目で見届けてやれないのは改造者としては大変口惜しいことだが、信頼でもって我輩はあれに全てを託そうじゃないか。
万象を嘲り己が勝利に酔いしれる哄笑を受け、女の瞳はさらに黒ずむ。返す言葉もかける言葉もなく、薄暮の淡光に飾られた刀身が無感動に振り下ろされることさえも、耿実にとりこの上なく愉快なものだった。以上、伊草弓陣営三日・レイド折り返しでした
「ぐっ……あぅっ」
アサシンの高速ヒットアンドアウェイに翻弄されるランサー。ランサーは宝具『難攻不落の処女神像[パラディオン]』で鉄壁を誇る。しかしその守りにも限度がある。
「このぉっ!」
「おっと、危ない危ない」
ランサーの反撃をアサシンはひらりと躱す。そしてすれ違いざまに尻尾で殴打。元々アサシンらしからぬ膂力に変化による強化が乗ったそれはランサーの防御を貫通し華奢な身体を吹き飛ばす。
「っ────ああもうっ!!」
ダメージはそれほどでも無いが建物の壁を突き破ったランサーが乱暴に瓦礫を押し退けて戦線に復帰する。
『パラスちゃん落ち着いて』
「大丈夫ですよマスター。見た目ほど冷静さを欠いてはいませんから」
『そう?ならいいけど。とりあえず治癒の魔術かけとくね。………離れてるからどれだけ効くか分からないけど』
念話の後ランサーの傷がゆっくりと、しかし確実に治癒されていく。黒魔術に死霊魔術、識死の魔眼と血腥い術が多い飛鳥なりにランサーを癒そうとしているのを感じランサーは心の中で深く感謝する。「(落ち着け…落ち着きなさい私…アサシンの手数が増えたからと言って何を焦る必要があるのです)」
ランサーが目を閉じ呼吸を整える。思い浮かんだのはかつてアテナと稽古に打ち込んだ日々。自分の知るアテナが編み出した“ズルい戦法”────
「戦いの最中に目を瞑るとは!」
アサシンが黒い雷と竜の炎を伴い急接近する。文字通り四方八方からの攻撃。いかにランサーの宝具が鉄壁でも防ぎきれるものではない。────しかし開眼したランサーは不敵に笑う。
「手が多い相手との戦いは、慣れたものっ!!」
「なっ!?」
自分に向かって来るアサシンに対してランサーもまた地面を蹴って接近する。四方から迫る雷や炎を宝具で守りつつアサシンの貫手を盾を使ってパリィし、槍を最短距離でアサシンの心臓[霊核]へと────
「おおおおっ!」
すんでのところでアサシンが己の尾を盾にして防ぐ。ランサーもまた絶対に逃がさないとばかりに槍を押し込むがアサシンは尻尾の先を地面に突き刺すと力一杯羽ばたく。
アサシンが飛び退いた後ランサーが槍を見るとアサシンの尻尾の先が槍に貫かれたままになっていた。
「尻尾を切って身を躱すとは、まるでトカゲですね」
「いやぁ、今のは本当に危なかった。己の攻撃に臆せず反撃とは、やはり汝様は素晴らしい」ランサーとの戦いの最中アサシンは己がマスターと念話を行う。この感動を誰かと共有したくて仕方ないのだ。
『ああランサー、彼女のように打てば響く人間が試練を乗り越えようとする様のなんと素晴らしいことか!今もまた己の攻撃に対して前のめりに詰めて来ていますよ刹那様!』
ランサーは先程までのやたら硬いだけの少女戦士から一転、宝具で受けても問題ないレベルの攻撃に対しては完全にノーガードを決め込み強引に攻勢に出るようになった。
『ランサーを人間と言っていいのか刹那さんの中では審議中なんだけど閑話休題[それはさておき]、さっきまでそんな戦い方してなかったってことはさぁ。ランサーの硬くなるスキルか宝具って生前は持ってなかったって事じゃない?英霊になってから得たものなんじゃないカナ?』
『ああ、そういった考え方もありますね────』
刹那の言葉にふと考え込むアサシン。しかしランサーは待ってはくれない。鱗を生やした腕でランサーの槍を防ぎながらアサシンが不意に声を上げる。
「つまり汝様は己の試練を経て新たな戦法という可能性に目覚めたということ!!人が成長する瞬間に立ち会えるとはなんという僥倖!!今の汝様は────美しい。非常に魅力的ですよ。見惚れてしまいますね、ランサー様?」
「は?」
怪訝そうな顔をするランサーだったがアサシンの昂りに呼応して激しさを増す雷を避ける為に再び距離を取る。
「っ!」
ランサーは雷の流れ弾がマスターの方へ届きそうなことに気付き宝具の守りを使って防ぐ。対象を広げれば広げるほどランサーの守護は薄くなるものの今の彼女にとって最も大切なのはマスターを護ることである。
「さあ!さあ!!さあ!!!更なる試練をここに!己は天より降り注ぐ稲妻なり!!『堕天・暁の明星[ルシフェル・フォールエデン]』ッッ!!!」「派手だなぁ」
『コイツの方がもっと派手だろ』
「いやそれはどうでしょう。卓越した武技が特徴的なランサーはともかくとして、アサシンほどの派手さがあるかどうかは…」
何せ扱うものが竜と病だ。あまり見栄えの良いものではないとバーサーカーは苦笑する。性格はまるで違うけれど、どうせ勝つなら無駄なくスマートに、というのは“彼”とバーサーカーに共通する話である。一つ違うところと言えば、彼は王である立場を鑑みて、わざと残虐な戦い方をすることもあるという点だろうか。敵に与える威圧感、恐ろしさのアピールだ。
「とはいえです。僕はドルイドではありませんからあの子のような毒を用いた小手先も使えません。かといって、空想具現化を操る精霊たちほど自由に世界を弄ることもできませんし…やっぱり派手じゃないですよ。気持ち悪いとか、おぞましいとか、そういうのなら、そうかもですね!」
『太陽神の分霊を乗りこなす時点で大概派手だろうがよ。まあいい、それよりもだ。……アイツら全く眼中にねぇのな。思わず俺も引っ込んじまったわやることなさすぎて』
「もう、油断しないでよジェラール」
『大丈夫だ。たとえ不意をつかれてもアドニスだけは必ず守って死ん.でやる自信があるぜ』
相変わらず愛情深い。誰もを愛し己を捧げることのできるアドニスに対し、そんな彼だけを愛するジェラール。自分のものを分け与え続ける幸福の王子にただ一人全てを捧げるツバメ。誰が救世主を救うのか。たとえそれが自己満足だとしても…歪だとしても、それらはここで完結している。完成されている。
改めて思う。きっと彼らはこの聖杯戦争に参加しなくとも、彼らなりの闘争を繰り広げ、いつか願い続けたものを手に入れたのだろうと。むしろこの聖杯戦争に参加したのはある種の不幸だったようにも思える。なぜならこれはただ参加者が争うものではなくて。「どう?バーサーカーが見えてる“厄災”とやらは」
「既に複数のサーヴァントが死んだ今、より一層濃くなってますね。嫌な予感しかしません」
「そうなんだ…どうにかしないといけないよね」
「ええ。とはいえ今から足掻いてもどうしようもありません。元を叩くために肥え太らさなければ。あと一騎は落としたいです」
『どっち殺.すよ?どっちも悪かない強さしてると思うぜ』
アサシンのあの力はかなり魅力的だ。ただ威力が高いだけではなく、応用にも長けている。あれがいればこの先の戦いもかなり楽になるだろう。ただ、懸念点としてはあの性格だろうか。ああいうタイプは面倒極まりない。大事な場面でこちらにも試練だなんだと殴りかかってこられたらたまったものではない。
ランサーはとにかく武技と守りに長けている。それは素晴らしいことで、これから先に待ち受ける厄災が強大であっても自分で自分の身を守れる可能性が広がるということだ。バーサーカーはマスターと己を守ることが第一であるから、それを考えると悪くない。気になるのは決定打となる何かを持っているかという点だが…
「……ん?なんで急に盾使うようになったんだろう」
「んー…遠くの方の雷の勢いも弱まっていますね。竜を遣わしたのですが…どうやら人間を守っているようです。おそらくランサーのマスターですかね?」
『簡単な話だ。守れるキャパあるんだろ。……ま、なんだ。甘ぇっつうか、不用心だけどな』魔術師ならば自衛の手段は得て然るべきであるし、聖杯戦争ならば死の可能性を考慮すべきである。工房に篭るのではなく戦場に出るのならば尚更。もちろん、サーヴァントの攻撃を常人が真正面から防げる道理はない。しかし余波や流れ弾程度であるならば対処できるほどの力や思考力はあるべきだとも思う。
では、ランサーのマスターはそのような気概はないのだろうか…とも思えない。人を殺してきた目だというのがわかるから。ならば単純に、ランサーのお節介だろう。その理由は何か。
『まあ?俺みたいにアドニスが可愛くて可愛くて仕方がない…とは違うんだろう。単純に自分の身よりも守りたかったんだろうな』
「ただ複数人が絡む殺し合いにおいてそれは致命的です。第三者に分析する機会を与えますから。相手を殺して終わり、ではない」
「仲間のスペックに懸けて手札を切らずに守り切るのも大事な選択だよね。それが出来ないのは…不慣れなのかな」
ともかく、だいたいわかった。ランサーの堅すぎる防御の崩し方は案外単純なものだったのだから。
聖杯大会本戦統合スレNO.6
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