転がるように下駄が鳴る。慣れない履物とて醜態を晒すことはない。白と紺碧の矢絣柄を払って進む迷いのない足取りは、砂を噛んでふと止まる。暮れゆく陽、爪先の向こうに、鳥居に凭れた先客の姿があった。
「──ああ、やっと来たの」
昏い目が静かに笑う。金の双眸は、皮肉を堪えるかのように細い上弦になる。墨染の浴衣に差した、深い緋の柄がよく映えていた。モルガンは眦を僅かに吊り上げると、変わらぬ冷たい声音で口を開いた。
「何用です。我が夫を待たせるつもりはありません」
「は、我が夫、ねえ。……マスターちゃんもつくづく愛されたもんよね。重い愛ばっかり集めがちっていうか。ブラックホールみたいなもんなのかしらね、アレ」
薄い笑みを含んだ呆れが白い唇を突いて出る。その意図が読めないモルガンは、さらに眦を上げた。
「何用ですと訊いています。答えなさい」
「はっ、余所の女王に言われてもね。私はブリテンでもアヴァロンでも妖精國の出身でもないもの。……なんならフランスですらない」
皮肉げでさえあった笑みが、自嘲に傾く。
「足止めしたいわけじゃないわよ。私もヒマじゃないし、アンタへの用はひとつだけ」
遠く、法螺貝の野太い響きが空気を震わせた。シミュレーター内とは思えない、芯に伝う感覚がある。祭りの開始を告げる鐘の代わりにと、自ら提案していたマシュの姿が瞼を過ぎる。もう己の妖精騎士ではないが、夫たるマスターに侍る者ならば、騎士であるのと変わらない。
「……なんでコレ法螺貝にしたのかしら。……すっかりマシュも馴染んじゃって。お人形さんみたいだった頃と比べたら別人ね。そうじゃなきゃ、任せてなんていけないけど」
金の目が憂いに綻ぶ。モルガンは初めてその目を正面から捉えた。退去の光にも似た、黒い火花が散っていた。刹那の炎で焼け落ちていくかのように、儚い。
「あいつのこと、頼んだわよ。……余計な荷物は私が持っていってあげるから」
踵を返した背中が鳥居の陰に隠れる。燃える陽は沈んでいく。霊体化などではない。勿論、退去でさえない。残像などという優しいものであったとしても、最も会いたい者の前には向かえなかったろう。名残の黒い炎が、雪花のように舞い消えていく。
「……、……ああ、なんて、愚かな娘」
白い瞼を追悼の如く伏せる。
黒い女の姿はもう消えている。
その、幽かに残された恩讐の火花を、掴んだ。
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